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Loginはこちら【2811】[3267]東京地裁703号法廷に響く裁判官の怒声!退廷を命じられ、廊下に投げ飛ばされる木原くにや弁護士 『武漢ウイルスワクチン特例承認取消等請求事件』
群馬のゆみこです。今日は2021年10月12日(火)です。
大変、大変!
『武漢ウイルスワクチン特例承認取消等請求事件』の第一回口頭弁論が今日あって、木原くにや弁護士が冒頭意見陳述の途中、自身の衆院選出馬の話をしたことがいけない、裁判と関係ない、と退廷を命じられ、従わなかったので係員に廊下へほりだされたそうです。ちょっと、わたしたちの大事な木原弁護士に、なにすんのよ!
しかし、木原くにや弁護士は、「コロナ・ワクチンは、本質的に政治、選挙の問題であり、訴訟だけでは止めることができないから、それを意見陳述しなければならなかった」とおっしゃっています。(動画あり。下に貼った、目覚めてる庶民 のTwitterで見られます。)
(ライブドアニュースから貼り付けはじめ)
東京地裁にマスク着用しない数百人の集団https://news.livedoor.com/article/detail/21015416/
2021年10月12日 14時30分 共同通信
新型コロナウイルスのワクチン特例承認差し止めを巡る訴訟の初弁論が12日、東京地裁で開かれ、庁舎内に関係者とみられる数百人がマスクを着用せずに集団で入った。職員らは感染予防のため対応に追われた。
(貼り付け終わり)
(目覚めてる庶民(自頭2.0)@Awakend_Citizen Twitterから貼り付けはじめ)
https://twitter.com/Awakend_Citizen/status/1447798356881805314?
ref_src=twsrc^tfw|twcamp^tweetembed|twterm^1447798356881805314%
7Ctwgr^|twcon^s1_&ref_url=https://saburagaeshi.com/2021%
2F10/12/post-6055/
【反ワクチン訴訟 第1回終了】
法廷に響く裁判官の怒声 退廷を命じられ 係官により廊下に投げ飛ばされる木原弁護士 裁判所7階の廊下を埋め尽くした群衆 「暴力反対!暴力反対!」のシュプレヒコール 号泣する女性傍聴人 とんでもないものを見た
(貼り付け終わり)
続いて、目覚めてる庶民(自頭2.0)のブログより、貼り付けます。
https://gamp.ameblo.jp/awakened-citizen/entry-12703430995.html?__twitter_impression=true
(貼り付けはじめ)
【コロナワクチン訴訟】傍聴してきました 2021-10-12 19:55.35
『武漢ウイルスワクチン特例承認取消等請求事件』
【第一回口頭弁論】10月12日(火)13:30~東京地裁703号法廷
26席しかなかった傍聴席にいた1人です 「コロナワクチン特例承認取り消しを求める裁判」 法廷内の出来事、法定外の雰囲気、その後の記者会見 最初から最後までこの目で見てきました
今回の裁判のことを報じたメディア記事はどれも「ノーマスク集団」がどうこうと書いていますが話題をそらし問題を矮小化している報道だと思います
もはや「ノーマスク云々」などどうでもいいこと 世界の多くの国はすでにほとんどノーマスクです 2年近くほとんど誰も死んでない病気に対して 感染予防効果のないマスクをいつまでも着けている日本の方がおかしいのです
ノーマスクの集団が大挙して押し寄せ、裁判所が混乱した、みたいな書き方もされていますが、明らかにフェイクニュースです 裁判所の入り口では、複数の警備員に持ち物チェックはされますが マスクの有無は「一言も」「ただの一言も」誰もなにも言われませんでした
法廷内では裁判長からマスクについて一言だけ話がありました 「裁判所として感染対策に取り組んでいるので、任意で、マスクの着用をお願いしたい」という言い方でした
原告側の木原弁護士が「マスク着用に法的根拠はあるのですか」と質問しました
裁判官は「あくまで任意のお願い」だと再度、言いました
マスク着用に法的根拠はないと裁判長が名言したわけです マスク着用に科学的根拠はありませんが、法的根拠もないとハッキリしました 裁判所ですらマスクを強制できないのですから 民間の私企業が客にマスクを強制するなど、尚更ありえないのです
今回の裁判は 接種後の死者、重篤な後遺症患者を大量に生んでいる「ワクチン」と呼ばれている異物注射 そんなものを国が長期安全性の確認もしないまま特例承認し、全国民に接種させようとしている 安全管理上の是非、人道上の是非を問う裁判です
この裁判は全国民に関わる一大事です だから裁判所に入り切らない群衆が集結しました なのに用意された傍聴席はたった26席 わざとに減らしているのかと勘ぐってしまいます
東京地裁には傍聴できなかった人たちが押し寄せ、7階フロアの廊下は端から端まで人で密密になりました 外にも長い行列ができていました ものすごい数の群衆、すごい光景でした それほど注目を集めた裁判だったのです
裁判の応援に来た人は誰もマスクをしていませんでした マスクに意味がないことを深く理解している、よく勉強している人たちばかりだからです マスクをしようとしまいと、感染症には関係ないことを皆知っているからです
マスクは感染症蔓延の空気を作り出し、大勢に従わせる同調圧力を醸成し、ワクチン接種に誘導する目的で、メディアが国民を洗脳し定着させた「ユニフォーム」に過ぎません
そもそも指定感染症2類相当の感染症など最初から流行っていません そんなエボラやペスト並みの感染症が流行っていたら 店舗も交通機関も通常営業しないし、国会も政治家のパーティもテレビ収録もやりません
国が発表したコロナ死者は「他の病死」も「事故死」も「寿命」も含まれる”水増し”であることはもはや常識です
今日の裁判、僕は幸運にも26枚の傍聴券の最後の1枚をゲットしました
しかし裁判は、一瞬で強制終了してしまいました
原告側の木原弁護士による冒頭陳述は、途中で裁判長の怒声によって遮られ 木原弁護士は係官4人の腕力によって退廷させられるという、法治国家として信じられない光景を見ました
傍聴席もざわつきました 隣の女性は嗚咽を漏らしていました
裁判長の怖い目つきは傍聴席にも向けられ 「傍聴席も発言したら退廷させる!」と怒鳴られました
マイク越しに怒鳴るのはプロレスの試合後だけだと思っていましたが 東京地裁の裁判長もやっていました
廊下にいた人の証言では、原告側の弁護士は、係官の腕力で法廷の廊下に「投げ飛ばされた」そうです 「顔や頭を床に打ったのではないか」と言っていた人もいました
廊下にいた人たちからは「暴力反対!」のシュプレヒコールが起こりました
冒頭陳述をしていただけの弁護士が、裁判長から怒鳴り散らされたた挙げ句、発言を止められ、廊下に投げ飛ばされた、これが事実です
これが法治国家のやることでしょうか
予防接種というタテマエで行われている異物注射接種は 国をも超える大きな力で動かされています 裁判官だって取り扱いたくない事件なのでしょう つまり国も裁判所もグルということだと感じました
裁判官は弁護士を指差し、マイクが無意味なほどの大声で怒鳴っていました 敵意、怒り、感情に満ちていました 暴力団の人みたいでした
裁判官というものはもっと淡々としゃべる職業だと思っていましたが違いました
裁判長のマスクの隙間からは飛沫もダダ漏れだったでしょう 「裁判所として感染対策に取り組んでいる」と言っていましたが あれだけ大声で喚き散らしたら感染対策も何もないと思いました
今回のワクチンに反対している人がどういう人たちなの 知らない人に教えます ワクチンのことをよく調べた人です 調べて知ってしまった結果、黙っておれなくなった人たちです
今回のワクチンは調べた人は打ちません 調べてない人・考えない人が打ちます
私達の戦いは、政府やメディアとの戦いであると同時に 真実に気づいていない人、気づこうとしない人を どれだけこちらに巻き込むことができるかという戦いでもあります
陰謀論でも大げさでもなく「大勢の庶民の命を守る」ための戦いです
今回は大勢の人が東京地裁に集まってくれたお陰で 偏向報道とはいえ世間に届けることができたのは収穫です
次回の裁判は来年1月13日の午前11時30分、同じく東京地裁です 今回以上に、もっともっと多くの大群衆が駆けつけてくれれば またメディアは報道せざるを得なくなるでしょう
かけつけた群衆が全員ノーマスクなら ノーマスクを叩くこと自体に意味がないことに気づく人も増えるでしょう
来年1月13日、今から職場の「希望休」を入れてはいかがでしょうか? 一緒に戦いましょう
(貼り付け終わり)
来ましたね。来ましたよ。ついに日本も。
これまで、テレグラムで海外(アメリカ、イタリア、ドイツ、フランス、ブラジル、ズールー族)のマッシヴ(ものすごい)デモの動画や、そのほか抗議行動をを見ていて、「日本はなんかこういう感じじゃないな~、日本人はどうやって立ち上がるのかな~」とぼんやり考えていましたが、今回、キターー!という感じがします。
ズールー族のプロテスト、見たいでしょ。こちらです。https://t.me/Q_Warriors/416
” THE ZULU COME OUT IN FORCE AGAINST MANDATORY VACCINATIONS IN SOUTH AFRICA ” 「 ズールー族の抗議行動。南アにおける、ワクチン接種(vaccination ヴァクシネイション)の強制命令( mandatory マンダトリー)に反対する」
2021年9月28日
あと、東京地裁703号法廷の裁判官は、なんていう名前の人かな、と思って検索してみました。
森英明,横井靖世,廣瀬智彦 下道良太,この四人のうち三人かな、と思います。ここ↓で見ましたけど、はっきり分かりません。
https://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/tanto/minji_tanto/index.html
試合後のプロレスラーのようにマイク越しに怒鳴り散らすなんて、まるで、去年(2020年)の12月に、米大統領選挙で揉めて、テキサス州が出した訴状を受理しなかったジョン・ロバーツ最高裁判事のようですね。「オレがやり方を教えてやるぅ!」
https://you1news.com/archives/15853.html
あれは舞台裏でしたが、今回は裁判所の法廷ですから、裁判官さんもそうとう追い詰められてますね。
今日の話題は、毎日チェックしている笹原シュンさんのTwitterから知りました。毎日世界の動きを、ちょっとスピリチュアル系が入りながら(いやだいぶ入ってるかな)、いろんな人のツイートを載せてくれるので、ここを見れば分かる、という感じの、便利なTwitterで、お勧めです。
笹原シュンTwitter:https://twitter.com/shun_sasahara
おしまい
【2810】[3266]生方(うぶかた)議員発言「「拉致(らち)被害者は生きていない」が正しい。
副島隆彦です。今日は、2021年10月12日(火)です。
生方幸夫(うぶかたゆきお)議員が、9月23日に自分の選挙区の千葉県松戸市の集会で、発言した「拉致(らち)被害者は生きていない」は、正直であり真実である。
私、副島隆彦は、生方議員の発言を支持する。彼は、今、ひとりで追い詰められて、議員辞職まで自分の所属する立憲民主党から勧告されている。ヒドい話だ。政治家が、真実を口にしたら、袋叩きにされる国だ。その背後に、何が隠されているのか。
以下に載せる新聞の記事の通り、生方議員が言った 「「横田さんが生きているとは誰も思っていない。自民党の議員も」とした上で、「拉致問題、拉致被害者は今、現在はいないと捉えられる、政治家は皆そう思っているということ」などと発言した 」のとおりである。これが真実だ。それなのに、どうして、真実を言うことが、今の日本国では、激しいタブー(禁忌、きんき)の嵐の、バッシングを受けるのか。まず、このことで意図的に騒ぎ始めた産経新聞の記事をしっかり読んで下さい。
(転載貼り付け始め)
● 「「拉致被害者は生きていない」と立民・生方氏 家族会など抗議」
2021年10月11日 産経新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/865966d00892678b001c4c50a5aee3ffe0995be2
立憲民主党の生方幸夫衆院議員(比例代表南関東ブロック)が、9月に千葉県松戸市で行った会合で、北朝鮮による日本人拉致問題について「日本から連れ去られた被害者というのはもう生きている人はいない」などと発言したとして、拉致被害者家族会と支援組織「救う会」は9月11日、発言の取り消しと謝罪を求める抗議声明を出した。
声明では「すべての拉致被害者の救出のため心血を注いできた被害者家族、支援者、被害者自身の生命に対する重大な侮辱であり冒涜(ぼうとく)だ」と非難した。
救う会などによると、生方氏は9月23日、松戸市での会合で拉致問題について見解を問われ、横田めぐみさん(57)=拉致当時(13)=について「横田さんが生きているとは誰も思っていない。自民党の議員も」とした上で、「拉致問題、拉致被害者は今、現在はいないと捉えられる、政治家は皆そう思っているということ」などと発言した。
また平成16年に北朝鮮が提出し、日本側が別人と鑑定しためぐみさんの偽の遺骨について「遺骨からDNAを鑑定して、それが横田さんであるのかないのかというような技術力はなかった」とした。
死亡の根拠について問われると、「客観的情勢から考えて生きていたら(北朝鮮は横田さんを)帰す。帰さない理由はない」と説明。「生きているのだったら何かに使いたい。1回も使ったことがないですから、残念ながら亡くなってしまっているから使いようがない」などと主張した。
一方、14年の日朝首脳会談で北朝鮮が拉致を認めて謝罪し、帰国した5人の被害者について、北朝鮮に一度返すとした約束を日本側が守らなかったとし、「首脳同士で話をして決めたことも守らないなら、それはだめなのではないか」と述べた。
「拉致した当人は北朝鮮政府なのだから、責任を取らなきゃいけない」とする一方、「自分の意志で入ったが、もう自分の意志では出られなくなったという人を含めて行方不明者、拉致被害者というように言っている」と指摘。「日本国内から連れ去られた被害者は、生存者はいないのだと思う」と重ねて主張した。
これに対し、家族会などによる抗議声明では「生方議員は人の命に関わる重大な人権問題について、日本政府の基本的立場を否定して、北朝鮮の主張に賛同している」と批判。生方氏が所属する立憲民主党に対し、「生方議員発言を党としてどう考えるのか、ぜひお聞かせ願いたい」としている。
北朝鮮は14年9月の日朝首脳会談で拉致を認めて謝罪し、5人を帰国させた。だが、ほかの被害者については8人が「死亡」、4人が「未入境」と主張した。
2016年の日朝実務者協議ではめぐみさん本人のものだとする「遺骨」を提出したが、持ち帰った日本側は約1カ月かけてDNA型鑑定を進め、別人の骨であることを確認した。北朝鮮側は遺骨について「火葬した」と説明したが、通常の火葬よりも高温の1200度で焼かれていたことが判明。DNA型の検出を困難にしようとした可能性が指摘されている。
政府は拉致被害者の「死亡」を裏付けるものが存在しないとして、北朝鮮に誠実な対応を求めてきた。岸田文雄政権も拉致被害者全員の早期帰国を最重要課題に掲げている。
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。 私は、この問題では、今の自分の考えを書かない。それよりは、私が、今から3年前に、ここの重たい掲示板に書いた長い文章を載せる。 この文を読んで、皆で、じっくり考えてください。 この中の、2014年の記事の 「石井一(いしいはじめ)議員 「横田めぐみさん、とっくに亡くなっている。私は北朝鮮に精通している」」 の個所を中心に、しっかり読んで下さい。
私たち日本人は、ずる賢くなったり、狡猾(こうかつ)になったりしてはいけないのだ。 私たちは、北朝鮮政府とも、誠実に対話を続けなければいけない。そのために、わざと作られた、余計な障害を、自分たちで取り除く努力をしなければいけない。 以下の3年前の私の文章を、しっかり読んで下さい。
(転載貼り付け始め)
副島隆彦です。 今日は、2018年5月15日です。
今、今日のぼやきの方に に、新作映画「マルクス・エンゲルス」、原題は、Young Karl
Marx (「若き日のカール・マルクス」2017年作、岩波映画で公開 )を見た、私の批評文が載っています。私が、2月に試写会を見に行ったあと書いた。
・・・・・私が最近、不愉快なのは、日本政府(安倍政権)が、「トランプ大統領。日本の拉致問題も、シンガポールの米朝会談の議題に入れてね」と、まだ性懲りも無く懇願している、そのニューズ報道だ。ホントに拉致、拉致(らち、abduction アブダクション 誘拐 )で、もう10年間も無駄に騒いでいる。
(転載貼り付け始め)
日本人拉致事件 写真特集 時事通信
東京・新宿駅で開催された北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさんの写真展を訪れた母親の早紀江さん=2018年5月8日【時事通信社】
1977年11月15日、新潟市で下校途中の中学1年横田めぐみさん=当時(13)=が失踪。97年、めぐみさんは北朝鮮にいるとの情報が寄せられ、政府は同国による拉致被害者に認定した。
2002年9月、日朝首脳会談で金正日総書記はめぐみさんを含む13人の拉致を認め、めぐみさんは死亡したと発表。「遺骨」とされる骨も渡されたが、鑑定で別人と確認された。北朝鮮側は、86年に結婚し翌年娘キム・ヘギョン(ウンギョン)さんを出産したが、94年4月に自殺したと主張している。
早紀江さんは「悲しみの中で見る写真は言葉で表せられないほどつらい」と述べ、一刻も早い帰国を求めた。
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。 横田滋(よこたしげる)、早紀江(さきえ)夫妻というのが、この運動の司令塔で、広告塔のようだが、もう、こういう偽(にせ)芝居、やらせのドラマはいい加減にして終わりにせよ。
北朝鮮の国家犯罪としての拉致事件は、外交交渉としてこの20年間、ずっと協議された。そして終わりにすべきことなのだ。もう終わっているのだ。それを蒸し返し続ける、という、その腐った根性はどこからやって来るのか。
ここでは、私、副島隆彦は、日本のリベラル派で、反(はん)安倍政権派の、温厚な日本国民の、知性がある人たちに、以下の知識・情報すなわち真実を分け与えます。さっさと事実を知りなさい。
1977年に、日本の海岸線で起きた一連の事件の拉致被害者たちは、もう、全員、死んでいる。拉致被害者は、全部で13人で、そのうち8人は、横田めぐみも含めて、1980年代に死んでいる。
残りの5人を、小泉純一郎首相が、北朝鮮を騙して、「里帰りだから」の策略を使って、2002年10月に連れ戻してきた。さらに、その子供たちも2004年5月に連れ戻した。このときに終わった。本当に終わっている。それを日本政府は、今も、ワーワー、虚偽の話をねつ造して騒ぎ続けている。これは国際社会に向けて、極めて見苦しい態度だ。
だから、北朝鮮政府がこの日本の外務省の嫌(やら)らしい態度に怒る。以下の北朝鮮政府の態度の方が正直だ。
(転載貼り付け始め)
●「 拉致問題提起を非難=北朝鮮「過去の清算回避」 」
2018年5月12日 時事通信
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018051200417&g=prk
北朝鮮国営の朝鮮中央通信は、5月12日、日本人拉致問題について「解決された」と主張、日本政府の拉致問題提起を「誰かの同情を買い、過去の清算を回避しようとしている」と非難した。その上で、「過去の清算のみが日本の未来を保証する」と訴えた。
6月12日にシンガポールで行われる金正恩朝鮮労働党委員長とトランプ米大統領の初の首脳会談をにらみ、拉致問題を取り上げようとする動きをけん制する狙いがあるとみられる。同時に、「過去の清算」に向け、日本と対話する用意も示唆した。
朝鮮中央通信は論評で、「全世界が近く開かれる朝米首脳の対面(米朝首脳会談)について、朝鮮半島の前向きな発展を主導し、明るい未来をつくるための第一歩と支持、歓迎する中で、日本だけがこの流れに逆らっている」と批判。「日本の反動層が既に解決された『拉致問題』を再び持ち出し、世論をあおろうとしているのは、朝鮮半島の平和の気流を阻もうとする愚かな醜態だ」と決め付けた。
また、「 朝日(ちょうにち)関係は本質的に、被害者と加害者の関係であり、加害者が被害者に謝罪と賠償をしなければならないというのは、問題の初歩だ」と強調。戦時中の強制連行や慰安婦問題などを挙げ、「日本という国全体をささげても到底、賠償できない」と主張した。
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。上記の記事の解説はしない。
以下の記事を読みなさい。これが、日本のリベラル勢力、ちょっとは自分の頭で、考える力のある人は、しっかり読みさない。これが真実なのだ。この事実を、「拉致、拉致」で、わざと騒いでいる人間たちに突き付けなさい。「あ、バレたか」と顔が歪むから、自分の周辺にいる、「拉致(らち)騒ぎ人間」を自分で問い詰めなさい。
(転載貼り付け始め)
●「石井一(いしいはじめ)氏「横田めぐみさん、とっくに亡くなっている。私は北朝鮮に精通している」」
2014年8月30日 The Huffington Post
https://www.huffingtonpost.jp/2014/
08/29/hajime-ishii_n_5739914.html
民主党の石井一(いしいはじめ)元(もと)国家公安委員長(80)は、8月29日、神戸市内で開いた自らの旭日大綬章(ぎょくじつだいじゅしょう)記念パーティーで、北朝鮮による日本人拉致問題について 「日本政府はいまだに横田めぐみさんらを返せと騒いでいるが、もうとっくに亡くなっている」と発言した。47NEWS などが報じた。
「私は北朝鮮に精通している。それなのにまだ(交渉を)やっとるのは非常に違和感がある」と、現政権の対北朝鮮外交への不満を表明。「社会に大きな警鐘を鳴らす発言だが、皆さんの批判を問いたい」とも述べた。
(47NEWS=共同通信= 『「めぐみさんは既に死亡」 石井元公安委員長が発言』から 2014/08/29 )
石井氏は、この4月、2014年の春の叙勲受章者に選ばれた。それを知った民主党の海江田万里(かいえだばんり)代表らの呼びかけで、パーティーが実現した。
石井氏はこのパーティーの出席者に配布した「私の主張」と題した文書で、「北朝鮮が一度死亡と発表した方々を、改めて生存しているとする可能性は、とても低いのではないか」と指摘していたという。また、パーティー終了後の取材では次のように話していた。
終了後の取材で「(めぐみさんらが)戻って来てくれれば非常にうれしいが、最高権力者が交渉で一度認定した事実を覆すことはあり得ない。冷静になるべきだ」と発言の趣旨を説明した。
(MSN産経ニュース『「めぐみさんは既に死亡」 石井元公安委員長が発言」より 2014/08/29 )
元日経政治部記者で民主党員の宮崎信行(みやざきのぶゆき)氏は、石井氏が国家公安委員長に就いていた1994年に、日本の警察が、初めて朝鮮総連に対して家宅捜索を行っていることを指摘。石井氏が北朝鮮に精通していることを示唆した。
石井一(いしいはじめ)氏は、55年体制崩壊の翌年、第80代羽田(はた)内閣の国家公安委員長として再入閣し、わずか2か月の在任期間でしたが、長年タブーだった朝鮮総連京都府連の家宅捜索に成功しています。
@47newsflash 民主党の石井一元国家公安委員長が「横田めぐみさんらを返せと騒いでいるがとっくに死んでいる・・・・ 国会実況 国会中継 (@kokkai_live) 2014,年8月 29日
横田めぐみさんを巡っては、北朝鮮側は拉致被害者の安否再調査で、めぐみさんのものとする「遺骨」を提出した。だが、日本側のDNA型鑑定で偽物であることが判明している。
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。 私は、政治家の石井一(いしいはじめ)氏と福岡市で、衆議院選挙の応援のあとの食事の席で話したことがある。立派な政治家だった。
石井一(はじめ)議員は、神戸が地盤で風貌からしてもドスが効いたので、‘自民党内の 山口組 ‘と、畏怖(いふ)と悪名(あくみょう)で呼ばれた人だ。だが本当は繊細な感覚をした頭のいい政治家だった。 石井一は田中角栄に師事した政治家のひとりだ。
1992年の“自民党大分裂”のあとは、ずっと小沢一郎と行動を共にした。真に気骨のある政治家だった。だが、最後は、「 石井。そろそろ小沢から離れんかい。そうせんと、刑務所にいれたるど 」と、穢(きたな)い、竹下登(たけしたのぼる)系から、脅しあげられて、それで、「この歳で、拘置所、刑務所はきついなあ」で、最後に2011年頃、小沢一郎から離れた。
下の方に、たくさん貼り付ける、時事通信の拉致被害者たちの顔写真、そしてその下の、解説文に必ず次のように書かれている。
「 「遺骨」とされる骨も渡されたが、鑑定で別人と確認された。北朝鮮側は、1986年に結婚し翌年娘キム・ヘギョン(ウンギョン)さんを出産した、が、94年4月に自殺したと主張している 」
北朝鮮政府は、日本政府から、この20年以上も、外交協議の場で、やいのやいとの、拉致、拉致を、言われ続けた。だから北朝鮮側が、ついに根を上げて2002年9月に、最高指導者の金正日(キムジョンイル)が、13人の日本人の拉致(誘拐 ゆうかい)の事実を認めて、日本政府に謝罪した。
そして「分かりました。彼らの骨とか遺品を集めます」で、2004年にまとめて出した。ところが日本政府は、「日本側で鑑定した結果、これらの骨は本人たちのものではない」と北朝鮮に回答した。それが2004年11月だ。この問題で誠実に対応した北朝鮮は、当惑してそして怒った。当然だ。
この時の北朝鮮政府の正直な態度に対して、日本政府(外務省)は「これらの大量の人骨が、真正(しんせい)であるか、分からない」 と、決断して、このあとも「拉致、拉致」で、騒ぎ続けることに決めた。なんという、悪質な態度であることか。 朝鮮人たちが、またしても怒るはずだ。だから今度の「6カ国協議」の再来(さいらい)版に、日本は入れて貰(もら)えない。
あまり拉致、拉致と騒がなくなった。テレビも騒がない。騒いでいるのは、外務省の発表だけだ。なぜなのか、ここに謎があるが、私、副島隆彦はだいたい解明している。それは。後ろの方に載せる新聞記事に表れている。
( この記事は、北朝鮮問題の専門家の辺 真一(ピョン・ジンイル)氏が書いた文です。朝日新聞 2017年3月27日に載った、「日本人拉致事件」日本大百科全書(ニッポニカ)の文章です。 文が長いので、副島隆彦があと少し書いた後に載せます。)
副島隆彦です。だから、ポンペオ国務長官の発言 と同じく、日本外務省が、拉致、拉致、 と言い続けるのは、北朝鮮での体制変更が起きて、そのあとに、復興計画を含めて、和平交渉( peace talks ピース・トークス) が、始まって、それが、やがて65年経っての、平和条約( peace treaty ピース・トリーティ)へとつながる。
朝鮮戦争が、休戦=停戦して、 1953年に結ばれた休戦協定( cease-fire agreement シース・ファイア・アグリーメント)と、和平交渉、平和条約が、どう、ちがうか、を分かっている、日本知識人が、ほとんどいない。 休戦協定のまま、現在まで続いているのだ。これを、急に平和条約には、出来ない。 1953年の休戦協定は、北朝鮮と韓国が、合意したものではない。中国(ホウトクカイ将軍)と、国連軍の司令官の米国将軍が、結んだ。
だいたい、平和条約(ピース・トリーティ)は、= 戦争終結条約 のことなのだ。このことを、日本人の知識層でも知らない。
だから、北朝鮮との和平交渉(ピース・トークス)が始まった時に、日本政府は、北朝鮮政府から持ち出される、「日韓併合(にっかんへいごう)」 の時以来の、 植民地支配で、北朝鮮が、受けた多大の苦難と、死者と、多くの政治弾圧とかへの補償=損害賠償をしなければ済まない。
その金額は、おそらく、5兆円(500億ドル)ぐらいだろう。そのうちの1兆円とかを、負けてもらうための、「あなた(北朝鮮政府)も、拉致問題という国家犯罪をした」で、その交渉の材料として、相手に、打ち返す、撃ち返すミサイル として、外務省はこの拉致問題を言い続けるのだ。 分かりますか?
以下に資料として貼り付ける。みんな、よく読んで真実を知るべきだ。 副島隆彦記
(ここから資料、 転載貼り付け始め)
出典:朝日新聞 2017年3月27日
「日本人拉致事件」 日本大百科全書(ニッポニカ)
北朝鮮によって、一般の日本人が拉致(らち)された事件。
日本人拉致に関する疑惑が初めて日本のマスコミに大きく取り上げられたのは、1987年(昭和62)11月に発生した大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫(キムヒョンヒ)が北朝鮮の工作員育成機関である金正日(キムジョンイル)政治軍事大学で日本から拉致された「李恩恵(りおんけい/リウネ)」なる日本人女性から日本語を教わったと証言したことによる。
日本政府は警察の調査に基づき「李恩恵」なる女性が1978年(昭和53)6月に失踪(しっそう)した田口八重子(たぐちやえこ)の可能性が高いとして、1991年(平成3)5月、第3回日朝国交正常化交渉の場で北朝鮮に対して初めて日本人の拉致に関する問題を提起した。
しかし、この問題は本交渉の議題とはされず、非公式協議に回された。その後、日本の追及に北朝鮮側が「共和国に対する侮辱であり、会談の破壊行為である」と猛反発したことで1991年1月にスタートした日朝国交正常化交渉は1992年11月の第8回交渉で中断する事態に至った。
5年後の1997年には、新潟市内で1977年(昭和52)11月に失踪した横田めぐみが北朝鮮に拉致されていたことが韓国に亡命した北朝鮮の元工作員の証言で判明。北朝鮮に拉致された日本人の数は、日本政府が認定しただけでも、有本恵子(ありもとけいこ)らヨーロッパ旅行中に拉致された3人も含めて8件11人に上った。
日本人拉致に関する問題はその後、北朝鮮が「行方不明者としてならば調査する」と応じてきたことで、国交交渉が2000年(平成12)4月から再開されたが、北朝鮮の回答は「(行方不明者は)わが国にはいないことが判明した」と否認で一貫していた。
拉致に関する問題が急展開したのは、2002年9月17日の首相小泉純一郎の訪朝による日朝首脳会談の場である。
自ら「拉致はしていない」と否定していた総書記金正日は一転して、「特殊機関の一部が妄動主義、英雄主義に走って行った」と拉致の事実を認め、謝罪した。拉致の目的については「一つは、特殊機関で日本語の学習ができるようにするため、もう一つは人の身分を利用して南(韓国)に入るためである」と述べ、工作員に日本語を教えるため、あるいは日本人になりすまして韓国に侵入するためとする日本での定説を追認した。
そして、日本が安否確認を要請していた8件11人については「5人が生存し、8人が死亡した」と通告してきた。生存者は蓮池薫(はすいけかおる)、奥土祐木子(おくどゆきこ)夫妻、地村保志(ちむらやすし)、浜本富貴恵(はまもとふきえ)夫妻、曽我(そが)ひとみ、死亡とされたのは有本恵子、石岡亨(いしおかとおる)、市川修一、田口八重子、原敕晁(はらただあき)、増元(ますもと)るみ子、松木薫(まつきかおる)、横田めぐみであった。
拉致被害者が13人に増えたのは、1980年(昭和55)にヨーロッパで相次いで失踪した石岡亨、松木薫、それに1978年8月に新潟の佐渡島(さどがしま)で失踪した曽我ひとみが含まれていたからである。石岡、松木の両人については拉致と認定されていなかったために日本政府の安否リストから外されていたし、曽我に関しては日本政府は把握さえしていなかった。このほかにその後、日本政府が認定した拉致被害者として久米裕(くめひろし)、曽我ミヨシの2名がいるが、北朝鮮はその安否について言及していない。
日朝首脳会談、そして5人の生存者の帰国後の2002年(平成14)10月29日から2日間、マレーシアで開かれた日朝国交正常化交渉で、日本は拉致事件の解決、すなわち生存者およびその家族らの日本への永住帰国、死亡扱いされた8人に関する安否の再調査を求めたが、北朝鮮は「順調に解決されつつあった拉致問題を日本側が複雑にした」と日本を激しく非難し、帰国した5人の拉致被害者を北朝鮮に戻すべきだという、日本にとってはとうてい受け入れがたい主張を繰り返した。
その後、被害者をめぐる交渉が膠着状態となり、具体的な進展がまったくみられなくなっていたが、2004年(平成16)5月22日、小泉が再度訪朝、金正日との会談の結果、拉致被害者5人の家族8人のうち、地村夫妻と蓮池夫妻の子供計5人が日本に帰国した。曽我ひとみの夫は元在韓国米軍の兵士で、北朝鮮に亡命したとされており、来日した際にアメリカから訴追される可能性があるとして、当初は2人の子供とともに来日を拒否した。
しかし、2004年7月曽我と夫、子供2人はインドネシアでの再会を経て、帰国・来日した。5月の会談の結果については、不可解な状況下で死亡したとされている10人の拉致被害者については日本側も参加した調査機関の設置も念頭に置きつつ、再調査を行うこととなった、との政府による説明がなされた。
その後、開催された日朝実務者協議(2004年8~11月、北京)、日朝包括並行会議(2006年2月、北京)では具体的な進展はなかったが、拉致問題に関する国際的関心は高まり、2005年12月国連総会本会議では「北朝鮮の拉致を非難する決議」が採択された(2006年12月拉致禁止条約が成立)。2006年4月には拉致被害者の家族が、アメリカ下院外交委員会公聴会およびアメリカ大統領ブッシュとの面会で、拉致被害の深刻さと解決の重要性を訴え、アメリカ関係者・世論の共感を得た。
また2008年8月の実務者協議では、拉致被害者の再調査を行うことで合意した。その後も、日本政府が認定した拉致被害者計12名(前述のほか2005年4月に田中実を、2006年11月に松本京子を認定)の安否について、北朝鮮側より納得のいく回答を得ておらず、今後とも、日本政府は真相究明、被害者の即時帰国、拉致実行犯の身柄引渡しを強く要求し、拉致問題の解決を図っていくこととしている。[辺 真一(ピョン・ジンイル)]
『横田早紀江著『めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる』(2000・草思社) ▽八尾恵著『謝罪します』(2002・文芸春秋) ▽蓮池透著『奪還 引き裂かれた二十四年』(2003・新潮社) ▽北朝鮮による拉致被害者家族連絡会著『家族』(2003・光文社) ▽横田早紀江他著『ブルーリボンの祈り』(2003・いのちのことば社フォレストブックス) ▽和田春樹著『同時代批評――日朝関係と拉致問題』(2005・彩流社) ▽チャールズ・R・ジェンキンス著、伊藤真訳『告白』(角川文庫)』
日本人拉致事件 写真特集 時事通信
東京・新宿駅で開催された北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさんの写真展を訪れた母親の早紀江さん=2018年5月8日【時事通信社】
1977年11月15日、新潟市で下校途中の中学1年横田めぐみさん=当時(13)=が失踪。97年、めぐみさんは北朝鮮にいるとの情報が寄せられ、政府は同国による拉致被害者に認定した。2002年9月、日朝首脳会談で金正日総書記はめぐみさんを含む13人の拉致を認め、めぐみさんは死亡したと発表。「遺骨」とされる骨も渡されたが、鑑定で別人と確認された。北朝鮮側は、86年に結婚し翌年娘キム・ヘギョン(ウンギョン)さんを出産したが、94年4月に自殺したと主張している。
早紀江さんは「悲しみの中で見る写真は言葉で表せられないほどつらい」と述べ、一刻も早い帰国を求めた。
拉致被害者の横田めぐみさん[横田めぐみさんのご両親提供]
1977年11月15日、新潟市で下校途中の中学1年横田めぐみさん=当時(13)=が失踪。97年、めぐみさんは北朝鮮にいるとの情報が寄せられ、政府は同国による拉致被害者に認定した。2002年9月、日朝首脳会談で金正日総書記はめぐみさんを含む13人の拉致を認め、めぐみさんは死亡したと発表。「遺骨」とされる骨も渡されたが、鑑定で別人と確認された。北朝鮮側は、86年に結婚し翌年娘キム・ヘギョン(ウンギョン)さんを出産したが、94年4月に自殺したと主張している(1977年04月撮影) 【時事通信社】
北朝鮮で撮影された20歳前後の横田めぐみさんとされる写真。
1977年11月15日、新潟市で下校途中の中学1年横田めぐみさん=当時(13)=が失踪。97年、めぐみさんは北朝鮮にいるとの情報が寄せられ、政府は同国による拉致被害者に認定した。2002年9月、日朝首脳会談で金正日総書記はめぐみさんを含む13人の拉致を認め、めぐみさんは死亡したと発表。
「遺骨」とされる骨も渡されたが、鑑定で別人と確認された。北朝鮮側は、86年に結婚し翌年娘キム・ヘギョン(ウンギョン)さんを出産した。94年4月に自殺したと主張している 【時事通信社】
北朝鮮が提供した拉致被害者の横田めぐみさんとみられる写真[横田滋さん提供]
1977年11月15日、新潟市で下校途中の中学1年横田めぐみさん=当時(13)=が失踪。97年、めぐみさんは北朝鮮にいるとの情報が寄せられ、政府は同国による拉致被害者に認定した。2002年9月、日朝首脳会談で金正日総書記はめぐみさんを含む13人の拉致を認め、めぐみさんは死亡したと発表。
「遺骨」とされる骨も渡されたが、鑑定で別人と確認された。北朝鮮側は、86年に結婚し翌年娘キム・ヘギョン(ウンギョン)さんを出産した、が、94年4月に自殺したと主張している 【時事通信社】
北朝鮮が提供した拉致被害者の横田めぐみさんとみられる写真[横田滋さん提供]。めぐみさんの影と背景の樹木の一部に影の向きが違っている部分があり、合成された疑いもある。
1977年11月15日、新潟市で下校途中の中学1年横田めぐみさん=当時(13)=が失踪。97年、めぐみさんは北朝鮮にいるとの情報が寄せられ、政府は同国による拉致被害者に認定した。2002年9月、日朝首脳会談で金正日総書記はめぐみさんを含む13人の拉致を認め、めぐみさんは死亡したと発表。
「遺骨」とされる骨も渡されたが、鑑定で別人と確認された。北朝鮮側は、86年に結婚し翌年娘キム・ヘギョン(ウンギョン)さんを出産した、が、94年4月に自殺したと主張している 【時事通信社】
横田めぐみさんの娘と確認されたキム・ヘギョン(ウンギョン)さん。
1977年11月15日、新潟市で下校途中の中学1年横田めぐみさん=当時(13)=が失踪。97年、めぐみさんは北朝鮮にいるとの情報が寄せられ、政府は同国による拉致被害者に認定した。2002年9月、日朝首脳会談で金正日総書記はめぐみさんを含む13人の拉致を認め、めぐみさんは死亡したと発表。
「遺骨」とされる骨も渡されたが、鑑定で別人と確認された。北朝鮮側は、86年に結婚し翌年娘キム・ヘギョン(ウンギョン)さんを出産したが、94年4月に自殺したと主張している(2002年09月30日) 【時事通信社】
北朝鮮・金剛山で、父方の祖母らとの面会にやってきた横田めぐみさんの娘、キム・ヘギョン(ウンギョン)さん。
1977年11月15日、新潟市で下校途中の中学1年横田めぐみさん=当時(13)=が失踪。97年、めぐみさんは北朝鮮にいるとの情報が寄せられ、政府は同国による拉致被害者に認定した。2002年9月、日朝首脳会談で金正日総書記はめぐみさんを含む13人の拉致を認め、めぐみさんは死亡したと発表。
「遺骨」とされる骨も渡されたが、鑑定で別人と確認された。北朝鮮側は、86年に結婚し翌年娘キム・ヘギョン(ウンギョン)さんを出産したが、94年4月に自殺したと主張している(2006年06月29日) 【AFP=時事】
拉致被害者の田口八重子さん。八重子さんの兄の飯塚繁雄さんが外務省に資料提供した写真。
北朝鮮政府は、田口さん=当時(22)=は1978年6月29日、宮崎市の青島海岸から北朝鮮工作員に連行されたとしている。2年後に同じ青島海岸から拉致された原敕晁さん=失踪当時(43)=と、北朝鮮で84年10月に結婚。2人の間に子供はいなかったという。
北朝鮮政府は、田口さんは86年7月、乗用車で帰宅途中にトラックとの交通事故に遭い、死亡したとしている(1977年10月0日) 【時事通信社】
韓国当局が発表した大韓航空機事件の容疑者・金賢姫の教育係「李恩恵(リ・ウネ)」のモンタージュ写真。
78年6月に北朝鮮に拉致された田口八重子さんは、81~83年の約20カ月間、「李恩恵」の名で金元工作員と生活し、日本語などを教えたとされる 【時事通信社】
拉致被害者の原敕晁さん。失踪前の1970年代、大阪で撮影された写真。
大阪市内の中華料理店で働いていた原さん=失踪当時(43)=は、1980年6月17日に宮崎市の海岸に誘い出され、北朝鮮の工作員に拉致されたとされる。
北朝鮮政府は、原さんは北朝鮮に入国後、84年10月に同じ拉致被害者の田口八重子さんと結婚した、が、86年7月19日、咸鏡北道麟山郡で肝硬変で死亡したと説明している 【時事通信社】
拉致被害者の松本京子さん。[特定失踪者問題調査会提供]
松本さん=失踪当時(29)=は、1977年10月21日午後8時ごろ、編み物教室に行くため外出。近所の人が自宅近くで、松本さんとみられる女性が男2人と話しているのを目撃し、声を掛けたが、殴られて負傷した。男らは海岸方向に向かい、松本さんは行方不明となった。
北朝鮮政府は2004年11月の実務者協議で、松本さんについて「入国は確認できなかった」と回答していたが、日本政府は06年に北朝鮮による拉致事件と断定した 【時事通信社】
拉致被害者の松本京子さん(撮影日不明)。
松本さん=失踪当時(29)=は、1977年10月21日午後8時ごろ、編み物教室に行くため外出。近所の人が自宅近くで、松本さんとみられる女性が男2人と話しているのを目撃し、声を掛けたが、殴られて負傷した。男らは海岸方向に向かい、松本さんは行方不明となった。
北朝鮮政府は2004年11月の実務者協議で、松本さんについて「入国は確認できなかった」と回答していたが、日本政府は06年に北朝鮮による拉致事件と断定した 【時事通信社】
拉致被害者の久米裕さん(撮影日不明)。
警備員として三鷹市で勤務していた久米さん=失踪当時(52)=は1977年9月、休暇を取得中に上司へ電話をかけ、「宇奈月温泉(富山県)にいます。休みが終わったら、出勤します」と話した後、連絡が途絶えた。
警察の捜査によると、久米さんは知り合いの在日朝鮮人に石川県の宇出津海岸に誘い出され、迎えに来た北朝鮮の工作船に乗せられ拉致された。北朝鮮側は久米さんについて「入国していない」と回答し、安否は確認されていない 【時事通信社】
拉致被害者の曽我ミヨシさん(撮影日不明)。
曽我さん=失踪当時(46)=は1978年8月、娘のひとみさん=同(19)=とともに新潟県佐渡島の自宅近くの海岸で北朝鮮の工作員に拉致された。ひとみさんは2002年に帰国したが、北朝鮮政府はミヨシさんについて「入国を確認していない」と回答し、安否は確認されていない 【時事通信社】
拉致被害者の有本恵子さん(撮影日不明)。
有本さん=失踪当時(23)=はロンドン留学中の1983年、よど号ハイジャック事件のメンバーらによってデンマークのコペンハーゲンに誘い出され、そこから北朝鮮に拉致された。
北朝鮮政府は、有本は85年12月に同じ拉致被害者の石岡亨さんと結婚、翌年娘を生んだ、が、88年11月4日にガス中毒で子どもを含む家族全員が死亡したと説明した 【時事通信社】
拉致被害者の石岡亨さん(撮影日不明)。
石岡さん=失跡当時(22)=は欧州滞在中の1980年に失跡。北朝鮮政府は、同国の工作員が日本語教師の獲得のため石岡さんを拉致したことを認めた上で、85年12月に同じ拉致被害者の有本恵子さんと結婚し、娘をもうけたが、88年11月4日にガス中毒で子どもを含む家族全員が死亡したと説明した 【時事通信社】
拉致被害者の増元るみ子さん(撮影日不明)。
増元さん=失踪当時(24)=は1978年8月、当時交際していた市川修一さんとともに鹿児島県日置市の海岸で、北朝鮮工作員に拉致された。
北朝鮮政府は、増元さんは入国後の79年4月20日に市川さんと結婚したが、81年8月17日に心臓病で死亡したと説明した 【時事通信社】
拉致被害者の市川修一さん(撮影日不明)。
市川さん=失踪当時(23)=は1978年8月、当時交際していた増元るみ子さんとともに鹿児島県日置市の海岸で、北朝鮮工作員に拉致された。
北朝鮮政府は、市川さん入国後の79年4月20日に増元さんと結婚した、が、同年9月に海水浴場で心臓麻痺のため死亡したと説明した 【時事通信社】
拉致被害者の松木薫さん(撮影日不明)。
熊本市出身の松木さん=失踪当時(26)=は語学の勉強のために滞在していたスペインで1980年5月ごろ行方不明になった。松木さんはスペインで知り合った石岡亨さんとともにウイーンへ行き、そこで拉致されたとみられている。
北朝鮮政府は日本政府に対し、松木さんは96年に交通事故で死亡したと説明した 【時事通信社】
拉致被害者の田中実さん(撮影日不明)。
神戸市出身の田中さん=失踪当時(28)=は同市内のラーメン店で働いていた78年6月6日、成田空港からウィーンに向けて出国し、そのまま消息不明となった。
日本政府は2002年10月の日朝国交正常化交渉の際などに、田中さんの所在確認を要求していたが、北朝鮮側は「入境が確認できない」と返答していた 【時事通信社】
(資料の 転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。私には、もうこれ以上、今は何も言うことがない。 副島隆彦拝
【2809】[3265]あの証明書
内閣官房がワクチン接種証明について意見募集しています。
詳しく見ていませんが、意見募集の締切日は書いてないようです。
とりあえずURLだけ貼っておきます。
♦内閣官房/ワクチン接種証明について
https://corona.go.jp/package/
♦意見の投稿ページ
https://corona.go.jp/package/form/
【2808】[3264]個人備蓄の時代
タイトルは先生の著書「個人備蓄の時代」ですが、7日に関東で発生した震度5強の地震のことではありません。迫りくる経済崩壊に備えておくための個人備蓄です。既に世界的な原材料価格の高騰で、食品・電気・ガス等が値上げを予定しており忍び寄るインフレの足音は大きくなるばかりです。
収入は増えなくても物価上昇するスタグフレーションの公算も大きくなってきました。そして、2024年の預金封鎖へと続く道のりが続くように思えます。
近未来を想定して思索に耽るのは知的好奇心を大いに刺激してくれますが、どこか評論家気どりになっている自分がいることに気づくのも事実なのです。
地に足のついていない状態を修正し、現実を直視するならば、これから3~4年はこれまでに体験したことのない経済的な困難に耐え続けることになります。
日本における直近のインフレと言えば、約48年前のオイルショックが挙げられます。消費者物価指数が20%以上も上昇して、当時の大蔵相だった福田赳夫元首相が「狂乱物価」と名付けたと記されています。
また、「質の悪い貨幣が流通すると物価が上がる」とも言われています。先進国が足並み揃えて金融緩和ばかり行っているのは、まさに世界中で質の悪い貨幣を流通させているのと同じで、大きな金融ショックの到来を示唆しているように思えます。
一方、ハイパーインフレの定義を調べてみると、経済学者のフィリップ・ケーガンは「インフレ率が毎月50%を超えること」と定義しています。国際会計基準では、「3年間で累積のインフレ率が100%以上」となっていることをハイパーインフレの条件のひとつにしているようです。
2013年には、キプロスで預金封鎖が行われました。しかしキプロスはハイパーインフレになっておらず、銀行救済が理由とされています。インフレになっていなくても国家の意思で預金封鎖が可能であることは重要な事実と思われます。
翻って、これからの数年間は悪い意味で濃密な時間を過ごさなくてならないかもしれません。歴史の生き証人になるには、相応の代償を払わなくてはいけないようです。
狂乱物価から預金封鎖へと続く数年をしたたかに生き抜くには個人備蓄が欠かせません。「自然災害も多い日本で今頃、備蓄と言っているのは間抜け」と嘲笑されるかもしれません。しかし、生活必需品が店頭から消えたり、異常に値上がりしても、しぶとく生き抜かなければなりません。
先生の著書は刊行から数年後に購入しましたが、いつのまにか積読になっていましたので今から読みます。駄文が続いてしまいましたが、備えあれば憂いなしです。
【2807】[3263]海外投資家
下の記事に追加で私が今回の日経平均の急落がやっぱり岸田ショックなのかなと考え直した理由は海外投資家の巨額の売りです。
(引用始め)
東証主体別売買動向:9月第5週、外国人・現先合計は1兆7505億円の大量売り越し
https://minkabu.jp/news/3092475
東京証券取引所が7日に発表した9月第5週(9月27日~10月1日)の投資部門別売買動向は、現物の海外投資家が4889億8211万円と3週連続の売り越しとなった。前週は2691億8807万円の売り越しだった。
先物ベース(日経225とTOPIXの先物・mini合計)では外国人は1兆2615億円の売り越し。現物・先物の合計では1兆7505億円と2週連続で売り越した。20年2月第4週(1兆7695億円の売り越し)以来、1年7カ月ぶりの大量売り越しとなった。前週は2737億円の売り越しだった。現物での個人投資家は5516億861万円と6週ぶりの買い越し。信託銀行は3475億8952万円と5週連続の売り越しとなった。事業法人は378億3275万円と19週連続で買い越した。
この週の日経平均株価は終値ベースで1477円(4.9%)下落している。
(引用終わり)
文章を書く前は引用しようと思っていたのですが書いてるうちに忘れてしまいました。
後から自分の文を読み直すと毎回下手だし考えがまとまってないなと感じます。
【2806】[3262]岸田ショック
昨日やっと反発しましたが、岸田政権誕生前後で日経平均が急落しました。8月末からの急上昇で一時は3万円回復しましたが、結局いってこいになりました。早速、「岸田ショック」と呼ばれてます。
(引用始め)
「岸田ショック」? 東証、12年ぶりに8営業日連続で下落
https://mainichi.jp/articles/20211006/k00/00m/020/307000c
「ご祝儀相場」はどこに――? 岸田文雄首相が自民党総裁に選出されて以降、株価下落が加速している。日経平均株価は、8営業日連続で下落。岸田氏が総裁に選出された9月29日からの下げ幅は2000円を超えており、市場では「岸田ショック」との声も出ている。
6日の日経平均株価の終値は、前日比293円25銭安の2万7528円87銭。大幅下落した5日と合わせると、岸田政権発足後わずか2日で900円超下げたことになる。8営業日続落は2009年7月以来、12年ぶりだ。
(引用終わり)
一部では、金融所得課税の影響もあるのではと言われてます。
(引用始め)
金融所得課税見直し「選択肢の一つ」 首相が検討明言
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA04BN60U1A001C2000000/
岸田文雄首相は4日の記者会見で、金融所得課税の見直しを検討する意向を示した。「選択肢の一つとして(自民党総裁選で)挙げさせてもらった」と述べた。一律20%の税率を引き上げて税収を増やし、中間層や低所得者に配分することなどを検討する。「新しい資本主義実現会議」を新設し、議論を進める考えを示した。
(引用終わり)
私は当初、岸田政権の影響というよりは、日経平均が短期間で急激に上昇し過ぎた事、米政治の影響受けて米株が軟調なこと、中国の不動産問題、中国の祝日による日本市場でのヘッジ売り、半導体、エネルギー価格高騰やインフレ懸念、コスト高による企業業績懸念、日経平均銘柄入れ替えによるEPSの切り下げなど複合的な影響の方が大きいと思ってました。
ただ、日経平均が8日続落した9月28日から10月6日までの期間をみると、日経が9%下落していて、他国の指数と比べて突出した下落率なので、やっぱり「岸田ショック」なのかなと思うようになりました。
冒頭の記事の通り8日以上の続落は09年以来の12年ぶりで当時は麻生政権が支持率低下に苦しんでました。9日続落した直後、麻生政権が解散し選挙を経て鳩山政権が誕生しました。
今回は、菅政権が退陣し岸田新政権が誕生したことにより内閣支持率は回復しましたが、各社の調査をみると、支持率は社によって幅はありますがどの社も高くありません。
(引用始め)
「まさか岸田政権の支持率がこんなに低いとは…」世論を甘くみていた自民党の大誤算
https://president.jp/articles/-/50696?page=1
発足直後の岸田政権に早くも逆風が吹き始めている。報道各社の世論調査で岸田内閣の支持率が思いのほか低いのだ。政権発足直後の「ご祝儀相場」のまま衆院選に突入して圧勝する短期決戦シナリオを描いていた自民党。「こんなはずでは」のささやきも漏れ始めた。
岸田政権発足に合わせて報道各社が行った調査結果をまとめておこう。
共同通信社が支持率55.7%、不支持率23.7%
朝日新聞が支持率45%、不支持率20%
毎日新聞が支持率49%、不支持率40%
読売新聞が支持率56%、不支持率27%
日経新聞が支持率59%、不支持率25%
(中略)
一連の数字の「幅」に関しては今後、精緻に検証する必要があろうが、各社のデータで一致する点がある。岸田内閣の支持が、想定より低いということだ。自民党内の予測では「岸田内閣の支持は6割程度だろう」との見方が強かった。
菅内閣の末期には3割ギリギリの支持率にあえいでいたのと比べると、岸田内閣の支持率は、相当回復している。しかし、内閣発足時の数値としては低い。例えば共同通信の調査で比較すると支持率の55.7%は、2001年の小泉純一郎氏以降、10人の首相の中で2番目に低い。最も低かったのは08年に就任した麻生太郎氏の48.6%である。
麻生氏は1年後の衆院選で大敗して政権から転落した。そう考えると岸田内閣はかなり危険水域からの発進といえるのだ。この傾向は、各社の調査とも似た状況となっており、「小泉氏以降2番目に低い」「麻生内閣、福田康夫内閣に次いで3番目に低い」というデータが並んでいる。
(引用終わり)
発射台がここまで低いと当選回数が少ない与党議員ほど、選挙に不安を持つと思います。
株式市場も選挙への不透明感で中々買いが入り難い状況だと思います。通常なら選挙は株高要因なのでどこかで反発局面は来ると思いますが、10月は米株のボラティリティが高く、政治への不透明感があり上値が重い展開になるのではと思っています。
【2805】[3261]はい、はい、地震、地震。
多分、軍産複合体のやつらが何かやらかしてるんだろうな。
地球深部探査船地球とかCCSでしょ。やだやだ。
【2804】[3260]我々が正しく左翼を理解しないかぎり政権交代の気運など盛り上がるはずがない
真説日本左翼史 戦後左派の源流 1945-1960 池上彰 佐藤優 講談社現代新書 2021/5
真説 日本左翼史 戦後左派の源流 1945-1960 (講談社現代新書)
自分を含め、<支持政党>がないという方はぜひお読みください。田舎の書店でも平置きされているのでとても売れているのでしょう。
与野党の本質(本音)が池上彰氏と佐藤優氏の対談で詳らかになっています。
ただし、池上彰氏、佐藤優氏ともに反共産党と日本共産党からは見られている人ですから、やっぱり著者の立ち位置でそれなりのバイアスがかかっているとして読むのが正しいです。
以下、書評ではなく、学生運動がなんであったのかもよく理解していない愚にも付かないできそこないの”感想文”です。
■左翼とリベラルは対立する概念
<blockquote>(抜粋はじめ)
佐藤 そうです。ですから左翼運動は世界的に見れば明らかに復活の兆しがありますし、その波は遅かれ早かれ日本にも必ずやってきます。だからこそ今のうちに、左の教養を学んでおく必要があるのです。
「リベラル」と「左翼」は対立的な概念
佐藤 左派の視点から近現代史を据え直すことが必要と考える第二の理由は、左翼というものを理解していないと、今の日本共産党の思想や動向を正しく解釈できず、彼らの思想に取り込まれる危険があるということです。問題は、最近の若い人たち-私たちからすると「若い人」というのは40代まで含めた話ですが-は、左翼のことをあまりにも知らなすぎるということです。私が最近一番それを感じて危ないと思ったのが、数年前から噂されている「枝野革マル派説」です。
中略
これがありえないということは、枝野氏の出身大学である東北大学が一九八〇年代ひゃ中核派の主要拠点の一つであることを理解してさえいればわかるはずなんですよ。仮に彼の年代で、東北大学で革マルのシンパなどやっていたら、リンチに遭って学業を全うできるはずはありませんから。そういうことを含めて愚にもつかない話が、いまネットを中心に山ほど転がっているんです。
池上 立憲民主党と革マルのつながりを安易に信じてしまうくらいだと、学生運動や過激派の流れを作った「新左翼」と共産党の区別もついていないんでしょうね。
佐藤 あるいは「左翼」と「リベラル」が全然別の概念だと言うことも理解されていません。本来はリベラル(自由主義者)といえば、むしろ左翼とは対立的な概念です。たとえば左翼は鉄の規律によって上から下まで厳しく統制され、またそれを受入れるものであったのに対して、リベラルは個人の自由を尊重する思想ですから、そうした規律を嫌悪します。でも今では、左派とリベラルがほとんど同じように考えられています。
(抜粋おわり)</blockquote>
このように序章からして、いまの日本において左翼という言葉自体が、これからの世界の潮流とは異なりその本質までも大きく曲解されていることへの佐藤氏の危惧感が伝わります。現に自民党の反対勢力が左翼であるかのような幼稚な論理だけがネットに蔓延り、「右翼/左翼」という政治スタンスを正しく理解していないのです。
とは言っても自分も新左翼とよばれた60年安保に対する学生運動は、ノスタルジーな古色蒼然という響きで、いくら「血を流すほどの激しい闘いがあった」と力説されても、すべてが他人事のように感じておりました。
しかし、本書によって左翼と1960年代の学生運動の主体である新左翼へのつながり、そして戦後に政党として認知された共産党と社会党の違いはなんであるのか(根本が大きく違う)が理解できるわけです。
そして本書で佐藤優氏が若い世代(これから社会を担うであろう40代以下の世代)が共産党が<密かに抱え続けるレーニン主義>に取り込まれることへの危惧を執筆の動機として明白に述べています。
レーニン主義とは何かというと、一言で言えば「暴力と粛正」です。だから軍事力や核兵器は共産党では自分たちが所有し実行することは善である。ソ連(当時)の所有する核兵器は正義の核兵器なのだという欺瞞に満ちたもの。
共産党の欺瞞の最たるものは、終戦直後に徳田球一委員長が占領した連合軍を「解放軍」として讃え、当時のソビエトのスターリン独裁体制を賛美したことでしょう。
さらに既存権力を打倒するには敵の敵は味方という論理で中国共産党ととても相性がよい。
■共産党と社会党という二大左翼政党のおさらい
まず、なぜこのような投稿をしようと思い立ったのかという理由を述べます。
この前の東京都議会選挙(2021/7/4)で菅政権に対して抗議の意志を示すために、共産党候補者に投票したという人が少なからず身の回りにいました。
プロレタリーアート(労働階層)とは対極な富裕層やある程度の社会的成功を収めた層が(一時的にせよ)共産党支持を広言することに驚いたからです。
とくにコロナ対策では及び腰な後手後手の対策をする自民党の対極として共産党ととらえる人が意外と多いのです。
しかし自民党以上にアメリカ、中国、ロシアへの面従が強く、全政党では群を抜いた国家統制を標榜する共産党にはリベラル(個人自由主義)の片鱗など一片もありません。
与党である自民党+公明党への対立軸ではなく、野党においては一層の権力集中と武闘を善とする傾向が強いのが共産党であると言えます。
だからこそ急いで過去の左翼(と広く認知されている)政党の系譜を再確認しておく必要がある。
<blockquote>(抜粋はじめ)
池上 (中略)まず共産党について説明すると、正式名称は「日本共産党」。戦前の1922年7月15日に、日刊紙『萬朝報』の元記者で、秘本で始めてマルクス・エンゲルスの「共産党宣言」を翻訳したことで知られる堺利彦ら八名の社会主義者たちが、ロシア革命のような社会主義革命をにほんでも実現するために結成しました。結党数ヶ月後には、社会主義革命を推進するための国際組織「コミンテルン」に加盟し、「コミンテルン日本支部 日本共産党」となります。
私有財産制度を否定し君主制(天皇制)の廃止を掲げる共産党の主張は当時の日本政府にとって容認できないものでした。政府は共産党結党翌年の一九二三年に関東大震災後の混乱を受け禁中勅令を公布して共産党の取り締まりに当たり、一九二五年には治安維持法を制定して弾圧しました。
戦後は合法政党となり、全国に二七万人(2019年時点)の党員を抱え、衆議院に12、参議院に13の議席を占めるに至っていますが、現在も革命政党であることを綱領で謳っています。ただし現在の日本が必要としているのは社会主義革命ではなく、「異常な対米従属」と「大企業・財閥の支配」を打破して、日本の真の独立を勝ち取り、政治・経済・社会の民主主義的な改革を実現することだと主張しています。
この民主主義革命を資本主義の枠内で行うことが当面の使命というわけですが、これをどう受け取るべきなのかのついては、後で佐藤さんから詳しく説明があるでしょう。
一方で社会党の正式名称は「日本社会党」。こちらは戦時中に息を潜めていた非・共産党系の労働運動家や無産政党、つまり戦前の合法的社会主義政党の関係者たちが戦後間もない1945年11月に大同団結してできた政党でした。
ただこの政党は、それぞれの国家観や社会観にはかなりのバラツキがありました。左派は共産党とは違う方法論を志向していたもののの、マルクス主義的な社会主義革命の実現を目指している点では同じで、多くは天皇制にも否定的な考えを持っていたのに対して、右派は反共産主義的な考え方を持つ人が多かったからです。
このような左右の幅が広すぎる党派だったがゆえに、ソ連に対する考え方や天皇観、さらに日本が再軍備をすることをめぐってたびたび意見対立が起こり、右派と左派に分裂したり、また再統一したりを繰り返しました。しかし見解が違う両社がひとつの党を形成したことで少なくとも一時期は野党としての強さが発揮されていたのも事実で、このあたりについては第二章あたりで詳しく述べましょう。
一九九六年に社民党(社会民主党)に党名変更して現在も存続していますが、党員は共産党にはるかに及ばない一万四五四九人(2019年2月末現在)。国会での議席も衆参に一議席ずつ持っているにとどまっています。
(抜粋終わり)</blockquote>
社民党の衆参一議席とは沖縄選出の照屋寛徳(沖縄2区)と福島瑞穂(全国比例)です。(沖縄の選挙区では共産党と立憲民主党も衆議院に1議席のみです)
共産党は戦後すぐの47年にはマッカーサーの指示を受入れてゼネラルストライキ(2・1スト)の中止を決めて労働運動からは一線を画すようになり、50年以降はコミンフォルムから平和革命路線を批判されたことで一部が武力闘争に走り、党内は分裂していった。
一方の社会党は朝鮮戦争、そして米ソ東西冷戦という時代背景で、日本もその戦いに巻き込まれる危機感から「全面講和、中立堅持、軍事基地反対、再軍備反対」の平和四原則を打出し、過激さが増す共産党よりもマルクス主義的な社会党左派に支持が集まるようになっていく。1955年には自民党は社会主義革命が起きる危機感から、自由党と民主党が合併し自由民主党ができあがります。
■社会党の向坂逸郎が本領発揮した三井三池炭鉱の労働争議
1953年(昭和28年)、1959年(34年)と1960年(35年)のストライキが社会党の絶頂期で、支持母体である日本労働組合総評議会(総評)も左傾化していく。
福岡県大牟田市にあった三井三池炭鉱は現在、三井化学という会社となっており、大河ドラマ「青天を衝け」の主人公・渋沢栄一が官営の炭鉱を払い下げてもらったのが三井三池炭鉱です。
石炭は製鉄にも不可欠であり、蒸し焼きで得られる化学物質から化学工業が生まれました。
渋沢栄一が最初に作った化学製品は藍色の化学染料です。渋沢の生家は藍玉を商っていたからです。
■フルシチョフのスターリン批判とハンガリー動乱
社会党が各労働組合を束ねる大所帯となり、60年安保闘争の頃には、スターリン死後(1953)のフルシチョフによるスターリン批判(1956)が、また同年にはハンガリーへのソ連軍事介入が共産党シンパの大量離脱を招き、社会党へ大量に流入していく。
この結果、トロッキスト聯盟(四トロ)、革命的共産主義者同盟(革共同)、革共同全国委員会(後の中核派)からは日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義者(革マル)といった左翼の新勢力が社会党内で生まれていった。
社会党の党員は過激化する一方で、労働組合という大票田を抱える社会党議員はぬるま湯体質となり、馴合いが過ぎて与党との談合体質に染まっていったと佐藤・池上両氏は批判しています。その後は労働貴族の政党となった社会党は再び離合集散へと流れてゆきます。
■創共協定(七五年)を結んだ宮本顕治の卓越した指導力
この本の最後の方には共産党の宮本顕治(1908-2007)と池田大作との交流を佐藤優氏は「必要と見れば創価学会とも手を取り合える宮本顕治という傑出した指導者がもし出ていなければ、共産党がここまで拡大することはなかったのは間違いありません」と太字で述べています。
1991年ソ連崩壊という共産主義大国の大団円となっても、宮本は強い指導力を発揮して『日本共産党』の党名を守り抜いたということ。
ソ連崩壊を赤旗紙上で<歓迎する>と一面で打ち上げ、ゴルバチョフを悪者・裏切り者として斬り捨てて(アンドロポプとチェルネンコは賛美して)アクロバティックに政党の存在理由の崩壊を切り抜けたということ。
一方で東西冷戦の終焉で混乱したのが社会党で、93年非自民連立政権(村山富市政権)でガタガタと骨抜きされていきます。骨抜きされた骨は何かというと、マルクス主義の放棄(と村山富市の自衛隊の容認発言)です。こういったいきさつで一気に日本中の左派からの失望落胆を買い、支持を急速に失ったのはご存じの通りです。
68年頃の学生運動と70年安保の中核派と革マル派による内ゲバ、連合赤軍の重大事件などを中心池上彰・佐藤優両氏の対談はさらに続編として続くようです。
あとがきで佐藤優氏は
(抜粋始め)
富が東京に集中する傾向は今後、一層拡大するであろう。東京は、富裕層と中間階級上層(世帯所得2000万円以上)に人々と、人でなくてはできない仕事に従事するエッセンシャルワーカーや低賃金のサービス業に従事する人々に二極化してゆくだろう。
特に東京では教育格差が拡大していくと思う。日本では大学院上の教育を受けて修士号を持ち、外国に留学し、博士号を取得したビジネスパーソンや高級官僚が増えてくる。この人たちは日本語だけではなく、英語と中国語を流暢に操るであろう。高度な知的訓練を受けていることが、富裕層や中間階級上層に加わる条件になってくるだろう。
他方、大学を出ても、自らの専門知や技能を仕事に生かすことができない高学歴ワーキングプアも少なからず出てくる。地方経済は別の生態系を持つ。(以下略) (抜粋終わり)
とあります。富裕な中間階級ではない残りの80%(つまり読んでいる我々)の選択次第というメッセージと受取りました。
【2803】[3259]フェイスブックの機能停止はホワイトハットの仕業
Mari love usaさんのgettrのツイートから。
https://gettr.com/user/mariloveusa
https://gettr.com/post/pdag6zdf08
(引用開始)
the FB blackout. Because after FB was restored, the POTUS FB page was restored. LOL
FBのブラックアウトは間違いなくホワイトハットの仕業です。なぜなら、FBが復旧した後、POTUSのFBページが復旧したからです。
https://m.facebook.com/DonaldTrump/
Posted on 6:30 AM ・ Oct 6th, 2021
(引用終わり)
ヤフーニュースから。
【速報】フェイスブック・インスタグラムにアクセスできない状態続く
2021/10/5(火) 2:26配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/a06d77d86610597fc9a2e66f1fe712c6c3c72e0c
(引用開始)
「フェイスブック」や「インスタグラム」などにアクセスできなくなる障害が世界規模で起きています。
記者
「ロサンゼルスは2021年10月4日月曜日の午前10時すぎです。パソコンでフェイスブックにログインすると、このようにエラー画面が表示されます。アクセスできません」
アメリカメディアによりますと障害は4日午前、日本時間のきょう1時前には起きていたとみられ、世界規模で交流サイト「フェイスブック」と写真共有アプリ「インスタグラム」、それにメッセージアプリの「ワッツアップ」にアクセスできなかったり、情報を更新できなかったりする状態が続いているということです。
記者
「フランス・パリでもフェイスブックが開けません。このようにクリックしても、アクセスできないと表示されます」
記者
「こちらロンドンでも、やはり、開きませんね」
原因や復旧の見通しなどは明らかにされていません。(05日04:05)
(引用終わり)
【2802】[3258]自民党の総裁選挙の結果が出て、私の考えを書く。
副島隆彦です。 今日は、2021年9月30日(木)です。
昨日の自民党の総裁選のテレビ中継を、私は見ていた。夕刻に結果が出たので、そのあとひと眠りして、他の仕事を終わらせてから、以下のように書く。
まさしくダブルスコアで、決選投票は、岸田(議員票、249票)対 河野(議員票、131票)で、岸田が勝った。この数字がこのあとずっと大事だ。
岸田文雄の支持勢力は、中間派 である。 ② とする。それに対して、河野太郎が、日本の保守党、保守勢力の 中の改革派であり、世界基準では、温厚なリベラル派である。私、副島隆彦は、本気で、日本の政治言論の中に、大きく復活、復興させたいと考えている「自民党ハト派」の勢力である。これを①とする。
世界基準では、①は、アメリカ帝国に屈従するばかりではなくて、隆盛する中国帝国とも仲良くして、これからの日本国の安全と平和を守って行こうとする勢力である。
私たちの学問道場は、この ① の「アジア人どうし戦わず」の、河野太郎(58歳)が、はっきりと体現し、これからも、この勢力を代表することが決まった、自民党ハト派 ①を、信頼して支持して応援する。私のこの書き方が気に入らない人は、学問道場に近寄らないでください。二階俊博が言った通り「考えが合わない人は(派閥から)出て行きなさい」だ。
河野太郎と 石破茂(いしばしげる) には、人間として裏表(うらおもて)がなく、人を裏切ることがなく、政治家としての能力もあり、勢力をこれから代表してゆく人間だ、ということが、今度の自民党内での闘いを見ていて、はっきりした。私は、石破茂を個人的にも知っている。
それから新たに登場した、福田達夫(ふくだたつお)を、私たちは注目し、これから大事にしなければいけない。
そして、悪、ワルの ③の勢力の代表、頭目の 安倍晋三が、まだ性懲りもなく、このあともキングメイカーとして、君臨ではない、居座る 反共右翼 の勢力だ。この③ は、生来の悪人で、ヘンな政治宗教に狂った、人を騙してでも自分の利益ばっかり考える、生まれながらの暴力団体質の人間たちだ。
私たちは、この者たちと、同じ日本人としてこれからも生き続けるのだと、はっきりと分からなければいけない。安倍晋三と麻生太郎は、自分たちがやってきた、まさに違法で犯罪的な、あれこれ噴出した政治的不正を、傲慢に居直りで乗り切って、権力者の座にしがみついている醜い人間たちだ。
この敵の存在をしっかり見極めて、注意、用心、警戒している限り、私たちは、簡単には、この③の 「わるもん」人間たちに嵌(は)められて、ひどい仕打ちをされることはない。
自分の敵(エネミー)が、どういう人間たちかを、はっきりと確認して、知っていることは、自分を守るために必要なことだ。
③の連中に対して、私たちは、人間として、「よいもん」(良い人間たち。good guys グッド・ガイズ)である。 そして、あいつら③の反共右翼たちは、「わるもん」の bad guyバッド・ガイ どもである。
これを、普通に ① 善人 ( ③ 悪人に対して) と言ってもいいのだが、私たちが、自分のことを善人(ぜんにん。good natured person グッド・ネイチャード・パーソン)と、無前提に呼ぶと、なんだか、「人にすぐ騙される、生来のアホ」の感じが、善人と言うコトバには付きまとう。
だから、私、副島隆彦は、ここでは、あまり「自分たち ①の勢力は、この世の善人だ」と言わないで、ただ、「あれこれ、人生の苦労を知ってる、他の人間たちを、たくさん見てきたうえでの、よいもん(良い者)だ」と自称し、自己定義(セルフ・デフィニション)をする。
この自民党と言う、長年、日本の支配政党(支配権力集団)である、自民党を、①(自民党ハト派。本来の保守が持つ、周りに親切で穏やかな人間像 )、 ②(中間派。 抜け目なく、常に自分が上手に生き残るこを考える多数派 ) そして、 ③(反共右翼の悪人ども。代表、安倍晋三)に、分ける。そして、この3分類の中に、自分自身をも入れて、自分は、①の勢力に入るのだ、と、決めることは、大切なことだ。
いつも「ものごとは決めつけてはいけない」という、注意深さの大切さを知っている人たちは、一歩、うしろに退(ひ)く だろう。だが、あんまり、「決めつけない」ばっかりやっていると、「一体、自分は何者か」の問題が出てくる。
今の人間は、自分を、政治的な、社会関係での、傾向、人格、性向において、どこに分類される型、モデル、タイプかを、ある程度、決めつけることも大事だ。自分もどこかの集団に分類され、所属するのである。
そうしないと、いつまでたっても、「自分は、すべてのことにおいて傍観者だ」となる。
傍観者は、ぼーっとして、自分とは一体、何者かを、言う、表見することが出来ない。それを、アホ(頭の悪い人)という。 そういう人間が、私たちのまわりにたくさんいる。
自分をアホだと気付かない。なぜなら、「自分は、まわりに自分の政治的な立場や意見を、一切、公表することはないし、それは危険なことなので、言わないことにしている」という生き方は、そんなに優れた生き方ではないからだ。自分を甘やかしているだけだ。
あるいは、単に頭が悪いのだ。そういう人たちは、ただの大衆として、生きて、そして死んでゆけばいい。そんな人たちを、私たちの学問道場は相手にしていない。
「大衆( the masses ザ・マッセズ 、mob モブ、hoi polloi ホイ・ポロイ)を馬鹿にするな」と、ここでは言うな。私たち自身が、同時に大衆なのだ。
今日は、私は、日本の野党勢力の話はしない。だから、野党勢力の、どこをどのように支持し、応援するか、ということは書かない。
勝利して、新(しん)総裁になった岸田文雄( 中間派 ②) が、新(しん)首相になるのだろうが、それは、10月4日の臨時国会の日に「首班指名(しゅはんしめい)」を行われて、そのあと衆議院を解散して総選挙なるのだろう。
11月初めか(?)の衆議院選挙に何とか勝って、公明党との連立政権を作って、それで、岸田内閣が出来るのだろうが、それは、1年ぐらいしか保(も)たないだろう。 そうしたらまた選挙だ。
この②の中間派の寄り合い所帯の、のほほんとした岸田が首相では、日本の政治は何の変化も作れないので、国民が、すぐに飽き飽きして希望を無くす。 岸田(宏池会、こうちかい) は、③ の悪人(あくにん、ワル)にもなれないので、「現実政治(リアル・ポリティックス)は、悪(あく)が支配する」という マキアベッリが作った政治原理にしたがうことが出来ないから、短命に終わる。
岸田を首相にして、このあとも、自分たちが操(あやつ)ることが出来ると、にんまりしている、③の麻生太郎 と、安倍晋三は、麻生が言い放った「これは権力闘争だ。負けた方は冷や飯を食うのだ」の通りになる。だが、それは闘いの継続の中で、次の闘いへの布石だ。
憲法改正を公然と言い、「靖国神社に参拝してはいけない理由が私には分かりません」と公言する(このことは、私が、副島隆彦が、近く説明する) 高市早苗(たかいちさなえ)を支えた、一回目投票の議員票は、114票だった。これが、自民党内に存在する 反共右翼(極右)の ③ の勢力だ。その正味であり丸裸の真実の数字だ。
安倍晋三が、必死に電話をかけまくって、「よろしく頼む」と若い議員たちひとりずつを圧迫したことで獲得した者たちを含めて、統一教会(Moonie ムーニー)と 日本会議の議員たちの、真実の数字だ。この数字が表に出て、はっきりした。私にとっては、これが最大の収穫だ。
この114票( ③の 勢力) は、決戦投票で、すべて岸田に行った。それで、岸田が、249票に膨(ふく)らんだ。
これ以外に、二階派の42票が、おそらく全員一致で、派閥の決議で、「勝ち馬に乗ること」として一斉に岸田に向かった。 本当は、この二階派の票42票は、明らかに、①の自民党ハト派の票である。二階俊博は、明らかに、穏(おだ)やかな、アジアの平和、中国との融和(ゆうわ)を主張し続けた温厚な①の政治家である。
二階は、河野太郎の敗北を、すでに9月20日ごろには判断して、冷静に「岸田に、派閥として、全員まとまって投票すること」と決めた。
私は、自分の情報源である、内閣官房長官もした政治家から、「岸田で決まりだ。議員たちの間では決まっている」と、9月20日の時点で聞いていた。しかし、それを、私はそのまま書くことをしなかった。 なぜなら、それでは、敗北主義だからだ。次の闘い、未来への架け橋とならない。
だから、寄り合い所帯で出来上がる、妥協の上に成り立つ、見るからにどうでもいいような岸田政権(中間派、②)への期待は、国民の中に無いし、政治家(議員)たち自身の中にもない。ここにいる政治家たちには理念がない。
総裁選の全国の自民党員たち110万人の、本当は、7から8割は、河野太郎の、自民党改革に期待した賛成だった。だから、全国の自民党員たちは、1955年に、鳩山一郎と河野一郎(今の太郎の祖父)と石橋湛山(いしばしたんざん)に期待して、圧倒的に人気が有った通り、今度も、河野太郎を応援した。
しかし、「職域(しょくいき)党員票」と呼ばれる、会社ごと丸ごと自民党員になっているような組織は、経営陣や社長からの圧力で、岸田に投票せよになった。
来年から、さらにアメリカ帝国の凋落、衰退が、どんどん進んでゆけば、中国帝国の力は強まる。中国は、用意周到に、日本に対しても(世界の一国として)、じわじわとあらゆる方向から影響力を浸透させている。これに対して、③のわるもんの反中国右翼たちが、泣き叫ぶように、「中国と戦う」と喚(わめ)くだろうが、どうせ勝てない。勝てないと、③の勢力自身が、今では、はっきりと知っている。口で言わないだけだ。
なぜなら大きな世界の動きからしたら、もう自分たち極右勢力が、劣勢だから。
9月26日に、ドイツでも行われた、総選挙(連邦=ブンデスラント=選挙)でも、① のSPD(エスペーデー。ドイツ社会民主党)が、②のCDU(ツエーデーウー。キリスト教民主同盟。ドイツ保守党。メルケル首相)を、わずかに上回った。両方とも、得票率25%ぐらいだ。 これでドイツの政治は安定する。16年も首相(カンツエラー)をやってドイツ国民から深く尊敬されている、メルケルは、嬉しそうにしていた。
自分の党であるCDU(ドイツ保守党)が、7%の支持率を落として、SPDに負けたのに、女傑のメルケルは、余裕たっぷりだった。「これでSPDとCUDの大(だい)連立政権が続く。これでドイツは安心だ」と。 ドイツの 極右勢力である、①の AfD(アーエフデー。「ドイツのための選択」党 )は、13%から10%に落ちた。ここのふたりの指導者が、敗北の責任のなすり合いで険悪になっている。
このAfD の他に、私は、いけ好かない緑の党( Der Grune デア・グリユーネ)という環境保護優先のヘンな政党が有る(旧ナチスが入っている)。ここは、私の厳しい判断では、どうも、③の ワルたちにしか見えない。ここも13%ぐらいの支持がある。
こういう世界の動きの一部としての日本がある。私、副島隆彦は、だけは、世界政治の分析家として、「常に世界との動きの余波、影響で、日本も動く」という見方を忘れない。
この見方を、「外側から日本を見る見方」という。英語で、考えを、 exo centoric 「エクソセントリック」 という。 「外部(からの視点)中心主義」だ。私、副島隆彦は、日本では珍しい この「外側からの眼、中心主義者だ。
それに対して、自分中心で、自分の所属する部族、民族の中からの見方しか出来ないことを、endocentric 「エンドウセントリック」(自民族中心主義) という。日本国内の眼でしか、自分たちのことを見ることが出来ない。今の日本人の多くの知識人層までが、このエンドウセントリックという言葉(学問用語)を、世界共通の基礎知識として知らない。 外国語を何とか世界思想の水準で取り扱うことが出来ない。
例えば、endogamy エンドウガミーは、「同じ部族内での結婚」だ。それに対して、exogamy エクソガミーは、「部族外結婚」だ。世界基準の知識として教えておくが、monogamy モノガミーが、単婚制、一夫一婦制だ。それに対して、polygamy ポリガミーが、多婚制、一夫多妻制だ。
exo- エクソ で、日本の知識人、読書人階級の者たちが知っているコトバは、 exodus エクソダスである。これは「脱出」という意味だ。世界知識では、the Exodus 「ザ・エクソダス」は、紀元前1250年の、モーセに率いられたエジプト人たちの、カナーンの地(今のパレスチナ)に向かっての、エジプト王国(国王ラムセス2世)に命じられての、集団移動、入植、植民活動のことをいう。
こういう世界基準での大きな歴史の知識を知りたかったら、私が書いた「日本人が知らない 真実の世界史」(2018年、日本文芸社刊)を読みなさい。
「自分たちの外側に中心がある思想」について、もっとわかり易く言うと、日本人は、知っているガリレオたちの地動説(ちどうせつ)だ。日本では地動説 と言うが、英語(ヨーロッパ語)では、ヘリオセントリック heliocentric と言う。この言葉は、本当は、「太陽中心説」 と訳すべきだ。
helio- ヘリオとは、太陽のギリシア語だ。太陽という外側に中心が有って、自分たちの地球が世界(宇宙)の中心なのではない、という思想だ。 その反対の、地球中心の見方である天動説(てんどうせつ。天が動く説) は、the Ptremaic system ザ・プトレマイック・システム という。
私、副島隆彦は、日本では珍しく、常に、exocentiric 「日本の外側に中心が有る」で考える人間だ。だから、日本では、どうしてもずば抜けて頭がいい人間になってしまう。と、私が威張ると、気分が悪いか? そろそろ納得しなさい。
だから、③の安倍晋三たち、反共右翼(極右)の、「日本民族、中心主義」が、エンドウセントリックだ。 「日本民族は、大和(やまと)民族で、世界一の優秀な民族で、誇り高い、古い文化を持っていて、他の国や民族に負けない」と、信じ込んでいる。馬鹿なんだ。
大和(だいわ)というコトバは、中国の天安門広場を中に入ったら、すぐに大きく目につく、大和殿(だいわでん)という大きな迎賓の建物が有る。この大和(だいわ。大きな平和。中華帝国による支配 の意味 )というコトバを、日本は、貰って来た。この大和殿のさらに奥に行くと、紫禁城(しきんじょう)の正殿が有る。
この「大和殿」から、長く中国に朝貢(ちょうこう)して従属していた倭国(わこく)および日本国(西暦668年、日本建国)が、勝手に泥棒してきたコトバが大和である。それを、山門(やまと)の上に塗り重ねた。
私、副島隆彦のこの書き方が、真実であり、どれぐらい、日本のバカ右翼たちの頭に衝撃を与えるか、を、私は、分かっている。だが、こいつら ③ は、知らん顔をし続けている。
だから、本当は、「やまと」は、山門(やまと)の国 と書かなければいけない。そうしたら、日本民衆の長年の、小学生時代からの疑問である、「なんで、大和と書いて、やまとと読むの」が、氷解するのだ。 山門の国(今の奈良県)は、鳴門(なると)の国(今の徳島県)や、長門(ながと)の国(今の山口県の北半分。長州。南は、防州=ぼうしゅう=、周防=すおう=)と同じ表記だ。
私、副島隆彦は、ずーっと、こういうことを、もう、30年間、書き続けている。知らん顔をし続けるのも、いい加減にしろ。 私よりも、頭のいい、潔い、知識人は日本にはいない。臆病者のバカばっかりだ。ここで、 私に向かって、誰でもいいから、何か自分の意見、主張を言ってみろ。 あるいは、頭がズキズキする、でもいいから正直に何か書いてこい。 長州(長門の国)の住人、出身で、韓国人が先祖の、安倍晋三。お前と妻の昭江は、揃って韓国語(朝鮮語)が物凄く上手だ。
昭江は、10年前(大地震のすぐあと)に、私の前にふっと現れて、私に、「私を福島の原発の所までっ連れて行ってください」「私の夫(安倍晋三)は、先生の、『世界権力図鑑』を読んでいます」と、言った。
自民党の国会議員の数である381議席(票)のうち、衆議院の比例区の80人と、参議院の108(ほとんどは、どうでもいい政治家たち。あるいは業界団体、宗教団体の利益代表)を除いたら、200人ぐらいだ。この中に実力のある政治家がいる。そのうちの20人ぐらいが有力、有名政治家だ。あとの議員たちのことは、テレビにチラと出るぐらいで、まったく有名でない。比例区と参議院の議員たちは、名簿から順番に当選する仕組みだから、
だから、派閥の親分たちの言うことを聞くしか仕方のない連中だ。どうでもいい政治家たちだ。
だから、 次の総選挙と、来年の参議院選挙で落ちたくない、の一心の連中だから、こういう弱小の政治家は、除いて考えていい。
小選挙区から出ていても、がっちりと選挙区の地盤を抑えていない政治家は、政治家どうしの中で、格(かく。クラス。威厳、デキグニティ)が決まっていて、本当は、「1級政治家、と2級政治家」に分かれている。小選挙区からの当選議員であっても、各選挙区にある だいたい2万票の公明党の票を貰わないと受からないような政治家は、始めから弱小の2級政治家だ。
こういう冷酷な事実を前提に、国政の有力政治家たちのことを見なければいけない。「一人一票で、皆、平等」というのは幻想で、幻惑だ。
だから、日本国を、本当に改革して、次の時代に生き延びてゆかなければいけない、となったら、①の改革派の、河野太郎たち(自民党ハト派)が、必ず、表に出てくる。それが次の闘いの時だ。麻生太郎(もう81歳)と、安倍晋三に代表される、ワル③の、老人たちは、さっさと引退して消えなければいけない。ところが、安倍晋三が、今から、細田派(細田博之は、安倍に逆らって、急に消えるようだ)は、安倍派(まさしく統一教会派)になるらしい。
彼ら③の極右勢力が、もっともっと純化して、丸裸になるべきだ。高市が集めた114票のうち、本当に、凶悪な連中の顔が、20人ぐらい浮かぶ。この反共右翼どもを、こんなにもはっきりと炙(あぶ)り出すことが出来て、今度の総裁選挙は、本当に良かった。
やがて、②の中間派(宏池会=吉田茂の系統=と、竹下派=かつてはワルで泥だらけに集団=。田中角栄を下から刺し殺した)は、政治情勢がキツくなってきたら、①か ③に、自分の立場をはっきりさせなければいけなくなるだろう。 そして、自民党は、再び、大分裂するべきなのだ。
そのとき、①のハト派の伝統を引く、温厚な経営者、金持ち層と、組まなければならなくなる、今の野党の中の、真面目な政治家たちを、今のうちから、私たちは、しっかりと、判定しておかなければいけない。
もう、あまりこれ以上、長く書かないが、以下にはっきり書く。
立憲民主党の今の党首(代表)の 枝野幸男(1964年生、57歳)は、ワルである。
今のままでは、自民党の①の まだ、汚れていない、清新な若手の政治家(皆、56歳ぐらい)が、日本国のために団結、妥協しなければいけなくなったとき、足を引っ張りに来る。
野党政治家の方が、這い上がってくるときの苦労で、人生の苦労をしてるので、汚れていることが多い。枝野に、助言して、ワル、どす黒い、助言をしているのは、菅直人(かんなおと。まだいる。東京の武蔵野市。不正選挙マシーンで、必ず最後に当選させることになっている)と、野田佳彦(のだよしひこ。千葉の船橋市。野田ブタ野郎。私は、こいつが、私を一本釣りに、14年前に来た時、こいつにはっきりと言った。「野田君。鳩山代表と、小沢一郎の言うことをよく聞きなさい。君も、やがて首相になる可能性が有るのだから」と)
の、この日本民主党を、本当に穢(きた)なく汚した、首相になった、2人が、操っている。その裏に、まだジェラルド・カーティスがいる。マイケル・グリーンまでが、枝野をあやつっている。
私は、枝野の選挙区である、埼玉県大宮市に、30代で家を買って、20年以上住んだ。だから、枝野の動きをそれなりに知っている。枝野は、何と、私が住んでいた20年間に、たったの一度も、街頭演説をしたのを見たことがない。大宮駅の両側でである。
大きな選挙の時に、大きな宣伝カーの上から、演説することばかりしただろう。この男は、地べたに降りてきて、一度も、通りすがりの大宮市民と、直(じか)に話をしたことがない。何という、極悪人の男だろう。まさしく、③の「わるもん」、悪人だ。安倍晋三と同じ種類のワルの政治動物だ。
枝野を毎回、選挙で勝たせているのは、かつて、国鉄(今はJR)の大施設である大宮機関区(きかんく)があったところだ。今は、JR労組というが、ここは、やがてJR各社の経営陣の中にまで深く食い込んでいる、奇怪な政治集団がいる。それが枝野を支えている恐ろしい集団だ。
私たちは、何から何まで、細心の注意を払わなくてはいけない。
「政治の世界は、魔物が住む世界だ」ということを、まず、知ることだ。一般大衆が、気軽に近寄っていい世界ではない。かつ、まるで、床屋談義のように、遠くから、自分のたいしたことのない、政治見識で、あれこれ勝手なことを、名無しの権兵衛(ごんべえ)どもが、言っていればいいのでもない。私たちは、いつも立ち止まって、深く考えなければいけない。
以下に載せる2本の新聞記事は、あとあとのための歴史資料として、私が、保存しておくためのものだ。長いが、しっかり読みなさい。 副島隆彦 記
(転載貼り付け始め)
〇 「 勝負決した2日前の会談 岸田新総裁選出の舞台裏 」
2021年9月29日 日経新聞
自民党総裁選は岸田文雄氏が1回目の投票からトップに立ち、勝利した。党員・党友票で4割以上を獲得して1位となり、世論調査でも支持を集めていた河野太郎氏はなぜ敗れたのか。菅義偉首相の総裁選不出馬で自民党支持率が上昇して「このままでは次期衆院選に勝てない」との危機感が消えうせたうえ、無難で敵が少ない岸田氏を勝ち馬とみた各派閥も最終盤で相乗りしてきた。
新総裁は開票2日前の27日午後に事実上、決まった。場所は衆院第1議員会館にある安倍晋三前首相の事務所だった。高市早苗氏を支援した安倍氏を、岸田陣営の甘利明氏が訪ねてきた。
「これで決まったな」
「岸田さんは河野さんにしっかり反論している。総裁選で随分たくましくなった。決選投票で私がどういう考えか、高市陣営の人は分かっている」。安倍氏は甘利氏に語った。
「これで決まったな」。麻生太郎氏は直後に甘利氏から報告を受け、こうつぶやいた。初回の投票でもし岸田氏が2位になれば、決選投票で高市陣営が岸田氏に投票する「2・3位連合」を組む。
3Aと呼ばれる安倍、麻生、甘利の3氏の意思はそろった。結果は2・3位どころか「1・3位連合」となる勝利だった。
1カ月前の党内の空気はまるで違った。間近に迫る衆院選を控えて「菅首相では選挙は戦えない」との声が若手を中心に充満し、河野氏は次期総裁の本命候補だった。
日本経済新聞社など各社世論調査の「首相にふさわしい人」で、河野氏はトップを走っていた。菅氏が3日に総裁選出馬を断念すると、閣僚だった河野氏は立候補に動いた。
小泉進次郎氏はひそかに石破茂氏と会い、河野氏支持を働きかけた。小泉氏から話を聞いた菅氏は「石破氏と小泉氏が支持して、党員票で7割とれば河野氏が勝てる」と漏らしていた。
河野陣営は「岸田氏との事実上の一騎打ちなら党員票が半数の1回目投票で決まる」とみた。そこで安倍氏が動いた。出馬に意欲を示していた高市氏の支援を始め、議員票が9割を占める決選投票に持ち込む戦略をとった。
「お願いがあって電話しました」。安倍氏は事務所の机に連絡先を書いた紙を並べ、親しい議員や地方議員、支持団体の幹部に次々と電話をかけた。高市氏には政策から選挙対策本部の人選、さらに「眉毛はもっと真っすぐ書いた方がいい」ともアドバイスした。
最大派閥・細田派に強い影響力を持つ安倍氏の姿をみた周辺が「本気になってきた。意中の候補は岸田氏だったはずなのに……」と戸惑うほどだった。
世論の人気で押し切る戦略の河野陣営は楽観していた。小泉氏は細田派が「高市氏か岸田氏を支持」の方針を示すと「河野氏は絶対ダメというのはわかりやすい」と挑発した。
これを聞いた安倍氏は「石破さんが河野さんを支持したり、進次郎さんに細田派を批判されたりすると、こっちも意地になるよね」と周辺に漏らし、支持獲得に一段と力を入れた。
「誰が総裁でも大丈夫」
党内の空気も大きく変わった。日経新聞の9~11日の緊急世論調査で自民党の政党支持率は8月から9ポイントも上がり48%になった。厳しい選挙を経験していない衆院当選1~3回議員を中心とする若手の空気も「これなら誰が総裁でも選挙は大丈夫そうだ」となった。
野田聖子氏が告示前日の16日、立候補を表明すると、河野氏は「これで決選投票は避けられなくなりました」と麻生氏に伝えた。1回目で過半数をとる戦略は修正を余儀なくされた。
河野陣営では小泉氏が対策に乗り出し、石破氏とのツーショットも増やした。だが小泉氏は選対幹部ではない。「なぜ幹部でない小泉氏に指示されるのか」といった不満が陣営内にあった。
日ごろはそれほど積極的に他の議員と交流しない河野氏や小泉氏が支持を呼びかけると「普段は付き合いがないのに、一体なんだ」と白ける議員もいた。支持する議員や秘書のグループはぎくしゃくしていた。
自民党総裁選を終え、拍手に応える(右から)河野氏、高市氏、岸田新総裁、菅首相、野田氏(29日、東京都港区)
高市陣営は勢いづいた。一時は「岸田氏と2位を争い、決選投票に残る可能性がある」との観測が広がった。岸田氏との決選投票なら敗れる、とみた河野陣営では「河野氏の支持票の一部を高市氏に回し、高市氏を2位にする」案も検討した。そこまで追い詰められていた。
河野陣営は「党員票で5~6割とれば『世論を覆していいのか』と訴えられる」とわずかな希望にかけた。
河野氏の失速と混乱をみた安倍氏は投開票直前の週末、支持拡大の動きを止めた。安倍氏は「誰も3桁に手が届くとは思わなかったんじゃないか。あとは高市さん自身の努力だ」と話していた。
投票の2日前の27日、態度を保留していた竹下派は「岸田氏を支持する議員が多数」と公表した。去就が注目された二階派は自主投票になった。
「勝ち馬は岸田氏」とみた派閥がなだれ込み、岸田氏は事前の予想を覆して1回目の投票でトップに立った。河野氏は党員票で5割に届かず、議員票も3位に終わった。
「菅首相でなければ選挙は大丈夫」とみた議員の間で、河野氏は「急進的な改革を進めそうだ」と危ぶむ評があった。岸田氏なら安倍、麻生、甘利3氏の3Aが主導権を握る従来の党内秩序が維持される安心感もある。
世代と派閥が絡んで始まった総裁選は、衆院選の不安が消えた瞬間に内向き志向が強まった。だが世界は新型コロナウイルスで大きく姿を変えた。経済も外交も安全保障も変化のまっただ中にある。現状維持だけでは乗り切れそうにない。
〇 「二階幹事長が岸田氏と手を組む仰天奇策!勝ち馬作戦で“憎し”から“推し”に変化、土壇場でキングメーカーの本領発揮」
2021年9月29日 MAG2NEWS
自民党総裁選は29日に投開票され、菅義偉首相の後任となる第27代総裁が選出される。各陣営が電話等で国会議員の支持固めを進めるなど最後の追い込みに全力を挙げる中、驚くべき情報が舞い込んできた。「岸田だけは当選させない」としていた、“岸田憎き”の二階俊博幹事長が最後の最後で岸田氏と手を組んだという。
“岸田憎し”の二階氏に異変?まさかの“岸田推し”に変化
総裁選は河野氏が党員票の半数以上を確保も過半数には届かないとみられ、最終盤に入り決選投票を見据えた駆け引きが激化。第1回投票は1位河野氏、2位岸田氏、3位高市氏、4位野田氏の順になるというのが大方の予想だ。
産経新聞によると、岸田文雄前政調会長と高市早苗前総務相の両陣営幹部が28日夜、東京都内で会談し、決選投票で岸田氏と高市氏のどちらかが河野太郎ワクチン担当相と対峙することになった場合、両陣営が協力することで正式に合意したという。
そんな中、動向が注視されていたのが二階幹事長。二階氏は28日の会見で、誰を支持するかについて問われ「まだ決めていない」と明言を避けたものの、決選投票での二階派の対応に関しては「(派閥でまとまって)対応したくない人は出ていってもらうしかない。ちょっと愚問じゃないかな。こういうプロの世界では」と語った。
これまで二階派は自主投票としているものの、「岸田氏だけには絶対入れない」とされていた。「二階外し」のきっかけを作った岸田氏のことは許さないというのが二階氏の考えで、「岸田じゃなければどちらでも良い」というのが、今回の行動スタンスとみられていた。
二階氏が土壇場でキングメーカーぶりを発揮か
しかし、最後の最後で状況が一変。9日放送の『めざまし8』(フジテレビ系)に出演した政治評論家の田崎史郎氏は「28日の夜10時半頃、ある自民党の幹部に電話したら、二階さんと憎き岸田さんが手を握ったと。二階さんには岸田さんに対する不満はあるが、二階さんは『勝ち馬に乗る、負け馬には決して乗らない』。勝ち馬に乗って権力や人事の分け前を味わおうという狙いがある」と語った。
さらに、フジテレビ政治部官邸キャップの鹿嶋豪心氏も取材で「岸田さんに1回目の投票から寄せていき、2回目の決戦投票でほとんどを岸田さんに入れたいという方針になっていることがわかった」とした。
26、27日の2日にわたって安倍氏と二階氏、さらに二階派のベテラン議員の3者会談が行われたといい、この場でそれぞれの意向を確認。
「安倍さんは河野さんには絶対にしたくない、高市さんでいきたいけど、2位になる可能性が低い。そのため、最終的に岸田さんでまとめたいと3者の間で一致した」と解説した。
どうやら二階氏は“岸田憎し”の感情を一旦捨て、岸田氏が首相になった場合の二階派議員のポストを条件に、まさかの“岸田推し”に変わったとみられる。
土壇場での本心転換。総裁選では影が薄いとされていた二階氏が、最後の最後でキングメーカーぶりを発揮したようだ。
果たして、派閥の領袖たちが思い描くようなシナリオになるのだろうか。
党所属国会議員による投票は29日午後1時から都内のホテルで行われ、党員・党友票と合わせて直ちに開票。午後2時20分頃に1回目の投票結果が発表された後、決選投票に移り、午後3時40分頃には最終結果が判明する見通しとなっている。
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦拝