重たい掲示板
書き込みの連番がリニューアルによりリセットされております。
旧サイトの書き込みの連番は[●●]で表示されております。ご了承ください
書き込みの連番がリニューアルによりリセットされております。旧サイトの書き込みの連番は[●●]で表示されております。ご了承ください
※ログイン後に投稿フォームが表示されます。
Loginはこちら【1572】[1905]今起きている ことへの 私の考え。
副島隆彦です。 今日は、2016年4月17日です。
思いつくままに最新の世の中の動きに対する私の考えと反応を書きます。まず、熊本地震から。私は活断層(かつだんそう、 active fault アクティブ・フォールト)という地質学、地震学の考えが、どういうものか分からない。誰もその全体像を説明してくれない。
そこらじゅう活断層だらけのような気がする。 「うちのこの辺は、大丈夫なんだって」と言い合っている。
ものすごい数の 断層(fault 、フォールト)が、日本全国にあるらしい。
そのうちの「今も活(い)きている断層」というのが、どういうものか分からない。
(転載貼り付け始め)
〇「 熊本地震:「本震」震源は布田川(ふたがわ)断層帯 」
毎日新聞 2016年4月16日
地震の死者41人に 本震以降は32人 激しい揺れ 生死分けたわずかな違い
図柄 熊本地震で起きた活断層のずれのイメージ
国土地理院は4月16日、同日未明に起きた本震の震源が布田川(ふたがわ)断層帯とみられると発表した。観測された地殻変動のデータを基に震源の断層面を推定したところ、布田川断層帯とほぼ一致した。同院によると、長さ27.1キロ、幅12.3キロの断層面が3.5メートルずれたとみられる。断層面は布田川断層帯に沿って東北東へ延びていた。
また、本震の地殻変動の大きさは熊本県南阿蘇村で97センチ、熊本市北区で75センチに達し、14日夜に起きたM6.5の前震の水平方向の地殻変動量の約5倍だった。前震で変動が大きい場所はほぼ熊本市周辺に集中していた。同院は「本震の方がより広く大規模に変動している」と分析した。【酒造唯】
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。日本人は、「日本に生まれたんだから、地震には我慢して生きてゆくしかない。いつ地震が襲ってくるかは分からない」というコトバをみんなで言い合って生きている。確かに、日本列島の火山列島、地震列島に生まれたのだから、その運命を生きるしかない。外国人で、どうしても日本で生きてゆくしかない人を除いて、地震に怯(おび)える人はこの国を去るだろう。
5年前の東日本(東北)大地震・津波のあと、日本にいた欧米白人たちで、日本で暮らしていた人の9割は居なくなった。 一時滞在の人たちがほとんどで自国に帰ってしまったのだろう。アジア人はたくさん来て働いている。
ブラジルの ジルマ・ルセフ大統領(女性)が、議会の弾劾(インピーチメント)に遭って、政権を倒されそうである。これは、政権を倒すクーデターの動きである。
ジルマと、ルーラ・ダシルバ前大統領たちは、大統領府に立て籠もって、世界の世論の支援を待っているのだろう。
(転載貼り付け始め)
〇「 どうなるブラジル弾劾騒動 」
ラテン・アメリカ・エディター の ジョン・ポール・ラスボーン の文
2016年4月13日 日経新聞
ブラジルのルセフ大統領が弾劾される可能性が高まっている。ルセフ氏は国営石油会社ペトロブラスを巡る汚職への関与を疑われているわけではない。その点では他の政治家と異なる。問題となっている時期にルセフ氏が同社会長を務めていたにもかかわらずだ。弾劾理由は2014年の大統領選を前にした予算の不正執行だ。
操作額は国内総生産(GDP)の1%にも相当しそうだ。とはいえ、これは手続き的な問題だ。むしろ弾劾の動きは政権の無能さやひどい腐敗、1929年の世界大恐慌以来、最悪の経済不況に対する国民の軽蔑や不満を映している。最新の世論調査では、国民の61%が弾劾に賛成している。
正念場は17日だ。下院が弾劾に賛成すれば、上院での審議に移るかどうかが決まる。弾劾手続きに必要な議席数は下院513議席中342。この何週間か、ルセフ氏側は政権強化と大統領の地位確保に向け、激しい集票工作を展開してきた。採決の結果は予断を許さない。下院が賛成すれば、上院も追随すると見られる。否決されれば、少なくとも別の疑惑が明るみに出るまでは問題は収まる。
株式相場は弾劾の可能性が高まるたびに高騰した。主要株価指数ボベスパは今年に入り17%上昇した。しかし、ルセフ氏が退任しても事態好転の見通しは立っていない。
ルセフ氏の失職で大統領に昇格するテメル副大統領にも、同様の予算の不正操作疑惑がかけられている。大統領の継承順位が3番目のクニャ下院議長も、資金洗浄やペトロブラスを巡る汚職の疑惑がある。
ブラジルの街頭は、弾劾の賛成派と反対派で時折あふれかえる。ルセフ氏と与党・労働党は手練手管を駆使して権力の座にとどまろうとしている。野党側もそれを阻止するため、あらゆる手段を使っている。弾劾手続きは事実上のクーデターだという政府の主張は誇張されているものの、一段と国民を怒らせた。すでに厄介な問題だが、事態はもっとこじれていくだろう。
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。ジルマ・ルセフ とルーラ・ダシルバ の民衆を大事にする政権が、クーデター「もどき」 で打ち倒されるか。直接、軍隊を動かしてクーデターを掛けることは、世界に向かってみっともないので、できない。
どうも・ジョージ・ソロスの「 オープン・ソサエティ」という 凶暴な組織がここでも動いていて、まるでCIAと米軍の合同軍である特殊部隊(スペシャル・フォーシズ)のような動きをしている。「政権転覆」の動きだ。
ブラジルの大統領府は、すでにルセフ防衛隊 の労働者の部隊で、一部は武装して守られているだろう。彼女は、「副大統領と 下院議長が、クーテダーを計画している」と、一昨日、演説した。
もし弾劾が議会で通ったら、ジルマ・ルセフ派の国民がブラジル全土での国民的な反撃を起こせるか。事態は緊迫している。
私たちのような東アジア人の外側からの目では、(1)金持ち層=いかにも欧州白人的な容姿の層=都市の豊かな層=親米(しんべい)勢力 と (2)の 貧困層=大都市のまわりの斜面に住む一般住民層=そして農民たち =原住民のインディオと白人との混血たち、ルセフ勢力 の対立だ。
この ふたつの勢力にはっきりと2分化しての争いになっている。役人、官僚層は、当然、(1)についている。ということは国家機関は、すでの、上の方は機能マヒして、動かなくなっているはずだ。 国営ペトロブラス石油公社の トップの幹部たちは、ルセフ側についていたはずなのだが。汚職追及といういかにも、アメリカCIAとソロスたちがやりそうな、穢(きたな)い手に出て、ルセフたちを検察と裁判官たちが追いつめている。
私たちが、2009年に、日本で、鳩山由紀夫・小沢一郎政権を謀略(ぼうりゃく)追いつめて打ち倒した、あの極(きわ)めてキタナイ手口の、アメリカの手先たちの、日本の検察、最高裁長官を使った、あの 「いかにも合法を装った」 手口と全く同じだ。
私は、今もむかっ腹が立つ。ブラジルの議員たちがどう動くかだ。今日、明日で大きく決まりそうだ。
この動きが、アルゼンチンのクリスティーナ・フェルナンデス 前大統領への訴追とも関わっている。CIAとヒラリー派と、ソロスたちのような、「人権運動、デモクラシー運動」のふりをした恐ろしい新しい、アメリカの謀略政治の時代だ。 ボリビアの原住民代表の政権、 ベネズエラの政権もひっくり返そうとする動きにつながる。 中南米が危ない。
4月3日から、急に騒がれた、パナマ文書 Panama Papers の漏出(ろうしゅつ)問題では、中国とロシアは、平然として、「アメリカが仕掛けてやったことだ」と言っている。この通りだろう。
ICIJ(国際調査報道のジャーリストの組織。ということになっている、この裏のある組織のことについては、そのうち書きます)に、まず、南ドイツ新聞(イエズス会の牙城)から、BBCと ガーディアン紙に持ち込まれた、と。「モサック・フォンセカ」という法律事務所にあった 21万社=すなわち21万人 の世界中の富豪、富裕層( フランスは、1000人だと、判明。日本人も 数百人) の 資産逃避(とうひ)ではなくて、避難(ひなん)の行動が、公(おおやけ)になった。この事件についても、私は、近く、まとめて書きます。
アメリカ人たちが、「ヒラリーやビル・クリントンたち、アメリカの権力者や、富豪たちの名前が、全く出ないのはおかしい」と白(しら)けている。 なんということをする連中だろう。 ここにも、 ソロスの 「USA ID」 という団体が、動いているらしい。
(転載貼り付け始め)
(転載貼り付け始め)
●「プーチン大統領、パナマ文書は「挑発」と一蹴 国民対話で」
2016年4月15日 ロイター
http://jp.reuters.com/article/putin-idJPKCN0XC0SR
ロシアのプーチン大統領は14日、テレビを通じた国民との直接対話で、パナマ のオフショア口座にある数十億ドルの資産に関与している可能性を否定 し、米国が主導する「挑発」だと断じた。また今回の対話では、同国の経済危機が来年には緩和されるとの見方を示した。
今月パナマの法律事務所から流出したタックスヘイブン(租税回避地)に関する内部文書「パナマ文書」には、プーチン大統領の友人の1人についての 記載があり、政府は疑惑打ち消しに追われている。
プーチン大統領は国民対話において、流出した情報やそれに基づく様々な報道は、今年行われる議会選挙に先立ち、ロシアの政治家らの信用を失墜させるために米国が背後で仕組んだ策略だと語った。
大統領は米政府関係者や米投資銀行が情報流出に関わっていることを示唆し、「この問題は特定のグループや個人に関するものではない。国家に向けられたものだ」と述べた。
大統領は友人のセルゲイ・ロルドゥーギン氏について力強い弁明を繰り広げた。
パナマ文書に基づく報道によると、同氏はオフショア取引に関連した事 業を拡大し、大統領がこれに関与した可能性が指摘されている。
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。 3月19日の、米アリゾナ州のタイソン市で、予備選挙のドナルド・トランプの選挙演説会場で、わざと騒いで、トランプ支持者たちに殴りかかって、暴力事件を起こしたのも、ジョージ・ソロス のMove On 「ムーブ・オン」という不平等を無くそう、とかの市民団体、人権団体を装った謀略政治組織の動きだそうだ。 ソロス というのは、本当に ワルいやつだ。民間人だから、民間の突撃隊の動きができる。 その他、もろもろ、もっと書きたい。
副島隆彦 記
【1571】[1904]タバコ騙し討ち値上げ
会員番号7325番の福田といいます。初投稿します。50才会社員です。大阪の天神橋筋六丁目に在住。4月14日夜タバコ販売店にメビウス(旧マイルドセブン)をカートンで買いに行ったところ、4400円だと言われました。先月より100円値上げ。テレビ、新聞でも見た覚えはなく、店頭に貼り紙もなし。カネは払ったもののなんか納得できず、近所のセブンイレブンに入って値段を聞いたら上がっていました。やはり店内には告知などなし。これおかしくない?買いだめをさせないため財務省あたりから指示があったのではないでしょうか?前回の値上げではわりと大きく報道され、50000円分くらい買いだめしたのを覚えています。国民を騙し討ちしてでもカネを取りたいか財務省?マイナンバーやら預金封鎖やら国民統制国民いじめは目立たず静かにやりたいようですね。ゴールデンウィークはほんとに久々に海外旅行に行きます。副島先生の「逃がせ隠せ個人資産」をガイドブックに現地で銀行口座を開き、金貨など買ってみたいと思います。カジノ盛んな所なのでルーレットで2億勝ったら移住します(笑)
【1570】[1903]天武天皇の正統性について
柿本人麿の悲劇(その8)
人麿は旅の歌を多く残している。それを根拠に、人麿は各地の地方官を転々と赴任した(通説)、とか流罪人となり流罪所を時々移された(梅原猛氏説)などと唱えられている。
しかし、東西の歴史の祖(おや)と讃えられている司馬遷、ヘロドトスは、大旅行家でもあった。両人は「自ら足を運び、失われた文明の故地、滅びた王朝の跡を訪ね、その残影、オーラを感じ取ることが歴史を書く者に何よりも大事である」と言っている。
偉大なる歴史家は、大旅行家でもあらねばならないのだ。人麿も同じであろう。天武の王朝の最大の課題は、天武天皇の即位の正統化にあった。「壬申の乱」の天武の決起を正統化しなければならなかったのである。
天武の命で始まる歴史編纂(『日本書紀』編纂)は、その為のものであった。天武は、自らを天智天皇の「同母の弟」と近畿大和王朝の系図の中にはめ込み正統性を獲得したのである。そして日本国の開闢(始まり)以来、近畿大和王朝が日本列島の中心であったとの神話を創ったのである。
しかし、七世紀の半ばでも近畿大和王朝は、日本の中心王朝ではなかった。筑紫に都を置く倭国が日本の中心王朝であった。倭国は朝鮮半島を舞台に中国統一王朝唐と戦争(白村江の戦い)している。唐朝は、戦争の相手は近畿大和王朝(日本国)ではなかった、と明確に認識していた。唐朝が近畿大和王朝(日本国)を日本列島の代表と認定するのは、西暦703年(長安三年)の粟田真人の遣唐使からである。
倭国は総力を挙げて唐に挑んだ。結果は無残な惨敗であった。三万とも云われる倭国軍は壊滅したのであった。倭王朝は一気に国民の信頼を失った。倭国内には王朝に対する深い怨みと強い敵意が渦巻いていた。
中国統一王朝(隋朝、唐朝)に対し対等であると公言し(随書・倭国伝)、唐朝に真正面から戦争を挑んだ誇り高き倭王朝は、存亡の危機に立たされたのであった。近畿大和王朝を頼るしか道はなかった。大和王朝の臣下に為るしかなかったのである。
「壬申の乱」は、倭国の大皇弟(天武天皇)による近畿大和王朝(日本国)の乗っ取り事件である。正義などどこにもありようがない事件であった。しかし、天武はこれを正統化せねばならなかった。大和王朝が日本の唯一の正統王朝であり、その正統な皇位継承者が天武天皇である、との歴史を創作したのであった。
日本列島には、出雲王朝も、筑紫王朝も、吉備王朝もあり王朝の併存時代が長くあったが、それらを大和王朝を頂点とする歴史物語に吸収し、組み換え創り直さねばならなかった。
人麿が、近江、瀬戸内海、筑紫、石見、出雲などに旅したのは当然である。それらの国々の残影、オーラを感じ取るため自ら足を運んでいたのだ。天武の命じた歴史編纂は簡単な作業ではなかった。『万葉集』を読めば明らかであるが、当時人麿以上に想像力、構成力に秀でた人物はいない。歴史編纂作業の中心に柿本人麿がいなかったと考える方が不自然である。
また聖徳太子の問題だが、聖徳太子は『隋書』倭国伝を参考に創られたのである。
“大業三年(607年、推古天皇十五年)、その王多利思比孤、使を遣わして朝貢す。使者いわく、「聞く、海西の菩薩天子、重ねて仏法を興すと。故に遣わして朝拝せしめ、兼ねて沙門数十人、来たって仏法を学ぶ」と。
その国書にいわく、「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙なきや、云々」と。
帝、これを見て悦ばず。鴻盧卿にいっていわく、「蛮夷の書、無礼なる者あり、復た以て聞するなかれ」と。”
以上の記事が『隋書』倭国伝に残されている。日本の教科書で名高い「聖徳太子の対等外交の国書」と書く根拠、出典である。この記事を元に聖徳太子のエピソードは創られたのである。しかし、『隋書』の倭国は、近畿大和王朝ではない。筑紫に都を置く倭国であった。
【1569】[1902]嘘を言えば地獄へ行く かな?
一応貼り付けますが「焼け石に水」、「後の祭り」、「覆水盆に返らず」、「言わぬが花」、「嘘も方便」等にも様々な表現方法があるのかと逆に感心させられる毎日新聞さんの記事のようです。
<GPIF>15年度損失は4兆7000億円 民進党試算
毎日新聞 4月6日(水)20時10分配信
民進党の山井和則国対委員長代理は6日の記者会見で、公的年金の積立金を運用する「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)の2015年度の損失が約4兆7000億円に上るとの党独自の試算を公表。GPIFの運用実績の公表は夏の参院選後になるため、「年金損失隠し、第2の消えた年金問題だ」と政府を追及する考えを示した。
安倍政権は14年10月にGPIFの投資比率を見直し、債券よりリスクが高い株式投資を24%から50%に引き上げた。同党の試算では、国内債券で2兆6000億円の利益が出たが、株式は株価下落の影響で6兆8000億円の損失、外国債券も5000億円の損失となった。見直さなかった場合の損失はゼロだという。
これに対し、菅義偉官房長官は6日の記者会見で「政権交代以降、14年度まで運用益は38兆円のプラスだ。トータル的に見れば大幅なプラスになっている」と反論した。【阿部亮介、松本晃】
【1568】[1901]順序が違いましたが
会員番号7791の庄司 豊明です。
本を読破する順序が違いましたが、日本が中国の属国になる日を読破させていただきます。
居住地に書店がなく、今ではセブンイレブンのネット通販で本を入手しています。
コンビニの店頭にも本が置いてありますが、軍事力では日本の自衛隊は負けないと主張するタイトルの本をよく見かけます。
経済力では、中国が日本よりはずっと上なのも知らない愚か者がいるかと思うと笑ってしまいます。
なぜなら、本当の中国を知らない者が書いた本がよく出でいるかと思うからです。
経済力があっての軍事力で、日本は今、相変わらず財政赤字は解消していないで、いつ破綻してもおかしくないのですから。
アメリカも軍事国家でありながら、北米演習ではアメリカがリードしないで、カナダにリードしてもらったのは、慢性的な財政赤字が理由のようです。
【1567】[1900]副島隆彦先生著『信長イエズス会に爆殺され、家康はすり替えられた』を読む②
●副島隆彦先生著『信長はイエズス会に爆殺され、家康はすり替えられた』を読む②
ーイエズス会が日本にもたらした科学技術をめぐる、徳川幕府とキリシタン大名の暗闘ー
(注)副島隆彦先生の3/30の御投稿が↓にありますので。
最初に前回の投稿で誤りがあったので、訂正させて頂きます。
×「イエズス会のヴァリニャー二が、本能寺の変のあと、「琵琶湖の小島に隠れていた」と
記録されている。」
↓
○「イエズス会の巡察使・オルガンティーノ(1530-1609)が、本能寺の変のあと、「琵琶湖の小島に隠れていた」と記録されている。」
(ヴァリニャーニは本能寺の変の半年ほど前にインドのゴアに帰還していました。)
×金沢市に今も残る辰巳(たつみ)用水も、右近から学んだ板屋兵四郎(いたや ひょうしろう)がわずか1年で正確に工事を完成させた。
↓
○金沢市に残る辰巳用水も、高山右近とともに加賀領内にやってきたイエズス会の宣教師や、技術者たちから学んだ板屋兵四郎が前田家に抜てきされて、わずか1年で正確に工事を完成させた。
(イエズス会やフランシスコ会ーどちらも、ローマ・カトリック教会ーは、高度な測量技術をもち、地図を作ることができた。そして、黒色火薬。キリシタン大名が急速に日本国内に現れた理由の一つが、宣教師たちが当時世界最高の科学技術をもたらしたことだった。)
上記に関連して、前田利家だけでなく、伊達政宗も南蛮人の宣教師を招いて鉱山を開発させていた。
最新刊『政宗の陰謀』(大泉光一著 大空出版 2016年刊)によると、
秀吉も、家康もスペインの鉱山の採掘技術ー灰吹き法ーの技術者集団を送るように、宣教師たちに命じていた。家康は、フランシスコ会(スペイン系)の宣教師ルイス・ソテロ(1574-1624)にそれを期待したが、スペイン帝国が技術者の派遣を断ったことや、スペイン人が幕府のために建造したガレオン船が進水に失敗したことなどもあり、フランシスコ会を冷遇した。イギリス人ウィリアム・アダムズが台頭してくると、家康は本格的に禁教を考え始める。
将軍家から締め出されたソテロは、のちにキリシタンの後藤寿庵(ごとう じゅあん 洗礼名ジョアン)の仲立ちで、伊達政宗の仙台に行く。このソテロは、実は改宗ユダヤ人(コンヴェルソ converso セファルディ系ユダヤ人) であり、スペイン最古の大学・サラマンカ大学で神学(シオロジー theology)や法学などを修め、フランシスコ会に入会した人物である。政宗はこのソテロと共謀して、「日本のキリシタンの王」という地位を、スペイン帝国とローマ法王に認めてもらい、徳川政権を国内のキリシタンと、スペイン帝国の援助で倒す計画を開始した。幕府の目を通商条約締結という名目で欺きながら、密命を帯びた支倉常長を団長とする使節を派遣した。太平洋を横断したのち、メキシコ(ヌエバ・エスパーニャ 新スペイン)、スペイン、ローマで歓迎を受けたソテロ、支倉一行はしかし、目的を果たせなかった。それはフランシスコ会が東日本の宣教を独占しようという、ソテロの野心に気づいたイエズス会(ポルトガル系)が、いち早くローマ教会に通報し、伊達政宗は本当のキリシタンではないことを密告したためだ、と『政宗の陰謀』の著者・大泉光一氏は書いている。これらの記録文書がバチカンはじめカトリック教国に現在も残されている。大泉 氏は、半世紀もかけて支倉使節団に関する、原語の史料を解読したということだ。
政宗は、支倉常長使節団の秘密交渉が失敗した、と知ると倒幕計画のすべての証拠を焼き捨てて、幕府に恭順の意をひたすら示し始める。ここで、伊達政宗は自らが信長たらんとした、若き日からの野望をもはや完全に捨て去って、キリシタンの仮面も捨てて、領内のキリシタンを処刑していった。
(政宗は十代のときから、織田信長に憧れていた。信長そっくりの出で立ちを好んでしていたらしい。が、表面だけ真似して、信長の精神までは引き継がなかった。)
このときまでにすでに伊達家領内には、高山右近やイエズス会宣教師が滞在した加賀・前田藩と同じように、宣教師たちと後藤寿庵たちが入り込み、信仰の共同体が築かれていた。後藤という姓ももともとは、キリシタンが多かった長崎の五島列島から渡ってきたためについたらしい。伊達政宗が晩年につくらせた、貞山堀(ていざんぼり 貞山は政宗の晩年の号)にも、後藤寿庵の技術と算術がものをいった。(貞山堀は、東日本大震災で大きな被害を受けた。)
(奥州の隠れキリシタン殉教の地 動画ー【短編ドキュメンタリー】大籠探訪 キリシタン殉教の地: http://youtu.be/PvRsu0bI80o)
政宗が藩内でキリシタン弾圧をはじめると、後藤寿庵も領内で捕らえられ、むごい殺され方をしたという。しかし、この後藤家は、岩手県の水沢で続いていく。生き残った子孫は密かにキリスト教の信仰を続けた。江戸時代には、大槻玄沢、高野長英といった大蘭学者を続々と輩出した。彼らは南蛮人(スペイン・ポルトガル人)の舶来の技術に精通する血筋から出てきていたのだ。南蛮文化が後藤家の中でひそかに蘭学へと変容を遂げていったということが分かる。さらには、大正・昭和の政治家・実業家として有名な、あの後藤新平へとつながっていく。
(成甲書房刊『フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした』の後藤新平の評伝ー中田安彦氏筆をお読みください。)
歴史評論家・落合莞爾(おちあい かんじ)氏のブログには、後藤新平は自分が隠れキリシタンの一族の出である、ということを明かしていた、ということが書かれている。
引用します。
http://2006530.blog69.fc2.com/category2-12.html
自分は隠れキリシタン」 後藤を生んだ水沢の伏流
(引用開始)
後藤新平は、水沢伊達家の小姓頭・後藤左伝次の長男として、安政4年(1857)に生まれた。安政3年生まれの南部藩上士の次男・原敬と、同年の日向都城藩士の次男・上原勇作を合わせた3人こそ大正時代の3大政治家で、その気宇と実績は現実に首相に就いた大隈重信・寺内正毅・山本権兵衛らを遥かに凌駕している。台湾政策の実行に関わった児玉と後藤を比べる時、後藤が児玉(というより、薩摩派首脳を除くどの日本人)よりも、1段深くワンワールドに染まっていたと思えるが、理由はその出自であろう。大正中期、上原元帥の命令で特種のケシを栽培し、純質アヘンの生産に励んでいた吉薗周蔵は、後藤新平から数回にわたりケシの栽培・利用に関する協力を求められたが、その際に後藤が指定した密会場所は、たいてい神田や中野のメソジスト教会で、そこで後藤は「自分は隠れキリシタンの家筋で、家には数百年以来の伝承がある」ことを明らかにした。水沢は独自の国際化政策を有した伊達家がキリシタンを集めた地で、水沢キリシタンの主頭・後藤寿庵の直系子孫が後藤新平である。
(引用終わり)
田中進二郎です。
一方で加賀前田藩も、伊達藩と同様に徳川初期政権との厳しい緊張関係にあった。
高山右近とイエズス会宣教師によるキリスト教宣教の影響が大きかったため、幕府は前田家が謀叛の疑いがある、とにらんでいた。前田利家の没後も、利長・利常(としつね)と三代にわたり、幕府は警戒をおこたらなかった。1632年には金沢城内の火薬庫が爆発して、大火が発生し市街地までを焼くという大事件がおこっている。落雷のために起こったことになっている。
だが、幕府の隠密が引き起こした可能性もあるだろう。この大火のあと、防災用の水を得るために、板屋兵四郎を起用して、辰巳用水(逆サイフォン式ー犀川から兼六園に水を汲み上げ、そこから市内へ流れ下っていく)が急ピッチでつくられたのだ(1633年完成)。
前田家の歴代藩主が「忍」という一文字の掛け軸を、奥座敷にかけていたのは有名だ。幕府の鎖国政策完成(1641年出島完成)に向かう頃に、加賀藩は相当ギュウといわされている。三代目藩主・利常は鼻毛を伸ばして、呆けたふりまでした。それでも陰では前田の歴代藩主たちは、山奥の五箇庄(ごかのしょう)で黒色火薬(gunpowder)の原料の塩硝(えんしょう 硝石 硝酸ナトリウム)を作らせ続けていたのである。越中富山の五箇庄と加賀の金沢を結ぶ「塩硝街道」については、故・司馬遼太郎も調査して書いている。金沢に運ばれた塩硝は、木炭と硫黄を練り合わせて火薬にされた。副島本の中で、イエズス会が本能寺の信長を爆殺した際に用いた火薬もこれと同じものであろう。この黒色火薬を加賀藩が生産出来るということは重大だった。
塩硝街道(五箇庄~金沢)↓
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1793168/1802629/97003628
『信長はイエズス会に爆殺され、家康はすり替えられた』で副島先生は故・八切止夫(やぎり とめお)史観の復活を唱えておられます。その八切止夫が次のように書いている。
『論考八切史観(最終)』からやや長いですが、引用します。
http://www.rekishi.info/library/yagiri/scrn2.cgi?n=1100
(引用開始)
「天文十二年(1543年)種子島に鉄砲伝来」とは周知の事実だが、鉄砲を用いるには火薬がいる。そして当時の九州南部で採れても、主成分の硝石は日本列島では全く[ほとんど?]産出しない。つまり鉄砲の国産は国友鍛冶や根来(ねごろ)の雑賀(さいが)の鍛冶が大量生産したが、用いる火薬はすべて輸入依存だったのである。
信長時代はポルトガル船をマカオ経由、秀吉時代はイスパニア品をマニラ経由で輸入した。だから戦国時代というのは、武将や武者故人のバイタリティーで覇を競ったように今ではいわれるが、どうもそうではなく、良質な火薬エージェントをつかんだ戦国大名が、勝利を勝ち取ったもののようである。
ところが、日本歴史というのは、鉄砲は火薬なしで使用できるものと誤認したのか、これまでそこを誰一人として解明していない。軍需用硝石ほしさに、言葉もわからぬまま宣教師と仲良くしたり洗礼したりした連中までを、「信仰あつき切支丹大名」としてしまう。
(中略)
徳川家は寛永十四年の島原の乱に懲(こ)りて、長崎に出島を築き、渡航許可をオランダ船のみに限定した。ということは、硝石の独占輸入法案で、他への横流しを一切認めぬ禁制をとったことになる。こうなると他の大名やその他にしても、硝石が入手不能では火薬ができぬ。それがなくては鉄砲も大砲も使えない。
だから幕末になって、長州が上海へ硝石の買付けにいって叛乱するまでは、なんとか天下泰平が続いたのである。
「鎖国」というのはつまり、なにもキリスト教に怯えたためでも何でもなく、硝石を独り占めにして治安維持を図った巧妙な徳川家の政治目的による偽装だったにすぎない。
(引用終わり)
田中進二郎です。八切止夫氏が書いているように、鎖国政策は、徳川幕府による火薬の原料の独占が大きな目的であった。だから加賀の金沢城にあった火薬庫を幕府が爆破したとしても、おかしくはない。
実は、信長も、きわめて早い段階から近江商人とつながって、火薬の入手ルートを確保していた。上洛を果たし、足利義昭を将軍の座に付ける前から(1568年以前)のことらしい。信長が鉄砲を使用したことが出てくるのは、永禄二年(1559年2月)の尾張・岩倉城攻めの時だ。信長はこの戦いで尾張統一を成し遂げた。翌年が、全国に名を轟かせた桶狭間の戦い(1560年)である。そのころにすでに近江国の国友、日野といったところが、鉄砲生産の拠点になっていた。
近江の土倉(高利貸し)から火薬ビジネスに進出していったことで有名なのが、角倉了以(すみのくら りょうい)である。了以は徳川家康の時代にも、朱印状をもらって東南アジアからの硝石や鉛(鉄砲玉の原料)を輸入していた。角倉(すみのくら)というのは、おそらく炭(すみ)ではなく黒色火薬を暗に意味していたのであろう。もともとは吉田姓である。京都の吉田神道もこの一族だった。そして吉田神道は、嵐山から遠くない愛宕山(あたごやま)にある愛宕権現の神主も兼ねていた。副島先生の『イエズス会は信長に爆殺され家康はすり替えられた』とのつながりが見えてくる。
吉田神道は金貸しも愛宕権現で行っていた、そして本能寺の変の直前に、明智光秀が愛宕権現で里村紹巴(さとむら じょうは)らと連歌を詠んだ。
時は今 天(あま)が下なる 五月(さつき)かな
という一句だ。この時、愛宕権現(神社)は明智光秀に合戦のために融資をしたのだ、と上記の副島本 (p141)に書かれている。当時の吉田神社の神主・吉田兼見(よしだ かねみ)は、明智光秀と最も昵懇(じっこん)の間柄だったので、本能寺の変に直接融資をしたのだろう。
だからやはり吉田神道は裏でイエズス会とつながっていた、と考えざるをえないのである。
しかし、吉田兼見は山崎の戦いで、光秀が敗れると、すぐさま「天罰眼前」と言って光秀との関係を絶って、秀吉と接触をはかった。また、『兼見卿日記』に手を入れて記録を改ざんしたことは、明智本にもある。吉田一族は、時の権力者にたくみに取り入って、利益をあげている。
角倉了以ものちに、黒色火薬を使って京都の保津川開削(かいさく)事業を行っている。川岸の大きな岩石を破砕するのに用いられたはずだ。そのほかに、滑車を用いて、岩を引き上げたり、ゼネコンの工事風景さながらだっただろう。
京都の中心を南北に流れる高瀬川も、角倉了以の指揮によって行われた。そうして、交通の利便をはかって、運河や河川の通行料の半分が角倉家に入った。京都の偉人とされている了以は、本当はユダヤ商人のように狡猾(こうかつ)でもあった。
学問道場の六城雅敦さんに教えて頂いた鳴海風(なるみ ふう)著『江戸の天才数学者-世界を驚かせた和算家たち』(新潮選書2012年刊)という本には、角倉了以が、吉田流算術の元祖であった、とある。了以とその息子、素庵(そあん)の二人から算術を学んだのが、和算書のベストセラー『塵劫記』(じんごうき 1627年刊行)を著した吉田光由(みつよし 1598-1672)である。角倉家との血縁もあり、開削工事に加わって難工事を成功させたこともある。もともと、技術屋(エンジニア)だったのだ。だが少年時代に、京都の天主堂で布教していたイタリア人宣教師のカルロ・スピノラから、数学を学んだ可能性がある、と鳴海氏は書いている。(p27)スピノラから、ピタゴラスの定理や、円周率を教わっていたようだ。(p84)イタリア人宣教師たちは、ルネサンス期のイタリアの数学者たちの業績を、デウスの御業と称して、教えただろう。本国ではルネサンス運動を押しつぶしたくせに平気で剽窃(ひょうせつ)だ。
そのスピノラも、禁教令で幕府に迫害されて、長崎で処刑された(1618年)。吉田光由も『塵劫記』が売れれば売れるほど、幕府から隠れキリシタンではないか、という疑いの目で見られるようになり、熊本のキリシタン大名・細川忠興(妻は細川ガラシャ 玉子ーたまこ)を頼ったこともあった。晩年は京の嵯峨野で隠れるように暮らして世を去った、という。
時代は下るが、江戸時代の前半には、徳川幕府は暦を変えるのに、京都の公家たちの権威を借りていた。暦を変えるためには、京都の土御門(つちみかど)家の許可を必要とした。わざわざ、幕府機関の天文方(てんもんがた)のトップに吉田神道や、陰陽道(おんみょうどう)の人間を据えておかなければならなかった。
幕府天文方というのは、↓の六城雅敦さんもお書きになっているように、日本で最初に暦を作った渋川春海(しぶかわ はるみ 安井算哲ともいう 1639-1715)にはじまる。のち1782年に天文台が浅草に設置され、長崎経由で輸入された望遠鏡を用いて、天体観測が開始された。しかし、まだ京都の公家の陰陽師(おんみょうし)や神道家(吉田神道)の末裔たちが天文方のトップにいた。幕府は、彼らを引きずりおろすために、下級武士であった高橋至時(よしとき)という和算の天才を浅草天文台の局長に抜擢した。これは、朝廷側からの猛反発が予想された。だから、この人事を幕府は朝廷に極秘で進めた。老中松平定信もこの計画に加わっていた、という。蘭癖(らんぺき)大名・堀田正敦(ほった まさあつ 1755-1832 若年寄 近江国堅田(かただ)藩主 伊達政宗の子孫)がこの計画の中心だった。
千葉の佐倉の総庄屋・伊能忠敬(1745-1818)も、極貧の至時を資金援助をするために付けられた。しかし伊能忠敬の本当の姿は公儀隠密だ。天文方の蘭学者を監視もしていただろう。あと一人、間重富(はざま しげとみ 大阪の町人・数学者)の三人が中心になって、寛政の改暦事業が行われた (1797年 寛政九年 改暦の実施はその翌年)。この寛政暦は、天文台で実際に天体観測した結果から、膨大な計算をして作り上げた暦である。
(広瀬隆著『文明開化は長崎から』集英社2014年刊を参考にした)
つまり朝廷や吉田神道に対抗して、幕府の蘭癖(らんぺき)大名ー副島先生のことばでいうと、隠れキリシタン大名ーたちが蘭学者たちに命じて、暦を作らせたのだ。この改暦事業の日本の数学史的な意義については、今後、六城雅敦さんが明らかにされるだろう。きっと、寛政のルネサンスと呼ぶにふさわしい大きな出来事だったのだろう。これが、蕃書和解御用(ばんしょわげごよう)、蕃書調所(ばんしょしらべしょ)へとつながっていくのである。
ー付記ー
南蛮の宣教師たちとともにやってきた工人たちの残した遺産というのは、全国的に見ても多い。九州には、長崎の眼鏡橋、熊本県の砥用町(ともち)の通潤橋(つうじゅんきょう)という石橋、鹿児島の鶴丸城の甲突(こうつき)五橋といわれる石橋など。岩永三五郎たち、「肥後の石工」と呼ばれたひとたちが作ったという。岩永三五郎は、薩摩藩に命じられて、敵が攻撃してきたときには、1個の石を取り外すだけで橋が全て崩れる仕掛けのものをつくった。秘密保守のため、三五郎以外の工夫たちは、工事が終わると薩摩藩の侍に斬り殺された、というかわいそうな逸話がある。(金沢の辰巳用水についても、板屋兵四郎と工人たちは加賀藩士に殺された、という説もある。)
しかし、アーチ型の石橋がなぜ日本に忽然(こつぜん)と姿をあらわしたのか?
通潤橋は、現在も農業用水を通す水道橋として現役である。古代ローマ帝国で作られた水道橋とほぼ同じ技術が日本に伝えられたのだろう。そして日本の石工たちに直接、技術(テクニック)を伝えたのは、宣教師ではないだろう。それは、南蛮人の宣教師とともにやって来た、初期フリーメイソン(石工の同業者)たちであったのではないか?だからこそ、これらの橋や、用水の技術が今もって謎に包まれているのだろう。これらは、Godに仕える者だけが知る秘技として、他言は禁止だったはずだ。鹿児島市内にたつ岩永三五郎の像は定規を手に持ち、フリーメイソンであったことを如実に物語っているように私には見える。
(岩永三五郎像の写真ー)
田中進二郎拝
shinjintaro@gmail.com
【1566】[1899]図表は2ページに
>↓ [1898]私が、消費税「値上げ」なし、撤回。安倍首相の臆病者、と書いたとおりだ。投稿者:副島隆彦 投稿日:2016-03-30 17:14:51
副島隆彦氏が引用した森信茂樹氏(中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員)の記事は、こちらです。図表は2~3ページにあります。やはり図表を見るのが一番です。
安倍政権が真にやるべき政策を
米国の経済学者に聞く必要はない(森信茂樹氏)
http://diamond.jp/articles/-/88726
以上です。
【1565】[1898]私が、消費税「値上げ」なし、撤回。安倍首相の臆病者、と書いたとおりだ。
副島隆彦です。今日は、2016年3月30日です。
森信茂樹(もりのぶしげき) という経済評論家? いや、アメリカできちんと勉強してきた若手の経済学者のようだ。 この人がが、実に的確に、いい(良い)ことを書いている。 週刊ダイヤモンドの記事だ。
この森信という学者は、政府の審議会とかに入れられて ふにゃふにゃ にならなければ、いい学者に成長すると思う。
消費税の 来年4月からの、8% → 10% を 取りやめる、という政府決定を、安倍晋三首相は、 「撤回します。私の政策の失敗です。国民に謝ります。 増税(税率の引き上げ)はしません。とても出来ません。ご免なさい」と国民に、ちゃんと自分で言えばいいのに、この臆病者めが。 と、私はここで10日ぐらい前に書いた。
そうしたら、この 森信茂樹(もりのぶしげき)という学者が、もっと上手に、専門家らしく きちんと書いてくれた。以下に載せるとおり、
「 消費増税の是非を米国の経済学者に聞くことは、世界の恥さらし。
安倍政権が真にやるべき政策を米国の経済学者に聞く必要はない 」
だ、と。このとおりだ。
まったくもって本当だ。 恥を知れ、安倍晋三。 ついでに、ステグリッツも クルーグマンも なに様だ。自分の国の経済と財政のボロボロ状態を棚に上げて。なにが日本に助言だ。 バカやろうども。 ノーベル経済学賞なんか、廃止にしてしまえ。 副島隆彦 記
(転載貼り付け始め)
〇「 安倍政権が真にやるべき政策を米国の経済学者に聞く必要はない 」
ダイヤモンド・オンライン = 週刊ダイヤモンド
2016年3月30日
森信茂樹
安倍政権が真にやるべき政策を米国の経済学者に聞く必要はない 。安倍首相が官邸に米国の経済学者らを招いて、一国の租税政策、消費増税の是非についてのアドバイスを求めることは、筋違いではないか
( 画像 © diamond 安倍首相が官邸に米国の経済学者らを招いて、一国の租税政策、消費増税の是非についてのアドバイスを求めることは、筋違いではないか)
消費増税の是非を米国の経済学者に聞くことは、世界の恥さらし
安倍首相は、官邸に米国のノーベル賞受賞学者であるスティグリッツ氏やクルーグマン氏などを招いて、「国際金融経済分析会合」を開催した。趣旨は、来年4月に予定されている消費増税を延期すべきかどうかについて、彼らのアドバイスを求めることだと報道されている。
しかし、一国の最も重要な経済政策である租税政策、消費増税の是非を米国経済学者のアドバイスを基に判断するということ自体、前代未聞の恥知らずなことではないだろうか。
税制というものは、国家の最も根源的な権限である。EU では、通貨が単一で多くの規制も統一されている。しかし、税制だけは全く統一されていない。消費税率も上限と下限はあるものの、ばらばらである。
その理由は、税制は国家の主権 (しゅけん。引用者注記。 ソブリーンティ sovereignty という。皆さん、そろそろこの英語を覚えなさい。むずかしいけど。この属国洗脳奴隷ども。 副島隆彦 割り込み終わり )そのものであり、大きな政府もあれば、小さな政府もあるというように、各国の経済社会状況に応じて、時々の政権が国民と対話しながら決めるもの、という認識からである。
さらに、アドバイスを求める相手が米国の経済学者というのも疑問だらけである。彼らは米国の政権に様々なアドバイスをしてきたわけだが、米国の経済社会はどうなっているのだろうか。
今回の大統領選挙に象徴されるように、米国ほどみじめに国民が分断・分裂している国はない。経済こそ順調であるが、1%のスーパーリッチ層が99%を支配するという基本構造は、今も変わっていない。その証拠が年々拡大する格差であり、ダントツに高い相対的貧困率だ。
そのことは、今回の大統領選挙に象徴されている。民主党も共和党も分裂状況にあると言ってよく、背景には人種問題だけでなく、グリーディー(引用者注記。greedy 貪欲=どんよく= ) 資本主義を体現する税制(ストックオプションやファンドからの利益に対する優遇税制)が所得・資産格差をもたらしているという現実がある。
つまり、彼らは自国の税制をまともにするというアドバイスができていないわけで、そんな人たちにどうして日本の税制のアドバイスができるのだろうか。
米国には、安定した社会保障は存在しない。公的医療保険制度はなく、オバマケアも日本の制度から見れば、まやかしのようなものだ。「金の切れ目は命の切れ目」という社会で、消費税により社会保障を構築するという、欧州やわが国がとってきた政策すら導入されていない国である。
そのような全く異なる社会状況の下で、どうして彼らのアドバイスが必要なのだろうか。彼らに日本経済・財政や社会保障を語る資格はないと思う。
安倍政権の意図は自明である。憲法改正のための多数議席の確保、そのための同時選挙、そのための大義名分としての消費税先送り、そして経済財政諮問会議の学者ではなく、国民を信用させるための米国・ノーベル賞経済学者のお墨付き(外圧)――。これが本当のところだろう。
アベノミクスで好循環は生じず所得・資産格差は大幅に拡大
わが国における経済停滞の最大原因は、消費の伸び悩みだ。非正規雇用の拡大などに伴う賃金総額の伸び悩み、高齢者の生活不安、若年層の将来への不安が背景にある。手を付けるべきは、そこへの対応策だ。
アベノミクスの三本の矢は金融政策に依存してきたが、それは実物経済( しつぶつけいざい)が活性化するまでの時間稼ぎの政策だったはずだ。「ベースマネーを増やせば実物経済が活性化する」という政策は完全に行き詰まっている。
自らの理論の非を認めたくないリフレ派が、2年前の消費税増税のせいにしようとしているが、これこそブードゥー(voodoo 引用者注記 )経済学(根拠のないおまじない)だ。
以下、一橋大学の小塩教授が2015年の家計調査に基づき作図された図表に基づき、アベノミクス前後のわが国の所得・資産の分布を見ていくが、アベノミクスでは、「成長と分配の好循環」は全く生じていないという、驚きの姿がわかる。
図表1は、所得階層ごとに世帯数の比率をアベノミクス前後にわたって比較したものである。
◆図表1 (略)
アベノミクス以前には、年収5000万円以上の世帯比率が軒並み減少し、経済停滞の下で「みんなが貧しくなった」状況が映し出されている。
一方アベノミクス後は、年収400万円から700万円の層の厚みは薄くなり、その両脇(400万円以下と700万円以上)の層が厚みを増している。アベノミクスの下では、「中間層」が薄くなり、所得分布の二極分化が煤でいることを物語っている。
背景には、正規雇用と比べて3割ほど賃金の低い非正規雇用者の割合が拡大している状況があると予想される。
図表2は、貯蓄残高を比較したものである。(略)
アベノミクス以前の分布を見ると、すでに二極化が進んでおり、経済低迷の中で貯蓄を持たない家庭が増えてきていたことが見て取れる。
アベノミクス以降は、貯蓄の二極化がより大きく進んできたことがわかる。低貯蓄世帯の比率には大きな変化がなく、中程度の貯蓄残高の層の比率が低下し、貯蓄残高3000万円以上の層の比率が上昇している。高齢化の要因もあると考えられるが、アベノミクス下での株価上昇が最大の原因であろう。
このように最新の統計によれば、アベノミクスが所得や資産の格差を拡大してきたという事実が判明した。標榜してきた成長と分配の好循環、トリクルダウンは全く生じていないことが見てとれるのである。このような状況の下で、金融緩和政策に固執し、それだけが処方箋のような政策では、わが国経済のデフレ脱却はおぼつかない。
リフレ派の経済政策は間違っていたわけで、今後は将来不安の解消のための様々な政策(それに伴い財源の確保)と所得再分配政策の強化を同時に行う政策にシフトする必要がある。つまり、社会保障の効率化と充実により、国民の安心に向けて政策の有効性を高めること、併せて適切な所得・資産の再分配を行うことではないだろうか。
社会保障は効率化しつつ充実を消費増税も確実に行なうべき
社会保障については、効率化と充実とを同時に図る必要がある。
効率化を進めるカギは、マイナンバーの活用である。第一に、マイナンバーにより所得だけでなく資産情報を活用し、「所得は少ないが多くの資産を持つ高齢者」に対する社会保障を縮小することである。
次に、児童手当など個人の所得基準に基づき適用されている社会保障を、マイナンバーを活用して世帯所得を基準とし、効率化を進めることである。
図表3は、平成21年の全国消費実態調査に基づくグラフである。これを見ると、高齢夫婦世帯では、所得200万円以下でも4000万円以上の貯蓄残高を持つ世帯の割合が2.2%、2000万円以上の貯蓄を持つ世帯の割合は8%を超えている。高齢者の社会保障負担と給付は基本的に所得基準であるが、資産状況も入れてよりきめ細かいものにする必要がある。
社会保障の拡充については、高齢者から勤労世代への社会保障のシフトを進めるとともに、どうしても財源の確保が重要になる。その意味で、消費税の10%への引き上げは、確実に行われる必要がある。社会保障の失敗国である米国の経済学者に聞く必要はない。
最後にひとこと。先週27日に結党した「民進党」だが、「軽減税率のもとでの消費税率引き上げには反対」という立場のようだ。なぜ、「低所得者への給付と合わせて、消費税率を引上げ社会保障を充実する」といわないのだろうか。
子ども手当など、財源なくバラ色の世界を語ったことが、民主党政権のつまずきの根本原因であったはずだ。
( 転載貼り付け終わり)
副島隆彦 記
【1564】[1897]マイナンバーについて
マイナンバーについて。
前回、東芝ソリューションとアクセンチュアリという会社規模がでっかいだけでよくわからないコンサル会社が政府の下請けをしていました。
日経コンピュータさんの2つの記事2014/03/31と2012/12/10を並べると、多分、わかりやすいと思います。
前回NTTをいれなくて大失敗したので、今回はNTTが本格的に参入したようです。
個人的には今度こそ手強いかなと感じています。
だからどうなるかは、申し訳ありませんがわかりません。
(引用開始)
マイナンバー中枢システムはNTTコムなど「大手5社連合」が異例の落札、114億円で
2014/03/31
玄 忠雄=日経コンピュータ (筆者執筆記事一覧)
内閣府は2014年3月31日、社会保障・税番号(マイナンバー)制度を支える中核システム「情報提供ネットワークシステム」の設計・開発業者を一般競争入札で決定した。NTTコミュニケーションズを代表とし、ほかにNTTデータと富士通、NEC、日立製作所が参加するコンソーシアムが落札した。落札金額は税抜き114億円である(8%の消費税込みでは123億1200万円)。
今回の入札に提案を提出したのは「5社で構成するコンソーシアムだけだった」(内閣府会計課)という。国内ITベンダーのうち、政府の大規模システム開発を請け負えるだけの体力を持つ大手5社がそろって手を組むという異例の展開で、競争なく落札者が決定した。
一方、落札価格の決定までには何度かの手順を踏んだ。コンソーシアムが初回に提示した金額128億円(税抜き)が、政府側が見積もった予定価格を上回っていたからだ。コンソーシアムは2回目に125億5000万円、3回目に123億5000万円を提示したものの予定価格を下回らず、最終的に相対交渉を経て落札金額114億円での随意契約で合意した(全て税抜き金額)。なお予定価格は業者側など外部には一切公表しない。
当初、開札は3月28日を予定していたが、5社の役割分担など提案内容を再度精査したこともあり3月31日にずれ込んだ。調達仕様を作った内閣官房の担当分野で「これほどの大規模システム開発プロジェクトの入札参加者が、企業コンソーシアムただ1者になるのは例外的だった」(内閣府会計課)ためである。
NTTコムなど5社は、情報提供ネットワークシステムのほかにも一部のマイナンバー向けシステムで5社コンソーシアムを組んで入札に参加している。総務省管轄の地方自治情報センター(LASDEC、2014年4月1日より地方公共団体情報システム機構に改組)が調達を担当した、個人用のマイナンバーを生成させる「番号生成システム」で、やはり単独の入札者となり同案件の受注を獲得している(関連記事:マイナンバーの生成システムは69億円で構築、NTTコムなど「大手5社連合」が落札)
(引用終わり)
ここから、
(引用開始)
——————————————————————————————
55億円無駄に、特許庁の失敗
2012/12/10
浅川 直輝=日経コンピュータ (筆者執筆記事一覧)
出典:日経コンピュータ 2012年7月19日号
(記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)
政府システム調達における失敗の典型例が、特許庁の基幹系システム刷新プロジェクトだ。5年がかりで臨んだが、結局は55億円を無駄にしただけ。新システムは完成しなかった。失敗の最大の要因は、発注者である特許庁にあった(図1)。関係者の証言から、失敗に至る経過を改めてひもとく。
図1●特許庁のシステム刷新プロジェクトにおける中止までの経緯
[画像のクリックで拡大表示]
特許庁は2004年、政府が打ち出した「業務・システム最適化計画」に沿って、特許審査や原本保管といった業務を支援する基幹系システムの全面刷新を計画した。システムアーキテクチャーに詳しい情報システム部門のある職員(以下A職員)と、刷新の「可能性調査」を担ったIBMビジネスコンサルティングサービス(現・日本IBM)を中心に、調達仕様書を作成した。
業務プロセスを大幅に見直し、2年かかっていた特許審査を半分の1年で完了することを目指した。度重なる改修によって複雑に入り組んだ記録原本データベース(DB)の一元化に加え、検索や格納などの基盤機能と法改正の影響を受けやすい業務機能を分離し、保守性を高めるという野心的な目標を立てた。一方で、全ての情報をXMLで管理するなど技術的難度が高く、十分な性能を出せないなどのリスクを抱えていた。さらに仕様書の骨格が固まった2005年7月、A職員は異動となりプロジェクトを離れた。
特許庁はこの調達仕様書に基づいて2006年7月に入札を実施した。政府の調達指針では、大規模プロジェクトについては分割発注を原則にしていたため、システムの基本設計から詳細設計までと、業務アプリケーション開発以降の工程を分離した。
基本設計から詳細設計までを落札したのは東芝ソリューションだった。技術点では最低だったが、入札価格は予定価格の6割以下の99億2500万円。これが決め手となった。価格の妥当性について会計課は審査し、問題なしとした。
方針転換、「現行業務の延長で」
プロジェクトは2006年12月の開始直後からつまずいた。複数の関係者によれば、計画と工程の策定に2カ月をかけた後、特許庁は東芝ソリューションにこんな提案をしたという。
「現行業務の延長でシステムを開発してほしい」。
業務プロセス改革(BPR)を前提にシステムを刷新するのではなく、現行システムに機能を追加する形でシステムを開発しようというわけだ。調達仕様書の作成に費やしたコストと時間を無駄にしてまで方針転換した理由は定かでないが、この時点で開発範囲についてベンダーとシステム部門、利用部門との間で、認識に大きなギャップがあったのは明らかだった。そもそもシステム部門に、大胆なBPRを進めるに足る権限も体制もなかった。
東芝ソリューションは現行の業務フローを文書化するため、2007年5月までに450人体制に増強した。だが、現行業務の把握に手間取り、作業が遅延した。
東芝ソリューションは遅れを取り戻すため、2008年には1100~1300人体制にまで増員した。人材派遣会社や協力会社を通じて、大量の人材を集めたという。これが、さらなる混乱をもたらした。「東芝ソリューションには、協力会社を含め多数の開発要員を統率する経験がなかった」(関係者)。
設計チームが入居していたビルは一気に手狭になり、机の1人当たりのスペースは「ノートPCが1台置けるくらい」(同)に縮小した。窮屈な環境の中、数十人単位に分かれたチームは、ひたすら成果物となる文書を作成した。だが、基礎となる記述ルールがなく、成果物の品質にばらつきが生じた。
仕切り直しの矢先に
2009年4月、特許庁は調達仕様書を作成したA職員をプロジェクトに復帰させ、プロジェクトの仕切り直しを図る。開発範囲を当初の仕様書ベースに戻したのだ。
A職員は設計書で記載すべき内容を示した「設計規約」の作成を東芝ソリューションと始めた。当時の技術者は「ようやくプロジェクトが回り始めた」と振り返る。
とはいえ本格的にプロジェクトを立て直すには、現行システムを担当するNTTデータの参画が必要なのは明らかだった。分割発注に基づくアプリケーション開発をNTTデータが落札すれば、現行業務の把握など懸念のいくつかを解消できると見込んだ。
そんな矢先の2010年6月、プロジェクトに激震が走る。NTTデータや日立製作所、東芝ソリューションが特許庁職員にタクシー券などの利益供与をしたことが明らかになったのだ。NTTデータ社員と特許庁の職員は逮捕された。A職員も入札前の情報を東芝ソリューションに提供していた事実が認められ、プロジェクトを再び離れた。NTTデータには6カ月の指名停止処分が下った。
2011年頃には、プロジェクトはほとんど「開店休業」となっていた。要員は500人に減った。プロジェクトの破綻は明らかだった。だが「開発中止」を認定・判断するプロセスがなかった。
苦肉の策として持ち出されたのが、贈収賄事件を機に2010年6月に発足した調査委員会だった。同委員会をベースとした技術検証委員会は2012年1月に「開発終了時期が見通せない」とする報告書を公開。この報告書を根拠に、枝野幸男経済産業大臣がプロジェクトの中止を表明した。プロジェクト開始から5年が経過していた。
——————————————————————————
(引用終わり)
以上です。
【1563】[1896]私の最新刊の 『日本が中国の属国にさせられる日』 のことを書きます。
副島隆彦です。 続けて、あと一本書きます。
私の新刊本が26日発売で、今書店に並んでいます。 政治の本だからあまり売れないだろうと、出版社が判断して、たいして発売部数がありませんから、大手の書店でしか手に入らないと思います。
書名は、『日本が中国の 属国にさせられる日』(ベストセラーズ 刊)です。こんな書名にしたから、あまり売れないかなあ、と自分では心配しています。
アルルくんが、昨日、「今日のぼやき」の方に、さっさと、この本の紹介の宣伝の批評をしてくれました。皆さん読んでください。私よりも 20歳若いアルル君から見たら、私の今度の本は、このように 見えるのか、と私なりに感慨深いです。「やがて中国の属国になるんだよ」と言われて、気分がいい日本人はいないだろうから、あまり良い書名ではなかったかな、と 何度も思います。
「そんなはずはない。中国はもうすぐ崩壊する(共産主義体制だから崩れ落ちる)」と今でも堅く信じて疑わない人も 多い。 それでも、実際には、そんな気配はない。今も強大になりつつある。 中国崩壊論を書き続けている人たちは、内心、肝が冷えているのではないか。
「 副島隆彦の中国認識は、根本から間違っている」と、私に対して、上から目線で、余裕をもって笑っている人も、この本を読めるように工夫して書いた。
私自身は、こういう本を今のうちに書いて出しておかなければいけないと、思って急いで書いた。
この本の帯(おび)には、「共産主義(きょうさんしゅぎ)の何が悪(あく)で、どこがどう間違っていたのか」と 書いてあります。 この本は、共産主義国である中国の日本支配が起きるだろう、という本ですが、私が書いているうちに、
「共産主義という政治思想が、生まれて130年ぐらいだ。 そして、ちょうど100年前のロシア革命(1917年)から、いったい、人類は、どういう悲惨なことをたくさん作りだして、残虐な何百万人もの 政治犯の 大量虐殺を起こして、ここまでやってきた」ということの、私なりの究明、探求の本になった。
私が、この本を書こうと思った動因のひとつは、私たちの研究員である、藤森かよこさんが、私の講演しているときの、演台のすぐ下の、客席から、質問者として質問したことだ。それは、「副島先生は、中国が日本に攻めてくることに対して、どう考えますか」というものだった。
私は、面食らって、「あなたのような(高学歴の女性で、見識のある)人でも、そのような心配をするのですか」と、答えた。それは去年の9月の講演会でのことだった。
藤森さんは、アメリカ文学研究が専門で、女性学(じょせいがく)もなさっていて、そして、何よりもアイン・ランド(Ayn Rand )女史という傑出した、アメリカの政治思想の、リバータリアン思想の生みの親のひとりである文学者の日本における研究者の草分け(先駆者)である。
その 藤森さんに、私は、「あなたでも中国が怖(こわ)いのですか」と壇上から問いかけたら、「怖いです」と返ってきた。 だから、私は、この本を書いた。
読んでみてください。 ただしこの本は、これまで副島隆彦の本も読ます、じっくりと物事を考えたことのない、普通の知能をしている程度の人では、どうせ理解できません。
このように断っておきます。 本物の読書人(どくしょじん)であり、深く自分の頭で思考できる人しか、受け付けないでしょう。 だから対して、読書体験のない、20台の若者では無理だろう。若者は、自分が生きることで精いっぱいだ。40代、50代の人でも、サラリーマンをやっていたら、仕事が忙し過ぎて、本なんか買って読んでいられない。
それでも、私、副島隆彦の本に出合って、何か大きなこの世の真実とか、隠されている真実とかに気づいて、自分の人生の意義を見つけた人たちには、分かってもらえる本です。私自身が、自己評価で見ても奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な本です。これまでのような、食い付きの良さはこの本にはありません。 私は、ついに読者(読み手)に迎合(げいごう)することをやめました。
「共産主義の何が悪(あく)で、どこがどう間違っていたのか」と書くと、これは、世にいわゆる、反共(はんきょう)本、ということになります。そんな 時代遅れの、反共右翼や公安警察の手先(全貌社 )が書くような本を誰が読むか、と 吐き捨てられそうな本でしょう。 だが、アルル君は、そこのところのむずかしさを、的確に見破ってくれました。ありがとう。
私は、安倍晋三首相 という明らかに、反共産主義=反共(はんきょう)で、頭のてっぺんから体の芯(しん)まで反共主義者である人物に体現される人が首相である間に、この本を書いておこうと思った。
そして、「安倍ちゃん。頑張ってくれよ。あの態度の悪い チャンコロ、チョーセン人、ついでもロスケ(ロシア人への蔑称)を ちょっと痛めつけてくれよ」 と 安倍晋三を強く支持している 人々に向けて、彼らに読んでもらえるように、と思って、この本を書いた。
私なりに、彼らの懐(ふところ)の中に、飛び込んで、彼らと対話をできるようにと、彼らの世界(土俵)に入り込んでゆく積(つも)りで、書いた。
安倍晋三が、国会答弁で、急に、「おい、日教組(にっきょうそ の アカ 野郎)。早く質問しろよ」と、首相らしからぬ忍耐の無さで、旧社会党系の 民主党の議員に、歯をむき出してケンカを売るごとく、言ったときのあの態度に、反共主義の堅い信念を見た。 自分が反共(はんきょう)主義者(=勝共(しょうきょう)主義者。共産主義に勝つ主義) であることに、強い誇りを持っていることがよく分かる。 だから、安倍晋三に向かって、私は、それでは、「安倍さん。あなたは、その反共主義の信念のほかに、何を持っているのか」と聞きたい、と思ってる。
こういう私の問題意識を、副島隆彦の本読みの皆さんに、何とか分かって貰(もら)いたい。みんな自分のことで忙しくて、大変でしょうが、またしても、副島隆彦に脳天を叩かれた、という気になりたい人は、どうぞ読んでみてください。
それから、この本を書こうと思ったのは、「いまのうちに書いておかなければ、時代に遅れてしまう。先へ先へと、世の中の流れを、ほかの人たちよりも、先へ読んでゆく予言者型(がた)言論人としての、自分の能力の欠如になる」 と考えたからです。
どうせ、中国がアメリカに勝つ。それには、あと5年もかからない。アメリカの国力の衰退と、帝国(世界覇権国、ヘジョモニック・ステイト)としての世界管理能力が、どんどん減退している。それなのに、「アメリカは強い。アメリカはいつまでも永遠に、世界一だ。アメリカにしっかりしがみ付いてゆくのが日本の道だ」と考えている愚か者たちが、内心でボロボロになって、崩れ果てて、それで、どうするか、というと、ペロリを舌を出して、恥知らずに態度を変えて「アメリカはもうもたないと僕も思っていたよ」と言い出す前に。 私は、書いておかなければいけないのだ。
私が、この本で書き忘れたことは、次のことだ。 「中国は、今は、まだアメリカよりも、弱い国だ。 金融・経済力でも、軍事力でもアメリカよりも弱い。だから正義がある。中国はチャレンジャー(挑戦者)だから、下から這い上がって来るものの、泥だらけの穢(きたな)さがあるから、だから正しいのだ。 それに対して、今の支配者であるアメリカは、尊大に構えて、まわりを見下(みくだ)して威張っている。だからアメリアは悪(あく)なのだ」 と、 考えていい。
ところが、である。その今は正義である中国が、本当に、アメリカを追い抜いて、GDP(経済力)でも軍事力でもアメリカと拮抗(きっこう)するようになり、そして、アメリカの金融市場が崩れて、自壊を始めたときに、中国との関係で、逆転が起きる。
その時である。中国は、じっと耐えてアメリカの衰退を、狙ってきた。そして、アメリカが自分のせいで内部からガラガラと崩れる時に、中国が、日本に対して、どういう態度を取るか、である。
そのとき中国は甘い態度を、日本に対して取らないだろう。よくも、これまで、さんざん敵対してくれたな、という横柄な態度になるだろう。 今から2000年前の、漢(かん)の帝国に、日本(倭国、わこく)が朝貢(ちょうこう)していた頃と、同じような感じになるだろう。日本は、中国の歴代王朝(歴代の中華帝国)の、朝貢国=周辺属国のひとつ、だったのである。この大きな世界史規模での、歴史の事実を無視して、なにごとか、虚勢(きょせい)を張ってみても、つまらない話だ。 真に知識と教養のある者は、歴史に学ぶ。
だから、中国が世界一の国になったら、中国は権力者だから、悪(あく)になる。それが冷酷な政治学からの目だ。悪(あく)になった中国が、日本にどういう仕返し、報復をしてくるか、を、今のうちから、考えておくことが必要だ。そのときに震えあがっても遅い。 このように考えて、副島隆彦は、この本を書いたのだ。 中国が本当に世界で一番強い国(次の世界覇権国)になったとき、日本は、どうするのだ。
このことを いまのうちから、先へ先へと、予言者の知識人として、考えて書いておかないといけない、と 私は思って、この本を書いた。
だから、安倍晋三以下の、日本の反共(はんきょう)思想の燃えるような堅い信念の人々に、このことの備えをそろそろ始めるように、と促(うなが)そうと思ってこの本を書いた。
読んだら、頭が腸捻転(ちょうねんてん)を起こすような奇妙な感じになるでしょう。 読んでみてください。
副島隆彦 記