重たい掲示板
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Loginはこちら【1048】[1190]リバータリア二ズムと個人備蓄(自立の思想)
最初に、前回の「重たい掲示板」の投稿(1185)で、とんでもないミスをしてしまいました。副島先生の最新刊 ○『個人備蓄の時代』(自衛自活の‘‘要塞”を築け! 光文社刊)を ×『個人資産防衛の時代』と書いてしまいました。お詫びして訂正します。引用には今後細心の注意を払う所存です。
リバータリアニズムと自立の思想の関連について、次のように副島先生が述べられている。
(『個人備蓄の時代』p142より引用開始)
●原発事故後、避難所を早く出た人たちがいた。自立の思想こそが「個人備蓄」の基本となる
大災害が起きたとき大事なことは、なるべく避難所に長居しないということだ。私は福島の原発事故直後、福島にただちに入って地元の住民たちの態度を見てきた。たくさんの人と話をした。原発20キロ圏の外側をずっと移動した。津波に遭った人たちだけがはじめは避難所にいた。その後、原発の爆発があって、ひとびとは血相を変えて避難した。原発から50キロの郡山市や70キロの福島市の大きな体育館が避難所だった。「いやだ。あんなところには長くいたくない」とさっさと自宅に帰ってきた人々がいた。2週間ぐらい経つと、「避難所なんてのはあれは収容所だ」とハッキリ言った人がいた。この人たちは商店経営者か自営業者たちだった。
彼らは炊き出しの雑炊を食べるために並んで、タダで食べ物や毛布をもらって、避難所の体育館の冷たい床の上にいる、ということに耐えられない人たちだった。だから不便を覚悟で自分の家に戻って行った。
(中略 以下144ページから引用続き)
この人たちのしっかりとした精神が、個人備蓄の基本だ。
行政というか国や役所は、災害が起きたら住民をどこかにまとめて面倒をみようとする。そこには緊急用の水があって寝る場所がある。しかし、それをできることなら拒絶するという考え方も大事なのである。自力で災害から立ち直るという考えが重要なのだ。
避難所では、人間の自由が奪われる。人間の尊厳が奪われる。独立心が奪われる。避難所とは難民キャンプ(左は太字)なのである。災害が起きたら最初に行って、最低限の食料をもらうのはいいけれど、その後はすぐに、自分の力で復旧するべきだ。だから災害に備えて個人で備蓄するという発想になる。
自分のことは自分でやる。この言葉を日本人は知っている。けれども、実際には異常な事態がやってくると何もできなくなる。すっかりあわててしまう。あるいは呆然として何もできなくなる。それでも自分のことは自分でやらなくてはいけない。ほかの人のことなど災害時にはかまっていられない、というのが真実である。
(引用終わり)
田中進二郎です。私もあの3/11の震災のときはパニックでした。広瀬隆氏の『原発時限爆弾』などを読んで、余計に放射能恐怖症をあおられたりしていました。被災していない私のような人間ですらこうであるのだから、津波・原発のダブルパンチを受けた福島の人たちが、絶望感に打ちひしがれるのも無理はない。だが、だが、である。副島先生の眼には原発20キロ圏外の地域にも、自力で立ち直ろうとするひとびとが映っていたのである。
少し角度を変えてみると、引用した副島先生の文章は、『これから正義の話をしよう』のマイケル・サンデルの共同体優先主義(コミュニタリア二ズム)と正反対である。
震災後、サンデルはNHKの討論番組で『日本が東日本大震災でも秩序が乱れず、冷静に行動していることは、世界の賞賛の的となっている。』として、福島第一原発内で決死の電源回復に挑むフクシマ・フィフティとともに、「日本人の勇気と知恵の証だ。」という趣旨のことを言っていた。また、それを聞いて芸能人(日本人)なんかが「日本を誇りに思わなきゃね。」みたいなことを言って、『絆(きずな)が大事』という結論に持っていった。
「ほかの人に災害時にはかまっていられない、というのが真実である。」副島先生の言葉がリバータリアニズムの本領なのだろう。しかし、これもまたとても苦い良薬である。
われわれ日本人の多くが公立の義務教育(小・中学校)で受けてきたのは、徹底した集団行動のルールだからだ。それ以外の行動原理を指導しうる教育者はすでに公教育では消滅している。<戦前は下村湖人(しもむらこじん)の「次郎物語」にでてくる朝倉先生のような「徳」のある人間がもっといただろう。>
だからこそ、橋下徹(はしもと とおる)の日教組批判も俗耳にはよく響くのであり、大阪の庶民は「なんかええこといってるなあ」と支持するのである。
また読解力のない読者であれば、副島先生の言葉を次のように曲解し、非難するだろう。「被災者に『自己責任をとれ』という考え方は先生のこれまで言っていることと矛盾している。」と。
(実際アルルの男・ヒロシさんの新しいサイトを見ていたら、『個人備蓄の時代』を読んだ読者で上に似たようなことを書いて抗議している人がいました。これに対して、アルルさんは、そうじゃないよ「江戸時代の庄屋の生き方をのべておられるのですよ」と諭されていました。確かに、1400円払ってこの本を買って、そんな理解しかできないとは…あわれだ。「自立の思想」もなかなか生易しくはないのだ。)
●自立の思想と新自由主義者の「自己責任」の違いについて
さて副島先生は「マイケル・サンデルと討論できるのは俺だけだ、どうして俺を呼ばないのだ!」と吼えて(ほえて)おられます。
マイケル・サンデルの「これから『正義』の話をしよう」(ハヤカワ・ノンフィクション)
の帯うらに宮台真司氏(みやだい しんじ)の推薦文がついている。以下引用します。
(引用開始)
1人殺すか5人殺すかを選ぶしかない状況に置かれた際、1人殺すのを選ぶことを正当化する立場が功利主義だ。これで話が済めば万事合理性(計算可能性)の内にあると見える。ところがどっこい、多くの人はそんな選択は許されないと現に感じる。なぜか。人が社会に埋め込まれた存在だからだ――サンデルの論理である。
彼によれば米国政治思想は「ジェファソニズム=共同体的自己決定主義=共和主義」と「ハミルトニズム=自己決定主義=自由主義」を振幅する。誤解されやすいが、米国リバタリアニズムは自由主義でなく共和主義の伝統に属する。分かりにくい理由は、共同体の空洞化ゆえに、共同体的自己決定を選ぶか否かが、自己決定に委ねられざるを得なくなっているからだ。
正義は自由主義の文脈で理解されがちだが、共和主義の文脈で理解し直さねばならない。理解のし直しには、たとえパターナル(上から目線)であれ、共同体回復に向かう方策が必要になる――それがコミュニタリアンたるサンデルの立場である。 –宮台真司氏(上書オビ裏より)
(引用おわり)
上の推薦文の特に最後の段落が、わたしはおかしいと思います。
ジョン・ロックの『市民政府二論』(加藤節 訳 岩波文庫)の第一部で、王権神授説を唱える、イギリス国王の御用学者に対して、ロックはイギリス国教会のパターナリズム(父権主義 国王(国教会の長でもある)は旧約聖書のノアの末裔であるから、子たる臣民は従順たらねばならない、という考え)を批判した。この書がアメリカ憲法の抵抗権に影響をあたえたことは、誰でも知っている。
『個人備蓄の時代』でも次のように述べられている。P152より引用する。
(引用開始)
アメリカ憲法は、圧政に対して国民が銃を取って立ち上がり、国家に抵抗する権利を認めている。これをミリシア(民兵)の思想という。ミリシアのことを北部ではミニットマンという。アメリカ独立戦争のころ、イギリス国王の軍隊の襲撃に対して、一分間で集まる独立軍の義勇兵という意味で「武装民兵」である。
このアメリカの武装民兵の思想からリバータリアニズムはできている。だから、軍隊を否定しない。最小限度の国家の役割を主張する。
(中略)
このリバータリアンの考えは、トーマス・ジェファーソンというアメリカで第3代大統領になった人の思想である。行政権や役人たちの権利を徹底的に制限するために国家があるのだ。
(引用おわり)
以上です。
田中進二郎拝
【1047】[1189]ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報 2.0
アルルの男・ヒロシ様のサイトが、新しくなっている事に気がつきました。
ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報 2.0
http://blog.livedoor.jp/bilderberg54/
大変勉強になります。
過去に読んだ本も、改めて読み直すと、
当時、理解が不十分だった事が、改めて発見出来たり、
過去の自分と違う視点から読む事が出来て、理解が深まる事があります。
気分を新たに、中田安彦先生の著書を、改めて読み返してみたいと思います。
今後とも応援しています。
【1046】[1188]ドイツ中央銀行がNY連銀の金庫から金を引き出す?
ドイツ中央銀行がNY連銀に預けている1500トンもの金(きん)を全て引き上げるという意向を水曜日の会見で示すのではないかという観測記事が上がっていました。
ドイツ国内でドイツの中央銀行が海外の中央銀行(民間銀行と政府との談合第三セクターの組織)に預けている金準備を正確に会計監査するべきだという声が高まっているという話を聞きましたが、これが本当だと、ドイツ当局も動かざるえないところまで、政治的に追いつめられたのでしょうか?
いよいよ紙切れドル体制と紙切れ紙幣の時代の終わりの始まりが、ついに来たのでしょうか。
オリジナルのハンデルスブラット紙の記事(ドイツ語なので、翻訳機にかけて読んでください) http://ow.ly/gQXQe
ガーディアン紙のの記事(英語) http://ow.ly/gQXTa
【1045】[1187]大増税時代が来る。。
消費税増税に続いて所得税増税も決まりそうで、恐ろしい世の中になったものです。(相続税増税で、国民から土地を取り上げようとしているのでしょうか) 3.11以降の社会不安を奇禍として国民の誰も納得してない政策が強引に推し進められていく。。
以前に、稼ぐほどにごっそり税金でもっていかれるシステムに気づいたものの、給与所得ですし、控除は殆どなし、とお手上げバンザイの状態で、唯一の対抗手段は稼がないこと。と思い当たりました。国民の勤労意欲を削いでいることを、税務署は知っているでしょうか。
会員の皆様は、先刻ご承知でしょうが、もしご存知ない方がいらしたら、副島先生のDVD「我、税務署と闘ふ。」~大宮税務署前での青空講演会~をお勧めします。2005年撮影なのに、既に演題が「やがて日本社会を襲う大増税時代」であり、副島先生はこんにちの事態を8年前から推測していたのだな。。と思わせられました。年が明けるともうすぐ確定申告。。憂鬱な今日この頃にこのDVDをみてスカッとしています。
【1044】[1186]私の 間近の金融セミナーのお知らせ
副島隆彦です。
来週の日曜日(27日)に、私の金融セミナーが開かれます。まだ席は有るそうです。この講演会は金融・経済についてだけ話します。詳細は以下の通りです。
今回は、主に、資産の安全な海外への逃がし方(とここで、私ははっきりと書きます)について真剣に話します。日本の資産家(お金持ち)層は、アメリカの言いなりの税金取り官僚たちと、今の自民党・公明党の政府に狙われています。
これからの厳しい相続税や所得税の増税で資産家層への資産剥(は)ぎ取り、毟(むし)り取りの恐ろしい法制度改正の動きがどんどん出ています。単にこれからの日本と世界の金融の動きの予測(予言)だけでなく、もっと身近の現実的な話に今回は力点を置きます。 時間のある人はいらしてください。
(転載貼り付け始め)
副島隆彦の“予言者”金融セミナー 第5回
2013年1月27日(日)に、私の金融・経済講演会(『ぶり返す世界恐慌と軍事衝突』発刊記念)が開催される。
●開催日:2013年1月27日(日)
●開演:11時(開場・受付10時)・途中休憩あり
●終了:17時30分(予定)
●受講料:15,000円(税込)/全指定席
●会場:東商ホール(東京商工会議所ビル4階)
〒100-0005
東京都千代田区丸の内3-2-2
●アクセス:JR有楽町駅・・・5分
地下鉄千代田線二重橋前駅・・・2分
地下鉄都営三田線日比谷駅・・・2分
●問い合わせ先:
ブレイントラスト企画(成甲書房内)
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-42
電話03-3292-8401(平日10:00-18:00)
ファックス050-3156-3040
Eメール seminar@seikoshobo.co.jp
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。以上が参加者の募集の概要です。
以下に、最新の 急速な堰を(せき)を切ったような増税の動きの新聞記事を載せます。
(転載貼り付け始め)
●「 相続税、6億円超は55%に 15年に富裕層増税 自公が合意 」
2013年1月15日 日経新聞
自民、公明両党は14日の与党税制協議会で、焦点の富裕層への課税強化で、所得税と相続税の最高税率を2015年1月から引き上げることで合意 した。
相続税で新たな最高税率の55%を適用するのは、課税対象の相続財産が6億円を超える場合とする案を軸に調整する。遺産額から差し引ける基 礎控除の縮小で課税対象も広げる。
所得税の最高税率は45%に上げる方向で、対象となる課税所得の水準は今後詰める。消費増税法は格差是正の観点から、所得税と相続税の課税強化について「 12年度中に必要な法制上の措置を講ずる」と定めた。
自公両党は所得税の 最高税率を現行の40%から45%に、相続税の最高税率を50%から55%にそれぞれ引き上げる方向で調整してきた。両党はこの方針をもとに、民 主党に16日の3党協議開始を呼びかける。
一方、都市部での負担増に配慮して、小規模な宅地に認めている相続税の減税措置を拡充する方針だ。相続税の課税価格の計算にあたり、個人が住居 に使っていた土地(240平方メートルまで)の評価を本来の2割としている現行の減税措置をさらに拡大する方向。
自民・公明両党は相続税の基礎控除を縮小する方針だが、東京都を中心とする都市部では地価が高く、相続税を課税される人が大きく増えるとの懸念 も出ていた。
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦拝
【1043】[1185]オーストラリアの会員の方に暑中見舞い
暑中お見舞い申しあげます
オーストラリアはめちゃくちゃな猛暑だそうですね。ロイター通信によると、40度~45度の酷暑と異常乾燥で、山火事が豪州各地で起こっていると報じられています。
首都キャンベラの郊外10キロ近くまで火が上がっています。
タスマニア島でも大規模火災が発生して、ジュリア・ギラード豪首相も被災地にいったようです。ギラードの様子をみたい方は[ギラード・山火事視察]で検索してください。
すでにタスマニア島では19,000ヘクタールが焼けたそうです。「80年来の大火災」とギラード首相は国民に注意を促しているようです。
オーストラリアでは大熱波ですが、日本はこの1月に北海道の各所で-30度を記録しているようで、気温差は70度にもなります。
今日は東京は吹雪いたようですが、関西はぱらぱらと雨でした。
ギラード首相は地球温暖化が原因だ、といっているようですけど、そう単純に決め付けてはいけないだろう、と思います。防災研究家の山村武彦(やまむら たけひこ)氏は2009年のオーストラリアのブラックサタデイを取材して、オーストラリアの山火事(bush fire)の50%が放火または放火の疑いがある、といっています。(2009年のブラックサタデイの際には200人以上が死亡した。)
http://www.bo-sai.co.jp/bushfire.html
また上の山村レポートによると、オーストラリアでは山火事で家族が死んでも「行政や政府を非難する人はおらず、家族の死傷は自己責任であり、自分たちが早期自主避難を怠ったからと割り切っている。」
またこれは副島先生の最新刊『個人資産防衛の時代』とも絡んでいると思いますが、「(ブラックサタデイの山火事の際に) 家族を失った人を収容するリリーフセンターが各所に設けられたが、一日程度そこで暮らす人はいたが自分でモーテルやホテルを見つけて暮らすため、どこのリリーフセンターにも被災者の姿はなかった。」(家を失った人たちに対するホテル代は一日1万円程度の支援金が支給される)とある。
無論、東日本大震災のケースと同列に論じることはできないが、被災した後、体育館で集団生活を何ヶ月も暮らしていてはいけないのだ、という副島先生の考え方と符合していると思います。
私はまだアイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』や『水源』を読んでいないので、よくわからないけれども、生活の観点からリバータリアニズムを教えてくれているのだと思います。
いきなり、山火事の話から始めて申し訳ありません。
半田様と副島先生が紹介された豪州にお住いの会員の方の情報を読んで、政権党の労働党(Labor party)の内部が二つに分裂していることを知りました。無論、ジュリア・ギラード現首相と、ケヴィン・ラッド氏(前首相)の対立のことです。
この件に関する文章がありましたので、紹介したいと思います。
(引用開始 )
johnpilger.comより
2012年10月25日
オーストラリアには世界のウランの40%があるが、その全てが先住民の土地にある。ジュリア・ギラード首相は、核拡散防止条約(NPT)への署名を拒否している政府にウランを輸出するため、インド訪問したばかりだが、インドの敵パキスタンも非署名国だ。両国間での核戦争の脅威は絶えずに続く。ウランは核兵器に必要不可欠の材料だ。デリーでのギラードの協定は、”早い時期の核兵器競争の休止に関する効果的対策と、核軍縮に向けて誠意を持って交渉するように務める”NPTの義務を拒否する国々にはウランを輸出しないというオーストラリア労働党の長年にわたる政策を正式に終わらせた。
(中略)
2007年、ジョン・ハワード首相は、資源の豊富な北部地域の先住民社会に”緊急介入”するため軍隊を派遣した。
(中略)住民は、彼らの土地借地権を放棄しなければ、基本的なサービスは受けられないと言われたのだ。ギラードの先住民問題担当相は、以来、”強い未来”というオーウェル風の名前を与えられている。(中略)
人々を”ハブ・タウン”に追い込み、彼らにはまともな住居提供はせず、一つの部屋に大人数で暮らすことを強いるのが戦術だった。(中略)
“介入”が始まると同時に、ウランを含む鉱物資源を探鉱する企業に何百もの免許が認められた。オーストラリアの現代政治は、採鉱企業の権力によって規定されることが多い。前の労働党首相ケビン・ラッドが、記録的な採掘収入への課税を提案すると、彼は、後に税を引き下げた、ギラードを含む秘密政治徒党によって退陣させられたのだ。ウイキリークススが入手した外交電信は、ラッド追放工作をした二人の共謀者は、ラッドが、中国を包囲し、インド等のアメリカの子分にウラン輸出を許可する、というアメリカ計画の書状に従わないことに怒った、アメリカ大使館への情報提供者であったことを明らかにしている。
オーストラリアを、ソ連と東欧衛星国家とよく似た、ワシントンとの歴史的関係にギラードは復帰させた。昨年バラク・オバマがキャンベラを訪問し、中国が”自由世界”にとっての新たな敵だと宣言する前日、党はウラン輸出禁止を止めるとギラードは発表した。
冷戦後のワシントンの別の執念がオーストラリアからの貢献を要求している。
(以下略します 引用終わり)
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1318823/1335849/83219491
サイト「マスコミに載らない海外記事」(世界を一層危険にするのに熱心なジュリア・ギラード)より引用しました。原文は↓です。
johnpilger.com/articles/making-the-world-a-more-dangerous-place-the-eager-role-of-julia-gillard
海外からの投稿を私も楽しみにしています。「知りたい。」という気持ちが強く起こります。
半田様も匿名の方もくれぐれも猛暑に気をつけてください。(山火事にも)
田中進二郎拝
【1042】[1184]やまと魂
「敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花」 本居宣長
山にかこまれた、ちいさな土地にすむ「倭(わ)」の民族は、
どのような心、魂をもって、生きていくのだろう。
自然に対して、畏敬の念を抱き、
やおよろずのカミという自然信仰が生まれた。
自然に対しての観察は、「もののあはれ」という情緒をはぐくんだ。
自然への尊敬や、人口密度が高い生活環境は、
人々に「つつしみ」という行動傾向をもたらした。
自然信仰は、仏教の伝来とともに姿を変える。
自然崇拝は、「山門(さんもん)」を通り、
「縁起(paTicca-samuppaada)」という思想に、感情を与える。
「大和魂」 大きく和する精神。 おおいなるやはらぎのこころ。
民族固有価値の「やまと魂」は、世界不変価値となりうるのだろうか。
私は、日本で、議会制民主主義が根付かない要因は、
「和」”harmony”ではなく、「睦」”friendly”だと考える。
私は立憲君主制としての天皇の存在を否定しない。
権力の暴走を防ぐ装置として、庶民も市民として政治に参加する、
世界不変価値である議会制民主政体との共存が必要だと考える。
「十七条憲法」 一曰(いちにいわく)。
「和を以て貴しとなす」(Harmony is to be valued)。
「和」は”harmony”という単語だけでは理解が不十分となる。
「和(やわらぐ)を以て貴しとなす」とする解釈を私は支持する。
ここでの「やわらぎ」とは何かを理解する為には、
「以和為貴」和(やわらぐ)を以(も)って貴(とうと)しとなす、よりも、
「然上和下睦」上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて)と、
それに続く、「諧於論事」事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、の解釈こそが重要だ。
ここの解釈をあいまいにしたままでは、
日本民族島国精神の「やまと魂」は前にすすめない。
「和」は、支配者側から被支配者側への抑圧、「口封じ」の論理なのだろうか。
「上和下睦」上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて。
党派や議論が「和らぐ」のは、「上」であり、
「下」は「睦ぶ」ものだとしている。
「下」は仲良くするように書かれている。
「睦ぶ」は、”to be harmonious”, ”to be friendly” などと訳される。
「和」と「睦」が、同じ”harmony”の意味だとは思わない。
十七条憲法は、庶民にむけて書かれたものでは無い。
政治的な議論は庶民のものではなく、支配者層だけのものである事が前提の文章である。
ここでいう「下」は支配者層のなかでの「下」であり、庶民では無い。
現代でいう「庶民」は、十七条憲法では「百姓」と表記されている。
十七条憲法の筆者が当時に、民主主義の発展を未来予測して、
「庶民は政治的論争をするな」、と書いたものでもない。
書かれた当時の、政治階級の「存在」だけで、
「和」の解釈自体を、「口封じ」の論理とする事はできない。
「和」と「睦」の違いを明確にすることにより、
「やまと魂」について、「おおいなるやわらぎのこころ」として、理解が深まる。
日本が現代になっても、庶民が市民として成長できず、
民主主義が発展しないのは、「和」ではなく「睦」のほうが原因だと、私は指摘する。
「睦」を当時の支配者の下層へではなく、現代の庶民へあてはめて考えてみる。
仲良くする事自体は良い事でも、それが「つつしみ」などの行動傾向との相乗効果により、
庶民の生活環境では、政治的議論は非積極的なものとなる。
「議論」により相互理解を深めるという、「対立」の正当な役割が果たされなくなる。
相手を打ち負かす可能性がある「議論」は、恨みをかわない為に避けられる。
仲良くする秘訣は、お互いが「快」である事。欲求を満たす事だと、庶民は熟知している。
楽しい事、儲かる事、健康に関する事などで、話題は埋められる。
庶民の興味は他に分散する。
親しみやすいタレント議員、強い英雄像、表面的に見て儲けさせてくれそうな政党。
アイドルへの人気投票のような、投票行動は、手間がかからない「快」ともなりうる。
「和」には論理的思考が要求される。
「睦」は感情的好き嫌いや「快」に支配される。
続く、「諧於論事」事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは。
ここでもharmonyに類似する概念の単語がつかわれている。
「諧(かな)う」調和する。一致する。
「議論」が「調和」(to be harmonious)する、という言い方に、私は違和感を覚える。
「議論が「一致」(to be concord)する」、と英訳される。
“to discuss affairs in cooperation”「協調の気持ちで(協力して)議論するなら」
というように、議論の結果、結論ではなく、
議論の過程のあり方、心構え、として解釈するかたもいる。
議論の「重要性」については「十七曰」でも強調されている。
結論の一致「調和」は「幻想」だとする考えかたに、私は同意する。
実際には、立場が違えば主張も異なり、「結論の一致」は理想論だからだ。
ただ、政治的な議論が活発になされた結果として、
採用する政策などが「妥協」により極端なものにならなくなる事は、現実論である。
ここでの、「調和」は、
「妥協の結果としての、全員の合意(consensus)」と解釈されるべきだ。
「全会一致」は、「根回し」、「空気(ニューマ)による支配」などで、おこりえる現象だ。
そういった意味で、あらかじめ合意形成がなされた後での、
議論の場での、形式的な結論の一致、という解釈も理解できる。
忤(さから)うこと無きを推奨しているからといって、議論を否定しているわけはない。
全員の合意を尊重する事を、主張しているだけだ。
以上を踏まえての、「十七条憲法 一曰」の私の解釈は下記だ。
やわらいだ状態は、すばらしい。
反逆をしない事は大切だ。
人は皆それぞれの考えがあり、(似た考えがまとまり)党となる。
各党派とも、世の中の事を良く知っている者は少ない。
(それだと、考えが違うと言って)、天皇や父親に従わない、
お隣の集団と反目するという事になる。
統治者のうち上のものは、全員の合意を形成し、
統治者のうち下のものは、みんなで仲良くしよう。
世の中の事を議論して、
(賛成意見、反対意見を出し合い、理解を深め、)
(妥協により全員の合意に至り、)
(形式主義として全員一致で)総意とされたら、
その結論は筋が通っているので、
(みんなが受け入れやすいものとなっているので、)
(その深い理解に基づき到達した共通認識をもって、)
何事でも成し遂げられるだろう。
「和」の精神は、
「極端を避ける、中道、中庸」の精神を内包している。
「和」の精神は、
「対立を経て、議論により、対立を乗り越えた、深い相互理解に努める事」を前提としている。
「和」の精神は、誠に、民主的な精神である。
安定した平和的な世の中にするためにも、
「和」の精神は「貴い」もので、上記において、世界不変価値となりうると私は考える。
庶民の「睦」”friendly”のありかたとしての「風土」による弊害をどう改善するのか、
論理的思考方法の普及、
討論に慣れ親しむ事(教育の場での訓練)と、
討論の礼(人格と議論の切り離しなど)の認知。
どのようにしたら、分断された情報が、ひろく庶民に浸透できるのか、
そうした事が、日本での議会制民主主義の発展の課題だと考える。
参考文献
『決然たる政治学への道』副島隆彦
『時代を見通す力』副島隆彦
『人間を幸福にしない日本というシステム』カレルヴァンウォルフレン
他。
【1041】[1183]豪州情報
私も豪州の市民に1996年よりなっておりますが、国民年金の点で?と思い書き込みました。無条件で国から年金が下りるということはありません。(それはNZです。)豪州はちゃんとMeans testがあり、収入のある程度ある人はもらえないと同じであります。私のまわりではゆえにもらっていないかもらえない人がほとんどです。政府からもらえる年金じゃ、たとえもらえても食べていけるような額でもなく、Super Annuationのように給料の中から個人で掛けていく年金が主流です。豪州政府は国の借金が増えることに大変注意を払うのでいずれ涙銭の様な国民年金ももらえる年齢を70歳からにするなどやるでしょう。医療もそうです。高いですよ。先日町医者、GPに行き見てもらいましたが、75ドル請求されて国民皆保険のMedicareから返金してもらえたのはたったの35ドル60セントでしたので40ドル、半分以上自己負担でした。国民皆保険で規定された額内で見てくれるドクターなど皆無に等しくなってきています。まずいないと思ってよいです。又Medicareは課税対象年収に対してMedicare Levyと言って1.5%税金がかかってきますが、年収が10万ドル以上になると、民間の健康保険にも加入していないとMedicare税に1%上乗せされて2.5%になってしまいます。例えば、私のように現独身者で年収10万ドルとしてMedicare税と民間医療保険代で年間$4000は払う感じになります。シドニーでは年収10万ドルといいますが高額所得ではまったくありません。私より若い友人たちは年収7,8万ドル稼ぐ人たちだらけですがそれでも贅沢などできません。物価、家賃とも大変高いのです。数字だけ見て楽園と思ったら大間違い。
以前現地の新聞でこのまま行くとMedicareも5年で破綻であろうと言う記事を読みました。どこも苦しいのは同じでたとえ今は良い条件であっても変わってしまうので自己責任で生きていくしかないのは高齢化が進む先進国共通のIssueになっていくのでしょう。豪州がアジア重視にせざるを得ないのは地理的面もあるでしょう。経済上背に腹は変えられないだけのことです。豪州人の心の中はやはり女王様の国に向いているのです。心のそこではアジア人(特に代表格の中国人)を自分たちより低いものだと思っています。たとえばChatswoodというエリアがシドニーにありますが、中国系移民が大変多いので”Chatswong”と豪州人があだ名をつけております。先日空港に向かうときも白人のタクシー運転手が、中国系のほかのタクシー運転手がもたもたしていたのにたいして、C`mon, You, Bananaと言うのを聞いて耳を疑いました。私の友人の白人豪州人のホワイトカラー職の義兄ですら、中国人の経営する按摩さんにいくとき、さ~て、又あの”Ching Chong”のところに行ってマッサージしてもらうかななどと言うのだそうです。チンチョンとは中国人をひどく馬鹿にした呼び名です。もっとひどいのはGookやChinkですが、、、。残念ながら中国人を嫌がる、心の奥では馬鹿にしているのは豪州でも例外ではありません。
個人のレベルでは日本人のほうが差別しないのではないですか?
余談が多かったのですが、海外が良いことばかりではない例としてあげさせていただきました。現実を見つめて日本の良いところを伸ばしたいですね。
【1040】[1182]「日本はみずからを救えるか?」
生きている情報、マスコミが伝えない情報は大変ありがたいです。
すべてのテレビ番組を見たり、すべての新聞や書籍に目を通すことは不可能です。
特に、私はサラリーマンなので、現実的に時間がほとんど確保できない為、とてもありがたいです。
既に読んだ本であっても、記憶の呼び起こしや、思考の再構成に有益だと思います。
マスコミが伝えなくても、会員の皆様が重要だと思う事は、
繰り返し、繰り返し、広く、大勢に伝えていってほしい、教えて頂きたい、と思います。
マスコミがもうしわけ程度に記載する小さなわくの、重要な情報も、
見逃している事があります。
会員の皆様が重要と思うことは、ぜひ掲示板に貼り付けてほしいです。
私が下記の本を最初に読んだのは、もう10年以上も前になりますが、久しぶりに読み返してみました。
『人間を幸福にしない日本というシステム』 カレル ヴァン ウォルフレン
第一刷は、1994年11月30日の本です。
日本は、日本国民は、それから約20年がたって、どのような成長が出来たのでしょうか。
以下すべて引用です。誤字脱字、転記間違いございましたら、御容赦お願いします。
(引用開始)
「内需拡大のために国民の懐に現金を差し入れるべきなのに、それどころか彼らは消費税にくわえて
公共料金まで上げたくて仕方なくなっている。日本の経済の健全性と貿易相手国との関係を
広い視野でながめればわかる。これは悲惨な状態だ。これは、世界との関係の基盤と日本経済の
双方にさらなる打撃となるだろう。」
「もし、55年体制に取って代わるのが、野党と一応言われている党が集まってできた「巨大な自民党」
のようなもので、はっきりと別の政策原理と政策目標を掲げるのはもしかして共産党だけ、
という事態になれば、それは悲惨なことになる。それは、1930年代の政治エリートの有力者たちが
「大政翼賛会」―党派的活動が完全に排除された政党システム―をつくったとき、胸に描いていた
図式と同じものだからである。
「管理された共同使用のリアリティより、個人としてのあなたが頭のなかに描くリアリティのほうが、
つねに内容が豊かだ。この事実こそが、あなたを一人の独立した人間にしている。すなわち、
このことこそ人間であることの真髄である」
「政治化された社会を維持し、人々を社会の檻に閉じ込めておくための、組織的なぺてんで
成り立っている国だ。リアリティの管理は、著しく効果的におこなわれている。」
「あなたの勤めている会社も、会社の利益になる「常識」という名のリアリティを、あなたに与えている」
「リアリティ形成における社会的組織の影響力は、あなたの視野を制限することに威力を発揮する。」
「民主主義の実現のためには、一般の人々に情報が公開されていなけらばならない。
簡単に情報が手に入らないという場合は、戦ってでも手に入れなくてはならなくなるだろう。
民主主義と説明する責任(アカウンタビリティ)と情報―この三つは分かちがたく結びついている」
「日本には、政治的な意味で力をもった知識人階級がない。そうした知識人階級は必要なのだ。
市民はそれをつくる手助けをしなければならない。」
「日本の市民がなすべきことは明らかだ、と私は思う。この社会がおちいっている有害な惰性を
打ち破ること、それがあなたの課題だ」
「日本を変えるためのあなたの小さな貢献が、もし的を射たもので、しかも他の人たちの
小さな貢献とうまく結びついたなら、相当有意義なものになるかもしれない」
「個人としてのあなたでも、あなたを取り巻いている社会のあり方を変えられる、そしてさらに、
日本の変革に手を貸せる」
「個人はすべて、少しだけなら自分の環境を変える能力がある。」
「とても小さな努力の積み重ねが突然大きな結果を生むことがあり、それがさらに重なれば
巨大な変化をうむこともある」
「調和のイデオロギーが日本にとって有害なのは、それが嘘のかたまりをつくり出すからだけでなく、
日本社会における争いごと(コンフリクト)の正当な役割まで否定するからだ。
われわれには対立が必要だ。」
「真の市民精神を守るために、勇気がいる」
第三部 日本はみずからを救えるか?
第1章 個人のもつ力
無能と無関心、惰性の克服、情報の罠
第二章 思想との戦い
リアリティをつくる者、「日本文化」という概念、「調和(ハーモニー)」という幻想
対立の必要、「ユニークさ」という幻想、権力の否認、「日本人らしさ」
知識人たちの裏切り、「西欧中心主義」とは?、文化相対主義の罠、
知識人をゆり動かせ
第三章 制度との戦い
市民チームのあり方、「市民社会」の決定的重要性、無関心をめぐる神話
乗っ取られた世論、新聞に大革命を!、従順なる大学
第四章 恐怖の報酬
敵の大好きな戦法、私の身におこったこと、
真の市民の勇気
第五章 成熟の報酬
「外国モデル」の罠、侵食される欧米の市民社会、
恐怖心とロマンチシズム、神経症にかかった国、愛国心が試されるとき
【1039】[1181]オーストラリア在住の 会員からの 現状報告の文を転載します。
副島隆彦です。
「今日のぼやき」の方に、私の新年の初め一本目の気合(きあい)の入った文を書きました。お読みください。
以下は、オーストラリアに在住の 私たちの会員からの、オーストラリアの政治と経済の全体の様子を概観(アウトルック)した 現地からの報告文です。 私が、この人とのメールのやりとりで催促して、書いて送ってもらったものです。 それをここに、私が、少しだけ手を入れて読みやすくして載せます。
私たちの学問道場は、既成の世界体制(ワールド・オーダー)側のメディア情報 (当然、彼らの都合のいいように統制されて、改変された情報と見方だ) にだけ頼らないで、できる限り、私たち自身の仲間からの世界各地の、各国の真実の情報と、知識を手に入れて、それを皆で共有することが大切です。
私たち学問道場の会員は、世界中の主要な30カ国ぐらいに会員の人がいて、故国の日本からの情報を毎日、ネットで見ています。私は、この海外の会員たちが、自分が在住する国の様子を、簡単でいいですから、ここの重たい掲示板に気楽に書いてくれることを ずっと、12年間、願って来ました。
私、副島隆彦宛てにメールをくださる会員たちとは、私は、すべて交信しています。 それらは私信(ししん)ですから、何でもかんでもネット上に公開するわけにはゆきません。
私が、死んだあと、私の弟子たちや出版社が、それらおそらく2万本ぐらいになるだろう メールや手紙の交信を、公表する意義があるものは、少しずつ、書き手のプライヴァシーに配慮しながら公開してゆくでしょう。私には、もうどうにも出来ないことです。
私は、世界中にいる私たち学問道場の会員が、「ただ読むだけ」でなく、もっと学問道場に自分も参加して、投稿してくれることをずっと待ち望んでいます。
しかし、「文章を書く」、「書いて公表する(人々に読んでもらう)」ということは、物書きのプロウを目指す人間でなければ、なかなか日常的にはできることではありません。
最近、一生懸命書いて投稿してくれる 大城さまのような、どうしても、肩肘(かたひじ)が立った、大きく振りかぶったような文になる人が多いです。 それはそれでいいです。 会員は、もっと自分の意見を書いてください。 そして交流してください。お願いします。
私たち学問道場の会員が、もっと団結して、この「ネット系の言論革命」を日本で推し進めなければ、日本国には、もう、本当に本当の自由な言論の火、灯火、灯(ともしび、トーチ)は無くなるのです。 お願いします。
副島隆彦拝
(転載貼り付け始め)
Sent: Monday, January 07, 2013 5:29 PM
Subject: Re: ご依頼の件
**** さまへ
副島隆彦から
本年もよろしくお願いします。
年末に、**さまから、以下の貴重な オーストラリアの 政治、経済の 現状の ご報告をお送りただいておりました。私は、この文章を 年明けに掛けまして 4回読みました。
そして大変勉強になりました。オーストラリアの現状、現実が、**様の文で、手に取るように分かりました。 私が新聞で読んでいるような記者たちの事件を中心にした文とは、また味わいがちがいまして、それらと重ね合わせることで、現地にいる 日本人の 目から見た 冷酷な第三者の しかし、庶民の目からの 優れた 分析になっています。
**さま。 この文は書き手の特定ができない用意周到に出来ている文ですから、私が、手を入れて読みやすくしてから、重たい掲示板 に「会員からの オーストラリアの現情 報告」 として載せます。 どうぞご了解ください。
もっと日が経ちましたら、そのうち**様がご自身で、重掲に気軽に投稿していただけるようになりますと本当に、会員たちと気持ちが通じて、「ああ、この人は学問道場の会員だからウソは書かないで、すっきりとした 簡潔な真実を書いて伝えてくれて、私たちに教えてくれている」 と 感謝するでしょう。
私は、世界各国に居る 私たちの会員が、ここを読みに来るだけでなく、もっともっと自分から現地報告をしてくれることを強く期待しながら生きてきました。 この希望と 期待はいまも強くあります。
とりあえず**さまの 以下の文を載せます。 どのように書き変わったかを、ご自分で読んでお楽しみください。 読み易く分り易くすると、このようになるのです、ということの 見本として、どうぞ**さまご自身の 文章力の向上に、プロの物書きである 私、副島隆彦(学問道場の先生ですから)の 朱筆をお役立てください。
この度は、私からの無理なお願いをしまして、お聞き届けいただき手間をかけて書いてくだいまして、本当にありがとございます。 重ねて感謝申し上げます。 今後とも「副島隆彦の学問道場」をよろしくお願いします。
副島隆彦拝
副島隆彦さま
2012年12月27日
****から
豪州(オーストラリア)の政治経済について
オーストラリアは、政治的には米英のように2大政党で交互に政権は運営されています。極端な政策の違いも見受けられません。
ですから自由党、労働党、共に私の考えでは(異論はありましょうが)呼称が違うだけの右、右の政党が2大政党(勢力的にも拮抗)であり政治的には非常に 安定した国という印象があります。
経済では、この安定性がリスクの軽減であり、高金利政策とあいまって世界中からこの国に投資があるのでしょう。
振り返りますと豪州経済はご承知のとうり、農業と鉱業の国でその2大産業が屋台骨を支えております。 折からの世界的な資源ブームと気候変動による穀物高騰や需要増などにより、10年以上も好景気を謳歌して来ました。
農業は一見して地味です。が、その一方の雄である好景気に沸いていて巨額の利益を上げていた世界的鉱山会社の好待遇(大学新卒の年棒が10万豪ドル。900万円 )が 庶民の嫉妬、羨望の的でもありました。
そこに目をつけた当時の首相ケビン・ラッドはその年に総選挙が予定されていたため、選挙対策用に「資源超過利潤税」 の導入を発表しました。
とたん鉱業界から猛反発をくらい、おまけに隠然たる力を持つ鉱業ロビイストの影響力もあり党内での支持を失い、結局辞任に追い込まれました。
しかしこの労働党の前首相ケビン・ラッド(流暢な中国語を話す元外交官として世界的に有名でした)は、国民受けする政策の実行力があります。
ですから、国民には同じ労働党の現女性首相ジュリア・ギラード (えらく美人のいかにも、オーストラリアの牧羊犬のシュエパードとそっくりの細身で長身の体型をしている、オーストラリア美人女優のケイト・・・や・・・のような。副島隆彦の勝手な割り込み、加筆。失礼。)よりも明らかに人気があります。
豪州国民はコンサバティヴだと言われます。が 国民は政治には無関心ではなく 10年以上政権を握って、好景気を謳歌していたのにもかかわらず、変化を求め政権を自由党から労働党に鞍替えさせました。それどころか現職首相(ジョン・ハワード)を総選挙で落選させる、ということをしました。
国民が本気になれば首相の首を飛ばせるのだぞ という意思を示しました。どこかの国では考えられない選択をしています。
今は政治的な大きな問題もなく、しばらくは平穏に推移してきました。
政府は最近になってアジア白書なるものを発表し、これからアジアが世界市場をリードし世界経済の中心になるだろう。 豪州は経済的に欧米から完全にアジアにシフトすると明確に言っています。
このことは国民にアジアの言語の習得を奨励しその指導者の育成にも言及しており戦略においても優れています。 留学ビジネスにも力を要れ世界中から学生を受け入れています。
2100万人という少ない人口でありながら、意外ですが、2012年度の「大学の世界ランキング」に100位以内に5校も入っています(日本は2校)。
学生だけでなく一般移民も積極的に受け入れています。が、豪州に必要なスキルの持ち主であるかどうか。資金を持っているかどうか、など入国を許可する際の移民の資質にも明確に言及し、政府は物怖(ものお)じすること無く述べています。
審査も厳格で出身国の警察から無犯罪証明書の提出の義務があります。どこかの国のように留学生だと思って受け入れたら、盗人予備軍だったというようなことはありません。
アフリカ諸国から人道的な難民の受け入れもしています。一般移民共々、永住権や市民権を取得するとMedicare(毎月の支払いは無し)という医療制度(入院費、手術費等無料)や、福祉の chilicare などは日本の子供手当てに相当する。一人当たりに年$5000を超えます。また出産費用は無料で、さらに一人$7000のボーナスがあります。
豪州国民と同等に扱われある意味開かれた公平な国でもあります。老齢年金(毎月の掛け金等無し)も永住権取得後10年過ぎると65歳から無条件で支給されます。 勤労者はさらにスーパー・アニュエーションがあり掛けた年数、金額に関わりなく65歳から自由に引き出せます。
日本のように年金の年数が足りずに掛け金がすべて無駄になるという泥棒のような制度ではありません。
この10数年で人口増、世界中からの不動産投資と好景気を背景に大都市圏の不動産価格の高騰、家賃の高騰で(シドニーでは、もはや東京の不動産価格と遜色ありません) 成金的に裕福になった人が大勢出現しています。
そのかわりに一般的な庶民には、自宅を持つのは夢となりました。以前は伝統的に、豪州人は子供が自立する年齢に達したら家から追い出すようにしていました。
が、今では若年者では自前で部屋を借りることもできない程、家賃が高騰したので親元に居るか、もしくは数人で部屋をシェアするのが当たり前になっています。賃貸し物件が不足がちなので、シドニーでは、ちょっと前ですが、アパートを賃貸するのに「家賃の入札」をやった家主もいたほどです。
日本のようなマネーゲームでの高騰ではなくて、需要があり供給不足の高騰なので現在は落ち着いています。が、高値安定したままです。オーストラリアは、このあとリセッション(景気後退)になっても、急激な価格下落はあり得ないでしょう。
世界的に2009年のリーマンショックにより、リセッションが叫ばれています。 遅ればせながら豪州にも、今年初めあたりから、その傾向が現れています。
私のような庶民の目線からですが メイン・ストリートの路面店に空き店舗の看板が目立ち始めました。 飲食の繁盛店でも客数に変化が無いのに売り上げが落ちているとのことです。
過去にはなかった、2大スーパーマーケットによる安売り合戦もそうです。豪州の会計年度末は6月ですが 申告期限の8月に、私が聞いた公認会計士の話では 扱っている飲食店の9割が赤字決算だったそうです。
豪連邦準備銀行(中央銀行)の金利の差配(さはい)に従わない(すなわち、政策金利を下げても貸し出し金利の方を下げないで無視する市中銀行)銀行が現れたり というように、豪州も食料大国、資源大国と胸を張っている状況にはなく、経済の建て直しが政治の本題になりつつあります。
以上
この程度のことくらいしか私には書けませんが、副島様の参考になれば幸いです。
**** から
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦拝