「1584」 ドナルド・トランプはどこで失速するか。急浮上してきたマルコ・ルビオ上院議員とはどういう背景を持つ政治家か。2016年アメリカ大統領選挙の予備選挙について。2016年2月4日

  • HOME
  • 「1584」 ドナルド・トランプはどこで失速するか。急浮上してきたマルコ・ルビオ上院議員とはどういう背景を持つ政治家か。2016年アメリカ大統領選挙の予備選挙について。2016年2月4日

※ 「副島隆彦の学問道場」からのお知らせとお願いです。皆様のご自宅に「会員継続のご案内の郵便」(薄い黄緑色の封筒の書類)が届き始めていることと存じます。この封筒に「学問道場の会員継続のご案内のお手紙と会費のお振込用紙(郵便振替)が同封されております。なにとぞ今年も会員の継続をしていただけますようによろしくお願いいいたします。今年度は郵便が届くのが遅れてしまいまして大変に申し訳ありませんでした。万が一、既に継続の手続きをなさっていらっしゃる会員様のもとにこの封書が届いてしまった場合は大変申し訳ありません。

 中田安彦です。今日は2016年2月4日です。

 2月2日(アメリカ時間では2月1日夜)のアメリカ大統領選挙の候補者を選ぶ予備選挙(プライマリー)・党員集会(コーカス)の初回になったアイオワ州の結果を受けて、候補者の横顔、今後、アメリカ大統領選挙がどのように進展していくかを含めて、簡単に報告します。

 アイオワ州党員集会では、アイオワ州というアメリカ北部の州に二大政党である民主党と共和党の各党の党員が州内の各所に設けられた党員集会会場に集まって、自分たちが支持する候補者を決めます。この党員集会は予備選挙と違い、党員が会場に集って議論をするのが特徴で、特定の候補の支持者が別の候補の支持者に支持替えをするように説得することもあります。したがって、党員集会では数時間かけて、州内の支部(precinct)の支持者の意見を集約し、支持の割合に応じて、夏前に行われる党大会で各候補に配分される代議員(delegates)の数を競うものです。各党の公認候補者を選ぶために党員が投票を行うことで、一人の「本選挙で勝てる候補者」を選び出す作業です。人口によって代議員は配分されていて、共和党と民主党ではその数が違います。以下に貼り付けるのは、共和党の序盤戦の州の代議員の配分です。(2月1日のアイオワ州党員集会ではトランプが7、クルズが8、ルビオが7の代議員を獲得した事がわかります)


アイオワ党員集会の会場は公民館とか教会とか場合によっては民家が利用される

 アイオワ州が注目されるのは、この州の党員集会が他の予備選挙に先駆けて最初に開催されるためです。オバマ大統領が選ばれた2008年はアイオワ党員集会は確か1月3日という実に早い時期に開催されており、この時にオバマが当初本命と目されていたヒラリー・クリントン上院議員を破ったのでした。

 今年の党員集会では、共和党では去年の秋くらいから本命視されてきた、ニューヨークのホテル経営者のドナルド・トランプが本当に世論調査の通りに実際の党員の支持を獲得できるか、と、民主党では、ヒラリー・クリントンが唯一の有力な対抗馬であるバーモント州選出で「民主社会主義者」を自称する、バーニー・サンダース上院議員に負けることがないか、という2つの点が事前の注目になっていました。


ヒラリー(68歳)とサンダース(74歳)


共和党の候補者たち

 結果は、トランプは宗教右派・福音主義派の支持を集めている、テキサス州選出のテッド・クルズに数ポイントの差で破れ、民主党はヒラリーとサンダースが競り合い、深夜まで結果が出ない状況の中、最後はヒラリーの薄氷の勝利となっています。民主党のほうは結果が同数になった支部がいくつかあったため、その場所では規定に従い、コインの裏表を当てた方を勝者にするというやり方も取られましたが、そういう運任せのことをやっているのには驚きました。

 ただ、もっとも重要なのは、今回の共和党の候補者選びが、今回のアイオワ州の第三位となった、フロリダ州選出の一年生上院議員である、マルコ・ルビオによって左右されていく兆しが見え始めたということです。ルビオ上院議員はフロリダ州選出ですから、2006年までジェブ・ブッシュが知事をやっていた州の選出です。キューバ移民の息子という独特の経歴を持つルビオ上院議員は政治家としては先輩格であり師匠でもあったジェブが公職を退いてからもフロリダ州の政界にネットワークを広げており、オバマ大統領の年次教書演説に対する反論演説の任に抜擢されたりするなど、メディアは注目してきました。

 ブッシュにとっての災難はトランプが候補者選びに参戦してきたことでした。去年のはじめのうちは、2012年大統領選挙の候補者だったミット・ロムニーの支持を得てジェブは誰からも本命視されていたのですが、トランプが6月に参戦してからは、トランプに「あいつは元気の無い(low energy)」とか散々馬鹿にされているうちに、ジェブは支持率が急降下していきました。ジェブはどこからともなく現れた政治キャリアゼロの黒人脳外科医のベン・カーソンの支持すら下回る状況でした。


ジェブ・ブッシュとドナルド・トランプ



ポピュリスト・トランプと大富豪トランプのふたつの顔

 今回の大統領選挙では、ポピュリズム旋風が吹き荒れています。金融危機の直後に登場したオバマ政権では、日本の日銀と同じように、景気後退をさせずに株価を高くしようという意図のもと、米連邦準備制度理事会(FRB)が量的緩和を続けてきたのですが、格差が広まることにより人種間対立が激化し、同時に金融危機の責任を誰も取っていないこと、民主党の大統領と共和党主導の議会の対立が一般有権者の統治機構への信頼が失われる状態が続いています。また、保守派の白人ブルーカラー層は、移民が職を奪っていると考え、オバマ政権の導入した健康保険制度(オバマケア)が負担を増やしていると考えています。一方で、特殊利益団体とロビイストが結びついて、一部の金持ちや企業を優遇していると考えており、その象徴としての「ワシントン」が批判の対象になっているのです。

 そういう「ワシントンで決められる政治から草の根の国民の手に政治を取り戻そう」という動きが、ポピュリズムであり、今回はそれを最も体現しているのが、トランプやクルズ、サンダースといった候補者です。メディアでは、今回の大統領選挙を象徴するのは「怒り」であるとよく書かれています。怒れる草の根がワシントンの既得権益層に対して、自分たちの候補者を送り込むという構図です。今回は「ワシントンは信用ならない。ワシントンの政治家以外の候補者を選ばないとだめだ」ということで共和党には、トランプ、カーソン、それから、コンピュータ企業のヒューレット・パッカードのCEOだった、カーリー・フィオリーナという女性が候補として名乗りを上げていました。

 その中でも、もっとも話題を集めたのが、トランプです。トランプと言う人は、経営者として成功と失敗を繰り返し、親の事業を受け継いだホテル事業で有名なニューヨークの不動産王です。私もシカゴとニューヨークのトランプタワーに去年行ってみましたが、ニューヨークの方は国連本部近くと、セントラルパーク近くに2つのビルがあります。

 トランプの特徴は、「これぞ下層白人の本音」という内容を代弁して討論会や演説会で言ってのけることです。下層白人は「自分たちの生活が良くならないのは、メキシコからのヒスパニック系移民が自分たちの仕事を奪っているからだ」と考えていますが、トランプは出馬表明の直後に「メキシコの不法移民はレイプ魔だ」とか「メキシコ国境に大きな壁を作って不法移民が入ってこれないようにしないとダメだ。その費用はメキシコ政府に持たせるように私は大統領になったら交渉する」などといったり、去年の暮れにパリとカリフォルニアでイスラム過激派(ISIS)絡みの襲撃事件が連続して発生したあとは、「一時的に状況を把握するために米国内のイスラム教徒を帰国させる必要がある」といった他の誰も言わない暴論を唱え、他の保守派たちを唖然とさせました。また、障害者や助成に対する差別的なジョークもしょっちゅう口にしています。自分を批判したニューヨーク・タイムズ記者の身体の障害などもからかいの材料にしています。


12月のカルフォルニアでの襲撃テロ事件の容疑者

 アメリカでは「政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス、PC)」という考え方が定着して、少しでもマイノリティの気分を害するようなことをいってはならない、ということが常識化しています。アメリカではPC(ピーシー)といえば、パソコン(パーソナル・コンピュータ)のことではありません。マイクロ・アグレッション(micro aggression)といって、何でもかんでも差別発言に仕立て上げてしまうリベラル派の風潮です。一方でそれに対する反発も保守派から多くあります。そして、トランプは日本で言えば、テレビなどで「めくら判を押して」と発言して、テレビの司会者を狼狽えさせる、あのかつての石原慎太郎元東京都知事のような、メディアの放送コードからすれば「危険人物」といえるでしょうが、同時に、あまりに発言内容が厳しく取り締まられることに対する反発感を受け皿にして人気を得ているわけです。トランプはもともと「アプレンティス」というバラエティ番組の司会をしていたこともあり、テレビ慣れしており、客をどうやったら笑かすことができるかを熟知しています。また、ロバート・キヨサキなどの投資評論家との共著の自己啓発本もたくさん出しています。石原慎太郎とビートたけしと糸山英太郎を足して、それに橋下徹のような弁舌をかけた人物であるといえるでしょう。

 ただ、トランプは、ニューヨークが地盤ということもあり、かつてはクリントン一家と深い関係にあったことや、リベラルな政策を支持していたことが共和党のクルズ陣営などから指摘されており、保守系の雑誌では「トランプはヒラリーが送り込んだ撹乱要員ではないか」とも言われていましたが、ありそうなことですが、真相はわかりません。トランプは、すでに書いたような人種差別発言や宗教差別発言を去年は何度もやらかし、他の対抗馬に喧嘩をふっかけてその都度相手から大反論されていましたが、その直後の世論調査では支持率は急降下するどころか、急上昇してしまうことを繰り返していました。アイオワ州党員集会直前のFOXが主催する共和党の討論会では、「女性司会者が嫌いだ」と言って、ボイコットしたりもしました。そのトランプの真価が問われるのがアイオワ州の党員集会だったわけです。

 結果は、トランプが宗教保守票をガッチリと、どぶ板選挙運動で固めた、クルズに敗れましたが、それでも数ポイントの差です。もともとアイオワ州は宗教右派に有利な州であり、かつても宗教右派の候補が首位になりました。トランプは今年に入ってから、宗教右派の有名なジェリー・ファルウェル師(故人)の息子の支持を得て、その息子が経営するキリスト教福音派の大学で演説したり、聖書についての入門書を出している2008年大統領選挙のマケインの副大統領候補だった、サラ・ペイリン元アラスカ州知事の支持を得るなど、宗教右派からの支援もあることをアピールしていました。ただ、クルズが「トランプが引用した聖書の文言の間違い」を指摘したり、福音主義派や文化保守派を完全には取り込めなかったようです。党員集会の結果を報道した記事では、クルズは「文化保守や福音主義派」、トランプは「白人ブルーカラー」からの支持が多かったという分析が出ていました。


テッド・クルズ

 同時にこの州は急進的なリベラルもいるという州です。この点では民主社会主義者のサンダースには有利だと言われていました。オバマにヒラリーが過去敗れたのもリベラルを掴みきれなかったためと言われています。サンダースは次の予備選があるニューハンプシャー州(9日実施)は自分の出身であるバーモント州の隣ということもあり、世論調査ではヒラリーにリードをしていますが、黒人やヒスパニックなど白人以外の人種が有権者に多くいる後の方の予備選挙ではヒラリーに太刀打ち出来ないと言われています。サンダースの熱烈的な支持者は、大学生などの若者で、ヒラリーの支持者は選挙に確実に足を運ぶ中高年層です。一言で言ってしまえばサンダースは、2012年の選挙で旋風を巻き起こした、ロン・ポール下院議員のリベラル版です。ともにポピュリズムの候補者ですが、メインストリームにはなれないでしょう。高齢のサンダースが最後に一花咲かせたということです。また、ロン・ポールの息子でケンタッキー州選出の上院議員をやっている、ランド・ポールも学生支持組織を持っていますが、アイオワのあと、大統領選挙レースからの撤退を表明し、上院選挙に注力することになりました。

 テッド・クルズは、ティーパーティーの主要メンバーとして名前を上げた政治家です。2010年選出ですが2013年にオバマケア成立阻止のために、採決を遅らせるフィリバスター(日本で言えば牛歩戦術のようなもの)を行って話題になりましたが、クルズは共和党のエスタブリッシュメントの中でかなり嫌われています。ランド・ポールとの違いは安全保障問題でタカ派(のように見える)の姿勢をとっていることです。ISISに対してランドはリバータリアンの立場からアメリカの軍事介入には反対ですが、クルズは「ISISを絨毯爆撃で壊滅せよ」と言っています。あくまで空爆であって、内戦介入とか地上軍派遣と言わないあたりがマケインよりはハト派なんだと思わせるのですが、クルズは共和党のエスタブリッシュメントから嫌われていることを自らの「売り」にしているので、共和党の重鎮でかつて1996年の大統領選挙の候補者である、ボブ・ドールからは「トランプより嫌いだ」と言われています。

 トランプはクルズの「立候補資格」についても批判しています。クルズはルビオと同じキューバ系アメリカ人なのですが、もともとは福音主義派の伝道師をしていた父親とアメリカ人の母親の間に生まれた子供で、父親が石油関係の仕事をしていたカナダの病院で生まれています。トランプは「合衆国憲法には大統領になれるのは、<生まれながらの米市民権保有者>natural born citizenだけだと書いてある。クルズはカナダ生まれだからその資格が無い。仮に彼が指名を受けたあとで裁判でも民主党に起こされたらどうするつもりだ」とクルズ批判を展開しています。実際のところ、この憲法の文言の解釈については真っ向から意見と学説が対立しているようです。オバマ大統領についても、マケイン上院議員についても、それぞれ「実はケニアで生まれた」とか「マケインは米占領下のパナマの軍病院で生まれた」などと資格を疑う運動がありましたが、オバマのケニア生まれは根拠が無いことが後でわかりました。オバマの母親はアメリカ人で、オバマはハワイ生まれですから、父親がケニア人でも問題ない、というわけです。トランプがクルズを批判するのは、クルズが本命視されるようになってからで、それまでは反ブッシュの共闘をしていました。

 クルズについては、アイオワ州コーカスの後にもトランプは批判をしていまして、これが現在進行形の問題になっています。クルズの選挙スタッフとクルズ派の上院議員がCNNが党員集会直前に「黒人医師のカーソン候補はアイオワの後、ニューハンプシャーとその次のサウスカロライナに行かない」と報じたのを受けて、「ああ、これでカーソンは選挙戦撤退の可能性が強くなった。表をムダにしないためにもクルズに投票を!」とツイッターなどで呼びかけました。しかし、これは完全な誤報で、カーソンは「着替えを取りに行くだけだったのを誤報された」と反論していた、というものです。トランプは「クルズはアイオワで不正選挙をした。再選挙をしろ」と要求していますが、これは負け惜しみにしても、このCNNの誤報をめぐってCNNも責任をとりたくないのか、クルズとカーソン、トランプのゴタゴタに仕立て上げて報道しています。カーソンは黒人の脳外科医で、福音主義者を自称しています。カーソンは他の共和党候補者が口汚いのと比較して、非常に落ち着いた性格(しかし、外交政策についての知識はゼロ)ですから、その点で一定の人気を得ていましたが、最近はトランプとクルズ、そしてこれから述べる44歳のルビオに押されがちでした。しかし、今回の騒動がニューハンプシャーでの投票動向に影響するかもしれません。


ベン・カーソン

 それでは、トランプは今後どうなるのか。トランプの選挙はよくも悪くも空中戦がメインです。メディア人気のあるトランプはマスコミの注目の的です。テレビや遊説で問題発言をしたりして、それをメディアが取り上げることで上昇してきた。他の候補者が各州に多くの選挙対策責任者を置いて戸別訪問に努めたり、候補者の代弁をする政治組織(政治行動委員会、PAC)が巨額の政治献金を集めて作成するネガティブCMによる候補者批判をほとんどしていません。ブッシュはエスタブリッシュメント中のエスタブリッシュメントですから、はじめのうちは資金が「スーパーPAC」と言われる政治組織に唸るように集まって、それをジャンジャカとCMにつぎ込んでいたのですが、トランプのテレビを利用した「無料の選挙キャンペーン」に太刀打ち出来ていません。同じように前のロン・ポール現象と似ていますが、サンダースもPACに依存しておらず、それでも小口献金をかなりかき集めています。

 ただ、そういう空中戦は選挙戦後半では組織と資金のある候補者には勝てないと言われています。民主党のヒラリーが嫌われていながらもサンダースに勝つと言われているのはその組織とカネの力です。トランプはカネはありますが組織はない。クルズ、ルビオ、ブッシュなどの候補者は、共和党の政治家を経験していますから組織があります。トランプが予備選挙を常に一位で勝ち続ければ別ですが、次々と脱落していく泡沫候補者が支持を表明していく中にトランプはありそうにない。アイオワ州党員集会の直前には、共和党の指導部も随分弱気になって、トランプやクルズが指名を獲得する可能性を視野に入れ始めていたとする報道がありましたが、ここに来てルビオがアイオワでトランプと大差ないポイントで第三位に滑り込みました。このことから、ルビオが共和党指導層の「意中の人」になる可能性が出てきています。


ニューハンプシャー州における共和党候補者の支持率動向(2月4日アクセス)

 ルビオが最終的に指名を受けるかどうかは私もわかりません。まずそのためには同州のブッシュと、オハイオ州知事のケーシックという二人を破らなければならないためです。そのため、ニューハンプシャー州では同じような支持率で競り合いになっている3人の中でルビオが一つ頭を抜けださないとだめです。反エスタブリッシュメント系ではトランプとクルズが、エスタブリッシュメント系ではルビオ、ブッシュ、ケーシックの争いが別個に展開されるでしょう。ただ、3人のうち、ヒラリーに勝てそうな候補といえば、ブッシュではなくルビオでしょう。現段階に過ぎませんが世論調査でもそのように出ています。ルビオの戦略としてはニューハンプシャーとサウスカロライナと首位は無理でも3位を常にキープして、3月1日のスーパーチューズデーという多数の州の予備選挙が開催されるまでの間に共和党の有力な資金提供者たちにアピールすることです。

 共和党の有力な資金提供者といえば二人の名前が浮かびます。一人は、コークインダストリーズのチャールズ・コークで、もう一人は、カジノ王であるラスベガス・サンズ経営者のシェルドン・アデルソンです。その他にもヘッジファンドの経営者の名前が浮かびます。コークは今年初めのフィナンシャル・タイムズのインタビューでトランプもクルズも支持していないことを明かしています。コークは基本的に商売人のリバータリアンなので、多分、ランド・ポールに期待していたのではないかと思いますが、ランドは予備選から撤退してしまいました。もう一人のアデルソンが重要なのは、アデルソンが有力なイスラエル・ロビーのメンバーであるためです。アデルソンは勝てる候補を支持するとだけ言っていますが、自身は「ルビオが好きだが自分の奥さんはクルズが好きだ」といって煙に巻いています。イスラエル・ロビーの中心財界人であるアデルソンの資金がどこに流れるかは非常に重要です。


マルコ・ルビオ


シェルドン・アデルソン

 私が気になっているのは、アデルソンが新人のルビオを応援するのではないか、という可能性です。マルコ・ルビオという政治家は、フロリダ州下院議長も務めた若いながらもかなりのやり手で、共和党の党が発行しているクレジットカードを私的に使ったことなどが批判されましたが、基本的には共和党の次世代の若手ホープという立ち位置です。ヒスパニック系の出自から以前は、オバマ政権の掲げる不法移民の立場を合法化する政策を支持していたこともあります。共和党がオバマの再選を許したのは、ヒスパニック系の支持を固められなかったためで、ジェブ・ブッシュの奥さんがヒスパニックであるとか、ジェブはスペイン語が話せるのが注目されたのもそのためです。ルビオのキューバからアメリカへの脱出劇も、以前はカストロ政権樹立後に亡命してきたと彼は話していて被迫害者のイメージで売っていました。実際はカストロ革命の前に米国に移住した経済移民だったことが判明しています。父親はバーテンダーをしながらルビオを育てたという話が「アメリカンドリームを体現する」と言われました。本人も借金をしながら大学を卒業し、弁護士資格を得たことを苦労話にしています。

 インターンとして、政界に入ってからはボブ・ドールの選挙スタッフをしたり、マイアミの行政職をしていましたが、2000年にはフロリダ州の地元議会の下院議員になって政治家として手腕を発揮し、2010年の公認候補としてフロリダ州の共和党上院議員として当選しました。当時は「ティーパーティー」の候補者としてアピールしていました。

 日本人が最も注目しなければならないことは、ルビオというのは有力なネオコン派であるとアメリカのリベラル派と保守派から認定されていることです。ルビオは、議員になった2014年1月には、訪日し、安倍晋三首相と会談しています。安全保障政策としては、今回の大統領選挙の共和党候補者に中では最もタカ派であり、ネオコン派の言論人であるビル・クリストル(ウィークリースタンダード編集主幹)の支持を得ています。クリストルは、アーカンソー州のトム・コットン上院議員と並んでルビオをネオコンの次世代として期待しているようです。実は、クリストルは以前、「ルビオとフィオリーナの正副大統領候補がいい」と述べていたこともあります。ルビオこそはブッシュ・チェイニー路線の継承者として期待されている、「共和党のオバマ(若手ホープ)」であるわけです。ルビオはアデルソンに詳しく外交政策を説明し、資金提供を求めているという報道もありました。アデルソン以外にもイスラエル支持派の金融財界人はルビオの支持表明をしています。ヘッジファンド経営者のポール・シンガーの名前が上がっています。

 そして何よりもルビオのネオコン派との紐帯を感じさせるのが、彼の選挙スローガンです。彼は「アメリカ新世紀(A New American Century)」というスローガンを掲げて選挙運動をしていますが、これはどう見てもブッシュ・チェイニー政権を支えたネオコンの運動「The Project for the New American Century(PNAC)」と連動しているという他はありません。支持者の人脈を見ても、クリストルのほか、タカ派のジム・タレント元上院議員、元レーガン政権高官で代表的ネオコンのエリオット・エイブラムズ、代表的なネオコンのロバート・ケーガン、マックス・ブート(CFR研究員)やスティーブン・ハドリー(ブッシュ政権NSC議長)などですが、サイト「FPIF(フォーリン・ポリシー・イン・フォーカス)」によると、更に250人のネオコン派の政策集団によって組織される、「ジョン・ヘイ・イニシアチブ」(2013年設立)からの助言を受けていると言われています。このジョン・ヘイというのは19世紀から20世紀にかけてアメリカ帝国が勃興していく時の門戸開放政策を唱えた国務長官(マッキンレー、セオドア・ローズヴェルト政権)のことですから、現在アメリカに漂う「アイソレーショニズム」を批判、打破し21世紀もアメリカの世紀にするべく世界中に軍事介入していこうとするぞ、という意味合いがあるわけです。



奇妙な符合?


ジョン・ヘイ国務長官

 保守派やネオコン派のインテリは、トランプだけは絶対にダメだという立場です。トランプは民主党の放った刺客である可能性もあれば、一方でプーチン(ネオコンの仇敵)との連携を模索していることや、同じくプーチン支持のコンスピラシー・セオリストのアレックス・ジョーンズについて好意的なコメントをしているなど、一筋縄ではいかない人物である可能性もあります。そのため、保守派の機関誌である週刊「ナショナル・レビュー」が、1月下旬に一冊まるまる使ってアメリカの保守系論客を総動員して、「なぜトランプは信用ならないのか」という特集を組みました。ナショナル・レビューの創刊者はニューヨーク出身のウィリアム・バックレー・ジュニアで、同誌はロックフェラー系の「保守本流」と言われてきました。クルズがトランプのことを「ニューヨークの価値観の体現者には保守派はいない」と言って討論会の時に批判した時に、トランプがすかさず名前を出したのはこのバックレーだったわけですが、トランプ自身はそのバックレー創刊の雑誌に徹底批判されています。ただ、現在は同誌の内容は、ネオコンと茶会党系と余り区別がつかなくなっています。


反トランプ特集号を出した「ナショナル・レビュー」

 ネオコン派は、クルズならば与し易いと読んだのか、1月下旬にはルビオだけではなく、クルズにもクリストルらが接近しているという報道がありました。本命はルビオだけれども、クルズが指名を受けることも視野に入れてネオコンの売り込みをしようということでしょう。何しろクルズはジョージ・ブッシュの本拠地であるテキサスの上院議員です。

 日本人からすれば、オバマ・バイデン路線の継承から最も離れている、ルビオの存在は非常に警戒すべきです。オバマ・バイデンの掲げる現実主義的な外交政策であれば、ブッシュ政権のような冒険主義には出ないと考えられ、昨年通過してしまった安全保障法に基づく後方支援の可能性も非常に低かったためです。ただ、ルビオがまかり間違って大統領になってしまうと、ネオコン政権になる可能性がありますから、中東だけではなく、極東でも冒険主義的な外交を次期政権が行うという期待から、日本の対中国強硬派に誤ったメッセージ(期待感)を発してしまうおそれがあるのです。その意味では、予想通りにヒラリー・クリントンが大統領になるのはまだマシと言えるでしょう。

 ただ、ルビオはオバマ路線を最も厳しく批判しており、オバマ政権の国務長官だったヒラリーに対する舌鋒も鋭い。ヒラリーは指名を獲得するでしょうが、それでもルビオが相手になれば苦戦を強いられると思います。トランプが相手であればヒラリー楽勝でしょう。トランプはフランスで言えば国民戦線(FN)のル・ペン党首みたいなものですから、保守・リベラルと戦略的にヒラリーを勝たせるだろうからです。クルズになっても福音主義派では、やはりヒラリー勝利でしょう。

 一応、現段階での世論調査を紹介すると、トランプ対クリントンでは「NBC/WSJ」の共同調査では、1月13日調査でクリントンが10ポイントリード、ルビオ対クリントンではクリントンが1ポイントのリード(ただし、1月7日のFOXの調査ではルビオが9ポイントのリード)、クルズ対クリントンでは、1月13日調査のNBC/WSJではクリントンが4ポイントリードです。ブッシュとクリントンでは、1月7日のFOX調査では互角ですが、これはクリントンの支持率が、彼女が国務長官時代に機密事項を個人サーバーを経由する電子メールでやり取りして送っていた問題などもあって下落し続けていることが原因でしょう。



 ヒラリーの副大統領候補はテキサス州サンアントニア前市長のヒスパニックのジュリアン・カストロ(オバマ政権の住宅都市開発長官)の可能性が最も高いと言われています。ヒラリーが現地の遊説で冗談交じりに「私のランニングメート」と紹介したこともあります。カストロには同じ日に生まれた兄弟の政治家がいます。それが対日政策にも関心がある議連「ジャパンコーカス」のメンバーでもある、ホアキム・カストロ下院議員(民主党)です。オバマ大統領がアフリカ系だったので、次はヒスパニックを抑えなければならないと民主党は当然に考えるでしょう。


ジュリアン・カストロ(オバマ政権の住宅都市開発長官)

 また、NY市長のマイケル・ブルームバーグが少し前に「無所属」での出馬を検討しているとメディアが一斉に報じました。ただ、これは勢いが衰えないバーニー・サンダースに対する単なる牽制のための観測気球でしょう。ブルームバーグはもともと民主党で共和党に鞍替えした財界人ですから、考え方はニューヨークリベラルに近い穏健共和党のユダヤ人です。ヒラリーを基本的には支持しているでしょう。サンダースの存在は、ヒラリーをリベラル派に引き寄せるための民主党上院議員の重鎮である、エリザベス・ウォレンの戦略だったと思います。ウォレンは一時は出馬が取り沙汰されていましたが、学級肌の自分としては出馬するつもりがないと固辞しました。それと入れ替わりにメディアの注目を集めたのがサンダースです。サンダースの躍進でヒラリーは「今のままではTPPには反対」と10月の討論会の直前に言わざるを得なくなりました。ヒラリーは自分で「私はリベラルの進歩主義者」と言っていますが、サンダースは「お前はウォール街の手先だ」と批判し続けています。しかし、サンダースでは本選ではどう転んでも勝てるわけがありませんので、これはヒラリーの政策をリベラル左派に誘導する作戦だったと思います。

 話をまとめると、大統領選挙は大きな事故がなければ民主党はヒラリーで決まり。共和党は組織のないトランプはやがて失速、支配層寄りの候補としてはマルコ・ルビオがネオコン派として浮上していく可能性が考えられる、ということになります。もちろん、予想は予想ですから、実際は外れる可能性もあります。ただ、共和党内は「ネオコンの逆襲」と「ポピュリズム」の戦いであるということは間違っていないと思います。ヒラリーにとっては、クルズやトランプやブッシュを期待したいところでしょう。
 
中田安彦拝

このページを印刷する