「1448」番  私が、今やっている仕事、考えていること、書くべき文章のことなどを、まとめて報告します。 副島隆彦  2014.5.11 

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副島隆彦です。 今日は、2014年5月11日です。

どんどん日が経(た)って行きます。 私は、遊んで暮らしている訳ではありませんが、いろいろと目先の文章(本)を読んでいるうちに、日が経ってゆきます。 私が、今、やっている仕事は、以下のことです。

1. 弟子たちとの 学問道場 SNSI第7論文集でもある 「 フリーメイソン = ユニテリアン教会 が明治日本を動かした」 (成甲書房 刊)が、6月の中旬には出ます。私を含めて12人で書きました。 350ページぐらいある分厚い本になりそうです。

私たち学問道場の 優れた書き手が結集して、なんともう8ヶ月も掛けて書き上げました。内容は、すべての執筆陣が一丸となって書きましたので、すべて文句なしの出来ばえです。日本国の明治時代の 指導者たちの思想と生き方の全容が見て取れるでしょう。

これで日本国の明治時代研究が、歴史、政治思想史としても格段に学問的に進歩したと自画自賛出来ます。私は弟子たちの原稿に徹底的に赤ペン入れ(物書き教育としてと、職人技の仕込みとしても) をやりました。皆、よく私から「説得する文章力( =術)」を学んでくれました。 引き続き、私たちは、「幕末・維新の偉人伝のウソ」という次の本の企画に向かって進んでゆきます。 「フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした」の出版時期が近づきましたら、改めて宣伝します。

2.私は、会員ページに、5月8日に『デヴィ・スカルノ回想記( 自伝)』から分かるインドネシア戦後政治の悲惨 を載せた。 インドネシアという大きな国が、どうしてあんなに真っ暗で、戦後の1965年からの50年間を、世界の陽の目を見ないで、恐ろしい闇の中を彷徨(さまよ)ったまま、今日まで来たのか。

「今日のぼやき・1447」「『デヴィ・スカルノ回想記』から見るインドネシア戦後政治史の悲惨  副島隆彦 2014年5月8日」
https://www.snsi.jp/tops/boyaki/1739

その大きな秘密を解き明かしました。会員は、この「デヴィ夫人の目から見た戦後インドネシアの政治の悲惨」から大きな事実をたくさん知って、おおいに勉強してください。

3.私は、連休の間は、ずっと「真実の徳川家康」という本作りをやっていました。
戦国時代の歴史の一部である、この 新しい徳川家康論は、私が、去年の10月に出しました、闇に葬られた歴史(PHP刊) の 第2章の 「徳川家康の正体  村岡素一郎(むらおかもといちろう)著史疑( しぎ)を現代に蘇(よみがえ)らせる」 をさらに拡大した本になる。前著の内容を、もっと全面的に、徹底的に証拠立てて、はっきりと一冊の本にして、世に知らせることは大事なことだと、私が考えるからだ。

今(西暦2014年)から454年前の、1560年の 5月20日の、桶狭間(おけはざま)の戦い( 今は名古屋市のはずれ。尾張と三河の國境=くにざかい=。夜襲の急襲であったろう)で、駿府(すんぷ)太守(たいしゅ)の 大(だい)大名の今川義元(いまがわよしもと、足利幕府の一族、兄弟家)が、織田信長に殺された。その直後から、日本の政治に一体、何が起きていたのかを、副島隆彦の歴史洞察の眼力が全力で重要で、大きな真実を暴き立てる。

その1年後、1561年(永禄4年)の12月4日に、岡崎城主、松平信康(まつだいらのぶやす)を殺して、まんまと、すり替わり、成り代わった男がいる。それが、本名、世良田元信(せらだもとのぶ)である。この男は 願人(がんじん)、簓者(ささらもの)であり、喇叭(らっぱ)透破(すっぱ)と呼ばれた忍者で、かつ 今川方(がた)の忍者でありながら、この世良田元信は、二重スパイで信長のスパイでもあった。恐ろしい、強盗、山賊、暴力団の大親分ような男である。

こういう男でなければ戦国の世を、人殺しの連続を生き抜くことは出来ない。 私、副島隆彦は、それらの歴史資料をずっと調べている。今の徳川家の 御用学者たちである歴史学者たちが現代語訳にして出版している『 徳川実記(とくがわじっき)』(公式の 家康の経歴書) も 読んで調べている。どこで、どのような歴史の偽造が行われたか。 今からあちこち現地調査もする。

今から454年前の事件の、怨念と 無念を飲んで死んでいった者たちの亡霊、怨霊(おんりょう)が、どうか真実を蘇(よみがえ)らせてくれ、と私に迫ってくる。やらないわけにはゆかない。この問題を知りたい人は、前述した私の闇に葬られた歴史(2013年11月刊)をまず予行練習として、読んでおいて下さい。

4. 私は、去年の8月から気になっていたことだが、小説家の 佐藤亜紀(さとうあき)さんの小説、バルタザールの遍歴(1991年刊)と鏡の影(1993年刊)から、卑劣な盗作(plagiarism プレイジャリズム、文章の盗用)をした 平野啓一郎(ひらのけいいちろう)を、断じて許すべきでないと、考える。今からでも徹底的に筆誅(ひっちゅう)を加え、糾弾するべきだ。

平野啓一郎は、佐藤亜紀(1962年生 だから現在52歳)の、ヨーロッパ中世を描いた優れた幻想歴史小説から盗作して、盗作『日蝕(にっしょく)』で、1999年の芥川賞を受賞している。

その時以来、文學界、小説読みの世界で、囁(ささや)かれている 事件である。 そして、大出版社の 新潮社は、あろうことか、佐藤亜紀の前記の著作たちを、絶版(=出版物の中から消すこと。品切れ状態にする)にして、平野啓一郎の肩を一方的に持って、2000年に、佐藤亜紀の作品を社会から葬り去り、いじめ続けた。「もう、あなたの本は売れませんから、ウチとしては出しません」と、言ったのだろう。 断じて許し難(がた)い事である。新潮社よ、おのれらがやった著者弾圧が、どれぐら非道なことか、14年後の今からでも思い知れ。

佐藤亜紀は、自分のブログで、2000年3月17日にはっきりと書いている。
佐藤亜紀は、新潮社が、平野の肩を一方的に持って、自分の本が絶版にされて、佐藤は、新潮社といろいろと掛け合った(丁寧に交渉した)のだが、新潮社の態度があまりにもヒドいものだった。だから ブロクの中に、このように思い極まった感じで書いている。

「・・・やっぱ世の中って(引用者注記。 誰かが、すなわち佐藤亜紀が、)新潮社のロビーでガソリンをかぶって焼身自殺してやるしかないくらい暗黒で腐れ果てたのね」

と、書いている。

平野啓一郎による露骨な盗作のことは、『日蝕(にっしょく)』が芥川賞を受賞した直後から、ずっと文学書(小説)好きの読者たちの世界で騒がれた。私もいくつか記事を読んで知ってはいた。しかし放ったらかしにした。あれから15年である。 この間も、平野啓一郎は、下品な評論家の宮崎哲弥(みやざきてつや)と実にそっくりの、にやけた顔をして、最高度に気取りきった態度でテレビにも今も時々、出てくる。文部科学省からもフランス留学させてもらえるぐらいの、京大出の、いやらしい特権作家をやってきた。

文芸( 「文芸部門」と業界用語では言う)の出版社の編集部の世界 では、この 平野の盗作問題は、嫌(いや)がられて、臭いものには蓋(ふた)をする、という感じでタブー視されて、どの編集者も口を重くして語ろうとしない。私と一緒に仕事をしている編集者たちも暗い表情になる。業界人というのは、自分の業界の暗部(あんぶ)のことになると、途端に口を閉ざして、雄弁でなくなる。 揃(そろ)いも揃っておしゃべり人間のくせに。

私は、平野啓一郎が、書いた『日蝕(にっしょく)』が、私が映画評論本でも取り上げた、重要な映画である、原作ウンベルト・エーコ( イタリアの記号学者=セミオロジストという知識人。存命 ) の映画『 薔薇(ばら)の名前』 と 実によく似た、筋立てのヨーロッパ中世の宗教世界を描いている、と思った。あれを翻案(ほんあん)した気取り屋の小説だろう、と睨(にら)んだ。

が、本当は、それよりももっとヒドい、才能あふれる女流作家である佐藤亜紀からの 恥知らずの剽窃(ひょうせつ)、盗作作品であった。 私は、この問題を今からでも、もっともっと世に知らせるべきだと、考える。小保方晴子(おぼかたはるこ)さんのSTAP細胞問題の論文の、捏造、改竄(かいざん)問題と相通じるものである。

5. 私は、小保方晴子さんの「STAP細胞は有ります」問題について、一本、雑誌用の原稿を、一昨日、突貫工事で書き上げた。 私は、理系の実験論文の書き方は知らないし、どういう世界なのかよくは分からない。それでも おそらく STAP細胞は、ES(イーエス)細胞どころか、ヒト(人間)の生殖細胞と、受精卵細胞までを一部混入させてでないと、出来ない(発明、創造。理論としては発見 )だろうと、私の眼力でピンときた。

さらには、ノーベル生理学・医学賞を貰った山中伸弥教授の iPS(アイピーエス)細胞であっても、どうも、ヒトの 生殖細胞(embryo cell )、受精卵細胞( fertilized egg cell )を 使わなければ、爆発的な自己増殖、細胞分裂( ひとりの人間は60兆個の細胞から成るそうだ)は起きないだろう、と、副島隆彦は素人考えで、直観(インチューイション)で4月初めに考えた。

だから、万能細胞(ばんのうさいぼう、toti-potency cell ) どころか、多分化=多能化細胞( たのうか、pluri-potency, プルリ・ポテンシー)の細胞を作ることよりも以前の問題を、今回の小保方晴子さん事件は大きく引っ張りだして、世の中の衆人環視の元に置いたはずなのだ。世界中から日本の、生命科学(せいめいかがく、life sciences ライフ・サイエンシズ)や、発生学(embryology エンブロイオロジー)や、再生医学が、嗤(わら)われたことなど、こうなったらもうどうでもいいことだ。事態はもっと深刻だ。

山中伸弥が、4月28日に行った謝罪の記者会見は、従来にない異様なものだった。鬼気迫るものを感じた。私は、そのことに4月の始めから勘(かん)付いていた。

日本が、この生命(バイオ)系の、ふにゃふにゃした分野では、泥だらけになりながらも世界で最先端なのだろう。この事件については、会員ページに、現役の物理学者で、私たちの研究員の下條竜夫(げじょうたつお) 君が、詳しく、専門家の立場から、「小保方晴子さんSTAP細胞問題について」優れた論文を書いてくれました。 この問題についての私の評論文は、そのうち会員ページに載せます。

6.私は、連休が終わってからの、この5日間は、ずっと、数学(マセマティックス)の本を読んでいた。

コンノ ケンイチ氏が、最近お亡くなりになった。コンノケンイチ氏は、極めて重要な日本の異端の物理学者である。コンノケンイチ(1936-2014、享年78歳)は、ビッグバン理論は間違っていた(1993年、徳間書店刊)を書いて物理学界に衝撃を与えた。

コンノケンイチ氏は、この本で、世界の宇宙物理学( astrophysics アストロフィジックス)の主流派=体制派=保守派 である ビッグバン=膨張宇宙論 派に、日本の持ち場から、大きな反撃をした人だ。 ビッグバン理論一派の学者たちが、数年前も、ノーベル物理学賞をもらっている。

日本にも、その “番を張っている“(すなわち、日本における出店)の 佐藤勝彦(さとうかつひこ)と、池内了(いけうちさとる)という愚劣な宇宙物理学者がいる。 彼らは、コンノケンイチや、人類の月面着陸は無かったろう論(徳間書店、2004年刊)の著者である私、副島隆彦のことを、疑似(ぎじ)科学(シュードウ・サイエンス、pseudo science 、プソイド・スシャンス)の者たち、として、名指しは、穢(けがら)わしいと思ったのかしていないが 、そういう本も2人で書いている。『疑似科学の何とか』(『疑似科学入門』?)という本だ。たしか、疑似科学が世の中に蔓延(はびこ)って困る、という内容だった。

まるで、自分たちが、あの、人類の虚偽と偽善の頂点であるローマン・カトリックの正統(オーソドキシー、正当、正しい )から見て、異端(ヘレティック)で、似非(えせ)= atheist エイシイスト、エセイスト(似非はここから生まれた翻訳後だ)、 = Godを否定する者たち、無神論者(むしんろんじゃ)たちだと、私やコンノケンイチを、嘲笑した。いいだろう。大きな真実は、時間の経過とともに次第に明らかになる。

12世紀、13世紀、14世紀、15世紀、16世紀、17世紀(1600年代)、までの西欧であったら、ローマ・カトリック教会(バチカン)に逆らうと、これらの異端者( heretic ヘレテック)、無神論者( atheist エイシイスト)たちは、体制破壊分子(アナーキー、アン・アルケー un-archy 秩序への反対者 )として、思想警察官(thought police ソート・ポリス)=異端審問所(オーディール、odeal いたんしんもんじょの 大審問官 Inquisitor インクイジター・トルケマーダの手下たち)によって捕まり、 拷問にかけられ 焚刑(ふんけい、火あぶりの刑 )に、私もコンノケンイチも架けられていただろう。今は、そういうわけにはゆかない。

体制、権力、支配、秩序 よりも、 事実と真実そして、それを 勇気を持って書いて、書物にして残した者たちの方が、時間と時代に耐えて、勝つだろう。 「真実(事実)は権力よりも 強い、はずなのだ」 とまでしか、今の副島隆彦は言わない。 「強い」「はずなのだ」なのであって「強い」とまでは言い切れない。 Facts are mightyier than  power.  ファクト(ツ)・アー・マイティアー・ザン・パウア のはずなのだ。はずなのだ、とまでしか私でも言えない。

支配、体制、権力の側は、民衆、大衆を、「私たちが、おまえたちに教育と試験問題を与えるのだから、私たちが教えるとおりの答えを書け。それ以外は、許さん」という強圧と威圧の態度を取る。 「私たちに逆らう奴は、ろくな生活はおくらせない」という態度だ。 それが支配、体制、権力というものだ。そして、国民教育とか、メディア(報道機関)というのも国民洗脳(せんのう、マインド・コントロール、ブレイン・ウオッシュ)の一種だ。だから、大きな真実の指摘は、何十年も、何百年の押さえつけられ、苦しい思いをする。

私は、コンノケンイチ氏と、2010年8月に対談して、その内容は、彼の記念すべき処女作である『現代物理の死角(しかく)』(1980年刊)の 復刻版である『 宇宙論の超トリック、暗黒物質(ダークマター)の正体(2010年、ヒカルランド刊 )として出版されたときの 巻末対談に載った。 この対談部分を、そのうち、デジタル文に文字起こしして、ここの 今日のぼやき に 載せますから、待っていて下さい。

・コンノケンイチ氏と副島隆彦先生(1)(2010年8月、(C)ヒカルランド)

・コンノケンイチ氏と副島隆彦先生(2)(2010年8月、(C)ヒカルランド)

2010年8月9日、熱海

その対談で、私は、「コンノケンイチ氏は、反ビッグバン論者たちの日本代表である。日本の体制派宇宙物理学者たちを私(副島隆彦)も糾弾する。理科系の諸学問もどうやら宗教の一種である。」と語り、このことは、その巻末対談の表紙に大きく見出しページとして書いてある。

私が、コンノケンイチ氏の、ビッグバン理論は間違っていた(1993年刊)を賞賛するのは、彼が、ビッグバン( 膨張宇宙論 )を批判し、否定する際に、欧米の優れた、反ビッグバン派の物理学者、天文学者たちの 論文や、書物を きちんと引用して、説明して、この問題の全体を網羅するように書いたからだ。決して、とんでも本屋さんの思いつきで、あれこれ自分勝手なことを書いているのではない。

この本の 参考文献 に、 以下の本たちが並んでいる。

1.『宇宙の果て』( チモシ・フェリス 著 斎田博訳 地人書館)
2.『ビッグバンはなかった』( 上下巻、エリック・J・ラーナー著 林一訳 河出書房新社)
3.『ビッグバン危うし』( ジョン・ボスロウ著 青木薫訳 講談社)
4.『宇宙のしくみとエネルギー』 (佐藤文隆著、 朝日出版)

このあと、スティーブン・ホーキング著の駄本2冊

7.『〈物質〉という神話』(ポール・デイビス、ジョン・グリビン共著 松浦俊輔訳、青土
社)
8.『無限の果てに何があるか』(足立恒雄=のりお= 著 光文社)
9.『踊る物理学者たち』(ゲーリー・ズーカフ著 原著1979年、佐藤正博、大島保彦訳、青土社)
10.『新しい宇宙の構造』(フレッド・ホイル、H・アルフベン共著 谷川安孝、中村誠太郎監訳、講談社)
このあとアインシュタインの本 など
そして、
18.『現代物理の死角』 (コンノケンイチ著 1980年)
19. 『ホーキング宇宙論の大ウソ』(コンノケンイチ著 徳間書店 1991年)

となっている。

私、副島隆彦は、これらのうちの 10冊ぐらいを、このあと買い集めた。そして時間を見つけて、これらの本をこの10年間で、あれこれめくって、読んだ。 すべて宇宙物理学者たちの専門書の本であるから、よくは分からない。それでも構わない。

彼らは、自分は、大きな真実を言うのだ、嘘を言う気はない、という態度で書いている。この叫びと、情熱と、怨念のようなものを読んでいて強く感じる。 体制派、権力派に擦(す)り寄る者たちは、、自分が大勢順応で、生き延びて、良い職に就(つ)き続けて、一生をぬくぬくと、いい思いをして「生き方上手」で生きたい。

だから、体制派のための虚偽であると分かっていても、それに従って、自分は、御身大事(おんみだいじ)で、悪人の嘘つき人間として、管理職側で、上手に生きてゆく者たちとは、根本から異なる。体制側の愚鈍な人間たちが書く本は、すぐに、私は臭(にお)いで分かる。私は真実を嗅ぎ分ける。

その才能を生まれた時から、私、副島隆彦は持ってる。思想戦闘員( thought commando ソート・コマンドウ)としての天賦(てんぷ)の才能だ。

私は、今度、コンノケンイチ氏のビッグバン理論は間違っていた本と、ホーキング宇宙論の大ウソ(1991年間、これも徳間書店) について、分かりやすく解説しようと思う。待っていて欲しい。彼らは、すでにガラガラと崩れ始めている。と、私が、こう書くと、私のことを嘲(あざわ)らう者たちが、今もいるだろう。だが、その時、彼らの顔は引き攣(つ)っている。その瞬間を私は見逃さない。

コンノケンイチの『ビッグバン・・』から重要な個所を引用する。

・・1986年のその日は、ビッグバン宇宙論の支持者にとって大きな転機・・・。ハーバード大学教授でスミソニアン天文物理学センターの宇宙物理学者でもあるマーガレット・ゲラー女史の革命的ともいえる研究発表がプリンストン大学で・・・。ゲラー女史の講演テーマは、・・・宇宙の大規模構造(のちにグレートウォールと呼ばれる)についてだった。

・・・会場には大勢の物理学者が参集して・・・講演が始まって、ゲラーが順次掲げて見せる宇宙の銀河図には、彼女が見出した宇宙の大規模構造が明瞭に描き出されていた。・・・・その時は、ゲラーたち自身も自分たちの発見が、将来ビッグバン理論を根底から揺るがすことになるとは・・・・。( P32,33)

この巨大な矛盾に無視の姿勢を貫こうとしている保守的な科学者たちを、エリック・J・ラーナーは自著『ビッグバンはなかった』(序文の21ページ)で次のように揶揄(やゆ)している。・・・・(P33)

・・・もし「宇宙の赤方偏移(レッドシフト)がドップラー効果による」という解釈法が間違っていたら、ビッグバン理論はもちろん、数学的に発展させた「超ひも理論」とか「インフレーション宇宙」、「ホーキング宇宙論」など、たちまちにして完全消滅の運命を辿(たど)る。 (P43)

1948年にフレッド・ホイルらによって唱えられた「定常(ていじょう)宇宙論」は、ビッグバンがかかえる特異点(とくいてん)という矛盾を解決するために提出された・・・。日本では「定常宇宙論(Steady State  Universe )というタイトルゆえか、ビッグバン理論に対抗する「爆発も膨張もしていない、常に定常を保っている静止宇宙」と考え違いをしている人が多い。・・・宇宙には始まりも終わりもないというものだ。(P50)

ホールトン・アープ博士の、宇宙の赤方偏移は膨張運動を示すものではないという主張と、・・・・ホールトン・アープは、1949年ハーバード大学を卒業し、・・・1953年カリフォルニアのウィルソン天文台とパロマー天文台の正式な天文学研究のスタッフを務めた。・・・しかしアープは、今はドイツのマックス・プランク研究所に追放された身である。彼の観測した多数の特異銀座(クエーサー)の赤方偏移の異常性をめぐる主張が原因となってアメリカのおける天文台の使用を拒絶され、・・・ (p75)

1966年のある日のことだった。アープは電波源に記されている準星(クエーサー)のリストを見ていたとき、・・・準星と思える電波源が比較的近い銀河のそばにあることに気付いた・・・・午前4時までかかって、アープはいくつかの電波源がわれわれに近い銀河の付近にあることを確認・・・・(P78)

グレートウォールの発見者マーガレット・ゲラー女史は、ジョン・ボスロウに暗黒物質(ダーク・マター)について問われたとき、次のように・・・「暗黒物質の話をきいたときに、なんだかエーテルのことを考えてしまいました。・・・

これはゲーリー・ズーカフ著『踊る物理学者たち』(青土社刊)からの引用である。・・・(P231)

私(コンノケンイチ)は「科学は現代のもっとも強力な宗教」と言ったが、あなた(池内了=いけうちさとる=)方は、それほど完璧なのだろうか? それほど池内氏の信仰する科学(ビッグバン理論やアインシュタイン相対論)は絶対なのだろうか? 「信じる者は幸いなり」というが、あなた方の教祖であるアインシュタインやホーキング・・・・を崇(あが)めるのはご自由だが、自分たちの盲信的な信仰を他人に強要されても困る。(P285)

・・・(私、コンノケンイチの本は)事実「若者に有害きわまる本」と新聞書評に大きく掲載され、非難もされた。 しかし時代は急激に変化しており、本書で述べてきたように欧米ではビッグバン理論は崩壊寸前のクラッシュに見舞われているのが現状である。(P287)

私の知る範囲では、ビッグバン理論は大部分の人が基本的にオカシイといっている。それも一般の人だけでなくレッキとした大学教授や科学者に多いのである。価値観が大きく揺らいでいる現代、池内氏の(私への)批判文を見ると・・・(P289)

(抜粋、引用終わり)

副島隆彦です。このようにコンノケンイチ氏の書いていることは、今、読んでも正確である。彼の大きな業績はあまりにも報われることもなく、彼はさびしく今年逝(い)ってしまわれた。私は深い追悼の気持ちを込めて、弔(とむら)い合戦をしなければならない。それがあとに残された私の責務である。

そして、私は、コンノケンイチ氏の『ビッグバン理論は・・・』 の 前述した参考文献の一冊に、一冊だけ日本人の数学者の本が有るのに気付いていた。それが、 8.無限の果てに何があるか(足立恒雄=のりお= 著 光文社)である。私は、この5日間この本を読んでいた。買った時の10年前には、パラパラとしか捲(めく)れなかった。私は、そのとき、人類の月面着陸は無かったろう論を書くことで忙しかった。

私は、今年61歳になって、ようやく人生に、余生と 時間の余裕が出たからなのか。ずっと忙しかった。それでも、弟子たちを抱えて、私は、次々といろいろな種類の本を書く仕事に追われている。皆は信じないかもしれないが、これだけ本を書いて出版しても、私の生活は安定しない。 3年半前の3・11の大地震の後(あと)で、私の収入は半減した。本が書店で売れなくなったからだ。

どこの書店も、出版社も苦しそうだ。どんな大手であっても今にも潰(つぶ)れ=倒産しそうだ。一番、本が売れている私でさえ、これぐらい苦しい。 ということは、日本全国の、書店や出版業者だけでなく、他のあらゆる業界、産業界、すべての職種(しょくしゅ)で、売り上げ、収入が、この4年間で半減しているということだ。

私は、こういう事実の洞察で間違わない。アホたちのアホ言論や、体制側(安倍政権のアベノミクス、とその失墜)の繰り出す、嘘八百のテレビ・新聞を使ったウソ、国民洗脳(せんのう)を私は見抜く。私は騙(だま)されない。私、副島隆彦が騙されたら、日本は終わりだ、と本気で思っている。

私は、この数学者の足立恒雄(あだちつねお)の無限の果てに何があるか (光文社 カッパサイエンス刊、1992年刊) を ずっと読んでいて、さらに、昔読んだ、数学教育者の 森毅(もりつよし)京大教授の『数学の歴史』(初版1970年刊。講談社学術文庫で1988年)を書棚から引っ張りだして読んだ。 この数日、読んでいて、いろいろと勉強になった。

「無限の果て(のその向こう)に何があるか」 と、 書いたら、そうしたら、現代数学は、終わりなのだ。無限( infinity インフィニティ。infinite インフィニテ、無限大=むげんだい=、 un-limited アンリミッテッド 、極限 limitation リミテイション =仮無限 )を疑って、あるいは、そんなものは無い、とか言ってしまったら、現代数学は成り立たな(はずな)のだ。

今は、そこらの数学者たちでも、吐き捨てるように、「無限なんて無いんだよ」と平気で言うようになった。「あれは、便宜的に、記号で表しただけ」なのだ、と。オカシナものだ。時代は、本当に、コンノケンイチ氏が言ったように、いつの間にか、急激に、崩れるように変わってゆく。皆、自分が、一昔だったら、絶対に言ってはいけなかったことを、ポロリと口にしていることに、自覚がない。そういう人間は、どうせ、元々が、お庶民で、大衆だ。名前は残らない。

それでも、今も 日本の大学の理学部に数学科があって、そこの学生たちと教授たちが立派に存在する。 私が、「副島隆彦は、これから、長年の希望通り、時間ができたら、数学と、イスラム教 の 勉強を始めます」 と言うと、私の身近の大学の数学科出身の人間が、ひたすらイヤな顔をして、私からの質問を、極度にいやがり、神経質に拒絶する。

この人は、日本の大学の数学教育の被害者であって、脳にトラウマ(外傷、脳の表面の思考のところに傷が付いている) がある。だからその後、社会に出てから、頭の中は、どんどんスピリチュアルの世界に行った。

スピリチュアリズム spiritualism の世界とは、多くの洗脳教育と、地獄の受験勉強(試験勉強)から、自分の傷だらけになった脳を、救済しようとして、別の世界にはみ出してゆく、切実な、大衆行動のことだ。私は、学校教育=公教育の 対極のところに、スピリチュアリズムの世界を見る。 そして、自分(副島隆彦)が、そのスピリチュアルの世界に逃れだしていった多くの人々を、自分の本の読者(お客)にできないことを、今も、一番、切実な問題として、考えている。

こういうことを私が、指摘すると 極端にいやがられる。「自分には、大学で勉強した数学が、何にも分からなかった。全く分からなかった。ただ、数式と公式を暗記して、試験を受かって、卒業しただけだ 」と言い切る。 私、副島隆彦は、だから、数学(マセマテックス)とは一体、何者、何物か、で、昨日、2時間ほど、自分のモノローグ(独白)を、録音した。ここからが、私、副島隆彦の「数学とは何ものか」の思考のはじまりである。

多くの人が、特に、理系の、大学の理学部、工学部を出た人たちが、私、副島隆彦の「数学とは何ものか。どうして、ほとんどすべての人間が、数学から落ちこぼれて、特に、それは文科系(ぶんかけい)に人間がほとんどであるが、数学や物理学という学問( 物理学は、サイエンスの一部。だが、数学は、神学=セオロジー=の端女(はしため)、下女である。フィロソフィー(愛知学)と共に、今もキリスト教神学の為の、下僕にされている密かな学問)」の、この秘密を明かしてはいけないことになっている。だから、多くの人は、数学と物理学 には近づかないで、自分のまわりの、だたの現実の世界で生きている。

私は、こうして、数学の世界にも入り込んだ。今度は、数学についての 全体観察をする。 今日は、もう、ここには一箇所しか引用しない。

(引用始め)

・・・ここで、ガウスの数論の発展として、クロネッカーの構築してみせたのは代数体(だいすうたい)の数論(すいろん)であり、これはやがてヒルベルトから高木貞治(たかぎていじ)の類体論(るいたいろん)へといたる通路であった。

クロネッカーは、自然数(しぜんすう)から出発して有限的な構築の世界に数学を限定する、との強い信念とともにベルリン大学に君臨していたのだが、それはじつは、〈無限(むげん)〉の問題が数学の足元を崩しかけている時代であった。

森毅(もりつよし) 数学の歴史 P174  から

(引用終わり)

同じことを、足立恒雄( 早稲田大学で理工学部長もした、現実の世の中をよくよく弁(わきま)えている数学者)が、次のように書いている。

(引用始め)

・・・(カントルの集合論は)とくにクロネッカーを中心とする激しい攻撃にさらされることになった。L・クロネッカー(1823-91)は、整数の体系は天与の基礎知識であって、整数の概念を基礎づける必要もないし、整数以外の数を考えるのは造物主(ぞうぶつしゅ)に対する不敬(ふけい)であるという極端な思想の持ち主であった・・・。

整数論(せいすうろん)学者としてはクロネッカーというのたいへん偉大で、その後の数学の動向に大きな影響を与えた人なのだが、ヒルベルトの言葉を借りれば、権力的な、独裁癖(どくさいへき)の強い人格で、自分の好むものだけを人に強要する傾向があったらしい。・・・実際にはカントルの就職を妨害するというような行動までしたものだから、・・・・

足立恒雄 無限の果てに何があるか P224 から

(引用終わり)

副島隆彦です。このクロネッカーというドイツの数学者 で、保守的で体制的であった数学者は、オイラー、ラグランジュ、ガロア以降の アーベルや ボヤイ(ボイヤ)や、ロバチェフスキーらの ユークリッド幾何学の 第5公理(だいごこうり、平行線公理)の矛盾の解明と、5次元数の根の問題から出てきた、虚数(イマジナリー・ナンバー)や複素数(コムプレックス・ナンバー)などを嫌って、これらを扱うことを禁じて、実数世界の実学(じつがく)としての数学をやれ、と言ったらしい。このクロネッカーの  保守反動の数学思想を、私、副島隆彦は、今、なかなかいいなあ、と思っている。

だから足立恒雄(あだちのりお)は、早稲田大学の理工学部の学生は、大企業に就職して、最先端の工業製品の製造に役立つ程度の、実学(じつがく)の数学や物理学を学べばいいのだ、と結論したようだ。だから、彼は、「この世に真理などというものはない。真理の探求のために数学があるのではない」を、自分の人生の数学研究の果ての結論にしたようだ。 私は、今、72歳のこの足立の生き方を、彼のブログを、この数日、読んでいて、何かしら、もの哀しいものを感じるが、よく分かる。 この問題を、私は西村肇(にしむらはじめ)東大名誉教授と、今度、真剣に話そうと思う。

このあと、バートランド・ラッセルが、「ラッセルのパラドックス(逆理)」で、カントルの集合論のおかしさを証明してしまった。それで、デデキントとフレーゲとカントルの三人が、窮地に陥った。それをヒルベルトが必死で防戦し、現代数学そのものを、なんとか立て直した。ところがゲーデルが出てきてしまった。

私は、17歳のときに、50円で買った岩波書店の岩波文庫の デデキント著の『数(すう)について』の中の、「デデキントの切断(せつだん)」あたりをずっともう40数年間も、気にし続けている。

私は、自分が高校2年生(17歳。このあと私は高校を中退する。教師たちと政治運動のことで争いになって、高校を追い出された )のときに、とりわけ、集合(set )の演算(えんざん)の試験問題がちっとも出来なかった。それで集合論には、私は、敵対感情というか、かなり激しい敵意を今も持っていて、お礼参り(復讐心)のような感じを抱いている。

「 A が B  を含む(=包含関係)」 というのは、「 A は B に含まれる 」ということでもあるのだ。「含むということは含まれる、ということなのだ」 ということが、数学の集合論(の数学者たち)の方が、分かっていないと、私は、その頃から強く感じていた。お礼参り=その後もずっと考え続けるということ、をすると、17歳の私は決意したことを覚えている。

ラッセルが、1902年に、集合論の逆理(パラドックス)で、ボロボロにしてしまった現代数学(=高等数学)は、そのあと、さらに、1931年に、ゲーデルの 「不完全性定理」で決定的に打ちのめされた。 ゲーデル問題に近寄ると、ペンペン草も生えない、と今も、日本の大学の数学科の中では言われている。

私、副島隆彦は、30代の頃から、生活する必要に迫られて、東京の代ゼミという大きな予備校で13年間、英語科の入試問題を解く(説く)教師としてご飯を食べた。その成果は、欠陥英和辞典の研究(宝島社、1989年刊) と、英文法の謎を解く(全3巻、ちくま新書、1994年から) とその前のBe と Have から考える英語(1994年刊の『道具としての英語。しくみ編』を改定したもの。2006年、日本文芸社刊) に結実させて残した。

私は、代ゼミで教えていたとき、講師室で、東大の数学科や物理学出の 学者崩れ、学者にはなれなかった者たち、つまり数学者、物理学者からの落ちこぼれ、の教師たちがたくさんいて、昼ごはんを食べながら、彼らを誂(からか)うようにしてたくさん、おしゃべりをした。無限や無限大のこともよく話した。

その時の会話や、私からの質問事項への彼らの答えとかが、今も、ノートになって残ってる。それらをいよいよ開く時期が来た、と思っている。 このように、私、副島隆彦は何でもやる。およそ人間世界にある知識、思想、学問は、自分が近づける限り、近づく。 自分でやってみる。

食わず嫌(ぎら)いで関わらないで、死んでゆくのは勿体(もったい)無い。数学についての私の研究は、近いうちに、会員ページで発表します。決してむずかしいことは書かない。本当に、すべて種明(たねあ)かしのようにやる。それがこの世のすべての、隠された秘密を暴(あば)き続けると決めた、暴(あば)き系言論人としての真骨頂であり私の運命である。

今、騒がれている 3D(スリーディー)プリンターというのは、きっと数学の線形代数や、ベクトル解析の成果であり、その前は、ハミルトンの4元数(しげんすう。quaternion クオータニオン)から生まれたもので、そのあと、ウイーナーやフランツ・ファノン、フォン・ノイマンたちのコンピュータ数学から生まれた、カド・キャム CAD-CAM の 自動設計 の機械が更に進んだもので、OR(オウアール。オペレーション・リサーチ)の「2点間問題 」( inter temporary theory インターテンポラリー・セオリー) 」も含んでいる。

3Dプリンターを使うと、シリコンで出来たコーヒーカップとかが、見る見る目の前に出来上がる、というただの工業技術だ。位相幾何学(トポロジー)の行き着いた果てでの、申し子ではないのか。

こういうところに低級な数学は今も生きている。だが、 人工知能(AI エイ・アイ。 アーティフシャル・インテリジェンス)は出来ない( 「あと、500年かかる」 )と、25年前(1984年)に、マービン・ミンスキー MIT (エム・アイ・ティ)教授が、白状してしまった、ことを私は知っている。だから 自動制御(サイバネテックス)から自動機械(オートマトン)そして人工知能(自分で考えて自己制御する)ロボットにまで行きつこうとして、それが大きく失敗していることも、私は知っている。今の数学が、行き着いてぶつかっている壁について、もうすぐ私は探索するだろう。

6. さて、今日の最後に、ここに一冊の本の書評文(ブックレビュー)を載せる。朝から書き始めてもうとっぷり夜が更けた。 以下に載せる書評は、「読み捨て御免 」という名のブログを書いている、文の上手な書評子(しょひょうし)の書いた文 である。 しばらく前に、重たい掲示板に、私は、この「読み捨て御免」からたくさん書評文を転載した。

(転載貼り付け始め)

読み捨て御免 から

2013年5月26日
http://blog.livedoor.jp/kenzaemon/archives/50400316.html

「 デフレ脱却は危ない 」 2013年5月刊 高橋淳二(たかはしじゅんじ)著  技術評論社 刊

天文学的な額に膨れ上がった日本国債が何故破綻しないのか? この謎に迫った作品。
バブル崩壊以来未曾有の金融緩和を行ってきた日銀。しかし、一向に景気は好転せずデフレ基調のまま失われた20年を過ごしてしまった。この事実は、わが国が従来の金融政策では対処できない状態に陥っていることを示している。

即ちわが国ではマネタリーベースを増やしてマネーをジャブジャブにしてもマネーストックは増えないのである。途上国などではベースマネーを増やすと従来通り社会に循環しマネーストックが増大するであろう。

これは人々の欲求の度合いにも関連する。ほぼ生活必需品が揃い、ホームレスでもコンビニの消費期限切れの弁当で生きていけるほど豊かになった社会ではいくらベースマネーを増やしてもなかなか社会にいきわたらない。

増えたベースマネーは需要が少なくリスクの高い貸出しより安全で確実に利ザヤの稼げる国債購入に向かう。政府が借金(国債)をすればするほど金融機関の債権は増大する。複式簿記の観点から見ればそうなる。しかし、いくら自国内で消化しているからといって債務は債務である。

これを返済するとなると国家は徴税権を発動できる。ここが、日本政府の財務内容が異常に悪いのに日本国債が破綻しない理由でもある。しかし、金融機関が間に挟まることによって見えずらくなっているが、日銀券に対する信頼が崩れると取り付け騒ぎになるであろう。

いくらアベノミクスで物価上昇2%といっても人為的にインフレにはできない。これは政府の一種の罠でもある。即ち、2%を達成できないからいつまでも金融緩和できる。このような膨大な債務を抱えた国家は金利を上げられないのである。景気を刺激するための財政出動も国債頼り、全てが国家に依存する社会になってしまう。

又、金融緩和は格差増大と親和性がある。全国民に等しく金をばら撒くと皆景気よく金を使う、そうすると必然的にインフレとなる。しかし、一部の富裕層のみに金をばら撒いても一気に消費せず預貯金にまわる。これが、今では企業に富が集中している結果である。企業は借金返済と内部留保に金をまわしている。インフレにしたいが金利は上げられないという二律背反した非常に歪な状態なのである。この問題に対する処方を筆者はもっているらしい。次回作に期待。

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。この本デフレ脱却は危ない(技術評論社刊、2013年)を書いた高橋淳二氏は、公認会計士であり、私たちの学問道場の会員である。

そして、私は、この本を発売と同時に贈呈されている。それなのに、私は、この大事な本の書評を自分で書くことをしないまま今日まで来てしまった。高橋氏には、本当に済まないことをしたと反省しています。彼には私からお電話して、電話では親しくお話した。

そして、高橋氏が父親と経営する 東京の中野にある、公認会計士と税理士の予備校である「東京CPA(シーピーエイ)会計学院」に、必ず訪ねて行きますと、私は約束した。それなのに、 この約束を守らずに、この一年間、ほったらかしにした。申し訳ない。このあと高橋氏と連絡を取って訪問しようと思う。

副島隆彦拝

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