「1278」書評『父・金正日と私』(五味洋治・著)と『後継者・金正恩』(李永鐘・著)を読む。北朝鮮は改革開放に乗り出せるのか。“属国論”の観点で北朝鮮の対中外交を整理する。2012年1月23日

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副島隆彦を囲む会の中田安彦(アルルの男・ヒロシ)です。今日は2012年1月23日です。去年の12月19日に、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)・総書記が死にました。そして、年末の28日には北朝鮮の首都・平壌では大々的な国葬が行われ、ここで北朝鮮の第三代目の指導者となった、金正恩(キム・ジョンウン)が父親の棺を守る形で葬儀に参列しました。その様子は日本ではネット中継されました。

その年末に私は北朝鮮の政治権力構造について、整理しようと思い、北朝鮮で金一族の信頼が厚かった日本人料理人で、2001年に国外脱出するまで13年にわたって北朝鮮に住み続けた藤本健二という人の本や、韓国の「中央日報」紙の記者である李永鐘という人の『後継者・金正恩』という本を読んだ。

ここで私が関心があったのは、北朝鮮と中国との関係である。なぜかというと、近年、北朝鮮の後見人として中国がいるということがよく言われるようになったからであり、2009年くらいからよく日本の新聞報道でも北朝鮮と中国の間をそれぞれの高官が行き来していると報じられたからだ。2010年5,8月、翌年の5月には、訪中しており、金正日自身が中国の吉林省まで電車に乗って出かけて、そこまでやってきた胡錦濤国家主席と会ったこともある。金正日は06年には中国の改革開放の舞台になった南部(広州・深セン)も視察したこともある。

北朝鮮は韓国、中国、ロシアと国境を接しており、金正日はロシアにも去年の夏に出向いて、メドヴェージェフ大統領と会っている。ここではロシアの国営ガス会社のガスプロムとの会談があったと言われている。ロシアの天然ガスを北朝鮮を経由して、韓国まで通すパイプライン構想がある。ロシアはウクライナやポーランドなど東ヨーロッパを国を経由してドイツなど欧州の中心部に天然ガスを陸路で輸出していた。これと同じ事を東アジアでもやるというのである。

金正日は2000年以降、7度訪中している。最後に訪問したのは2011年5月だが、一年に渡る三度の訪中の際には、金正恩も同行したという説もある。もしそれが正しければ、属国の次期指導者が父親に連れられて宗主国に挨拶に行ったことになるが。


金正日の2010年8月の中国・長春訪問で胡錦濤と

中国の中華思想によれば、北朝鮮もロシアも、周辺国はみな属国という認識になるはずである。私が気になったのは、強力な指導者であった金正日を失って、北朝鮮に残されたのは、その三男でまだ30歳にもならない金正恩とその「摂政」の立場で国政を動かす側近たちの集団指導体制は、どうしても「宗主国」である中国のバックアップがなければうまくいかないだろうと言う点だった。

現在、北朝鮮で摂政の立場にあるのは、金正日の妹である金慶喜(金敬姫とも)とその夫の張成沢(チャン・テソク)だろう。どうやら張成沢は中国の文人指導者(軍部以外)から支えられているようだ。

<金日成・金正日一族>


金ファミリーの家系図(金正日の妹の夫が張成沢)

北朝鮮は、もともと抗日パルチザンの主要なメンバーであった、金日成(キム・イルソン)が、ソ連の支援の下に建国した国である。金日成は、朝鮮半島が日本占領下の1919年には南満州に父親と一緒に逃げていたが、やがて中国共産党入りし、ここで抗日パルチザンのメンバーとなった。

ところが、日本軍と戦っていた1940年には、そのパルチザン部隊は一時、ソ連領土である沿海州に逃れている。ここで金日成は、ソ連にスパイ容疑をかけられて一旦は監禁されたが、釈放され、今度はソ連極東戦線傘下に編入されて、ソ連ハバロフスクで軍事訓練を受けている。この時に、1942年に息子である金正日が生まれた。

終戦後はソ連が朝鮮半島の北緯38度線より北を占領したので、金日成もソ連の戦艦に乗って帰国している。ところが、朝鮮民衆の前に姿を見せた金日成はその時33歳だったので、老練な白髪の指導者を期待した民衆から「この男は金日成将軍ではない」と疑いの目をかけられたという。そもそも民衆に知られた「金日成将軍」とは1919年の3.1独立運動の時に確約した抗日活動家だったと認識されていて、半ば伝説化した存在だったという。結局、北朝鮮の建国の父である金日成は、本名が金成柱だが、自分に箔をつけるために「伝説の人物」の名前を名乗るようになったということらしい。

北朝鮮をソ連が支えたのは、ソ連が直接38度線で韓国に駐留する米軍と対峙(たいじ)するのを避けるためで、バッファーゾーン(緩衝地帯)としての存在意義があった。 この状態は居間でも変わらず、ソ連に変わってユーラシア大陸の覇権を握っている中国が、北朝鮮を支援するのも、アメリカ主導の南北統一朝鮮の実現を嫌がっているためだろう。中国とロシアは北朝鮮の国境地帯の経済特区を利用して地域でのプレゼンスを高めようとしていることもある。また、中国はアメリカよりも先に北朝鮮の天然資源を押さえたいという願望もある。中国がアフリカで専制国家を支持することで、米国をよそに着々天然資源を確保してきたことは批判もされているが、ここでも属国である北朝鮮をそのように支援しているだろう。

金日成の権力基盤は、土着の国内の抗日勢力ではなく、自らがとどまった満州やソ連の息のかかった勢力だったらしい。金日成は次々に政敵を粛清してゆき、自らに権力を集中させたが、やがては金正日の母親(一番目の妻)ではない後妻など身内にも粛清の動きを広げていった。

77年には国家の公式理念を「マルクス・レーニン主義」から「チュチェ思想」に変更しており、独自のナショナリズムと共産主義による国家体制となった。

金正日が死去したのが1994年だが、その十年以上前となる80年代からから後継者として活動を始めていたのが、長男の金正日である。金正日には息子が3人おり、そのうちの長男が金正男であり、二男、三男は母親違いの正哲(ジョンチョル)と正恩である。金正日には奥さんが5人いたといわれているが、長男の正男は二番目の妻、それ以外は4番目の妻の子供である。二人の妻はそれぞれ女優、舞踊家という経歴があり、4番目の妻の高英姫(コ・ヨンヒ)は在日朝鮮人だったが、これは北朝鮮国内ではタブーらしい。

韓国の中央日報の記者が書いた、『後継者・金正恩』(講談社)という本によると、正男ら3人の息子はいずれもスイスのベルンにあるインターナショナル・スクールに留学して高校時代を過ごしている。ところが、今年の二月になって金正男がインタビューに答えた、東京新聞の五味洋治記者の『父・金正日と私』(文藝春秋社)という本が出た。それには、金正男がスイス留学を終えてから北朝鮮の閉鎖的な体制に疑問を持ち、中国式の改革開放の考えの持ち主になったことで、金正日が怒り、二人の息子の留学期間を短縮したということが書かれている。

一方、金一族に関する本の中で外部からではなく、内部に身をおいた人物の手記としてあるのが、日本人料理人の藤本健二という人が書いた『北の後継者・キム・ジョンウン』(中公新書ラクレ、2010年10月発売)である。この本の著者の藤本氏は最近はサングラスを掛けて素顔を隠しながらワイドショによく出る人だ。藤本氏は北朝鮮に自らの意思で日本料理人として渡り、金一家の料理人となったが、やがて個人的な信頼を得て、金正日の息子たちの遊び相手になったり、北朝鮮の幹部たちと交遊するようになったという。内部から見た記録であり、中央日報の記者の取材による本と比べても、複雑なことがなく非常にわかりやすい。

日本だけではなく、21世紀に入ってから、世界中で北朝鮮の後継者の人選が話題にされたが、まず最初に金正男、そしてしばらくして金正哲、最後に金正雲という名前が出た。その中でも長男の正男は2001年に偽造旅券で日本に入国したところを日本の入管当局に逮捕された。その時に田舎の山賊のような格好で奥さんと息子と一緒に写真に写ったり、当時の小泉政権の田中真紀子外相が「さっさと送り返しなさい」と言って、すぐに中国に送還されたことが話題になった。金正男はそれから後も何度も日本のテレビ局の直撃取材を受けているから、一番有名な金正日の息子だった。

ところが、藤本健二氏は、著書の中で、自分は金正恩と正哲の二人の高英姫夫人の息子や金正日との交際を続けたが、13年間で一度も金正男には会わなかったと書いている。これは正男が長男であるとはいえ、捨てられた妻の息子だったからだろう。今回出た金正男とのインタビュー本でも、正男は五味記者に対してメールで「期待する人がいるといっても、他人の期待を充足するために、自分の人生を壊したくありませんね」と回答している。五味記者と金正男はハングルを使ってメールで150回に渡る交信をしたという。これは五味記者が97年から99年にかけて韓国に留学していてハングルが使えるからできたやり取りだろう。いずれにせよ、藤本、五味の著書を読むと、後継者の名前が二転三転したのは、金正日というよりは側近たちの意向が反映して伝わったことだったらしいとわかる。

日本の週刊誌(SAPIOや週刊現代)には、大阪生まれで北朝鮮に留学経験がある、李英和・関西大学経済学部教授の情報として、前年に脳梗塞で倒れて一時表舞台に立てなかったがやがて復帰した金正日から09年初頭に張成沢が金正日の誕生日を前に3人の息子に、後継者の意思確認をしたとある。ここで金正男と正哲は誇示し、正恩が手を上げた。別の本でも金正恩の後継者決定が09年1月8日に行われことが全国に伝えられたが、この決定に至る際に張成沢が正恩後継者を提案し、金正日の最後の“妻”である金玉(キム・オク)という女性の賛同を得たと書かれている。(『後継者・金正恩』)

張はもともと正男との関係も深く、正男は国外で何か問題が生じると、必ず張に電話をかけて相談をしていたという。また、五味洋治氏の著作の中には、張の妻の金慶喜は息子が居なかったので、正男をかわいがったという話が出ている。

だが、日本で一度拘束されたり、マカオに在住していたりした正男よりも、高英姫の息子である、正恩の方が賛同を得やすいという判断もあったのだろうという。(『後継者・金正恩』)

さらに、金正男と五味記者とのメールのやりとりの中では、正男自身が父である金正日が正男が留学によって「完全な資本主義青年」に成長したことを警戒していたと述べている。いずれにせよ、正男後継説は北朝鮮内部の権力闘争の現れだったということだろう。

<張成沢とその周辺>

属国論として北朝鮮政治を見ていく場合、重要なのは覇権国のカウンターパートとハンドラーがどのような関係にあるかということである。私が何冊も北朝鮮の現在の政治について書かれた資料を読んでいったのは、属国論の観点で、中国と北朝鮮のキーパーソンを探るためである。これが、金正日時代の軍隊主導の「先軍政治」から北朝鮮がどのくらいの期間の後に脱することができるのか、できないのかを見極める一つの鍵になると考えるからである。

現在、北朝鮮で最高権力者は表向きは金正恩・朝鮮労働党中央軍事委員会副委員長(大将)である。この「大将」という地位は、現在は北朝鮮では次帥につぐ軍の位であり、大元帥は金日成、共和国元帥は金正日であり、大将は18人、次帥は8人しかいない。軍歴のない、金正恩をベテラン軍人がいる中では「次帥」にするわけにも行かず、金正日の死後直後に、彼の後見人である張成沢・金慶喜夫妻と並んで大将の地位を与えることになったようだ。

金正日の告別式では正恩ら8人が、金正日の棺を載せた派手な霊柩車を囲んだ。この8人が今の北朝鮮の最高権力者だろう。金正恩の後ろに張成沢(国防委員会副委員長、党政治局員候補)がおり、後ろに二人の政治局員が続く。車の反対側には李英鎬(リヨンホ)軍総参謀長・党中央軍事委員会副委員長・党政治局常務委員(次帥)、金永春・人民武力部長・党政治局員(次帥)、金正覚・軍総政治局第1副局長(大将)、禹東則 ( ウドンチュク ) 国家安全保衛部第1副部長(大将)がならんだ。(SAPIO 2012年2月8日号より)


金正恩の後ろに居るのが張成沢(2011年12月28日)

ここで北朝鮮の政治機構について見ていく。『後継者・金正恩』には、北朝鮮のすべての権力は朝鮮労働党(党)と国防委員会(軍)が握っているという。金正日時代には「先軍政治」ということで、国防委員会中心になった。国防委員長は金正日が委員長だったが、ここに朝鮮人民軍を指揮する「人民武力部」(部長は金永春)、旧東側諸国型の秘密警察である「国家安全保衛部」が指揮されている。09年には、憲法改正で国防委員会の権限が「国防から国家全般の事業」の指導に変わったという。現在、国防委員会には副委員長として、金永春・人民武力部長、呉克烈・元軍総参謀長(80歳)、張成沢ら4人がいる。

張成沢は2010年6月に国防委員会副委員長に選出されている。同年9月28日には、第3回党代表者会議をうけて開催された中央委員会総会で政治局員候補に昇進。同時に金正恩も党中央軍事委員会副委員長に推挙されている。張成沢は党国防委員会のナンバー2にある一方で、党行政部長でもあり、この部署は公安機関を統括するという。張は金慶喜の夫という立場を利用しながら、北朝鮮の「摂政」という立場を固めている。


金慶喜・党政治局員は金正日の妹

軍のトップは人民武力部長だが、その下の総参謀長は金正恩と並ぶ中央軍事委員会副委員長となった李英鎬(リヨンホ)というのがいる。(先ほどの告別式の車の左列の一番前にいる軍人)

李は張成沢とは万景台革命学院というところの同窓生で、その父は金日成主席とパルチザン活動を共にしたという家柄でもあるという。金正恩は2010年11月にあった韓国・延坪島への砲撃の首謀者と後で呼ばれるようになったが、実際は李英鎬とその前の軍総参謀長の金格植(キム・キョクシク)という強硬派の軍人が指揮した事件だったらしい。

他に軍人で重要なのは呉克烈(オクッリョル)・元軍総参謀長でこの人物は80歳と高齢だが、金日成時代からつかえた忠臣でもある。ところが、告別式ではこの呉克烈は車を囲んでいない。要するに、張成沢は自分と同窓である李を正恩の後見人として重用し、世代交代を迫っているらしい。同じ事は今年80歳の金永春についても言えて、穏健派の張成沢一派と強硬派の金永春と韓国のメディアではよく書かれている。


呉克烈・元軍総参謀長


李英鎬・軍総参謀長

以上が北朝鮮のキーパーソンだ。北朝鮮ではカネ(外貨獲得)をめぐって権力闘争が起きていたと『後継者・金正恩』には書かれている。ここからが重要な話である。

張成沢と呉克烈の諍いの結果、張は同窓である10歳年下の李英鎬(リヨンホ)軍総参謀長を重用していると先ほど書いた。だが、それは単に世代交代論という話ではなく、実際は利権がらみだった。『後継者・金正恩』には金正日の娘婿の張と呉の利権争いが書かれている。

二人は北朝鮮の最高権力機構である国防委員会の副委員長だが、2009年に北朝鮮に外資企業を呼び込む際の窓口をめぐる利権でもめている。最初、軍の息のかかった会社(朝鮮国際商会)を興してドルを稼ごうとした呉に対して、後から張が割り込んできた。張は中国に住んでいた黒龍江省出身の朝鮮族の事業家のパク・チョルスという人物を呼び寄せて協力を要請した。06年から香港の「大豊国際投資公司」という会社の代表をしていて、張はこのパクに「朝鮮大豊グループ」を作らせている。この会社を張は権力を使って、国防委員会の管轄にした。この動きに先に事業を目論んでいた呉のグループは反発したが、パクの背景にあるのが、中国の国家安全部だったので手を出せなかった。このため、呉は張に完敗したという。ここで重要なのは、金正日の娘婿の事業を中国の情報機関である国家安全部が守っていたというところだろう。

金正男は中国の特別区であるマカオに住んでいるが、そのためか「北朝鮮の未来は外資を入れた改革開放にある」というのが持論で、どうやら中国側から一度、暗殺の危機を救ってもらったこともあるらしい。また、正男はオーストリアで一度暗殺未遂に合い、北朝鮮でも定宿にしていたホテル(招待所)が09年に襲撃されているが正恩の支持か正恩の系統に居る秘密警察のしわざだったらしい。

五味洋治氏の書籍などによると、中国側が正男に護衛をつけているという話もあるようだ。同書には96年に正男が改革開放の受け皿として、「光明星総会社」という会社の建物の建設に着手したが、途中で父親に止められたと書かれている。その後に、失望したのか、正男は北京に居を構え、北京と平壌を行ったりきたりしていくようになる。中国とのネットワークが本格的にできていくのはこの頃だろう。

また『後継者・金正恩』によると、金正男は06年までは張とマカオを訪れることも多かったらしい。

そこで北朝鮮でこれから重要になるのは、中国側が、北朝鮮が現在設置している特別市における、経済特区にどのように絡んでくるかという話だろう。だから、現在、集団指導体制の要にある張成沢と中国の権力者の関係がここで重要になってくるわけである。

09年に北朝鮮は二回目の核実験をしたが、そのあと、中国国内では北朝鮮政策に関する重要会議(党外事指導小組)が開催されて、戴秉国・国務委員(外交担当)や胡錦濤国家主席、温家宝首相、習近平、張徳江副首相(北朝鮮金日成総合大学経済学部に留学)、王家瑞・党国際部長、楊潔篪外相、陳徳銘商務相、梁光烈国防相らが話しあった。この際に、「中朝二国間関係と6カ国協議を切り離して処理する」という決定が行われたらしい。(五味洋治本、250ページ)
6カ国協議は北朝鮮の核放棄を目指すものであるから、これを切り離すことは北朝鮮を核保有国であっても両国関係を改善するという決定になる。この路線があって、近年の北朝鮮に対する中国高官の訪朝や大規模支援の約束の流れにつながっていく。

<北朝鮮の経済特区に目をつける中国>

中国の北朝鮮支援は、「国境の鴨緑江と豆満江に架橋して、周辺道路の整備をする」というのものや、北朝鮮の天然資源開発の買取や北朝鮮の港を使った貿易計画があるが、最近良くニュースで見るのは、ロシア・中国との国境地帯にある北東部の羅先市の経済特区を巡る動きである。

羅先特別市は、中国東北部の吉林省に近い、豆満江(とうまんこう)沿いの都市。少し前には羅津・先鋒自由貿易経済都市と呼ばれていた。羅津港は冬でも凍らない不凍港であり、日本海側の交通の要衝である。11年6月には羅先に中朝の代表が集まり共同開発の着工式に参加した。この特別市の開発はロシアも絡んでいる。

北朝鮮には経済特区の失敗例がある。それは新義州特別行政区という特区である。この特区があったのは羅先とは全く逆の中国国境で遼寧省丹東の鴨緑江(おうりょくこう)沿いにある。この特区はオランダ国籍を持つ中国人実業家(オランダ国籍・南京生まれ)の楊斌(ヤン・ビン)という複雑な出自を持つ男が、北朝鮮側から特区の行政長官に任命された。楊斌は香港で農業ビジネスを行う企業を上場する実業家だった。ところが、楊斌は、中国・遼寧省瀋陽に建設したオランダ式テーマパークの開発にまつわる詐欺や農地不正使用、贈賄によって起訴されて、実刑が確定したことで失脚してしまう。
この特区の失敗はどうやら中国側との調整不足に問題があった。楊斌がすすめる特区はマカオのようなカジノ開発を目的にしたこともあり、中国東北三省の資金が流出することを恐れたということらしい。ところが9年後、新義州の黄金坪島の開発が中朝は合意している。今回は中国側と調整がうまくいっているということなのだろう。

要するに、羅先市と黄金坪島の2つの経済特区が今、中国側との連携で行われているということになる。北朝鮮は韓国との国境で、昔の高麗王朝の首都であり、以来、歴代朝鮮王朝の商都だった開城(ケソン)工業団地という特区を持っている。これをやっているのが現代グループの一部である現代峨山で韓国の中では珍しく親米ではない。また、ロシアからのガスパイプライン構想は実現すれば北朝鮮にパイプラインの通行料が入るが、現在の体制のままでは韓国が合意しないだろう。中国にとっては国境地域の特区を開発して先に北朝鮮の資源開発に着手したいところだろう。今の北朝鮮にはアメリカは手を出せない。中国の一人勝ちである。一説には羅先に一時、人民解放軍が経済特区の防衛のために進駐したこともあったというが、これでは第二次世界大戦前の上海租界のような話になってしまう。

中国とロシアは羅津港の使用権を北側から得ている。この租借権は60年と言われ、国際貿易港としての開発が進んでいる。羅津港から日本海を経由して上海への輸出ルートができている。以前は陸路から渤海沿岸を経て黄海を通るルートしかなかったので輸出コスト軽減になる。羅先には香港資本のエンペラーホテルがあり、ここにはカジノもあるようだ。いずれは中国東北部の共産党関係者の保養地にもなるのだろう。

ここ最近の羅先特区の関する報道を以下に貼り付ける。

(貼り付け開始)

貿易など3事業柱に開発 北朝鮮の経済特区・羅先市の幹部
産経新聞(2011.9.7 19:07)
北朝鮮の経済特区、羅先市の黄哲男人民委員会副委員長は7日、中国吉林省長春市の博覧会で開かれた投資説明会で、羅先市を「中継貿易、加工、観光の3事業を柱として開発したい」との構想を示した。

黄氏はまた、羅先市にヘリポートを建設したことを明らかにし、同市羅津から中国吉林省延吉市とロシア極東のウラジオストクにヘリコプターの定期便を就航させるため投資者と交渉を進めていると説明した。ロシア国境から羅津に至る鉄道と、中国国境から羅津までの道路の補修工事も今秋までにほぼ終了する予定という。

羅先市によると、約100社の外資系企業が同市に進出。博覧会には北朝鮮から約50企業、145人が参加した。(共同)

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経済特区の関連法採択 北朝鮮、投資環境整備か
(産経新聞)2011.12.8 23:27

北朝鮮の朝鮮中央通信は8日、中朝国境地帯にある経済特区、黄金坪島の関連法が採択され、国境地帯にあるもう一つの経済特区、羅先についても既存の法律が修正、補充されたと報じた。

両特区は北朝鮮と中国が共同開発することで基本合意している。具体的な内容は伝えられていないが、投資環境整備に向け税制上の特例措置などが盛り込まれている可能性がある。

韓国の聯合ニュースは4日、消息筋の話として、北朝鮮が外国資本の誘致の方法などを定めた経済特区に適用する新法の草案を作成、中国政府関係者に最近示したと伝えていた。(共同)

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北朝鮮の羅先に中国が原発建設を推進中
韓国・中央日報日本語版 2012年1月19日(木)8時56分配信
北朝鮮の羅先(ラソン)経済特区に中国が40万キロワットの原子力発電所建設を推進していることが18日、明らかになった。北朝鮮が核交渉を控え、国際社会で有利な立場を確保するため「平和的な核利用」という名分を準備したという分析だ。94年のジュネーブ合意以降、韓半島エネルギー開発機構(KEDO)は北朝鮮の琴湖(クムホ)地区に軽水炉を建設し始めたが、途中で中断された。

脱北者の安燦一(アン・チャンイル)世界北朝鮮研究センター長はこの日、内部消息筋から入手した資料に基づき、「北朝鮮が40万キロワットの原子力発電所を中国主導のもとで建設することに合意した」とし「この程度の電力量なら北朝鮮の東海(トンヘ、日本海)地区の電気問題をすべて解決できるほど」と説明した。

昨年6月、当時の北朝鮮の張成沢(チャン・ソンテク)労働党行政府長は中国の陳徳銘商務相に会い、中国から羅先経済特区に電力を供給する契約に合意していた。この契約は▽第1次として中国・琿春にある国営電力会社が羅先に電力を送電する▽第2次として今年初め羅先地区内に自主的に火力発電所を建設する--ことになっている。火力発電所が突然、原子力発電所に変更された背後には、金正恩(28)がいるという解釈がある。

(貼りつけ終わり)

このように中国は羅先開発に意欲を見せている。原子炉を提供するのは電力不足解消のためだろうが、北朝鮮のウラン資源を狙う中国の思惑もありそうだ。北朝鮮はウランだけではなく天然資源の宝庫であり、これは日本の占領下のころから把握されていたことである。北朝鮮には資源が手付かずで残っている。

この記事には、張成沢の名前が出ており、陳徳銘商務相の名前がある。ここで思い浮かぶのはイランのブシェール軽水炉をロシアが支援した話である。どうやら中国はイランに於けるロシアのような役割で北朝鮮を支援することになったようだ。これにはアメリカは反発するかもしれない。


中国国境にある北朝鮮の経済特区

北朝鮮といえば、一時、ミャンマーの核開発を支援していたという話があった。ウィキリークスなどにも出ていた。北朝鮮とミャンマーの軍事政権は関係が深いとされる。ところが、ミャンマーは現在、改革開放の真っ最中であり、ミャンマーなどメコンデルタ地域の経済開発を中国やアメリカが狙って、パワーゲームになっている。

北朝鮮には、中国次期首相の李克強も去年の10月に訪問している。金正日死去の2ヶ月前である。中国としては、金正恩に対して張成沢を通じて働きかけ、ミャンマーの次は北朝鮮も改革開放で中国に市場を開けと要求する動きになるだろう。問題は中国と張成沢が北朝鮮の軍部(人民武力部・朝鮮人民軍)を抑えられるかどうかだろう。

五味洋治氏の『父・金正日と私』には最後のほうで「金正男擁立シナリオ」が書かれているが、果たしてそうなるかは別にして中朝国境は「経済」という切り口で見ていくと色々面白いかもしれない。

参考書籍・資料
『後継者・金正恩』李永鐘・著 金香清・訳(講談社・2011年)
『北の後継者・キム・ジョンウン』藤本健二・著(中公新書ラクレ・2010年)
『父・金正日と私 金正男独占告白』五味洋治・著(文藝春秋社・2012年)
「SAPIO」(2012年1月11日号、2月8日号)

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