重たい掲示板

書き込みの連番がリニューアルによりリセットされております。
旧サイトの書き込みの連番は[●●]で表示されております。ご了承ください

書き込みの連番がリニューアルによりリセットされております。旧サイトの書き込みの連番は[●●]で表示されております。ご了承ください

田中 栄 投稿日:2013/08/25 19:10

【1187】[1361]国民の生活が第一

「国民の生活が第一」

*特別会計の廃止
*独立行政法人など外郭団体の統廃合
*天下りによる官僚OBの不労所得の禁止
*クロスオーナーシップ(新聞社によるTV局経営)の禁止と       
 電波オークション制度の導入
*米国による内政干渉の排除
*企業団体献金の廃止(「政党評価表」による外資支配の排除)
*消費税引き上げ禁止
*最低賃金法の導入と非正規労働の規制強化
*検察・警察取り調べの完全可視化
*「記者クラブ」制度の見直し
*自国の主権・領土は自国民で守る
*自衛隊を国防軍に格上げ
*憲法改正の国民的合意形成(9条他)

沖縄は「琉球王国」「琉球政府」として
独立すべきです。

7721 中西 投稿日:2013/08/20 16:11

【1186】[1360]原始人食

流れに関係なく書きこみます。
崎谷先生の「原始人食が病気を治す」はすばらしい本です。

何がすばらしいって、私がその通り実践したところ、3週間
で4kg痩せたからです。
・74kg→70kg。その後最軽で67kgまでいったのですが、どう
 しても週3回程度の酒がやめられず、70kgに戻しまして
これで安定しています。
(身長176cm)

この方法のすごく良いところは、満腹感があってダイエット
の苦しみがないところですね。
デメリットは、食費は今までよりかかるかもしれない、とい
うことでしょうか。

すごく読みやすくて面白い本なので、皆さまも是非。

(大変軽い書きこみで失礼いたしました)

会員番号4513 投稿日:2013/08/19 17:56

【1185】[1359]下條様へ

 下條様 ご意見ありがとうございました。本題から外れたことを書き連ね、失礼
しました。

 下條様のご意見のポイントは、コスト低減に目を奪われ曲線通過性能にとかくの
不評のある「ボルスタレス台車」を「平気」で採用した鉄道事業者に対する糾弾と
理解しました。

 確かに電鉄会社によっては、安全第一の観点から、頑固に「ボルスタ付き台車」
を、守り続けていることを知りました。しかもこの会社では列車編成の両端には、
必ず電動車(付随車より重く安定性に勝る)を配置しているとのことです。

 このような姿勢があったら福知山線の事故は無かったに違いありません。

                               4513拝

ジョー(下條) 投稿日:2013/08/17 09:53

【1184】[1358]会員番号4513へ

会員番号4513様、丁寧な考察どうもありがとうございます。

広軌については六城さんからも同じ指摘を受けました。ヨーロッパの方が幅は広いのは知っていましたが、1.6倍も違うのは知りませんでした。ご指摘のとおりです。

ただ、お書きのように遠心力は速さの二乗できくので、速さのちがい(120キロと190キロ)がそれを補っていると思います。

あと、「ある条件のもとでは、電車や列車は転倒しない」とのご指摘ですが、「電車や列車は転倒しない」でいいと思います。私は理系ですから会員番号4513さんのおっしゃるとおり、「ある条件のもとでは」とつけるのが正確で好きです。というより、大学時代からそう教えられてきました。

しかし、「そういう理系特有の言い方はやめろ!」と副島先生から教えられました。結局、「ある条件のもとでは」とつけると、何も言っていないし他人には理解してもらえないからです。

「電車や列車は本来、転倒しない」というところから出発しないと福知山線脱線事故の原因は見えてきません。この事実を鉄道関係者の人たちは避けているように私には見えます。

下條竜夫拝

福岡 五十鈴 投稿日:2013/08/16 20:58

【1183】[1357]ちょっとコーヒーブレイク

 須藤元気率いるWORLD ORDERの ” IMPERIALISM” という曲です。
 2013年6月19日にリリースされました。

 アメリカでロケしながら
「It’s the End of Imperial history, Now(今、帝国の歴史の終わり)」と歌ってます。

 

 

会員番号4513 投稿日:2013/08/16 14:54

【1182】[1355][1353] 「スペインでの列車事故が明らかにした福知山線脱線事故の真実」について

 私は鉄道の専門家ではありませんが、鉄道に関心はあります。下條様のご意見「電
車や列車は転倒しない」というのは正確でなく、「ある条件のもとでは、電車や列車
は転倒しない」というべきではないでしょうか。

 つまり福知山の事故と、スペインの事故を同じ俎板の上で料理するのは無理がある
と存じます。それは、両者の基礎となる条件に大差があるからです。

 動画で見てもわかるように、スペインの場合は軌間が新幹線よりも広く感じます。
ウィキペディア(以下WIKIと略記します。)によると、スペイン国鉄の軌間は
1,668mmとのことです。

 これに対しJR在来線は1,067mmであり、わずか64%にしかすぎません。従って、
いわゆる「踏ん張り」が効きにくいスタイルです。在来線電車を真正面から見れば、
車体の幅は軌間の約3倍あります。

 脱線させようとする外力は、この場合遠心力ですから速さの2乗に比例しカーブの
半径に反比例します。福知山線の場合曲線半径は300mとのことであり、スペインの場
合はデータを確認できませんでしたが、300mよりははるかに大きいように見られます。

 一般にカーブでは外側のレールを(遠心力を相殺するために)高く(カント)して
あります。極端に云えば一定速度で走行することが確実ならば、それに見合うカント
を付ければどんな速度でも遠心力を打ち消すことが出来ます。しかし低速、もしくは
停止時に、カーブの内側に倒れ込んでは困るので自ずから限度があります。

 更に重心の高さも重要です。軌間と重心の作る三角形が潰れている(重心が低い)
ほど脱線転覆に対する抵抗力は強いと考えて良いでしょう。

 以上の諸条件を加味した上で比較すれば、特に福知山線のケースが特異ということ
はないように思います。

     先輩のご発言に対し、失礼の点がありましたらご寛恕ください。

 また2005/12/25にJR羽越線で突風による列車の脱線転覆事故がありました。この
場合は直線コースでしたから遠心力ではありませんが、横からの外力という点では同
様です。

 私の結論ですが、上記の2つのJRの事故は、もしもJR在来線の軌間が標準軌化
(1,435mm)されていたら「避けられた」のではないかと思います。つまり約35%の
「踏ん張り」寸法アップになるからです。

 旧国鉄の狭軌(1,067mm)から標準軌(1,435mm)への改軌論争は、既に1887年に始
まっていたそうです。(WIKIによる) 残念ながら政争により、1911年に広軌化
(標準軌化)計画は中止されました。当時の鉄道の枕木は結構長かったので、敷設済
みのレールの外側に標準軌用のレールを増設することは容易でした。せめて幹線だけ
でも標準軌化して置けば良かったのにと、残念に思います。

政争に明け暮れ、国家百年の大計に思いを致さなかった政治家たち。これは現代でも
同様に思えてなりません。

 さて話題を変えます。旧国鉄が成し遂げた快挙。それは「自連一斉交換」でしょう。
鉄道開業当時の連結器は簡単に言うと鉤(フック)に輪っぱ(リンク)を掛ける方式
で、牽引する事しかできません。

 そのため押す事が出来るように車両の両端、左右に茸状の緩衝器(バッファ)が取
り付けてありました。(ヨーロッパでは、今でもこの方式がほとんどです。というよ
り路線が各国に跨っているので実際上変更が困難。)

以下WIKIより引用(連結器 5 日本の自動連結器化)

 これらの弊害を克服するため、日本の鉄道院は1919年(大正8年)から全国の機関車
・客貨車の自動連結器化を計画した。5年に渡って綿密な準備作業や交換練習が重ねら
れ、作業チーム1組が毎時2両分の連結器交換をできるまでになった。また車両の台枠
端部には定期的な修繕の機会を利用して強化改造が施され、全国を常に移動する貨車
については、前後2個分の自動連結器を台枠下に取り付けた木枠にぶら下げて、全国
どこにいても連結器交換が可能な態勢を整えた。この「腰弁当」方式は島安次郎の考
案と言われている。

 統計上、年間で最も輸送需要が少ない時期が交換日に選ばれた。1925年(大正14年)
7月初旬から予備車・固定編成車両を中心に交換が始まったが、大多数の車両は特定の
一日を一斉交換日とした。本州が主に7月17日、九州が7月20日である。交換日当日、
連結器未交換の機関車・客車はその日の終着駅で交換工事を施した。両数が膨大な貨
車については、交換日当日に貨物列車を24時間全面運休させるという異例の特別措置
が採られた。総動員された鉄道関係者らの手で、夜明けから日没までの間に突貫作業
が進められ、ねじ式連結器は一斉に自動連結器に交換された。

 この時連結器交換を受けた車両は、機関車が約3,200両、客車が約9,000両、貨車に
至っては約46,000両に上る。これらの車両が装備する、計10万個以上の連結器を、半
月ほどの間に全交換することに成功したのであった。

 アメリカの技術指導で開業したため、当初より自動連結器を標準採用してきた北海
道の国鉄線に関しては、取付高さの本州並み調整のみ1924年に済ませており、本州の
連結器交換によって青函連絡船での車両航送による貨車直通が実現した。これに対し、
四国の国鉄線については当時は孤立路線のため、1926年(大正15年) – 1927年(昭
和2年)まで交換が繰り延べられた[17]。

WIKIより引用終り

 これは日本人の、とことんまで拘る性格が大成功をおさめた例でしょう。パソコン
などはなく通信網も粗末なこの時代に、これだけのことがどうしてできたのか、現代
に暮らす私には、驚嘆の他はありません。

 ちなみに昭和30年代でも旧型車両には、端部両端にバッファ取付用の穴が開いて
いるのを見かけました。 また、電車には「密着連結器」が多く使われています。 
                                    以上

田中進二郎 投稿日:2013/08/15 22:04

【1181】[1354]「中国人の本性」を読んで 朱舜水が日本にもたらしたもの

水戸藩の尊王攘夷思想について  「中国人の本性」を読んで  田中進二郎

皆様、猛暑お見舞い申し上げます。今年の正月にオーストラリアが猛暑で50度近くになったということを知ってから、日本も今年は暑くなるのかなあ、と思っていたら想像以上ですね。クーラーがなくて、大都市の中心に住んでいて、お年寄りの方が毎日のように熱中症で亡くなっていますね。みなさまのご健康をお祈り申し上げます。

さて、アルル中田さんが「今日のぼやき」(広報・1396)で、副島先生の新刊『歴史・思想・宗教で読み解く 中国人の本性 副島隆彦vs 石平』(徳間書店)を紹介しています。私も拝読いたしました。

昨年の『隠されたヨーロッパの血の歴史』では、ビザンツ帝国からやってきたゲミストス・プレトンとヨハンネス・ベッサリオンがフィレンチェにやってきて、コジモ・ディ・メディチにプラトンの思想を伝えた。(1439年プレトンのプラトン講義)そしてイタリア・ルネサンスがここから始まっていく、と、副島先生は書かれています。

このプレトンとちょうど対応するのが、『中国人の本性』では朱舜水(しゅ しゅんすい・1600~1682)という中国から日本への亡命知識人であることがわかります。
p49には、肖像画つきで、「幕末維新を動かした生みの親は朱舜水である」と大書されています。
p47~p51より引用します。
(『中国人の本性』より引用開始)

石平: 水戸光圀は朱舜水からそれほどの影響を受けたのですか?

副島: 影響などというものではありません。水戸光圀は朱舜水から、司馬遷の『史記』の書き方を教わったわけです。隠元禅師は江戸時代、1654年の63歳のとき、弟子たち20人を引き連れて日本へ渡ってきました。その5年後に朱舜水も日本に永住を求め、日本国学の思想も吹き込んだ。

石平: その国学が水戸学につながって、幕末維新を動かしていったわけですね。

副島: つながったどころか、この国粋思想(排外主義 ショービズム)しかなかったと思います。日本の「尊王攘夷」は中国知識人から教えられたものです。それなのに、「中国から最高級の亡命知識人たちが日本に来た」という真実を、日本の右翼言論人たちは隠そうとしている。日本の各宗派の僧侶たちもこの真実を隠して、地力で高度の仏教思想を築きあげた振りをしています。
(中略)
副島:朱舜水は楠木正成の息子である正行(まさつら)との「桜井の訣別」とか足利尊氏に敗れて自害した「湊川の決戦」の故事を初めて日本の正史として高く評価した人です。
二・二六事件の青年将校たちも、水戸学が築いた「日本の国体」なるものに心酔しました。
(中略)
だから戦争中に狂ったように崇拝して、今でもあちこちに楠木正成の碑と銅像があるのです。

石平:神戸市にある湊川神社には楠木正成の墓碑がありますね。

副島:その墓碑の裏面には、朱舜水のつくった賛文が書かれています。今は誰も読めません。この湊川の墓碑の建立(1692年 元禄五年)によって、楠木正成の威徳が極端にまで宣揚されるようになりました。後の幕末勤皇思想の発展につながり、明治体制の精神的指導力にまでなりました。さらに、神がかりといえるほど軍国主義の本尊に祭り上げられました。そして敗戦でアメリカに打ち倒されました。
(引用終わり)

田中進二郎です。この本には残念なことに朱舜水の碑文の原文が載っていませんでした。
よって、探してみたところありました。↓をごらんください。

朱舜水「楠公碑陰記」
http://www.geocities.jp/sybrma/208syusyunsui.nankouhiinki.htm

最初にどんと漢文が出ていますが、下のほうに書き下し文を作ってくださっているので、ありがたい(涙)。
江戸時代には、今の湊川神社には、この碑文だけがあって、社殿などはなったことが名所図会(めいしょづえ)に描かれています。つまり、水田や松林などの中にこの碑文だけが屋根で囲われてあった。頼山陽(らいさんよう)がここを訪れて、漢詩を読んだ。
これが「七たび生まれ変わって、朝敵を討つ」の「七生報国」(しちしょうほうこく)となった。

また太平洋戦争末期に、アメリカから「きちがい兵器」とよばれた人間魚雷「回天」は「天を回(めぐ)らし、戦局を逆転する」という意味がこめられている。これも楠木正成神話からきている。アメリカがヨーロッパの亡命科学者を狩り出して、原爆を製造を完成させつつあった時期に、日本は人間魚雷を開発した。これは「神がかり」以外のなにものでもない。
だから、GHQのニューディーラーたちは、楠木正成を教科書から削除するように命令した。
(ちなみに人間魚雷「回天」は今でも靖国神社の遊就館(ゆうしゅうかん)に展示されている。)

話を朱舜水に戻します。
山本七平(しちへい)著『現人神(あらひとがみ)の創作者たち』(文芸春秋 山本七平ライブラリー12 1997年刊)にも朱舜水について考察した章があります。
山本七平(1921~1991年)は次のように書いています。
『現人神の創作者たち』p48より引用します。

(引用開始)
楠公を発見し、これに賛を書いたのが中国人だなどということは、戦前の日本人にありえざることだったのだろう。
(中略)
楠公碑は、講談にも副読本にも歴史教科書にもでてきて、私たちの世代の人間はいやおうなく覚え込まされたが、その表面の「嗚呼忠臣楠子之墓」が光圀の自筆であることは語られても、裏面の文章は朱舜水であることはこれまたまったく語られなかった。と同時に、そのすべては戦後に消されてしまった。
(引用終わり)

田中進二郎です。戦前のこうした状況が幕末の尊王攘夷運動とどのように、つながっているのであろうか。それと水戸学イデオロギーを奉じた水戸の天狗党の乱(1864年)の結末にも関心がある。
というのも、吉村昭著の「天狗争乱」(新潮文庫)では、尊王攘夷を唱えた天狗党のリーダーたち、すなわち藤田小四郎(こしろう 1842~1865 藤田東湖の子)や武田耕雲斎(こううんさい 1803~1864 水戸藩家老)が、雪中行軍の末に敦賀(つるが 福井県)で幕府や諸大名の包囲網の前に屈し、360名が処刑されるところで小説が終わるからだ。
その先はむごたらしい水戸藩内での激しい内ゲバが起こったのが、史実だ。吉村昭でも触れえなかった悲惨な結末は、水戸人をして「藤田東湖さえ生きていれば、こんなことにはならなかった。」と嘆かせたという。

水戸藩は天狗党の乱からの内乱で5000名の死者を出したとされる。
これを戊辰戦争(鳥羽・伏見の戦い~函館五稜郭 1868年1月~69年6月まで)の戦死者とくらべると、旧幕府軍が約8600名(うち会津藩が2400名でもっとも多い。)、新政府軍が約3600名(薩摩が約500名、長州が約400名)とされている。(靖国神社で招魂されている戦死者の数である。)
この数をみただけでも想像ができようが、殺し合いがあんまりひどいので、みんなが真相を語りたがらなかった、という。純粋・過激な政治イデオロギーの先頭を突っ走った水戸藩は、新政府にだれも高官につかなかった。みんな死んでしまったからである。最後に起こったことは集団的アノミー(規律喪失)だったのかもしれない。
このことについて、私も本当に知っているわけではないので、そろそろ筆をおかなければならない。
田中進二郎拝

ジョー(下條) 投稿日:2013/08/14 17:29

【1180】[1353]スペインでの列車事故が明らかにした福知山線脱線事故の真実

下に貼り付けた画像は、7月24日に起きたスペインでの列車事故の録画映像です。

新聞記事を下に引用します。

<引用開始>
スペイン脱線事故、制限速度2倍の190キロで走行
(日経新聞2013/7/26)

 【サンティアゴ・デ・コンポステラ=共同】スペイン北西部ガリシア州のサンティアゴ・デ・コンポステラで24日午後8時40分(日本時間25日午前3時40分)ごろ、マドリード発フェロル行きの高速鉄道が脱線し、多くの車両が横転して大破し、一部で火災も発生した。スペインメディアによると、80人が死亡、約130人が負傷した。

 同国捜査当局は、事故は運転士による速度違反が原因との見方を強めているもようで、ロイター通信によると、25日、運転士の取り調べを始めた。同国メディアは捜査関係者の話として、運転士の1人が、制限速度である時速80キロの2倍以上の約190キロで走行していたことを認めたと伝えた。

 スペイン国鉄は「事故車両は当日の朝に点検を受けたばかりで異常はなかった」として、技術的な問題の可能性を否定。捜査当局は、列車の運行状況などを記録したブラックボックスを既に回収し、事故原因の解析を急いでいる。

 マドリードの日本大使館には邦人が被害に遭ったとの情報は入っていない。

 列車は客車8両と動力車2両の編成で約220人が乗っていた。全ての車両が脱線、列車は途中の連結が外れ前後2つに分かれた。パイス紙は、列車が壁面に激突、横転する様子を写した監視カメラの映像をウェブサイトで公開した。

 事故はサンティアゴ・デ・コンポステラの駅の約4キロ手前の急な左カーブで発生した。列車は「アルビア」と呼ばれる高速鉄道で最高速度は250キロ。事故時には、スペイン最高速の新幹線AVEと同じ軌道を走っていた。旧市街が世界遺産に登録されたサンティアゴ・デ・コンポステラは聖ヤコブが埋葬され、エルサレム、バチカンと並ぶキリスト教の巡礼地として知られる。25日は「聖ヤコブの日」と呼ばれる祝日で多くの観光客が訪れるとみられていた。

<引用終了>

制限速度80キロのところを「190キロ」で走行していたのが上のyoutube画像です。

さて、この画像をみて私が気がついたのは、列車が転倒する前に脱線していることです。つまり、遠心力に耐えられなくて2両目の列車がレール外側にはみだし、そこからそのまま壁に激突しながら転倒しています。テレビの解説では、2両目が、ディーゼル電池をつむ車両に変更されていて、重心が高くなって脱線したのだろうという、事故原因を語っていました。

さて、これを見て、2005年に神戸で起きた福知山線の「列車転倒事故」を思い出された方も多いと思います。福知山線の事故は、2005年4月25日にJR西日本福知山線、塚口~尼崎駅間で発生した列車事故です。前部2両が転倒して、マンションに衝突、107名の方が亡くなりました。この事故は制限速度80キロのところを「120キロ」で走行しておきたことがわかっています。

スペインの事故と福知山線の事故は車両構造がちがいます。しかし、それを考慮しても、比較して2つの点で不思議なところがあります。まず、2つの事故は制限速度が同じ場所でおきています。それなのに、福知山線の事故では、わずか40キロオーバーで転倒、スペインの事故では100キロ以上オーバーしても転倒せず、勢い余って脱線してからの転倒です。

次に、スペインの列車事故の解説では重心の高い車両にも問題があったように述べているのに対して、福知山線の事故原因には、車両が原因とする指摘はほとんど出ず、すべて運転手のスピード超過とされている点です。福知山線の事故の方がはるかに速度が低かった(120キロ)にもかかわらずです。

私は、実は、福知山線の事故のあとに、他の脱線事故をいろいろ調べました。その結果わかったことは、「電車や列車は転倒しない」ということです。基本的に下部の方にモーターや台車など重い部品が偏って存在するので、重心が低く、倒れません。調べてみても、先頭機関車が倒れた、あるいは突風にあおられて倒れたというケースはありましたが、カーブの速度超過で倒れた「電車」は見つけることができませんでした。

世界中の鉄道事故を調べるのは困難ですが、たぶん、福知山線脱線事故というのは、「速度超過によりカーブで転倒した歴史上はじめての電車」だと思います。電車というのは倒れないし、倒れるようには、もともとできていません。

では、なぜ、福知山線脱線事故ではわずか40キロオーバーで転倒していまったのか?簡単に書くと、これは車両の軽量化、特にボルスタレスという軽量車両による欠陥によるものです。

以前、ぼやきに書いていますので、興味がある方は,
ぼやき「900」あなたの乗っている列車は大丈夫か?事件が風化する前に2年半前の「尼崎JR脱線事故の原因とは何だったのか」について考える。2007.11.27
を参考にしてください。

下條竜夫拝

泉浩樹 投稿日:2013/08/11 01:29

【1179】[1352]私のフェイスブックより

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=422882637831920&set=a.321346574652194.75760.320700428050142&type=1&ref=nf

以下泉浩樹個人のフェイスブックより転載します。(転載はじめ)

泉 浩樹さんがどうする福島!さんの写真をシェアしました。
40分前 ・

だから何なんだ。
どうしろと言うんだ。
言ってみろ。
なにが”いいね!”なんだ。
ふざけて、他人事で い・う・な。
私はあなた方を総じて「愚か者」だと言ってやる。

ここで事実を教えてやる。
福島いわき周辺で殺人を含めて レイプ事件が震災以降頻発している。
捕まった犯人は復興に名を借りた他方から来た「復興業者」。
犯人曰く「福島県民は放射能を浴び往く往く死ぬ身であるから罪にはならないだろう」という 言いぐさだった様である。
福島県警の人間なら知っている事である。

5年後、10年後に10万、20万の人間がガンを発病すると言った人間が居る。
いま現在放射能(線)が原因で発病した人間は居ない。(証明不可能)。
奇形を有した新生児もいない。
地元の人間なら知っている事だ。
今なを「被曝」と称して『福島』を差別している人間たちだ。
そうした人間は自分の発言のケツを拭けるのか。

私達 福島県民 はこの仕打をけっして忘れない。

放射線が人体に直接影響を与えるのは 1Sv/毎時 以上である。
放射線は「熱量」と同等の性質を持つ。
1999年末の東海村での臨界事故で 日本政府は「被曝人体データ」を収集している。
だから震災事故後の政府発表はそのとおりなのだ。
放射線専を専門に扱う「医療従事者」のほとんども同じ見解のままである。

しかしながら、今の状況を変えることは不可能である。
「怖い怖い」を刷り込んだ「脳みそ」は そうは変えられないのである。

いま「大変ですね、逃げて下さい」のリアクションがあったが。
有り難いが、あなたの見解はあてはまらない。
「福島県民」は「健康に生きている」。

中武紀雄 投稿日:2013/08/10 11:21

【1178】[1351]田中宇氏のURLです

田中宇氏の「田中宇の国際ニュース解説」のURLは次の通りです。
http://tanakanews.com/index.html

私は田中宇氏の国際情勢解説にかなり以前から注目しており、副島先生の解説とともに自分の判断力向上に大いに参考にさせていただいています。

今回、副島先生が田中宇氏と協働されるとの情報を大変うれしく思います。