近代医学・医療掲示板


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投稿日:2010/08/04 07:18

【28】「健康ブームを問う(全3回)」 

「心に青雲」から貼り付けます。

(転載貼り付け開始)

2010年08月02・03・04日 | 医療問題
「健康ブームを問う(全3回)」 

《1》「学城」第6号に論文「土木設計とは何かを問う」を発表しているのは、わが流派の城内進氏である。この論文は、「哲学としての〈生命の歴史〉」を踏まえての、土木とはを問うもので、おそらくは史上初の土木論構築への第一歩を踏み出した画期的な論文であった。土木のノウハウ・レベルの研究は数多あるであろうが、〈生命の歴史〉から人類にとっての土木を問うレベルはかつてなかったはずである。

 本稿はその論文についてではなく、城内進氏が説くところの健康問題について取り上げていきたい。氏は都内に道場を主宰し、毎月「機関誌」をメールで発行している。

 その機関誌(171号)にあった城内さんの巻頭言。「最近、街中を歩いていて目に付くようになったのが薬局と整体マッサージの店である。家から駅に向かう700メートルの間に薬局が5軒、鍼灸マッサージが6軒、店を構えて営業している。
 規制緩和で開業しやすくなったとはいえ、お客は来るのだろうか。店の経営は成り立っているのだろうか、などとつい余計な事を考えてしまう」

 こういう書き出しである。たしかに街中で薬局が増えたし、鍼灸、整体、マッサージ、中国気功などの看板が目につく。私の街では中国気功がやたらに店を出しているように思う。聞けば田舎の街でも、同じような現象が起きているとのことで、なにも東京ばかりの話ではなさそうだ。

 引用を続ける。「健康でいたいと願うのは人間として当然の願いであろう。そこに付け入る様な健康ブームである。
 散歩やジョギングあるいはスポーツジムで体を鍛える人もいるが、そんな大変なことをするよりも簡単にという人が多いということである。仕事が忙しくて、そんな時間をとる余裕がないよという言い訳である。

 仕事で肩が凝った、腰痛で仕事も手に付かないということで整体やマッサージに通う人、疲労回復のドリンク剤、痛み止めの薬を飲む人も多いことであろう。
 TVを見ていると、頑固な疲れにアリナミン、肩の痛みにバンテリン、膝の痛みにグルコサミンと、毎日毎日、薬のコマーシャルである。自分の努力で健康を把持するのではなく、薬や他の人の手を借りて楽して得ようということであろうか。」
(引用終わり)

 全くそのとおりだ。このほかテレビでは、黒酢、ニンニク、青汁といった健康食品や栄養サプリメントの広告も花盛りだ。どれほど巨大な市場か、とくに調べなくてもテレビのCM頻度でおよそのことはわかる。みんな何らかの体調不良を自覚し、整体、気功、サプリメント、健康食品にすがっている。

 城内さんはこのブームに警鐘を鳴らしてこう続ける。「しかし、である。問題は健康とはどういうことなのか。疲れとはどういうことなのか、病気とはどういうことなのか、といったことが、実は薬を売る製薬会社の研究者や、病気を診て薬を処方する医者、あるいは鍼灸マッサージの人たちはわかっているのだろうかということである。

 もしわかっていれば次のような答えが返ってくるはずである。いわく人間(哺乳類としての)的な食事・睡眠・運動のバランスを保つことですよと。
 これが『命の歴史』から引き出される健康を把持していくための答えである。

 最後にナイチンゲールが『すべての病気は回復過程である』『病気とは、毒されたり衰えたりする過程を癒そうとする自然の努力の現れである」との言葉を紹介しておく。」と結ばれている。

 ナイチンゲールが発見した「すべての病気は回復過程である」とは、なかなか現場の医師や看護婦は信じないようだが…。なぜかなら、患者の病気は悪化するし、悪くすれば死ぬからである。回復じゃないではないか、というわけだ。

 疲れが出るのも、痛みが出るのも、熱が出るのも、これは神経が体を正常に戻そうとしている証である。体の回復過程の現象が「病気」として現れる。患者の病気が悪化するのは事実である。事実だけみれば、とうていナイチンゲールが「すべての病気は回復過程である」などと言ったことなど、たわごとしか思えまい。ここが論理がわかるか否かの分かれ目である。事実はちゃんと、病気は悪化して死に至ることがあると示している。

 しかし、ナイチンゲールは病の論理を説いたのだ。ほとんどの医者や看護婦は、事実しか理解できないアタマなので、学問はできないのである。これは私がさんざん説いている、「相対性理論は誤り」との論理が、東大をはじめとする知識秀才にはどうしても分からないのと、同じ構造を持っている。

 城内さんは、こう言う。「私は神経痛の痛みや、リウマチによる腫れや激痛は、神経が必死に正常にもどそうとしているのだと身をもって知ったのですが、正常に戻すのは薬ではなく、食事・睡眠・運動のバランスをとるという、簡単な(しかし大変な)事でした。

 体の働きを正常にするのが神経の働きとだというのは、医者や医学書ではなく空手を通して、学ぶことになりました。健康体を維持するために、薬にたよるのではなく食事・睡眠・運動を整える方法で取り組んで行きましょう。

 機関誌には書いていませんが、今の医者たちが解けないのは特に神経がかかわる問題です。これは「生命の歴史」からしか解けないものです。「夢講義」には南郷師範が神経の働きとして説かれています。難病と言われている病はほとんどが神経がわからないことから、治し方がわからないために難病となっているように思います。

 しかしほとんどが食事・睡眠・運動を通して神経の働きを正常にすることで直すことが可能です。実際このやり方で医者から難病と診断された病を治しています。
 ちなみにどのようなものがあるかといえば「膠原病」「関節リウマチ」は自分自身であり、「坐骨神経痛」「肋間神経痛」「味覚障害」「痴ほう症」「アトピー性皮膚炎」「神経症」「脳梗塞リハビリ」は弟子や姻戚の例です。

 その他「花粉症」「風邪」「ぜんそく」「ねんざ」「歯痛」等々です。こう書いていくと、普通の人は(あるいは医者は)医者でもないのに「胡散臭いインチキ、誇大広告」と思うことでしょう。でもこれがわれわれの空手の論理の適用なのです。医者でなくともこれくらいはできるということです。これが一般論をもつことの効用ということでしょう。

 今、あなたがブログで展開されている宇宙誕生に関しても同様で、宇宙の誕生を知るために何百億、何千億円もかけなくても、ビックバン説はじめ相対性理論、オパーリン説、大陸移動説、恐竜絶滅説等々現在の定説のほとんどは唯物論的弁証法という学的一般論を踏まえてみれば、間違いであるということが分かろうというものです。」

 実際に、城内さんはナイチンゲールの発見した「すべての病気は回復過程である」という学的論理の正しい事を実践して理解し、かつ病気は回復過程だというとおりに治してみせたのである。

 ところが現下の医療は、整体やマッサージ、サプリメントも含めて、城内さんが挙げた「膠原病」「坐骨神経痛」「痴ほう症」「アトピー性皮膚炎」「神経症」「花粉症」「風邪」「ぜんそく」「ねんざ」「歯痛」等々は、「病はほうっておけば悪くなる。薬を使わないと死ぬ」という見解を前提にしているのだ。

《2》ナイチンゲールは「病は回復過程である」と見事な論理を創ってみせた。その理論どおりに体を病から回復させることができる。にも関わらず一方ではやっぱり病は悪化して死に至ることもあるという現実に突き当たる。薬や整体などで治ることもあるから、事はやっかいである。これが正しいのだ、ナイチンゲールはウソを言ったのだ、となってしまう。これはもうテレビやラジオ、携帯電話が見えたり聴こえたりするから、電波の理屈は正しい、というようなものである。技術が実用化していれば、理屈が正しいと言い張る人には、いくら説得しても無駄である。

 これは、三浦つとむさんが『弁証法はどういう科学か』のなかで取り上げている、「ゼノンの詭弁」の一例、アキレスと亀の逸話の理解と同じ構造になっている。事実としては亀はアキレスに簡単に追い抜かれる。しかし理屈では永遠にアキレスは亀に追いつかないのだ。このパラドクスが、解決されたことはない。「病は回復過程である」も矛盾である。だから正しいのだが…。

 医師や看護婦ばかりではなく、健康になんらかの問題を抱える人にとっても、「病は回復過程である」とは信じられまい。事実としてはだんだん悪化することがあるからだ。そして事実として薬や鍼灸などで治ることもあるからである。

 では聞くが、なんで我々は街中にこうまで薬局やマッサージ店などが林立するのであろうか? 答えはそれだけ体調の悪い人が増えているからだ、になるだろうか。そうではないのだ。事実はたしかに体調の悪い人が増えてはいるだろう。しかし本当は、病気の捉え方が間違っているために根本的に治せないでいるからである。例えば薬が薬を呼び(副作用を起こすとか)、整体はいったん良くなったと思ってもすぐ歪みは元へもどって、しょっちゅう通わなくてはならなくなる、だけのことである。

 言ってみれば、小さな事実としては薬で症状は治まることもあるし、整体や鍼灸で好転することはある。だが大きな事実としては治らずに慢性化したり、副作用で苦しむことにもなるのだ。

 城内さんはこう言っていた、「神経痛の痛みや、リウマチによる腫れや激痛は、神経が必死に正常にもどそうとしている。正常に戻すのは薬ではなく、食事・睡眠・運動のバランスをとるという、簡単な(しかし大変な)事だった。

 体の働きを正常にするのが神経の働きである。今の医者たちが解けないのは特に神経がかかわる問題で、これは「生命の歴史」からしか解けない。
 難病と言われている病はほとんどが神経がわからないことから、治し方がわからないために難病となっている。しかしほとんどが食事・睡眠・運動を通して神経の働きを正常にすることで直すことが可能である。
 実際このやり方で医者から難病と診断された病を治せている。」

 これが先に述べた「大きな事実」である。たとえばリウマチの激痛は、薬で抑えることができても、長期化するほどに、薬の種類も量も膨大なものになっていく。薬から離れられなくなるではないか。しかし大きな論理を信じれば、リウマチといえども難病ではなくなるのだ。

 最近、整体についてわが流派の最高指導者が説かれたことがある。その主旨は、整体では完全には治せないということだった。
        *      *      *
 整体の目的は筋肉または骨の調整だ。本当はその調整には、歪んだ筋肉を調整する場合と、歪んだ骨を調整するのと両方ある。しかし、筋肉のスジの違えは、骨を直さねばならないし、骨の歪みは筋肉を直さなければならない。

 筋肉が歪んだので骨が歪まされる場合と、骨が歪まされて筋肉が歪む場合とがあることを整体師は知らない。整体では直した瞬間だけは効くけれども、日常生活で歪んだもとの動きを修正しないでいれば、すぐに元に戻ってしまう。

 骨以上に筋肉を歪めていると、骨とあわせて普通の筋肉になるようにするようにしていかないと治らない。整体師の直し方には限界がある。患者がどういう生活をしての歪みなのかを捉えておらず、その直し方を知らない。

 これは神経の働きを直さないと治らない。神経を直すには、骨か筋肉を使って直すしかない。それは筋肉によってか、骨によってかで違う。(以下略)
        *      *      *
 ここでも神経に着目する大事性が説かれている。整体師も医師も、ほぼ筋肉と骨とか、上体と下肢とかに分けて捉えてしまうし、それらを到達する神経についてはまったく「お呼びでない」状態である。

 おおまかに言って骨、筋肉、神経を統一して捉えるというのは、まさに〈生命の歴史〉をふまえての着眼である。一言でいうなら、生命体は単細胞から始まったのであり、それは全部で一つだった。高等な人類に進化しても、元は単細胞だったのだから、全部で一つとして見ることが大事なのである。だが医師も整体師も、部分部分でしか捉えられない。この症状にはこの対処、腕が歪んでいれば腕だけを見る、となっている。

 その行き着いた果てが、冒頭の街中の描写になっている。「 街中を歩いていて目に付くようになったのが薬局と整体マッサージの店である」と。

 神経がなぜどのように大事かを城内さんは身を以て病気を治した経験から説くのだが、それは空手をやったからわかったのだと述べる。その通りなのであって、これをわが流派の空手をやっていない人に説くのはむずかしく、また「企業秘密」でもあるから、これ以上は書かないことにする。ヒントレベルで十分だろう。

 たとえば空手で突きを出す場合、普通に筋力を使って突く場合と、神経を使いながら突くとの違いである。オレは沖縄本流、伝統の空手だと自慢したい向きもあろうが、この相違がわからないかぎり、伝統もへったくれもないのだ。

 たんなる突きが、神経を使って突くという修練をすることで、病の構造が解けてくるのである。それが城内さんが言う「ほとんどが食事・睡眠・運動を通して神経の働きを正常にすることで直すことが可能です」との自信にみちた文言となっているのだ。

《3》次は、本稿で紹介している城内進支部長の支部機関誌の最新号(172号)には、城内さんのこんな文章が載っていた。
      *      *      * 
 今月3回に分けて九段生涯学習館で「武道に学ぶ健康と護身」講座を開催してもらった。(中略)
 参加者の一人が、姉が痴呆の症状があるというので、一緒に体を動かし、帰り際に、足先、指先の簡単な練習を教えて、これを家で毎日5分ほど続けるとよいと教えた。痴呆症に関しては、10年以上前になるが、師範の神経に関する講義を聞いた直後に、永く寝たきりで、息子も娘の顔も分からなくなった身内の人を相手に、論理的な働きかけをしたことがある。1日目はまったく反応なしであったが、2日目の午後になって突然眠りから覚めたように、私の名前を呼んだのである。その後は前のように普通の会話ができるようになり、身近で介護していた人は劇的な出来事に驚いていた。

 これはほんの一例である。ほかにも、リウマチ、膠原病、腰痛、肋間神経痛、脳梗塞、アトピー、喘息、味覚障害などを治してきた(治させた)事実がある。人間の病を治すのは、脳細胞を動かす(手足を動かす)ということが大事なことであることを知り、試すことで、それを理論的に説く玄和会の凄さをあらためて認識したものである。
      *      *      * 
 「武道に学ぶ健康と護身」講座とは、城内さんが講師となって道場生以外の一般の人を集めて行なわれた講習会であった模様である。城内さんが説かれているように、ということはナイチンゲールが「病は回復過程である」の説いているようにだが、疲れが出るのも、痛みが出るのも、熱が出るのも、これは神経が体を正常に戻そうとしている証なのである。 城内さんは神経痛の痛みや、リュウマチによる腫れや激痛の神経が必死に正常にもどそうとしているのだと身をもって知ったと語っており、また身近な人の病気をその理論を実践して治してきたと言うのだ。

 簡単で、しかし大変な事であるが、体の働きを正常にするのは神経の働きをまじめにさせることである。こういうことを説いた(解いた)医者や医学書はほとんどない。しかし、わが流派では空手を通して学ぶことになる。

 さらに城内さんはこう説く。「人間にとって神経(神経の親玉である脳細胞)の働きを知れば知るほど、いろんなことに役立つということがわかってきます。

 その神経を鍛える簡単な練習が、裸足でアスファルトの上を歩くことです。今の時期だと路面温度が50から60度くらいになりますが、足裏からの刺激がとても気持ちよく感じます。ぜひとも実行することをお勧めします。」

 このことは私のブログでも何度か紹介してきた。私自身はもう10年以上、続けている。真夏の炎天下にアスファルトの上を裸足で歩く(または立つ)。毎度、火ぶくれができる。しかし城内さんも言うように、熱いが気持ち良く感じる。これをやらないと、夏の暑さで疲れ、だるくなりがちな体が、そういうことがない。実に偉大な療法だと驚く。

 また私は、夏は毎朝のジョギングを裸足で行なうが、これも足裏からの刺激がとても気持ちよく感じるものだ。ランニングシューズを履いて走っている人を見ると、せっかくのランニング効果を少なくしていて気の毒にと思ってしまう。

 なにせ死体を火葬場で焼くときに、高温の熱で生き返ってしまうことがままあるほどに、熱の力は偉大なのである。火葬しはじめると、しばらくして釜の中からギャーという叫び声が聞こえることがあるそうで、そんな声を遺族が聞いたら、すわ生き返ったぞと大騒ぎになるから、遺体を釜に入れたら即、遺族を追い払って休憩室に送ってしまうのだ。仮にそこで生き返った遺体をひきずりだしても、いったん死んで数日経過して腐りかかったものはどうにもならないから、そのまま焼いてしまうらしい。

 灸も体を焼くことで、神経を強烈に刺激し、怠けていた働きをまともにさせ、病を回復させるのであろう。それほどに、高熱で神経は生き返る(働きを取り戻す)のだ。

 私もこういう実例をいろいろな人に教えてあげてきた。実践した人は軽快したと喜んで報告してくれるのに、「私はやわな足をしているので、勘弁していただきたいですね」とハナから受け付けない人が多い。やわな足をしているということは、アタマがあまり働いていないし、病気を抱えているということになるのだが…。

 「残念ながら、現在ほとんどの医者は人間の頭の働きが分かっていない。それゆえ何々症候群という訳のわからない病気や、職業病といって難病だから治せなくても医者の責任ではありませんという病気が多くなっている。」と城内さんは、機関誌で説いている。

 せんだって、医師の方から子宮頸癌は「現在の医学界ではHPVというウイルスであると言われているが…」というメールをいただいた。癌の原因はウイルスではない。あくまで食事にある。なぜかなら細胞は食事で創られるからである。当然、脳細胞や神経も、食べた食事の栄養素が肝臓で血液に換えられ、その血液から成長、活動維持、回復などを行なうことができる。したがって、食事が悪ければ脳も神経も病んだり、毒されたりする。

 性同一性障害とか、同性愛とか、痴呆とかは、認識の問題もあるが、それらを司る神経の実体がまともに育っていないことも考えられるのだ。その原因は、食事であり、睡眠であり、まともな運動に起因する。秋葉原無差別殺傷事件の犯人とか、わが子を育てるのが面倒になったと餓死させた母親などは、かならず食事、睡眠、運動がまともではなかったはずで、それゆえ神経もまともではなかったのである。

 認識が歪むような考え方をしていただけではなく、認識つまり脳細胞に外界や内界を反映させる実体の実力が衰え、毒されていたことにも注目しなければなるまい。

(転載貼り付け終了)

おじいさん 投稿日:2010/07/26 16:17

【27】昨日のETV特集、胃ろうの功罪

みなさん、こんにちわ。

ひとりで投稿している状態ですが、ずうずうしくがんばります。

昨日、7月25日の午後10時から、NHKのETV特集、みました?

胃ろうの功罪について、けっこうまんべんなく、実情をレポートしていたので、評価したいですね。

とはいっても、、遅すぎる。。

簡単に言うとこういうことです。
ほとんど社会的には亡くなっているひとが、延命治療によって生きながらえている。そして、それは「社会保障費」として予算を圧迫し、財政が持たなくなってきていると。。

胃ろう(口から食事ができなくなった人にお腹から胃へ穴をあけて栄養剤を注入する治療)が高齢者の生命予後を極度にのばしたのは事実だと思います。

どんなことをしても生きていてほしい。
そう願う家族の気持ちもわからないではないです。
ましてやそれが自分の子供だったりしたら、どうでしょう。。

当然、子供にも不治の病はあります。
でもどうにかして助けたい、そう思う親の気持ちは十分肯定できるものです。

お年寄りはどうでしょうか。

これらはとても難しい問題です。むずかしいですが、むずかしい、むずかしいといって、問題を避けてきた結果日本はとことん、腐ってしまいました。

こんなにやる気の出ない社会もあまりない。。
もちろん、パレスチナとか、アフリカ、東欧の一部とか、もっと悲惨な所はある。。しかし、今の日本の、特に若い人の、まるで活気のないこと、自分の頭で考えようとしないこと、結婚しないこと、子供の少ないこと、、それらはすべて、はっきりいって、その前の世代が自分の事ばかり考えてきたせいだと思います。

東大の女性の先生がおもしろいアンケート結果を公表してましたね。

ようするに医者は警察が怖くて延命治療するのだと。。
あれはね、あたってます。
ほんとそうです。
と言うことは年寄りは警察に感謝しなくてはなりませんね。

会社のコンプライアンスの問題も同じ根っこをもってますね。
こんながんじがらめ社会になったのも、米国様のせいでしょうか。。
そこの仕組みはよくわかりません。。
ただ、司法制度改革とリンクしているのではないかという、予想はありますが。。

まあいずれにせよ、年寄りが日本の財政を圧迫していることだけは間違いない。そして、それにのっかっている医者がいるのも間違いない。

胃ろうの第一人者が、テレビの作為はあるにせよ、倫理的に胃ろうをするのが正しいのか問いかけている。

鈴木先生、私がその解決法を教えてあげましょう。

あなたがその病院を止めて、胃ろう増設を一切やめることです。

。。。。。

じゃ、医者やめろって????

いえいえ、もっと他に解決法があります。
ようは、そうやって年寄りが生きながらえることに年寄り自身の経済力が十分追いついているわけですね。

だから、胃ろうの手術代を自費負担にして、胃ろう増設した患者の、入院費や介護費は高くすればいいのです。これで一気に解決です。

それにしても最近の家族は、医者が「患者様」だとかいっておだてるものだから、ほんと無理難題を押しつけてきますよ。

「食事」

はいろんな病気の末期でとにかく問題になるんです。
これをどーにかしろ、と家族のうるさいこと、うるさいこと。。

不可能を可能にしろと、ほんとうるさい。

最近は自分の親の年金を当てにして、長生きさせろ、という家族も多い。。
特に親が公務員とかだったらけっこうな額の年金をもらえるから。。

若者はこんな世の中でどうやって生きろと言うのでしょうか。。

おじいさん 投稿日:2010/07/20 09:10

【26】ある看護士の嫉妬

みなさん、こんにちわ。

いやー、日本の政治は大変なことになりましたねぇ。
ここまでねじれると、もはや政界再編しかないのかと思いますね。

民主党が大負けして最も落胆しているのは、「財務省」だと思いますよ。
だって、これで消費税論議がふっとんじゃいましたから。。各法律も点取りゲームに身をささげる野党の色が入っちゃうでしょう。それらが基本的に「反官僚的」になってしまうのは想像がつきます。

だから小沢さんに再登板してもらうのはある意味当然と思っているでしょう。
フジテレビの評論家も、なにやらきな臭く小沢さんをヨシショしはじめていますよ。。

それでテレビ映りのよい、38歳、京都大学卒、小沢さんのお弟子さん、細野さんを表に建ててイメージ転換させている気がする。
通常、枝野が出るべきだと思うのだが、出せないんだろうなぁ。。

それにしても日曜日のフジテレビの朝の報道番組はひでぇな、政治素人の映画監督に民主党批判をさせて、それをじっときいている細野さん、並大抵の根性じゃありません。

あんたはエライ!

ところで、(この前振りがよけいか。。)

先日、ある看護師さんが怒ってこういう話をしました。

「先生、もうわたし税金払うのばからしい!」

「なんで。」

「だって、患者さん同士で、どうやったら簡単に生活保護費を受給できるか、作戦会議してるんです。障害年金は安いからとったらダメとか言っているんです。」「あの人達、病気に見えません。ただ病院に来て、クスリをもらって、しかも、生活保護費の受給日なんか、うなぎたべたとか、ホテルのランチ食べたとか、自慢してる。」「わたし、子供3人いて、午後3時までしか働けないんです。月に8万円です。主人が働いているのでどうにかなるんですが。。」

そして、最後にぶち切れて。。
「日本は国債発行してますよね。私の子供達の将来、どーしてくれるんですか。罪もない子供達がなんで最初から借金漬けなんですか。」

私は、じっとだまってきいておりました。

あまりに深刻な看護師さんの様子に、ひねくれ者の私でさえ、反論できませんでした。

無論、生活保護だろうが、なんだろうが、人それぞれ事情はあります。。。
過去もあります。。

そして、そこであろう事か、私は、さらに彼女を煽る発言をしてしまいました。

「すべての病院は大なり小なり生活保護受給者をクスリ&検査漬けにして、お金儲けしてんだよ。そこから経営者が自分の取り分をとって、残り物を君たちに分配しているんだよ。。君たちは、ある意味ポチなんだ!」

彼女はぶち切れて、、「◎×◎×。。」

となにやら動物的な物言いをしながら、業務に戻りました。。

彼女は今後どうなるのでしょうか。幼い子供達を抱いて、税収より借金の多い、予算編成しかできないこの国の形。。

この怒りがもっともっと増えて、政治を動かす、、それしかないと思います。

子供達の未来を守りましょう!

おじいさん 投稿日:2010/07/15 09:32

【25】医学教育の欠陥

みなさん、こんにちわ。

大雨で大変です。これも森林破壊をしつくした日本の「国土計画」のせいでしょうか。
ハコモノや「自給率」は長期計画で配慮してほしいものです。

日本の小学校で政治、行政をきっちり教える日は来るのでしょうか。。

ところで、さんざん、医療業界の批判をしてきました。
無論、これからもどんどんしますが。。

多くは邪悪な営利を求めすぎる企業の洗脳や犠牲となった結果、この業界が荒れているという主旨でありますが、医者を作る側の、学校はどうでしょう。

わたしも卒業して、あまりに時間が経って現状を詳しくは知りませんが、まあ、はっきり言ってあんまりたいして変わってないようです。

先日投稿したときに、私立大学と国立大学の学費の違いについてお話ししました。あの主旨でいきますと、私立大学は医療専門学校、国立大学はちょっと競争はあるが、大学教授の天下り、わたり、と考えた方がよさそうです。

まず、私立大学の教授になるには、おおよそですが、医者としてそれなりに稼ぐことができないといけません。それは、なにか売りになる技術や名声がないと患者を集められないということなのです。だから場合によっては稼ぎの悪い教授、研究ばかりして、患者をみないやつは切られる可能性があります。あるいは切られないにしても徹底的に乾されてしまいます。
医学部は通常6年制で、規定上は2年は一般教養、3年から専門となっていますが、私立の場合は最初の教養はほとんどスルーです。
だってよ、医学部に入ったのに、生物や物理、保健、体育なんて、また高校生の二番煎じみたいなこと、あほらしくて、できないよな、という意味もあるし、さっさと医療界に入って勉強したいわけだし、国家試験も落ちたくないわけだから、教養課程で時間をつぶしているヒマはないわけです。

ベンツにのって贅沢もしたいし。。
場合によっては付属の看護学校の女の子に手をつけて、若気の至りに邁進するかもしれないし。。

国立はひどいっすよ。。
国立の大学教授って、あれ何してんでしょうね。ちょー偉そうにしてますけど、世界レベルでは箸にも棒にもひっかからないような論文をしこしこ書いて、「俺は大学教授だ!」みたいな態度でいるわけです。
彼らの最大の欠点は、医者としてはまったく不能だということです。

当然ですよね。どーでもいい論文とは言っても、大量に書くにはとても時間がかかる。
患者をみたり、研修医を指導する時間なんてない。
そういう良心の欠落したやつでないと大学教授にはなれないのです。
そして、彼らの思考は徹底的に、「官僚的」「ムラオサ的」です。
総合大学の場合、医学部の教授って、他学部の教授から嫌われる傾向にあるようです。
まあ、確かに威張ってますからね。

たまに学会に行くと、大学教授同士の褒め殺しをよく見ます。
彼らの表情って、独特である種の人種というかそういうのに特徴的な顔つきしているんですよ。

とはいえ、今回の研修システム改革で、地方の国立大学はずいぶんと落ちぶれました。研修医(奴隷)を民間病院にとられたからです。
だから、多少は、医療技術的な意味で魅力がないところでなければ慢性的な医者不足は大学病院も変わらないのです。

ここで、だいたいわかると思うんですけど、いわゆる、医者としての倫理観とか、医療経済のしくみとか、医療と司法の関係とか、最近は若干そういう講座もあるようですけど、まったく足りないんですね。
特に、治療する上での倫理観とコスト、よかれと思って、やっている医療行為が実はそうそう意味がないということ、例えば、心臓の止まった人に肋骨折れるくらい、心臓マッサージして、場合によっては、心臓に注射したり、1個50万もするAED(自動の心臓復活装置、おそらく多くは米国産)をつかって、やっぱこれすごいよね、とマスコミに流したり、、もう止まるよ、無理よ、ってひとに、人工呼吸器をつけて、「1分、1秒でも生かしてみせます。」そして、自己満足にひたる、、なんてことしたり。。

なんでこんなになっちゃったのでしょうか。。

まあ、簡単に言うと、何度でも言いますが、やっぱり企業が、大学教授を陰に陽に洗脳し経済的に依存させているからなんですよ。

薬の治験、学会、、研修医の世話、、接待、、もはや大学教授は製薬会社、検査会社のサポートなしでは生きていけないんですね。

無論、昔みたいに、金だけもらって治験しないとか、そういうインチキするやつもたくさんいましたよ、大学教授の中に。。
それは会社の人も憤懣していたでしょう。。

でもこうした経済主義の浸食が、医療界、ひいては亡国モードを作った罪は大きいと思いますよ。
これが世間知らずの大学にまで及んでいるとことがいかに怖いことか。。

あ、結局、いつもの主旨に戻ってしまいましたね。。
どうも失礼しました。。

おじいさん 投稿日:2010/07/14 09:38

【24】混合診療の是非

お、盛り上がっているじゃないですか。
なんか、このところ、自分的には選挙ではらはらどきどきしており、また、民主党が負けて、このさきどーなるのかなぁとか、いろんなこと考えておりました。

まあ、これはいつの時代、国家にもあるのかもしれませんが、現在の日本の政治状況は、既得権益(主に老人)vs新興勢力の争いで、閉塞感を打破するため、自ずと人間集団に備わった新陳代謝のDNAなのかなと思いました。

ですから考えようによってはこのサイクルは止めようがないし、民主党という形ではないにせよ、昨年夏の「革命」後のざわめきがあと20年くらい続くのかなと感じています。

それにしても、若い人たちにはさらに厳しい時代がくるのでしょうね。あと30年後くらいに生まれた方がラッキーだったかも。。

ところで、竹中平蔵さんが、しきりに、「混合診療の解禁」を連呼しております。

ご存じのように日本は、保険診療といって、医療費は、自己負担+税金によって運営されています。

一方で、全額自己負担医療、いわゆる自由診療という世界もあります。わかりやすいのが、美容形成です。

美しく生まれ変わる、、というあれです。

このほかにも、まあ、わたしも詳しくは知らないですが、一部の歯科、ガン治療、小児精神、代替医療、アンチエイジング、骨髄移植、等々、いろんな自由診療があるんです。

ところが、日本の法律では、この保険診療と自由診療を同じ施設ですることはできないことになっています。つまりかならずどちらかの選択をして医療行為をしなくてはならない。
(ただ、現実には大学病院とか一部の施設は、暗黙か何かしりませんけど、混合診療的なことはしてますよ、、研究目的とか何とか言って。だから厳密に守られているわけでもない。)

混合診療とは、この二つを同時やってもよろしいという考えなんです。

これに強力に反対しているのが、日本医師会です。

なぜでしょう。。

建前は、、自由診療にすると、患者の自己負担が増え、ようするに格差医療になってしまうからということなのです。
お金持ちは、高級でF1マシーンのような医療を受けられるけど、そうでない人は、インドのタタ自動車に乗ってくださいということなんです。

「格差だ!差別だ!」

これ今の日本を語る上でいろんな意味でキーワードですよね。

確かに、そう言う一面はあります。

竹中さんが言いたいのは、混合診療の解禁によって、医療に選択の幅ができる、また新しい薬、技術開発が活性化される、すなわち経済が強くなる、、そういう事を、「タテマエ」では言いたいのだと思います。

では企業ははたして、市場解禁によって、本質的な意味での医療技術の向上を目指すでしょうか。

答えは非常にむずかしい。
正直なところわからない。
長期的にはその方向になるかもしれないが、日本市場ではおそらく、30年前に開発された外国の技術が、「新しいお化粧」をして、高く売りつけられるという事態になるかもしれない。
実際、現況でそうなっている薬や検査器具がたくさんある。
だからこそ、現在の企業体質は開発費よりも、宣伝費にお金をかける傾向にある。

悪魔的な言葉で言えば、何度でも言いますが、「医者、患者の洗脳費用>新技術開発費」なわけです。

だからそう言う意味では竹中さんは米国のマリオネットかもしれない。

ただし、日本の企業はいろんな意味で甘やかされてきたのでしょうね。
とてもじゃないが、外人と戦えるほどのパワーはなさそうです。
普段診療していて、国産開発のよい薬というのはなかなか出会わない。

まあ、だからこの際だから、全部解放しちまって、いったん、日本を焼け野原にして、新しく企業を再生した方がいいのかなとも思いますよ。

私自身は製薬会社の極端な干渉が避けられるのなら混合診療もいいかなと思いますよ。
差額ベットなんつうのもある種の混合診療ですよね。
あれは不思議なことに、規定がなにもないんだな。

では、また!
悩ましいですね。

かつて日本が内側から変わった歴史というのはないのでは。。

えいちゃん 投稿日:2010/07/12 18:45

【23】自分の権利は自分の責任で選択することです。

多島 (夜の航海)様へ

参院選挙の応援などで東奔西走しているあいだに、この掲示板を見落としておりました。
超保守王国(前回の比例区での自民党の得票率日本一)である当県において、今回の参院選で小沢先生の秘書の方々に最後まで支援していただいた友人を国政に送り出すことができず、今は無念ですが、同士である友人も3年後の捲土重来を誓ってくれました。
私自身も、今日から次の参院選が始まっているつもりで、さらに信頼と深い人脈を育てていきたいと思います。

多島様のご意見に関しては医療面の問題に限定してお答え致します。

多島様は{開業医のことや漢方のことなど、真面目に医療に携わっている方々から すると「悪い面ばかりを強調するな。余計なお世話だ」}
と書かれておられます。

私は「余計なお世話だ」と言っているのではありません。
治療家でない皆さんにもマンガなどの漢方入門書でもいいから、東洋医学の書物やメディアに触れたり、公開講座などに参加されたり、治療家の門をたたいたりして見聞と実体験を深めていただきたいのです。その上で本音で意見交換など、気軽に交流できる場ができたらいいと考えています。
まずは、実感しなければ悪い面も見えてきません。

 多島さんのもう一つのご意見{誰かが「やっぱりこれはおかしい」と言い出さなければ、たとえば乳がんにおけるハルステッド手術のように、いつまでも意味なく盲目的に続けられるのではないでしょうか。}について。

 当院にも乳癌の患者様がいらしゃいます。私自身が乳癌になれば手術を含めた3大標準治療はしないと思いますし、当院ではがんの手術や抗癌剤・放射線治療は行っておりません。
他院でこのような侵襲的治療がすでに行われていても、あくまで選択権は患者本人にあるので、自分の家族でなければ基本的に他院の治療に干渉はしません。ただ自分の出来うる最大限の治療のサポートに専念するだけだと思っています。
ある治療が意味があるか、善か悪かは、それぞれの局面で解釈も変わり、治療家や患者の当事者でないとわからないかもしれません。

以前もお話した「インフォームド・コンセント」とは患者が自発的に治療を選択できる患者自身の権利です。ゆえに治療家は「自分に都合のいいエビデンス」を盾にして患者を自分の得意な治療だけに扇動や包囲をしてはいけないし、治療される側も「この治療はどうもおかしい」と感じたら、いったんその治療家との距離をおかれて、別の治療法なり違う分野のセカンドオピニオンを求められたらいかがでしょうか。

なんでかな 投稿日:2010/07/06 00:04

【22】メルマガを貼り付けた本当の理由かも

ぼくは間違いか間違いじゃないかは分からないけどそうなのかなって思ったんです。
ぼくはほんとの事を書くと自分の為にメルマガを貼り付けたんです。みんなに見せるためじゃなくて自分がそのメルマガの文で勉強するためにです。自分が忘れないためにです。ここを使わせてもらったんです。ぼくの健康のためにです。

えいちゃん 投稿日:2010/07/05 02:16

【21】自分の健康のことには自身と責任をもって

ちーちゃんさま様、なんでかな様
ご返事ありがとうございます。

他人の文章を引用されて、貼り付けられたら、「なぜご自分が会員の皆様に
他人の説なり健康法などをお勧めされるのか」という支持される理由を簡単にでも、述べられた方がいいのではないでしょうか。
「私は、以下のこの説を全面的に支持します。」というだけでも、読み手に対して説得力があると思いますが。

医学・医療における、ある説や健康法が正しいとか間違っているとかいうことは、信じるものや性質や体質の適正はそれぞれなので、万人に共通の真偽や真理はすぐには得にくいものだと思います。

「癌拠点病院」「癌専門医」といっても食事指導はおろか抗癌剤の適正使用(ほとんどが適応外)さえも満足に出来ない医者がほとんどです。
学会で権威的なガイドラインを掲げて縄張りを張り、「自分は○○専門医なんだけど、何か」と威張って、「問答無用」とばかりに門外漢を寄せつけようとしない傾向があります。

 ほとんどの医者は他人のデータを自分のエビデンスだと錯覚して患者にムンテラし、それを「インフォームド・コンセントを得た」と勘違いして自己防衛しているのが現状です。
つまり、治療家自身が患者の治癒を信じていないから、後で患者やその家族に訴えられることを恐れて、本来患者の権利であるはずの「インフォームド・コンセント」の意味を履き違えているわけです。

医者にムンテラされる場合でも、所詮患者一人も治せない(最終的に治るのは患者自身の力)あやしい「自称専門家」だと思ってしまえば、どんどん議論を挑まれてもいいと思います。

多島 (夜の航海) 投稿日:2010/07/05 01:03

【20】患者の立場から

以前、私は「おじいさん」の投稿に「勉強になるので、もっと書いて」と提灯をつけましたので、僭越ではありますが投稿します。

下のいくつかの投稿を拝見し考えてみました。(とくに11,13.14,15)
私は医療についてはまったくの患者側です。

まず、この掲示板の趣旨は「近代医学の立場から、医療に関するさまざまな問題を学問的に議論するところ」とあります。
ですから、「おじいさん」がおそらくは医療界内から様々な角度で問題を切り取って見せてくれることは趣旨に沿っていると私は思います。
また、「おじいさん」は、いろいろな問題を語っていますが、実は「ひとつのこと」を繰り返しているように思えます。
それは、「国民は、自分の首を絞めていることに気がつかないと、そのうち窒息する」ということです。
説明すれば、“みなさんはなんでもかんでも医者に行って健康(?)になって満足かもしれないが、後はどうするんだ”ということでしょうか。
漢方薬などのことは核心への入り口にすぎず、問題は健康保険システムが諸刃の剣である、ということを「おじいさん」は指摘し続けています。
このことは健康保険だけでなく、大きくいえば国債、小さくいえば「家電エコポイント」など、多くの他の問題にもつながるでしょう。
「最後にツケを払うのは誰なのか」という、日本人の誰もが知っていて、知らないふりをしている最大の問題です。
逆に言えば、合法的に国家予算を搾り取るシステムの存在です。一見すると国民が得をしているかに見えるシステムです。

確かに、開業医のことや漢方のことなど、真面目に医療に携わっている方々からすると「悪い面ばかりを強調するな。余計なお世話だ」でしょう。
しかし、誰かが「やっぱりこれはおかしい」と言い出さなければ、たとえば乳がんにおけるハルステッド手術のように、いつまでも意味なく盲目的に続けられるのではないでしょうか。

この国は、意味のないことに巨額の税金が投入され続けてしまった結果、もはや意味のないことが「ない」と動かなくなってしまっています。(これは、すべてを合理化セヨ、という意味とは違います)
そして、意味の「ない」ことと、意味の「ある」ことが手の付けられないほどに絡み合っていて、私はその前でいつも思考停止になってしまいます。
私たちの国は長らく外国から「欺しても欺しても、まだまだ欺せる日本人」と言われてきました。しかし今は日本人が日本人にそう思っていないでしょうか。
テレビやラジオにしても、どこからが番組で、どこからが宣伝なのかわからなくなっています。日に日に巧妙さを増しています。

だからこそ、医療のシステム、向精神薬、ワクチンや抗がん剤などのことも、もっともっとインサイダー情報やいろいろな意見を私は待っています。
ネットは、やっと大衆が手に入れた双方向メディアです。今まではこんなに簡単に情報を交換することができませんでした。もちろん嘘の情報もあるでしょう。
しかし、何も言ってこなかった結果としての“今”はどうなのでしょうか。そして将来はどうでしょうか。

日本の社会の悪い面の本質は何でしょうか。
家に帰れば良い父親でも、会社に行けば巨悪の一員であることの本質。優しい母親が「何も知らない。知ろうとしない」ということにおいて一国の滅亡への綱を引く亡者の一員であることの本質。
「結局、何が悪の源泉なのか」をえぐり出さなくてはなりません。山を越え谷を越えて、道なき道を行き、細く湧き出る悪の源泉を突きとめなければなりません。
それをしようとするならば「書くことが問題」なのではなく、「書かないことが問題」でしょう。
日本の政財界最上層部はみな親戚のようです。(広瀬隆//私物国家) これに対抗するには良くも悪くもネットとリアルな行動しかありません。

たしか論語に「天下国家を語る前にまず家族のことを考えよ」というような教えがあったと思います。しかし、孔子の頃の「善悪」がはっきりとした時代とはもう違うと思います。あらゆる変化のスピードが違います。身の回りのことに気をとられているうちにある日突然、暗黒の大王がやってこないとも限りません。「純善人」ばかりで「悪人」を倒すことが出来る夢の時代は終わったと思います。私たちは「悪人」さえ見方につけていかなければならないでしょう。
誰かが問題を提起し、誰かが情報を提供し、いくつもの意見を交え、それをもとに知識と思考能力の高い言論エキスパートに本質をあぶり出してもらう。
副島氏も自らを「暴き系」と標榜されています。ゆえに暴いてこそのこの掲示板の意義でしょう。偽の情報は誰かがすぐに見破ってください。

とはいっても、掲示板上ではあくまでも節度が必要です。しかし、突破しようとする問題提起には鋭さとキャッチーさも重要でしょう。
もちろん、「えいちゃん」さんのような意見もとても貴重です。問題提起と反対意見、賛同意見の中から私は少しづつ真実に近づいていきたいです。
まあ「おじいさん」の書き方がちょっと「ムカTK」という方々もいらっしゃるのでしょうネ。。。

そして、自己紹介などのことに関しては、やはり、言論人としてやっていこうという方と、一般の我々とでは立場に違いがあります。
論文と情報との性質の違いもあります。目に余る言動の投稿なら削除されるべきです。
仕事の特徴や文章の特徴などから身元が割れることもあるでしょう。またそれを追尾することに命をかけるような人がいるのがネットです。
店舗営業などがあれば余計に検索され易く、悲惨なことも起こりえます。この掲示板を誰が見て、逐一言動を記録していないとも限りません。すべてのWEBページは「保存されている」とも聞いたことがあります。

このことを医療ではなく、政治に置き換えてみます。
たとえば若く力のまだない政治家の秘書がいたとして、彼がひとりでは国を変えることが出来ずとも、内部の腐敗を匿名で発信することに意義はないでしょうか。
その時、私たちは、まずはあなたの人となりを、政治信条を、と求めるでしょうか。
もちろん、これらが暴走した場合の「ギスギスとした告発社会、監視社会」のような危険性をはらんでいると思います。そこを「えいちゃん」さんは危惧しているのかもしれません。それは当然であり大事なところです。言論や情報を公開することの魔力と快感はあると思います。ある種の自己顕示ですね。この私の投稿も実はそうかもしれません。

しかしもう一度繰り返しますが、ネットという簡易な双方向メディアは、やっと私たちが手に入れた手段です。今まではありませんでした。
今まではなかったから、簡単には内部情報を流すことはできませんでした。その結果の「現在」はどうなったでしょうか。
医療の「今」はどうでしょうか。
その通りです。けっこう悪くありません。具合が悪ければその日に診てもらえます。薬もすぐにくれます。ほどほどの診察料です。むしろ快適です。
これこそが誰かが長年に渡って作り上げたシステムの姿なのではないでしょうか。もっと極端に酷ければアタマにきて行動するのに、案外と悪くないために、つい忘れてしまいます。せいぜいが茶の間のぼやきで終わってしまいます。私たちはきっと「火事場のばか力」を出させないように「されている」のではないでしょうか。

以前から、なぜ老人向けの「簡単パソコン」が発売されないのか不思議でした。老人こそパソコンを使えば楽しいと思うからです。
老人用のハード、OS、ブラウザ、などを機能を最少に限定して開発できないのでしょうか。もしも75歳であっても十分に使えるものが出来そうな気がします。
ところがよく考えてみると、「簡単パソコン」が浸透したら、まず新聞が全滅でしょう。テレビも今以上に採算が合わなくなりそうです。さらに、いままで欺し続けてきたことがすべてバレてしまいそうです。やはり国民に勉強されたくない人たちがいるのでしょうか。

このように、ある面で完璧に計画され操作されている社会を変革しようとするなら、多少の軋轢は覚悟するつもりです。
次元の高いところであるならば、もめないより、少しはもめたほうがいいと思います。
たぶん世界で主流の「人とのつきあい方」は「十分に戦って仲良くなる」だと思います。私たちも高く清い場所から降りて、その泥の中に入って行きましょう。

以上の理由から、内容があるならば、誰が書いたかは問題ではないと私は思います。気まぐれでもけっこうです。
私としては、もっともっといろいろな方にもっと書いていただきたい。
「おじいさん」には、もう仕事は休んでいただいて、こちらに専念していただきたい。

なんでかな 投稿日:2010/07/05 00:27

【19】ぼくはわかりません。


麻生秀男という人は知りません。
メルマガを貼り付けたのは、単純にただなんかいいこと書いてあるみたいなのでこれは役に立つかなあと思っただけです。ぼくはなにも分かりません。
ぼくには議論する頭も考えも何もないです。