「1485」書評:アメリカの著名ユダヤ人小説家、フィリップ・ロスの小説「プロット・アゲンスト・アメリカ」(集英社)/架空歴史小説を手がかりに「アメリカ国内優先主義」(アメリカ・ファースト)の美名を表と裏で使い分けた米財界人の冷酷な世界戦略が見えてきた (その1) 2014年10月14日

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 アルルの男・ヒロシです。今日は、2014年10月14日です。
 
 今日は、今日本の読書人階級の間で話題になっている翻訳小説の書評をします。その本は、米国のユダヤ人小説家であるフィップ・ロスという人の「プロット・アゲンスト・アメリカ」という小説です。この本は、1933年生まれのロスが2004年に発表した小説で、ユダヤ人であるロスの家族自身を主人公にした小説です。私は、フィリップ・ロスの小説はほかには一冊も読んでいませんが、この本を新宿の紀伊国屋書店で見かけたときに直ぐに買い求めました。表紙にナチスの鍵十字が大きくデザインされた印象的な表紙のペーパーバックでした。ロスは、ウィリアム・フォークナーやソール・ベローと並ぶ著名な米国文学者です。

 なぜ私がいままで読んだこともないユダヤ人作家の小説に手を出そうかと思ったかというと、この小説が、架空の設定として「もし、フランクリン・デラノ・ローズヴェルト大統領が三選されずに共和党の支援するチャールズ・リンドバーグが大統領になる」という前提を置いて、アメリカの外交政策がどのように進展していったかを描く壮大なシミュレーション小説だからです。

 1940年代のアメリカのユダヤ人社会の空気をうまくとらえているのではないかと思ったからです。ほかのロスの小説はユダヤ人社会について描いているのですが、ここまで政治的な題材を扱っている訳ではありません。架空歴史小説という題材は、下手をすると事実の歪曲だけで終わってしまう危険性を持ちます。しかし、このロスの小説は最初はそのような歪曲ばかりではないかと疑ったのですが、あとでこの本の書評を書くために事実検証をしてみると、この本に登場している「敵役」の政治家や財界人たちが、ユダヤ人の目から見れば、許しがたい戦争犯罪人ともいうべき行動を取っていることが明らかになってきました。

 詳しくは書評で小説そのものとほかの文献を紹介しながら解説しますが、ここで端的な結論を述べるとすれば、それは「アメリカの軍隊は欧州大陸出の大戦争には介入しない。アメリカの若者をアメリカの国益と何にも関係ない欧州大陸で無益に死なせることはない」という政治的スローガンを掲げた、「アイソレーショニズム」(アメリカ国内問題優先主義、一般的には孤立主義とも)という政治運動を推進してきた人々がこの「平和主義(不介入主義)」の美名の影で行ってきた、恐ろしいナチスの戦争犯罪への直接的な加担の実態そのものです。

 この小説ではアイソレーショニストとして、リンドバーグのほかにヘンリー・フォードが登場しますが、このフォードこそ、反ユダヤ主義の思想宣伝書である「シオン長老の議定書」を宣伝する雑誌を発行していた財界人です。これはロスの小説には書いてありませんが、フォードはナチスの戦争遂行の原動力となった、米スタンダード石油が資本参加していた、ドイツの重化学企業「IGファルベン」の米国支社の取締役を自らの息子に就任させていた人物でもあります。フォードは、ユダヤ人金融業者のことは批判しますが、モルガン財閥など非ユダヤ系の銀行家のことは「仲間」だと述べています。つまり、金融業界からユダヤ人を排除するために、フォードは国際金融資本批判をしただけとも言えるのであって、実際、フォード以外のロックフェラー系のスタンダード石油らとはともにナチスドイツ傘下のIGファルベンに出資しています。そのナチスがアウシュヴィッツの絶滅収容所を建設して、大量のユダヤ人を強制労働させたり、ガス室で虐殺したのは周知の通りです。このアウシュヴィッツなどの収容所で使用された殺人ガスはIGファルベンの系列企業が生産していた「チクロンB」という薬品であり、同時に同社はアウシュヴィッツ収容所内に工場を建設しています。ところが、この収容所のIGファルベンの工場は戦時中のアメリカの空爆の対象から除外されていました。600万人であったかどうかはわかりませんが、最低で数十万の虐殺があっただろうと思います。

 このように、アメリカの参戦に対して異を唱えるアイソレーショニストたちの団体の会員であったフォードは、実際にはアメリカの中立をいいことにナチスドイツと組んで利益を上げていた企業だったわけです。これが、ナチスドイツの戦争犯罪追求の際におろそかにされてきた本当の闇であるといえます。

 それでは以下に書評を掲載します。

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書評論文:フィリップ・ロス著 小説「プロット・アゲンスト・アメリカ」(集英社)
ーユダヤ人の視点からみた「アメリカのナチス戦争協力」を描いた寓話

中田安彦(2014年10月14日)

※この書評は小説の結末に言及しております。ラストを知りたくない人は読まないでください。
 
 フィリップ・ロスという人物の小説を読むのはこれが初めてである。というのは有名な作家だが日本ではアメリカ文学など一部にしか受けないので、翻訳の出版点数がこの作家もあまり多くないためである。1933年生まれのロスは、1960年にデビューし、1997年にピュリツァー賞を受賞した作家で、98年にはホワイトハウスの米国芸術勲章を授章している。フォークナーやソール・ベローと並ぶ米国の著名小説家だ。

 一般的にロスは、ユダヤ人ならではの米国のユダヤ系市民の生活を描くのが得意とされている小説家だ。しかし、この作品の中でロスは、「ありえたかもしれない過去」という大胆な舞台設定を用意し、「アメリカ社会でも当時はナチスを暗黙のうちに支持する」という国民の声が存在したことを告発している。この小説が最初に米国で登場した2004年はブッシュ政権がイラク戦争の泥沼に足を突っ込み始めたころである。

 この小説は、1940年のアメリカ大統領選挙でフランクリン・デラノ・ローズヴェルト大統領が三選しない、という架空の事実を出発点にその後のアメリカがどのようになったかをシミュレーションするというものである。このシミュレーションでは、アメリカは右派ファシストの新大統領によってナチス政権と不可侵条約を結ぶことになっている。大日本帝国もアメリカと勢力分割を約束する協定を結ぶので、米国は枢軸国と戦争しないまま歴史が流れるという設定になっているのだ。

 ロスの小説ではローズヴェルトの代わりに、1940年の大統領を制するのは、アメリカで初の太平洋横断飛行を○年に成功した、飛行機乗りのチャールズ・リンドバーグが共和党の支援する大統領になることになっている。チャールズ・リンドバーグというのは対ナチスの第二次世界大戦の欧州戦線に米国は参加してはならないという主張を唱えた論客としてもしられている。そして、このリンドバーグや財界人のヘンリー・フォード、民主党の政治家であるジェラルド・ナイらによって、民主党の介入主義的な勢力を牽制するために結成された国民運動が、「アメリカ優先委員会」(アメリカ・ファースト・コミッティ)というものである。この「アメリカファースト」のことを批判する米国のグローバリストたちは、「孤立主義者」として侮蔑的に呼ぶ。しかし、二十世紀の前半の段階で既に米国は世界覇権国だったのだから覇権国が孤立する訳がない。だから、このアイソレーショニズムを体現したアメリカ・ファースターたちのことは「米国内問題優先主義」とか「孤高主義」と呼ぶのがより彼ら自身の信条に合致した呼び名になるだろう。

 アイソレーショニズムについて、副島隆彦は主著「世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち」(講談社+α文庫)の中で最も思想的側面から適切な説明を加えた初めての日本の論客である。副島はパット・ブキャナンが1990年湾岸戦争を前にして、突如米国政治論壇にこのアイソレーショニズムを復活させたことについて次のように中東介入を主張していたネオコン派と対比させて次のように述べている。

(引用開始)

 パット・ブキャナンが90年湾岸戦争を前にして、「グローバリストが握っているアラブの石油のためにアメリカの若い兵士たちの血を流す必要があるのか」とか、「アメリカはもう、外のことは放っておいて、国にもどろう」と言った時に、この「アメリカ・ファースト!」を持ち出すことによって、共和党の伝統であるアイソレーショニズムを復活宣言したのである。

「世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち」(66ページ)
(引用終わり)

 パット・ブキャナンは、2003年に開始されて現在もISISという敵を相手に続いている第二次湾岸戦争についても、ブッシュ政権の強硬的な介入政策について批判することなどを目指して、保守雑誌「アメリカン・コンサバティブ」を立ち上げている。政治家としてブキャナンのアイソレーショニズムを体現するのが、テキサス州選出の元下院議員のロン・ポールであり、現在ケンタッキー州選出の上院議員となった息子のランド・ポールだ。最近でもポール上院議員は米国のISISに殲滅するシリア空爆への参加を批判している。 

 このブキャナンについては、アイソレーショニズムを理解する上で現在存命の中でもっとも重要な政治評論家だから、この後もロスの小説について述べながら、折にふれてブキャナンについて言及していくことにする。

 ところで、ロスは、この「リンドバーグ大統領」という一見荒唐無稽な設定について、なぜ思いついたのか。これについては2000年に歴史家のアーサー・シュレジンジャーが、1940年、一部の共和党政治家がリンドバーグを大統領に担ぎ出すことを検討していた、という記述を発見したのだとロス自身がニューヨークタイムズのインタビューで答えていた。

 この小説を読んで初めて気づいたのだが、第二次世界大戦終戦前の米国内では、黒人差別だけではなく、ユダヤ人差別意識が米国の白人層の間で意外なほどに強かったようである。この小説に登場する、主役の一人であるリンドバーグは、アメリカを欧州大陸での戦争に巻き込もうとしている勢力として、3つあげており、それはイギリス人であり、ローズヴェルト政権であり、そしてユダヤ人であると演説で明言している。この演説が、リンドバーグの支持者からも批判者からもまず最初にその重要性を指摘される、1941年9月11日にアイオワ州デモインの「アメリカ優先委員会」の集会で行われた「戦争扇動者は誰か」と題する演説である。ユダヤ人が米国を戦争に巻き込もうとするのは、それはドイツがユダヤ民族を迫害しているからであるというのが、リンドバーグの考え方で、それでもなお米国は大陸の戦争から距離を置くべきであるという考えである。ここに思想としての「米国国内優先主義」の真髄が現れている。

 彼らは、リベラルの介入主義者でもなく、ネオコンと言われるような海外での武力行使を常に求めるタイプの武力重視のタカ派でもない。彼らは軍備を嫌う平和主義者(パシフィスト)ではない。彼らは米国にとって重要なのは自分たちが他国に領土内で攻撃された時に、万全の反撃を行って自国を防衛できるようにするために、自国軍備の投資を怠るなというものである。これは戦後であればリバータリアニズムと呼ばれるものである。これをアイソレーショニズムと当時は呼んでいた。

 米国国民が欧州大陸での戦争に参加したくないと思っていたことは、世論調査の数字からも明確だった。現在もアイソレーショニストである立場を崩さない、有名な反ネオコンの保守評論家のパトリック・ブキャナンは、自著「共和国であれ、帝国になるな」(レグナリー社)の中で当時の世論調査の数字を紹介している。それによると、ナチスドイツが第二次世界大戦を開始した1939年9月の段階で全体のわずか2.3%の米国人しか戦争に参加するべきだと回答しておらず、英仏が敗北の瀬戸際に追い詰められたとしても、参戦すべきと考えていたのは13.5%に過ぎなかった、という。これほどまでに米国民の戦争を忌避する心情は強かった。

 ロスは、米国のニュージャージー州のユダヤ人居住地区で幼年期を育ったユダヤ人一家の視点から、この米国市民の間で圧倒的に支持されていた、当時の参戦忌避ムードを批判する。小説の中で、ロスの従兄は米国と違い英連邦としてドイツに宣戦布告をしたカナダにわたって義勇兵として戦争に参加するようになったことを描き、家族の知り合いのユダヤ人ラビ(やがてロスのおばと結婚する)がユダヤ系コミュニティを裏切って、ナチス容認のリンドバーグ大統領のユダヤ系向けのスポークスマンを務めるようになったことに対し、不安に思う様子を描く。この小説は架空の設定のもとに米国東部のユダヤ人のコミュニティが戦争への態度を巡って引き裂かれるさまを描いているのだが、この背景にあるのが「米国国内におけるナチスのプロパガンダを見抜いているかいないか」という大きな問題が横たわっていることを主張しているのである。

 この小説の中で米国に住むユダヤ人の敵として描かれる実在の組織は、「ドイツ系アメリカ人協会」「アメリカ優先委員会」「南部民主党員」「孤立主義者共和党員」である。いわゆる、東部エスタブリッシュメントが抜けているのがロスの小説のいやらしいところだ。

 ロスは、この小説の冒頭でリンドバーグが1940年の米大統領選挙に共和党候補として党大会で選出される様子を信じられない様子でラジオ中継で聞いているユダヤ人コミュニティの様子を描いているが。その際に彼らなりのリンドバーグと「アメリカ優先委員会」についての説明を行っている。それを以下に引用する。リンドバーグは当時陸軍大佐だったが、ユダヤ人が米国を戦争に巻き込もうとしており、ユダヤ人の一部でも良識のある人々は介入反対の立場を述べている、と作中で時と場所を変えて先ほど紹介したアイオワ州デモインの厭戦演説を登場させている。

(引用開始)

 内務長官ハロルド・イッキスからをはじめとする民主党の閣僚からの攻撃があまりに激しかったために、リンドバーグはFDRを最高司令官とする体制に仕えることを潔しとせず陸軍大佐の地位を辞した。だが、介入反対のキャンペーンの先頭に立つ、基盤としても最大の組織たる<アメリカ優先委員会>は依然彼を支持し、リンドバーグはいまなお中立論布教者として誰より高い人気を誇っていた。<アメリカ優先委員会>のメンバーにとって、「わが国に対するユダヤ人の最大の脅威は、彼らがこの国の映画産業、新聞、ラジオ、政府を大部分占有し、影響力を行使していることです」というリンドバーグの主張は、(たとえそれに反する事実を示されても)議論の余地なきものだった。リンドバーグが誇らしげに語る「ヨーロッパの血の遺産」という思いや、「外国の民族による血の薄まり」と「劣等な血の浸透」(いずれも当時の日記に現れるフレーズ)に対する反感は、一個人の確信の表明であるにとどまらず、<アメリカ優先委員会>の庶民層のかなりの部分、さらには国全体に広がる狂信的な選挙民にも共有され、ユダヤ人差別を心底憎む私の父親のようなユダヤ人にはーあるいは、根強いキリスト教徒不信を抱く私の母親にもーとうてい想像し得ぬ勢いでアメリカ中に広がっていたのである。

「プロットアゲンストアメリカ」(22ページ)
(引用終わり)

 このように小説で描かれている米国は架空の米国である。ただ、リンドバーグが実業界や金融界を支配するユダヤ人だけではなく、一般的なユダヤ民族にも差別的感情を抱いていたことはどうやら事実である。その証拠として、ロスは小説の巻末に付けられた歴史資料の中で、フォード自動車創業者のヘンリー・フォード1世が、1940年にインタビューで「チャールズがここに来ると、私達はもっぱらユダヤ人の話ばかりしている」と述べた事実などを根拠として上げている。また、この資料の中ではリンドバーグは、1939年にヒトラーがチェコスロバキアを併合した後に、「ヒトラーのやった多くのことを私は是認しない」と述べている一方で、フォードの方は、第一次世界大戦について「誰が戦争を起こしたか私にはわかる。ドイツ=ユダヤの銀行家たちだ」と述べていたことや、1920年代にフォードが買収した地元週刊紙「ディアボーン・インディペンデント」で有名な「国際ユダヤ人」という連載記事を載せたことについて指摘している。実際の歴史上での第二次世界大戦の直前には、リンドバーグと協同して孤立主義とアメリカ優先委員会を支持、フォードは同委員会の執行委員に任命され、同時期に過激な反ユダヤ主義でしられるラジオ司祭のコフリン神父とも定期的に会っていたことが指摘されている。

 さらに、これはロスは一切指摘してないが、歴史研究者の菅原出(すがわらいづる)氏によると、実は、このアメリカ優先委員会には、ロックフェラー財閥の顧問弁護士である後の国務長官のジョン・フォスター・ダレスも仕掛け人のひとりとして関わっており、ダレス夫人のジャネットは同委員会の熱心な支持者だったという。実は後述するようにここが極めて重要なところで、アメリカ優先委員会のバックを探ることが重要になってくるのだ。

(続く)

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