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石井裕之 投稿日:2012/08/01 05:11

【931】[1050]フフホト通信(山東省青島市から)

中国の山東省青島市から、石井裕之がフフホト通信をお送りします。

今回は話題豊富です。
先ずは尖閣諸島問題から。
1週間ほど前にアマゾンで「日本の国境問題~尖閣・竹島・北方領土」という本を、「テルマエ・ロマエ」等と一緒に注文して青島に送ってもらうように指定しました。いつも通りの手順です。
ところが、何と中国の税関で引っ掛かってしまったのです。「日本の国境問題~尖閣・竹島・北方領土」の1冊だけがどうしても入国出来ません。
理由は、高度に政治的な内容に触れている恐れがあるから、とのこと。
今まで何冊もアマゾンから中国に本を送りましたが、こんなことは初めてです。
結構ホットでジャストナウな題名の本をピックアップしていたのね、と感じ入っております。
では、日本にはこの手のことがないのか、というとそんなこともありません。
例えば、かの有名なブルース・リーの師匠の話が映画化されました。2部作です。結構な興行収入を記録しましたが、作品中の日本軍の扱いが非道すぎる、ということで、日本では配給会社が出てきませんでした。僕も大好きな映画だったので残念で仕方ありません。
最近では「フラワー・オブ・ウォー」という、チャン・イーモウの監督作品が大変話題になっています。彼の作品らしい、非常に綺麗な映像構成になっています。正にタメ息ものです。
しかし、日本軍による南京攻略が基本テーマになっていますので、日本での上映はタブーですね。配給会社がやはり決まりませんでした。
これにはオチがつきます。上海在住の雑誌記者(結構有名な経済雑誌に寄稿している、本当に有名な人)がこの映画を称して、「また反日教育が一段と激しさを増してきている」と言っていました。
なるほど、そういう見方もあるんだ、と感心させられてしまいまうのです。
「お前日本語が上手いな」と青島人に言われて一人ニヤつきながら、中国人に同化してしまっているので、どうも私の感覚がニブくなっているかもしれません。

閑話休題。
内蒙古で頑張っている筈の石井が、どうして青島なんだ?!
という話は以前に少しお伝えしたと思います。
40代以上の人にとって懐かしいと思いますが、昔「トゥナイト」という深夜番組がありました。藤本義一さんが司会をしていた、あの有名な番組です。
その「トゥナイト」で、一時、毎週木曜日に日本各地の温泉を紹介する、というコーナーがあったのを覚えておいででしょうか。
そのコーナーを担当していらした加賀尾雄介さんと言われる日本屈指の温泉プロデューサーが居るのですが、何とその方と一緒に今、青島で仕事をやっているのです。

日本では、中国の不動産業界が冷え切っている、という報道のされかたをしていると思います。ここ2年くらい、倒産している不動産会社が沢山あるのも事実です。さながら、今の日本の建設業界を観る様に、中国の不動産業界を捉えている人が多いと思うのです。
・・・・・が、事実は全く違います。
もの凄い勢いで、業績を伸ばしている会社も沢山存在します。
何が起きているのでしょう。
実は、「作ったら作っただけ売れる」という時代が終わりを告げ、「売れるべきものが売れる」という当たり前の世の中になってきただけなのです。業界が成熟してきたと言い換えても良いでしょう。その為に、特徴の無い会社が淘汰されただけなんだ、という解釈の仕方で良いのだと思います。
すると、普通にマンションを作って販売するだけ、というビジネスモデルは成り立たなくなってしまった訳ですから、ディベロッパーが次に考えなければならないのは、イカに自分たちのプロジェクトに特徴を持たせるか(普遍的な付加価値の創造)ということに尽きます。
その付加価値の創造に、日本式温泉が一役買っている訳なんです。
不動産開発計画の一等地に温泉を置き、それを取り囲むようにマンションやホテルが配置されていく、というモデルなら政府の開発許可が下りやすいのです。
そして、一旦認可を得るとそこに投資させろと、全国から金持ちが集まってきます。数十億円規模のプロジェクトに、投資家が次々と集まってくるのです。
誰ですか?中国人は貧乏人ばかりだ、なんて未だに思っている人は居ませんか?
日本では仕事のなくなった温泉プロデューサーですが、今の中国では引っ張りだこ状態なのです。ビックリではないですか?
因みに、中国で各地に我々が配布している温泉企画書が欲しい人(見てみたい人)が居たらメール下さい。日本語バージョンのものを送って差し上げます。

「群馬のゆみこ」さま
私の投稿をお褒め下さり痛み入ります。
クソ坊主のクダリですが、坊主に対する私の解釈はこうです。
坊主は民百姓の現世における苦痛を和らげる為に存在します。知識のない民を諭すのが仕事なんですね。
すると坊主自らはしっかりと苦行を積んで悟りを開かねばなりません。
何故なら、徳の無い坊主の話など「屁のツッパリ」にもならないからです。
そして、その行は毎日の生活の中にも戒めを作って、自らはそれを守ることによって研鑽に励み続ける必要があります。民はその坊主の真摯な姿の一点においてのみ尊敬の念を抱くのですから。
日本にもこのような立派な坊さまが沢山いらっしゃいます。
その方々は日々民百姓を救っていらっしゃる訳ですから、彼等の集めるお布施に課税なんかしてはいけません。だってみんなの為に働いている訳ですから。言ってみれば公共事業みたいなものです。
しかし、大方のクソ坊主は戒めを平気で冒しております。お布施も戒名料金も自分と自分の妻子の生活の為に使います。
こやつらは職業坊主ですから、納税の義務が生じます。
税務署も副島先生を虐めて楽しんでいる暇があるのなら、全国のお寺巡りを始めるべきですね。これホント!

吉田祐二 投稿日:2012/08/01 00:55

【930】[1048]武道と五輪

渡邉様

ご教示ありがとうございます。
野口昭子「朴葉の下駄」は現在ちくま文庫で『回想の野口晴哉』として再販されています。所有していましたが読んでいなかったのでざっと目を通しました。「真意」という断章で自殺前日の近衛が描かれています。

野口晴哉『整体入門』も目を通しましたが、いわゆる整体ではなく「気」を中心として身体を整える霊術なので眉唾(まゆつば)です。しかし自分で実際に出来るようになれば信じてしまうかもしれません。

武道系はやはりヤクザネットワークに分類されると思います。ヤクザはまた右翼とつながり、右翼は皇室とつながります。こうして武道・身体研究系と皇室がつながります。近衛の娘と整体師野口晴哉がつながるのも納得です。

西園寺公一はIPRですから私の分析ではロックフェラー系です。同じくIPRのオーエン・ラティモアを通じて毛沢東を操ったのがロックフェラー系で、それの日本側カウンターパートが尾崎秀実になります。しかし津谷侑太論文ではイギリス留学時代の人脈に焦点をあてているので逆の結果になるので面白いですね。

さて世間はオリンピック一色です。オリンピックは欧州貴族の利権ですが、日本でも事情は同じです。旧皇族竹田宮の末裔がオリンピック委員に就任しています。

(転載開始)

<IOC>委員就任の竹田氏「20年五輪招致、私の責任で」

毎日新聞 7月27日(金)9時47分配信

 日本人として13人目の国際オリンピック委員会(IOC)委員に就任した竹田恒和・日本オリンピック委員会(JOC)会長(64)が26日(日本時間27日)、ロンドン市内のジャパンハウスで記者会見。「今までやってきた五輪ムーブメントを広めることに携わっていきたい。特にアジアでのスポーツの推進に貢献していきたい」と抱負を述べた。

 父恒徳(つねよし)氏と親子でIOC委員になったことについて「父を通して五輪を若い頃から見てきた。父がやってきた仕事で自分ができることをしていきたい」と語った。また、当面の課題として挙がっている来年9月に決まる20年五輪の招致について「IOCの仲間に入って新しい情報を得ることができる。20年の招致の勝利は私の責任にかかっていると思っている」と覚悟を示した。【百留康隆】

(転載終了)

そういえば「ロード・オブ・ザ・リングス」が原題で広瀬隆訳の『黒い輪』(ヴィヴ・シムソン他著、光文社)というオリンピックの内幕本があります。夏休みの課題図書にいいかもしれません。

ハル(2505) 投稿日:2012/07/31 13:43

【929】[1047]お金と性に!私の場合

「お金」と「性」は、そっか、人間関係か!に少し乗せて頂きます。

インテリの弱点かどうかは知りませんが、私の知合いのインテリだと思う日本人 は皆お金と性を大事にしてるし性を語らない人を信用しないとまで言います。

私 は今香港を拠点に中国を学んでいます。(今は2週間程成都へおりますが明日か ら桂林に行きます)。

私は歴史や学術やスピリチュアルとかは分かりませんが体 験を通して思う事は、男の最も大事なのは性で女はお金ですね。だから男はお金 を必要とするのでしょう。

私は昨年の今頃イスタンブールへ行きましたが、トル コ人とも性に関しては話しましたがとても凄いです。私はどこへ行っても彼らと 直ぐ性の話をしますが大体はうまく行きその後は本音の話し合いが可能となりま すね。
(日本とアメリカでは性の話はしない方がいいと思ってます。日米は庶民 が教育されすぎて行儀よすぎるから)。
その点中国人も実に凄い。さすがに中国 もトルコも大国だなと思います。トルコ人は親日で。。。とガイドブックに書か れてますが性の話をして本音の話になると彼らは今の日本をバカにしてます。は っきりといいます。トルコは日本と異なり大統領が立派だからとか平気で言う。 それで私がまあトルコもGDPが世界5位くらいになればもっと縛られるよと言っ てあげましたが彼らは気にしません。
今の日本程庶民の統制がうまくできてる国 は少ないのではないかと思ってます。

ビジネスをしても「お客様は神様」とか言 って社員にもそんな教育をする会社すらある。それでは日本の会社が世界で儲か るはずが無い。私は昔から社員に「お客様は悪魔だと思え」と言ってます。お客 様には本音で厳しく対応せずして儲かるはずがないと私は思ってます。私はいつ も本音で語るようにしてます。お金と性を語らず理解し合えるとは思えないです。

茂木 投稿日:2012/07/31 10:00

【928】[1046]場所の力

会員番号1149番の茂木です。

建築について書いたブログ記事をこちらにも転載しておきます。
http://celadon.ivory.ne.jp

眼目は、

「世界は、XYZ座標軸ののっぺりとした普遍的な空間に(均一の時を刻みながら)ただ浮かんでいるのではなく、原子、分子、生命、ムラ、都市、地球といった様々なサイズの「場」の入れ子構造として存在する。それぞれの「場」は、固有の時空を持ち、互いに響きあい、呼応しあい、影響を与え合っている。この「場所の力」をベースに世界(という入れ子構造)を考えることが、モノコト・シフトの時代的要請なのである。」

というところです。これは建築だけではなく、物理や医学その他sciece全般に言えることだと思います。ご意見などいただければ嬉しく思います。

—————————————-
場所の力(7/31/2012)

 先日「都市の中のムラ」の項で、建築家隈研吾氏の“新・ムラ論TOKYO”(清野由美氏との共著)を紹介したが、“場所原論”隈研吾著(市ヶ谷出版社)は、同氏が、己の建築思想をさらに自作18事例と共に語った優れた本である。副題には、“建築はいかにして場所と接続するか”とある。まず解剖学者養老孟司氏の書評から引用しよう。

(引用開始)

 生きものは「場所」に生きている。昆虫を調べていると、しみじみとそう思う。同じ森の中でも、特定の場所でしか見つからない。
 それに対してヒトは生きる範囲を徹底して広げた。さらに近代文明は遠い場所どうしを縦横につないで、途中をいわば「消して」しまった。横断の典型が新幹線であろう。それによる被害を回復しようとして、海山里連環学や、川の流域学が生まれてきている。著者が場所と人の身体との関係性の回復をいう言葉の中に、私は似た響きを聞き取る。世界の重要な部分を切れ切れにしてしまった現代文明に対して、そこには未来の息吹が明らかに感じられる。(中略)
 著者は現代建築が現代建築になってしまったそもそもの始まり、そのいきさつを最初に語る。「建築の歴史をよく検討してみれば、悲劇から新しいムーブメントが起きている」。その典型として、一七五五年のリスボン大地震を挙げる。この地震を契機として近代が始まったと著者はいう。人々は「神に見捨てられた」と感じ、「強い建築」に頼ろうとした。それが最終的には鉄とコンクリートによる高層の建物を生み出す。もちろん著者がこう述べる背景には三・一一の大震災がある。ここでもまた、大きくか、小さくか、人々の考え方が変わり、歴史が変わるに違いない。「建築の『強さ』とは、建築物単体としての物理的な『強さ』のことではないのです。建築を取り囲む『場所』の全体が、人間に与えてくれる恵みこそが強さであり、本当のセキュリティだったのです」(後略)

(引用終了)
<毎日新聞 6/3/2012>

養老氏と隈氏には、今年2月に出版された“日本人はどう住まうべきか?”(日経BP社)という共著もある。

 水や石、木や和紙などを巧みに使った18の事例はどれも素晴らしいが、この本には、インターナショナリズム、ユートピア主義、アーツ・アンド・クラフツ運動、モダニズム、ポストモダニズムといった西洋建築思想の流れが、プラトンとアリストテレスから始まりデカルト、カント、ハイデッガー、デリダに至る西洋哲学の変遷と併せて記述され、その上で、隈氏の考えるこれからの建築のあり方が提示されている。詳しくは本書をお読みいただきたいが、大雑把に言えば、これまで西洋建築思想は、普遍主義をベースに、プラトン的な「客観的構造論」とアリストテレス的な「主観的空間論」との間を行ったり来たりしていたけれど、これからは、「コトの起こる場」をベースに、この二つ(「客観的構造論」と「主観的空間論」)のバランスを取っていくことが求められるというものだ。「“モノからコトへ”のパラダイム・シフト」(略してモノコト・シフト)の項で述べたように、これからの時代、建築は、建物という「モノ」自体よりも、「コトの起こる場」の力を大切にする考え方が重要になってくるわけだ。

私の「複眼主義」に引き付けていえば、「客観的構造論」は脳の系譜、「主観的空間論」は身体の系譜に分類できる。その二つをバランスさせる「場所」は、「都市の中のムラ」であり、そこに暮らす人々である。隈氏の「場所」の定義を本書から引用しておこう。

(引用開始)

 場所は単に体験の対象ではなく、生産する開口部なのです。その開口部から地に足のついた建築が生み出され、大地と一体となった生活が生み出されるのです。
 「生産」という活動に目を向けたとき、突如として、「場所」は光り輝き始めます。開口部(場所)の力によって建築と生活とがひとつに結ばれ、建築をきずなとして、場所と生活とがひとつにつながれるのです。
 「開口部」という言葉に注目してください。開口部とは本質的に小さいものなのです。小さいからこそ、それを開口部と呼ぶのです。だだっぴろく、とりとめのない大きな世界の中に存在する、小さな開口部が「場所」なのです。
 場所とは、そもそも小さいものです。小さいからこそ、ものをふるいにかけ、生産を行なうことができるのです。「国家」という場所は、すでに大きすぎるのです。もっと小さな場所こそが、場所と呼び得るのです。

(引用終了)
<同書 30ページ>

隈氏のいう生産のための「小さい場所」とは、「ヒューマン・スケール」の項で紹介した平川克美氏の「いま・ここ」(小商いの場)という概念とも重なる。

 世界は、XYZ座標軸ののっぺりとした普遍的な空間に(均一の時を刻みながら)ただ浮かんでいるのではなく、原子、分子、生命、ムラ、都市、地球といった様々なサイズの「場」の入れ子構造として存在する。それぞれの「場」は、固有の時空を持ち、互いに響きあい、呼応しあい、影響を与え合っている。この「場所の力」をベースに世界(という入れ子構造)を考えることが、モノコト・シフトの時代的要請なのである。

川端優美子 投稿日:2012/07/31 07:43

【927】[1045]「お金」と「性」は、そっか、人間関係か!

群馬のゆみこ(川端優美子)です。

福島の桃がもうすぐ食べられますね([1041]福島のもも『あかつき』収穫が始まります。)。

「お金」と「性」について、乗ってきて下さって、どうもありがとうございます!やっぱり、反応があると、楽しいです。

それで、【[1036]インテリの弱点は「お金」と「性」ね! これの話ができないと、学問道場はいずれ消えてなくなるかも】は、「うん、わかったぞ!」と思って書いたのですが、それから先を考えていると、やっぱり何だか分からなくなってきました。考えがぴょんぴょん飛んで、まとまりません。自分の「脳力」の限界を感じています。こんな手前に限界があったなんて・・・。でも、これも見方を変えて「難しいことが考えられない女性らしい脳を持つわたし」と思えば、悪くありません。 だから、思ったことをどんどん書いてみます。それから、「スピリチュアル系は・・・」とひとくくりにしてはいけませんでした。スピリチュアルの海も広い。

○川本 真都さんが【[1038]え。「お金」と「性」ですか。】で書いていた、「お金にしても、性にしても、満足がいかないというのは、やり方が下手とか、
切り替えが下手とか、人脈が作れないとか、基本的にそういうレベルの問題に
過ぎないと思う。」を読んで、ピカッ!そうか、「お金」とか「性」というのは、人間関係のことなのだ、と分かりました。ニューズを見ていると、事件は「お金」か「性」に絡んだもの(起因するもの)ばかりです。人間関係をうまく作れない不器用な人が、追い詰められて(スピリチュアルに言えば、自分で自分を追い詰めて)、抜き差しならなくなって犯罪に至る。わたしは、事件があると、「そこまで追い詰められるような、どんな苦しいことがあったんだろう」と、加害者に同情してしまいます。誰だって、幸せだったら犯罪なんかやりません。うまくやれない本人が悪いんだ、で済ますことはできないなあ、と思います。

○川本さんが言うように、見方を変える、常識を疑う、ということが大事ですよね。「お金」は、お金を知らない人が見たら、「10000とおじさんが書いてある上等な紙切れ」というだけのことで、まさかこれで焼肉がお腹いっぱい食べられるとは思わない。

○石井裕之さんが【[1042]フフホト通信(山東省青島市から)】で書いている、お金と性は「政の道具」だというのが、とっても大事な視点だと思います。性産業の規模は、数字は知りませんが、ものすごいんでしょう。女性のお化粧やエステだって、男性にアピールするためだから、大きくは性産業と言えるかもしれません。ひらひらした服や、歩くのによろけるハイヒールも性産業。そう考えると、人はエネルギーのほとんどを「性」に費やしているかも。抑圧されればされるほど、人はそれを求める。だから、支配者は「性」を抑圧し、それを求めてくる人に向けて産業をつくり、エネルギー(お金や人の意識)を吸い上げる。

○たぶん、支配者が現れてから、「性」のあり方はどんどん変わってしまったのだと思います。神聖なものから、「まあ、いやらしい!」というものへ。

○福島復興活動本部に常駐している吉見さんは、日誌でいつもエロゲー、エロゲーと書いています。最初はちょっとびっくりしたけど、男の子とはこういうものか、と再認識しました。吉見さんはインテリなのに、エロゲー、エロゲーとばんばん書いちゃうところがすごいです。もしかして、吉見さんは学問道場を救いにきた天使なのかしら!?

○石井裕之さんの文章を読んで、坊さんが結婚したり、お金に執着したりすることは非難すべきことなのか、と考え込んでしまいます。わたしが読んでいるスピリチュアル本には「非難することは無意味」と書いてあるので、坊さんも修行中なんだね、と思って済ませることにします。それとか、欲望に忠実で正直だな、なんて思ったり。

○わたしは最近、学問道場の先行きを心配したりしていますが、間違っていました。不安や心配は、先の、まだ起こってもいないことに対して、悪い予想をするから湧いてきてしまう感情です。「良いことばかりを考えよ」という教えのスピリチュアル本を読んでいるのに、なんということでしょう!副島先生とお弟子さんと学問道場のますますの繁栄と発展をお祈りします。

石井裕之さんのフフホト通信は、いつも楽しく読ませてもらっています。やっぱり外国の話は面白いですね。それに、いま勢いのある中国の話だし。  おわり

渡邉隆史 投稿日:2012/07/31 00:34

【926】[1044]身体からアジアへ

吉田様

お読みになられているかもしれませんが野口昭子の回顧録「朴葉の下駄」には、近衛文麿の不可解な自殺前日の様子が描かれていて、なかなか興味深いものです。
ちょうど、ぼやきに掲載されている西園寺公一氏の話ともニアミスしているような。

また武道の話に戻すと、田中清玄と大山倍達、許永中と松井章圭のようなフィクサーと空手家の不思議な結びつきも見受けられますね。
これは空手うんぬんというより、副島先生いうところの4つのネットワークの中に空手家も組み込まれているということなのでしょうね。

副島隆彦 投稿日:2012/07/30 07:19

【925】[1043]野村證券を潰して三菱UFJに吸収させる。

副島隆彦です。 私は、ずっと原稿仕事に追われていました。そうしたら はっと気づいたら、いつの間にか盛夏になっていました。人間は、自分の仕事をコツコツやっているのが一番いいのでしょう。

野村証券を ようやく解体、処分するようです。 以下に金融雑誌の記事を
載せますから読んでください。

 こんな渡部賢一CEOとかの小物の首を差し出させて、それで増資インサイダー取引の違法で金融庁の処分を受けて( 罰金 30万円だそうだ。冗談でやっているのか。副島隆彦注記)、それから 野村証券の お取り潰(つぶ)しの 儀式の始まりのようだ。 秋には破綻させて即座に三菱UFJファイナンシャル・グループに吸収、統合させる計画だろう。

 自分だってモルガン・スタンレーの隠れ巨額損失を抱え込まされて、爆発沈没しそうな三菱UFJ(デイヴィッド・ロックフェラー=97歳=の”貯金箱”)は、野村の国内営業店舗網(もう)が欲しいだけだ。

 野村證券を、急いで消してしまおうと、金融庁とその親分の財務省、そして、日銀の中のアメリカの手先派が、決断したのは去年の秋だ。そうしないと、野村が、売りまくったデリヴァテイブ投資信託(危険なファンド)で、大損をした、おそらく200万人ぐらいの日本の富裕層 (一人あたりの損失は、5千万円から2億円ぐらい)の 充満した怒りが、自分たち監督当局に向かってくるのが、いよいよ本当にコワイからだ。

 それと野村が合体させられたリーマン・ブラザーズが、欧州で作ってしまったCDS(シーディーエス、クレジット・デリバティブ)その他のおそらくネット(正味、差し引き。売り買いの双方のグロスではない) で40兆円ぐらい作ってしまった 損失 の求償の責任追及が、世界中から、日本政府に襲いかかってくるのを、今のうちに、摘み取って、責任主体である野村證券を、殺して消してしまおう、という魂胆である。 

 自分たち監督庁、規制当局の責任逃れに血道をあげることこそは、役人、官僚どもの 骨がらみの習性だ。まず自分が「責任逃れ」をすることしか考えないのを官僚という。

 野村の氏家純一(うじいえじゅんいち) 会長 (本当は、この人が、今も最高責任者で会長でなければいけない) は、どこに逃亡したのか。アメリカに逃げて隠れて、”ダビデ大王”に守ってもらっているのだろう。金融庁=財務省よ。どうして氏家を、捕まえに行かないのか。お前たちも、ダビデ大王の家来だからだろう。

 私、副島隆彦が、黙って この事態を見過ごすと思うな。
真夏の暑さの中で、私は、いよいよ 元気である。今年の後半戦の、あと5冊の本を書き上げるために、汗だらけで頑張るっぞ。 

 私は、6月の定例会の自分の講演DVDを見て、あまりに危ないことをずっと3時間も話しているのを見ていて、危ないなあ(笑)、と自分で苦笑しました。皆さん、買って見てください。 副島隆彦拝

(転載貼り付け始め)

◯「 野村、“三菱UFJ”に食われるか! 不祥事で“第2の日興”危機」

2012年7月27日

 辞任会見で頭を下げる野村ホールディングスの渡部賢一CEO(右)と次期CEOに就く永井浩二野村証券社長=26日午後、東京都中央区の野村証券本社【拡大】

 トップが首を差し出しても危機は終わらない-。増資インサイダー問題で野村ホールディングスは渡部賢一(わたなべけんいち)グループ最高経営責任者(CEO、59)ら首脳2人の引責辞任で幕引きを図る。しかし、金融界では自力再建を危ぶむ声は強く、メガバンクの軍門に下る日が近づいている。

 「ナベケン(渡部CEO)が対応を誤ったのが致命的だった」と野村OBは憤りを隠さない。3月に増資インサイダーへの関与が発覚後、野村は当局と「徹底抗戦」の構えを見せた。証券取引等監視委員会による調査の窓口役となった担当役員の「非協力的な態度」や、現場の女性社員に責任を押しつけるような姿勢が、当局のいらだちを募らせた。

 また、AIJ投資顧問による年金資産消失やオリ ンパスの巨額損失隠しなどの経済事件に、野村出身者がことごとく関与しており、「顧客の利益よりも営業成績を優先させるDNAが染みついている」と当局の怒りの火に油を注いだ。

 野村を主幹事証券から外す「野村外し」が引き金となり、渡部氏も辞任を余儀なくされたが、次期CEOに就くのは子会社、野村証券の永井浩二社長(53)。「渡部CEOの操り人形」(別の野村OB)と批判があるうえ、「インサイダーの当事者は野村証券。そのトップがなぜ責任を問われないのか」(証券筋)との指摘もある。

 新体制になっても野村の再建は不透明だ。米リーマン・ブラザーズの部門買収など渡部氏が進めた海外事業の業績は低迷が続き、米格付け大手ムーディーズ・インベスターズ・サービ スによる野村の長期債務格付けは「Baa3」と、投資適格の中では最低。あと一段の格下げでジャンク(紙くず)級となれば、資金調達のコストが急上昇する。

 「野村も大手銀行の傘下に入るしかない」(金融筋)と業界再編を予測する声も広がっている。「最有力候補は国内の証券分野を強化したい三菱UFJフィナンシャル・グループだ」(外資系証券アナリスト)。

 「ガリバー」と呼ばれた野村もいまや株式時価総額は26日終値時点で約9900億円と、三菱UFJ(約5兆2096億円)の5分の1程度の規模。独立系証券という立場は厳しさを増している。

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦拝

石井裕之 投稿日:2012/07/30 01:15

【924】[1042]フフホト通信(山東省青島市から)

「お金」と「性」。
非上に興味深い話題なので、是非参加させて下さい。

私の考える「お金」と「性」は、両方とも宗教です。
その意味ではスピリチュアル性を帯びているのでしょうか?
そして、宗教というからには当然、善、悪があるのです。
一夫多妻は禁じられています。日本では法律でも禁じられておりますが、道徳観念上もダメですね。人としてどうなの?って感じです。
当然、仏教でもキリスト教でもイスラム教でも固く禁じられています。
そこで一つの疑問が生じてきますね。
何故固く禁じなければならなかったのか?!
ちょっと捻くれた言い方ですが、ヒトでなくなるから禁じなければならなかったのではなく、禁じなければ人でなくなるから禁じたのでしょう。
極めて生物学的にヒトを定義してしまうと、種の保存が必ず正義ですからフリーセックスが大正解の筈です。10歳で子供を生もうが80歳で妻を娶ろうが、それが強さの証ですから全てOKです。
しかし、いつの頃からかヒトが言葉を理解し集団を作り、ムラ社会を形成し始めたころから、フリーセックスでは諍いが絶えないことが理解され、これを一定のルールの中で運営していかざると得なくなったのですね。こういったムラ社会を円滑に運営するための基本マニュアルが言い伝え、習慣、宗教へと名前を変えていくわけです。

さて、「お金」です。
驚くべきことに、江戸末期まで日本のGDP(GNPでも良い)のほとんどを米の生産で賄っていました。すると豊かさの指針は米であり、如何に沢山の米を生産する為のヒトと環境(土地も含めて)を保有しているか、ということになります。
貨幣(=お金)も流通していたでしょうが、商人や役人の間でチマチマとやり取りに使われていたに過ぎず、大方の民百姓の間ではほとんど意味を持たなかったことでしょう。だって普段の生活に必要ありませんから。無いものは求めませんし求められません。
その日本に変化が訪れます。明治維新ですね。西洋から民主主義という宗教と一緒に資本主義の考え方が入ってきます。
資本主義の下では、豊かさ=富=お金です。
今一度生物学的に言うと、ヒトの強さは文字通りの強さ=力の強さだった筈です。喧嘩が強いとでも言いましょうか。
しかし、資本主義の考え方ではお金を沢山持っている方が強いのです。手元に100万円持っている人よりも1億円持っている人の方が強いのです。しかも尊敬もされます。
お金の起源も、物々交換では諍いが絶えないために、ある一定の基準を設ける必要が生じたことからではないでしょうか。ネギ×3把=小ぶりの秋刀魚×1匹なんてやっているよりも、ネギ1把=1円(単位)、秋刀魚=3円(単位)、鶏=20円(単位)と絶対的な価値付けをしておいた方が明らかに揉め事が置き難いからです。

すると「性」や「お金」を規定する宗教とは一体何なのでしょう。
これは結局のところ政の道具に過ぎないのでしょうね。
一定の権力を持った人は、必ず「性」や「お金」を沢山保有します。では、一般市民にあまり大きな権力を持って欲しくない時の為政者にとって都合よく民草をコントロールするための言い訳が宗教だということです。
ですから、我々は小さいころから「お金」に対しても「異性」に対しても無欲に接することを教え込まれる訳です。
だって、「お金」や「異性(=人口)」を沢山持たせてしまうと、国家が転覆してしまう恐れがありますものね。
要するに「お金」も「性」も、ロマンティックなものでも何でもない、ということです。

日本では腐れ坊主が妻を娶り、愛人さえ囲っていることがありますね。しかも納税の義務がありませんからお金持ちです。脂ぎった顔をテカらせて偉そうに説教タレている暇があったら、貧乏な民草に施しをすべきです。
無論、非難されるべきは腐れ坊主だけではなく、無能政治家や木っ端役人も然りですが。

泉浩樹 投稿日:2012/07/30 00:16

【923】[1041]福島のもも『あかつき』収穫が始まります。

学問道場 会員 福島県出身、泉浩樹 です。

暑い日が続きます、「暑中お見舞い申し上げます」。

いつも「福島」を応援頂きありがとうございます。
また、昨年は福島の状況をご理解、お力を頂き あらためて厚く感謝を申しあげます。

先日の有我果樹園のサクランボは お楽しみ頂けましたか?。

⁂ 福島のもも『あかつき』の収穫がもうすぐ始まります。⁂

 今年も好天に恵まれており 品質の高い桃が お届けできそうです。
また 福島の真夏の”味覚”を堪能いただけます。
8月に入り 間を置かず桃『あかつき』が収穫に入ると 有我果樹園より連絡が入りました。

ぶどう、梨も順調に育っております。
追って情報が入りましたら お知らせを掲載致します。おたのしみに。

 今の福島県は 国の愚策に翻弄、もてあそばされつつも 皆元気にしております。
時間だけは 決められたまま過ぎて往きます。
「自分たちの事は 自分たちでする」という空気と気運が感じられます。
副島隆彦も言っておりましたが、宗教を含め 真の「救済」という物はいつの世にも無いのです。
『自分が全て』と感じます。

以下 生産者連絡先
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もも生産者:有賀果樹園 有賀 和雄
Fax(0248)76-7384
962-0812 福島県須賀川市大字浜尾字猫沼58
収穫予想:「あかつき」は8月中旬ころ迄の収穫
     9月初旬「ゆうぞら」という品種の収穫 
5kg1箱/約18個前後入り、送料別 3,500くらい。

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ぶどう生産者:小松農園 
Fax/(0248)76-3523 .
Tel/(0248)76-3516 
各品種4kg1箱。施設栽培。

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梨生産者:長田果樹園
Fax/(0247)26-2799.
Tel/(0247)26-7571
9月2週目頃からの収穫が始まります。 

ありがとうございます。
泉浩樹 拝

川本 真都 投稿日:2012/07/28 22:42

【922】[1038]え。「お金」と「性」ですか。

こんばんは。川本真都です。
わたしの求めるスピリチュアルは、たぶん全然違います。

お金と性は、普通に地球人をやってれば、それなりに関わることができます。
お金にしても、性にしても、満足がいかないというのは、やり方が下手とか、
切り替えが下手とか、人脈が作れないとか、基本的にそういうレベルの問題に
過ぎないと思う。

わたしの考えているスピリチュアルワールドは、いまこの場所で、副島先生が
やっていたり、孫崎さんが話題をさらっていたりする、「じゃあ、ほんとは
いったいどうだったんだ」というのに、似ています。
みんなが思ってるような、世界と違う。ほんとは、~だったんだ。
おれは、それを知っている。
という世界を追求することです。

目を瞑むれば別の世界への扉が、瞼の裏に広がっているんだよ。
と、いう世界です。目的は?別の世界があることをしらないで、
それこそ、お金とか性とかを含めて、いま自分たちを取り巻く社会の慣習が、
絶対的な価値ではないと知るためです。

で、それは、いずれはいつかどこかの時代のスタンダードになるかも
わからないが、少なくともいまはそうじゃない価値観などが含まれるわけです。

だから、昼間はじっといまある社会に最低限度の適応力を示しつつ、
個人の時間を利用してこつこつ研究するのです。

そんな中でたとえばわたしが公の場所で問いたいのはなにかとすれば、
「なんで死ぬのが怖いんですか?」

だって、死んだあとのことなんて、だれもわからないし、
ほんとは死ぬのが怖いんじゃなくて、死ぬ前に痛いのが絶対に怖い。
とかね。あるいは、病院のベッドの上で悶え苦しみながら息絶えるのを
横で見なくちゃいけないのが、ものすごい恐怖。その悶え死にを見たあと、
ずっと悪夢にうなされるのが恐怖。とか。
それより怖いのは、エアコンも効かないくされたようなあばら家で、
夏の盛りにひとりで惨めに餓死することを想像したらすごい恐怖。とか。
結局、死ぬことよりも、死に至る過程の苦しみが怖い。
ほんとはそういうことじゃあ、ないのか。
それに近い状況は、都会にはきっと山のようにあるだろう。
でも、地方にはそんなに、ないんだよなこれが。とかね。
(いや、もちろんあることはあります、地方にも。でも、たぶん
都会よりは、少ないでしょう。)

そういう、想像上の恐怖と現実世界の境目が、いつのまにか都会と地方の境目に
置き換えられるのが、わたしにとってのスピリチュアルなんです。

たまたま川端さんが、面白い問題提起をしてくださったので、
わたしも意見を書いてみました。