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Loginはこちら【1087】[1230]「アジア人同士戦わず」を蝕むもの
「火縄虫」
火縄虫 恫喝砲に 跳ぶ霞
ひなわむし どうかつほうに とぶかすみ
焼野へと 鳩の見ぬうち 火縄虫
やけのへと はとのみぬうち ひなわむし
火縄虫 トゲの山超え 薔薇の蜜
ひなわむし とげのやまこえ ばらのみつ
火縄虫 墓石へ傘は 花水木
ひなわむし ぼせきへかさは はなみずき
「火縄虫」とは、季節を限定しない詠者独自の表現です。
「火取虫」ですと、夏の季語となる様です。
夏に限定したくない場合でも使える虫の枕詞として、
勝手ながら「火縄」を使いました。
自然観察によるものではなく、観念的な句です。
蚊の様なもの。
ミミズの様なもの。
コガネムシの様なもの。
アメリカシロヒトリの様なもの。
色々な力に弱いもの。
平和を蝕む強いもの。
戦争を喰い物にするもの。
影でコソコソするもの。
「沖縄県」
「軍事大国」「CIA」「巨大資本」
「ISD条項」「ラチェット規定」
「法の支配」「対話と圧力」
「日米地位協定」「日米安保条約」「日米原子力協定」
「ネオコン」「戦争経済」「軍需産業」
「オスプレイ」「F14」
「密約」「保身」
「ニューヨークの州花」
「We are the 99%の声」
「アーリントン墓地」
などの言葉を思い浮かべながら、
それぞれの虫を、自由に当てはめてみて欲しいと思います。
すでに詠んでいた、
「TPP バスに飛び乗る 火縄虫 夏を待たずに 参加表明」
を、少し練ったので下記に投稿します。
あくまでも、「平成25年春のうた」です。
鳥が舞い バスに飛び乗る 火縄虫
梅雨も待たずに 鳴く声凍みる
とりがまい ばすにとびのる ひなわむし
つゆもまたずに なくこえしみる
米の国(こめのくに)
お米(コメ)の国(くに)は ベイの国(くに)
塀(へい)ではなくて ベイの国(くに)
米蔵(こめぐら)高(たか)く 舞(ま)う鳥(とり)は
鷲(イーグル)なのか 鷹(タカ)なのか
とんぼ返(がえ)りの 黒(くろ)い影(かげ)
空飛(そらと)ぶ虫(むし)か 鳥(ちょう)なのか
バスの灯(ひ)に寄(よ)る 乗客(じょうきゃく)は
火縄(ひなわ)を嗅(か)いで 擦(す)る虫(むし)か
鳥(とり)の真似(まね)して 鳴(な)こうにも
羽音(はおと)が耳(みみ)に 障(さわ)るだけ
遠(とお)くの陸(おか)で 雨降(あめふ)れば
地(ち)が固(かた)まるか 黴(カビ)るのか
季節(きせつ)はずれの 憑(つ)きもの映(うつ)す
お上(かみ)は 禍難(かなん)の 空模様(そらもよう)
【1086】[1229]ついにユーロ加盟国 キプロスで預金封鎖(よきんふうさ)が始まった。
副島隆彦です。 以下に載せる記事のとおり、地中海のキプロス国(ギリシア系とトルコ系の人々からなる)で預金封鎖(よきんふうさ)が始まった。以下の記事にある通り「 キプロス、預金課税で混乱=銀行引き出し凍結 」である。
今年の秋を待つまでもなく、ヨーロッパ国家債務(ソブリン)危機は再発するだろう。 ヨーロッパ危機は、ポルトガル、スペイン、イタリアが中心となる。キプロスは、EU27か国の加盟国で、さらにその中のユーロ通貨圏(ゾーン)に入っている17か国の一国である。
キプロス国内のすべての銀行預金からの一律( 預金額に応じて3%から 12%)での 緊急の課税という手段で、国の財政破たんを回避しようとする法律の、緊急での議会議決が有って(現在、再審議中)、国民には寝耳に水で、18日(月)の朝から、それを実施しようとしていた。
キプロス政府は、危機に陥っている自国の財政再建のために、EU委員会とECBヨーロッパ中央銀行の承認と後押しを受けて、今回の、不意打ちの、ファシズム的な電撃の政策を実施した。 この強制政策の秘密情報に事前に接近できなくて、(権力者層からつんぼ桟敷にされて、)銀行からの預金引き出しに失敗した人たちの 怒りが巻き起こっている。
キプロス政府は、主にロシアの ”オリガリヒ(新興財閥、経営者たち)”を狙い撃ちにして、彼らがロシアから持ち出してキプロスの銀行に、タックスヘイブン(租税回避地)の低課税国の誘因に引かれて預けてある資金への強制課税を目論んだ。ロシアの”アルミ王”のロマン・アブラモビッチ、とオレグ・デリパスカの資金の凍結が隠された目的である。
これらの人物像は、私たちが書いて出版した『新興大国 権力者図鑑』(日本文芸社、2011年9月刊)に余(あま)すことなく出ています。勉強になりますから今からでも買って読んでください。
キプロスの預金封鎖 =銀行の引き出し規制、預金凍結は、近い将来の日本でも起きるだろう。現在、日本の金融当局は、アメリカに追従して、言いなりになって、 迫りくる世界金融恐慌(世界きんゆうきょうこう)を、「そんなものは起きていない」という振(ふ)りをするために、徹底した金融統制、銀行の引き出し規制(まさしく預金封鎖だ) を行う準備を、着々とやっている。
気持ちが悪いぐらいに、不愉快極まりないぐらいに、財務省、金融庁、国税庁の 彼ら、「お金警察官」による 日本国民への統制、規制、生活干渉が、あらゆる手段を使って、日に日に、厳しくなっている。
副島隆彦の本の読者の皆さん。迫りくる危機の事態に、それぞれがしっかり厳しい自覚を持って、早め早めに対応、対処してください。甘い考えをしている人は痛い目に遭う。「安倍首相よ、ウソでもいいから、アベノミクスで、円安と株安、地価の上昇(もうすぐ25日に、大ウソの発表をするだろう)で、景気回復の夢を見せてくれ、少しは国民に、良い目を見せてくれ。やっぱり自民党に戻ってよかったね」 と 馬鹿な期待と願望をしてる人たちは、騙(だま)されて、絶望の底に突き落とされるだろう。
しっかりした頭の人たちは、今のうちから、余分の(有れば、だが)銀行預金を下ろして現金で手元で保持するか実物資産(じつぶつしさん、タンジブル・アセット)にどんどん代えて(変えて)ください。
私は、昨日、フーフー言いながら、私の新刊書の 『 浮かれバブル景気 から 衰退させられる日本』(徳間書店刊) を書き上げた。3月28日ぐらいから都市部の大手の書店には並ぶだろう。乞うご期待。
副島隆彦拝
(新聞記事、転載貼り付け始め)
●「 キプロス、預金課税で混乱=銀行引き出し凍結 」
2013年3月18日 時事通信
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013031800072
ユーロ圏の金融支援と引き換えに銀行預金への課税を行うキプロスで、混乱が
広がっている。国民が激しく反発しているほか、議会での関連法案可決 も危ぶ
まれ、目標の19日朝までの徴収は不透明だ。
現地からの報道によると、同国中央銀行は取り付け騒ぎなどを防ぐため、「一
時的かつ当面」、銀行の国内外での預金引き出しや振り込みなどの取引 を停止
するよう指示を出した。また、政府は祝日明けとなる19日に、混乱回避のため
銀行を臨時休業させることを検討。議会採決に時間がかかれば、 休業延長もあ
るとしている。
●「 焦点:キプロス支援、預金者負担は「危険な前例」に
2013年3月18日 ロイター
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE92H01C20130318
ユーロ圏財務相会合がまとめたキプロス金融支援策に、銀行預金への課徴金という異例の措置が盛り込まれたことについて、市場関係者の間では「危険 な前
例」になりかねないとの懸念が浮上している。
ユーロ圏財務相会合は15日夕方からの徹夜の協議の末、100億ユーロ
(130億ドル)のキプロス支援策を決定。預金者から最大約10%の課徴金
を徴収する。
欧州中央銀行(ECB)は、必要な場合無制限の国債買い入れを実施する意向を示しているが、市場では、将来別の加盟国の支援が必要になった場合、 再び預金者が負担を強いられるのではないかとの懸念が浮上。
キプロスは金融支援がなければ、デフォルトするとみられ、ユーロ圏に対する投資家の信認が再び揺らぎかねない事態となっている。
ニューエッジ・ストラテジーのアンナリーザ・ピアッツァ氏は「前例のない極端な措置だ。ユーロ圏周辺国が多少パニックに陥るだろう。資本流出の可 能性も否定できない」と指摘。「目先、周辺国の(国債利回り)スプレッドに一定の影響が出る。ユーロ安進行の可能性も否定できない」と述べた。
<議会審議の行方は不透明>
金融支援策の発表を受け、キプロスでは現金自動預払機(ATM)から預金を引き出す動きが広がり、ATMの資金は多くのケースで数時間で枯渇し た。
大半の預金者は16日午前以降、預金を引き出せない状態で、今後混乱が広がる可能性もある。
ユーロ圏当局は、キプロスからの資金流出の兆候がないか監視する意向を示しているが、資金流出があった場合の具体的な対応策は示していない。ECBのアスムセン専務理事は16日、「我々にとってキプロスはシステム上重要だ。経済規模は小さいが、混乱が生じれば、昨年大きく進んだユーロ 圏の安定が脅かされる恐れがある」と述べた。
キプロスでは18日が銀行休業日となり、即座の反応は限られる見通し。議会が金融支援策を承認すれば、19日に課徴金が適用される。
ただ、議会が支援策を承認するかは不透明。承認できない場合は、デフォルトへの懸念が強まるとみられる。議会では17日に支援策をめぐる審議が予定されていたが、事前の調整が必要として、18日に延期された。
アナスタシアディス大統領は議会に支援策承認を求めているが、絶対多数を握る政党はなく、すでに3党が支援策を支持しない意向を示している。
JPモルガンのアナリスト、アレックス・ホワイト氏は「与党が自信を持って期待できる賛成票は(56議席中)26─28票程度だろう。野党は26 票前後の反対票を確保できるとみているのではないか」とし「非常に僅差で、現段階では予想がつかない」と述べた。
<スペインが試金石に>
これまでのところ、キプロス以外の欧州諸国では目立った混乱はみられない。
バンク・オブ・キプロスBOC.CY は、英国のウェブサイトで、キプロスの銀行の海外支店には課徴金は適用されないと説明。スペイン中銀も、スペ インからの資本流出の兆しはないとしている。
バークレイズは「過去の支援プログラムで、今回と同じ措置がとられていれば、預金流出や国債下落が他の周辺国に波及していたかもしれないが、それ に比べれば、影響はかなり限られるだろう」と指摘。「ギリシャを含め、周辺国の預金流出の可能性は低いとみている」と述べた。
ただ、市場には不安が広がっている。
チェコの元経済相で、現在はゴールドマン・サックスの国際アドバイザーを務めるウラジミール・ドロウヒー氏はロイターに「ドイツなど欧州北部の有 権者が一定の負担を求めるのは理解できる。ただ、事実上預金の1割を没収するというのは、危険な前例だ」と指摘。「混乱が深まれば、5割没収と いった話にもなりかねない」と述べた。
キプロスの混乱が他国に波及するかは、スペインが試金石になるだろう。
欧州中央銀行(ECB)の最新統計によると、1月のスペインの預金残高は横ばいで安定。スペインは昨年、国内銀行向けに400億ユーロの金融支援 を受けており、銀行の資金は潤沢だ。スペイン政府も市場から問題なく資金を調達できており、支援申請が必要な状況ではない。
ただ、一般の預金者の間に不安が広がる可能性は否定できない。
ザンクトガレン大学(スイス)のシモン・エベネット教授は「キプロスの救済条件を特殊な例とみることはできない。ユーロ圏の重債務国や海外預金者 に送ら
れたメッセージは明白だ。リーマンのケースとは違うが、システミックリスクへ
の懸念が無視されているのは明らかだ」と述べた。
欧州議会のシャロン・ボウルズ経済・金融問題委員長も「預金保証制度が台無しになる」と批判した。キプロスの銀行預金の多くは、ロシア人や英国人の預金。これまでのところ英国、ロシア政府から抗議の声は出ていない。
ただ、デンマークのサクソバンクのラルス・セイア・クリステンセン最高経営責任者(CEO)は自身のブログで「金融支援発表の会見では、1回限り の措置と説明していたが、別の国で同様の措置を導入する可能性は否定しなかった。1回やれば、またやる可能性がある」との見方を示した。
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦拝
【1085】[1228]あるイギリス人から聞いたこと
大川です。外国人の友人と話していて、時々、ものすごくビックリすることがあります。それは何気ない会話の中で、何気なく発せられたひとことだったりします。
仕事仲間のイギリス人男性のWさんとTさん、私の3人で、我々の意見に反対するグループを説得する方法を検討していたときのことです。いろいろな意見が出尽くした頃、Wさんは何気なく、「まずこれでやってみよう。Divide and Ruleだね」、と、つぶやきました。
私は一瞬、耳を疑いました。Divide and Rule(またはDivide and Conquer)とは、たしか、昔イギリスが植民地政策として採用した分割統治のことではなかったか?支配者側のイギリスは自分たちに民衆の反感が向かわないよう、民衆内部の分断と対立を仕組む・・・そんな冷酷な方法を、意見が異なるグループとはいえ、同じ仕事仲間の日本人に用いるというのだろうか?Wさんはとても温和な人だというのに。
あれこれ考えた結果、とりあえず到達した仮説は次のとおりです。
Divide and Ruleは古代ローマまでさかのぼる統治方法であるが、政治や外交だけの概念ではなく、必ずしも卑劣な手段を使うわけでもない。欧米人が日常の人間関係の中で、自分の主張をうまく通すための戦略として自然に身につけている思考様式でもあるのではないか。日本人も、敵対するグループを仲間割れさせるくらいは、仕事や人間関係でやっているだろう。しかし、戦略として自覚しているケースは少ないかもしれない。
もちろん、この一件だけで一般化してはいけませんが、国際政治では、日本がアジアの近隣諸国と敵対することで有利になる国やグループがあるだろうし、中東でも同様だと思います。原発放射能問題にも当てはまるかもしれません。その時に、これはDivide and Rule戦略かもしれない、と少しでも疑ってみることが、分断される側に立ったときに非常に強力な思考方法になるはずです。そして、日本人が能動的に、正しい方法でDivide and Rule戦略を活用することも、この厳しい国際社会で生き残るためには検討に値すると考えます。
【1084】[1227]総理一任
「TPP バスに飛び乗る 火縄虫 夏を待たずに 参加表明」
一部の人間の合理的選択が、多くの人にとって不合理だとしたら、
説得力に乏しい「ロゴス」を用いて、あとは「パトス」に訴えるということでしょうか。
タテマエが「国益」で、本音は「耐えがたきを耐え」となるのでしょうか。
「属国であるということ」が、読むべき空気。
最初から参加ありきなら、長老に一任して、落としどころを探すだけ。
「ルールを作る側」という、早期参加の正当性は、説得力があるのでしょうか。
中国の国家資本主義と対峙して、どのように中国の成長を取り込んでいけるのでしょうか。
中国へはまた別のアプローチをするのでしょうか。
(以下すべて引用。)
『それでも中国は巨大な成長を続ける』副島隆彦
まえがき
「果たして、中国からの撤退など簡単にできることか? できるはずがない。
今も成長し続ける巨大な中国市場を無視して、日本国が生きていく道はない。」
『その言い方が人を怒らせる』加藤重広
第三章 ロゴスとパトスを使いこなす
論理を意味する英語のロジック(logic)は、古代ギリシャ語のロゴス(logos)と語源
が同じである。ロゴスは、「理法」と訳すこともあるが、「論理」であるとともに、「理
性・真理」であり、「言語」、特に「神のことば」でもある。神のことばは真実を語る論理
であり、理性のことばだと考えると、ロゴスのなかにいくつもの意味がとけ込んでいるの
も当然だと思えてくる。唯一神的な世界では、神こそが理性であって真理であって、神の
ことばこそが論理として正しいことを伝えると考える。しかし、日本のような多神教的な
世界では、唯一の真理を表すことばという発想は出てきにくい。八百万の神々は、それぞ
れに合理性と正しさを持っているかもしれないが、すべての神々の言う真理が矛盾なく成
立するとは限らない。唯一の≪真理=論理=言語≫であるロゴスが世界を支配する西欧世
界に対して、日本をはじめとする汎神的な世界では個々の≪真理≫が世界の中で調整され
て均衡して安定を得ていると言えるだろう。
私たちは、自分たちがどう感じているかを人に伝えようとすると、それがことばで思い通りに表
現できなくてもどかしく思う。これは、ロゴスに対して、気持ちや感情を表すパトスとい
う言い方で象徴することができるものだ。
第四章 読むべき空気と読まざるべき空気
「場の空気」は、特定の集団や地域や文化ごとに決まっている常識のような
ものであり、その決まりを知らない者にはわからないことが多い。
「人が作り出す空気」とは、いわば聞き手が望んでいることや想定していることの総体である。
ことばにして口に出すのはロゴスだけだが、そこからパトスを推測して読み取れ、と言い換えていいか
もしれない。この場合、ロゴスは建前に、パトスは本音に近い。
終章 時代の求めることばのありかた
かつて、日本の共同体がムラ社会のあり方を基本にしていたころには、いちいちロゴス
として説明しなくとも、みんなが納得しているというパトスのレベルの一体感さえあれば、
物事はつつがなく動いていったのかもしれない。いまでもよく「(最終的に)一任する」
という決定方法が日本ではよくとられるが、実はロゴスのレベルで考えてもうまくいかな
い場合や、単純に結論が得られない場合には、パトスとしてみんなが受け入れられるかた
ちにすることで、落としどころを得るのが日本人にとっては丸く収まるからだろう。
【1083】[1226]南相馬の近況
震災から2年が経とうとしています。
震災当初は1万人まで減った市の人口も、5万人近くまで回復してきました。
他地域からの被災者も滞在しているので、もう少し多い実感です。
雪の多い会津にあった大熊町の仮設住宅は、分解されて市内に運び込まれ再築されています。
http://1.bp.blogspot.com/-47LaACqHh8U/UTsT6YsO1uI/AAAAAAAAAbs/p-LKxQclspc/s1600/IMGP0724.JPG
ただ、若い人はまだ戻ってきてません。震災前はコンビニなどで働いていた中国人の出稼ぎ労働者も戻りません。
津波による損傷が酷かった市内の火力発電所はすっかり復旧し、2月からは試験運転が始まっています。
http://1.bp.blogspot.com/-vVVCXUeLSk0/UTsT7ONJAdI/AAAAAAAAAb4/DrUyNfqLyic/s1600/IMGP1024.JPG
同じく津波で被災した真野川河口の漁港も復旧しました。
http://3.bp.blogspot.com/-6VsTVFXDW-Y/UTsT7TyZnvI/AAAAAAAAAb8/V18Yyc90iIQ/s1600/IMGP1034.JPG
町中では新しい飲食店なども開店し、少しだけ復興ムードが出てきています。
もともと潰れるべきだった工務店や建設会社までが、
社員への給与補償や、除染などの復興関連事業でゾンビのように息を吹き返してます。
休眠状態のまま、賠償金だけもらっているような会社もあるようです。
農業の方は、市内での稲作が今年も耕作中止となりました。今の状況では、風評で作っても売れないだろうという理由です。
それと、現在、農地から宅地への転用が被災者の住宅建設目的の場合のみ、認められやすくなっており、
跡継ぎもいない老齢の農家は、農地を宅地化して売り払う動きが多くある事情もあるんだろうと思います。
昨年は人手が入らなかった田んぼや畑で、外来種のセイタカアワダチソウという植物が在来の植物を駆逐し生い茂っている様子をよく見かけました。
この黄色い花を咲かせる植物は、根から微量の毒をだし、他の種の植物を根絶やしにし、最終的には自分の毒で自家中毒となり枯れてしまいます。
そういった毒のため、田んぼの土が使い物にならなくなってしまうそうです。
http://2.bp.blogspot.com/-q0Fn0sMjPtI/UTsa0kTadiI/AAAAAAAAAcU/Gf2sGgP1bIs/s1600/IMGP0378.JPG
最近の新聞折り込みの求人チラシです。
こちらの生活感覚がいくらか伝わるでしょうか。
http://1.bp.blogspot.com/-q8VsUNzHMW8/UTxeDzS979I/AAAAAAAAAck/g2kTG8h7ul8/s1600/IMGP1095.JPG
http://4.bp.blogspot.com/-GOacx5E9ies/UTxeD37qA-I/AAAAAAAAAco/868LnPtFFUE/s1600/IMGP1094.JPG
<除染事業について>
市内の幾つかの仮置き場がようやく決まり、来年度から本格的に除染事業が始まるようです。
南相馬市の除染事業は提案コンペで竹中工務店が請け負うことになりました。結局、予算規模は400億円程になったようです。
埃よりも小さい物質を地面から取り除くという公共事業をどこまで本気でやろうというのか、私は半信半疑です。
<住宅事情について>
相変わらず市内では賃貸物件が足らず、被災者の生活再建や復旧・復興事業の足かせとなっています。
少ない空き部屋を被災者と復興事業者で取り合っている状況です。
物件が足りない理由として、借上げ制度による物件の差し押さえ状態があります。
借り上げ契約だと、どんなオンボロな物件でも最低6万円の補償金が県から貸主へ支払われ、
借主は家賃負担がないので、一度借りると元の家に帰還しても借りっぱなしのままでいるようです。
この補償金を当て込んでか、一棟7千万円から一億円ほど建築費のかかる集合住宅が、市内のあちこちで建設中です。
復興補助金が200万円ほど出るものの、元が取れるかは疑問です。
警戒区域の帰還困難の被災者がそろそろ帰還をあきらめて、中古住宅を購入したり、
土地を買って新築するケースも増えています。
少し前は、大工や、特に内装の請負人員が足らず、購入の契約をしても引き渡しまで3年待ちと言われてましたが、
今は全国規模の工務店では人員を増強して、早く引き渡しできるようになったと聞きました。
<隣の小高区や浪江町の状況>
市の南部の小高区では、水道工事で掘り起こした土を置いておく仮置き場が昨年終盤にようやく決まったので、
復旧はまだまだこれからです。
国指導のがれきの撤去作業が2月1日から始まりました。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG3104F_R00C13A2CC0000/
http://www.kfb.co.jp/news/index.cgi?n=201301303
小高区や隣の浪江町の賠償は、住民の帰還できない警戒区域指定から5年間を経過すると住宅については全損扱いになり、
全額賠償される事になっています。(5年間に満たない場合は年数で比例した分が支払われる)
しかし実際は、人の手が入らずに1年半放置された住宅は、相当損傷が進み、大がかりな改修をしなくては住めなくなってしまっているそうです。
小高の住人の話では、水道管が鉄管の場合は、錆びて使い物にならなくなっており、
屋内の家財や畳は、雨漏りやカビで損傷して、またネズミが繁殖して家の中が荒らされていて柱がかじられるなどの被害もあるそうです。
その人は相当不満が高まっているようでした。
また、野生のイノシシと家畜の豚の合いの子のイノブタ(猪の凶暴性と豚の繁殖力と食欲を併せ持つ)により屋内が荒らされるケースもあると聞きました。
近況は以上です。
【1082】[1225]第4回投稿(私の基本戦略[序文])の投稿遅延について
会員番号6720の岡 末雄です。
[1214]第3回目投稿で「私の基本戦略―日本人民が日本国民となり、真に自由であることを追求していくために」の序文の投稿を予告しておりましたが、3週間余を経過した現在でも脱稿に至っておりません。私が長年在籍した地方公務員の世界でも、事案によりましては許されざる咎です。ましてや、多士済々の学問道場の会員の皆様の心中におかれましては。
今回は3つのやんぬるかなの言い訳をもって、会員の皆様に対する「私の基本戦略」序文投稿遅延の弁明といたしたいと思います。
言い訳その1
平成22年3月末日をもって福岡県職員を定年退職し、公的年金満額支給の65歳を限りとする再任用職員(一兵卒)の職にありましたが、故あって2年2か月を残し、この2月8日辞表を叩き付けました。(叩き付けると言っても、もはや若造ではありませんから徐に丁重に職を辞しました。驚いた管理職の上役は、当然のごとく上役預かりとされましたが、一日たりとも出勤する気はありません。故ありの退職ですから。
翌2月9日から晴れて“毎日が日曜日”の身分となり、昨年3月10日発表の維新八策に対抗すべく、「私の基本戦略」(当然ながら維新八策を多くにおいて拒否するものです。)として、事に触れ折に触れて考察して来た提言を、「重たい掲示板」に投稿することを決意し、満を持して2月13日に第1回目を投稿した次第です。
辞表提出とその余勢を駆って投稿を開始したものの、ハッと虚空を見上げると、己には妻と身体障害者の娘と孫娘を食べさせて行く義務があることに再びハッと気付きました。急遽再就職口を探した結果、私でも務まりそうな職がありましたので、早速応募したところ、選考試験に論文(作文)がありました。合否はともかく論文で人後に落ちては沽券に拘わると思い、受験勉強を開始しました。
これが、投稿遅延の第1の言い訳です。
言い訳その2
投稿する以上、何かepochmakingな発表をして注目を浴びることが得策と考えていたところ、次の重大事に気付きました。すなはち、2015年が終戦70年、2045年が終戦100年!
よって、「私の基本戦略」の発射台は2015年8月15日、設定目標年を2045年末と決めました。投稿遅れを棚に上げて、急がずともよいとする私の勝手な言い訳ではあります。
言い訳その3
2月13日に、初めての投稿・第2回目投稿・第3回目投稿をしたところ、ある会員の方から2月15日に返信メールを頂きました。その方とは、現在も(現在と言ってもまだ2週間余ですが)間断なくメール交換をさせて頂いております。その方のメール内容に幾度となく眼を通していると、私の中に重大なかつ思いもよらなかった心境の変化というよりも心境の激変が生じました。[1211]初めての投稿で触れて置きましたが、天上天下唯我独尊・天の邪鬼を自他共に認めてきた私に、次のような疑問が湧いて来たのです。「序文に限らず現在考えている戦略23策について、原稿を提示し忌憚のない意見を貰って、意見調整・修正加筆のうえで投稿すべきではないか!」と。
己の信念に自信あり、余人の意見聴くに足らずと実践してきた私には、まさに驚天動地の心境でした。その方の承諾を得ましたので、今後、かかる重要な検討作業が加わります
投稿遅延の3っ目にして決定的な理由(言い訳)です。
未だ全容を明らかにしていませんが、「私の基本戦略」は、苦悩・苦悶・苦闘して来た60年余の私の信念・信条の集大成となるものです。
副島先生の著書「The road to hell is paved with good intentions」との出会い以後、先生の山よりも高く海よりも深い造詣に接し、多くを学ばせて頂いたことが、その根底に有ることは論を待ちません。
同時に、素晴らしい博学多識の方の協力を得て、揺るぎない戦略に仕上がることを確信しています。
因みに、「私の基本戦略」は、昨年7月5日付け日本経済新聞電子版にあった「維新八策」改訂案(衆議員選挙用にと、あちらからこちらからと政策を切り取ってきて、まるで山羊の小便のようにダラダラダラと総花的に美辞麗句を並べたもの・・維新の会支持者の方、ごめんなさい。)とは、ひと味違うスッキリしたものとなるでしょう。
平成25年3月4日 早朝東雲の時刻 岡末雄 拝
【1081】[1224]安倍首相のオバマ政権への賄賂(わいろ)日米密約。やはり「50兆円の米国債買い」である。
副島隆彦です。 今日は、2013年2月25日です。
「行きはよいよい、帰りはコワイ」 と 一昨日、植草一秀氏が私との講演会での対談の席でも言っていました。 現在、急激に降って湧(わ)いたような、「円安、株高、土地値上がり」の 浮かれ騒ぎの ようになって、まるでこれで日本の景気が回復する、というような 「花見酒(はなみざけ)の経済学」を日本の 富裕層と 経営者たちはやっている。
安倍首相はアメリカでのオバマ大統領との日米首脳会談(2月22日)の、”意気揚々たる”成果をひっさげて帰ってきて、早速、日銀総裁人事をやっている。
黒田東彦(くろだはるひこ)アジア開銀総裁(元財務省 財務官=No.2)が日銀総裁になり、岩田規久男(いわたきくお)学習院大教授が、副総裁になりそうだという。 岩田規久男は、ジャブジャブマネーの推進者で、日銀攻撃の急先鋒だった。
すべてのシナリオが、日本の財務省を屈服させる形で、安倍首相を操る竹中平蔵のシナリオどおりに進んでいる。 以下の新聞記事が、一番重要だ。 注意深く読んでほしい。
(転載貼り付け 始め)
「 首脳会談、米側は抑えた反応 メディアの関心も低調 」
朝日新聞 2013年2月24日(日)
22日、ホワイトハウスでオバマ大統領(中央右)と会談する安倍晋三首相=ワシントン、樫山晃生撮影
【ワシントン=伊藤宏】 安倍晋三首相とオバマ米大統領の初の首脳会談をめぐり、米政府はオバマ大統領の発言をほとんど発表せず、米メディアの関心も低調だった。実務的に会談に臨んだオバマ氏の姿勢は、政権交代の成果を政治的にアピールした安倍氏とは対照的だった。
22日午後、ホワイトハウスの大統領執務室。会談を終えた安倍、オバマ両氏が記者団の前に姿を現した。両首脳が会談内容について説明した後、米メディアからオバマ氏に飛んだ質問は、日本とは関係ない米政府支出の強制削減について。オバマ氏は質問に答えた後「これは米国内向けの質問だから、次の質問は安倍首相に」と促したが、米側記者から会談に関する質問は出なかった。
そのオバマ氏も、日本の記者からの「尖閣問題についての考えを説明してください」という問いかけには答えなかった。米政府は会談後、環太平洋経済連携協定(TPP)についての共同声明の文書を発表しただけで、会談全体の意義については触れなかった。
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。 TPPについて、安倍首相が強く取引としてアメリカに要求した、「例外なしですべての項目で完全の撤廃ということはない」ということをアメリカは、日本が差し出した50兆円分という 巨額のアメリカ財政へのわいろ金の 見返りとして認めた。
この記事の中の「 ・・・・米メディアからオバマ氏に飛んだ質問は、日本とは関係ない米政府支出の強制削減について。
・・・・・米側記者から(日米首脳)会談に関する質問は出なかった。」 の部分が重要だ。
米メディア と野党である 共和党の議員たちの関心 と疑惑は、「日本は一体、いくらの貢ぎカネをオバマに差し出したのか。それで、アメリカの財政破たんの危機は、何か月先延ばしされるのか」 である。
日本の安倍首相が、オバマ政権に持ってきた「日本政府による50兆円の 米国債買い」 という日本からの米財政への支援金の話である。これは日米密約となっている。そしてこの50兆円で、安倍政権は、アメリカからのTPPの厳しい要求を回避し、かつ、 尖閣問題での 日本の苦しい立場 (中国政府は、本気で怒りだしている) を、オバマが、知らん顔をして、「日本側の要求を、関知しない態度ということで、飲む」 という 態度に出た。
今年中に、中国との軍事衝突( conflagration コンフラグレイション)の可能性が出てきた。そして米軍のこれへの支援はない。「日本は、アメリカに頼らないで自分でやる」と 安倍晋三は、質疑に対して口を滑らせてしまった。以下の記事の中にある。
「行きはよいよい、帰りはコワイ」である。日本の自民党支持の資産家や経営者たちの90% は、今、好景気になりそうだと、浮かれ騒いでいる。 これが、いったい 秋ごろからどういうことになるか、本当に、私たちはこのあとの無様な 日本の衰退国家への道を 凝視(ぎょうし)しなければいけない。
ヒラリーはもういない。だからアメリカは日本を助けない。ホワイトハウスのカーニー報道官は、そのことをはっきりと言っている。
(転載貼り付け始め)
「 米報道官、尖閣問題で返答に窮し「知らない」 」
読売新聞 2013年2月23日(土)21時4分配信
【ワシントン=中島健太郎】 沖縄県の尖閣諸島に関する米政府の立場について、カーニー米大統領報道官が22日の記者会見で米記者の質問を理解できず、返答に窮する一幕があった。
尖閣問題でクリントン前国務長官は今年1月、「日本の施政を害しようとするいかなる一方的行為に反対する」 と、従来より踏み込んだ表現で中国をけん制し、日本政府はこれを歓迎した。同日の日米首脳会談直前の記者会見でクリントン発言に関する質問を受けたカーニー氏は、「クリントン氏はもう長官ではないが……」 などと的はずれの回答をしたうえで、「その発言は知らない」と述べた。
同日の日米外相会談では尖閣諸島への日米安全保障条約適用を再確認したが、大統領の考えを代弁する立場の報道官の関心は低いことが露呈した形だ。
「 日米首脳会談 首相、米の「衝突」懸念に配慮
毎日新聞 2013年2月23日(土)
安倍晋三首相は22日のオバマ米大統領との首脳会談で、沖縄県・尖閣諸島の国有化を巡って関係悪化した中国との対話促進に意欲を示した。中国に対し「日米連携」で対処するのが、日本政府の基本戦略。しかし、肝心の米国は東アジアの安定に向け、中国を過度に刺激しないよう日本側にシグナルを送る。首相は中国や韓国との連携に前向きな姿勢を強調し、米側に配慮した。【松尾良】
対中対話を強調
「(日中対立を)エスカレートさせるつもりはない。対話の窓、ドアは常に開かれていると申し上げたい」
首相は日米首脳会談後の記者会見で、中国の習近平総書記に首脳会談の実現を呼びかけた。中国による尖閣周辺での領海・領空侵犯を受けて、米国では日中間の偶発的な衝突に対する懸念が拡大。首相は尖閣を日本の領土と強調しながらも、冷静に対応する考えを示した。
この日の日米外相会談で、ケリー国務長官は岸田文雄外相に対し、「尖閣は日米安全保障条約の適用範囲」との見解を改めて表明。しかし、首相は米戦略国際問題研究所(CSIS)での質疑で「米国にこれをやってくださいということはない。尖閣は私たちの力で守る」と述べ、米国を巻き込む事態は招かない考えを示唆した。・・・
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦拝
【1080】[1223]石堂清倫の陸軍批判・情報武官小野寺信について
前回の訂正、石堂清倫の陸軍批判と情報武官小野寺信について
田中進二郎です。二週間前に投稿した『アジア人同士戦わず』の思想の源流を探る、についていくつかの間違いがありました。遅くなりましたがお詫び、訂正します。
(前回の間違い箇所1)
「1941年12月8日の真珠湾攻撃の当初から、「八百長」戦争であったわけで、フランクリン・D・ルーズベルトはハワイのパールハーバーに、太平洋艦隊を囮(おとり)として攻撃させる戦術(作戦)を用いた。また日本軍は日本軍で、太平洋艦隊を「奇襲」攻撃した後、第二次攻撃の命令を待っている航空隊に、「攻撃は終了、帰って来い」という命令を出している。
そのころ、ルーズベルト大統領はパーティーで婦人たちに、「もうすぐ、日本が攻撃してくるころだ。ハハハ」と笑みをうかべていた。
そして、その後にあの有名な“Remember Pearlhabour”の演説となるのである。
(参考 「真珠湾の真実」(ルーズベルト欺瞞の日々)ロバート・スティネット著 文芸春秋 ほか この本は副島先生も「必読だ。」と著書で書かれている。)」
と書きましたが、「もしや」と思って調べてみたら、上に書かれていること全てが副島先生の『時代を見通す力』(PHP研究所)のP296~298に書かれている事柄でした。
(ただし「八百長」戦争という言葉は私田中が勝手に書いたものです。)
(前回の間違い箇所2)
「石堂清倫(いしどう きよとも 1904~2001年)が97歳の高齢でなくなられるまえに
グラムシ・シンポジウムというのがあった。アントニオ・グラムシ(イタリア共産党の創設者のひとり ベニト・ムッソリーニのライヴァルだった。)研究家や社会思想家が石堂さんを囲み、グラムシ思想について研究の発表をするという会で、確か、ロマーノ・ヴルピッタ氏が開会の辞を述べていた。ヴルピッタ氏というのは「ムッソリーニ」(中公叢書)の著者で、昨年の六月に「今日のぼやき」(1310 広報ぼやき)で吉田祐二さんが紹介されたの
でご記憶の方も多いだろう。また石堂さんはまさにロシア革命からソ連邦崩壊までの社会主義の世界をずっと生きてきたような、日本の左翼知識人の元祖である。」
と書きましたが、ロマーノ・ヴルピッタ氏ではなく、、グラムシ・ローマ研究所所長ジュセッペ・ヴァッカ氏の間違いでした。(ヴルピッタとヴァッカを間違えるなんて私もバカである。失礼しました)
石堂清倫が日本の軍部がいかに戦略を持たずに、日中戦争を行ったかについて批判している文章があったので、引用します。
(「ヘゲモニー思想と変革への道』~革命の世紀を生きて 第一章より
引用開始)
日本の中国侵略戦争の教訓
第二次世界戦争は世界史におけるひとつの転折点であったといわれる。その一方の主役である日本の、十五年にわたる中国侵略について、戦後いくたの研究がなされ、日本帝国主義の特殊侵略的な性格に反省が加えられたことは事実である。その一方で、歴代の内閣閣僚が戦没者の英霊を慰めると称して、靖国神社に示威的に参拝していることに象徴されるように、形をかえた侵略思想が維持されていることもまた事実である。
一九三一年九月一八日に始まる満洲の軍事占領の結果として、カイライ国家満洲国が建設されたとき、軍部はこれを王道楽土と称した。満洲は実態としては軍事国家であったが、侵略当事者が「王道」、すなわち道徳による統治の看板をあたえたのは痛烈な皮肉であった。われわれの世代のものは、軍民を問わず、青年期に儒教的教養を身につけている。孔子や孟子を大なり小なり読んでいるのである。その孟子は、武力統治を覇道として斥け、道徳による統治を王道として尊重した。関東軍首脳の人びとは陸軍幼年学校、士官学校、そして陸軍大学で何回も王覇の別を教わったはずである。彼らが何ひとつ学ばなかった例はこれだけでなく、とりわけ、教科として重視された孫子や呉子の兵法に反する戦略をとりつづけて敗戦に至ったこととあわせて、よく記憶すべきことであろう。
ついでに言えば、政治における理と力は孟子に始まるわけでなく、彼より三世紀も前にすでに墨子にその兼愛説にもとづく「非攻」すなわち戦争反対論の一節がある。孟子や墨子ほど有名でないが後漢の王充(二七-七七?)の『論衡』巻十に、国を統治するには第一に徳を養い、第二に力を養うことであり、徳を尊ぶならば戦うことなしに同意させることができるという一節がある。
日本人のあいだに普及していた王覇の論が道徳的・倫理的同意形成の政治理論に発展しなかった経過は別に論じなければならないが、このヘゲモニーの事実は日本の中国侵略戦争の経過でも見聞することができたのである。とくに三〇年代後半の日本軍と中国軍との交戦が、しだいに後者に有利に傾き、時がたつにつれ中国軍が個々の会戦に勝利していることをわれわれは知っていた。国民政府軍と人民解放軍との内戦段階では、それがいっそう際だつようになった。
勝利がたんに軍事技術的に得られるだけでなく思想戦としても展開され、戦闘開始以前に「民心」がすでに解放軍に集まっている状況が新聞報道をつうじてよくわかった。ただ、われわれにはそれを道理と暴力の弁証法として理解する力がなかった。国内に居たものもそうであろうが、中国から帰還した兵士たちはもちろんのこと、居留民たちも、軍事に従属した日本の政治しか知らないものが、新しい中国に生まれている「軍事を自己に従属させる政治」に触れて何を感得したであろうか。
三〇年代の末に、中国各戦線の指揮官たちがもはや軍事的成功の展望をもてなくなったとき、満鉄調査部が、おそらく支那派遣軍総司令部の内面的示唆に応じて、「支那抗戦力調査」として中国の抗戦能力を分析したことを想起したい。その結論は、日本と中国の関係問題はもはや軍事的には解決の可能性はなく、政治的に打開する外はないということである。新しく政治的外交的に中国と交渉を開始するには、当然の前提として、日本軍部隊をすべて中国から引きあげることが含意されていた。言いかえればこれまでの軍略を新しい政略に従属させることがその前提であった。
軍内部にはこの選択を期待する状況があったにもかかわらず、どのような機微の逆転によるかまったく不明であるが、東條英機らの強硬派の主動によって満鉄調査部関係者の大量検挙のような奇襲によって、軍略が政略を圧倒した。しかし、十五年戦争における軍部は、日露戦争時代とちがい統帥権の独立の建前から政治を軍事に完全に従属させていたのであって、このことは『統帥綱領』(一九四七年復原版)の解説が、国家戦略不在のせいぜい野戦軍レベルの戦術の硬直した形式化にとどまり、クラウゼヴィッツが戒めた「依法主義」(Methodismus)に囚われていたのである。
その結果、わが陸軍が養成した将帥は、せいぜい方面軍の指揮官にすぎず、国家の運命を左右する国軍の指揮官は生れる由もなかった。(クラウゼヴィッツ生誕二百周年記念論文集『戦争なき自由とは』五二五頁)。軍事思想の根幹がそうであったから、「調査」を局面転換の一手段として利用することは結局失敗したのであろう。
いしどう・きよとも 一九〇四年、石川県生まれ。二七年東京帝国大学文学部卒。在学中東大新人会に入り、日本共産党に入党し、二八年治安維持法で検挙。三三年転向し三八年まで日本評論社に勤め、三八年満鉄調査部に入社して大連に渡り、大連図書舘などに勤務。四三年満鉄調査部事件第二次検挙で逮捕、四五年懲罰応召、敗戦を関東軍二等兵としてハルピンで迎え、大連に戻った後、四九年まで労働組合で働く。帰国後日本共産党に入り、六〇年頃離党。七七年には荒畑寒村らと運動史研究会を結成し、『運動史研究』(全一七巻)を刊行。グラムシ研究会を創立、グラムシ思想の普及に努める。おびただしい訳書以外の著作に『わが異端の昭和史』(正・続)『異端の視点』『中野重治と社会主義』『大連の日本人引揚の記録』等がある。
(引用終わり)
田中進二郎です。前回「戦略なき戦争に突っ込んでいった日本軍部」と私は批判しました。上の石堂さんの文章にも納得するところが大ですが、「方面軍の指揮官程度しかいなかった」、という指摘については、うーん、どうなんだろう?あとクラウゼヴィッツの「依法主義」という言葉もよくわかりません。
副島先生の「時代を見通す力」には次のような記述があります。
(p294より引用開始)
・石原莞爾(いしはら かんじ)の警告「間違ってもアメリカとは戦争するな」
米内光政(よない みつまさ)海軍大将(37年の近衛文麿内閣では海軍大臣)はアメリカとひそかに連動していただろう。右腕だった井上成美(いのうえ しげよし)次官も、その五年先輩の山本五十六(やまもと いそろく)大将も当然ながら常に米内と共同歩調をとっている。彼ら海軍のトップたちは三国軍事同盟に反対し、ロンドンとワシントンの軍縮条約に賛成した「条約派」であり平和主義者だということに評価が戦後できてしまった。
今の今でも日本の戦争史や政治評論界では「アメリカと戦っても勝ち目はないと正論を言っていたのに、陸軍がそれに聞く耳を持たず暴走した」ということになっている。そんなものは真っ赤なウソである。ここで私ははっきり書く。後の東京裁判でA級戦犯として絞首刑にされた軍人たちのなかに海軍は一人も入っていないのである。
関東軍参謀だった「戦争思想の天才」石原莞爾陸軍中将も、日本の満州権益を守るために、彼自身が初期にかなり謀略的なことをした。けれども石原は戦争不拡大派だった。「中国本土には手を出すな」といい続けた。石原はアメリカに対しても冷静だった。綿密で詳細な国力比較した結果から、海軍の米内や山本たちよりずっとはやくからから「絶対に負けるから間違ってもアメリカとは戦争をしちゃいかん」と言っていた。
それもあって左遷され、満州から日本に早々と帰された。東条英機首相と
ぶつかって、満州国の設計者の地位を追われた。49歳で京都師団長となって、このあと退役、昭和十六年(1941年)には予備役に編入だ。石原たち「不拡大派」は主導権争いに敗れたのだ。
(引用おわり)
田中進二郎です。『消えたヤルタ密約緊急電-情報士官・小野寺信(おのでら まこと)の孤独な戦い』岡部 伸 (おかべ のぶる)著 (新潮選書) によると、日中戦争開始後一年半近くたった、1938年12月に日中和平工作が水面下で始まったという。日本軍が中華民国の首都南京を占領した後のことである。
(以下要約・引用します。p120~132)
情報士官の小野寺信は南京におかれた総司令部から、国民党の蒋介石との直接和平の可能性を探るよう命を受ける。陸軍参謀本部は支那課とロシア課で作戦が違っていた。
支那課は南京攻略前から汪兆銘(精衛)の傀儡(かいらい)政権をたてることによって、蒋介石国民党政府を弱体化させて、和平にこぎつけようとしていた。陸軍参謀本部は圧倒的にこの考えが強かった。この作戦は「梅工作」
と呼ばれた。
一方、ロシア課の小野寺はハルビンで情報武官として教育を受けたあと、ポーランドやバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、スウェーデンなどの情報武官と厚い信頼関係を築き、ソ連やナチス・ドイツの軍の動向をつかんでいた。その小野寺は、「傀儡政権は世界史的にみても多くの場合は失敗する。」ということをヨーロッパの民族の興亡を肌で学んでいた。「中国のナショナリズムを考えると、傀儡の汪兆銘政権では、中国の民衆の信頼を得られない。重慶の蒋介石政権に直接和平交渉を開くしかない。」と考えた。
また蒋介石の国民党の背後に、敵対関係にありながら「抗日」で合体を模索する中国共産党がいて、それを操っているのは、世界に共産主義を浸透させようとしていたソ連のコミンテルンであることを見抜いていた。
英米が支持する国民党政府は国共合作を進めていて、日本軍が侵攻を続ける限り泥沼になるだろう。戦争が長期化すれば、利するのは中国共産党であり、ソ連である。そこで小野寺は早急に蒋介石と和平を結ぶことを考えたのであった。
この工作機関は「小野寺機関」と呼ばれ、『魔都』上海の外灘(通称バンド)のクラシック・ホテルに事務所と住居が置かれた。陸軍の総司令部も板垣征四郎陸軍大臣以下、小野寺に期待するところ大だったのである。この機関には、二十人ほど起用されたが、軍人はひとりもおらず、ソ連や中国共産党の事情にくわしい転向者を多かった。また近衛文麿の息子文隆も加わっていた。
小野寺は蒋介石との会談相手を、近衛文麿首相か板垣征四郎陸相のどちらかにすると構想していたようだ。しかし、陸軍参謀本部はそこから小野寺を支援しなくなる。近衛文麿も積極的ではなかったという。そして支那課の汪兆銘傀儡政権工作派が巻き返していき、小野寺機関は解体される。小野寺信は左遷され、近衛文隆は上海で軟禁された。その他の日本人は逮捕され、中国人工作者は処刑の憂き目にあう。
結局、日本の陸軍参謀本部は片方で傀儡政権を樹立し、片方で蒋介石との直接和平を模索するというダブル・スタンダードを行ったのである。これでは交渉相手の信頼は勝ち取れなくて当たり前である。機関を解体され、上海を去ることになった小野寺に対して、蒋介石は部下を通じて、金製のカフスボタンを贈った。それには「和平信義」と彫られていたという。
(要約・引用終わり)
田中進二郎です。ながく引用を繰り返してしまいました。泥沼の日中戦争をなんとか食い止めようという動きがあった、ということは少しは日本人として明るくなれることではないでしょうか。
また今も尖閣問題でゆれる日中関係をどこかで、誰かが立て直そうとがんばっているだろうと思い、そういう人の応援になれば、と思い書きました。
ちなみに私は左翼活動家ではありませんので、その点はどうか誤解されないように。「アジア人同士戦わず」の精神を守ってゆきましょう。
田中進二郎拝
【1079】[1222]Global trends 2030
中長期の世界情勢予測について5年ごとにアメリカ大統領にペーパーを上げている国家情報会議が最新版の「Global trends 2030」を昨年末に公開しています。
http://www.dni.gov/index.php/about/organization/national-intelligence-council-global-trends
エグザクティブサマリーの訳はこちらでも読めます。
http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/topics-column/016.html
引用はじめ
アジアは、グローバルパワーの観点で、GDP、人口、軍事支出、テクノロジー投資額等を合わせると北米、ヨーロッパをしのぐであろう。中国は、2030年までに数年を残して、アメリカを超え、おそらく単独で世界最大の経済大国となるであろう。
引用終わり
シンプルな話ですが、中国に抜かれることはアメリカもすでに織り込み済みで動いているというのが印象的でした。
【1078】[1221]辺野古と核兵器
こんな記事がありました。次のラジオ番組で解説します。
Okinawa’s Henoko was a “storage location” for nuclear weapons: published accounts 沖縄・辺野古は核兵器貯蔵地 公開された文書 :: JapanFocus http://japanfocus.org/-Steve-Rabson/3884#