重たい掲示板

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守谷健二 投稿日:2020/01/07 14:33

【2093】[2473]大宝三年(西暦703)、粟田真人の遣唐使の意義

明けましておめでとうございます。

相変わらず、7世紀8世紀の日本史を考えています。日本史学者たちは、4世紀頃には近畿大和王朝の日本統一は完成していた、などと云っていますが、とんでもない嘘っぱちです。

日本に統一王朝が成立したのは、西暦668年(天智七年)一月の天智天皇の即位からです。それ以前は、即位せずに政治をとる天智天皇の称制時代と呼ばれています。

天智天皇の日本統一は、倭国(筑紫王朝)の朝鮮半島派兵の大敗北の結果(663年)でした。中国正史『旧唐書』は、倭国軍惨敗の様子をまるでかの有名な『三国志の赤壁の戦い』のごとくに書いています。日本史が「白村江の戦」と教えるものです。

倭国(筑紫王朝)の大惨敗でした。三万もの倭兵が海の藻屑となってしまった。
倭王朝が無事に切り抜けられたはずがないのです。国民の信頼を完全に失った。夫、子供を失った国民の憤怒が王朝打倒に向かわなかったはずがない。王朝人は命の危険に曝されるように成った。
 
倭国の王朝人は、近畿大和王朝(日本国)の天智天皇に援けを求めた。それまでは、倭国が上位で大和王朝は下位でした。
しかし立場は完全に逆転した。倭国の王朝人は天智天皇に命乞いをして援けてもらったのです。天智天皇の臣下となって、以後決して叛意を抱くことはありません、と。

有名な額田王が、最初大海人皇子(後の天武天皇)と結婚し、その間に十市皇女の誕生を見ていた(日本書紀の記事)が、天智七年ごろには天智天皇の訪れを待つ身になっいた。(万葉集より)
この事は小説や漫画にロマンチックに描かれているが、真実は大海人皇子が最愛の妃(額田王)を自ら天智天皇に進呈したに違いないのだ。
 最大に恥辱に違いない。しかし、そこまでして命乞いをして、叛意のないことを示す必要があった。

天智七年正月の天智天皇の即位は、日本列島の初代統一王者に就いた最高の盛儀であった。

 この三年後(天智十年12月)天智天皇崩御。翌年6月「壬申の乱」勃発。
「壬申の乱」の大海人皇子(天武天皇)の勝因は、近江朝(天智天皇の嫡男・大友皇子(明治に追号された弘文天皇))が、美濃尾張国で二万人もの民衆を徴兵していたこと。この兵団を何の抵抗も受けずに手に入れた事。近江朝は、天武天皇の蜂起を考えていなかった。完全な不意打ちであった。

もう一つの勝因は、大和の名門豪族の大伴氏が天武に味方して挙兵したことである。これも近江朝は予期していなかった。天武天皇の蜂起は、完全に謀反であり、裏切り行為である。弁解の余地は全くない。

天武は正統性を欲した。正統性が必要であった。正統性を創り上げねばならなかった。
天武十年(681年)歴史の編纂を命ずる。正統性の創造の開始である。
この歴史編纂は、大宝三年には一応完成していた。粟田真人らは、それを唐朝に報告するために派遣されたのである。

     続く

佐藤義孝 投稿日:2020/01/06 18:47

【2092】[2472]インフレ目標の正当性

 会員番号2668の佐藤義孝です。かなり久しぶりに投稿します。1月5日付の日経ヴェリタスに「物価上がらぬ100年に突入か」という記事がありました。

 記事によると大半の中央銀行は現代の経済学の元締めである米国の主流派経済学者の強い影響下にあるそうです。

 記事は米ブランダイス大学の歴史学者デービッド・ハケット・フィッシャー教授の著書「THE GREAT WAVE」からの引用で現代の経済学者が非常に狭い歴史観でインフレ目標を決めてきたそうです。

 1200年代以降の欧州では度々デフレが起き100年から数百年に及ぶのも珍しくなかったそうです。米国の経済学者は、歴史に無頓着で近代の経験だけで理論を構築したと書いてありました。

 私はこの記事を読んで副島隆彦の論文教室、「0117」の「政治学の世界で起きていること」を思い出しました。古村治彦さんが書いたこの論文でチャルマーズ・ジョンソン教授が合理的選択論に対し「それぞれの国の文化や伝統、歴史を考慮に入れない研究は薄っぺらなものになる」、欧米の学者の理論は西洋中心主義から生まれてると批判していました。

 しかし実際には米国の経済学者は西洋の歴史からすら学んでいないように私には思えました。科学者の人文学軽視を物語っていると思います。副島先生の言うように歴史学は下等学問と見下しているのでしょう。

 今や日米欧の中央銀行のトップは学者ではないことからも、もう一度学問全般を見直す機会だと思います。この本は99年の出版で英語版しかないみたいです。

副島隆彦 投稿日:2019/12/31 07:32

【2091】[2471]アメリカ経済学者の大敗走、総敗北。 経済学というインチキ学問。

副島隆彦です。今日は、2019年12月31日(火)です。

 大晦日(おおみそか)という言葉が意味を失った。翌日、正月、元旦(がんたん)というコトバにも意味が無くなった。ただ時間が過ぎ去ってゆくだけになった。私は、何ごとも脱幻想(だつげんそう)が大事だから、迷信の類いと同じで、祝い事、祀(まつ)り、祭りは、すべて消えていっていい、と考えている。「共同幻想からの、人類の解放」が、私たちが進むべき道だ。

 今日は、私が、1か月ぐらい前に、ここで約束した、「アメリカ経済学者たちの総敗北(そうはいぼく)」 あるいは、「経済学(エコノミックス)というインチキ学問の終わり」のことを書く。その重要な証拠が、私の手に入った。

 私は、「経済学という、人類を不幸にした巨大なインチキ学問」という本を、現在、しゃかりきになって書いている。 なんとか2月中に出したい。
私が、12月2日に、「中国・・・ディストピア本」を、書き上げて(12月21日に発売された)、東京から家に帰って、読んだ “ Weekly CIA “ = ニューズウイーク誌 に、その証拠が載っていた。 

 私が、「経済学という・・・インチキ学問という本を書く」、とすでに、2カ月前から、出版社が、私に無断で、勝手にネット上に公表して予告していた。私は唖然(あぜん)とした。著者がほとんど中味(内容)を何も書いていないのに、その本が出る、という(大笑い)。

これが、今の、まさに死につつある日本の出版業界の実情である。私は、12月4日に、以下のように書いた。

(転載貼り付け始め)

○○○○社 ○○編集長へ
○○君へも
副島隆彦から

 以下に載せる 「アメリカ経済学者たちが、大敗して、退却、敗走中」 Economists on the Run という評論文は、ものすごく重要です。 私は、おととい、「中国ディストピア本が終わって、やれやれ、(○○君にすぐ電話した)で、熱海の家に帰り着いて、ニューズウイーク誌を 読んでびっくりした。 

 アメリカ経済学者の筆頭の、のポール・クルーグマンが、2009年に(リーマン・ショックの直後)に続いて、またしてもゲロった。白状した。まさしく○○君が事前に書名を、私の言葉から作った「経済学は、死んだ、終わり、有害、・・・インチキ 」 のとおりです。

 私が、この2か月間、ためらい( 躊躇、逡巡、熟考)していた間に、世界同時の共振、共鳴 作用(蝶々の羽の振動の世界への広がり。シンクロナイゼイソン) として、このように事態は進行していた。 以下の文を、よーく、読んでください。英文の原文も、Foreign Policy誌 のネットにありました。私はすぐに読みました。

 それでも、なあ、1月31日発売は、無理でしょう、いくら何でも。
最新刊の 中国ディストピア本(12月21日発売)の表紙が、ようやくアマゾンに、さっき揚(あが)っていました。ご覧下さい。それよりも先に、その次の本の宣伝を割り込みでするとは ! 呆(あき)れかえった。  副島隆彦拝 

—–Original Message—–
From: GZE03120@nifty.ne.jp
Sent: Wednesday, December 4, 2019 12:25 PM
Subject: グローバル化の弊害を見落とし、トランプ台頭を招いた経済学者のいまさらの懺悔

 以下が、電話で話しました、クルーグマンの、アメリカ経済学者たちの総敗北
の 評論文です。 このあと、フォーリン・ポリシー誌の 原文も送ります。
副島隆彦拝 

◯ 「 グローバル化の弊害を見落とし、トランプ台頭を招いた経済学者のいまさらの懺悔(ざんげ) 」

  Economists on the Run (エコノミスツ・オン・ザ・ラン)

2019年11月29日(金) Newsweek 誌 2019年12月3日号掲載 From Foreign Policy Magazine 

マイケル・ハーシュ筆   フォーリン・ポリシー誌上級コラムニスト

論敵をコテンパンにこき下ろすことで知られるノーベル賞学者のクルーグマン 
PHOTO ILLUSTRATION BY

https://foreignpolicy.com/2019/10/22/economists-globalization-trade-paul-krugman-china/

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/11/post-13509.php

 クルーグマンが突如、宗旨変えした。今年10月、「経済学者(私も含む)はグローバル化の何を見誤ったか」と題した論説を発表。自分をはじめ主流派の経済学者は「一連の流れの非常に重要な部分を見落としていた」と自己批判したのだ。

 クルーグマンによれば、経済学者たちはグローバル化が「超グローバル化」にエスカレートし、アメリカの製造業を支えてきた中間層が経済・社会的な大変動に見舞われることに気付かなかった。中国との競争でアメリカの労働者が被る深刻な痛手を過小評価していた、というのだ。

 ラストベルト(さびついた工業地帯)の衰退ぶりを見ると、ようやく認めてくれたか、と言いたくもなる。謙虚になったクルーグマンは、さらに重大な問いに答えねばならない。彼をはじめ主流派の経済学者が歴代の政権に自由貿易をせっせと推奨したために、保護主義のポピュリスト、すなわちドナルド・トランプが大統領になれたのではないか、という問いだ。

 公平を期すなら、クルーグマンはここ数年、過去の見解の誤りを率直に認めるようになっていた。彼は経済学者でありながら経済学者に手厳しいことでも知られる。2008年の金融危機後には、過去30年のマクロ経済学の多くの予測を「良くても驚くほど役に立たず、最悪の場合、明らかに有害」だったと総括した。

 クリントン政権で労働長官を務めた経済学者のロバート・ライシュは、国際競争の激化を懸念し、良質の保護主義的な政策と製造業の労働者の再訓練を推進しようとした。このライシュについて、クルーグマンは1990年代当時、私に「気の利いた言い回しが得意なだけで、物事を深く考えない嫌な奴」と評したものだ。

 クルーグマンの宗旨変えについてライシュにコメントを求めると、「彼が貿易の何たるかをやっと理解してくれてよかった」とメールで答えてくれた。クルーグマンもメールで「ライシュについて言ったことは後悔している」と述べたが、「もっとも彼が超グローバル化を予測し、チャイナショックの影響を最小限にとどめようとしたと言うのなら、それは初耳だが」と嫌みも付け加えた。

 経済学者たちはようやく自分たちの傲慢ぶりを認め、2009年にクルーグマン自身が書いたように「数学という素敵な衣装をまとった美しい理論を真実と思い込んでいた」ことに気付いたが、時すでに遅しの感もある。

 中国の急速な台頭は米製造業にとって悪夢となった(深圳の家電工場) JASON LEE-REUTERS

 経済学者たちは1960年代末から連邦政府の政策立案に大きな影響を与えるようになり、アメリカを間違った方向に導き、社会の分断を助長したと、ジャーナリストのビンヤミン・アッップルバウムは指摘している。多くの経済学者が福祉を犠牲にし、効率性を最優先して「高賃金の雇用を切り捨て、低コストの技術産業に未来を託した」というのだ。

「修正を試みてももう手遅れだ」
  マサチューセッツ工科大学(MIT)の経済学者、デービッド・オートーは、中国の急成長がアメリカの労働市場に及ぼした影響をデータで示してきた。オートーによればより大きな問題は、多くの経済学者が自由貿易は善だと無条件で信じていたことだ。「貿易は万人にとって有益だと政策立案者に助言するのが自分たちの務めだと思い込んでいた」

 ハーバード大学の経済学者、ダニ・ロドリックは、1997年(今から22年前)に『グローバル化は行き過ぎか』という著書を発表した。当時は異端と見なされたこの本を書いたのは「経済学者がグローバル化に全く危機感を持っていなかったから」だと、彼は言う。今ではロドリックの見方が主流になっている。

 さしもの経済学者たちも、自分たちが引き起こした事態に対処すべく重い腰を上げ始めた。ロドリックも元IMFチーフエコノミストのオリビエ・ブランシャールと共に格差をテーマにした会議を主宰したばかりだが、もう手遅れかもしれないと言う。トランプ政権下では、まともな議論すらできないからだ。

 トランプは、アダム・スミスの時代の重商主義者もかくやの短絡的な保護主義を信奉している。貿易をゼロサムゲームと見なし、貿易黒字は利益で、貿易赤字は損失だと思い込んでいるようだ。経済学のイロハも知らない無知ぶりは「現代アメリカの大統領の中でも際立ってお粗末だ」と、アップルバウムは嘆く。

それでもトランプは、中国の台頭に対するアメリカ人の不安を背景に、史上最大の貿易戦争に打って出た。不安が広がったのは、経済学者の読み違いのせいでもある。中国の急成長でアメリカの製造業の雇用がこれほど迅速かつ大量に失われるとは、彼らは夢にも思っていなかった。

 クルーグマンも指摘しているように、「2000年以降、製造業の雇用は恐ろしいほど急減」し、その急カーブはアメリカの貿易赤字、特に対中赤字拡大の急カーブと一致していた。こうしたデータが、ただのデタラメにすぎないトランプの主張に信憑性を与えたのだ。

貿易問題や所得格差、労働者のための適切な保護策に関する「まともな議論を完全に消し去ったことが、最も理不尽なトランプ効果の1つだ」と、ロドリックは言う。

 クルーグマンに、彼自身も含めて経済学者がトランプ政権の誕生を助けたのではないか、と聞いてみた。「それについては、まだ議論している最中だ」と、彼は答えた。「これは私の考えだが、トランプの(保護主義的な)貿易政策はさほど支持されておらず、トランプ人気に貢献したとは思えない。その意味でトランプ現象を経済学者たちのせいにするのはいささか酷ではないか」

レッテル貼りと締め出しと
  そうは思わない人もいるだろう。問題の一端は、グローバル化は善だというコンセンサスが姿を現しつつあった1990年代、経済学者たちは貿易問題を「自由貿易主義」か「保護主義」かの2つに1つという単純な図式で捉える傾向があったことだ。

 クルーグマンもおおむね自由貿易論者の立場を取った。ノーベル経済学賞の受賞理由となった(グローバル化の悪影響も指摘した)論文が、(自由貿易を推進する)彼の著書やコラムに比べると微妙に矛盾するニュアンスを帯びていたことを思うと皮肉な話だ。

 一方で政策論争に関わった人々の中には、急速なグローバル化にクルーグマンよりずっと強い懸念を抱いた人々もいた。その代表格が、ロドリックやライシュ、クリントン政権で国家経済会議議長を務めたローラ・タイソンといった人々だ。

 彼らは自由貿易こそ善という考え方に異議を唱えたり、タイソンのようにアメリカの競争力を高めるための産業政策を推進したりした。クルーグマンはこうした考え方も忌み嫌った。

 クルーグマンは、自身の読み違えは貿易が労働者や経済格差に与えた影響に関するものであり、あくまでも「限定的なものだった」と言う。確かにその言い分は間違っていない。

 だが冷戦終結後、貿易をめぐる議論は、自由市場vs政府による介入という、より幅広い議論の「代理戦争」となっていた。クルーグマンは「戦略的貿易論者の、経済学に対する無知の表れ」と彼の目に映ったものを大々的に攻撃した。戦略的貿易論者とは、人件費の安い途上国との競争で、アメリカの雇用と賃金は深刻な影響を受けると主張する人々だ。

 ジャーナリストのウィリアム・グレイダーは著書の中で、途上国の攻勢により「アメリカが勝つ分野と負ける分野」が出てくるだろうと警告したが、クルーグマンからは「全くバカげた本」と評された。シンクタンク、ニューアメリカ財団のマイケル・リンド共同創立者が、アメリカの生産性が伸びても「世界の搾取工場である国々」にはかなわないかもしれないと指摘した際も、クルーグマンは経済の「事実」を知らない門外漢のくせに、と一蹴した。

 クルーグマンに言わせれば、この手の議論はいわゆる「悪い経済学」だった。他の国の動向など気にし過ぎてはならない。あらゆる国が開かれた貿易から利益を得ることができるという新古典派経済学の概念が安定をもたらすはずだ──。自由貿易よりも市場への政府の介入に類するものや公正貿易(関税や失業保険、労働者保護の拡充と同義だ)を支持する人は、「保護主義者」の烙印を押され議論から締め出された。

 確かにクルーグマンは、医療保険制度や教育の改革といった中間層に対する保護政策は大切だと常に考えてきた。また、貿易問題での見誤りを認めたからといって、いわゆるワシントン・コンセンサスを正しいと言っていたことにはならないとも述べている。ワシントン・コンセンサスとは、財政規律と急速な民営化、規制緩和を支持するネオリベラル(つまり自由貿易主義)的な考えだ。

「私たちを批判していた人全てが正しかったわけではない。肝心なのは彼らが何を言ったかだ。私の知る限り、これほど(中国などが)貿易で台頭することを予見した人も、それが一部地域に与える悪影響について注目していた人もほとんどいなかった」と、クルーグマンは言う。

 だがグローバル化を善とする考え方はさらに深い問題もはらんでいた。やはりノーベル賞を受賞した経済学者のジョセフ・スティグリッツは、90年代に、ロドリックと同様に貿易や投資の障壁を急激に取り払えば破壊的な影響をもたらすと警告していた。彼は「標準的な新古典派的分析」の問題点は「調整に全く無頓着だったところだ」と述べた。「労働市場の調整コストは驚異的なほど少ない」

次の大統領選では左派候補を支持
 スティグリッツはクリントン政権で大統領経済諮問委員会委員長を務め、国際的な資本の流れにブレーキをかけることを訴えるなどした(が実現しなかった)。つまり彼はタイソンやライシュと同じ非主流派だったのだ。また彼は「通常、雇用の破壊は新たな雇用の創出よりもずっと速く進む」と主張していた。

 スティグリッツはフォーリン・ポリシー誌でこう論じている。「(グローバル化の)コストを背負うのは明らかに、特定のコミュニティー、特定の場所になるだろう。製造業が立地していたのは賃金の安い地域だった。つまりこうした地域では調整コストが大きくなりがちだった」

 また、グローバル化の負の影響は一過性のものでは終わらない可能性も明らかになってきている。アメリカ政府が途上国との貿易を急速に自由化し、投資に関する合意を交わしたために「(労働組合の弱体化や労働規制の変化の影響も相まって)労働者の交渉力は劇的に変わってしまった」とスティグリッツは指摘した。

 最大の負け組はやはり、アメリカの労働者だ。経済学者はかつて、好況下では労働者は自分たちの賃金を引き上げる力を持つと考えていた。だが最近の見方はちょっと違う。多国籍企業が全世界を自らの縄張りに収めて四半世紀がたち、グローバル化した資本は国内に縛られたままの労働者よりも優位に立った。

 主流派の経済学者たちがこれほど急に左寄りになったことに驚いているのは当の経済学者たちだ。多くは前述の格差問題に関する会議でこのことに気付かされた。来年の米大統領選挙では、経済学者たちの支持は中道のジョー・バイデン前副大統領よりもエリザベス・ウォーレン上院議員やバーニー・サンダース上院議員などの革新派候補に流れているとの声も参加者からは聞かれた。

「私はフランスでは社会主義者なのに、ここに来たら中道だった」と、ブランシャールは冗談を飛ばした。これぞ1990年代の読み違えが残した「置き土産」かもしれない。

タイソンは言う。「みんな、いかに状況が急激に変わり得るかに気付いていなかった」

From Foreign Policy Magazine <本誌2019年12月3日号掲載>

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。 このように、極めて重要な、「(アメリカ)経済学の総敗北、潰走、総崩れ」の文章が手に入った。これが、どれぐらい重要な文献かは、分かる人にしか分からない。

上記の翻訳文は、直訳と、紙幅制限から起きる、大幅な意訳(いやく。パラフレイズ)のために、読みにくい。勝手にインテリを気取る者でも、正確には読み取れない。私が、これを、なんとかする。
折角の、超一級の、素材(高級魚)が、手に入ったのだから、これを、私が、一流の板前(シェフ)の
技で、きれいに料理してみせる。

 これから、副島隆彦が、じっくりと、皆さんに、分かり易く全面、解説する。どこで? ですから、乞うご期待。 

来年は、私たちの学問道場と、会員にとって、よい年になり増すように。

副島隆彦拝  

某会員 投稿日:2019/12/20 11:46

【2090】[2470]新刊の、全体主義~は、もう売ってます。

こんにちは、某会員です。

さっき、新宿の紀伊國屋で新刊本を買いました。

全体主義(トータリタリアニズム)の中国がアメリカを打ち倒すーーディストピアに向かう世界

楽しみです。

副島隆彦 投稿日:2019/12/19 02:50

【2089】[2469]橋下徹が私を訴えていた裁判で、私が勝った。それと伊藤詩織さん勝訴。

副島隆彦です。今日は、2019年12月19日(木)です。

 私と出版社に対して、橋下徹(はしもととおる)氏が、「芸能人(タレトン)としての活動を妨害された。損害賠償の請求額 500万円 」(笑い)として、訴えていた裁判で、私と出版社が勝訴しました。

 専門用語では、「大阪地方裁判所は、原告の請求を棄却(ききゃく)した」と言います。17日に、私が依頼している弁護士から連絡がありました。 

 原告である橋下徹の、今後の出方を、静かに見なければいけない(控訴するのか)ので、私は、今はお温和(おとな)しくして詳細は書きません。そのうち会員に報告します。

 私は、国家権力の一部である、裁判所も嫌いです。彼らは、「3権分立(さんけんぶんりゅう)」という、フランスの思想家のモンテスキューが、1770年頃に作った、政治体制思想の上に乗っている、ことになっています。

 日本にも、この3権分立の制度思想が近代法として導入されて、今の憲法体制にも入っている、ことになっています。

 だが、実際は日本の裁判所(裁判官たち)は、ヒラメで、実情は、法務省の出先の、現場の現業職(げんぎょうしょく)のようになっていて、いいように使われている。裁判官たちも、ただの公務員だ。 

 司法部( judiciary branch ジュディシアリー・ブランチ )の独立など、虚妄だ。 私は、若い裁判官たちの実情は可哀想(かわいそう)だ、と思っている。 日本にあるのは、行政部と立法部(regislative branch 、レジスレイティヴ・ブランチ)の2権分立 だ。

 以下に載せる記事は、昨日、18日に、出た、あの伊藤詩織(いとうしおり)さんの民事裁判での、勝訴の判決の様子だ。伊藤さんを苦しめた、「元TBSワシントン支局長の山口敬之(やまぐちたかゆき)氏(53)」は、ただちに控訴した。

(転載貼り付け始め)

「 伊藤詩織さん涙「長かった」性暴力民事裁判で勝訴 」
2019年12/18(水)  日刊スポーツ

判決後、涙ながらに支援者に感謝する伊藤詩織さん(撮影・村上幸将)

 ジャーナリストの伊藤詩織さん(30)が、元TBSワシントン支局長の山口敬之氏(53)から15年4月に性的暴行を受けたとして、1100万円の損害賠償を求めて起こした民事訴訟の判決で、東京地裁(鈴木昭洋裁判長)は18日、山口氏に330万円を支払うよう命じた。

 伊藤さんは判決後、集まった支援者に「ありがとうございました。正直、勝訴と聞いても、うれしい気持ちにはなかなかならなかったんですけど…でも、このプロセスが大事だと思って。

 いろいろな方に支えていただいた」と涙ながらに感謝の言葉を述べた。その上で「心は一緒だよ、どんな結果になっても大丈夫だよと、朝から声をかけていただき、結果があってもなくても、と私は思っていた」と語った。

 伊藤さんは当初、準強姦(ごうかん)容疑で警視庁に被害届を提出したが、東京地検は16年7月に嫌疑不十分で不起訴とし、東京第6検察審査会も翌17年9月に、不起訴を覆すだけの理由がないとして不起訴相当と議決している。

 判決後、取材に応じた伊藤さんは「刑事事件で不起訴となってしまったこともあって、どんな証拠、証言があったのか、私たちは全て知ることが出来なかった。不起訴という言葉だけで終わらせてしまった。

 その点は、民事訴訟を起こすことで公に出来る証言、新しい証言、こちらの言い分だったり、しっかりと聞けたのは良かったところ」と民事訴訟を起こした意義を強調。「民事ということで、地裁に来れば皆さんに閲覧していただける。オープンになったのではないかなと」と語った。

 その上で「元々、17年に会見させていただいた時もそうなんですけど、私が経験したのは性暴力でしたけど、社会における性暴力者を取り巻く環境が、本当に遅れているなという思いでお話ししました。来年は刑法の改正の見直しもあります。直さなければならない部分がたくさんある」と訴えた。

 一方の山口氏は判決後、ぶぜんとした表情で法廷から退出した。その後は表情を変えず、努めて冷静に振る舞い、裁判所を後にした。伊藤さんは山口氏に対して思うことを聞かれ「私たちのケースだけでなく、どういった構造で行われたか、彼自身も向き合い、解決してくれるようになったら」と語った。

 伊藤さんは「長かった…長かったです」と苦しい日々を思い起こし、泣いた。そして「私の見ているこの景色は、以前と全く違うもの。まだまだ司法がきちんと関わらなければ、こういう事件はなかったことにされてしまう。法律、報道の仕方、教育…まだまだ宿題はあると思いますが、これを1つのマイルストーンとして、皆さんと1つ1つ、考えていけたら」と訴えた。

関連記事
・元TBS支局長の準強姦不起訴不服、女性が素顔会見
・TBS社長、山口敬之氏は「説明ないまま退職した」

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。 私は、2017年に、重たい掲示板に、「この山口敬之は、イスラム式の石投げの刑で、女たちがみんなで、死刑にすべきだ」と書いた。山口は、安倍晋三首相の、お気に入りの、べったり記者で、「総理」という、安倍晋三を、褒め称える本(幻冬舎刊)まで出していた。 

 私は、佐藤優氏との共著「世界政治 裏側の真実」(日本文芸社、2017年刊)の中で、次のように書いた。

「・・・問題はさらに重大で、この強姦(ごうかん)裁判と関連して、別個に、杉田、北村、中村の 3人( の警察官僚のトップで、内閣官房の中枢にいて、安倍晋三の、番犬でお庭番)への 共謀罪(きょうぼうざい)の適用が、本当にあり得ます。

 ただの捜査妨害では済まない。 司法部の裁判官が出した逮捕令状を、(警察庁の 中村格 の命令で)破棄させた、という恐るべき証拠隠滅の罪の嫌疑がある。

 だから、伊藤詩織さんへの強姦事件の裁判とは、別個に、今年、成立したばかりの共謀罪が、この3人の警察官僚に適用されるべきだ 」(199ページ) と書いた。

 警察庁のトップで、内閣官房副長官(事務方、じむかた )や、内閣情報官=国家情報長官  だから、と言って、司法部の、裁判官が出した逮捕令状を、執行停止にする(握りつぶす)、という、唖然とする違法行為、違憲(いけん)行為を、この “ 安倍の番犬の3人組 ” は、やった。 なーにが、3権分立だ。 

 裁判官の出した令状を、どうして、行政部(administrative branch 、アドミニストレイティヴ・ブランチ )である警察官僚が、差し止めすることが出来るのか。この逮捕令状を持って、成田空港まで山口敬之を逮捕しに行った高輪署(たかなわしょ)の捜査官たち(ノンキャリ)は、目の前を素通りする山口を、黙って見ていた。これでは、江戸時代の、江戸町奉行の 大岡忠相(おおおかただすけ、越前守、えちぜんのかみ )が、お白洲 で、裁判官と検察官を兼ねていた時代と同じだ。 

 あるいは、中国共産党が、中国政府や中国の裁判所に、上から命令して言うことを聞かせる、というのと同じだ。 日本の、どこが、法治国家だ。こういう議論をするだけの知能のある人間が、この国には残念ながら、いない。

 裁判官たちは、「 逮捕令状を 警察官僚が、執行停止した」という、どの法律にも根拠のない、乱暴なことを、やられた。 あのとき、裁判官たちは、自分たち司法部 は、「官邸」という、安倍たちの独裁権力と、法務省と警察官僚から、下に見られて、顔に泥を塗られた、と強く屈辱感を感じた、はずなのだ。

 だが、最高裁は、何も言わなかった。今も言わない。裁判所が、法務省(その上は、政権)の出先(でさき)の、下請けの、現場(げんば)に過ぎないからだ。日本は、中国と同じ独裁国家だ。それなら、そうです、と正直に言えばいい。

 私自身の橋下徹との裁判のことは、私は、訴えられた当事者だから、今は、書かない。いくら書いても、自己弁護は、言い訳としか、まわりには見えない。私は、ものごとを冷酷に考える人間だ。安直に、自分は正しい、正しい、などと子供じみたことは、言わない。

 橋下徹くんは、芸能人、タレントではない。大阪府知事までした、政治家で、公人(こうじん、パブリック・パーソネッジ public personage )だ。タレントとしての橋下になんか、私は、何の興味も無い。彼の政治行動、政治発言を、私が言論人として、批評、評論したことが、なぜ、営業妨害や名誉毀損になるのか。

 「今は、政治家ではない。タレント事務所に所属するタレントだ」と、裁判所に出した書類(答弁書、準備書面)に、橋下徹はずっと書き続けた。それらも、そのうち会員たちに報告します。

私、副島隆彦も、お笑いタレントになりたい。

副島隆彦拝

会員、中川 投稿日:2019/12/16 13:42

【2088】[2468]「投票用紙に意見を書こう」の件

会員の中川です。若輩ですが、「投票用紙に意見を書こう」の件、賛成しかねるため意見を述べさせて下さい。
※内容がおかしければお手数ですが削除してください。

副島先生が何度かおっしゃられていますが、日本の投票制度(票の集計装置、ムサシ)には票操作疑惑があり、
日本は投票そのものが機能しているとは思えません。
私は、もし本当に投票制度改革をするのであれば、それ以前にすることがあると思います。
それは、「開票作業中に集計装置に遠隔で入れる仕組みの廃止」です。

■投票の現状

開票集計は大まかに「 (1) 候補者別に票を分ける → (2) 数える → (3)チェックする 」の3段階だと思いますが、
このうち、1~3 の全てにおいて、1人づつ不正実行犯を用意して、
かつ、それぞれへの票の受渡体制を画策できれば、不正集計が出来るものと考えます。
事実、滋賀県甲賀市の選管(2017年、衆院選)では、票数が合わない為、予備票で無効票を水増しし、後から出てきた本物の
投票用紙を焼却した事件がありました。
(私はこれを、集計作業員の単なるミスの隠蔽が原因ではなく、何か裏があると思っていますが、私見は置いておいて。)
「票数の操作ができるという事実」と「それを行なった選管が存在するという事実」は、間違いのないことです。

そして、集計装置に関する噂として、(仮称)亜子さん(元自民党公認、大阪府堺市、現在は民間人で実名を望んでいない)は、
集計装置ムサシのメンテ会社の社長が、「大阪府議会選挙(2015年)にて、集計作業中のムサシに遠隔で侵入した。」とコメントし、
その時の録音テープがあると証言しています。
※大阪における「不正選挙」疑惑追及者Aさんインタビュー(YouTube)
これが事実だとすれば、多分、プログラムの不具合を修正する為に用意されている遠隔操作機能だと考えますが、
プログラムの不具合を修正する遠隔操作機能があるのであれば、データ(=票数)の修正は簡単に出来ます。

そして、集計作業3つの内、(1)票選別と(2)カウントの作業を「集計作業中に遠隔での侵入が可能な集計装置」で行なうのであれば、
監視人がチェックできない作業が増えるわけですから、当然、「不正集計を実行する事」の難易度は格段に低くなります。

ポイントは3つ
・現在の選挙制度では票数の操作ができるという事実
・それを行なった選管が存在するという事実
・集計作業中の集計装置に遠隔で侵入できるという噂(元自民党公認の証言)

■私見

次の世代に借金を残すだけではなく、本当に次の世代のことを考えるのであれば、民主主義の根幹を成す選挙制度において、
せめて「選挙における正義」だけは残してあげたい。つまり「選挙の集計装置には通信装置を組み込んではならない」
という法律を作成するべきだと思います。

内閣府人事局創設により官僚人事権を阿部首相が保有してからの行政は、厚労省の給与統計偽装や、桜の文書廃棄など、
なりふり構わぬおかしな行動が目に付きます。現在、行政はその権威を自ら地に落としたものと思います。
なので、スペックイン(行政が策定する仕様)ではなく、法律でなければ意味がありません。

「投票用紙に意見を書こう」は、良い考えなのかもしれませんが、高度すぎて今の日本のレベルにはそぐわないと考えます。

北野晶夫 投稿日:2019/12/16 04:09

【2087】[2467]投票用紙に自分の意見を書こう。

学問道場の皆様初めまして。
私は会員番号5524 北野晶夫と申します。
耳順の貧乏読書人です。会員歴は十年以上となります。
先生の本はかなり読んでいるほうだと思います。(理解の程度は別として)

さて今回は「投票用紙に自分の意見を書こう」という運動を提案したいと思います。

「安倍やめろ」でも「消費税反対」でも「保育園落ちた日本死ね」でもなんでもいいんです。
もちろん正規の候補者の名前を書いても、自分の名前を書いてもかまいません。
とにかく「投票用紙に自分の意見を書く」という政治ムーブメントを起こせないかと考えました。

このことを思いついたのはTVで1968年の世界的な民衆運動、「ベトナム反戦」「パリ5月革命」「安保闘争」などの映像を見て、何かおかしいと思ったからです。
人間は集団となると感情が激し、理性的でなくなり、騙されやすくなるとおもいましたし、この人たちは投票には行ったのだろうか?という疑問も湧いてきました。

一応、議会制民主主義の国であれば選挙は行われているはずですが、さまざまな要因で代表民主制が機能しなくなっていることは明白です。
しかし、民主主義の国であれば何らかの形で国民はその政治的意見を発信していかなければなりません。
先ほど述べたようにデモや集会は、あまり有効でなく危険性があると思いますし、SNSはまだ直接行政には届きにくいと考えます。マスコミも経済理論に縛られますので偏向しやすいと思います。
そこで、全国民を対象として行われる選挙で国民の意見を直接吸い上げるという方法を考えました。現在のIT技術をもってすれば投票用紙の集計統計データ化など簡単ではないかと思ったのです。
もちろん、最初は投票率を上げ、無効票を増やすことによって政治への不信感を表明することから始めることとなるでしょう。
投票率が60%を超え、しかもその投票のうち30%が無効票ということになれば、ある程度世論に訴え、まともな政府であれば何らかの対応を迫られるのではないでしょうか?

しかし、ここまで書いてきて、自分が40才まで無知で洗脳されていて一回も選挙に行かなかったことを思い出しました。今の若者も同じなのでしょうか?
やはり野蛮な原住民は恐慌や戦争のように痛い目に合わなければ政治参加などしようと思わないのでしょうか?
もし今の私に充分なお金と暇があれば選挙に立候補して「投票用紙に自分の意見を書こう」と訴えるんですが・・・「NHKをぶっ壊せ」みたいに(笑)

最近、齢のせいか夜中に目が覚めて勝手な妄想で眠れなくなってしまうので、とりあえず文章にしてみようと思い投稿しました。眠くなってきたのでここで終わりにします。読んでいただきありがとうございました。

北野晶夫拝

副島隆彦 投稿日:2019/12/12 02:50

【2086】[2466]日本が、アメリカから買わされる 欠陥戦闘機 の 金額が初めて、書かれている。

副島隆彦です。 今日は、2019年12月12日(木)です。

私は、自分の恒例の 中国本を書き上げて(12月2日)、東京から家に帰って来て、
ニューズウイーク誌( = ” Weekly CIA ” ) を開いたら、「ノーベル経済学者のクルーグマン教授 が、自分を含めて、アメリカ経済学者が、世界経済 を 見誤った」という記事が有った。 私は、オーと驚いた。 この英文の フォーリン・ポリシー誌に載った 原文の英文の記事をすぐに見つけて、それらをずっと読んでいた。

 アメリカ経済学( 理論経済学、計量経済学=エコノメトリックス、旧来、「近代経済学」と言われたもの)が、どれぐらいヒドい学問(サイエンス)だったかが、満天下に、はっきりしつつある。 私は、「経済学の・・・インチキ」という本を書こうとして、2カ月前から、藻掻(もが)き苦しんでいた。

 そこへ、クルーグマンの 自己批判、と、彼が、経済学者や、経済ジャーナリスト(評論家)たちから、すでに、激しい、批判の嵐を、この数年の間に受けていた、ことを、ようやく知った。クルーグマン(およびその仲間たち)は、すでに、アメリカの言論界から、棄てられていた。「グローバリズムの進展による、アメリカ国内の労働者の高い失業 の現実を、クルーグマン(たち)は、大きく見誤った。これは、経済学自身の 大失敗 である」と、書いている。

” What Economists (Including Me) Got Wrong About Globalization

The models that scholars used to measure the impact of exports from
developing countries in the 1990s underestimated the effect on jobs
and inequality.

By Paul Krugman

 この事態を、いち早く知っていたであろう、日本の ”追随(エピゴーン)”経済学者たち が、今や、全員、黙りこくって、事態の深刻さに、自分たち自身で怯(おび)えている。クルーグマン自身が ブルームバーグ通信社に、語った「私たち経済学者が、どんなに間違ったか」の文も、すぐに手に入れる。

 私は、自分の これから出る 中国本 「全体主義(トータリタリアニズム)の中国がアメリカを打ち倒す ーー ディストピアに向かう世界」(ビジネス社刊、12月21日刊 ) の ことも すぐに宣伝します。


全体主義の中国がアメリカを打ち倒すーーディストピアに向かう世界

 日本が、アメリカから買わされる 明らかに欠陥商品である、最新鋭のF35戦闘機のことは、日本国民にずっと秘密にされてきた。 ヒドい話だ。国民は何も、知らされていないうちに、安倍晋三は、トランプから、脅迫されるままに、大量に買わされていた。

 前の、私の金融本、「米中激突 恐慌」(祥伝社、11月初 刊)で、「日本は、アメリカから兵器を大量に買わされる。その総額5兆円 」では、はっきりしなかった内容が、今度の、中国本では、はっきりと書いた。 すると、一昨日(12月12日)の 日経新聞の 記事で、日本が買わされる アメリカの戦闘機の 内容が、ようやく、きちんと発表されていた。全体の事実の 一部だけが、明確に、書かれていた。以下に載せる通りです。

 以下に、「 F35戦闘機 を合計147機、一機当り、100億円」の記事を載せます。この詳細については、中国本の中に、書いたので、後日、報告します。 

(転載貼り付け始め)

 「 F35取得、国内組み立て継続へ 政府、米の完成品輸入を転換 」
2019/12/10   日経新聞
 
 政府は最新鋭ステルス戦闘機「F35」の取得について、2019年度以降も国内での最終組み立てを続ける方針を固めた。米国から完成品を輸入する方針を転換する。

 完成品輸入の方が費用が抑えられるとみていたが、国内での工程を見直して単価が下がったため、継続しても問題がないと判断した。近く調達方法の変更を閣議了解する。

画像 <javascript:void(0)> ステルス戦闘機F35A

「 F35は18年末に計147機体制とすることを閣議了解した、この際に、費用が抑えられる完成品輸入への切り替えを決めた。方針転換を受け、政府は配備が完了するまで国内組み立てを継続する見通しだ。

 F35は米ロッキード・マーチン社が製造する戦闘機で、日本はA型と短距離離陸、垂直着陸できるB型を調達する。航空自衛隊三沢基地(青森県)などにA型が既に配備されている。最終的にA型105機、B型42機の147機になる計画を立てていた。1機の価格は約100億円とされる。

 政府は2011年度に、F35Aの導入を決定した後、米国から対外有償軍事援助(FMS)で部品を調達し、三菱重工業 が最終組み立てと検査を担ってきた。

 費用が完成品に比べ高いため、19年度契約分から完成品を輸入する方針に切り替えた。これを受け、国内での組み立て工程や工具の見直しが進み、費用を抑えた。防衛省の試算では、完成品輸入は、1機当たり94.2億円かかるのに対し、国内組み立ては93.7億円になった。F35は空自の主力戦闘機に位置付けられる。

 F35の調達は対日貿易赤字に不満を示すトランプ米大統領に向けたアピールにもなる。5月の来日時には安倍晋三首相がF35Bを搭載予定の護衛艦「かが」を案内し、F35の大量購入の意思を直接伝えた。

 完成品輸入に切り替えなくても米国が多額の調達費を確保できることから、日米両政府間で方針転換への折り合いはついているという。

(転載貼り付け終わり )

これらの詳細は、日を追って、説明します。私は、ずっと不愉快に、年末を過ごしています。体調は戻った。  副島隆彦拝

副島隆彦 投稿日:2019/12/06 14:18

【2085】[2465]藤森かよこ女史の「馬鹿ブス貧乏のために」本の出版、おめでとうございます。

副島隆彦です。 今日は、2019年12月6日(金)です。

私たちの仲間の、藤森かよこさん(最近まで、大学教授をしていました)が、書いた
 「馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたへ 愛を込めて書いたので読んでください。」(KKベストセラーズ刊、この11月末 発売)が、大変、売れています。アマゾンのフェミニズムで、1位です。きっとこの先もずっと1位を続けるでしょう。もっともっと売れるでしょう。

 この本は、多くの人の共感を得て、賛同を得ています。私たちの学問道場でも、全力で応援しています。

 もう、20年近くなります。私たちの学問道場が立ち上がって、すぐに、藤森さんから、連絡があって、シカゴ大学に、研究留学(大学用語で、sabbatical leave サバティカル・リーヴと言う)でしたか、NYの大学でしたか、メールが来ました。私は、返事を差し上げて、「本物のフェミニズムのために、闘い抜いてください」と書いた。

 当時、何を書いて返事したか。うろ覚えを、思い出しながら書く。女たちは、被差別民(ひさべつみん)だ。男中心の、長い人類史の中で、ずっと、虐げられてきた。 ヴォーボアール女史( ジャン・ポール・サルトルの長年の連れ合い、同志)が、「第2の性」( 女は、男のあとに続く、第2番目の性(セックス、ジェンダー)だ)と書いてから、すでに70年が経つ。

 女たちは、ずっと虐(しいた)げられてきた。それに対して、女たちの闘いが、始まった。それは、イギリスやフランス、アメリカで、  suffragette サフラジェット と呼ばれた女たちで、1870年代から始まり1914年(第1次大戦勃発)までだ。女の女権拡張論者で、婦人の参政権、選挙権( suffrage サフリッジ )を要求する激しい闘いだった。中産階級の上層の女たちが、主力だった。

 このサフラジェットの中の戦闘的な活動家は、イギリスのロンドンの郊外の エプソム競馬場(ダービー・レイス)で、イギリスの貴族と大金持ちたち(支配者、権力者)たちが、一同に集まって観ている、試合の最中(さなか)に、レース場に走り込んで、馬に蹴り殺された者もいる。蹴られて瀕死で、横たわっていた。それらは当時の新聞記事の写真で今も残っている。 サフラジェットの英雄として、ロンドン中で悔やまれて大きな葬儀になった。エミリー・ディヴィソンという女性だ(1913年6月4日、決行。4日後に死)。

 ディズニーの50年前の大ヒット映画「メ(ア)リー・ポピンズ」の中に出てくる、家庭教師(チューター)として雇われる、貧しい階級から這い上がって、教師階級になった主人公を、雇った、バンクス家のバンクス人が、「お母さんは、これからサフラジェットの会合に出てきます。いい子たちにしていなさい」という場面や、バンクスフィ人が、サフラジェットの歌を、歌うシーンが出てくる。私は、これに、何かピンと来て、感動して、これは一体何なのだろうと、強く、惹き付けられた。その時が、私と差サフラジェットの出会いだ。

 このサフラジェットたち Suffragettes のように、激しく闘え、と、私は、藤森さんを励ました。サフラジェットの闘いは、日本にも伝播(でんぱ)して、平塚雷鳥(ひらつからいてふ)の青鞜(せいとう、ブルー・ストッキング派)となり、与謝野晶子(よさのあきこ。日本浪曼派)、伊藤野枝(いとうのえ。大杉栄と共に、甘粕(あまかす)憲兵大尉に殺された。幸徳秋水=こうとくしゅうすい=の同志 )、市川房枝(いちかわふさえ)たちもいた。

 藤森さんは、私と交信したときは、まだ仮名だった。この話は、あとで本にした『副島隆彦の人生道場』(成甲書房、2008年刊)に、収録されている。馬鹿ブス貧乏の女たち こそは、フェミニズム運動の中心勢力だ。だが、大方(おおかた)の女たち自身が、この運動を嫌った。敬遠して近寄らなかった。

 フェミニズムを大学で教えた女教授たちは人気がなかった。私は、日本の1990年代のフェミニズムの女性研究者(彼女らは、学問分類上は、社会学=ソシオロジー=にはいる)を個人的に知っている。 難しいことばっかり書いて、そして、孤立して、やがて相手にされなくなった。 男の左翼や、急進リベラル派とも話が合わない。女たちには女たちの世界がある。

 藤森さんが、こうして、希有な思想家であり、男の思想家たちよりも優れている、アイン・ランド女史の、日本における、研究者の代表だ。「日本アイン・ランド研究会」も主宰している。 女の思想家で、もうひとり、凄いのは、ハンナ・アーレントだ。この女性は、ドイツ人で、大思想家のマルティン・ハイデガーの教え子で、密かに愛人だった人だ。アメリカに渡って、のちにネオコン派になる主要人物たちを励まして成長させた、女性思想家だ。 今のイスラエル国を建国をした、ベングリオンが率いた戦闘的なイルグーン団にも参加していた。それぐらい過激な、根源的な女思想家だ。

 私は、藤森さんが、こうして、「馬鹿ブス貧乏な女たちへ」本を書いて、これから、本格的に日本の女性運動を、再興していただきたい。もう今は、すべてが、焼け野が原のようで、何もなくなった。日本には、まともな社会運動も、激しい根源的な政治運動も、なーんにもない。

 なーんにもないところから、花が咲く。自然災害を含めた、人間たちの過去の営為の果(は)ての、焼け跡の廃墟の瓦礫(がれき)の下から、次の花が咲く。それが、私たちだ。私たちの学問道場は、日本の 焼け野が原の、瓦礫の下から咲く次の花だ。

 それが、生命の連続だ。ニーチェが言った、永遠に回帰する( ewige Wiederkunft エーヴィゲ・ヴィーダークンフト 永劫回帰、英語なら return to forever リターン・トゥ・フォーエヴァー )とは、新しい生命が、毎年、次々と生まれて続いてゆくということだ。花が咲き、実が成り、作物が出来る。ギリシアの思想だ。

 ニーチェが、アメリカの思想家のエマーソンと深い付き合いがあった、と 下 ↓ で、田中進二郎くんが書いている。エマーソンも、ニーチェも、家系からユニテリアン派のキリスト教に所属していた。ユニテリアン=フリーメイソン(その後、悪の支配者たちに、乗っ取られる、その前の)が、どれぐらい激しい、真実追究派の人々であったことか。ミケランジェロも、初期のそれだった。

 日本では、慶応義塾の創設者の福澤諭吉がそうだ。 同志社大学の創設者の新島襄(にいじまじょう)もそうだ。新島は、カルヴァン派なのではない。 同志社大学は、自分たちの本当の正体を隠して、今は、カルヴァン派だということにしている。

 慶応義塾大学は、福澤の死(1901年)後、福澤の一族を、上手に追い出した、福澤の下男、鞄持ちから這い上がった、小泉信吉、信三(こいずみしんきち、しんぞう)親子が、乗っ取った。この時から、慶應大学(卒業生は、これに義塾を付ける)は、内務官僚(特高警察)と裏で繋がる、悪い大学に転落した。以後、ろくな人材が出て来なくなった。

 ユニテリアンは、イエスを、ひとりの人間の男である、とする。神 God であり、天 ( Heaven ヘヴン、天帝ゼウスのこと)の子だとはする。だが、ユニテリアンは、三位一体(さんみいったい、トリニティ)を 嫌うので、エイスを 神格だとはしない。イエスという優れた人間の生き方から学ぶ、という宗教だ。自分とイエスの交信だけを信じる。そして、イエスという人物の伝記である聖書、を読むことだけをする。ユニテリアンは、最低限度の教会組織なのだが、指導者や、長老、世話役がいない。

 カルヴァン派=プレズビタリアン= には、まだ、プレズビターという長老(司教 の格)がいる。だから、組織として、大きく生き残った。キリスト教の儀式(リチュアル)には、必ず、司教(しきょう、ビショップ)がいないといけない。ただのセレモニーとは違う。

 ユニテリアン Uniterian は、昔から、コングリゲイショナリスト Congregationalist と名乗って、会衆(かいしゅう)派 あるいは、組合教会(くみあいきょうかい)と自称した。長老を持たないで、組織がしっかりしないので、ほとんど小さな宗派となった。ここから、社会改良の社会主義者になって行った者も多い。

 ヨーロッパの他の近代思想家たちの、ほとんども、ニュートンから、パスカル、デカルト、ガリレオ、ホッブズ、ライプニッツ、みーんな、みーんな、隠れてユニテリアン(Deism デイズム、理神論、りしんろん ) だった。トルストイも、ギリシア正教に破門されて、ずっとそのまま、だったということは、ユニテリアンだ。 理神論は、エイシイズム( atheism 無神論 むしんろん、神の存在の否定 )の、一歩手前だ。ユニテリアンを、さらに急進的にしたのが、カール・マルクスの社会主義思想 だ。

 エマーソンのセルフ・ヘルプ(自分を自分で助けよ の思想。self reliance 自己への信頼 ) の、自己啓発の思想も、ユニテリアンから始まったのだと、大きく分かって、私たちは本当に嬉しい。
 エマーソンたち、アメリカのユニテリアンの自由思想家(アメリカの自然の中で生きた、ヘンリー・デイヴィッド・ソローや、ウォルト・ホイットマンたちもこの系譜 )たちが唱えた、自己啓発の思想が大事だ。「自分だけを信じなさい。今の自分の生き方でいいんだ、これでいいんだ、と強く、自分に言い聞かせること」だ。 

 新島襄がお金を出して、ペンシルバニアに送った内村鑑三(うちむらかんぞう。無教会派)こそは、エマーソン思想の、日本への継受者だった。内村鑑三は、基督者(きりすとしゃ、クリスチャン)だと、名乗って、日本の当時のアメリカ思想への傾倒の波に乗って、日本で大きなキリスト教の運動を牽いた。 その分、ずっと、中国に拝跪して拝んだ漢籍と東洋思想は棄てられた。日本(人)は、ハイカラさんが多くて、常に、その時々の、世界のより大きな勢力に付く、性質をしている。 内村鑑三は、アメリカのプロテスタント系のキリスト教徒として、深く、日本独自のキリスト教を研究した。だが、同時に、内村鑑三は、ユニテリアン思想に対しても、恐るべき高度な理解を示した。

 お釈迦さま(ゴータマ・シッダルダー)が、80歳で、クーシナガール(最後は、自分の故郷で死のうと戻ろうとしして、下痢をして死んだ、途中の村 )で死んだときの、最期のコトバもそうだった。「私の教えなどよりも、自分を信じなさい。自分だけを信じて、強く生きなさい」だった。

 こうして、藤森かよこが、馬鹿ブス貧乏が、生き延びる道を必死で説くことから、新しい時代の新しい運動、闘いが、日本でもこれから始まる。藤森本は、その嚆矢(こうし)となった。

藤森かよこ さん。おめでとう。 よくやりました。   副島隆彦 拝

学問道場の進次郎 投稿日:2019/12/03 02:13

【2084】[2464]藤森かよこさんの『馬鹿ブス貧乏』をおすすめする(2)

藤森かよこさんの『馬鹿ブス貧乏』をおすすめする(2)

この書はいろいろな角度から読むことができる。
●自己啓発本としての本書(つづき)

19世紀アメリカの思想家ラルフ・ウォルドー・エマーソン(1803-82)の言葉に
「真理は自分の内にあり、
付和雷同せず、常に自己をよりどころとして生きよ」(『自己信頼』(self-reliance  1841年)
というのがある。 元祖・自己啓発本である。 1841年エマーソンはボストンのフリーメイソン寺院で講演を行い、彼の言論活動のスタートを切った。ボストンがフリーメイソン=ユニテリアン教会のメッカであったことは、学問道場研究員の石井利明さんが、明らかにしているとおりである。ヨーロッパでは、1848年にカール・マルクスが『共産党宣言』を、フリーメイソン会館で発表している。
フリーメイソン=ユニテリアン教会が当時西洋で最先端だった。

エマーソンは、日本の啓蒙思想家に多大な影響を与えた。内村鑑三、植村正久、徳富蘇峰ら明治プロテスタントによって、わが国に紹介された。内村鑑三は、 エマソンの”Representative Men”『代表的人間像 』(1850年刊)に倣(なら)って 『代表的日本人』を著している(1894年)。

 エマーソンは、謙虚な心で自分が本当に望むことをするなら、
人間はもっと自由に幸福になれる──という。この言葉は、著名な自己啓発書や成功哲学書でも、たびたび引用されている。

藤森さんの『馬鹿ブス貧乏』にもこの信念が底流に流れている。この発展形は、逆説的になるが、以下のようになる。

(支配階級というのは)負ける自分、不幸な自分、弱く惨めな自分、孤独で孤立した自分、・・・・など想像できない。負けないように仕組まれた仕組みの上に乗っているので、それは当然だ。(『馬鹿ブス貧乏』p160)

支配階級と被支配階級の違いは、「94歳にして足腰が丈夫で、リッチで、健康で、陽気で、明るい自分は、当たり前であり、実現して当然の規定のこと」と思い込めるかどうかにかかっている。( 同上 p162)

ということなのだ。エマーソン的な「謙虚な心」というのは超人思想にもなりうる。本当は、エマーソンとドイツ人思想家・フリードリヒ・ニーチェの間に、深い交流があったということが、最近の研究で明らかになっている。このことは、『アメリカのニーチェ』(ジェニファー・ラトナー・ローゼンハーゲン著 岸正樹訳 法政大学出版局 2019年刊)でも、特記されている。
ニーチェは、エマーソンの本を多量に読んでいた。自己啓発思想も取り込んでいたのである。

ニーチェは晩年に『権力への意志』を著した。これは超人(ユーバーメンシェン・英語でsuper manスーパーマン)思想とされている。ドストエフスキーの小説『悪霊』(1872年)の中にも、アメリカ的超人像を体現するキリーロフという人物が登場する。
エマーソン、ニーチェ、ドストエフスキーは19世紀後半に、同時代人として影響しあっていた。このあたりのことは、副島隆彦先生の著書『ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよーまず知識・思想から』(成甲書房 2017年刊)でも、詳しく解説されている。

ただし、『権力への意志』は、ニーチェが発狂したのちに、妹のエリーザベト・フェルスター・ニーチェが改ざんして、反ユダヤ主義、民族主義の書物にしてしまった。「ニーチェをナチに売り渡した」のが、妹のエリーザベトだった。

兄フリードリヒ(ニーチェ)は、妹の反ユダヤ主義運動をずっと、嫌悪していた。夫のフェルスターのドイツ民族至上主義にかぶれている妹を、兄ニーチェは手紙で「やめろ、やめろ」とたしなめていた。
妹・エリーザベトには、ある種の女性に特有の、底知れない狡猾(こうかつ)さがあった。
天才の妻や家族には、このような女性が必ずいるものだ。

( 『エリーザベト・ニーチェ ー ニーチェをナチに売り渡した女』ベン・マッキンタイヤー著 藤川芳朗訳 2011年刊)

話を戻すと、藤森かよこさんの『馬鹿ブス貧乏』には、エマーソンとニーチェのどちらの側面もある。
「謙虚であることー自分が馬鹿であることを自覚すること」と「超人であることー自分が支配者、権力者であるのは当然のことであり、 負ける自分、不幸な自分、弱く惨めな自分、孤独で孤立した自分など想像もしないこと 」が、表裏一体となっている。これは、リバータリアニズムの創始者の一人・アイン・ランドを研究されてきた藤森かよこならではの教えだと思う。藤森先生自身があえて、「馬鹿」の一員として、お書きになっているので、嫌みがない。

私・田中進二郎は『馬鹿ブス貧乏』を読んだ後、ふと気になって、藤森かよこ講演会『アメリカにおけるアイン・ランド受容がつきつける日本のRanderたちへの課題』(2012年3月福島県での講演)のDVDを見直してみた。
すると、アイン・ランドの紹介の話の中に、『馬鹿ブス貧乏』で扱われているトピックがいくつも出てきている。更年期障害や、依存症の問題などもすでに語られている。つまり、藤森先生は、すでに七、八年前から『馬鹿ブス貧乏』に出てくる話のもとを蓄積されていたことに、改めて驚きました。

最後にこの本を作るために協力された方々の、なみなみでない熱意のほどを感じました。老若男女を問わず、読んで非常にためになる好著であると思います。
Amazonのブックレビューも非常に、心のこもったものばかりで、藤森先生の人徳の大きさを感じます。こちら↓もご覧ください。


馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください