映画なんでも文章箱

◆メッセージ◆

 

この掲示板への参加資格は、『アメリカの秘密』と『ハリウッドで政治思想を読む』との2冊をお読みになっていること、のみです。
映画に関する皆様のお話しをお待ちしております。※作品のストーリーを書いて論じることなども、特に禁止しておりません。作品鑑賞の前にストーリーを知りたくない方々も、自己責任で、当掲示板とお付き合い下さい。
川口 投稿日:2014/05/24 19:25

【28】ルーム237

キューブリックの映画を分析しているこの映画はなかなか興味深い。
ルーム237は月面にいる宇宙飛行士を撮影している部屋だと・・・
いつか人類が月には着陸していないことが暴かれる日がくるかもしれませんね。

5980 投稿日:2014/05/08 00:06

【27】タダ同然の断薬170P

『キャロライン・ケネディと安倍晋三』のDVD(2倍速再生でも、理解できる。)
この地上に、答えなんか無いんです。自分で考えなさ~い。かつ、答えなんか無いんです。

サカナクション – グッドバイ (MUSIC VIDEO)
http://www.youtube.com/watch?v=kt5-Al0CMuk

アルコールに魂を売ったとしても・・・
http://www.youtube.com/watch?v=aT32eTWtv18

帰る理由
http://www.theperennialplate.com/episodes/2012/10/episode-105-from-japan-with-love-and-dashi/

5980 投稿日:2014/04/18 23:07

【26】人類の月面着陸は無かったろう論

Contact 1997年制作
http://www.youtube.com/watch?v=SRoj3jK37Vc

この映画の後半の部分が、ま~で(まるで)「人類の月面着陸は無かったろう論」裁判をしているように見えます。

最後の部分が、とってつけたような結末でとても良い。

7721 中西 投稿日:2013/10/26 22:28

【25】今こそ聞こうジミヘンの星条旗

件名でこう書けば、45歳以上のロック好きはすぐわかると思います。

そう、映画「ウッドストック」のトリで、ジミヘン(ジミ・ヘン
ドリックス)が演奏したアメリカ国歌です。
当時、この壊れたアメリカ国歌でベトナム戦争を痛烈に批判した
と言われていましたが、40年以上先の今の壊れゆくアメリカを予
言していたような気がします。

ジミヘンは副島先生と同じ、予言者だったのではないでしょうか。
ところで、ジミヘンって、生きてたらいくつだ?

http://www.youtube.com/watch?v=wt3cYpFLJiM

でんふ 投稿日:2013/06/09 15:58

【24】戦争は怖いなと思った。

映画『図書館戦争』をこの前観て来た。怖かった。

映画『図書館戦争』公式サイト

http://www.toshokan-sensou-movie.com/index.html

5670 投稿日:2013/05/02 02:52

【23】舟を編む

今風の言葉でいえばキモオタ(気持ち悪いオタク)である出版社勤務の馬締(まじめ=松田龍平)に,彼の下宿先のおばさんの孫娘である香具矢(かぐや=宮崎(さきは立つ)あおい)がなぜ惹(ひ)かれるのか、そこにちょっと引っ掛かりました(松田龍平が気持ち悪すぎる)が、良作です。ちょっと後半間延びした感じもありましたが、観に行って後悔することはないと思います。私としてはもうひとつくらい辞書作りの苦労話があって良いのかなと考えました。
※もしかしたら、ここでは「崎」の変字体が反映されず、文字化けするかも知れません。

辞書の監修役を務める国語学者・松本を演じる加藤剛、その妻役の八千草薫、長年、出版社で辞書編纂(へんさん)してきた荒木役の小林薫、先述の下宿のおばさん役の渡辺美佐子など、年配の役者さんが見事な演技でした。顔の皺(しわ)、白髪それ自体が素晴らしい。若い頃のスタローンやシュワルツェネッガーが筋肉で観客を圧倒していたのと同様に。
※少し余談になりますが、池脇千鶴が31歳という歳の割には老けて見えるのが気になりました。大酒飲んで煙草吸って…という不摂生な生活を送っているのではないかと少々心配になりました。

辞典の編纂には膨大な時間を要する。その歳月の経過というのが、この映画の見せ所になっていて、老いた加藤剛が更に老い、定年を迎えた小林薫が老境に達する。同時に若者言葉も変化し続け、編集者も研究を怠(おこた)ることが出来ない…そのあたりの描写が巧みでした。

恐らくキネマ旬報では上位に食い込むでしょうし、出演者の誰かが主演賞、助演賞受賞しても不思議ではない。まだ上映中なので、興味のある方、ご覧になってはいかがでしょうか。

5670 投稿日:2013/05/01 07:57

【22】横道世之介

新聞連載小説をリアルタイムで読み、単行本が出て再読しました。
実は、単行本ではかなり改編されていました。連載時は世之介が、将来鉄道事故にあって死ぬんだろうな、と匂わせて終わり(駅のホームで、風に飛ばされた女の子の帽子を危うくキャッチするのがラストシーン)ですが、本では死後の祥子と世之介の母のやりとりで締めくくりになっています。
新聞連載の方が私は好きです。
まあ最後まで付き合ってやるか、みたいな気持ちで観に行きました。

小説をすべて映像化することは困難であり、ディテールをかなりカットする必要があるのですがが、脚本が原作のエッセンスをうまく掬(すく)っていたと思います。バブル期にバブルとは気付かないで過ごした懐かしさに溢れています。

愛を告白した祥子が照れてカーテンに隠れてしまい出てこないという場面が小説のクライマックスです。それまで存在感の薄かった祥子が読者を引きつけます。2010年度の本屋大賞3位でしたが、小説のファンは恐らくこの場面がお気に入りでしょう。蜷川幸雄監督「蛇にピアス」(評論家に映画を舐めるなと酷評されたし、確かに観られたシロモノではなかった)で、既に高良健吾(世之介役)と共演し、ヌードまで披露してしまっている吉高由里子が祥子役だけに初々しさが出るか心配だったが無難にこなしています。上手い役者です。

主役の高良健吾が達者になったと思います。男を手玉に取りながら世を渡っている千春役の伊藤歩が上手かった。この人が10代の頃から私は注目しているけれど(岩井俊二監督「リリイシュシュのすべて」)、輝く脇役に成長しました。

この映画とは関係ないが深津絵里も子役の頃から見てきた女優。周りの子役達よりも一枚上手で光っていました。そういう原石を見つけるのも映画の楽しみです。

佳作です。

大城義和 投稿日:2012/12/16 19:53

【21】ゴダール高速ハイウェイ

大城義和です。
ゴダール高速ハイウェイ、という、映画評論を書きます。

ゴダール映画史を、視覚する知覚のパーソナル性、アーキテクチャ・コンポジションによる、シネマ・グラフィックデザインの前衛性、すなわち、ゴダール映像は、超高速関数的建築を暗喩するプロセスにおける、記号プログラミングである。映画史での記号論は、ナム・ジュン・パイクの、未来TVをイメージさせる、その音響的シニフィアン/シニフィエは、ゴダールという、パーソナルな声と、構成的な音声を、ネットワークし、エレクトロニック・ダイアローグする、電子機械的思考で構築する。ゴダールは、映像を音楽する、シネマというコード、それは、ハイウェイ連想する、そして、ハイテクノロジーと連結する、音楽的映像建築の暗喩である。ゴダールの映画史は、モダン・サイエンスの方法論で、シネマが再構築され、また、再構成される、そういう、速度やスピードのゲームでもある。知覚を視覚する、イメージとハイ・イメージの、オーガニックは、建築的関数と近似する超高速記号論である。

大城義和拝

大城義和 投稿日:2012/12/09 17:35

【20】電子言語=テクノ構成言語での、ジャン=リュック・ゴダール

大城義和です。
映画映像論を書きます。

電子頭脳パーソナル・コンピューターによる、オーガニック・ネットワーク思考は、ジャン=リュック・ゴダール映像を、リアルタイムMIX/RIMIX処理する、そんな、知性の海アーキテクチャ・プログラミング・ゲーム。知性とは、分類作業において、法則性を発見する、つまり、アンドレイ・タルコフスキーのノスタルジアやサクリファイス、惑星ソラリスと、ジャン=リュック・ゴダールのウィークエンドや気狂いピエロ、ゴダールの映画史、ベルナルド・ベルトルッチの1900年、暗殺の森、ラスト・タンゴ・イン・パリは、パーソナル・コンピューター・メディアでの、建築映像における、電子言語=アーキテクチャ構成言語のGraphical User Interfaceとして、ヨーロッパ・シネマが成立する。ヨーロッパ映画は、パーソナルなメディアの、コンピューター・シミュレーションを可能にし、過去-現在-未来ハードウェア/ソフトウェア/ネットワークにおける、情報=データのアーキテクチャ=サブジェクト・オブジェクトでの、ハイテク・パーソナル・システム、すなわち、ヨーロッパ・シネマとは、そういうことだ。ルキノ・ヴィスコンティの、地獄な堕ちた勇者ども、イノセント、家族の肖像、これらは、立体的思考における、3D眼のイメージと、時間軸/空間軸の、インフォメーション・テクノロジー・イメージが、複雑に再構築され、超複雑に再構成され、共同幻想を解体する、パーソナル・メディア・イメージの、仮想Central Processing Unitの、プログラミング・モデル=リアルタイムMIX/REMIX、つまりは、感覚と感性の情報通信革命=ハイ・イメージである。ジャン=リュック・ゴダール知性の速度は、超関数的高速度だ。

大城義和拝

投稿日:2012/03/18 13:39

【19】2012年アカデミー賞受賞式をみて

2012年アカデミー賞授賞式概況をNHK再放送でみた。
すべて字幕が丁寧に作成されていた。

助演女優賞は、「ヘルプ-心がつなぐストーリー-」のオクタヴィア・スペンサーという黒人女性だった。
感動的な受賞シーンが終わった後、
なにか不自然さ、違和感を覚えたのは、この受賞シーンの直後の、一見、おちゃらけた小話であった。

白黒画面に変わり、昔の、なぜか、「オズの魔法使い」の試写会の設定で、
「オズの魔法使い」がTheEnd、となった画面から始まり、
この映画を視聴した後の、紳士淑女に今みた映画の感想を質問する
シーンが映し出された。

紳士淑女は、「なぜ大人をださないのかしら」、「最初に出てきた農民を途中でも出すべきだ」、
「猿をだすべきだ」、「猿も今後、出るようになるんじゃないのか」、猿、猿、Monkey、monkey
を連発している紳士がいた。

monkeyはおそらく日本人をさしている。(と、感じた)

黒人女性が受賞した後は、今度は、日本人じゃないのか?、とでもいいたげなストーリーライン。

なぜオズの魔法使いか、また、monkeyという言葉が多発する意味合い、
これは副島隆彦先生著ハリウッドで政治思想を読む、を読んでいれば分かることだ。

このアカデミー賞のストーリーラインに、いろんな視点をもつ人間を意識していることがよく分かる。

黒人女性が受賞をすることに対してまだ大きな抵抗を感じる層がいるということなのだろう。その人たちに対するフォローなのかな、などと思った。
また、差別という意識をしたとたん、monkeyがでてくるくらい、人々はmonkeyに対する、強烈に意識をしている、ということなのではないか。
今、アメリカの行き場がなくなりつつある今のアメリカにおいてmonkeyは、人々の意識下で、結構、大きな存在、なのかもしれない。

あるいは、アカデミー協会の、”to be continued”のメッセージなのかも。次は、日本人ですよという。

経済的に大きな負担をかけてきてこれからも負担をお願いする日本に対して、そのくらいのことは考えているよ、ということなのかも。

・・・と、いろいろ考えさせられる、ワンシーンでありました。