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副島隆彦 投稿日:2023/10/27 05:38

【3084】ガザ戦争(イスラエル・ハマス戦争)について、遅れたが、書く。

副島隆彦です。今日は、2023年10月27日(金)です。

10月7日に、イスラエルのガザ地区(Gaza strip ガザ・ストリップ 飛び地 の意味)で戦争が始まった。ガザ地区から出撃したハマス Hamas  という武装集団が、襲撃してイスラエル側で1700人の死者が出た。このあとイスラエル軍の反撃で、どうやら5000人ぐらいのパレスチナ人が死んだ。10月25日現在である。


ガザ地区(出典:読売新聞 2023年10月14日)

この新らしい小さな戦争のことを、私は書かなければいけないとずっと思っていた。もう3週間が過ぎた。私は、和歌山市での講演に行って、そのあと奈良県のあちこちを日本の古代史の始まりの探索、追究として、最後の結論を作るために調べて来た。

この新たな戦争のことは、皆、テレビやネットの報道などで知っているとおりである。私に、特別の情報や知識はない。 まず私が言うべきことは、世界中の人々が、ウクライナ戦争に次いで再び中東(ミドル・イースト)で戦乱の火が上がったので、激しく動揺し、狼狽(うろた)えたことだ。特に女と子どもたちが、「第3次世界大戦になるの?」と脅(おび)えた。現地のガザ地区でイスラエルからのミサイル(ロケット砲)攻撃で負傷しているパレスチナの子どもたちの悲惨なニューズ映像を見て、日本人も驚いたようである。
私は世界中の民衆が、次の大きな戦争を予感して、恐怖することを軽く考えない。民衆が受ける大きな受容感覚が、世界政治と歴史を作っていくからだ。

ここから下が、私、副島隆彦の考えである。ハマスHamas というパレスチナ人(難民全体で900万人ぐらいが諸外国にも散らばって暮らしている。そのうちの)220万人もが、固まって居住するガザ地区を政治的、軍事的に制圧している集団である。まずはっきり書くべきは、このハマスという組織は、パレスチナ人の民衆を代表する組織ではない。

私はハマスは、アメリカのCIAが、1987年から作った武装組織だと考えている。だから今回のガザ地区戦争は、真実は、アメリカ政府が、仕組んで仕掛けたものである。なぜか、をこれから説明する。

この10月7日にガザ地区から突如、非戦闘地帯(緩衝地帯。 DZE ディーミリタライゼイション・ゾーン))の、幅3キロぐらいの砂漠を踏み越えて行って、イスラエル人の居住地区に銃や手榴弾(グレネイド)で突撃していった1万人ぐらいのハマスの戦闘員たちがいる。どうやらそのうちの2000人ぐらいが、イスラエル側の郷土防衛隊によって自衛の反撃で殺されたようだ。その時、200人ぐらいのイスラエルの一般住民を人質で取って退却した。

これは特攻隊(決死隊)のやり方である。このハマスの兵士として死んだ、パレスチナ人の青年たちは、ハマスに焚(た)き付けられて騙(だま)されて、血気盛んとなって、イスラエルへの激しい憎しみと復讐心で突撃して死んだのである。

どんな時代も、どこの国の戦争でも、騙されて最前線で死んでいく若者たちが存在する。憐れなものだ。だが、これが人類の戦争の歴史である。はじめの報道で、3500発のロケット砲がガザ地区の北部を占領するハマスの秘密基地から発射されて、イスラエル側の居住地区に落ちて、無差別の死者がたくさん出た。このガザから発射されたロケット弾の映像は、日本でもニューズ報道されて、私も見た。

ハマス側は、今も2万発のロケット弾を持っているという。それらはどこから来たのか。報道で流れたのは、「ウクライナに行ったはずの砲弾が、死の商人 ( death merchant デス・マーチャント、兵器商人)たちによって、ハマスに売却され引き渡されたものだ」としている。この裏側にアメリカ政府の動きがある。

従来ハマスは、ロケット弾など持っていなくて、粗末な手製の爆弾を作って、それを迫撃砲のようにして飛ばすやり方しかなかった。そういう粗雑なもの以外持っていなかった。今回も、西側(ディープステイト)は、まず英FT(フィナンシャル・タイムズ紙、10月11日)の記事を一番後(うしろ)に資料として載せるが、「モハンメド・ディーフという、この男が今度のハマスからの攻撃の凶悪な主導者である。片手片足がない。この男をイスラエル側は首謀者として殺そうとしている」と報道された。

このモハンメド・ディーフ の先生(師匠)が、ヤヒヤ・アーシュで、ハマス組織の中の一番の過激派であるようだ。手製のロケット弾を作った人たちだ。ハマスは、1980年代から、自分たちには兵器がないので、イスラエル軍に対して、「インティファーダ(抵抗)」と称して、青年たちが激しく石を投げる戦いを始めた。ハマスと言えば、この「インティファーダ」で有名だ。古代から、本当の戦争は、投石だっただろう。岩や石がまともに当たると本当に負傷する。

今回のガザ戦争は、だから、深く仕組まれている。だからこそ、この10月7日の突如の戦闘で、ほぼ大きな衝突は終わりであると私は最初から考えた。なぜなら、この10月7日というのは、「第4次中東戦争(1973年10月7日)」のちょうど50周年にあたる日だ。私はこの日のことを大学生だったが新聞で読んで覚えている。

中東戦争の歴史については、ここでは説明しないが、パレスチナ人の独立運動とイスラエル側の自衛戦争としての反アラブ諸国との激しいぶつかり合いの枠組みが、この1973年に決定した。それから丁度、50年が経(た)った。

なぜ、今度のガザ戦争が起きたのか。一番大きな理由と原因は、今年の3月10日に、中国(王毅=おうき=外相)が、仲介して仲裁者(ミィーディエイター)して、なんと、イランとサウジアラビアという中東の2つの大国が和解の協議をして、国交を回復したことである。

(この3人の指導者が映っている写真をこの下に載せる)

サウジアラビアとイランの外交関係者と握手する中国の王毅・共産党政治局員(中央)2023年3月10日、北京

イランとサウジアラビアは、長年、激しく対立し争ってきたのだが、急に仲直りをして、平和を中東(ミドル・イースト)にもたらすという動きに出た。それを中国が後押ししたという事実は、世界歴史上の大きな動きである。

中東アラブの世界は、ほとんどがイスラム教徒だが、彼らが「もうイギリスとアメリカに騙されて、中東で新たな戦乱が起きることを望まない」と大きな決断をしたのだ。イランは、イスラム教の中でもシーア派(シーアイト)という、やや差別されている宗派(セクト)の国である。

その隣のイラクは、このシーア派の方がやや多数派の国である。イラク戦争(アメリカ軍が、2003年3月20日のバクダッド爆撃から16万人の兵力で侵略した。そしてサダム・フセインを捕まえて縛(しば)り首にした)でイラクは弱体化していて、今はイランの影響下にある。

それに対してサウジアラビアは、イスラム教の中の主流派で、正統派とされるスンニ派(スンナー。ハンバル法学者集団による教義中心のイスラム思想)である。サウジアラビア国は、そのスンニ派の中のさらにワッハーブ派(ワッハービア)という矯激(きょうげき)なセクトである。

それでもイランとサウジが仲直りして、中東世界が団結したことは、ものすごく重要なことだ。
だから、これを叩き壊すために、ワルのアメリカが、動いて再び中東で戦乱を引き起こすことを計画した。それが今度のガザ戦争だ。大きくは中国による次の世界覇権(世界の安定を目指す)を邪魔して、妨害するための動きである。

ついこの間まで、イラク北部とシリアでの、IS(アイエス。イスラム国という暴れ者の集団)が戦争を仕掛けた。あのISは、2014年の6月に、突如、7万人の兵力で、イラク北部に出現した。トヨタの「ランドクルーザー」SUV(砂漠に強い。アメリカのテキサス州で製造。荷台に機関銃の銃座を据え付ける )の、2000台の堂々たる隊列を連ねて、出現した。彼らは、ヒラリーとジョン・マケインたち デープステイトが、育てた「狂ったイスラム聖戦主義者(ジハーディスト)たち」だ。

ISのトヨタの「ランドクルーザー」の車列

IS の最高幹部バグダディ以下の青年たちは、イラク戦争(2003年から)で捕虜になったイラク人の若い兵士たちで、アメリカのサウジの北の砂漠にある、米軍の秘密の軍事基地(米空軍の大きな空港でもある)で、米軍の特殊軍(スペシャル・フォーシズ。CIAと反共右翼軍人の結合体)に、洗脳され、訓練されて、ISとなって暴れ出したのだ。そして中東を再び火の海にした。

これに対して、アラブの民衆も指導者たちも、「もう戦争はイヤだ。アメリカが大きらいだ」と腹の底から思っている。

ガザ地区を軍事的に占拠しているハマスは、前述した通り、決してパレスチナ民衆の代表ではない。今やシリアでもほとんど全滅した(北部のイドリブ県に少し残っている)このIS「イスラム国」と、今のウクライナのゼレンスキー政権(アゾフ大隊。反ロシアの反共右翼)と、全く同じ、英米によって作られて、操(あやつ)られている武装集団である。そして、アメリカによって、捨て駒(ごま)、使い捨て、にされる運命だ。

今度のガザ戦争は、このような複雑な仕組みになっているから、普通の人々で、ちょっと世界政治に興味のあるレベルの人間たちでも、なかなか中東の全体像を理解できない。私、副島隆彦はハッキリ書くが、日本の新聞記者やテレビで世界政治評論をやっている学者たちレベルでも、私が今、書いていることを理解できない。
別に私は、私の考えに従えという気はない。だが、これまで20年、副島隆彦の言論や知識、思想につきあってきた皆さんは、静かに私の話を受け入れるだろう。

その次に重要なのは、この10年間、サウジアラビアは、イスラエルと仲良くしてきた、という事実だ。これは、アラブ諸国の大義(たいぎ。cause コウズ。「自分たちが生きる理由」 の意味。自分たちの強い正義感、信念 )である、イスラエルというユダヤ人国家をヨーロッパから帰ってきた白人ユダヤ人(アシュケナジム)たちが建国したこと(1947年4月)を絶対に認めない、という態度を持つのだが、これに対しての裏切りの行動である。

だからサウジアラビアは、アラブの大義に反してでも、イスラエルと連絡をとっており、英米の仲介もあるので、イスラエルと決定的に対立していない。さらにこれにエジプトも加わっている。だからここで複雑な構造が生まれる。サウジアラビアとしては、これ以上、事態を荒立てたくない。同じくイランも、イスラエルの北のレバノンにいるヒズボラ(レバノン人のシーア派の武装集団。6万兵ぐらいいる)という武装集団を、背後から動かしているのだが、これ以上、イスラエルと戦闘をする気はない。

アラブ世界は、もう、アメリカに騙されたくないのだ。

それでもイスラエルのネタニヤフ首相(リクード党という日本の自民党右派 のような政党 )が、自分の失策を挽回するために、ハマスに対して強硬な姿勢を、ポーズなのだが、ワザと取る。すなわちガザの北4分の1にあるハマスの拠点を、イスラエル軍の戦車隊(メルカパという有名な戦車の師団 )と歩兵部隊(GI ジーアイ。グラウンド・インファントリー)で制圧するという計画を今も立てている。

イスラエルのネタニヤフ首相

だが、このガザ地区の北4分の1にまだ、難民として南に逃げないで居残っているパレスチナ人たちがいる。不思議なことにさらにその南に、「ガザ市」という四角の地帯がある。ここにもハマスがまだたくさんいるようである。この北部の2つの地区以外に、全体の6割ぐらいの南にもガザという地域がある。

ここは、イスラエル軍からほとんど攻撃を受けていない。どうやら、ここに住んでいるパレスチナ人たちは、イスラエル政府からも認定をされたアラブ人ではあり、イスラエル国民として認めている130万人ぐらいのパレスチナ人である。この奇妙さを、私は昔から注目してきた。今のところ、これ以上の知識、情報が私に無いので、正確には分からない。

すでに50万人以上が、イスラエルからの警告に従って、非戦闘員(ノンコンバタント。一般市民 )として、北からこの南側のガザ地区に避難した。友人、親戚がいるのだろう。さらには、南のシナイ半島のエジプト領土側からもラフィという出口(検問所)から、脱出しているパレスチナ人たちもいる。このパレスチナ問題の複雑さの説明は、一旦、ここで置く。

私、副島隆彦が論究してきた、世界史の中の「ユダヤ人とは、そもそも何者か」ということまで言うと、イスラエル国によって認定されているガザのパレスチナ人というのは、宗教は違うが、どうも、ほとんどが古代以来、ユダヤ人と同じ民族だ、と言ってよいぐらいの人たちだ。

彼らはパレスチナ人なのだが、イスラエル政府に暴力(軍事力)で反抗する人々ではない。平和主義者(パシフィスト)だ。今のイスラエル国民の人口は、970万人である。そのうちのいわゆるユダヤ人は、730万人ぐらいである。残りの人たちはユダヤ人と結婚したアラブ人で、イスラエル国民の認定を受けている。これ以上の問題はここでは説明しない。

それでパレスチナ人全体を代表している政府機関は、PLO(ピー・エル・オウ)である。 PLOは、今のヨルダン川西岸地区(Trance Jordan トランス・ヨルダン川)(上掲の地図を参照せよ)と呼ばれる、イスラエルの古代からの首都とされるエルサレム(Jerusalem)からは東側だ。ヨルダン国からはヨルダン川の西岸(せいがん)と呼ばれる西側だ。

ここにパレスチナ人たちで地元民の多数がいる。400万人ぐらいいる。パレスチナ人で国外に逃げていない人たちだ。イスラエル側が、第3次中東戦争(1968年)で、ここのエルサレムだけは奪い取って占領した。だから地図では、エルサレムに向かってイスラエルから棒が突き出たようになっている。

このヨルダン川西岸地区のパレスチナ人の居住区の、東エルサレムと呼ばれる地区のラマラという町に、パレスチナ政府を名乗るPLO(ピーエルオー。パレスチナ解放機構)の今の代表のアッバス議長がいる。あまり激しい発言をしない、気の弱そうな男だ。だがその方が生き延びれる。アッバスの声明文を、以下に新聞記事で載せる。アッバスは、ハマスを認めない。「パレスチナ人全体を代表する唯一の政府機関はPLOである」と主張し続けている。そして、この考えを国際社会、すなわち国連の決議がずっと毎回、毎回、採用している。

(転載貼り付け始め)

〇 「パレスチナ議長、イスラム組織ハマスのイスラエル攻撃を非難 」

2023年10/17(火)   CNN

パレスチナ自治政府(PLO)のアッバス議長がハマスによるイスラエル攻撃を非難

(CNN) パレスチナ自治政府のアッバス議長は10月15日、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエルに対して行った攻撃について、初めて明確かつ厳しく非難し、ハマスの行動は「パレスチナ人を代表するものではない」と述べた。

パレスチナ自治政府の通信社WAFAの報道によれば、アッバス氏は南米ベネズエラのマドゥロ大統領との電話会談の際、「ハマスの政策や行動はパレスチナの人々を代表するものではない。PLOパレスチナ解放機構の政策やプログラム、決定こそが合法的かつ唯一のものとしてパレスチナの人々を代表している」と述べた。

WAFA によれば、アッバス氏は民間人の死傷の停止や人質の解放、暴力の拒否を求めた。 アッバス氏は会談で、イスラエルがガザへの侵攻を停止し、ガザ市民に対して医薬品や水、電気、燃料を供給するための人道回廊を開設して、ガザの民間人を直ちに保護することが早急に必要だと強調した。 アッバス氏は、パレスチナの人々をガザから立ち退かせることは「パレスチナ人にとって2度目の破局だ」と述べた。 ハマスが今月に入りイスラエルに対して破壊的な攻撃を実施し、イスラエルとハマスは戦争状態にある。

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。2004年にPLOのヤセル・アラファト議長が死んだ。アラファトは、本当は、英米に殺されたと言われている。 アラファトは、恐れることなく、いつでも殺されるところに居たが、生き延びた。英米が、アラファトを必要としたからだ。

ヤセル・アラファト議長(1929-2004)

もっと遡(さかのぼ)ると、1967年6月の「第3次中東戦争」(6日戦争)のときに、エジプトのナセル大統領が、イスラエル軍(片目のダヤン将軍、国防相 )の戦闘ヘリ部隊(アメリカが供給した)によって、エジプト軍の2個師団の戦車(400台)が、シナイ半島の国境線で全滅させられた。


ダヤン将軍、国防相(1915-1981)

民族の英雄の ナセル(ナシィール)大統領のエジプトは、軍事的には大(だい)敗北した。だが、このとき、激しくイスラエル軍と戦って登場した、パレスチナ人の自衛組織であるPLOとその軍事組織のファタハが頑張った。このPLO(ファタハ)を率いたアラファトを救い出すために、ナセル大統領が、ヨルダン国王のもとに、アラファトを助け出し、会談させた。

エジプトのナセル(ナシィール)大統領(1918-1970)

このことでナセル大統領は、西側に殺された。だから、そのあとにアラブの英雄として登場したのが、PLOのアラファト議長である。あのひげ面と分厚い唇の顔と、ヴェドウイン族(砂漠の民。アラブ人の中の上級民たち)のターバンを巻いた姿を覚えている人は多いだろう。 このあと、PLOに対抗させるために、英米によってハマスが、1987年に、作られたのである。

こういう大きなイスラエル・パレスチナ問題の大前提がなければいけない。日本人の新聞記者やテレビ解説程度では、表面のことしか知らない。知りたくないのだ。 大事なことは、1948年5月14日に、イスラエルが建国された時、初代首相は、ダビド・ベングリオンだ。この男がずっとイスラエル国の指導者で、それなりに立派な男だ。
“現代イスラエル建国の父“ である。ベングリオンは、イスラエル労働党を率いて、首相を13年間続けた。

ベングリオンは、独立直後から、「パレスチナ人との和解を目指す。ユダヤ人が、パレスチナ人を抑圧している事実はある。我々は、アラブ人たちからのキブツへの襲撃には自衛するが、自分から攻撃はしない」という穏健派の立場を取った。ベングリオンたちが作った、穏健派の軍事組織である、ハガナー Hagana が、やがてイスラエル国防軍(IDF)になった。

それに対して、このハガナーから分裂して、イルグーン団 Irgun という過激派の軍事組織を作ったのが、メナヘム・ベギン Menahem Begin である。建国時から、ベングリオンは、ベギンと対立を続けた。イルグーン団は、
アラブ側とパレスチナ人に対して、容赦のない、軍事行動を取った。ベングリオンは、ベギンを政敵として、イスラエル国内の政治で、ずっと対立し続けた。

このベギンが、1973年に、頑迷な宗教右翼たちと、合同してリクード党を作ったのだ。 今のネタニエフ政権もリクードだ。ベギンは、1977年から、5年間、首相をした。

私は、ベングリオンのイスラエル労働党(社会主義者である)を支持し続けた、したヨーロッパ、アメリカ白人ユダヤ人たち、たとえば、シドニー・フックや、女性思想家のハンナ・アーレントとかを尊敬している。だから、ベングリオンの系譜は、今のリクードや宗教右翼の政党たちとは全く考えが違う。ベングリオン派の人たちは、パレスチナ人と和解し、共存することを望み、ずっと平和を求めている。


ダヴィド・ベン=グリオン(1886-1973)

イスラエル建国に反発したアラブ諸国とすぐに戦争(これが、第1次中東戦争)になったが、ベングリオンたちが粘って勝利した。イギリス軍の干渉にもベングリオンは勝った。この最中に、ベギンのイルグーン団は、自分たちの建国運動を鎮圧しようとしたイギリス軍の司令部があったダビデ大王ホテル King David Hotel に、爆弾を仕掛けて爆破したり、パレスチナ人を収容所で処刑したイギリス人の軍人を絞首刑にして木にぶら下げたりの激しいことをした。


メナヘム・ベギン首相(1913-1992)

だから、イスラエル建国の時以来、国連決議はずっとイスラエルを批判している。それでも、その時、必ず、「イスラエルと同時にパレスチナ国家の成立を認めて、イスラエルとパレスチナ国家の2国家共存を承認する」という態度である。国連安保理の「第242号決議(1967年)が、今も非常に大事とされる。のちに、PLOとパレスチナ国民会議(これが国会だ)は、この決議を承認した。そして、同時に、イスラエル国の存在を認めた(1988年)。

だから、まともな感覚をした人々は、世界中で、「イスラエルはパレスチナ国家を承認すべきである。そして、2国家で平和に共存すべきだ」と考えている。私、副島隆彦もこの立場だ。この考え方以外には、中東世界が安定することはない。

今後、何が起きようが、小さな戦争が続こうが、最後は、この「イスラエルとパレスチナの2国家の平和な共存」しか、有り得ない。 だから、私たち日本人も、この主張を後押しすべきだ。

1995年の11月に、イスラエルで、平和主義者の、イハツク・ラビンが首相(イスラエル労働党、ベングリオンの伝統 ) になって、パレスチナPLOのアラファト議長と、「2国家共存」を目指して、協議を始めようとした。1993年のオスロ合意に基づくものだ。ところが、このあと、ラビンは暗殺された。その後は、優柔不断のペレス首相が継いだが、もう平和交渉はうまく進まなかった。
暗殺されたラビン首相を熱烈に支持した、そして今も支持している、平和を求めるイスラエルの(潜在的には多数派の)国民の気持ちを、私たち日本人は大事にしなければいけない。


イツハク・ラビン首相(1913-1992)

だから今のイスラエル国民の中にもパレスチナ人の中にも、双方が停戦( cease-fire シース・ファイア)して、戦争をやめて、2国家共存で仲良くする、という考えの人々が多数派として存在するのである。私たちは、この勢力を応援しなければいけない。このことの説明が日本国でまったくされない。

だから、前述したこの3月10日の大きな動きである、中国が仲裁したイランとサウジアラビアの国交回復(仲直り)が、これからも何があろうが、中東アラブ(イスラム教)世界全体で、進んでいくのである。だから、私、副島隆彦があえて言います。


和平合意に調印後握手をするラビンとアラファト。中央はビル・クリントン(1994年)

あんまり心配するな。もうアラブ人も、ユダヤ人も、戦争や戦乱を望んでいない。だからあえて、この中東地域(region  リージョン)に、歴史的に、戦争を持ち込もうとする英と米が非難されるべきだ。 英と米の超(ちょう)財界人と軍需産業からなるディープステイト the Deep State の邪悪な連中の動きをこそ、私たちは注視し睨(にら)みつけるすべきだ。

このことを(1)中国の習近平も、(2)ロシアのプーチンも、そして(3)アメリカのトランプ大統領を支持する勢力も、よーく 分かっている。だから私たち日本からも、この大きな動きを支持し、賛同しなければいけない。今、追い詰められているのは、いつも世界中で戦争を起こさせようと、画策する、英米のディープステイトである。もう、世界中で、こいつらの悪だくみはバレて露見してしまっている。この今の世界歴史の大きな動きを、私たちは、見誤ってはならない。

他のアラブ諸国の指導者たちもこの大きな動きをよくよく分かっている。だから、ガザ戦争と、まったく同じ時期に、北京で開かれた「一帯一路(いったいいちろ。One Belt, One Road Initiative, OBOR ワン・ベルト・ワン・ロード・イニシアチブ )の国際フォーラム」(10月18日)に、150カ国の政府の代表団(デレゲイツ)が集まった。

 

ロシアのプーチン大統領も参加した。「各国首脳は、今年の一帯一路に、23人しか集まらなかった。去年は37人が来たのに」と、西側(the West =G7 =ディープテイト)は、すぐに悪口を言う。だが、150カ国の政府の外交部の代表(デレゲイツ)が集まったのだ。日本からの、鳩山由紀夫(はとやまゆきお)元首相が出席した。だが、日本政府は、G7の西側(デープステイトの惨めな子分)だから代表を送らなかった。
このように世界は、どんどん中国を中心に動き出している。

ということは、今の国連(The UN ザ・ユーエヌ。正しくは連合諸国=ユナイテッド・ステイツ。加盟国は193カ国)をいいように動かしている英米の白人指導者たちに対して、一体、どっちが本当の国際機関か、と問えるのである。世界中の民衆と、世界の大勢は、もう大戦争(ラージ・ウオーlarge war )を望んでいない。 世界から戦争と地域紛争を無くしたい、

だが追い詰められた英米の超財界人たち(ディープステイト)は、これからも、まだ、何をするか分からない。核戦争の可能性にまで私たちは注意を続けなければいけない。このことは、日本でも行われた、2020年の1月からの、コロナウイルスと、それに続く、危険なワクチンの強制(2021年の3月から始まった。まず医療関係者、それから老人たちに接種した)による、日本国民殺しの動きとも関連する。

それから、大国である、フランスとドイツの動きでである。フランスは、つい最近、200年間に渡って、アフリカの赤道地帯を植民地にしていた。だが、遂(つい)に、この地域(リージョン、region レジオン)から、撤退した。 ニジェールという国にいたフランス大使と400人のフランス外人部隊 が、9月に撤退した。これが象徴的だ。

フランスはアフリカ諸国54カ国(AU。African Union アフリカ連合)への関与をあきらめて、投げ捨てて、今後は、自分の利益としてのアフリカの天然資源を奪い取る(搾取する)ことを諦めた。マクロン大統領が〇月〇日に宣言を出した。

私が、面白かったのは、8月に、実質はフランス国軍の最先頭の戦闘部隊である、フランス外人部隊(フレンチ・フォーリン・リージョン)という 民間軍事会社(PMC、傭兵部隊)の司令官が、言ったのだが、「とても俺たちは、ロシアのワグネルWagner とぶつかることはできない。あいつらには勝てない」と言って、逃げ出す決断をしたことだ。

この以前から、サヘールSahele と呼ばれる、サハラ砂漠の南側一帯から、フランス軍は撤退していた。ニジェールから逃げ出す前に、チャドとマリと ブルキナファソからである。それからガボンからもである。まだ残っているのが、ナイジェリアというサヘール地帯の大国である。このナイジェリア(人口1億人)の経済成長がものすごい。

そして、この地域大国(リージョナル・パウワ regional power )のナイジェリアの北半分の砂漠地帯に、民族解放戦線のような暴れ者の青年たちの組織がある。砂漠の中を武装したジープで駆け回っている。反政府ゲリラの集団だ。それに対して政府は、南の海に面した地帯で、長年、白人たちによって占領されている。
この地帯一帯で、奴隷貿易(スレイブ・トレイド)がずっと行われた。この海沿いで、ヨーロッパ白人たちが、植民地主義(コロニアリスム)の貿易と、プランテイションの農業経営を行って来た。それから鉱物資源の採掘と持ち出しである。この、南の都市部へも、北の砂漠地帯の反政府ゲリラからの攻撃が加えられる。

私、副島隆彦が、一番不愉快なのは、この海に面した都市部で、真っ黒いデブの黒人(バンツー・ニグロという)が、真っ白いローマン・カソリック教会の司教の白衣の恰好で、偉そうにキリスト教の神父として、宗教をアフリカ人たちに押し付けてきたことである。

原住民は、原住民の古くからの土俗的な、民衆信仰である自然崇拝(アニミズム)を行うべきである。キリスト教は、アフリカから排撃されるべきだ。

この地域大国のナイジェリアの 反政府ゲリラ組織の名を「ボコハラム」という。このボコハラムBoko Haram  の正確な意味を知っているのは日本人では、私だけであろう。

今、ふっと思いついて、私がウイキペディアを調べたら、次のように書いている。

(ウイキから)  Boko はハウサ語で「西洋式の非イスラム教育」を意味し、Haram とはアラビア語 で「」の意味である。つまり Boko Haram とは「西洋の教育は罪」という意味となる[15]

副島隆彦です。ボコハラムは、こんな、ウィキペディアにある、訳(わけ)の分からない「西洋の教育は罪」などと言う意味ではない。 ウィキペディアというのは、まさしく米CIAが作って運営しているネット組織だ。悪辣(あくらつ)なのだ。このことも、日本の知識層が知らない。それでいつも洗脳され、騙されている。

ボコハラムは、そんな持って回った、難しい意味ではない。ボコBoko とは、白人という意味で、ハラムHaram は悪魔である。だから、「ボコ(白人)ハラム(悪魔)」で、「白人は悪魔だ」という意味だ。こういうコトバの意味の政治組織だ。そしてナイジェリアの民衆が尊敬する政治勢力だ。だから、「 ヨーロッパ白人どもを追い出せ」という民族愛国主義の政治闘争だ。

このボコハラムの元気な兄ちゃんたち は、いくら殺されても負けない。次々にナイジェリアの青年たちが、北の砂漠に消えて、ボゴハラムにはいってゆく。


ボコハラムの指導者である元気な兄ちゃん(2021年に戦死した)

私が知っている、一番感動した出来事は、2014年4月に、ナイジェリアの都市部の女学校の女子生徒たち270人を、ボコハラムが誘拐した。世界中で、アフリカの凶悪事件とされた。ところが、その4年後に、その女子生徒たちのほとんど全員が、解放されて帰ってきた事件だ(2018年の3月)。


誘拐された女子学生たち

この女学校の女たち というのは、現地では、かなり良い家庭の、いいところのお嬢様たちだ。女学校に通(かよ)えるのだから。それで、4年後に、娘たちが無事に戻ってきたと言って、家族と皆で大喜びで、手と腰を振りながら踊っているニューズ映像を、私は見た。私は、びっくりした。その少女たちの中に、赤ちゃんをうれしそうに抱えている者たちがかなりいた。そして、そのことを、親たちも皆で、喜んでいるようだった。一体、誰の子供なのだ、などとバカなことは言わない。その赤ちゃんの父親 は、民族の英雄である青年たちなのだ。

その赤ちゃんたちは、ボコハラムの過激派の青年たちが産ませた赤ちゃんたちだ。すなわちボコハラムとは、日本の幕末の尊王攘夷(そんのうじょうい)の、「白人(毛唐 けとう)を見たら、その場で、斬り殺せ」という、当時の 切実な思いの、過激派の武士たちと全く同じなのだ。私は、尊王攘夷を唱えて、いっぱい死んでいった、直情的な正義感の、武士たちのことをずっと調べて、自分の歴史本に書いてきた。

だから、ナイジェリアの国民である黒人民衆、そして黒人の富裕層までが、ボコハラムが大好きだ。そして、ヨーロッパ白人が大きらいなのだ。この考え方が理解できなければ、アフリカ人の本当の気持ちと、根本のところで、通じ合うことはできない。

私、副島隆彦がどれぐらい、奥底からの深い思想を持っているか、分かるだろう。そして同時に、極めてまっさらさらに単純だ。何の複雑さも無い。まさしく、「白人(毛唐)悪魔」である。

だから、中東のアラブ人たちも、南米の原住民とメスチゾ(白人との混血。南米人の多数派の民衆)たちも、それから、アジア諸国の民衆も、今の人間たちも、みんな、「ボコハラム」=「白人悪魔」を、信念にしている。これでいい、と、私、副島隆彦は考えている。

パレスチナ人の問題に戻る。私はすでに『日本人が知らない 真実の世界史』(日本文芸社刊 2018年)という本を書いた。ここで、イスラエル人のテルアビブ大学の歴史学のシュロモー・サンド教授(今、77歳)が、ハッキリと、「古代ユダヤ人(初期のユダヤ人)とは、今のパレスチナ人だ」と書いた。

「古代ユダヤ人は、商人として地中海世界に脱出していった者たち(ディアスポラ Diaspora 大離散)以外は、農民になって、現在のパレスチナ人になったのである」という驚くべき学説を発表した(1987年)。シュロモー・サンド教授は、イスラエルや欧米世界で、軽く見られているおかしな学者ではない。イスラエル政府も敬意を払っている一流の学者だ(存命)。


テルアビブ大学の歴史学のシュロモー・サンド教授(77歳)

だから、ずっとこの地に住み続けているパレスチナ人たちこそが、古代ユダヤ人である。

最初に私が書いたとおり、パレスチナ人とイスラエル・ユダヤ人は、実際に見ていると、ほとんど差がつかない。西暦622年を、「イスラム教でヘジラ Hegira 元年」という。予言者ムハンマド(モハメッド)が、この年ヘジラ暦の元年を、イスラム教の始まり(紀元)と決めた。

この西暦622年前後から、すでに、中東アラブ世界は、巻き起こる熱狂(ねっきょう。エンシュージアズム)の中で、どんどんイスラム教(ムスリム)になっていった。イスラム教は、強烈な、民衆救済(きゅうさい)思想である。 だから、この熱狂は、西は、モロッコとスペイン(後(ご)ウマイヤ朝。首都アルハンブラ宮殿)にまで到達した。

そして、東側は、何と、ペルシャ高原を経てインドを通り越して、インドネシアにまで到達した。おそらく西暦800年代には、日本にまで到達し、それが日本の平氏(平家)という、インド系のイスラム教の海洋性商業民で、やがて日本民族に溶け込んだのだろう。平清盛(たいらのきよもり)の、遺(のこ)された画像を見るとインド人のような顔をしている。

平氏は、沖縄諸島(ルンクーン列島、琉球が正しい呼び名だ)を素通りして、偏西風(貿易風)で、直接、日本の瀬戸内海に到達した。だから、香川県の金毘羅様(こんぴらさま)に鯱(しゃち)を祭神とする神社を作った。インドにやって来たイスラム教は、ナーランダ学院(ビハール。ここで玄奘三蔵=げんじょうさんぞう=が640年頃に学んだ)という仏教の大研究所を、700年代に破壊した。

このようにして アラブ人なるものも、イスラム教徒として、その聖典(せいてん、カノンCanon )であるクルアーン(コーラン)とともに成立していった。だから、人種(race レイス)としてのアラブ人やユダヤ人と、宗教としての国民が、食い違いを起こしている。

再び話が逸(そ)れるが、中央アジアの南で、今も紛争を起こしているアルメニアという国がある。このアルメニアと争っている、アゼルバイジャンという国との紛争がある。アルメニア国は、トルコの東側に在って、オスマン帝国から虐殺されたという悲しみと憎しみを今ももっている。

アルメニア人は、白人種の一種だ。例えば、クラシカル音楽の指揮者のカラヤンや、お騒がせ女のキム・カーダシアンが、青を通り越した、緑の目をしたスラっとした美人で有名だがアルメニア人系だ。ユダヤ人よりもユダヤ人らしい種族だと言われている。

一方、アゼルバイジャン人 というのは、中央アジアのコーカサス(カフカス)地域(region リージョン)の1国だが、カスピ海沿いで、天然ガスがたくさん出る。ロシアにとっても大事な国だ。独立している。ここでハッキリ書くが、アゼルバイジャン人というイスラム教徒は、実は、元元は、アルメニア人なのだ。だから、アルメニア人とアゼルバイジャン人は、同じ種族だ。驚くべきことである。宗教が後で違っただけなのだ。

今は、アゼルバイジャンの方が軍事力が強い。だから、ナゴルノカラバフという飛び地に取り残されているアルメニア人の軍事自衛組織は、敗北して、アルメニアに撤退した。このアルメニア国に、今は、欧米白人たちからの同情の応援や、軍事支援が来ないので、苦境に立たされている。現地に行けば、きっと、アルメニアとアゼルバイジャンは、互いに現地語で言語が通じる。いくら互いに憎しみ合っていても、である。

アルメニア正教(せいきょう)というのは、一番古いキリスト教とも言われて、エルサレムの古い地区の4分の1がこの一番古いキリスト教(2世紀頃に成立)である。

だから、ユダヤ人とパレスチナ人の違いも、これと同じで、現地では、お互い、話し言葉(spoken languageスポークン・ランゲッジ)が通じるだろう。書き言葉(written language リトン・ランゲッジ)は、イスラエル人は、国語としてヘブライ語(Hebrew  ヘブリュー)を、小学校以来ずっと習って話す。ちょっと出来がいい子は、すぐに英語もできるようになる。

一方、パレスチナ人は、アラブ人であるから、当然、アラビア語を話す。ところが、実際の現地では、おそらく話し言葉では、互いに通じるようである。2千年間もずっと、そこに居るのだから。この奇妙さを、私は現地で確認するために一度はイスラエルに行かなければならないのだ。

だが、私に助言する人がいて、「副島先生はイスラエルに行かない方がいいですよ、殺されますよ」だそうだ。そんなことはないと思う。私は、団体旅行(グループ・ツアー)に潜り込む形ででも、イスラエルに行ってみたい。イエスの本当の生地のナザレや、そこから東に50キロ行った、イエスの本当の奥さま(一番弟子でもある)マリアの、マグダラ行きたい。

ガリラヤ湖の畔(ほとり)のマグダラの町だ。Maria Magdalen (マリア・マッダレーン)こそは、真実のイエスの奥さまで、ふたりには、サラSara という女の子がいた。今も、世界中の女たちが真剣に拝む、マリア様(の像)は、聖母(イエスの母親)のマリアではない。奥様のマリアだ。このことも、世界中に知れ渡るべき大きな真実だ。
それが、大作の小説そして映画の「ダヴィンチ・コード」( 〇年作 )が暴き当てた真実だ。

それから、ローマ軍が駐屯していたツポリや、北部のゴラン高原の山並みを自分の目で見たい。イエスは、ギリシア語を書いて話していた教養人だ。ローマ軍の将校(百人隊長、センチュリオン)から上は、ギリシア語を書いて読めた。イエスはユダヤ人ではない。自分でも、一言もそうだと言っていない。「旧約聖書」も「新約聖書」も、すべて、ギリシア語で書かれていたのだ。ヘブライ語など、紀元後2世紀に作られた、人造言語だ。イエスよりも後の時代だ。
だから、私、副島隆彦はイスラエルに行きたい。だが、もう10時間も飛行機に乗るのがイヤになっている。

ガザ地区から出口(門 ゲイト)がたくさんあって、東側のイスラエルの町の工場や農場で、パレスチナ人たちがたくさん働いている。いくら完全に閉鎖したと言っても、今も、そこは人々が、ぞろぞろと出入りしているはずなのだ。皆、戦争には慣れっこだから。
ここで、政治難民(refugees  レフュジー)とは、一体何かと考えると、複雑な話になる。

私は、かつてニューズ映像で見たのだが、ユダヤ人(イスラエル人)の男が、パレスチナ人たちの群れに向かって「お前たちは、もともとエジプト人だ。エジプトから来たのだ。だから、エジプトに帰れ」と喚(わめ)いていた。私は、ものすごく、この瞬間に興味を持った。なぜなら、ユダヤ人そのものが、もともとエジプトから来た人たちであるからである。人(他人)のことなんか、簡単に言えるものか。

以下の知識は、ある程度、頭のいい人間なら知っていなければいけないことだが、紀元前1250年(この数字だけは、覚えなさい。バカども)に、モーセが、「出(しゅつ)エジプト記」(エグゾダス  Exodus これだけが、真実は、唯一のユダヤ教の本物の聖典 )に書かれているとおりだ。エジプトから1万人ぐらいの移民( 新天地を求めた開拓農民)が、モーセに率いられて、出て行ったのである。

真実は、エジプト国王(ファラオ)のラムセス2世から迫害されて、追尾されたのではない。「お前たちは、あっちの、北のカナーンという、肥沃な土地が空いているから、あっちに行け。支度金もあげるから」と、言われて、モーセたちは、植民者(パイオニーア pioneers )として、エジプトから平和に出て行ったのだ。

そして途中でモーセが、「私たちはユダヤ人だ。私が作った、新しい神であるヤファエ(Yahwhe エホバ)だけを信じる」として、この時、ユダヤ人が誕生したのである。モーセが、十戒(じゅっかい。10コマンドメント)を持って、シナイ山から下りて来た時にだ。たったこれだけのことなの。ユダヤ人の誕生、発生というのは。だから、モーセたちは、エジプト人だ。

ユダヤ人もパレスチナ人(アラブ人)も人種(レイス)としては、同じ民族である。西洋では、まさしくセム族(Semites セマイト )とされる。区別なんかない。例えば「反(はん)ユダヤ主義」のことをヨーロッパ語では、アンチ・セミティズムanti-Semitism という。アラブ人もまとめてみんなセム族だ。これは学問的にも決まっている。

私、副島隆彦は、オペラの傑作で、グランド・オペラと呼ばれて、「アイーダ」(ベルディ作)と同格とされる、「サムソン と デリダ」を、いつも思い出す。このオペラの大作「サムソンとデリダ」(サン・サーンス作、1870年ぐらい初演 )は、まさしく、ガザ地区(古代のガザの、ペリシテ人の王国)のことを描いた作品だった。


オペラの大作「サムソンとデリダ」

サムソンと言う、古代ユダヤ(ヘブライ)の民の代表の、師士(しし)と呼ばれる指導者が、デリダというペリシテ人(キリスト教では、パリサイびと。Pharisee ファラシー)の王女で、ガザの太守(国王)のアビメレクの娘なのだが、この女の色香(いろか)に惑わされて、ダゴンの神の虜囚(りょしゅう 捕虜)になる。

ダゴン神は、ペリシテ人、これが、どうも、今のパレスチナ人たちなのだ、の神で、悪魔扱いだ。ペリシテ人(パレスチナ人)に支配されているヘブライ(ユダヤ)の民を、目くらにされたサムソンが、最後に、怪力で、ダゴンの神殿ごと破壊してしまう、というオペラだ。 何が何だか、一体、どっちがどっちか、分からない作品だ。 やっぱり、この現地人のペリシテ人(パリサイびと)たちこそは、古代ユダヤ人なのではないか。

私は、もっと自分の考えを書く。今のイスラエル国は、実は、ディープステイトに嫌われている。なぜならば、イスラエル・ユダヤ人は700万人(970万人の人口のうち)だ。わずか埼玉県と同じぐらいの小国だ。この国家を建設したユダヤ人たちは、ヨーロッパから帰って来た、ヨーロッパ白人の民族主義者である。シオニスト(Zionist  ザイオニスト。シオンの丘にあるエルサレムへの帰還運動で帰って来た)である。

それに対して今のディープステイトの一角であるユダヤ人たちは、これは国家を持たない世界ユダヤ人の商業金融民族だ。彼らは、自分の祖国を持たない。それに対して、イスラエル・ユダヤ人たちは、民族主義者(ナショナリスト)であるから、我が愛する祖国を持っている。だから、欧米のワルの世界ユダヤ人たちから、嫌われている。

今のイスラエル国軍の軍事兵士たち(20万人ぐらい)は、全員、ファイザー社のコロナワクチンを5回打っているそうだ。だから、やがて半分ぐらいは死ぬのではないか。そして、前述したとおり、今のイスラエル国内の本当の多数派言論は、「もう戦争なんかしたくない」である。

まさか、そんなのはウソだ。と私、副島隆彦に言いたければ言いなさい。このことは日本国民にも言える。日本国民の圧倒的な多数派は「戦争などしたくない」。そして、副島隆彦がずっと唱えてきた「アジア人どうし戦わず」である。 ” 台湾有事(たいわんゆうじ)”で、極東でも、英米が戦争を仕掛けて、扇動してくると、自民党の右派や維新の会のように、「中国と戦争もする」となる。その原動力は、統一教会の勢力だ。

だから、日本国内のバカな1割ぐらいの反共右翼(統一教会)が、盛んにテレビ、新聞(ここもディープステイトに乗っ取られている)を含めて戦争を煽動している。私たちは、この動きに注意しなければいけない。

以上のとおり、私は、長々と思いつくままに、イスラエル・ハマス戦争(ガザ戦争)についての考えを書いた。以下に、新聞記事の資料を後ろに3つ載せる。

(新聞資料)

〇 「イスラエルを急襲したハマス軍事部隊の黒幕」

2023年10月11日 英FT(フィナンシャル・タイムズ紙)

(副島隆彦注記。イギリスの高級紙の、このFT紙自身が、ディープステイトそのものであり、イギリス国家情報部のMI6(エム・アイ・シックス)の広報紙である )

https://www.nikkei.com/prime/ft/article/DGXZQOCB1041S0Q3A011C2000000?n_cid=NPMFT000P_20231011_a02

「我々に対する継続的な犯罪、国際法や決議に反しての暴力的な占領、米国と西側諸国がこれを支持していることを踏まえ、我々はそのすべてを終わらせ、敵に自らが責めを受けることなく好き勝手を続けることはもはやできないことを理解させる決断を下した」。動画にシルエットだけ映った人物はこう語った。

パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが、10月7日にイスラエルを攻撃したわずか数時間後に公開されたこの動画の声の主はハマスの軍事部門の司令官で今回の攻撃を指揮したモハンメド・ディーフ氏とされる。

(中略) ディーフ氏はハマスの爆弾製造者ヤヒヤ・アヤシュ氏に師事していたとされる。「エンジニア」の異名をもつアヤシュ氏は1996年に爆薬を詰め込んだ携帯電話で暗殺された。・・・

 

〇 「「ハマスを消し去る」イスラエル、近く地上作戦か…多方面から一気に侵攻・短期戦狙う 」

読売新聞 2023年 10/14(土)

【エルサレム=福島利之】パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム主義組織ハマスによるイスラエルへの越境攻撃から、14日で1週間になる。ハマスの攻撃とイスラエルの報復空爆による双方の死者は2800人を超えた。イスラエルは近く開始するとみられる地上作戦で、ガザからハマスの完全排除を狙っている。

イスラエルとガザ地区の比較

(副島隆彦注記。このグラフをあとで、復活して載せる)

イスラエル南部のガザ境界近くには、戦車や軍用車両が集結し、予備役の兵士が続々と到着している。数キロ先のガザからは時折、爆音が鳴り響き、大きな煙が舞い上がる。連日続くイスラエル空軍の空爆だ。

イスラエル軍が近く始めるとみられる地上侵攻の狙いは、「ハマスを消し去る」(ベニー・ガンツ前国防相)ことだ。

イスラエル軍は、ハマスとの圧倒的な軍事力の差を背景に、戦車などを多方面から一気に侵攻させる狙いだ。短期戦で決着をつける作戦だとみられる。過去最大となる36万人の予備役を招集したイスラエルにとって、長期戦は社会や経済へ重荷になるためだ。

ただ、ハマスも軍事力を強化している。約80キロ離れたエルサレムに届くロケット弾を発射させる技術を持ち、多数の攻撃ドローンも所有する。ガザの地下トンネルには、多数の武器や弾薬が隠されているといわれる。

建物が密集するガザは、ハマスの得意とするゲリラ戦に有利だ。イスラエル軍のアムノン・シェフラー広報官は12日の記者会見で、「イランから資金提供や訓練を受け、能力が上がっている」とハマスの軍事力に警戒感を示した。

イスラエルから連れ去られた150人とされる人質の存在も、イスラエルの作戦を難しくしている。「人間の盾」として利用されるおそれがあり、人質の命を守りながらの地上侵攻は、困難を極める。地上作戦を実施すれば、約222万人が密集して暮らすガザで多数の民間人が犠牲になることも避けられない。

(新聞資料終わり)

副島隆彦拝

副島隆彦 投稿日:2023/10/13 14:38

【3083】重大な事態である。コロナとワクチンは、人工兵器だと、京大教授たちが断言。

副島隆彦です。 今日は、2023年10月13日(金)です。

重大な事態だ、と、私、副島隆彦は思う。 これで、日本の国論(こくろん)が、動く。
私は、今朝の 2時に起きて、これらの動画 3本 を、見て、衝撃を受けた。

「トータル・ニューズ・ワールド」という、誰がやっているのか分からないウエブサイトに載っていたものだ。

 1つ目の動画は、宮沢孝幸(みやざわ・たかゆき)京都大学の、ウイルス学 ( vilrology バイロロジー)を専門とする、現役の 准教授が、9月29日に、「コロナウイルスは、人工的に作られた、人工兵器だ。日本を守りましょう」と、絶叫している。42秒間の、JR仙台駅前での、演説だ。これに、私、副島隆彦は衝撃(shocked ショックト)を受けた。

宮沢孝幸准教授

副島隆彦です。 皆さん、まずこの動画を見て下さい。私は、1年ぐらい前に、「京大の宮沢先生は、反(はん)ワクチンの研究発表をしているから、殺されるのではないか」と聞いていた。 反(はん)ワクチン運動をやっている医師や、医学部教授たちは、この2年間に、たくさん集会を開いて出現した。

 それでも、宮沢孝幸氏が、こうして、ここまではっきりと、9月29日に、仙台駅前で、「コロナウイルス、そしてそれから作られるワクチンは、人間が作ったもので、人工兵器です 」と、宣言して、血の叫びを、公然と、上げていることを知って、私は、慄然(りつぜん)とした。 皆さん、以下の動画を、すぐに見て下さい。

(1)2023.9.29 京都大学の宮沢孝幸准教授 仙台駅前での魂の叫び

https://twitter.com/i/status/1707046609719288131(←リンクをクリックしてください)

宮沢医師 「最初は嘘だと思った。(政府が、国民に)そんな悪いことをするはずがないと。しかしデータを解析したらすぐにわかった」(動画)

2023/9/29  JR仙台駅前
宮沢医師 魂の叫び(藤江さんのツイートより)

宮沢 「 お願いします。日本を守りましょうよ、日本を守りませんか。100年後日本がなくなっていいんですか? コロナウイルスも人工的に作られてワクチンと連動しています。
これは最初は、私も嘘だと思いました。そんなはずがない。(政府が)そんな悪いことをするはずがないと思いました。だけど、(私が)データを解析したらすぐにわかります。政府も完全に 乗っ取られ (take over テイク・オーヴァー)されています。
お願いします。(私の話を)聞いてください。みなさん(に、私は)基地外(キチガイ)だと思われるかもしれません。
しかし、京都大学の人間がですよ、京都大学をを辞めてでも、伝えなきゃいけないということでここに来たんです。若い人に日本を残したい」

副島隆彦です。この宮沢教授の、本当の血の叫びに、私たちは、賛同して、皆で、なんとかしないといけない。
こうなったら、反(はん)ワクチンの国民大(だい)集会を開かないといけない。

 この次が2本目の動画です。これも、同じく宮沢孝幸(みやざわ・たかゆき)教授 が、10月8日(日)の、大阪の読売テレビの「ここまで言って委員会」という番組に、オンラインで出演して、上記の仙台駅前での演説よりは、やや穏(おだ)やかに、「オミクロン(コロナウイルス 株 strain )は、人工物です。人間が作ったものだ」と、はっきりと言った。

 それを聞いていた、この番組に出演の 大(だい)ワルの 竹中平蔵(たけなかへいぞう)たちは、顔が青ざめて、一様に、深刻になっていた。 私、副島隆彦の考えからすれば、この読売テレビの「なんでも言って委員会」が、 同じく大(だい)ワルの、橋下徹(はしした・とおる)を育てて、大阪府知事に当選させて、今のような、日本を、アメリカの奴隷にし続ける政策を、「民間人(芸能人)のふりをさせて」扇動している。だから、読売テレビ=読売新聞グループにも、責任がある。
  番組中の竹中平蔵の沈鬱な表情

(2) 2023.10.8 京都大学の宮沢孝幸准教授 読売テレビ「そこまで言って委員会」に 出演

〇 宮沢孝幸教授「オミクロン株は人工的に作られた可能性が高い。自然界で起こることはない」
地上波(読売テレビ)で取り上げられる (Total News World 2023/10/9)
http://totalnewsjp.com/2023/10/09/covid19-1000/


https://twitter.com/i/status/1710902140628255158(←リンクをクリックしてください)

京都大学の宮沢孝幸准教授 読売テレビ「そこまで言って委員会」に 出演し、証拠の医学資料を提示した。
 

司会:まず宮沢さん、先日、論文を発表されたということですけど、その中身について教えていただけますか。

宮沢:オミクロンが、おかしい変異をしていますね、という論文です。僕たちは、何をしたかというと、オミクロンになる一歩手前、あとワンピース変異を加えれば、オミクロンになる、オミクロンの親を探していたんですね。それが、変異、1か所変わることによって、オミクロンが完成というものを探していたら、その図を見ていただくと、31個増えたんです。オミクロンは、一番上です。白いやつ。白く抜けているところがあるじゃないですか。これが武漢型の配列なんです。オミクロンで1か所、武漢型に戻っている変異が31個も見つかってしまったんです。つまり、親を探していたら、親じゃなくて、子どもだった、という話ですね。

司会:それは、つまり、どういうことを指しているのでしょうか。

宮沢:われわれは、そこから「これは実験だ」と思ったんですね。要は、オミクロンの配列の中で、どの配列が重要で、どの配列が重要でないかを、調べるために、とりあえず、変異を入れてみた、と。

司会:この白の部分がそれぞれ、それぞれ変わっているのが1個ずつ1個ずつ変わっているやつが順番に実験的に作られたんじゃないか、っていうことですか。

宮沢:そうそう。こんなシステマティックに行われる・・・

司会:それは誰かが、意図的に変異を入れているということですか。

宮沢:入れているとしか見えないですね。これが自然界で起こり得る、起こることは、まぁないだろうと、ないでしょうね。このオミクロンは、人工物でなおかつ、実験をしている、ということがこれで明らかになったと思っています。

司会:宮沢さんにうかがいたいのは、仙台駅でも演説されていたと思うんですけども、そういうふうに人工的に作られているものだとして、誰がこのような変異を呼び起こして、どういう目的があったかと宮沢さんは、お考えですか。

宮沢:私なりの考えはあるんですけど。非常に言い難いんですけど、私が非常に懸念を示していて、来年の5月にすべて決まっちゃうじゃないかと、ずっと話していたんですけど、いろんなところで。それは何かを言うと、WHOのパンデミック条約なんですよ。これが通ってしまうと、日本は、例えば、このワクチンは要らないんじゃないか、と言ってもWHOが「いや、絶対に打て」と言われたら、打たなきゃいけないんですね。保健衛生事業の主権が奪われてしまうんですね。これを非常に懸念しています。

古館:ちょっと聞きたいんですけど、いいですか。古館です。先生、ごぶさたしております。例えば、私は専門家じゃないから気安く言えちゃうんですけど、例えば大手製薬メーカーがワクチンを新たなオミクロン対応も含めて、そういうものを世界的に売るための戦略としてこういう人工的な変異を促したりしているのではないかと、先生は、或る種、見ているんでしょうか。

宮沢:私はコロナ以外も、すごく怖がっています。そういうことが行われるんじゃないかと、人工的なコロナウイルスというのは、もう我々が簡単に作れるようになってしまったんですね。それを使って、バイオテロということは、簡単にできる時代になってしまった。

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副島隆彦です。次の3つ目の動画は、福島雅典(ふくしま・まさのり)京都大学名誉教授たちの、「ワクチン問題研究会」の記者会見の様子です。 ここでも、福島教授が、激しく、コロナウイルスとワクチンのことで、人為的に作られたものだ、と糾弾している。

 ワクチンを打ったことで、すでに全国に、たくさんの死者の他に、脳出血や、急性の心臓病や、帯状疱疹ヒドい症状が出て、多くの被害者(重傷者)が出ている。
 それは、日本政府が、モデルナとファイザー社の言いなりになって、国民に打たせたものだ。
  福島雅典名誉教授
副島隆彦です。モデルナ のワクチンは、12年前に、タケダ製薬を、ディープステイトが乗っ取って、タケダの工場で今も作らせているものだ。コロナウイルスのワクチンは、すべて日本国内で作られている。福島県の 南相馬市にも新しいワクチン工場を作って、すでに製造を始めている。 

 コロナ・ウイルス Covid 19 は、エイズ・ウイルスの後継物である。エイズ菌は、50年ぐらい前に、アメリカの首都のワシントンの 隣州であるメリーランド州にある、フォート・デトリック基地内の「米陸軍 生物化学研究所」で、羊のがん細胞のレトロ・ウイルスから、製造された。〇〇博士の研究チームによって作られたものだ。

 そして、さらに10年ぐら前に、コロナ・ウイルスは、同じこの 米フォート・デトリックの研究所で、増殖、培養されて大量に作られた。mRNA (メッセンジャー・アール・エヌ・エイ)という遺伝子(gene ジーン)そのものとして、作られた。これは、始めから、感染症(パンデミック。以前は伝染病と呼ばれた。特に法定伝染病と呼ばれる危険な細菌たちだった)を引き起こす病原体 として作られた。明らかに、これに感染した人間を大量に殺す 生物化学兵器(バイオ・ケミカル・ウエポン bio-chemical weapon )である。

そして、恐るべきことに、このmRNAを、発見というか、本当は、発明(製造)した、2人のウイルス学者に、ノーベル賞が与えられる、と、つい最新の10月2日に、発表された。カタリン・カリコと、ドリュー・ワイスマン
という学者である。ということは、ノーベル賞の授賞団体(スウエーデンの王家と政府)自体が、巨悪の犯罪者であり、the Deep State ディープ・ステイトの一部だ、ということだ。記事を載せる。

(転載貼り付け始め)

〇 「 ノーベル生理学・医学賞にカリコ氏ら コロナワクチン開発貢献 」
2023年10月2日  NHK
 ことしのノーベル生理学・医学賞の受賞者に新型コロナウイルスのmRNAワクチンの開発で大きな貢献をしたハンガリー出身で、アメリカの大学の研究者カタリン・カリコ氏とペンシルベニア大学のドリュー・ワイスマン氏の2人を選んだと発表しました。
カリコ氏らは人工的に合成した遺伝物質のメッセンジャーRNA(mRNA)をワクチンとして使うための基礎となる方法を開発しました。 mRNAにはたんぱく質を作るための設計図にあたる情報が含まれています。
 ノーベル賞の選考委員会は授賞理由について「2人の発見は、2020年初頭に始まったパンデミックで新型コロナウイルスに対して効果的なmRNAワクチンの開発に不可欠だった」としています。( 以下、略)

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。以上の通りだ。

  このコロナウイルス を、4年前の、2019年の10月に、中国のど真ん中である、武漢(ぶかん、ウーハン)の生鮮食料市場で、米軍の特殊部隊が撒いた。 

 この時、世界軍人オリンピックが、武漢で開かれていて。この機会に、コロナウイルスを米軍が現地に持ち込んで散布した。これで、1億人の中国人を、感染症(伝染病)で、殺そうとした。そして、中国の力を弱体化させようとした。 中国は、いち早く、この動くを察知して、指導部が、急速に動いて、このアメリカからの攻撃を、見事(みごと)に撃退した。今の中国は、アメリカ帝国からの本気での攻撃に対して、どこからでも受けて立つ、本当に強い国(強国、きょうこく)であることが、これで証明された。

私、副島隆彦は、これらの事実を、2020年の3月から、ずっと、自分の文章と、本たち書き始めた。今度、それらを再掲載する。「フォートデトリックの生物化学兵器製造所」の 写真とかも載せる。

そして、3つ目の動画である。
(3) 2023.9.7 京都大学の福島雅典(ふくしま・まさのり)名誉教授 「ワクチン問題研究会」発足 記者会見

https://twitter.com/i/status/1699736689428894076(←リンクをクリックしてください) (この動画を見る)

「 福島雅典教授「ワクチンの目的外使用を認めないという不平等条約を結ばされた。何千人もが命を落とした」(福田世一氏のツイートから)」 (略)

副島隆彦です。 以上、3つの動画を見ることで、私たちは、大きく考えを前に、事態を推し進めることが出来る。
1. 私たちの学問道場に15年前から寄って来て、勉強して、それで、注意深く生きることを、真剣に学んだ人たちの多くは、用心して、2年前から始まったコロナのワクチンを接種してない。偉い。賢かった。これでいい。

2.ところが、まわりの声に押されて、あるいは、職場からの半ば強制的な圧力で、打ってしまった人たちがいる。この人たちは、多くが高熱から始まり、いろいろの症状が出て、それで、被害者になっている。自ら進んで、コロナワクチンを、目下、進んでいる7回目まで、平気で打っている、馬鹿者たちのことは、論外とします。

3.これまでワクチンを打ったことで、それで体調が悪くなったり、自分の身近で死んだ老人とか出ている人たちの、中から、本気で、怒りだす人々が出て来ている。これを、私、副島隆彦は、ずっと待っていた。 彼らの怒りが、噂(うわさ)話を越えて、燎原の火のように全国に広かって、やがて、「責任者たちを、国民裁判にかけて、しばり首にせよ。アメリカのディープステイト(英と米の超財界人)たちの言いなりになって来た者たちの、責任を、厳しく追及する 」という国民運動に発展することを、私、副島隆彦は、ずっと待っている。

4.ただ単に、薬害(やくがい)訴訟の民事裁判や、刑事告発で済ませるような規模を、すでに超えている。ワクチン接種者の中から、ひどい重傷者と障害者が、500万人も出てきたら、もう、今の、自民党政府も、厚労省も、アメリカの手先どもも、腐った日本のテレビ、新聞たちも、ただでは済まない。 きっと、暴徒化した日本国民に、捕まって、激しくつるし上げられるだろう。 私、副島隆彦は、今や、そこまで、予言(よげん)する。

5・もう、この動きは止まらない。止めようとしても止められない。「ワクチンを打ちなさい」と勧めた者たち全員だ。それから、実際にワクチンを打った(接種した)全国の医師たちまでが、責任ある者だ。「自分は、政府の指示(しじ。指図、さしず)に従っただけだ」と、言い訳して逃げようとしても、もう遅い。

 ワクチンを一本打つだけで、2万5千円が、開業している医師たちの収入になった。このことは公然たる事実だ。医師たち自身が、ぶつぶつを話している。これは政府からの医師たちへの、共犯関係を作るための賄賂(わいろ)だ。それで、全国の医院(町医者)は、この2年間で、ほとんどが、1億円以上を稼(かせ)いだ。大きな病院は、200億円の補助金での収入増になって、赤字経営から立ち直ったそうだ。

6.コロナで騒いで、ワクチンをどんどん打たせた側の、人間たちは、今のうちに、首(くび)を洗っているがいい。もう、逃げられないと観念せよ。

 今の段階で、私、副島隆彦が、一番、言いたいのは、2.で書いた、政府の言うままに、いいかと思って、ちょっと考え直すこともしないで、自ら進んで、ワクチンを打って、それで、発病して、苦しみ始めている者たちこそは被害者だ。それこそ500万人規模で大量に出現している、被害者の群れだ。

 この愚か者たちが、「私は、騙(だま)されていた。こんな、ヒドイ目に遭うとは」と気づいて、じわーッと、自分の内側から激しい怒りが、自分の体の痛みと共に、じわーっと湧き上がってくる。それが、次に必ず起きる 日本革命の、その礎(いしずえ)、土台 になる。 私、副島隆彦は、すべてを冷酷に考える。

 冒頭に載せた、宮沢孝幸は、日本国民の為に、一身(いっしん)を投げ出して、その学問的な真実を、ウイルス学、感染症の専門家として明らかにした。宮沢孝幸(みやざわたかゆき)は、これからの、日本の国民運動の国民的な英雄になる。 皆で、彼を先頭に立てて、盛り立てないといけない。 私たちは、結集して、どこにでも行くし、何でもする。

7.最後に書く。そして、一番、深刻なのは、赤ちゃん、子供にまで、ワクチンを、何度も打たせたことだ。
このことが、これから、ずっと、重大な問題となって続く。言っては何だが、老人たちはもう十分に生きた。既往症(きおうしょう)がワクチンとの合併症状で、苦しんで死んでゆく。それを、他の人は、替わってあげられない。

 一番、深刻なのは、自分の赤ちゃん子供に、良かれと思って、ワクチンを打たせた、母親たちだ。貴女(あなた)たちが、これから、どんどん子供たちが、何十万人も発病することによって、泣き叫ぶ、ことになる。この女たちが、全身で泣き叫び、血の涙を流し、慟哭(どうこく)する 様子が、私には、すでに有り有りと、思い浮かぶ。 もう、タダでは済まない。

 日本人をこんな目に遭わせた、デープステイトの、悪魔どもよ、覚悟せよ!
お前たちとの、人類の生存をかけた、決戦の時が迫りつつある。そして、この戦争の、最先頭 に立つのは、他の先進国 と同じく、日本でも、まさしく、ワクチンのせいで、むごたらしく発病する 女、子供たちだ。 彼女らの、地底(じぞこ)からの、ジクジクと続く、自分の体のいやーな痛みと、死の恐怖と、そして、激しい怒りだ。 この重大な事態を引き起こし、率先して、ワクチンを日本国民の9割に、打たせた、アメリカの手先どもを、全員、しばり首にせよ!   副島隆彦拝

副島隆彦 投稿日:2023/10/12 08:23

【3082】私、副島隆彦の近況を書きます。

副島隆彦です。今日は、2023年10月12日(木)です。

ここの重たい掲示板に、何も書かないまま、また2週間が経(た)った。
1.学問道場の ウエブサイトの リニューアルが、何とか終了、完成した。弟子たちと、真剣にサイトのリニューアルの工事をやってくださった、私たちの学問道場の会員でもある、SE(システム・エンジニア)の専門家の皆さんに感謝します。ご苦労様でした。

今度の10年ぶりのシステム・リニューアルでは、私の素人判断では、画面の横幅が、きっちりと、スマホに対応したことである。10年前から、「スマホでは、学問道場は、読みにくい」と言われてきた。その当時は、スマホは、まだ無視してもいいぐらいの通信機器だった。現在は、そういう訳(わけ)には、ゆかない。
おそらく、スマホで、学問道場の掲載文章を読んでいる人が、2割ぐらいいるようだ。ようだ、としか言いようがない。 この数字が、すぐに4割とかに上がってゆくだろう。

2.私は、書くと恥ずかしいことだが、スマホを使えない。ずっとPCで、文章を書いてきたので、机上のPCがないと、仕事にならない。1年だけスマホを使ったが、手元が揺れて、満足に使えない。それで、ガラケイに戻った。そういうジジイたちが、たくさんいるはずなのだ。

だから、私は、世界中の事件の記事や、評論文や、情報収集も、PCである。テレビは、食事の時に、NHKのBSチャンネルしか見ない。日野正平(ひのしょうへい、1949年-、74歳)の、自転車の旅の、「こころの風景」が好きだ。全国の県をずっと走っている。最近は、もう、日野正平も、股ずれを起こして、自転車こぎも大変そうだ。あと何年もつかな。

この「こころの風景」の良さは、日本全国の、どこに行っても、こういうキレイに舗装された道路があって、その脇を、自転車で動いていって、どうでもいいような、自然公園があって、そこを思い出の地とする人たちの手紙を日野が読んで、「さあ、行こう」と移動してゆくことだ。そして、道路わきの食堂で昼食を食べる。
全国、どこにでもある、やはり、海沿いが多いが、寂れ果てた、田舎の風景が、歳を取ると、一番、落ちつく。それでもトラックと、乗用車が、道路を、どんどん通る。

3. NHKのBSは、2つ局が有って、私は、これだけで十分だ。民放など、もう20年間、ほとんど見ない。何かあった時だけチラリと見るだけだ。それも、私の周りの人が見ているからだ。

最近まで、 日本の植物学者の泰斗(たいと)の牧野富太郎(まきのとみたろう、1862-1957年、94歳で死)の人物像を描いたNHKの朝の連ドラの「らんまん」のことは、少し知っている。 牧野富太郎は、今も分厚い「牧野の植物辞典」で有名だ。 一生を、植物の蒐集(しゅうしゅう)と新種、変異種の研究に捧げた偉い人だった。東京帝国大学の植物教室に、77歳までずっといた。60歳を越しても講師の肩書のままだった。この人の、穏(おだ)やかな変人ぶりも、炙(あぶ)り出された。
  牧野富太郎
  『牧野日本植物図鑑』

4. 私は、50年年前の学生時代に、東大全共闘(とうだいぜんきょうとう)と呼ばれた、1969年1月の、安田講堂の籠城戦(ろうじょうせん)(安田砦と呼ばれた)を、闘った、そしてそのあと、捕まって、刑事被告人となった(450人ぐらい)人たちのうちの、極めて、真面目な、東大の農学部の学生上がり(もう、30台のひとたちだった。大学院生もとっくの終わった人たち。大学に居残っている )たちと、少し付き合った。千葉県の山の中の高吾山(たかごさん)という山奥の、 動物の調査研究拠点(古い農家)で、農業もやった。

サルたちが、当時、日本全国で荒れ狂っていた、ゴルフ場作りのために、山奥までが、開発されて(ブルドーザーが、山肌を削っていた)いたので、サルたちが、迷惑がられて、獣害(じゅうがい)対象の動物とされて、纏(まと)めて、サルの捕獲網(あみ)に、引っかかって、捕まって、おそらく処分されていただろう。今、そのゴルフ場たちが、経営危機に陥っている。ざまあ見ろ、である。ところが、後述するが、それらのゴルフ場に、私は、最近もゴルフしに行った。

50年経つと世の中は、ひっくり返(かえ)るようである。それまでとは、それまでとは、考えが、大きいところで、ひっくりカエルだけであって、表面の様子は変わらない。人々は、新陳代謝(しんちんたいしゃ)で、入れ替わっていゆく。老人たちは、死んでゆく。

5.その東大農学部出(で)の、新左翼(しんさよく)の活動家、と言っても、たいした政治活動もしていないが、その人たちは、東大の演習室という自然研究用に残されてる山林で、フィールドワークをやっていた。 小さなヘビを見つけると、それを、袋にササっといれてしまう。サルたち自然動物の保護運動をするわけでもない。ただ観察するだけだ。それが、フィールド・ワークだ。捕まったサルたちを、可哀そうに、と思うだけだ。

サルたちは、100頭ぐらいで、ひとつの群れを作っていて、山の中をずっと移動してゆく。どんぐりのような木の実を、それぞれに黙々と見つけて食べながら。山中の農家にはよく現れる。ボスざるの首には、大きな白い定点観測用の、通信機が取り付けられていて、それで、彼らの移動先は、すべて県の行政によって、把握されている。

ユバリ・ハラリ( Yuval Noah Harari、1976年-、47歳)が書いた、5年前の大著『ホモ・サピエンス』の次の、『ホモ・デウス』の世界だ。動物たちは、人間(人類)によって、完全に支配され、殺されてゆく、あるいは、家畜(ライブ・ストック live stock  生きている食糧。殺したらすぐに腐敗が始まるので、生きたまま移動させる)として、人間の食べ物にされる。

5. 彼ら、農学者の中の動物学者たちは、植物の名前も、よく知っていた。あの人たちが、「牧野は偉いよ。今でも、牧野の植物辞典」が一番いい。これしかない」と言っていた。だから、私は、牧野富太郎のことを、ずっと覚えている。

だから、NHKの「らんまん」で、壽恵子(すえこ、すゑ子、1873-1928年、55歳で死)という奥さんが出てきて、この人が、偉い女性で、牧野に好きなだけ、植物採集と同定保存の人生を仕事をさせたのだ。
私は、何事(なにごと)かを、じっと見たら、その裏の真実を見抜く人間だ。

だから、私は分かる。壽恵子は、14歳で、今のJR飯田橋の通りで、人力車(今のタクシーだ)で帝大まで毎日、通っていた牧野の目に留(と)まった。壽恵子は、武士(旧幕臣の、旗本、本当は、旗下=はたした=と書く)だった家の娘で、通り沿いの、小間物屋(こまものや)の店番をしていたのだ。
 壽恵子
店番をしていただけで、牧野の目に留まって見染(みそ)めた、ということは、相当に美人だったのだろう。 壽恵子(すえこ)は、武士(明治からは、士族=しぞく=と言った)の家の子だが、母親は、芸妓(げいぎ)あがりである。私、副島隆彦が、この壽恵子と牧野の写真を見ると、半襟(はんえり)が黒くて、着ている物が、ぞろりとしている。ああ、この女性は、玄人(くろうと)の、芸者(芸妓、げいぎと言う)の子で、本人も、その自覚がある。今でいえば、駆け出しの女優かアイドルのような、人たちなのだ。ただの女性ではない。

こういうことを、今の日本人は、分からなくなっている。身分差別というのは、その時代には、はっきりしていて、誰もが知っていたことだ。だから、壽恵子は、別格の、別嬪(べっぴん)さんだったのだ。だから、毎日、人力車で帝大まで通う、牧野の目に留まったのだ。それで、15歳で結婚して、16歳で、子供(このあと、12人産む)を生んだ。

今では、非常識のようだが、明治でも、普通の人たちは、特に、過酷な環境の労働者階級(女も)は、30歳ぐらいで死んでいた。 女が16歳で、子供を産むことが、当時は、よくあることだった。20歳までには、大半が生んだ。だから、アメリカの黒人やヒスパニックは、初潮(しょちょう)が有った女たちが、ぼこぼこ子供を作るので、それをやめさせるために、学校教育(人間を文明化 civilization シヴィライゼイション する)があるのだ。

だから、壽恵子が、後年、渋谷で自分で待合(まちあい。京大阪では、お茶屋)を経営して、数人の芸子を使って、料亭に派遣している。公認の売春業だ。今でいう芸能プロダクション(ジャニーズ事務所のような)だ。

このことが、帝大にバレそうになって、廃業した。だが、このとき、関東大震災(1923年)の直後だが、壽恵子が蓄えた資金で、今の東京の練馬区の先の、西武線の 大泉学園か東伏見のあたりの山林を買って、家を一軒、建てた。それが今も牧野自然植物園になって公開されている(私は行ったことはない)。 このように壽恵子には、商売(ビジネス)の才能が有った。借金取りたちを上手に、追い返したというから、大した人あしらいだ。だから、夫の牧野のことを、我が儘(まま)息子がひとり増えたぐらいにしか、思っていない。こういうすばらしい女性がかつてはいた。

だから、牧野と壽恵子のお祝いの古い写真を見ると、壽恵子の目は、きりっと切り上げって、鋭く、普通の丸髷(まるまげ)よりも豪華な高島田(たかしまだ)だ。着ている物も、羽二重(はぶたえ)の丹後縮緬(たんごちりめん)の、黒 留袖(とめそで)だ。 これぐらいでないと、当時の人たちの間では威張れない。
  正装の牧野夫妻

牧野富太郎のことは、そのうち、また書く。私は、農学者で、ドイツ式の民族学者(みんぞくがくしゃ フォルクスロギア )からやがて、日本を代表する民俗学者(みんぞくがくしゃ フォークロアロジー)になった柳田國男(やなぎだくにお)のことを、どうしても書きたい。

6. 私、副島隆彦は、この2週間、何をやっていたか、というと、頭が痛かった。
頭痛(headache ヘッデイク)だ。私の頭痛は、高血圧から来るもので、原因がはっきりしている。私の高血圧症は、もう死ぬまで続くだろう。これは、もの書きをずっとやって、頭(知能、思考力)を使い過ぎた、職業病である。だから甘受(かんじゅ)する。

私は、60歳なるまで頭痛というものを知らなかった。経験していない。だから、老齢になって、頭痛を起こすようになってから、「ああ、これが、みんなが言っていた頭痛か」と気づいたぐらいだ。だから、仕合(しあわ)せだったのだ。頭痛のアスピリンもバイエルも、ロキソニン(今は、何かと言うと、この鎮痛剤だ。大きらいだ)も飲まないでずっと生きて来た。

だが、頭痛の中でも、一番、単純なもの、すなわち、私でも若い頃から、人の吸うタバコの煙と、それから、車の排気ガスから起きる、気管支炎による頭痛はずっとヒドかった。だが、これは夜、寝さえすれば翌朝には、けろりと直っていた。

今の私の、老人性でかつ慢性気管支炎(ブロンカイテス)から来る頭痛も、ゆっくり寝て、2レム睡眠(これは、私の勝手な理論。私の場合は、2時間で、1レム。それで、横になっていれば、大体、回復する)で、朝は、4時ごろ起きる。体調が良いときは、今朝のように、すぐに、何かを書き始める。

7.私は、9月29日に、福岡市(博多)で、野口コイン主催の講演会をやった。その後、多くの学問道場の会員や私の本の読者と、挨拶して、話ができた。懇親会には定員の30人が来てくれた。皆で、打ち解けて食事が出来た。その翌日は、福岡市から南へ20キロの、大宰府(だざいふ)に行った。私の副島の一族が、ここの太宰府天満宮の氏子(うじこ。家紋が梅鉢)だと言われてきたから、ここに来た。

しかし、今の天満宮は、くだらない、ただの観光神社だった。本殿が建設中だった。こんなもの拝みたくもない。あのくだらない、鉄筋コンクリートの、どこにである、屋根が丸く反(そ)りあがっている、大型の神社建築になるのだろう。何の有難(ありがた)みもない。外国人の観光客もたくさん来ていた。

それよりは、大宰府の政庁(せいちょう)跡がすばらしい。建物は、何もない。ただ、礎石(そせき)だけが、残っている大きな原っぱだ。朱雀大路(すざくおおじ)の名が今も残っていて、京の都の真似をした政治官庁だったのだ。 平安時代が過ぎて、鎌倉時代には、東国(関東)から、やってきた、少弐(しょうに)氏が館(砦型の屋敷)を築いていたはずだ。
  大宰府の政庁跡
そのあとの江戸時代も、それから明治になってからも、大宰府は、ただの原っぱのまま、ずっと放置されたはずだ。だから官庁迹の、手前の朱雀大路の両側は、今は、普通の一般の住居が建っていて、まったく土産物屋の街並みの感じがない。ずっと、ほったらかしにされたままの1千年間、というのが、私にとっては何よりも嬉しい。

室町(足利氏)時代には、ここまで、1336年に、足利高氏(あしかがたかうじ、1305-1358年、52歳で死)が、京都から逃げ延びてきたはずなのだ。そして、高氏(たかうじ)は、九州の武士たちを、一気に束ねて、わずか半年で、京都まで攻め返している。途中で、神戸の湊川(みなとがわ)の合戦で、楠木正成(くすのきまさしげ、1294-1336年、42歳で死)と新田義貞(にったよしざだ)を打ち破っている。

後醍醐(ごだいご)天皇(1288-1339、50歳で死)の「建武の中興」(1333年)という公家政治、律令体制に戻ること(王政復古 レストアレイション restoration )を、武士(守護、地頭)たちは、絶対に許さなかった。一所懸命(いっしょけんめい)で、天皇制と戦った。
武家の棟梁(とうりょう)である 源頼朝(みなもとのよりとも、1147-1199、53歳で死)公から、直々(じきじき)に頂いた、ありがたい自分の領地 (武士とは、現地の武装した百姓の中から実力で這い上がった、暴力団のような自衛集団 )を、元の公領や、藤原摂関家の荘園に返す気はなかった。武士たちは、自分の領地を死ぬ気で守ったのだ。

日本史学者たちは、今も、必死で真実を隠しているが、鎌倉武士団に与えられた、地頭職(じとうしょく)は、 頼朝の側近の碩学(せきがく)の、大江広元(おおえのひろもと、1148-1225年、77歳で死)が発案して、鎌倉幕府が、独自に自力で始めた土地の支配制度だ。 地頭(じとう)職は、だから、京都の朝廷から、貰った職(地位)ではない。
純然とした、武家自身による領土の支配の法(のり)、掟(おきて)だ。 まるで、守護地頭(これが戦国大名になって行く)が、京都の朝廷の律令体制(りつりょうたいせい)から生まれたように書いてある、日本史学者たちの論文は、許しがたい歴史(学)の捏造だ。
 大江広元
だから、まだ源頼朝(みなもとのよりとも)が生きていた(1192年に鎌倉幕府を開いた。まだ京都との緊張関係はずっと続く)、丁度、西暦1200年ごろに、「 前たち関東武士 は、九州に行け。領地をやる。九州に行って、大陸からの侵略、侵攻に備えよ」と、任命されてやってきたのだ。

7.モンゴル(大元国。だいげんこく)が攻めて来る 元寇(げんこう。蒙古襲来)の、1274(いうなよ)年、1281(いうわい)年の、なんと70年も前から、日本側は、国防の準備を着々としていたのだ。 民俗や国家が大きくやることは驚くべきことだ。「国家百年の大計(たいけい)」とは、よく言ったものだ。無駄だった戦艦大和もそうだけと。国家も大きく間違う時は、間違う。みんなで間違う。

蒙古襲来(その情報は、鎌倉五山を開いた、南宋帝国からの、中国人の亡命知識人の高僧たちから、北条時宗たちに、正確に齎(もたら)されていた)の70年前に、関東に居た、少弐(しょうに)氏と、千葉氏、と大友氏、と、島津氏と、竜造寺氏 たちが、「九州に行け」と、守護、地頭に任命されて、やって来たのだ。そして現地化して、「9州、9つの国」の九州を作ったのだ。
薩摩(今の鹿児島県) の島津氏は、何と、元々は、神奈川県の厚木(あつぎ)の辺りにいた、在地の武装民である国人(こくじん、くにうど)だった、と、歴史に詳しい人から、私は聞いた。

私、副島隆彦の家系は、この竜造寺(りゅうぞうじ)氏と共に、やってきて、今の佐賀県から、熊本県の有明湾の大牟田や 柳川(やながわ)辺りの湿地帯に居着いて、土着した半農半武装の集団だ。だから私にとっては、自分の先祖のことを思うから、大宰府の政庁の迹(あと)が、すばらしかった。

それに対して、そこから3キロ ぐらいのところに在る、大宰府天満宮は、くだらない。ここに参詣に来る人々は、この神社の何を、自分が拝んでいるのかを、知らない。ただ、 “学問の神様” の菅原道真(すがわらのみちざね、845-903年、58歳で死)を祀(まつ)っている神社だ、と言うことは、皆、知っている。この天満宮は、道真の墓にした場所だ。それを、分祀(ぶんし)した神社が、「天神(てんじん)さまの、湯島の白梅(しらうめ)」となって、全国各地にある。
  菅原道真
道真は、西暦901年に、京都での藤原氏との権力闘争に敗れて、この大宰府に、流刑(るけい)ではないが左遷(させん)され、権の帥(ごんのそつ、長官)としてやって来て、「恨みを抱いたまま死んだ」とされる、菅原道真の何が、偉かったのか。私もよくは知らない。

どうも、菅原道真は、中国に行ったこともないのに、すらすらと中国文(漢文)の文献が読める大秀才だったようだ。生粋の日本人なのに、漢文が読めた、ということで、藤原氏も、道真の頭脳を怖れたようだ。 だから後(のち)に天神(てんじん)さまと尊敬された。

だが、古い人々が、神社を本気でお参り(今のような形だけでなく)したのは、それなりの理由がある。菅原道真は、恨みを飲んで死んだ祟神(たたりがみ)として、人々に怖れるれられたので、畏(おそ)れ、惧(おそ)れ敬われたのだ。祟り神信仰こそは、日本民衆の、神社崇拝の原因で、原動力だ。

道真が死んだ後、京都で、風神(ふうじん。嵐になる)、、雷神(らいじん)の神さまが荒れ狂って、ワルの藤原貴族たちに、雷が落ちた、ことから天罰(てんばつ)の思想となって、だから菅原道真は、祟り神として祀られて、今に至るのだ。このことに知らないで、ただ、神社で拝んでいる人たちに、私、副島隆彦が大きな真実を教えないと、日本人が、ますますパー(愚か者)になる。

この祟(たた)り神の他に、日本人が、神社を拝むのは、自分たちの祖先の共同体の始まりである、大きな岩や、海や山や、祠(ほこら、古大木が作った穴)と鎮守の森を、道祖神(どうそしん)として祭るのである。先祖崇拝だ。 それから、中国伝来の、道教(どうきょう、タオイズム)の寺院、それから、山岳信仰、修験道(しゅげんどう)の 山伏(やまぶし)の行(ぎょう)として、行者(ぎょうじゃ)、御師(おし)が拝むやしろである。

修験道(しゅげんどう)は、仏教にも、神道(しんどう。これは中国伝来の道教、どうきょうが起源)にも属さない、日本古来の海山(うみやま)信仰だ。修験道の 「験(けん、げん)」とは、超能力のことだ。この超能力を、身に着けたいとして、行者(ぎょうじゃ)たちが、懸命に、水ごりや、滝行(たきぎょう)や、山岳踏破などの厳しい修行することが、即(すなわ)ち、「修験(しゅげん)の道(どう)」だ。
だから、今でも、おばあさんたちの一部に、「験(げん)がいい」とか「験(げん)をかつぐ」という素朴な、占い呪(まじな)いの言葉を、自然に口にする人々がいる。

私、副島隆彦も、この修験道と、先祖崇拝と、海や山を素朴に拝む、自然崇拝(アニミズム、animism )だけならやる。 宗教(しゅうきょう。religion )は、どんなものも、すべて嫌いだ。

この他に、日本人にとって大事な、3大祟り神の残りの2つは、東京の神田明神(かんだみょうじん)の祭神(さいしん)である、平将門(たいらのまさかど、?-940年)である。“関東の王”だった、平将門は、立派な人格者で、戦乱の時にも人に謗(そし)られる行動をしていない。それで、京都にまで弁明に行って、そこで斬られた。将門の首が、今の東京の大手町にある、将門の首塚(くびづか)まで、宙を飛んで帰って来たのだそうだ。

それで、あまりに江戸城に近い、ということで、神田明神は、今の外(そと)神田に移された。皆さんも、東京駅から近い、大手町の高層ビルの谷間に、今も有る将門の首塚をお参りに行ってください。今は、かなりキレイにされてしまった。
 平将門の首塚

あとの1つは、父親の、鳥羽(とば)上皇の女狂いで、天皇を無理やり、若くして辞めさせられた、崇徳(すとく)天皇(Ⅰ119-1164年、45歳で死、在位:1123-1142年)が祟り神だ。源平の武士が暴れ出す世になって、保元の乱を起こして、崇神は、香川県に流されて死んだ。この3人が、日本の祟り神の代表だ。だから人々が、今もお参りする。
 崇徳天皇

愛国の信念で闘って、非業(ひごう)の死をとげ、恨みを飲んで死んだ、民族の英雄たちの霊魂(れいこん)は、今も、日本民族に尊敬されている。織田信長も、西郷隆盛も、乃木希典(のぎまれすけ)も、田中角栄も、ずっと、この祟り神の系譜として、日本人の魂の中に残っている。

8. 今、朝の6時前で、ふと窓の外を見たら、海から太陽が上がった。
私は、九州から帰って、急いで、金融本を書かなければいけない。ところが、頭痛が起きて、あまり動けない。同志の編集長も、もう、長年の頭に使い過ぎで、同じく、頭痛を起こして、
すぐにへたってしまう。「お互い、歳を食ったなあ」と慰(なぐさ)め合う。

さらに悪いことに、編集長は、馬鹿だから、ワクチンを2回も打った。それで、太もも(大腿部、だいたいぶ)に帯状疱疹(たいじょうほうしん)が、出来て、それは抗生剤で治(そおさ)まったのだが、その奥の方が神経痛で、今も、痛いそうだ。神経痛の痛みは、ただの健康な痛みとは違う。腐った痛みだ。ずきずきと患部が、気持ち悪い、まさしく、病的なイヤーな痛みだ。

この痛みは、人間の体が壊れて行く時の、まさしく、腐った痛みだ。老人になると、皆、この神経痛が、あちこちに出るようになる。だから、老人は、いつも不愉快そうにしている。欝々(うつうつ)として、「もう、いいや、これだけ生きたんだから」と諦(あきら)めている。私、副島隆彦には、「老人一年生 老人は痛い」(幻冬舎新書)という、8年ぐらい前に書いた本がある。

それなのに、それなのに、私は、息子と友達を誘って、同志の編集長を励ますつもりで、「元気を出そう」と、ゴルフに誘って近くのゴルフ場に行った。 案の定、編集長は、後半の半分ぐらいで「頭痛がする。用心してここでやめます 」と リタイアした。カートの中から好々爺(こうこうや)のように眺めていた。

私、副島隆彦のスコアは、いくらでしょう。145です。この30年間、ずっと、これぐらいです。これを言うと人に馬鹿にされます。このスコアは、全く変わりません。ダブルボギー・ベースで行けば、110ぐらいになるでしょう。それぐらいからが、「人に迷惑をかけない腕前」だ。120を越すと、女性のゴルフ好きの人からも、鼻で嗤(わら)われる。

だが、私は、年に、4,5回しかしない、健康ゴフルだから、ちっとも恥ずかしいとは思っていない。今のゴルフ場は、平日は、ガラガラして、どこの空(すい)いている。昔は、50組ぐらい入れて、ギューギューで詰め込んでいた。今の富士山の弾丸登山(だんがんとざん)の感じだった。 弾丸登山の、無謀な馬鹿たちを含めて(この者たちは、途中で凍えて、死にそうになって避難を訴える)、富士山は、山頂まで、ずっと数珠繋ぎになって、真夜中も人の列だ。とテレビでもやっている。

私は、富士山の真裏(北側)の富士吉田市から上の、5合目の大駐車場 まで、一度だけ、車で行って、もうここで十分だ、と分かった。 「ああ、もう、ここまでで十分だ。ここから先は、荒涼たる岩石地帯で、普通の人間が行くところではない。 まるで月の表面のようだ(行ったことはないけど、笑い)」と、達観した。

9・ このようにして、副島隆彦の日常は続いています。ご心配なく。あと10年(80歳)までは、石に齧(かじ)りついてでも、生きますから。

あ、どうも、最近、エホバの証人という奇怪な宗教集団に、私は、狙われているようだ。 私の目の前にも、最近、現れた。エホバの証人は、統一教会(とういつきょうかい、Moonie ムーニー)とは、違う、と言うことになっているが、そうではない。
エホバの証人(Jehova’s Witness )というカルトcult の宗教団体も、立派な統一教会の別動隊だ。 参政党(さんせいとう)の神谷宗幣(かみやそうへい)たちと同じだ。参政党は、幸福実現党(=幸福の科学)が、姿を晦(くら)まして、名前を変えただけの、気色の悪い、統一教会の別動隊だ。

参政党は、反(はん)ワクチン運動や、反米(はんべい)言論までやって、反(はん)自民党のリベラル派の運動の中にまで、平気で、潜り込んでくる。本当に、悪質なやつらだ。

私が、最近、本当に怒っているのは、参政党や、ごぼうの党 というのは、統一教会の一部なのだ、いくら言っても、私の、弟子たちの中でさえ、「先生は、そう言うけど、その証拠がありません」と、私に、反抗する者たちがいることだ。馬鹿なんだ。その程度の知能、頭(おつむ)しかしていないなら、私の弟子を名乗るな。

10. 今度、詳しく書くが、去年の 2022年11月29日に、東京の南大沢(みなみおおさわ)の東京都立(とりつ)大学の、キャンパスで、授業のあと、襲撃されて、殺されかかった、宮台真司(みただいしんじ、1959年-、64歳)教授は、私の知人だが、エホバの証人の男に殺されかかった。
  負傷した宮台真司氏

その男は、今年の2月に、首つり死体で、発見された。警察(警視庁捜査一課。いわゆる殺人課)が発表した。その前に、都立大周辺の監視カメラに写っている犯人に姿が、公開された。この男の、家は、エホバの証人の集会所だった。母親が熱心な信者だ。というこことは、この男が、組織命令で、宮台真司を、殺しに行ったのだ。
 宮台真司襲撃犯
そして、警察に追われて、画像のあるので、もう、逃げられない、と分かったので、組織決定で、その犯人も、首つり自殺と言うことにして、殺した。エホバの証人という組織は、こういうことまでする、狂気の団体だ。警察もすでに、十分に分かっていて、事件から、か月もたって、その男が首つり死(縊死、いし)したと、その4日後に、「犯人を発見」と発表した。全部、出来上がっている話だ。警察もグルなのだ。

宮台真司が、友人で同志の神保哲夫(じんぼてつお)のネット番組に出て、「警察は、証拠隠滅しましたね」までは、宮台自身が言った。 襲撃犯人のことについて、その考えや人物像や、犯行の動機などを、どこの報道機関も、その後、切、報道しなかった。
私が、ここまで、言っても、私のバカな弟子たちは、「それでも、その男が、エホバの証人の証拠は有りません。先生の妄想ですよ」と、いいやがった。私は激怒した。

そして、このエホバの証人が、私の家の玄関の外にまで、布教活動のふりをして、先月、9月、やって来たのだ。「エホバの証人です。パンフレットを差し上げます」と、言った。私は、玄関の格子(こうし)越しに、「要らない」と答えた。 私が書いた、その男の似顔絵を、ここの重たい掲示板に、今度、貼り付けてやる。 私は、「あなたは、私の家だけに、わざわざ来たのか。他の人たちはいないようだ」と、詰問すべきだった。

その男は、10年前から、私を突け狙っている、まるで、南米人のような顔の、ぎょろぎょろ目の、きたない三角の登山帽を被(かぶ)った男だ。これまでに、窃盗とかの、多くの犯罪をやってきた顔だ。

いいですか。宮台事件で、警察は、この3月に、「被疑者死亡のまま、殺人容疑で、書類送検した」のである。「殺人容疑」と、警察は認定しているのだ。そして、それですべての捜査を終了した。これで終わり、とした。   この事実を、本気で考えなさい。まだ、私に向かって、私の弟子たちでさえ、「先生、証拠が有りません」と、言う気か。

私、副島隆彦が、殺されて初めて、「ああ、本当だったんだ。先生の言っていたことは」となる。・・・・・世の中、こんなものだ。  事件や争いや、闘いの当事者でない、傍観者たちは、何ごとも、このように考える。物事(ものごと)を真剣に考える、当事者の立場になって見て、考える、という脳(頭、思考力)をしていない。だから、こいつらは、ただの一般人として終わるのだ。深い人生の知恵を身に着ける、知識人としての認定を受けない。ただの鈍感(どんかん)人間だ。

よくも、 こういう頭の大(たい)して良くないの、ばっかりが、私の周りに集まったものだ、と、先生である、私は、最近は悲観している。

宮台真司は、中学高校を、麻布学園(東京の中心の有栖川のある名門校)の、部活は空手部にいた。だから、宮台は、刃物で突かれた時(185センチの長身の男だ)、咄嗟(とっさ)に両手で、自分の首を守った。だから両腕に、たくさん切り傷が残った。首と喉(のど)を突かれていたら、致命傷だ。それを宮台は、自分で防いだのだ。偉かった。

この件は、また、書きます。本当に不愉快だ。警察までグルになって、反体制、反(はん)安倍晋三、統一教会を批判する者たちは、今も、私も、命を狙われれているのだ。公安(=政治)警察の中に、今も、統一教会の信者たちが、相当数、潜り込んでいる。

彼らを、摘発、排除できないのなら、日本の政治警察 は、危険な集団だ、ということだ。
さすがに、法務省=最高検の検察庁は、違う。法務省=検察庁(同じ役所だ)は、自分たちの内部の、高官たちの中にまでいる、統一教会(黒川弘務、くろかわひろむ。東京高検長だった。検事総長を狙った。安倍首相がが必死に動いた )たちを、、現在、次々に 摘発して、排除する自浄努力をしている際中(さいちゅう)だ。

私は、自分を守ることでは、常に、最高度の警戒心を持っている。だから、ここまで生きてこられた。 私の家の外の、道路の向こうの、鉄筋アパート(リゾート・何とか)に据え付けている2台の監視カメラで、公安警察は、私の日々の、映像記録を ずっと取っている。もう15年前からだ。このことを、ここの重たい掲示板に書いたのは、これが初めてだ。
私は、世の中から、そして、特に、私の本の読者たちから、ヘンな人だとなるべく思われないようにしようと、ずっと、あまり、泥臭い、生(なま)臭い、こういう自分に身近な危険な政治の話はしないようにしてきた。

それでも、もう、宮台事件が起きたから、そろそろ、私は、自分の防御(自分を守ること)のことも公表する。

その一方で、「もうそろそろ、私は死ぬ準備をする。十分生きた」と言いながら、同時に、心配しながら、自分の体の防御を考えている、私のことを、愚か者の弟子たちは、考えが一貫していないと考えるようだ。やっぱり馬鹿なんだ、こいつらは。

「大儀(たいぎ)の為(ため)に命を差し出す」ということと、日々、注意深く生きる、ということは矛盾しない。私のように、50年間、厳しい政治言論の中で、生きて来た人間は、自分を守る、ということを知っている。プロ(ウ)の修練(しゅうれん)と言うべきだ。

10. 私が、いつも、ふーらふーらと、そこらのジジイ(爺)と同じように、軽口(かるぐち)や冗談ばっかり言っている者だから、「この人は、優しい、いい人だ」ぐらいに思っている愚か者たちが、私の、すぐ身近に、いる。 馬鹿なんだ。自分の知能と、私の知能を全く、平等で、対等だと思っている。

「人間は、人権(じんけん)の取り扱いでは、平等だ。だが、人間は、知能と能力のおいては、決して平等ではない。大きな勘違(かんちが)いをするな。そこらの愚か者たちと、人間は、皆平等、ということない」 このことを、中心に、今年の年末には、出版する予定の、私の最新の中国本で書く。 このことを、死ぬほど苦労してきた、中国の知識人と、指導者たちが、真剣に考えている、という内容だ。

11.それから、私は、金融本の他に、ようやく、2年がかりで準備した、「私、副島隆彦の初めての、スピリチュ「ア」リズムとは何か 」の本を出す。乞うご期待だ。 自分は、スピリチュアリズム の人間だ」と、勝手に、己惚(うぬぼ)れている、特に、女たちに、向かって、私、副島隆彦が、大きな爆弾を投下する。

書名は、「自分だけを信じて生きる  エマーソンに学ぶ」 だ。 スピリチュアリズムは、決して、宗教ではない。ヘンな宗教団体に行くな。 自分だけを信じなさい。自分と、自分の霊魂(れいこん)との真剣な対話だけを通して、自分の生き方をしっかり持ちなさい。

スピリチュアルの思想を、1830年代に、打ち立てたのは、ラルフ・ワルド―・エマーソン(Ralph Waldo Emerson、1803-1882年、78歳で死)という、ハーヴァード大学の神学部を卒業して、自分自身もユニテリアン教会の牧師(パスタ―)もしたが、一切の儀式(リチュアル)を否定し、宗教家の説教を否定して、アメリカで初めての演説家として、ヨーロッパにまで、名を広めた、エマーソンだ。
環境保護運動から、ピッピ―運動のニューソートから、女性、被差別民救済から、あらゆる政治運動に思想の、穏(おだ)やかな実践者は、思想家のエマーソンだ。
 エマーソン
私、副島隆彦が、このことを、強力に説いて、日本で初めて、そこらの、ただの神懸(かみがか)かりの、恋愛占い、運勢占い、呪(まじな)い好きの、スピの女たちに、本当の、スピリチュアリズムは、どのように生まれたか、を、私が、書きます。

始め、私はスピの女性たちに遠慮して、「自分だけを信じること、これが、スピリチュアリズムの第1原理だ。エマーソンが打ち立てた」を、何とか、分かってもらおうと、柔らかいコトバ(ほとんど漢字がない文章。お勉強が、学校時代に出来なかった人たちへの遠慮)を使おうとした。これがうまく行かなかった。やっぱり、正面から、ぱかーんと、ある程度、難しいことを書かないといけない、と、ようやく、3か月前に分かった。

その前に、頭にスピが入っている皆さんは、一応、副島隆彦の本の読者なのだから、最新刊の「狂人日記。戦争を嫌(いや)がった大(だい)作家たち」 (祥伝社=しょうでんしゃ=新書)を読みなさい。この本は、普通の読書人で、4時間で読めます。しっかり読みたい人は、8時間で読めます。 私は、速読(そくどく)と言うのは、無い。無いものは無い、と分かっている。

人よりも早く、本が読めるから、自分は頭がいい人間だ、などど考えるのは、愚か者だ。人間は、じっくりと本を読んで、自分の頭で、何度も考え直して、そして、ようやく賢い人間になる。本は、ゆっくりとしっかりと読みなさい。この本は、読ぬ値する、と判断したら、じっくりと線を引っ張って、自分で注意書きをしながら、読みなさい。  副島隆彦の本の読み方は、重要だ、と言う個所に、線を引いて、囲(かこ)って、ぐりぐり巻きにして、ぺージを折って、汚(よご)しながら、自分の血肉(ちにく)にします。

もう少し、時間と体調に余裕が出たら、また、「YouTube ユーチューブの 逆転の 活用法」で、世界の名曲を歌っている世界水神の歌手たち(ヤシーム・レヴィとか、エディット・ピアフ)と、エンリオ・モリコーネの映画音楽や、 それから、オペラ界 の永遠の最高のディーヴァ devaの マリア・カラスのこととか、“イタリアの至宝(トレジュア)”と呼ばれる、すばらしい 女優モニカ・ベルッチ論(ソフィア・ローレンの跡継)」とか、やります。待っていてください。     副島隆彦拝

守谷 健二 投稿日:2023/10/10 13:46

【3081】『日本史』は、どのようにして創られたのか

ご無沙汰いたしております、守谷健二です、相も変わらず日本史の話を書かせていただきます。

 

日本史の編纂では、712年(和銅五年)に書いたとの序文のある『古事記』と、720年(養老四年)に撰上された『日本書紀』の関係がよく話題になります。

 

『古事記』の方が『日本書紀』のダイジェスト版のような印象を与えるので、本当は『日本書紀』の方が先に成立していたのを、後に(平安時代)になってから『日本書紀』を基に『古事記』は書かれたのだとする『古事記偽書説』なるものも時々唱えられてきました。

私は、日本史の編纂に関しては、『古事記』と『日本書紀』の関係だけを見ていてはだめだと考えます。

何故なら、703年(大宝三年)の、粟田真人の遣唐使があるからです。粟田真人たちは、唐朝に対し日本の歴史の承認を求めていました。この遣唐使の使命は、日本の歴史(万世一系の天皇制)の承認を得ることです。

 

『旧唐書』より引用

 日本国は倭国の別種なり。その国日辺にあるを以て、故に日本を以て名となす。あるいは云う、倭国自らその名の雅なざるを悪(にく)み、改めて日本となす。あるいは云う、日本は旧(もと)小国、倭国の地を併せたりと。その人、入朝する者、多く自ら矜大、実を以て対(こた)えず。故に中国是を疑う。

引用終わり

 

粟田真人たちは、中国に累積されていた日本列島の歴史とは全く別の歴史を、堂々と悪びれることなく主張し、その承認を求めたと云うのです。

中国は『歴史の国』です。中国文明を支えている柱の一つは、歴史書に対する信頼にある。粟田真人たちの主張する日本の歴史は、唐朝の史官たちを説得することが出来ませんでした。

 

ただこの703年の時点で、既に(日本の歴史)は創られていたのです。これを仮に『原日本書紀』と名付けましょう。『原日本書紀』は中国を納得させることが出来ませんでしたが、日本の王朝はあきらめる訳には行かなかった。王朝の正統性が掛かっていたのです。

 修正する必要がありました。中国を説得させるに足る程に修正する必要があったのです。703年から『古事記』の書かれた712年の間は、どのようにすれば中国を納得させることが出来るか、その研究に費やした時間です。

『古事記』は『原日本書紀』をどの様に修正するかの(指示書)です。

どの様に修正したか、次回書きます。

 

副島隆彦の学問道場 投稿日:2023/10/02 17:32

【3080】ホームページリニューアル作業に伴い、ホームページの閲覧が1日できなくなります(学問道場・古村)

SNSI・副島隆彦の学問道場の古村治彦(ふるむらはるひこ)です。

私どもでは、2023年9月8日に、ホームページのリニューアルを実施しました。

その後、様々な改善点が出てきましたので、その都度対応、改善をしてきました。

今回、掲示板に関して、システムに関わる大きな改善が必要になりました。
今回の改善は、ホームページ全体に関わるので、ホームページを閉じる必要
が出てきました。

そこで、「2023年10月5日(木)午前8時~午後6時ごろ」まで、
ホームページが見られなくなります。その間は、「メンテナンス中」という表示が出ます。

先月のリニューアルに続き、ホームページを見ていただいている皆さまに、
ご不便をおかけしますことを深くお詫び申し上げます。

作業をできるだけ迅速に進め、可能な限り早くホームページの表示ができるように、
努めますが、どうしても一日仕事になってしまいます。

ホームページの機能向上のため、ご理解とご協力のほど、よろしくお願いいたします。

ご質問などございましたら、下記連絡先までお問い合わせください。

・Eメールアドレス:snsi@mwb.biglobe.ne.jp
・電話番号:048-788-1837
・ファックス番号:048-788-1854

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

副島隆彦の学問道場
古村治彦拝

土井 敏喜 投稿日:2023/09/23 12:01

【3079】彼岸花

NHK深夜便によれば、秋分の日23日の花は「彼岸花」だそうです。花言葉の意味は、「再会」。広島の平和公園の周りは彼岸花が咲き誇っているでしょう。原爆で失われた人や物への再会を、当時の公園の設立をした担当者が知っていたかどうか不明ですが、秋分の日には彼岸花の意味(再会)は胸に滲みます。

副島隆彦 投稿日:2023/09/21 10:24

【3078】9月29日(金)に、九州の福岡で、私の業者講演会が有ります。九州の会員、読者たちは集まってください。再度宣伝します 2023年9月21日

(貼り付けはじめ)

 冒頭に、副島隆彦が加筆します。この福岡市での 29日(金)の私の講演会のあと、学問道場の会員と私の本の読者で、時間のある人は、そのまま会場に残ってください。 近くのカフェにでも行って、皆で話しましょう。 6時半ぐらいまで話しましょう。このことは、私が、講演の最中にも言います。 以上です。

(貼り付け終わり)

 副島隆彦です。 今日は、2023年9月21日(木)です。

 今の世界の金融、経済の動きについての、NYの プロ(ウ pro- )アナリスト、ストラテジスト(金融予測者)たちの、一番の焦点(注目点)は、 米国債の10年物(もの)の、利回りの上昇である。 以下の通り、今朝(21日)の 日経の「今日の市況」の欄で、日本時間午前5時(NYでは夕方4時の市場の終わり時間 )で、「米10年国債 は、4.41%」となっている。ジリジリと上がっている。これが危険なのだ。

 NYの金(きん)は、 以下の通り、1オンス(31.1グラム)=1953ドルである。

 金もジワジワと上がっている。

(転載貼り付け始め)

日経新聞 「今日の市況」から

日本の長期国債利回り(%) ※ 0.720 +0.005 9月20日 15:54

米10年国債(%) 4.412 +0.050    20日 17:00 終値

米30年国債(%) 4.449 +0.021    20日 17:00 終値

無担保コール、TIBORなどの金利指標は、有料会員登録

商品 NY金(ドル/トロイオンス) 1,953.70 +0.30(0.01%) 19日 16:00 終値

(転載貼り付け終わり)

 副島隆彦です。

 この10年物の国債の利回り(=  長期金利) から、今の米インフレ率(物価上昇率)の 年率換算 3.3% を引くと、1.1%である。これが、米の実質利回り(じっしつりまわり。real yield リアル・イールド)である。この数値が下がって来ると、アメリカの金融市場は、大きな変調をきたす。

 次に、今朝3時の 報道である。

(転載貼り付け始め)

〇 「 FRB、金利据え置き 過半数が年内の追加利上げを想定 」

2023年9月21日 3:03   日経新聞

FRBのパウエル議長は利上げの終盤では時間をかけて経済データを見極める考えを示している=ロイター

【ワシントン=高見浩輔】米連邦準備理事会(FRB)は、9月20日開いた米連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利を2会合ぶりに据え置いた。同時に公表した参加者による経済見通しでは、19人中12人が年内の追加利上げを予想。高インフレの沈静化について楽観視しない姿勢を明確にした。・・・

(転載貼り付け終わり)

 副島隆彦です。

 上の記事は、NYの金融市場でおかしな動きが出たら、すぐに、FRB(パウエル議長たち)は、政策金利(短期金利)を、引き下げ始める、ということを示している。

 「まだまだ、(政策)金利を上げるぞ、上げるぞ。アメリカは景気がいい 」というのは、彼らの虚勢(きょせい)であって、実情は、そんな生易(なまやさ)しいものではない。

 上記の最新の金価格から、算出される、日本国内の金(きん)価格の反映として、福岡市を本社とする「野口コイン」では、以下の通り、昨日、9月20日の、金貨(ゴールド・コイン)の売り出し値段を決めている。 このグラフをじっと見ると分かる通り、東京の田中貴金属(およびその全国各地の代理店)での売り値(客から見たら、買値)よりも、6千円安い。

野口コインのこと  金貨の価格 2023年9月20日 調べ

NY金の価格

 副島隆彦です。 

 再度の宣伝ですが、来たる9月29日に、福岡市の中心地の天神(てんじん)で、私の講演会が有ります。九州地区の、学問道場の会員と、私の本の読者、そして、金(きん)に興味のある人は、集まってください。市役所の隣りの、アクロス福岡、という立派な会場で行われます。入場無料です。

(ここに、この会社の トップ画面の、福岡の講演会の宣伝を貼る)

野口コイン のホームページ
https://www.noguchicoin.co.jp/

 皆さん、私の顔を見に来てください。金融、経済の話だけでなく、大きく世界の政治の動きや、日本国内のことも話すつもりです。  副島隆彦拝 

RS282 投稿日:2023/09/21 03:58

【3077】『コロナ関連死』という詭弁

※冒頭に加筆します。副島隆彦の学問道場の古村治彦(ふるむらはるひこ)です。新規会員はまず丁寧な自己紹介をしてから書き込むのが礼儀です。どこから引っ張ってきたのか分からない、訳の分からない文章を載せても自己満足でしかなく、誰も理解できない。このことを分かりなさい。これはこれから掲示板に書こうと思っている人たちにも当てはまります。

接種開始に伴い、2021年2月〜2023年8月までに一気に急増した全国の死者数を見て、さすがのワクチン推進者たちもひと頃の勢いが失せてしまったようです。頼みの綱である重症化予防効果も、最近の研究では、度重なる接種によるワクチンの『免疫抑制効果』が指摘されており、ウィルスに感染しても過剰な免疫反応が抑えられ重症化し難いものの、感染に対しては無防備な状態になる、すなわち、感染爆発が起こり易くなるという論文が複数出ています。
その結果、コロナではない、さまざまな感染症や疾病を引き起こし易い状態になるのだと。そして、コロナに罹らずに死亡する『非コロナ関連死』が急増したのです。

・超過死亡においても
「基本的にはコロナ罹患が最大要因であることはまず間違いない・・・ そもそも超過死亡増は、日本でもワクチン接種事業が大規模に始まる前(アルファ株流行期)、振り返ってみれば感染者数がまだ随分少ない頃から確認され始めていた。」などと言う専門家と称する人がいますが、当時マスコミでも報道されていたように、『コロナ・パニック』が原因で、医療のヒステリックな診療制限や新規の患者や通院患者の自粛が起きたため、手遅れの患者が増えた、と見た方がいいでしょう。

・『コロナ関連死』という詭弁
もっと重要なことは、ワクチン接種による死亡者の激増により、コロナに罹る前にワクチンで死亡する【ワクチンによる間引き】が起きたため、接種者のコロナ死者数・重症者数が大幅に減った、と考えられるのです。これがワクチン接種者の『コロナ関連死』が少ないと言われるカラクリです。

それくらい説得力のある死者数の増加です。(下図を参照のこと

それとは逆に、非接種者の『コロナ関連死』は死者・重症者が多く見えてしまう(ワクチン死で間引きされない)といった、不条理な現象が起きてしまうのです。

『コロナ関連死』というのは感染してナンボなので、感染する前にワクチンで(人知れず)死亡すると、カウントされないのです。CDCや関連する各国の保健機関(厚労省も含む)・製薬会社が公表する死亡情報は、よく見るとほぼ全てがこの『コロナ関連死』なのです。

また、『コロナ死』は無分別に水増しカウントし、(https://www.mhlw.go.jp/content/000639692.pdf 『2020年6月の厚労省【事務連絡】』)『ワクチン死』は何がなんでも認めない、という現状・・・この、あからさまとも言える『ワクチン死隠し』は医学とは程遠いことは誰の目にも明らかです。
そもそも、こんな恣意的なデータを信用しろと言う方が無茶な話です。

ただ、人口動態統計に基づく、純粋な『年間死亡者数』これだけは厚労省といえども、おいそれとは嘘をつけません。本当に信用できるデータはこれだけかもしれません(下図を参照のこと)。ただし、今のところです。

そして、定義のあやふやな超過死亡ではなく、【全国の接種者・非接種者別の純粋な死亡者数・死亡率】が知りたいのですが、地方の役所も厚労省も、何を知られたくないのか未公表で、問い合わせにさえ答えてくれません。

なぜワクチン推進者たちは、この恣意的な『コロナ関連死』ではなく【全国の接種者・非接種者別の純粋な死亡者数・死亡率】に触れたがらないのでしょうか? 何か不都合な事でもあるのでしょうか? これが判れば、たちどころに『コロナ死かワクチン死か』が判明するのに。
こんな一丁目一番地のデータを隠して、良くもまあ『コロナ関連死』などという恣意的なデータを振り回すものだと呆れてしまいます。
そして、政府の役人や製薬会社の言い訳も、最近では信用されなくなったようで、内外の『査読済論文』にも、彼らの主張とは正反対の、極めて不都合なものが散見されるようになりました。これはもう歯止めが効かなくなるでしょう。
そもそも、今の米国の、しかも製薬会社を信用しろと言う方が、土台無理な話というものです。

私は、今回の『コロナ騒動』は、明らかに【トランプ再選】を阻む者たちが、長年蓄積していたノウハウをもとに、組織的・計画的に起こした、世界規模の【工作活動】だと思っています。何らかの妨害工作は有るだろうと予想していたトランプも、さぞかし魂消たことでしょう。

さて、来年の選挙はどうなるのか?
私は、このまま行くと経済危機と国内の騒乱により【延期】になるのではないかと妄想しています。
まだ先行きは不透明ですが、もしも『RKJ』が第三党から出馬するようなことにでもなれば、いかなる不正を以てしても、もはや民主党は勝てなくなるのではないか、と思うからです。

その下準備は不法移民の受け入れ等で着々と進みつつある様に見えるのは、私の思い過ごしでしょうか?
彼らは、それを起こすためのノウハウを、地域紛争やBLM運動の手法から十分に積み上げていると思うのです。

https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-948d0348e3cba86c5f9f5b6944d9cd91
https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-d6130ab6eb11c07d0f877ada340f61a3
https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-90edf9bafaa21cf65757f713b2934912
これらのデータは公の機関のデータを元に作成されたものです。

副島隆彦 投稿日:2023/09/13 14:46

【3076】副島隆彦です。9月29日(金)に、九州の福岡で、私の業者講演会が有ります。九州の会員、読者たちは集まってください。

副島隆彦です。9月29日(金)に、九州の福岡で、私の業者講演会が有ります。九州の会員、読者たちは集まってください。

 副島隆彦です。今日は、2023年9月13日(水)です。

 10日の 東京での 私の金融セミナーは、大(だい)盛況で終わりました。金(きん)の値段が、1グラム=1万円 を越えていることの影響もあって、会場に来る人よりも、全国から、オンライン配信(翌日に配信)での申込者が、数倍いる時代になりました。 

 私、副島隆彦は、「3度ぐらいは、私の顔を、直接見に来なさい」といつも言って来ました。私は、金融、経済の話をずっとやりながらも、世界の政治の動きと、日本国内の政治の裏側のことも話します。それらを合体させて、いろいろと話します。それが、私の言論、評論の特徴なのでしょう。

 それで、次に、金融業者が主催する、私の講演会が、九州の 最大都市の 福岡で、行われます。 もうすぐの、9月の末、29日(金)です。詳細は、以下の通りです。こっちは、業者の客集めも目的ですから、無料です。皆さん、来てください。

(ここに、この会社の トップ画面の、講演会の宣伝を貼る)

野口コイン のホームページ
https://www.noguchicoin.co.jp/

 副島隆彦です。以上の通りです。 九州圏の、学問道場の会員と、私の本の読者と、それから金(きん)投資に興味ある人は、集まってください。私が、九州まで行くことが、最近、減りました。九州の福岡は、私の出身地であり、小さいときに育った都市です。今は、私は、もう、博多弁(はかたべん)は、「なんばしちょっと」か、「元気ば、出しんしゃい」ぐらいしか覚えていない。だが話せば、全部、聞き取れる。

 無料だから、当日、電車賃さえ払えば、博多の中心地の天神(てんじん)のアクロスという立派な会場まで来れるでしょう。皆さん、私の顔を見に来てください。
「野口コインを紹介する副島隆彦の資料から」

 福岡に本社がある、「野口コイン」という、信頼のおける、金貨(ゴールド・コイン)を中心に販売している会社の主催です。 私は、ここの、まだ若い、野口貴志(のぐちたかし)社長を、信用しています。この野口コインで、ネット通販で、これからは、金貨(きんか)を買いなさい。この会社の通販(つうはん)は、本当に信頼できます。

 金貨の販売では、この会社が、ネット販売でも、全国制覇しました。東京にも、大阪にも、これだけしっかりした会社は、もう有りません。

 上の画像に載せた通り、今、1枚(1ounce オンス.31.1グラム)で、33万円ぐらいです。 これが、3年後には、3倍の、丁度、100万円になっているでしょう。かつ、田中貴金属で買うよりも、1枚当たり、6千円も 安いです。 手数料も安い。仕入れ先も、外国の正規代理店を通している。だから、ここで、ネットで買いなさい。

 野口コインは、天神の立派な場所に、最近、実店舗(じつてんぽ)を出した。野口コインの ホームページを開いて、お店の画像と住所を確認してください。講演会の当日、早めに来て、ここに行って、金貨を買う、ことも出来ます。

 私、副島隆彦が、ここまで、金融業者に 太鼓判(たいこばん)を押すのは、よっぽどのことだと、皆、思いなさい。 この件は、29日の福岡での講演までに、もう一度、説明します。

 皆さんは、福岡(県、市)と、博多(はかた)(駅)の違いを知っていますか。それは、大阪(駅)と、梅田(うめだ)駅と同じ感じで、とにかく、福岡の一番の中心地です。

 私は、この辺りを、小学校の時、自転車で走り回っていました。大濠(おおほり)公園とか、平和台球場の辺りまで。今は、福岡城は、鴻臚(こうろ)館と言って、中国からの外交使節を迎える記念館になっている。 今はもう、天神地区は、すっかり高層ビルばっかりになって見違えます。60年前は、中心を流れる那珂川(なかがわ)という川は、臭(くさ)い臭(にお)いがして、本当に穢(きたな)かった。たいして処理もしないで、ぜんぶ汚水を流していた。

 まあ、いいか。 私、副島隆彦 が、福岡に行って、話をする、というのだから、みんな、集まりなさい。大分も、佐賀(私の本籍はここ)も、長崎も、熊本の人も来なさい。鹿児島と宮崎はちょっと遠いですね。山口県の人は、関門海峡を電車でサッと渡ってすぐだから来なさい。元気よく、皆で盛り上がりましょう。

 当日、講演に参加する人は、上記の会社の、講演会への申し込みページに書いてから、来てください。ここは、皆さんに、商品を押し売りや、しつこく勧誘するような、会社ではありません。 物事(ものごと)は、大きく、ゆったりと考えなければいけません。

 あと一回、私の九州の福岡での、9月29日(きん)の講演の広告をします。金の買い方を教えます。  皆さん、集まってください。   副島隆彦拝

副島隆彦 投稿日:2023/09/06 09:05

【3075】[3586]9月10日の、私の金融セミナーの最後の宣伝

副島隆彦です。 今日は、2023年9月6日(水)です。

 私は、9月10日(日)に迫った、第26回 「副島隆彦の“予言者”金融セミナー」の準備をしている。 金融、経済の 世界中の動きを、ずーっと調べて、その最先端での動きと、最新の情報を集めて分析している。

そして、それらの事実を確認する。そのうえで、私、副島隆彦の知能(intellect インテレクト)で、総合的に、評価・判断(これを、valuation ヴァリューエイションと言う)する。そのあと「それでは、これからの世界の金融、経済はどうなるか、どう動くか。そしてその影響を受ける日本の金融の動きを、近(きん)未予測、予言をする。

そして、そのあと、実際の現実の市場(マーケット)で、はっきりと結果が出る。もう誰も、その結果には逆らわない。逆らえない。誤魔化(ごまか)すことも、言い逃れ(弁解、自己弁護 )も出来ない。 これを、 evaluation  「エヴァリューエイション」 と言う。これは、冷酷な客観評価だ。 

 この 「「エ」ヴァリューエイション」を、日本人は、知識人層を含めて、理解していない。 この語(コトバ)を何と、訳したらいいか、私も、まだ、決められない。ただの×「△再評価、△再判定」では、済まない。そのようなものではない。日本の土人(どじん)知識人たちでは、なかなか理解できない。 
 
 それでは、 以下に「金(きん)が、1万円の超えた」の最近の記事を載せる。

(転載貼り付け始め)

 ●「 土肥(とい)金山の世界一金塊25億円突破、金(きん)高騰で話題沸騰―伊豆市 」
2023年9月1日   伊豆新聞

 (静岡県)伊豆(いず)市にある 金のテーマパーク「土肥(とい)金山」に展示されている 重量250キロ、世界一の金塊が、時価25億円を超え、話題を呼んでいる。
 金(きん)相場の価格高騰が続き連日、過去最高値を更新中だ。上昇が止まらない巨大な黄金の価格に注目が集まっている。

金塊25キロ

 巨大金塊(きんかい)は、2005年6月、三菱マテリアル直島(なおしま)製錬所(香川県直島町)で造られ、7月 に公開を始めた。底面は、長さ45センチ、幅22センチ、高さ17センチ。06年2月にはギネスブックに世界一の認定を受けた。

 当初の時価は約4億円だった。価格は、18年間で6倍以上に跳ね上がった。金(きん)相場は、8月29日に初めて 1グラム当たり1万円 の大台を超え、30日は、同1万50円、31日は同1万95円と連日、過去最高値を更新している。

 土肥(とい)金山課長の国分歩さんは、「価格が上がり続けて金塊が注目され、来場者が増えるのはうれしい」と述べる。一方で「金相場上昇の裏には社会不安の要素もあり、世の中に困っている人がいると思うと、手放しには喜べない」と複雑な心境を語る。

土肥金山での砂金とり

 来場者は、展示ケースに掲示された金塊の価格に驚きながらも、金運(きんうん)が上がることなどを願って手で触れたり、さすったりしている。東京都目黒区から家族5人で来た小学5年の上野和香さんは「初めて見て、大きさに驚いた。(運気=うんき=アップの)御利益(ごりやく)がありそう」と笑顔で話した。

(転載貼り付け終わり)

 副島隆彦です。それで、9月10日の、金融セミナーで話す内容の、パワーポイント(スライド、紙芝居) の資料を、冒頭の1枚だけ、以下に載せる。このような資料を、50枚以上、当日用に準備した。
 
国内の金(きん)の小売価格のグラフ  

 案外、多くの人は、金(きん)が、これまで、どのような価格の動きをして来たのか、知らない。テレビでもネット上でも、この「金の価格のグラフ」」は、見たことがないでしょう。 こういう簡単なグラフを、これまで見たことがない、という人が本当に多い。私、副島隆彦は、もっともっと、多くの人に、この世の、大きな真実を、大きく分かって貰うために、努力している。

 金融の専門家ぶって、偉そうな、難しそうなことを言う気が、私はいよいよ無くなった。どこまででも分かり易く、「この世の大きな真実を、多くの人に、分かってもらう」ために話す。
 この 「副島隆彦の “予言者” 金融セミナー」の宣伝を再度します。 詳細は以下の通りです。

(ここに画像を貼る)

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「副島隆彦(そえじまたかひこ)の“予言者”金融セミナー 第26回」
*会場:イイノホール&カンファレンスセンター 東京都千代田区内幸町2-1-1
*日時:2023年9月10日(日) 
 開場・受付=11:00~ 
 開演=12:00~
 終了=17:30 (予定)
*受講料:15,000円(税込)/ホール(指定席) または オンライン
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「ホール受講」または「オンライン受講」を選択し、
ショッピングカートに入れてください。
副島先生への質問は「備考欄」に入力してください。
申し込みは、コチラから ↓↓↓
https://soejimayogen.cart.fc2.com/

 副島隆彦です。以上の通りです。 金が10,000円を越したものだから、途端に、「急いで金(きん)を売らなくては」という動きが出ている。
 それは、やめなさい。家の中にある、金歯(きんば)や、昔の古い金の指輪とかを、買い取り業者に持って行って、売る、というのはやってもいいだろう。だが、折角(せっかく)、持っている、大事にして来た、金の地金(じがね ingot インゴット)や金貨(ゴールド・コイン)を、今、売りに行くのは、愚か者がすることだ。

 私、副島隆彦は、はっきり予言(プレディクト predict )する。これは、神の言葉を人々に伝える預言(よげん。rophecy プロウフェシー。 prophet プロウフェト が預言者 )とは、違う。近い未来のことを予(あらかじ)め予測して言う(書く)だけだ。 
 私は、自分が分かった限りの、近(きん)未来の予測を、自信をもって、世の中に公言するだけの、予言者(プレディクター predictor )だ、とずっと自称している。 あとは、世の中の人々が、「この人の言うことは、当たっている。ウソがない。ハズレることが少ない」 と、 評価、判断( valuation ヴァリューエイション)してくれる、か、だけだ。

 ですから、私の予言では、これから、金(きん)は、もっともっと、世界的に上がる。
 今の3倍の、金1グラム=3万円( 3百ドル)になるでしょう。
 なぜなら、世界中に、アメリカが、WWⅡ(第2次大戦)の戦争のあと、この78年間、垂れ流してきた膨大な量の米ドル(その本当の姿は、米国債 American national bond )が、そのあまりもの野放図な、大量の発行の為に信用を無くして、下落するからだ。
 あと少しで、NY(ニューヨーク)の 米国債という債券(さいけん。ボンド bond )の市場が、暴落を始めるでしょう。 2か月と掛からないだろう。 すなわち、

 「 金とドルの戦い で、金 が勝つ 」 である。
 ですから、あなたは、今の手持ちの自分の金を、まだ、じっと持っていなさい。あと3年は我慢して持っていなさい。その間に、世界が大きく、変動して、次の新しい時代、新しい世界 が、来ているでしょう。

 それから、 これまで金(きん)を買おうか、買おうか、と 迷って踏ん切りが付かないままに、ずっとここまで、来てしまった人たちへ。私、副島隆彦が、自信をもって、「皆さんの、背中を圧して」、今からでいいから、金を買いなさい、と言います。「値下がりしたら、どうしよう」などと、言っていないで、さっさと買いなさい。

 その買い方も、新たに私が教えます。ですから、そういう人も、上記の 金融セミナーに来なさい。人間にとって大事なのは、その人の信用(しんよう)だ。 周りの人々からの、信用(クレジット、クレディビリティ credibility )です。 

 それまで、その人が、風雪に耐えて、行って来た長年の言動を、周りの人たちが、厳しく、評価、判断(ヴァリューエイション)する。 言っていることが、コロコロと変わる人間 は、駄目だ。 この信用の別名が、まさしく、金融(きんゆう)です。信頼関係(=信用)のないところには、金融(おカネでの、人と人の、つながり。契約 )は、生まれない。そういうわけで、私の話を、聴きに来なさい。
 
  係りの者が言っていますが、「 当日券もあります。当日の様子を見てから来ることも出来ます。ただし、会場での混乱を避けるために、事前に、ネット上の 申し込みページでの申し込みをしてから、会場に来てください」 だそうです。 以上です。  副島隆彦拝