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Loginはこちら【847】[957]福島ツアーに行って思考したこと
会員番号7416番 加地龍太(かじ りょうた)です。
少し遅くなりましたが、福島難民キャンプツアーに参加して思考したことを記載します。
私は4月28日、29日、30日の3日間「福島難民キャンプツアー」に参加した。私は金銭のない学生ゆえ、寝袋持参組として都路の福島復興活動本部に泊まった。
私は、放射線量が高いという理由で住人が去って行った町々を見た。
磐城(いわき)、南相馬、飯舘、浪江などの現状をこの眼で見た。
バスツアー中、ガイガーカウンターを使って放射線量を測定したが、いずれも0.5マイクロシーベルト~0.8マイクロシーベルトくらいの微量の放射線しか出回っていなかった。
最も高い数値でも1.2マイクロシーベルトほどであり、その数値の周辺を上下するばかりであった。1.2マイクロシーベルト/時の放射線を1年間浴びた場合に身体が浴びる放射線の総量は10’512’000マイクロシーベルト/年である。これは人体には悪影響を及ぼさないようである。
人間は、1シーベルト/時までなら身体に悪影響は出ないということが過去のデータで示されているようだ。
しかし、ショック・ドクトリン(恐怖による国民洗脳・煽動)によって福島の放射線に対する恐怖を脳髄に植え付けられた人々は、福島の真実に目を向けずに体制側の煽動に乗せられている。
私は、知り合いたちに福島で撮って来た写真を見せながら、津波で壊滅した町の現状を語った。放射線は人体に悪影響を及ぼさない量しか出回っていないのだが、放射能コワイコワイ派の学者たちとマスコミが作り上げた社会の
ニューマは「福島にはなるべく近寄らず、関わらず」である。
聡明な人々は、アメリカの環境マフィア(ジョン・ホルドレンなど)の存在や、ショック・ドクトリンという権力者側の謀略、IAEAによる実質上の占領行為、などの話を客観的に理解する反応を示す。
念仏授業が大好きな人々は最初から関心を示さないことが判り切っているゆえ、私は話していない。
副島隆彦先生と私とで撮影させていただいた写真を知り合いたちに見せたら、「もの凄く厳格そうな人。」「まさに先生、という感じがする。」「侵し難い貫禄を感じる。」などの感想だった。
私は知り合いたちに「副島先生は、世界次元での諸真実を知り抜いた上での本物の日本の愛国者だと思っている。」と言った。
福島の状態は、この先 5年、10年、15年と殆ど何も変わらずに真実はうやむやにされてゆくのかもしれない。だが、今回の原発事故からの一連の流れを見て、体制側が行う政治的謀略の手口の一部を実感を持って知れたことは、将来的に自分の頭脳の財産になると思えば、いたずらに落胆するよりもマシな対処であろうと考える。
「俺は落胆する前に、次の策を考えるほうの人間だ。」と坂本龍馬は言ったという。
私は、司馬史観によって謀略的に作られた幕末史観の主人公である司馬竜馬と坂本龍馬は割り切って考えることにしているが、グレート・ゲームを観点に入れても龍馬は私の英雄である。
「竜馬がゆく」のような爽やかで清々しい流れで現実の世界が動いてゆく訳はない。坂本龍馬もあのような清々しい性格ではなく、実際は右翼的な人間であったのではないかと思う。
武力倒幕路線(これが後に戊辰戦争となる)という大英帝国の世界戦略に龍馬が刃向かった理由は、愛国心によるものだけではないということも判る。
龍馬は海援隊を経営していた実業家である。海援隊の実益を薩摩と長州に取られたくない、という理由でイギリスに刃向かったという理解の方がより現実的であり、人間的である。
もし龍馬が薩摩か長州の生まれであったならば、イギリスの世界戦略に沿い
、後の世でジャーディン・マセソン商会の系列の貿易会社「世界の海援隊」
の隊長として権力者になっていたかもしれない。
尤も、世界を経営する世界権力者の家来としての権力者だが。
こう考えると、孫正義氏の姿が頭を過ぎるのは私だけではないと思われるが、どうなのだろう。
最後の方は福島とは何の関係もない内容になってしまいましたが、これにて終わりです。
加地 龍太 拝
【846】[956]福島に行ってきました
4月28日から2泊で「福島難民キャンプ見学ツアー」に参加しました。
副島先生始めスタッフの方々の入念な下調べの結果、非常に効率良く組み立てられたスケジュールだったと思います。当初、あちこちの『難民キャンプ』に50人連隊がドカドカと踏み込むのか!?と、幾ばくかの不安を抱いておりましたが、その辺りは折り込みずみだったようで、実際はビッグパレット近くの仮設住宅を静かに見学した他は、警戒地域が縮小された後に新たに設けられた検問所、人の気配が無くなった町並み、流された車が何台もそのまま放置されている海岸付近など、県内各地の原発事故・地震と津波の被災地の現状を見学、さらに各地域で放射線量の実測をしたり、一風変わった農法を用いておられる生産者のお話を伺ったりといった、盛り沢山な内容でした。
飯舘、南相馬、浪江等々、去年の3.11以降、何度も耳にした地に実際赴き、その場で五感でキャッチすることは、メディアを通して伝えられるものよりも、遥かに情報量が多く、かつ情報の質が違うものです。
放射線量が高い為に人気(ひとけ)が無くなった地域では、奇妙な静けさと寂寥感が漂っています。横倒しになった車が取り残され、グニャリと曲がったガードレールが津波の威力を物語る地域は地面が陥没しているのか未だ水が引いてない部分も多く、まるで湖のように見えたのですが、元々は水田だったとのこと。その広さから、米の一大産地であっただろうことを偲ばせます。道路の復旧がされていない為に重機が入れないこともあり、元通りにするのも当分先でしょうし、また仮にそうなったとしても、作物は「放射能汚染」のイメージから、当面は売れないだろう…。となれば、この先何年も、この地は放置状態かもしれないと思わざるを得ません。
ツアーに一緒に参加した友人は、前日に宮城県石巻市を訪問しました。かの地も一面に瓦礫の山が広がっており、片付くには時間がかかりそうだと聞きました。しかし、石巻は観光客も増えて復興への意気込みのようなものが漂っていたようです。
そういった「やる気」は宿泊した三春町で感じました。
ここには樹齢千年を誇る、滝桜が観光の呼び物になっており、この木以外にも桜の名所がいくつもあることから、県外含めてかなりの観光客が訪れているようでした。聞く所によれば、桜のシーズンだけで35万人の集客だとか。驚き桃の木、桜の木です。女性陣が宿泊した若松屋旅館はもてなしの心に溢れた宿で、気さくな女将さんが切り盛りされてます。桜のシーズンが終わっても、新緑や紅葉などが楽しめそうです。おススメ!(http://www.naf.co.jp/wakamatsuya/)
いつもより10日ほど桜の開花が遅れ、ドンピシャで丁度満開時に当たり、さらにリンゴ、コブシ、レンギョウ等、三春町だけではなく、県内行く先々で春爛漫の景色を満喫できました。木々だけではなく、フツーの蛙、フツーの蝶々も沢山。つまり、放射能の影響で、脚が余計に生えていたり、モスラのように巨大化していたりということはありません。
原爆投下直後、広島は「70年間、草木が生えないだろう」と言われました。しかし、実際は、焦土となった地には直ぐに草木が芽吹き、その後、全国各地から贈られた苗木が67年を経て大木に育ち、広島は緑溢れる地になりました。私自身は当時の状況は知りませんが、他県に支えられて広島が復興できたと思います。被爆二世の一人として、特に原発事故による被害を受けた福島に対しては、常に当事者意識を持ち続けたいと思っていますし、また今後の復興に向けて、どんな支援ができるのだろうかと常々考えています。単発でなく、自己満足に終わらず、そして福島の人達のやる気を喚起できるような形の支援について、学問道場の他の方のご意見等も参考にしつつ考えたいと思います。
ともあれ、今回のツアーは計画立案から内容まで、全て三ツ星!皆様、ありがとうございました。
【845】[955]一本勝負:自由経済のオーストリア学派 vs ケインズ主義
アメリカ、NY州のロチェスターの佐藤研一朗です。
今日、(自分の中では)歴史的な対談がありました。
共和党の大統領候補のロン・ポールと、ノーベル賞経済学者ポール・クルーグマンの一騎打ちです
ロン・ポールは言わずと知れたアメリカを代表するリバータリアンです。自由経済の擁護者で、政府の支出と債務のの大幅な削減を訴えています。オーストリア学派と呼ばれる経済学を勉強していて、中央銀行が紙切れ紙幣を刷りまくり、バブルと不況の波を起こしていると批判しています。
たいするのはクルーグマンで、政府介入のケインズ主義(+中央銀行はカネ刷れのマネタリスト(日本ではリフレと呼ばれる))で、全く正反対の立場にたっています。不況に陥った時は、中央銀行はお金を沢山刷って、政府は借金を増やしてでも、積極的に経済に介入して、政府の支出を増やせと主張しています。
これが金融チャンネルのブルンバーグでこの対談が中継されました。これはすごい事で、だれがなんと言おうと、ロン・ポールが長年訴えてきた自由経済を擁護するオーストリア学派がついにアメリカで受け入れつつあるという事です。数時間かかりましたが、慌てて翻訳してみました。
感想は info@im-sendai.jp 又は https://twitter.com/#!/kenichirosato までおよせください。
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女子アナ
「これまで一度もこの二つの異なる経済学派(オーストリア学派 VS ケインズ主義)がライブの中継のテレビで議論を交わしたことはありませんでした。今日はポルーVSポールと題してお二方をお招きしています。
ロン・ポール議員は、財政の保守のパイオニアで、債務の削減を訴える、小さな政府を擁護者で、ティーパーティーのヒーロです。対するは、ポール・クルーグマン教授、介入的な政府(アクティブ・ガーバメント)スポークスマン、債務を重ねても政府の支出を増やすべきだと主張する経済的なリベラリズム(ケインジアン)の信奉者です。
ようこそいらっしゃいました。まずズバリと核心に二人の意見の不一致についてお伺いします。ポール議員、我々はクルーグマン教授の立ち位置をよく理解しています。(訳注:不況のときには政府は借金をしても支出を増やすべきという考え)。議員は、教授の考えている政府の役割のどの部分が意見がおかしいと思うのですか。もしくは反対しているのでしょうか。」
ロン・ポール「私が彼の著作を読んだり聞いたりしている所では、クルーグマン教授は、大きい政府を信じています。私は、とても小さな政府を信じています。私は個人の自由を重要視します。私は政府による管理経済が嫌いです。それが中央計画によるものでも、中央銀行の通貨政策によるものでもです。もちろん議員たちにようるものでも同じ事です。教授と私は完全に異なる哲学を持っているのです。
私は市場は自然な形で働くべきだと思っています。金利は市場によって自然に決まるべきです。私は政府や中央銀行が金利を決めて固定する事を望みません。金利の操作は価格統制なのですよ。政府による賃金や物の価格統制は有史以来一度もうまく働いた事はありません。金利はお金の価格なのです。だからお金の価格統制もうまく行くはずがありません。『一部の人間が適切なお金の総量や適切な金利の高さを知りうる事ができる』という考えは思い上がった考えです。いったいそのような知識をどこから知りうれたというのでしょうか。これをハイエクは『見せかけの知識』と呼びました。彼らは自分たちは分かっているふりをしていいますが、実際には何もわかっていないのです。我々が大統領や議員を選んで、経済をもっとまともに運営しようなど考えている事自体がおかしな話なのです。政府は経済を運営するべきではないのです。人々が経済を運営するべきなのです。」
女子アナ「クルーグマン教授、では政府を経済の方程式から外す事にどのような問題があるのですか?」
クルーグマン「いいですか、ある種の事では、、、通貨政策から政府を追い出す訳にはいかないのです。何もしないでほっておくことなど、、そんな事は起こりようがない。。政府はいつでも、中央銀行はいつでも通貨政策を管理しようとします。もしその事を避けようとするなら、貴方は100年前の世界に住んでいます。我々はお金が亡くなった大統領の顔が描かれたただの緑の紙切れ(ドル紙幣のこと)でない時代に暮らしています。お金というのは、金融システムの結果、様々な資産。。我々は何がお金であるのか、そうでないのかラインを引けるかよくわかっていません。明確な線引きはできません。歴史ははっきりと語っています。まったく管理されていない経済は非常に不安定な物です。急激な景気の降下の対象になりかねない。世界大恐慌が政府や連銀によって引き起こされたという語りぐさがありますが、ポール議員あなたが語っているのかもしれませんが、それは正しくありませんよ。実際には市場経済が荒れ狂って起きたのです。このような事は過去数世紀において何度も起きてきました。実は私は市場経済や、資本主義を信奉者です。私は自由市場が、自由な限り自由であるべきだと思いますが、それには限度があります。政府が経済に介入して経済を安定化させる必要があるのです。恐慌は資本主義にはよくありません。政府の役割として、それが起きないように、もしくは長期化しないように働くべきなのです。」
女子アナ「ポール議員。今日はここで我々はインフレについて沢山議論をしてきました。クルーグマン教授は、連銀が更に一歩まえに出るべきだという政策を主張しています。もう少し言いますと、この経済をなんとか回すためには、我々には少しインフレが必要なのだという主張です。この主張にどう異議を唱えますか。」
ロン・ポール「ハハ。インフレというのは泥棒の事ですよ。お金を貯めている人から、その価値を盗む事です。もし通貨から2%、10%と価値が失われたら、それは非常に重要な経済の役割を破壊します。それは貯蓄の事です。貯蓄は市場にメッセージを送ります。資本が十分にあるというメッセージです。資本が通貨量の増加からやってくると考えるのは全く筋が通りません。クルールグマン教授は、我々が100年前に戻りたいと考えていると批判しましたが、これは確かではありません。我々は当時よりももっとまともにしたいのです。しかし、教授の主張というのは1000年、2000年前に戻りたいという考えではありませんか? ローマやギリシャのような国が、自分たちの通貨を減価させたように。彼らはコンピューターを持っていませんでしたがね。連銀が経済を運営しなくては行けないという考え方は、これは非常に新しい。。」(アナウンサーに遮られる)
男アナ「1000年前に戻るというのは、どういう意味ですか、少し説明していもらえませんか?」
ロン・ポール「ローマ帝国は自分たちの通貨に何をしましたか? ビザンチン帝国は、金本位制を1000年間も続けました。彼らは戦争も闘わず、うまくやっていました。ですがローマ帝国は、最終的に自分たちの通貨を破壊してしまいました。ローマ帝国は、金貨や銀貨を他の金属で薄め増発したのです。その前には、物の価格統制や賃金統制をしていたのですよ。彼らは人々をだます事で、富が生まれると思っていたのですよ。今の時代に、10年後に子供を大学に入れるためにお金を貯めておこうと思ったら、1%から2%しかつかない国債を買いますかね? そんなもんじゃ、とてもじゃないが価格の上昇、もしくは通貨の減価についていけませんよ。それなら金(きん)を買った方がよぼどいい。」
クルーグマン「私は金の含有率を減らしたローマの皇帝の通貨政策の擁護者ではありませんよ。」
女子アナ「ハハハ」
ロン・ポール「いや、貴方は擁護者ですよ。まさに貴方が擁護している政策ですよ」
クルーグマン「私は第二次世界大戦後の経済政策の擁護者です。これがアメリカがそれまで経験すらした事がなかった、すばらしい経済発展を促しました。我々はマイルドなインフレの政策をとりました。効果的な金融機関への規制をかけました。この規制を撤廃した後、今回のような荒々しい事態がおきました。我々は財政政策が必要なときにはやりました。市場の理想を崇拝するのではなく中産階級を育てる政策をとってきました。市場は我々を今のような危機に追い込みました。私は私の両親が豊かになったようなアメリカに暮らしたいのです。沢山のことを復活できる思います。」
ロン・ポール「それにはちゃんとした理由があります。バーナンキがフリードマンに謝った事を覚えていらっしゃいますか? バーナンキは連銀が大恐慌を長引かせた事を謝罪しました。我々は負債を清算しなくてはならないのです。第二次世界大戦の後には、多くの負債が清算されました。その他に我々は何をしたでしょうか。一千万の兵隊が戦場から戻ってきました。大きい政府の信奉者のリベラルは、雇用政策をやりたがっていました。しかしその時間もありませんでした。我々は政府の支出を60%もカットしたのです。そして税金を大幅に減税しました。そして、やっとそれで大恐慌が終わったのですよ。負債の清算が、我々をもう一度仕事に戻らせる事を可能にしたのですよ。」
クルーグマン「ミルトン・フリードマンについて語らせてください。彼が経済学者のために書いた論文を読むと、こういっています。連銀は大恐慌の原因である、なぜなら十分な仕事をしなかったらからだと。フリードマンの不満は連銀が十分にお金を印刷しなかったことです。」
ロン・ポール「そんな事は知っていますよ。」
クルーグマン「バーナンキの、ヘリコプターからお金をばらまけという比喩は、ミルトン・フリードマンきています。今のアメリカではフリードマンが通貨政策の一番左翼に位置しているのです。これはさすがにおかしいのではないでしょうか?」
ロン・ポール「しかし問題の核心は、連銀がお金を刷りすぎても、刷らなすぎても、同じだということです。連銀は経済をうまく操作する事ができないのです。連銀の成績はとても自慢できる物ではありません。連銀は1913年から今までにドルの価値の98%を減価させました。これは非常に不誠実なことです。これは人々からお金の価値をうばっていることです。どうして人々が貯金をしてたった1%の金利しかつかないのに、銀行はほとんどタダでお金を手に入れ、ぼろ儲けしています。どうして連銀は、(銀行のような)金持ちだけを救済するのですか? どうして住宅ローンで苦しんでいる人を救済しない? もし貴方が貧乏人を助けたいというなら、どうしてヘリコプターでお金をその人たちにばらまかないんだ? そっちの方がまだ公平だ。」
女子アナ「では処方箋は何ですか? 連銀は何をすべきでしょうか。連銀を持つべきではないんでしょうか? 連銀の役割は何ですか。フリードマンは連銀をコンピューターに置き換えた方がいいと言っていましたね。」
ロン・ポール「フリードマンに賛成ですね。我々が今できることを説明しましょう。私は『連銀廃止』(訳注:現在、私、佐藤研一朗が翻訳中です。というか翻訳を終え手直し中です。出版されるかどうかはまだわかりません。水面下での出版社との話はありますが、正式な話はまだありません。出したい出版社募集中です。ハイ)という本を書きましたけど、実際には明日にも連銀を廃止せよと言っているのではありません。それでは経済を混乱させるだけです。連銀のシステムに頼っている人が多すぎるのです。私がやりたい事は、連銀による通貨の独占を終わらせる事だけです。私は通貨の競争を合法化したいのです。通貨の競争は国際的に見れば普通にあります。ではどうして国内でも金本位制や銀本位制による競争ができないのですか? どうして連銀は競争をそんなに恐れるのですか? もし私が間違っていても、別に誰も損も何もしません。」
クルーグマン「いまいち意味がわからないのですが。」
ロン・ポール「私はただ、通貨の競争を合法化したいだけなのです。独占を廃止するのです。金や銀にかかっている税金を廃止するのです。金貨の売却のときにかかる消費税やキャピタルゲイン税をなくし、法定通貨法も廃止します。独占の陰に隠れて、人々にドルを強制するのを止めるのです。金貨や銀貨を今のアメリカで使おうとすると、牢屋にぶち込まれるのですよ。」
クルーグマン「ちょっと私の理解とは違いますね。人々は政府が他の決済手段を許さないから、ドルを使っているのですか?ちょっとおかしくないですか? 」
ロン・ポール「他を使えば、牢屋に入れられるのですよ。」
クルーグマン「それは私の聞いているのとは違います。物々交換もできるでしょう? 実際は我々は通貨の過当な競争があります。この危機は民間のお金の拡大によって起こされたのです。 例えばリポ(repo、買い戻し条件付き債券)のような。これは少しも規制されていませんでした。これが崩潰したときにとんでもない危機になりました。」
ロン・ポール「もし民間の企業が詐欺をしたら、牢屋に行くのですよ。でも連銀が詐欺を働いても、まったく罰せられません。まったくのやりたい放題です。もし民間のお金を発行する企業が詐欺を働いたら牢屋にいくのですよ。しかし政府が通貨を減価させて、多くの人に損害を与えても、ビジネスサイクル(バブルと不況の波)を起こし、インフレや失業率を上昇させても、罰せられません。」
クルーグマン「私はバーナンキには批判的ですが、詐欺という言葉は使いません」
ロン・ポール『ハハ、貴方は連銀にもっと沢山のお金を、素早く刷ってもらいたいのですよ。』
クルーグマン「もちろんです。」
ロン・ポール「そんな事を絶対にうまく行きません。我々は十分すぎるほどの証拠を持っています。」
男アナ「クルーグマン教授、アメリカの国債は、州と年金を加えると大体GDPと同じサイズですが、どれほど我々は借金を重ねる事ができるのでしょうか? ポール議員にも同じ質問をします。」
クルーグマン「これと言った具体的な数字はありません。もし借金を30%増加させて、この恐慌から抜け出せるなら、私はそれを容認します。リスクがないとは言いませんが、この恐慌を抜け出すためになにもしないのは危険です。私はアメリカを日本国債のレベル(GDPの二倍)までにはしたいとは思いません。まあそれでも、なんとか回せているように見えますが。ポイントは、我々はまだ崖っぷちにはたっていないということです。ただ、特定な数字をいうことはできませんが。ジョン・メイナード・ケインズが(雇用・利子および貨幣の一般理論)を書いているとき、イギリスの債務はGDPの150%を超えていましたが、ケインズは、財政政策の解決策を捨てませんでした。ポイントは、借金を返済するために今支出を減らし始めたら、債務の問題を更に悪化させるだけです。私はこれだけの水準の債務を望みませんが、債務が減らしたいばかりに経済を破壊するのは健康的な政策とは言えませんね。」
ロン・ポール「彼は一つ重要な事実を無視しています。我々は第二次世界大戦が終わった後、政府の債務と支出を大幅にカットしたことです。クルーグマン教授に同意する点があるとすれば、それは債務危機が起きるのが、110%になるか158%になるかは分からないことです。もしかすれば明日起きるかもしれないし、もっと先になるかもしれません。なぜなら、そこには主観的な要因があるからです。我々はまだドルの危機に直面していません、それは世界がまだドルを信用しているからです。しかしそれはドルやアメリカ国債のバブルを大きくするだけです。しかし、もし貴方が、アメリカの国債がGDPに対してどれだけ増えようと関係なく、世界の人々が我々のドルを受け取ってもらえると信じているなら、お金を刷り続ければもうアメリカ人は働く必要すらなくなります。この最悪の部分は、借金を更に容易にする事です。連銀は最後の貸し手なのです。これは銀行や金融機関だけではなくて、選挙に再選されるために、政府の支出を増やし借金を増やしまくっている政治家にとってもに、連銀は最後の貸し手なのです。連銀は常にそこにいます。彼らには連銀が必要なのです。連銀がいるから議員たちに全く財政感覚がなくなってしまうのです。もし貴方が大きい政府を信奉して、それがいつまでも維持できるを考えているなら、どうして貴方が連銀が好きなのかはよく理解できます。ただ、自由、市場、堅実なお金、戦争反対を信じる人々に取っては。。。(訳注:連銀は挑戦すべき相手です。とでも言うかな?)」<クルーグマン遮る>
クルーグマン「私だって自由や市場を信じていますよ。ただ通貨政策が恐慌を長引かせると信じていないんです。」
女子アナ「時間が来てしまいました。今日はここまでにしなくてはなりません。」
【844】[954]小沢無罪 の 判決を受けて
副島隆彦です。 昨日(26日)は私も、小沢一郎に対する東京地裁の無罪判決をテレビで見ていた。NHK以外は、ほとんど現場からの実況の報道をしなかった。日本のテレビ、新聞は、いよいよ腐りきっている。
それでも、まだ社会部(サツ回りを中心とする実社会の事件を追いかける)には、まともな判断力のある記者たちが残っているだろう。それに期待するしかない。
小沢一郎への政治裁判、政治弾圧、裁判所・検察庁まで使った違法裁判への、かろうじての無罪の判断があって本当に良かった。 これで、まともな神経をしている小沢派の政治家(国会議員)たちを中心にして、それを支える私たち日本国民の努力が、少しは報われた。私も言論人の端(はし)くれとして、これまで3年間、ずっと、小沢無罪を主張してたくさんのことを書いてきて嬉しく思う。
(転載貼り付け始め)
「 小沢被告に無罪判決 陸山会事件」
産経新聞 2012年4月26日 10:14
資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる事件で、政治資金規正法違反(虚偽記載)罪で強制起訴された民主党元代表、小沢一郎被告(69)の判決公判が26日、東京地裁で開かれ、大善文男(だいぜんふみお)裁判長は無罪を言い渡した。求刑は禁錮3年。平成21年5月に導入された強制起訴制度による判決は2例目で、いずれも無罪となった。
無罪判決が相次いだことで、検察審査会や強制起訴をめぐる議論に影響を与えそうだ。小沢被告は、元秘書らと共謀し、陸山会が平成16年10月に支払った土地取得費計約3億5200万円を、16年分ではなく17年分の政治資金収支報告書に支出として記載した、などとして強制起訴されていた。
小沢被告は「検察が違法な捜査を行い、検察審査会を誘導した」と無罪を主張。(1)検審の起訴議決に基づく起訴の適法性(2)虚偽記載の有無(3)元秘書との共謀の有無-が争点となった。
小沢被告に「収支報告書の内容を報告し、了承を得た」とする元秘書らの供述調書がほぼ唯一の直接証拠だったが、東京地裁は2月、取り調べに「利益誘導や圧力があった」として大部分を退けた。
「 全面戦争で検察完敗…小沢氏に軍配 強制起訴は「適法」 」
産経新聞 2012年4月26日
小沢一郎民主党元代表は初公判から一貫して、起訴議決を出した検察審査会ではなく、捜査を担った検察への批判を繰り広げた。「検察VS小沢氏」の構図となった法廷。裁判所は審理の末、今回の起訴議決に基づく強制起訴を「適法で有効」とし、強制起訴の効力に関して初めてとなる司法判断を提示。一方で、捜査を「謀略」と指弾した小沢氏側に軍配を上げて無罪とし、検察当局には衝撃が広がった。
「今回の事件は民主党の政権交代が現実味を帯びた状況下で、小沢つぶしを画策した検察の謀略だ」 昨年10月6日の初公判の意見陳述。小沢氏は冒頭からこう切り出し、検察との対決姿勢を鮮明にした。
小沢氏は政治資金収支報告書の処理には関与していないことを強調し、東京地検特捜部について「国民から何の負託も受けていない一捜査機関が、議会制民主政治を踏みにじった。憲政史の汚点として後世に残る」と強く非難した。
法廷での検察批判は続き、先月19日の最終意見陳述でも「不当捜査で得た調書を提供して検察審査会の議決を誘導した。私はいかなる点でも罪に問われる理由はない」と主張。弁護側も最終弁論で「立件に失敗した検察が、検審を欺いてまで小沢氏を起訴しようとした」と、裁判長に公訴棄却を求めた
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。 問題はこのあとだ。さあ、これからどうするかだ。 奇妙な静けさが日本全体を包んでいる。小沢一郎への憎しみを込めて、蠢(うごめ)いてきた官僚どもと、テレビ・新聞を支配している人間たちと、さらにその上にいる首謀者たち( 法務省・警察庁・裁判所・検察庁までも人事面からあやつって来た者たち)は、きっと一様(いちよう)に白けて、言葉を失っているはずである。あれほど強引な、筋の通らないことをテレビで喚(わめ)き続けて、それで自分たちの違法言動のかずかずを国民から見抜かれているのだから。
私たち小沢一郎の政治改革を強く支持してきた国民は、総大将の小沢一郎のこれからの動きを注視して、政治勢力としての結集を作って、再度の巻き返しを行なってゆくべきだ。あの三年前の2009年8月末の「民主党マニフェスト革命」の大勝利にまで、日本国を引き戻さなければいけない。
しかし今の日本国内に広がっているのは奇妙な静けさだ。国民は皆黙ってうつむいている。私たちは、200万人、300万人の渦を作って日比谷公園に結集して、日本の改革を予定通り進めてゆくだけの気力と熱気を奪われている。この奇妙な政治的な、膠着(こうちゃく)状態、対峙拮抗線での静けさと空虚感をこそ警戒しなければいけない。
見苦しく登場した野田佳彦首相は、このあともまさしく自分の政治生命である消費税増税の国会審議に向けて突進しようとしている。せめて、「(小沢無罪に対して)厳正な司法(部)の判断を尊重する」というぐらいの首相声明ぐらいは発表できなかったのか。それぐらいの事もできない、小兵(こひょう)の男を、アメリカにあやつられたままに、私たちは自分たちの首相として上に置いている。
敗戦以来、67年にもなるのに情けない被占領国の属国の国民だ。 戦争に負けると、それでおしまいなのではなく、さらに支配・占領が何十年も続くのだ、と、私たちは自分自身の人生にまで影響を与える外側の大きな枠組みというものを否応(いやおう)なく知らされる。
野田佳彦は、この4月21日に、ホテル・オークラで開かれた「米欧日三極(さんきょく)委員会、トライラテラル・コミッション」という 日本を政治、経済の両面であやつるための非公式会議で、首相として演説していた。前の菅直人だけでなく、彼までもジェラルド・カーティスがあやつって育てて、日本の首相にするという、アメリカの裏指導者たちの根回しで、10年前から(いや20年前から)計画的に実行されてきたことだったのだな、とよく分かる。
消費税の増税も出来ず、TPPへの日本の参加表明も出来ない(30日の日米首脳会議で、そう日本側は打ち出すらしい。オバマは、即座に野田を見捨てるだろう)ということになると野田政権の先はもうない。 だが、消費税増税の法律は通せなくても それを「既定路線にする」ことまではやらされて、アホの野田たちは使い捨てにされる。日本国民にこれだけ嫌われたままのお払い箱である。もう少し自分の頭の使いようはないのか。
私たちは、法務省・検察庁”赤レンガ組”(東大法卒のアメリカが育てた法律官僚たち)と私大出だが宗教団体が動かす検察官・裁判官たち を 道具として使った、アメリカによる 小沢一郎への政治弾圧で、私たち日本国民の貴重な3年間(民主党政権になって、2年10ヶ月だ)を空費させられた。
その間に、新興5大国(ブリックス)を中心にする新興国がどんどん国力を付けてきている。 欧と米の先進国の金融システム崩れのだらしなさ(金融バクチをやり過ぎての自壊現象)に引きづられて、かつアメリカにあまりに国民の資金を強制的に差し出させられ奪われるものだから、私たちの日本も疲弊しきっている。
2010年の9月14日の民主党代表選挙で、計画的な不正選挙が行われて、小沢一郎 200票 に対して、菅直人 206票 という クーデターで菅直人という愚劣な男が居座った。 あのときの勢力伯仲で分かったことだが、小沢一郎と鳩山由紀夫を支える民主党の国会議員は、200人弱にまで切り崩されている。70人ぐらいの衆参の議員が反改革の方に回ってしまった。
「次の選挙で落ちたくなかったら、言うことを聞け」消費税増税派の方に、つぎつぎと転向していっている。 だから、今の民主党を内部から立て直すことは至難の技だ。
私たちは、あんなに愚劣な菅直人や仙谷由人や前原誠司(それから、すべての松下政経塾出の政治家たち)や野田佳彦を 見てしまった。国民の多くが、自分たちの期待を裏切った者たちに二度と投票することはない。 それで、つぎの政局(せいきょく)が表れた。
その予想は、今日から全国の本屋に並ぶ私の新刊書の「欧米日 やらせの景気回復」(徳間書店刊)に書いたので読んでください。
私たちはしぶとく次の闘いに挑まなければいけない。こんなに国民と共に歩むことを知っている指導者がいるのだから、彼らを支えて困難の中を生きてゆくしかない。若者たちに職を与えなければいけない。夢を与えなければいけない。国民の失業率を減らすことこそは政治が一番大事にすべきことだ。そのためには、本物の正しいケインズ主義の成長経済の政策を実行しなければいけない。
私は、次の局面で、橋下徹=竹中平蔵 の 恐ろしい 本物の 日本にも遂に出現したファシズムの政治勢力が台頭することを一番警戒している。今、このように書くことはまだ時期早尚であり、なかなか理解を得られないだろうが、私としてはやはりこのように書いておくしかない。
私は、2009年8月のあの民主党マニフェスト選挙に勝利した時の、あのときの国民の正しい熱気と期待に戻るべきだと、それこそが、私たちの今の指針だ、と強く思う。
私が、今でも念じるように 覚えているのは、若い民主党の政治家たちが、自分のネットに一様に書いた、以下の政治改革、公務員制度の改革の 大きな方針だった。
「今、多くの国民は、官益を断ち民主党の改革を信頼してくれてい る。 現 在4800の公益法人に28000人の官僚が天下っている。そしてここに総額5兆9000億円の税金が毎年投入されている。この数字は年々自己増殖ばかりであり、中央省庁所管の独立行政法人(独法、どっぽう)の101法人は、官僚による天下り先の温床だ。ここに毎年12兆5000億円の税金が投入されている」
上記と同じ内容の文章を、細野豪志(ほそのごうし)だけでなく、若手の民主党の政治家たちは書いて表明していた。 そして今は見難く変質し尽くした野田佳彦も言っていたことなのだ。それを 最近は「野田の過去のシロアリ退治」として、植草一秀氏が証拠を掴んで言っているのである。
人間は恥知らずに変節できるし、言っていたことをコロリと変えて、どんどん豹変することこそ、政治家の常であると、諦(あきら)めきった民衆はいつも、がっかりして遠くから眺めるように見ている。
アメリカに命令されてやらされる、日本国民は誰も望まない増税などよりも、上記のシロアリ退治(官僚天下り退治)の政治を、私たちはもう一度、今の民主党にやってもらわなければいけない。 それには、政権の大臣(デージン)さまになった途端に、見苦しく変節した者たちを厳しく公然と叱責して、3年前の「2009年8月民主党マニフェスト」の「国民の生活が第一」の原点に戻って、日本改革を日本国民の手に取り戻さねばならない。
最後に、以下に載せるのは、森ゆうこ議員が、「(ジェラルド・カーティスは呼ばれて)どうして自分たちの記者会見は出来ないのだ」として書いた「日本外国特派員協会へ要請文」である。 外国人記者クラブの記者たちは、白けたような顔をしていただろう。
自分たちが所属する世界各国からの報道機関(その実態は、アメリカのグローバリスト=地球支配主義者=のメディアが大半である)への記事の書き方を気にしていただろう。自分の上司や経営陣であるグローバリストたちに逆らえるほどの、本物のジャーナリスト魂をしている人間は、ここの白人記者たちにはもう残って居ないだろう。
(転載貼り付け始め)
参議院議員 森ゆうこ
2012/04/25
外国人特派員協会の記者会見は実現しなかったが、下記の文書と衆参両院議長に提出した要請文を、特派員全員に配布して頂けることになった。
日本外国人特派員協会 会員各位
議会制民主主義の危機 「小沢裁判の違法性について」
東京第五検察審査会の「起訴議決」による「小沢裁判」が明日4月26日、判決を迎える。一昨日我々は、別紙のとおり、衆参両院議長に対して「検察審査会の実態調査を目的とする法務委員会秘密会の開催について」の要請を行った。2日間で集まった136名の国会議員の署名を添付したところである。
密室で行われた11人のくじで選ばれた国民による「起訴議決」の違法性については、別紙要請文に述べたとおりであるが、その審査の資料は東京地検特捜部が作成した「捜査報告書」である。昨日発売された週刊誌「週刊朝日」に、その一部が暴露されたが、検察は証拠がなくて小沢氏を起訴出来なかったにも関わらず、犯罪事実が確定されたと記載している。これは、捜査当局による「有印公文書偽造」であり、明らかに犯罪である。
一人の政治家を有罪にするために、密室で、しかもいわば法律には素人の審査員を「起訴議決」に導くために、ねつ造された報告書が提出されたことが判明した以上、この裁判はただちに取りやめるべきであり、「捜査報告書」のねつ造に関わった関係者は厳正な処分を受けるべきである。またこれは組織的でなければ行い得ないことである。
そうであるとすれば、日本国憲法に規定された正当な選挙で選ばれた国民の代表であり、国権の最高機関の一員である国会議員、しかも、そのような謀略がなければ総理大臣になったであろう人物を、捜査当局が不当に弾圧できることになり、これは、我が国の民主主義の根幹を揺るがすものである。
日本のマスメディアは、このような事実を正しく報道しないばかりでなく、メディアスクラムによってその謀略に加担してきた。私は、真実を国民や世界に知らせるために、日本外国人特派員協会会員各位のご協力を切にお願いするものである。
2012年4月25日
前文部科学副大臣参議院議員 森ゆうこ
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。上記の森議員の 文の中の、「 「起訴議決」の違法性については、別紙要請文に述べたとおりであるが、その審査の資料は東京地検特捜部が作成した「捜査報告書」である。・・・・「捜査報告書」のねつ造に関わった関係者は厳正な処分を受けるべきである」 が、重要な箇所である。
昨日の小沢無罪の判決では、この 検察庁の取り調べ検察官が、上司と上層部に書いて上げた「捜査報告書」という内部文書(当然、公文書である)が、捏造によるものであることを裁判所が認めた。その捏造文書を作成した田代政弘(たしろまさひろ)特捜部検事だけでなく、それを共同で作成したと推測がつく、東京地検特捜部の部長だった 佐久間達哉や、上田主任検事や、大鶴基成(おおつるもとなり)高検検事までを逮捕して刑事裁判に掛けなければいけないということである。
さらにはその文書があがって来ていたわけだから、その内容を了解していた 伊藤鉄男最高検次長、岩村修二・東京地検検事正(地検のトップ)そして樋渡利秋(ひわたりとしあき)検事総長たち が、知っており、かつ証拠隠滅していないかが、これから犯罪捜査されなければいけない。
小沢無罪でボロボロになっている検察庁内部 と 法務省”赤レンガ組”の 犯罪を、ここで隠蔽(いんぺい)され押しつぶされることなく、すべてを表に出して彼ら法律官僚たちを裁判に掛けることである。
同じく「検察審査会」なる 最高裁に所属する 奇っ怪になってしまった国家機関を違法に動かした裁判官たちも取り調べを受けて、処罰されなければいけない。
副島隆彦拝
【843】[953]福島本部活動日誌です85
以下に、MLに投稿した内容を転載します。
(転載始め)
2012年4月4日の日誌です。
朝起きてみると、ネットカフェでオンラインゲーム用に設置されている席に居る人達は、皆寝落ちしていました。
牛乳や、フリードリンクとして提供されたトースト等で朝食にしました。
午前8時にネットカフェを出て、さいたまスーパーアリーナに向かいました。
さいたまスーパーアリーナに掲示されていたこれからの予定には、震災応援コンサートなどがありました。
(↑但し、写真を撮り忘れました・・・。)
駅を挟んで反対側にあるショッピングモールに行ってみました。
ショッピングモール併設のスーパーは、開店したばかりで、値引き品が殆どありませんでした。
スーパーの食肉売り場で、やっと震災後の影響を示す注意書きを見つけられました。
また、半ば諦めかけていた小物を購入出来ました。
ショッピングモールに入っていた紀伊国屋に、プレパスのDVDが置いてありました。
(←画像の数理哲人と書いてあるものです)
ショッピングモールに入っていたmovixさいたまでは、一昨日見た、TVアニメの劇場版がやっていました。
東北地方では(4月4日の時点では)上映している映画館がなかったので、覚悟を決めて、ここでもう二度見てしまうことにしました。
午前11時50分開始と午後8時20分開始の二回しか上映していなかったので、・・・また帰るのが一日遅くなってしまいました。
午後11時30分、秋葉原に戻って、ネットカフェに入りました。
何と言いますか・・・、関東圏ではいつもと同じ日常が流れているな、それがほぼ全ての人にとって良い事だな、と、つくづく思いました。
(転載終わり)
(転載始め)
2012年4月5日の日誌です。
午前10時、ネットカフェを出ました。
今回東京に4泊した宿泊代だけで6500円になりました。全く最悪です。
帰る前に、とらのあなに寄りました。
とらのあな6階には、台湾の同人誌が置いてあるようでした。
このままここに居ると、いつの間にか散財してしまいそうだったので、何も買わずに帰りました。
秋葉原の路肩には「遼寧省開原市訪日団」と書かれたバスがありました。バスは名古屋のものでした。
午前11時から午後7時までかけて、事務所に帰りました。
京浜東北線内の広告に、常磐ハワイアンセンターが出しているものがありました。
(今はスパリゾートハワイアンズというらしいですが、常磐ハワイアンセンターの方が、レトロ、且つ、由緒正しい名前だと今でも思っています。)
帰り道の電車の中で、原発難民ツアーの人は、結構関西圏の人が多いのかな・・・、と思っていました。
スポーツの影響なのか、関西というと怖いイメージがあるので、今から緊張しています。
二次元に居る関西キャラは好きなのですが。
(特に、一番下の画像のキャラは、まもなくアニメで大阪のオバチャン的感覚が良く描かれるはずですので、大好きです。)
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()
(http://www.saki-anime.com/character/senriyama.php#0)
(http://www.saki-anime.com/character/senriyama.php#1)
船引駅で降りた後、ダイユーエイトまで2.5km歩いて、割れてもいい食器類と食料品を買いました。
その後、ケーズデンキの反対側にあるバス停から最終バスに乗って帰りました。
なお、バスに乗り遅れかけました。
帰りのバスは、川内まで行けるようになっていました。
事務所に戻ってから、劣化していた味噌汁を加熱しました。
それから寝ました。
(転載終わり)
(転載始め)
暴風の影響で、外風呂の上の屋根が飛ばされて、崖の下に落ちていました。
洗濯をしました。結構大量になってしまいました。
電気代を郵便局に振込みに行きました。45993円でした。
午後2時30分、NHKのHさんという人(会員ではないはずです)が尋ねてきました。
「一寸興味を持って寄ってみました」と言っていました。
福島ナンバーでした。
去年6月4日の映像が、下の1分23秒から映っていました。
http://www.youtube.com/watch?v=z-m2N3aA-kk
(転載終わり)
(転載始め)
2012年4月7日の日誌です。
落ちた屋根は、以下のような状態です。
少しだけ雪が舞っていました。
3/12の日誌を書けたのですが、3/13が過去最大規模になりそうで、頭が痛いです。
新地駅の写真があるので、早く完成させたいですが、新地駅前後の画像を上げただけで体力が尽きました。
夕食は、ご飯、カレー、悪くなった魚を電子レンジで加熱したもの、トマト、でした。
カレーは3週間前のものなので、そろそろ食べて大丈夫なのか心配になってきました。
(転載終わり)
【842】[952]福島本部活動日誌です84
以下に、MLに投稿した内容を転載します。
(転載始め)
燃えるゴミを出すのを忘れました。
「原発難民ツアー」の計画表を作っていました。
まもなく警戒区域の一部解除が始まるので、少し緊張しています。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120330-OYT1T00963.htm?from=popin
夕食は、ご飯、カレー、アスパラガスとオクラを茹でただけのもの、でした。
カレーが悪くなっていましたが、そのまま食べました。
(転載終わり)
(転載始め)
2012年4月1日の日誌です。
午前6時から、解除された一部の警戒区域を、自転車で見に行きました。
立入禁止になっていた場所には、パトカーが停まっていました。
入れるかどうかを訊いてみた所、入れるが検問所まではかなりの距離がある、と言われました。
途中の歩道は、余り草の除去が済んでいませんでした。
2km程進むと自販機の置いてあるスペースに一台、高崎ナンバーの車が停車していました。そこで男性が着替えをしているように見えました。
なお、自販機は動いていませんでした。
更に3km程進むと、プレハブと簡易トイレの置いてあるスペースがありました。
この3kmの上り坂は、大変厳しい急勾配でした。
(注:4月15日では、昼間はここの手前に検問所が出来ていました)
プレハブの中には防護服のようなものが吊るされていました。
更に500m進むと、新しい検問所がありました。
神奈川県警の警察官に尋ねられたので応答していると
「ああ、3/30に来ていた方ですよね」
と言われました。
帰り道は逆に、非常に急な下り坂でした。
自転車では体温が低くなり、事務所に帰りつくと、すぐに暖房にあたりました。
午後3時から東京に行く準備をし始めました。
どうしても必要なものがありました。
午後4時35分のバスで船引に行き、駅前の休憩所で夕食としてカップ麺を食べました。
そこから、磐越東線、東北本線、京浜東北線の順で利用し、秋葉原駅に行きました。
秋葉原駅に到着したのは、午後11時30分頃でした。
その後、ネットカフェに入って休みました。
(転載終わり)
(転載始め)
2012年4月2日の日誌です。
午前8時に秋葉原のネットカフェを出ました。
駅前には、夜にZさんと見る約束をしているアニメ映画(正しくは、TVシリーズの劇場版)の広告がありました。
(上級者向けですので、一般人は観に行かない方がいいです・・・。)
ある大学に一寸だけ用事があったので、寄らざるを得ませんでした。
途中の渋谷駅付近で、放射線測定器の広告看板がありました。それ以外は、東日本大震災以前と全く変わらない東京の日常に思えました。
大学に着くと、丁度、大学の入学式が行われていました。これを奇貨として(汗)、原発や地震関連の変化があるかを回って見てみたのですが、何もありませんでした。
(中田先生は早稲田大学によく行かれるらしいですが、早稲田大学はボランティアサークルなどが増えたりとかしているのでしょうか?)
壁にはサークル勧誘のビラが貼ってあったのですが、私には「そっち系」のサークルが作ったビラしか目に入らず、変化に気づくことはできませんでした。
長島昭久議員が以前いたと思われる応援指導部のチラシもありました。
なお、今日の夜に見るアニメを専門にしたサークルのビラがありました。感動しました。
午後1時までに用事を済ませた後、秋葉原に戻り、暫く時間を潰しました。
戻る途中、渋谷の売店に「重慶式麻婆豆腐」という商品があったので、薄熙来の一件を思い出し、衝動買いしてしまいました。
ソフマップの店内の広告には、進研ゼミの漫画をネタにしたものがありました。
(元ネタは、http://blog.livedoor.jp/goldennews/archives/51613385.htmlの<“http://livedoor.blogimg.jp/goldennews/imgs/3/a/3a6dc4d7.png”>です)
午後6時40分、Zさんと水道橋駅のホームで合流しました。同人誌を差し上げました。
池袋に到着後、高島屋の一部スペースで、秋葉原駅の駅ビルで買ってきた弁当で夕食にしました。
映画館で、『チャイナナイン』について訊いてみた所、110ページと111ページにある、団派の人材がどのように地方に配置されているかの表は、Zさんが作成したそうです。
と言いますか、Zさん自身は政治に殆ど興味がないが、大学時代の友人でとても詳しい人がいて、その人が勝手に教えてくれていた、そうです。
映画の上映前に
「中国には、このアニメに登場するキャラのモデルになったような、空戦パイロットのエースはいなかった?」
と訊いてみたところ
「中国では当時、軍隊と言えば陸軍だった。それに、当時の中国では飛行機の整備等ができなかっただろう」
と言っていました。
(後でチャイナナインを見たら、333ページに「しかし蒋介石・国民党側が「飛虎隊」(フライング・タイガー)という強烈な空軍を持っているのに対し、人民解放軍側は、ほぼゼロに等しかった。」とありました。)
映画は、ネットで俗に言う「儲」(←信者という意味です)である私に冷静な判断が出来るはずもありませんでした。
とりあえず、菅野直がモデルとなったキャラが一瞬だけでも出て来て、感激しました。
秋葉原に帰る電車の中で、ちょっと変わった広告を見かけました・・・。
秋葉原に到着後、駅でZさんと別れて、ネットカフェに向かいました。
途中のコンビニで、amazonで注文した商品の料金を振り込みました。2700円でした。
秋葉原には、今日見た映画の広告が二箇所にありました。
センスのある交通標識の落書きもありました。
午後11時、ネットカフェに入りました。
(転載終わり)
(転載始め)
2012年4月3日の日誌です。
(おそらくは、この暴風の日に、外風呂の屋根が飛ばされてしまったのだと思います。)
午後9時にネットカフェを出て、もう一度大学に行ってみました。
何とか原発や震災関連の写真を撮れないか、生協等も回る等、粘ってみました。
しかし、何もありませんでした。
あったのはサークルの勧誘をしている人達と新入生の姿ばかりでした。
(SOS団という、こっち系のサークルの人が東方(という同人ゲームの)コスプレをして勧誘をしていました。)
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昼食は駅前のオムライス屋にあった、巨大なオムライスでした。自棄食いしました。
全く目立った写真が撮れないまま、気落ちしつつ、正午から、いわき経由で都路に戻ってみようとしました。
ところが午後から暴風雨になり、いわき駅へはとても行けなさそうでした。
仕方が無いので、秋葉原駅に戻りました。今日もここで過すしかないと思いました。
ソフマップのエロゲ売り場を徘徊して時間を潰すしかありませんでした。
そのうちに、テンションが戻ってきました。目星をつけていたエロゲは安くなっていなかったので、手が出ませんでしたが、どこか満足でした。
(これは秋葉原セラピーというのでしょうか?)
その後も上機嫌のまま、とらのあなやアニメイトを回っていました。
午後11時、ファミレスに居たところ、店員から
「今日は暴風の影響があるので、まもなく閉店させて下さい」
と言われました。
止むを得ず、店を出ました。
4月4日午前0時、ネットカフェに泊まりました。
(転載終わり)
【841】[951]福島本部活動日誌です83
以下に、MLに投稿した内容を転載します。
(転載始め)
2012年3月26日の日誌です。
午前7時15分、検問所方面へ、八戸ナンバーの車と春日部ナンバーの車が走っていきました。
原発へいっているようでした。
午前9時20分、燃えるゴミを捨てに行きました。
原発に向かうと思われる二台の車とすれ違いました。中の人はタイベックスーツを着ていました。
午前9時25分、電話・ネット回線代を郵便局で振り込みました。5998円でした。
郵便局の脇には、4月1日から川内村に走るらしいバス路線の、新しいバス停の標識が置いてありました。
午前9時半、牛を乗せた家畜運搬車が399線を走って、おそらく288号線に行きました。水戸ナンバーでした。
午前9時40分、古道体育館に行って見ました。中の荷物や張り紙等が無くなり、原子力研究開発機構は完全に撤収していました。
都路行政局には、新しくモニタリングポストが設置されていました。
午前9時45分、かなりの吹雪になりました。積もらないことを祈るばかりでした。
郵便局に振込みに行けておいてよかったです。
夕食は、ブロッコリーと炒めた玉葱のスパゲッティ、ご飯、海苔、梅干し、でした。
炭水化物が重なりました。
冷蔵庫を一旦何も無くそうとしているのですが、マヨネーズのみ多量にのこってしまっています。
雪は夜にかけて降りましたが、積もるまでにはなっていません。
今後の天気予報を見て、積もりそうではないので安心しました。
28日か31日、都路の警戒区域解除に関する説明会があるらしいので、行けるなら行きたいです。
(転載終わり)
(転載始め)
2012年3月27日の日誌です。
今日は、やけに機動隊車両が行き交っていました。
洗濯をしました。
強風で洗濯物が何度も落ちました。
6時にあったはずの、28日開催の警戒区域解除に関する住民説明会の告知を聞き逃してしまいました。
夕食は、スパゲッティにオリーブオイルをかけただけのもの、カレー、でした。
(転載終わり)
(転載始め)
2012年3月28日の日誌です。
朝食は、カレーでした。急いで腹に詰め込みました。
午前7時のバスで船引に、午前8時2分船引発の電車で三春に行きました。
船引小学校では、児童たちが校舎に入っていく所でした。オリエンテーションがあったのでしょうか。あるいは、原発事故の影響で出来なかった授業の補習でしょうか。
モニタリングポストは、校庭側から表示が見えるようになっていました。
(写真は帰り道で撮ったものです)
三春駅から3.2km歩いて、O観光に行き、4月28日~30日の暫定の予定を伝えました。
途中にあった小さな川が、一級河川とされていて、驚きました。雪融けの時期には水量が多いのでしょうか。
オールスター観光の近くの道を「富岡町民専用」と張り紙のしてあるバスが走っていました。
(←このバスなのですが、撮影のタイミングを逃しました)
近くに「富岡町三春出張所」という看板がありました。
帰り道では、町のホールで田村高校のオリエンテーションが行われていたようでした。近くの民俗資料館の駐車場が満杯でした。
この地点のモニタリングポストは0.267μSv/hを示していました。
自分の敷地内で、幼児を遊ばせている母親がいました。
三春町は普通の町らしい町で、普通の暮らしが戻っている様に見受けられました。
スーパーの駐車場も満杯でした。
午前11時31分三春発の電車で、船引に戻りました。
船引公民館には根雪が残っていました。
船引では、何処で「都路の警戒区域解除に関する説明会」が行われているのか、事前に調べてもわからなかったので、これに出るのは諦めました。
(そもそも私が出られるものだったのかもわかりません。)
代わりにダイユーエイトで、(壊れてもいい安い)食器を18個購入しました。他に食料品なども購入しました。
その後、午後1時55分に帰りのバスに乗り込みました。
帰りのバスの中で、運転手と都路に住んでいるという人が世間話をしていました。
「ガスがこの前値上げになったけど、それ以上に石油の値上がりが激しくて困っている」
「岩井沢にある工場や加食センターは、地震で設備が目茶目茶になった。加食センターは、原発の影響もあって、事業を取り止め更地にするそうだ」
「米は兎も角、畑で野菜類は作って自家消費していいようになった、という話を訊いた。本当かどうかはわからない。どっちにせよ作っても売れないし、怖いので作らない」
「農地は遊ばせておいても仕方ないのだが・・・」
「会津まで米を買いに行った」
「孫が休みの時期にも帰ってこなくなった」
「都路の人は仮設を貰っているので、戻ってこない」
「原発は暫く収束しないだろうし、もう一度地震が来たら本当にやばいんじゃないか」
「バスは川内村まで延びるけど、途中の道路が壊れている所は、バスの運転手としては通れるか不安だ」
「川内村の村長は偉いよ。国会まで行って首相と手を組んできて」
と言っていました。
船引保健センターで、都路の警戒区域の解除に関する説明会が行われていたそうです。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20120329k0000m040097000c.html
行けなくて、悔しかったです・・・。
明日、加藤さんのイベントが午前9時から船引であるので、出来ればそこで話を聞きだしたいです。
(転載終わり)
(転載始め)
2012年3月29日の日誌です。
午前4時、ご飯だけは炊いておきました。(ただ、無駄になってしまいました。)
午前6時に、加藤さん、菊池さん、それからお名前のわからないもう一人の方が来ました。
饅頭とお茶をお出ししました。
午前8時15分から、加藤さん達に同行させて貰い、船引の仮設住宅に行きました。
自治会長さんと待ち合わせをして、午前10時から始まることになりました。
仮設住宅の集会場には、原発事故に関する無料訪問相談会の知らせが貼ってありました。
仮設住宅の駐車場に車を停めて、4人で待ち合わせをしていると、以下のようなチラシを渡してくる人がいました。
仮設内には、犬の糞への注意書きが出来ていました。
その近くでは、5歳くらいの子供と老人が遊んでいました。
駐車場には赤十字の車が停めてありました。
集会場の入り口付近には、東京都足立区などからの応援メッセージが貼ってありました。
その中に広告に近いようなものがありました。(これ位はいいのでしょうか)
仮設住宅の一部の部屋は、それなりの規模の改修工事がされているようでした。
午前9時5分から9時35分まで、時間潰しのために、すき屋に寄りました。
朝食のメニューを見て、微妙に高い・・・、と思いました。
午前9時55分、加藤さん達によるバグパイプ等の演奏イベントが始まりました。
場所は仮設住宅の集会場内で、始まる前に自治会長さんの挨拶がありました。
20人ほど観客がいました。仮設の集会場内では、バグパイプの音はかなり大きかったかもしれません。
菊池さんはフルートを演奏しました。
演奏終了後、お茶を飲んで地元のお年を召された方々と話したのですが、
「どこかでみたことあると思ったら、あの都路のとこの人かぁ」
と言われました。
終了後、仮設近くのファミリーマートで加藤さん達と別れました。
仮設住宅の近くに、新しい肉屋が開店していました。
常葉町に本店がある肉屋で、商機を見るに敏です。
仮設住宅から一番近い酒屋は、灯油も販売しているのですが、確かに価格が上昇していました。
リオンドールとダイユーエイトで、食品、安い食器8個、使い捨てのプラスチック皿60枚、を購入しました。
バスに乗り、午後3時に事務所に戻りました。
午後3時40分、検問所に行きました
神奈川県警の警察官でした。
「4/1で都路の警戒区域が解除になるけど、288号線の検問所は大熊との境になるのですか?」
と訊いてみたのですが、
「すみませんが職務に関する事ですので、お答え出来ません」
と返ってきました。
この後、2つの別な質問をしても、
「職務に関する事ですので、お答え出来ません」
と返ってきました。
(この返答ですが、逆に「職務だから答えなければならない」と思うのですが・・・)
(注:後日聞いてみたら、警戒区域の解除自体を知らなかった、とのことです。)
(転載終わり)
【840】[950]現実的によりマシな国家=政府の在り方
「副島隆彦の学問道場」学生会員 会員番号7416番
加地 龍太(かじ りょうた)です。
以下「~だ。~である。」調にて思考したことを記載します。
「現実的によりマシな国家=政府の在り方」
国家権力=政府の権限はなにゆえに国家権力か。
トマス・ホッブズが「リヴァイアサン」に喩えた強大なパワーである国家権力=政府の権限が正当な存在である根拠はどこにあるのか。
「アナーキー・国家・ユートピア」の著者ロバート・ノージック曰く、
あるべき国家=政府とは「ビジネス上の契約を履行させることおよび、暴力、盗み、詐欺から国民を守ることに権限を限定された最小国家だけが、正当な存在である。」とのことである。
そして「それ以上の権限を持つ国家は、何かをするように強制されないという個人の権利を侵害するため、正当な存在とは言えない。」という。
ロバート・ノージックの主張はリバータリアニズム的であるゆえ、個人の自由を蔑ろにする政府の在り方は否定している。
政府のみではなく、あらゆる共同体に対して強制的に個人の自由を侵害する行為を否定する。これは、何派のリバータリアンであってもそうであろう。
リバータリアンは、各個人が自分の選択の自由、判断の自由、契約の自由などに基づき、あらゆる他人と互いに同意の上で諸々の関係を結び、それにより社会=共同体が形成されてゆくことが望ましいと考える。この社会のことを、「市民社会」と言う。
私、加地龍太も、生来の自分の脳髄と性格的に、強大な権限を握った一部の集団がすべてを管理する社会=共同体よりも、市民社会の方が現実的によりマシだと考える。
「強大な権限を握った一部の集団がすべてを管理する」という考えは、中央集権主義の考えである。
マイケル・サンデルが代表するコミュニタリアンたちが肯定している「福祉優先国家=国家優先主義=重税国家」という国家=政府の在り方こそが、「強大な権限を握った一部の集団がすべてを管理する」ということなのである。
この考えは、グローバリスト(地球支配主義者)の考えとイコールである。
このコミュニタリアン=グローバリストの思想は、「自分で自分の危機管理などを解決できない人間たちを、頭が切れる強い人間たち(と勝手に自分で思い込んでいる迷惑者たち)が管理して保護してやろう。」という考えである。
相手が成人した責任能力を持った人間であっても管理して保護する、などという愚昧(ぐまい)な行為をしなければならない、などと考えるのは非常に迷惑極まりない話である。
少なくとも、私はそう思う。自分の自由意志に第三者がちょっかいをかけてきたら誰でもそれを嫌悪すると思うが、どうなのだろうか。
コミュニタリアンは上記のように、「パターナリズム(父親的温情主義)」というリバータリアンに言わせれば余計な迷惑行為を国民に敢行する国家=政府こそが正しいと考える。
リバータリアンは、そのような国家=政府の在り方は肯定しない。
リバータリアンが主張する国家=政府のあるべき姿とは、ロバート・ノージックが唱えた「暴力、盗み、詐欺、強迫、強姦などから国民を守り、ビジネス上の契約の履行を保障する」というものである。そのような国家であるべきだ、と考える。
以下に参考にした著作の一部を引用する。
(引用始め)
人々は、政府が設立される以前から諸権利を持っている。そして人々が「政府に委任する」と表明しない限り、すべての諸権利は人々のもとにある。国家政府は、憲法が認める特定の権力以外は、いかなる権力も持っていない。
デイヴィッド・ボウツ著 副島隆彦先生翻訳「リバータリアニズム入門」P87~88
(引用終わり)
加地龍太です。以上のように、国家権力=政府の権限とは、国民から委任されたものなのである。
強大で獰悪なリヴァイアサン=国家権力は、国民によって与えられ、国家の代表が使用するものである。ウォール街の権力者や霞ヶ関の役人連中という一部の者どものみが濫用して良い性質のものではない。
私は、やはりリバータリアンたちが主張する国家=政府の在り方こそが、
本来の国家=政府のあるべき姿だと思えてならない。
何かご意見がありましたら私のアドレスにメールを送って下さい。
宜しくお願いします。
加地 龍太 拝
【839】[949]野村証券に監視委が「特別検査」
松尾雄治です。
野村証券に特別検査が入りました。
ロイターから転載します。
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPTK079119820120425
(貼り付け始め)
野村証券に監視委が「特別検査」、情報管理体制を点検=関係筋
2012年 04月 25日 21:55 JST
[東京 25日 ロイター] 証券取引等監視委員会が25日、野村ホールディングス(8604.T: 株価, ニュース, レポート)傘下の野村証券に対し、特定の分野に重点を置いた「特別検査」に入った。複数の関係筋によれば、監視委は野村社内で企業の増資情報などの管理体制が適切かどうかを詳細に点検する。
監視委は証券会社に対し、定期的に業務全体の適切性などを見る一般検査を実施している。「特別検査」では、業務運営の中で必要と認めた部分を重点的に点検する。
関係筋によると、監視委は今回の特別調査を通じ、野村社内の情報管理体制が適切かどうかなどを重点的に点検すると見られる。監視委は、検査に入った金融機関名を日々ホームページに公表しており、野村証券名も25日付で掲載された。同社の一般検査は今春に終えたばかりで、その終了から短期間で再び検査に入るのは異例のことになる。
証券会社をめぐっては、企業による増資計画などの情報を不適切に扱う事例が相次いで発覚している。
監視委は3月、旧中央三井アセット信託銀行の運用担当者のインサイダー取引で行政処分するよう金融庁に勧告した。この事案では、野村証券の関係者が中央三井に情報を伝達したことが、これまでに明らかになっている。監視委は野村証券に対し任意の調査を続けていたが、得られる情報が不十分とみて特別検査に乗り出したとみられる。
野村ホールディングスの広報担当者は「検査には全面的に協力していく」とコメントした。
証券会社の情報管理をめぐっては金融庁が4月、SMBC日興証券の複数の役員を含む営業担当者が親銀行の増資情報を一部の投資家に公表前に伝達して新株購入などの勧誘をしたとして、内部管理体制の整備などを求める業務改善命令の行政処分を出した。
(貼り付け終り)
松尾雄治 拝
【838】[948]再生可能エネルギーに関するイベントを行いました。
会員番号5307番松村享(まつむらきょう)です。
私はSpectrum.revoというチームを作って、様々なイベントを行なっております。
先日、再生可能エネルギーに関するイベントを行なったので、そのご報告をさせて頂きます。
写真の載せ方がわからないので、とりあえず写真のリンクを貼っておきます。
http://sperevo.jugem.jp/?eid=309
おしゃれな場所で、音楽鳴らし、紅茶を差し出したりと、スタイルにこだわった催しでした。
ゲストスピーカーはお二人、再生可能エネルギー推進協会理事の今泉亮平さん、長野県の環境対策部で行政のお仕事をされている田中信一郎さんのお二人です。
お二人のパワーポイントを使った話のあと、参加者全員で料理を食べ、議題について考え、ディスカッションを行いました。
やはりというか、原発以後の発想としての再生可能エネルギー、という心持ちのお客さんが多かったように思います。
私個人は、再生可能エネルギーとは地域社会の活性化につながるものであって、それ以上を期待する事はできないんじゃないだろうかと考えています。
つまり、原発のかわりに再生可能エネルギーというのは、無理な話なんじゃないかと。
以下、イベント後に作成した諸々のまとめの、私の記述だけをこちら用に短くして、貼らせていただきます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
なぜ再エネに注目したのか、ということですが、やはり多数『原発』というワードが出てきました。
だが単に原発を否定するだけではない、すなわち『脱原発』というワードが皆さんの意見の表面に現れていない、思っていたとしても活字になっていない、これは非常に興味深い痕跡だと思い、資料をめくっていました。
私個人の意見(つまりSPEREVOの総意ではない)ですが、原発は原発で必要なものだと思っています。国家規模の話になりますが、エネルギー供給源のメニューは多ければ多いほどいい。つまり、火力、風力などと並んで原子力も貴重なエネルギー供給源となる、と考えています。
メニューの少なさがなにをもたらすか。
かの太平洋戦争、一概に原因を述べることは不可能ですが、エネルギー供給を絶たれた日本が、アジアに資源、生存圏を求めた点も見逃せない。
つまり、エネルギーの枯渇が戦争への数ある動機の中のひとつとなり、破滅的な戦争へと至り、ついには原爆投下、放射能がふりそそぐという大惨事に至っている。
原発なきがゆえに、放射能がふりそそぐ、という事態もありえるのです。
なので、メニューは多ければ多いほどいい。
逆にいえば、だからこそ私は再生可能エネルギーにも着目しているわけです。
原発と再エネは矛盾しないのだと。(核融合にも私は興味がある)
再エネの話。
私自身実際、再エネに着目すると、たくさんのアイディアと構想が生まれ、ありていにいえばわくわくします。単にエネルギー供給源の多様化というだけではない。自然環境の保存もさることながら、ビジネスにおいて、また地方自治への目覚めにおいても、かなり広範な未来を構想することができると、このイベントを通して学ぶことができました。
以下、再生可能エネルギーを
①環境の観点
②ビジネスの観点
③地域復興の観点
から、記述したいと思います。
打ち合わせの段階で、今泉亮平さんからとてもおもしろい話を聴きました。
オランダの話です。
覚書なので、事実との相違があるかもしれませんが、養豚業者のお話でした。
その養豚業者、豚の糞尿が原因で、事業の縮小をせまられたとか。
業者は悩みました。せっかくの事業、どうすればこの苦境を乗り越えられるのかと。
そこで思いついたのが、糞尿の再エネ利用。この、ムダを転じて利益となす、の思想は功を奏し、ついには豚を飼うことをやめ、糞尿再利用業者として、事業を拡大したというお話しです。
ゴミと豚、ゴミを選んだら事業が拡大したという、とても興味深いお話です。
このように、西ヨーロッパには、いまひとつの大きな流れが起きています。(ドイツの脱原発はどうかと思うが)とくにやはり、近代という爆発的な時代の、発祥の地である西ヨーロッパにおいてその濫觴、濫觴どころかもはやメインストリームになりつつあるというのは、とても興味深い。
しかし、これはまた、世界的に見れば局地的な出来事だということも加えておかねばなりません。西ヨーロッパなんて、いわば世界の局地であります。ユーラシアの片隅に巣食っているだけ、ユーラシアを見渡せば、中東、中央アジア、ロシア、インドや中国をふくむ東アジア、と世界は広がっている。
ここは大事な点で、我々は西ヨーロッパといえば巨大なものを想像しますが、実はほんのちっぽけな地域、ユーラシアの僻地です。
で、西ヨーロッパ以外の地域では何が起こっているかといえば、大きな事象として、新興国の勃興があげられるでしょう。中国、インド、まあBRICS。
この地域は、やたらエネルギーを消費している。
この巨大な流れは、高度成長が終わってもなお、終わらないでしょう。
なにがいいたいかというと、環境は二の次になっているということです。
いまだ世界の趨勢は、環境だの再生可能エネルギーなんていってられる状況ではないということです。
たとえば貿易について、工業製品、電化製品など発達していない、輸出で稼ぐことなんかできない、という国は、農作物なりなんなり、自然の豊富な資源使ってお金を稼ぐしかない。
ということは必然的に、大規模に自然物を生産することが条件になる。『大規模に』やらなければ稼ぎはでない。生態系を壊してでも。
このあたりの話は、お客さんとして来ていただいた関良基さんが専門的にやられていることで、またお話を伺えれば嬉しいですが、ようするに自由貿易の論理にしたがえば、自然物をあつかう産業(収穫逓減産業)の大規模化は、そのまま環境破壊につながる、つまり貿易のあり方を見直し、さらに新しい構想においては現段階での稼ぎより、より大きな稼ぎを生まなければ、どの新興国も環境に配慮した産業なんてやりたがらない、ということがいえると思います。
ここを膨らませれば、貿易システムの話になってしまいますので、今回はやめておきますが、どうすれば新興国が自然環境と経済活動を両立できるかのヒントを田中信一郎さんがくれました。
これもまた個人的に話している中、伺ったことでうろ覚えなのですが、ドイツは魚取り放題を法律でシステム化し、稚魚の段階ではとらない、としたと。魚というものは2歳、3歳になれば値段も飛躍的に上がってゆく。ならば成長してからとった方が経済的にも環境的にもメリットがあるということで、漁業における自由放任を是正、ルール付けしたそうです。
この事例をヒントにして、収穫逓減産業における、無理ある収穫を是正し、持続可能なレベルで、さらに儲けがあがるというやり方を模索し実行し成功できれば、先進国以外の、世界の大部分における環境破壊は是正されるのではないかと考えております。前述のように貿易システムにも広がる話です。時間かけてじっくり、私は考えたいと思っています。
同じ流れで、再生可能エネルギーもまた大事なのはお金の問題で、儲けがあがるというやり方をとらないと現実的とはいえない。これは今回のイベントでも何度と出てきた意見です。
またどのような儲けのシステムがあるにせよ、最初期は、行政と企業がタッグして進めてゆくという国家事業、あるいは大企業が推し進めてゆくかたちにならざるを得ないでしょう。初期投資にかなりの額がかかるので。ただしアイディアならば、我々投資するお金のない者でも生み出すことができます。生み出しましょう。
で、再生可能エネルギーが全世界津々浦々に行き渡った日を念頭においての話なのですが、私は貨幣の未来を構想しています。
貨幣とはなにか。
ドルとか円のことですが、ドルとかはどういう成り立ち方をしているのか。
あれは原理的には金(GOLD)のかわりになります。
GOLDは錆びない、永遠の価値がある、だから人々がものを買う際、さしだして問題ない。信用できる。ということで、持ち歩くのに不便なGOLDを中央銀行に眠らせて、かわりに国家の信用を後ろ盾に紙を印刷し、その紙を現在、お札という形で使っています。(いまはもっと複雑な話になってますが原理的にはそういうこと)
で私は思いました。
もしも再生可能エネルギーが全世界に行き交い、エネルギー供給が半永久的に確保されるのであれば、これはGOLDのかわりになるぞ、と。自然エネルギーならば、どこの土地でも少量ながらつくれる。エネルギー供給源を地球のどこでも持つことができる。
つまりはなにかの事態に直面した時の、エネルギー不足というリスクの分散、分散そのものが地球をまたがるエネルギーのインフラ、どんな事態があってもエネルギーは不滅、不滅の再生可能エネルギーをGOLDのかわりに貨幣の裏づけにできるならば、地球上はすべて同じ貨幣、為替レートで円高がどうの、輸出の減りがどうのそんな事で悩む必要はなくなります。国境の弊害がひとつ、なくなります。
いわばとても民主的な貨幣です。全世界にまたがると同時に、ひとつひとつの地域に根付いた貨幣です。ようやく『地域』というワードに行き着きました。
私は、再生可能エネルギーの白眉、最終的な目的は、イベントでもよく出てきた地域の活性化にあると考えています。
互いの顔を知る、一緒に仕事をする、最終的には人間本来の暮らしにつながってゆく事、いまこの社会で失われているものにいたる事、人間本来の行動様式を取り戻すことが精神の危機を救う。とくに日本人は協働する事でつながってきた民族です。日本人の協働は、キリスト教徒でいうところの教会です。一緒に働く事でつながれるのが日本人です。
ここまで
①環境
②ビジネス
③地域復興
を念頭において記述させていただきました。これらひとつひとつは、再生可能エネルギー普及の道筋、その途上で実現してゆくであろう未来の絵です。
最終的に、この再生可能エネルギー普及へのステップが、未来において諸々のメリットをもたらしてくれれば、と私は考えています。
松村享 拝