「2246」 副島隆彦著『新版 人類の月面着陸は無かったろう論』が9月24日に発売 2026年9月18日
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SNSI・副島隆彦の学問道場研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)です。今日は2026年9月18日です。
今回は、2026年9月24日発売の副島隆彦先生の最新刊『新版 人類の月面着陸は無かったろう論』(徳間書店)をご紹介する。本書は、2004年に出版された『人類の月面着陸は無かったろう論』(徳間書店)に誤字訂正を施した新版となっている。

『新版 人類の月面着陸は無かったろう論』←クリックするとアマゾンのページに移動します
宇宙「開発」に関するニューズで言えば、アルテミス計画(Artemis program)が報じられ、2028年に人類を「再び」月面に送り込むとアメリカは豪語している。50年以上前のアポロ計画、そして、アルテミス計画について何の疑問も持たず、「再び月面着陸があるんだな」と思っているような人に本書を読んでいただきたい。少しでも「変だな」と思うようになると、見える景色が変わってくる。「頭にひびが入る」感覚を是非味わっていただきたい。
以下に親版を出すにあたって、まえがき、目次、あとがきを掲載します。参考にして、是非『新版 人類の月面着陸は無かったろう論』を手に取ってお読みください。
(貼り付けはじめ)
新版を出すにあたって 副島隆彦(そえじまたかひこ)
この『人類の月面着陸は無かったろう論』は、今から22年前の2004年6月に刊行された。NASA(ナサ)(米航空宇宙局)によって有人月面着陸(ランデイング・オン・ザ・ムーン)が成功したとされる、1969年7月20日からは57年が経(た)つ。
この人類全てを騙(だま)し続けた月面着陸の嘘(うそ)、捏造(ねつぞう)(hoax[ホウクス])は、まだ虚偽(きょぎ)(fake [フェイク])であることが、真実露呈(ろてい)(truth[トルース] revealing[リヴイリング])しない。もうすぐである。おそらくあと2年の2028年には、真実が満天下に、則ち世界中に大きく露出(ろしゅつ)する。何故なら、NASAは2028年に有人月面着陸(マンド・ランデイング)を再(さい)実現すると、公然と声明を出しているからである。
今年の4月1日から10日までのあのNASAのアルテミス2(トウー) Artemis II 計画による有人で月周回(つきしゅうかい)したとされる宇宙ロケット(搭乗員4人)の直前にNASAの年間予算は24%削減された。だからNASAは責任を取って国家機関として解体消滅させられるのである。トカゲの尻尾切りでもある。57年前のインチキ、即ちアポロ11号(さらに5回、アポロ17号の1972年まで)の月面着陸、月面活動が全て捏造(ホウクス)であったことを、アメリカ帝国(エムパイア)(まだなんとか世界覇権国[ヘジエモニック・ステイト])は、己(おのれ)自身の衰亡(すいぼう)(decline [デクライン] and[アンド] fall[フォール])と共に、明白に世界に見せつけるだろう。
アメリカ帝国の没落、瓦解と軌(き)を一(いつ)にして(同時に)人類月面着陸の大ウソがバレる。この本の著者である私、副島隆彦はこのように予言する。
この年(2028年)はトランプ大統領の大(おお)ホラ吹き政治が終わる年である。そしてその次のJ(ジエイ)D(デイ)ヴァンス大統領(今は副[ふく])は、淑々(しゅくしゅく)と戦争処理をしながらアメリカ合衆国(ユナイテツド・ステイト)は、地球儀を大きく半分に割った、南北アメリカ大陸だけの西(にし)半球(hemi(ヘミ)-sphere(スフイア))に撤退する地域大国(リージヨナル・ヘジエモニー)へと収縮(しゅうしゅく)してゆく。この時、宇宙通信でもAI(エイアイ)半導体でも鉱物資源開発でも、中国が全てのし上がって次の世界覇権国(はけんこく)になる。私はずっとこのように書いてきた。
この22年ぶりの新版を出すに当って、私は、本文に、小さな誤字訂正の他は加筆訂正を一切やらない。この本は、人類月面着陸を捏造して「人類(全ての人間)の知能を欺(あざむ)いた大犯罪」を犯したアメリカ合衆国の国家犯罪(ステイト・クライム)、権力(者)犯罪(パウア・クライム)を勇気をもって公然と告発(アキユーズ)した本として、のちのち長く記念に残る本として古典(クラシツクス)になる堅固不羈(けんごふき)の証拠である、という私の深い決意に基(もと)づいて2004年に書かれた本だからだ。
この本を書いたあとの22年間でさらに積み上がった新らしい証拠や事件については、私は続編の本を書くべくずっと準備している。それは、アメリカの力が、あと一段ガタンと落ちて、月面着陸の虚偽(ウソ)が大きく露出して、多くの人々が「もしかして、やっぱり人間(アメリカの宇宙飛行士[アストロノウト])は月に行ってない」と俊敏に察知して動揺が広がった時に、一気に出版するつもりでいる。それまでは私は、やっぱり、この本で、現状を持ち堪(こた)え、これまで同様、我慢に我慢の人生の、徹底抗戦、持久戦(じきゅうせん)をやり続ける。
2026年8月
副島隆彦
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まえがき
この本は「人類の月面着陸は本当に有ったのか」の疑惑を真っ正面から追及する本である。
今から35年前の1969年7月20日の、NASA(ナサ)(米航空宇宙局)が行なったアポロ計画の有人宇宙飛行であったアポロ11号による、人類初の月面着陸、そして月からの生還という大実験はおそらく無かっただろう、という内容の本である。
アメリカ政府は今から35年前のあの時、私たち地球上の全(すべ)ての人を大きく騙(だま)したのである。そして今なお騙し続けている。だからアメリカ政府とNASAは、35年間にわたって、私たち人類を巨大な欺罔(ぎもう)と迷蒙(めいもう)の中に置き続けているのである、と主張する本である。
この一冊丸々で、これでもかこれでもかとたくさんの証拠を挙げてこの事実を証明する。
「こんな本を書いて、あなたは正気か? 頭は大丈夫か?」と、問われるのは覚悟の上である。
私は、この『人類の月面着陸は無かったろう論』、即ちあれはアメリカ政府が捏造(ねつぞう)した巨大な権力犯罪である、という立論をして、このことを日本国民に本気で訴えかけようと思う。
私は「アポロ計画」自体が無かったとは言っていない。
アポロ計画は実際に有ったし、今も月面には、何機かのアメリカ製の月ロケットが軟着陸に失敗して地表に激突した痕跡(こんせき)が残っているはずである。従って、私は、「アポロは月へ行っていない」という不正確な書き方はしない。アポロという名のロケット(ただし全て無人)の残骸(ざんがい)はあるのだ。だが、人間(人類)は、月には降り立っていない。そんなことは無理なのだ。
従って、NASAが公表している、あれらの月面での飛行士たちの活動の映像は全て偽り(フォールス)であり、偽造品(フェイク)である。
とてもではないが、人類はいまだに人類を月に送るどころか、月面探査機を月の軌道上で周回させて無事に地球に戻すだけの宇宙ロケット技術さえ持っていない。今の今でも地表からの高度400キロメートルぐらいの地球の周りをグルグル回る以上のことをできはしないのである。だから私は、この本の書名を慎重に構えて『人類の月面着陸は無かったろう論』とした。
今のこの2004年の人類の最新技術を全て寄せ集めても、無人の探査ロケットが月まで行って周回して、軟着陸して、月面を探検して、試料(サンプル)を集めて、そして再発射して、地球まで無事帰ってこさせることはできない。それだけでもあと30年ぐらいかかるのではないか。
そうすると、あのアポロ飛行士たちが月から持ち帰ったという〝月の石〟というのは一体、何なのか?
人類の月面旅行が今なお無理である大きな理由(根拠)のひとつは、あのスペースシャトル「コロンビア号」の失敗である。乗員7人を乗せたコロンビア号は地球帰還の寸前の着陸の途中に爆発事故を起こした。昨年の2003年2月1日のことである。人類はまだ地表からたかだか250キロメートルから400キロメートルのあたりを、グルグルと周回する以上のことはできないのだ。有人ロケットを地球から出たり入ったりさせるだけでも爆発炎上するぐらいの技術力しかないくせに、どうしてあの遠い月(38万キロも彼方[かなた]にある。晴れた夜には私たちにも見える)まで行って帰ってこれたなどと主張したのか。そして今もみんなでよくもまあ信じ込んでいるものだなと私は、ひとりであきれかえる。
この世を冷酷に見切っていた優れたコラムニストの故・山本夏彦(やまもとなつひこ)氏が書いたごとく、まさしく一体、「何用あって月世界へ?」(何のために月に行くなどと言い出したのだ)なのである。
人類(アメリカの宇宙飛行士たち12人もが!)は月には行っていない。行けはしない。これから30年たっても行けない。宇宙は真空である上に放射線(宇宙線)に満ちた恐ろしく危険な所だから、生身(なまみ)の生物は、とてもではないが、何千キロ、何万キロもの遠くまで人間を乗せた宇宙飛行などできはしないのである。せいぜい、まだまだ空気(地球大気)がかなりある地表から1000キロメートルぐらいのところまでしか行けない。その先には、恐ろしい「ヴァンアレン帯」という放射能地帯がある。
私は騙されない。
他の多くの、日本国民の99・99パーセントが、「アポロ計画がアメリカのついた大きな嘘(うそ)だった、なんてとても信じられない」と言って、私を精神病者扱いしても私は構わない。この問題を扱うと決めた私の決意は堅くて深いのである。どうせ、あと5年ぐらいで大きな真実は明らかになるのである。
副島隆彦
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新版 人類の月面着陸は無かったろう論 目次
緒言 1
新版を出すにあたって 3
まえがき 7
第一章 今でもスペースシャトル打ち上げにさえ失敗を繰り返している 19
人類を騙(だま)す大(おお)嘘(うそ)つきのアメリカ帝国
映像から次々と湧(わ)き上がる捏造(ねつぞう)の疑問点
月面着陸のたったの3週間前に予備実験で猿のボニーが死んでいる
わずか3年半で、6回も慌ただしく月面着陸をして、その後ピタリと消えた!?
陰謀をめぐらしているアメリカ政府の悪業を暴く
例の宇宙遊泳はせいぜい地表近接の300キロ
6回の月面着陸とも全(すべ)て、全(まつた)く同じ背景写真と場所!!
「解像度」「分解能」について
宇宙空間は放射能で満ちているから、人間は行けるわけがない
人類の月面着陸の捏(ねつ)造(ぞう)はアメリカ政府の人類に対する大犯罪である
理科系人間はただの気の弱い計算ロボットだ
「人類の月面着陸は無かったろう」論に納得のいかない理科系読者からの投稿
このNASA公開映像を本当に月だと思うのか
副島宛てのメール
副島隆彦の返信 大嘘つきの大詐欺師たちは、もがき苦しむ
第二章 NASA肯定派はこの4つの疑問に答えるべきだ 87
NASA肯定派の異常な反応の裏に世界規模の「権力犯罪」のカラクリが……
「アポロは月に行ったか」ではなく「人類の月面着陸の有無」という呼び方に私はこだわる
「月の丘」を鼻歌まじりでスキップする宇宙飛行士 なんとも無残な大嘘つきの所業
ガラガラ崩れるNASA側の反論 恥を知りなさい見苦しい「名無しのごんべえ」たち
日本国民の99・99%を騙せても、この副島隆彦だけは騙されない
この4つの疑問に答えなさい
さあ、もう一度月へ行ってこい
月面の残骸(ざんがい)をさっさと写せ
月への軟着陸はまだできない
第三章焦りだしたNASAとその手先たち 133
私はプロの思想戦闘員である
月面のレーザー反射鏡を根拠とする反論
副島隆彦の反論 自分の脳をこそ疑え。大きく全体を見よ
人類月面着陸信奉の読者からの再投稿
副島隆彦の再反論 決定的な指摘にまっ正面から答えよ、逃げるな
副島隆彦の学問道場は公共の自由な言論の場を大切にする
「公(おおやけ)」とは「みんなが見ているところ」という意味。「国のために死ね」ではない
「99%月行った派」の読者からの投稿 「オタクの視点」
宇宙線と被曝量の問題
「月の石」について
第四章 これは人類すべてを騙(だま)した巨大な権力犯罪である 183
NASAに監視されている私の言論
理科系人間の洗脳された脳ミソに遠隔操作でヒビを入れてやる
巨大組織は暴走する
人類の月面着陸は有ったのか、無かったのかは事実の問題だ 有ったことの証明責任はNASAにある
「2ちゃんねる SF・ファンタジー板」で見つけた重要な書き込み
UFOと円盤と宇宙人について
第五章 NASAよ「有人月面着陸」を再現しなさい! 211
「科学的証明とは実験による再現性のことである」衝撃など受けていない、理科系読者
からのメール
35年前にできたのだから、今なら簡単に行けるよな。行ってこい
近代学問において「検証する」とはこういうこと ガリレオ、コペルニクスの「地動説」と「人類月面着陸」
ヨーロッパが打ち上げた月面探査機ではっきり決着がつく
「ナチュラル・サイエンスは政治に従属する」この大きな事実から理科系の人たちは目をそらせない
山田宏哉の書き込みにショックを受けた横山の投稿
アメリカ情報公開法を踏まえて月面有人着陸の証明責任を考察する
JAXA広報部に押しかけてのやりとり
第六章 世界各地で連携しておこるNASAへの怒り 257
テレビ朝日の月面着陸の捏造指摘番組を私も見た
NASAがキューブリック監督につくらせた月面ニセ映像
宇宙用ロケットも核ミサイルも中身は同じ
属国日本の惨めな宇宙開発
中国「神舟5号」打ち上げ成功の裏側
世界規模の捏造を罰する法律はあるのか
私は、日本代表として闘い続ける
あとがき 291
ふろく1 月ロケット・探査機の歴史年表
ふろく2 最近の〝アポロ疑惑〟の広がりの表
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あとがき
本書、『人類の月面着陸(1969~1972)は無かったろう論』が出版されたあとは、私に何が起きてもおかしくない。そんなことは覚悟の上である。私はこの本に評論家、言論人としての勝負を賭(か)ける。私が勝つか、それともアメリカが振り撒(ま)く虚偽に追随し続けて自己保身で汲々(きゅうきゅう)としている頑迷な人々が勝つか、一本勝負である。
アメリカ政府は今もイラクで愚かきわまりないことをやり続けている。実情としては、この本は日本の言論界で無視されて(恐れられ、タブー視され、敬遠されて)ほったらかしにされるだろう。人間はいくら根性と気概(きがい)、気迫(これをヴァーチュー virtue と言う)があっても、その時々の時代の風と、時の運(これをフォルチュナfortuna と言う)に恵まれなければどうにもならない。その時々の時代の風潮に受け容(い)れられなければどうにもならない。
だから、じっと我慢して耐えなければならない。「周(しゅう)の粟(ぞく)を喰(く)らわず」と言って餓死(がし) した伯夷叔斉(はくいしゅくさい)の中国の故事に倣(なら)うことも時として大切である。忍従のまま人生が終わることも多い。しかしきっと数年のうちに、この本は、雄々(お)しく甦(よみがえ)るだろう。それは遠からず数年のうちに、人々の間に静かに広がる噂(うわさ)となり、それがやがて津波のように日本国にも満ちて大きな真実が白日の下に露呈する。
私が、人類の月面着陸は無かっただろうと主張する上で、日本国内で高く評価するのは、『アポロは月に行ったのか?』(2002年刊、五十嵐友子訳、雷韻出版)原著“Dark(ダーク) Moon(ムーン):Apollo(アポロ) and(アンド) the(ザ) Whistle(ホイツスル)‐Blowers(ブロウアーズ), 1999 by Mary(メアリー) Bennett(ベネツト), David(デイヴイツド) S(エス). Percy(パーシー)”である。著者たちは勇気あるイギリス人たちである。それが269頁のテレビ番組『オペラシオン・リューヌ』につながっている。この本を日本に紹介するために翻訳出版した雷韻出版社長・山田一成氏、と数人の先人たちに敬意を表する。
それからテレビ朝日内にあって、「アポロ疑惑」を、アメリカ政府とNASA(ナサ)(アメリカ航空宇宙局)からの陰に陽にの圧力にもめげず、前記外国フィルム作品等を部分的に使いながら、日本国内でも放送し続けてきた山本隆司(やまもとたかし)プロデューサー始め皆さんに敬意を表する。
それに対して、NASAの〝手先〟となり大きな虚偽に加担し続けている的川泰宣(まとがわやすのり)氏(現JAXA職員)や『宇宙からの帰還』(中央公論社、1983年刊)の著者、立花隆(たちばなたかし)氏らに対しては軽蔑の念しかない。私は彼らに公然と喧嘩(けんか)を売る。必ず決着をつけてみせる。全てはアポロ11号から17号までの飛行士の月面着陸(13号を除く)は有ったのか、無かったのか、の一点にかかっている。この一点の事実判明から誰ひとりとして逃れることはできない。
日本国民の間に広がっている「アポロ疑惑」を打ち消すために、NASAから特別に抜(ばつ)擢(てき)されて「噂打ち消し業務」に従事している前述した的川氏らに対して、これから私は激しく挑みかかることになるだろう。「お前なんか相手にしないよ」ということであればそれでもいい。機会を待ち続けるだけである。
私がこの本で標的(ターゲツト)にしているのは、日本の500万人の理科系の技術者や研究者たちである。彼らが日本を豊かにした真の功労者である。だが、彼らにしても敗戦後からアメリカが計画的に植えつけた〝アメリカ科学(という名の)信仰〟の忠実な信者たちである。理科系の人々は、数字(数学)を駆使し、実験と観察で冷静にものごとを判断するから、文科系の人間たちよりも理知的であることになっている。その反面、理科系は泥くさい人間関係の機(き)微(び)を知らないので、やや愚鈍だとも評されることも多い。それなのに、月面問題のような大きな話になるとコロリと騙(だま)される。理科系もたいしたことはない。
今から35年前のあの「アポロ月面着陸」の映像シーンに感動して科学者を志(こころざ)した人は多い。今でもそのように信じ込んでいる。彼らから見れば私は、荒唐無稽(こうとうむけい)を通り越した変人(へんじん)の極(きわ)みということになるであろう。まあ、いいさ。そのうち彼ら自身の信念が崩れ出す。〝アメリカ科学宗教〟に依ってきた日本の理科系人間たちがやがて激しい自己崩壊感覚を味わうことになるだろう。脳に強い痛みやきしみのようなものを感じるだろう。それが日本の理科系の洗脳(ブレインウォッシュあるいはマインド・コントロール)からの解放という脱洗脳(だつせんのう)=脱魔術化(だつまじゅつか)(disenchantment ディスエンチャントメント)になるだろう。
ちなみに、日本で本当に優秀な技術改良を企業の製造現場で行なった人々は本当は、大卒ではなくて工業高校や高専(高等工業専門学校)を出た人々である。理学部や工学部の大学院を出たような理科系エリートたちよりも、本当は、工業高校出の現場の技術屋たちが日本の真の技術革新をやってきたのである。なぜなら、高卒、高専卒の人々は、家が貧しかっただろうから、少年時代に、科学雑誌など買ってもらえなかった人たちだ。だから工場の現場で真剣に、目の前の製品改良に立ち向かい悩むことで、それで無数の小さな技術改良がなしとげられていった。それが日本の各種の工業製品を世界一にした。NHKの秀作シリーズ『プロジェクトX』に描かれるとおりである。
それに比べて、総じて〝いいところの坊(ぼつ)ちゃん〟である勉強秀才の理科系エリートたちは、少年時代から、『科学と学習』(学研)や『ニュートン』(ニュートンプレス)を買ってもらって読みふけり、あるいは学研の「科学実験セット(キット)」を買い与えられて熱中し、〝宇宙への夢〟を育(はぐく)んだ人々だ。この人々ほどアメリカ科学(という名の)宗教を信仰し続けている。私は彼らの脳に打撃を与えようと思う。
ところで、今の子供たちの〝宇宙への夢〟はどうなったのか? 今の子供たちのほとんどは、〝宇宙への夢〟など持っていない。ごく一部のオタクの宇宙少年や天文少年を除いて。私たちの時代とは大きく違うのである。
私たちの世代は、何かと言うと「大きな夢を持て。宇宙にまで広がる広大な人類のフロンティア(未開拓地)を目指せ」と教え込まれ尻をたたかれてきた。それで理科系の科学少年たちが日本には大量に出現した。彼らの脳(頭)を形成し、強く動機づけたのは、まぎれもなく、あのアポロ11号(から17号まで? この区別が映像でつく人が一体何人いるのか?)の飛行士たちの月面での活動の映像であった。この事実はとてつもなく大きい。そして35年後の今、彼らかつての科学秀才少年たちの脳に疑念のひびが入る時代が到来した。
だから人類の宇宙への夢など嘘寒(うそさむ)い、と薄々感じて分かっている今の若い世代は、どこへ向かったのか。「人間は宇宙へなんか行けないよ。宇宙は放射線でいっぱいなんだよ。だから実際に行ってないじゃないか。いつまでたっても地球の周りをぐるぐる回っているだけじゃないか」と若い人たちは気づいている。勘(かん)づいている。
それで、今の若者たちはどこへ向かったか。思想家としての私はこのことを真剣に考えた。宇宙(空)がだめなら、それなら広大な海(海底)へか。そんなチンケな話ではない。海や海底資源開発なんかたいしたことではない。バイオ・テクノロジー(人ゲノム解明を含む)やナノ(超微小)テクノロジーや、ネット革命(情報通信革命)もたいしたことはなかった。それでどこへ向かったかと言うと、「福祉と介護」のほうへ向かいつつあるのである。介護とは、身体障害者と老人の入浴の支援やおむつの交換のことである。ここが人類の新しいフロンティアなのである。
今、日本の若者たちは確実に「〝宇宙〟から〝介護〟へ」向かいつつある。私の周りの学生たちが、介護福祉士(国家資格)や、ヘルパー2級(県知事が指定。介護ビジネスで働ける)の資格を取ることに真剣である。今の若者は大学を出てもふつうの企業に就職できない者たちがたくさんいるから、追いつめられているから「人間の排せつ物(うんこ)のおむつの交換」に向かうのだ、などと既成の偏見に満ちた頭で考えないほうがいい。本当に人間(人類)は今、宇宙開発などという、どうせ大してできもしない嘘くさい人騙しに向かわないで、自分たちの身近のフロンティアに向かっている。私は旧い世代を乗り越えてゆく、新しい世代のこの強靭(きょうじん)さにこそ期待する。アメリカ科学宗教の虜(とりこ)である宇宙少年と科学少年のなれのはてたちになど用はない。全て死に絶えてゆくがよい。
本書の第二章で詳しく書いたが、私は次の4つの点を掲げて、「月面着陸は有ったに決まっている。変な陰謀論をふりまくな」派の人々に論戦を挑み続けるだろう。
1 92頁で書いているNASA(およびJAXA)が公開している月面歩行している飛行士たちの映像は本物か? 一体、誰がどこから撮影したのだ。真空、無重量の中に人間がそんなに簡単に出てゆけるのか?
2 今から35年前に、人類の月面着陸を連続6回成功させたのだから、もう一度行って見せてくれ。
3 どうして月面を精密に写さない。できるはずなのだ。地球と同様に月面の10センチ四方の物体まで写しているはずなのだ。90年代にもルナ・プロスペクターなどの月面探査機(ただし地上帰還はまだ無理だろう)をたくさん飛ばして、地表の直径数センチまで写せる解像(分解能)技術があるはずなのにどうして公表しないのだ。月の表面だけは、この35年間なぜか絶対に写し出さない。
月面に激突しているはずの多くの月ロケットの残骸(ざんがい)を写している多くの写真を公表せよ。なんなら月面に残してきたというアポロ11号~17号の着陸船下部や月面走行車その他の機材でもいいから、ちゃんと写したものを見せてくれ。
4 今の今でもロケットの軟着陸、そして再発射はできない。それもやって見せてくれ。スペースシャトル「コロンビア号」のように、地球の周りをグルグル回っているのが今でも関の山である。そして、地球上から出たり入ったりするだけで爆発炎上しているくせに、よくも38万キロメートルのかなたの月を周回して無事帰還できたものだと、不思議きわまりない。
以上の4点である。この4点に絞り込んで、私はこれからも月面着陸は当然有った派(NASA肯定派)に対して言論攻撃をかけ続ける。「過ぎ去った昔のことだから、もうどうでもいいではないか」と言って責任逃れしようとする者たちも許さない。私を黙らせることはできない。
私が勝つか負けるか、この本の読者になってくれる皆さんは観客席からしっかり見届けてほしい。「真実は権力よりも強い(はず)」なのである。“Pen(ペン) is(イズ) mightier(マイテイア) than(ザン) sword(ソード)”である。「おまえなんか、無視の包囲網で押さえ込んでやる。いい気になって威張るのはやめろ」と私に向かって、奇怪な言論封殺攻撃を仕掛けているおかしな人物たちとの闘いも続く。
だからここではっきり書いておく。もし私の主張が明白に間違いで、アポロ11号の飛行士たちが月面に着陸していたことの明白な証拠が出てきたら、その時は私は筆を折る。もう二度と本を書いて出版することをしない。これだけの深い決意で私は本書を書いた。本当の人生の一本勝負である。
これまでに私の主張を裏づけ応援してくれて、かつ、自分自身でも真実を探究しようとしている理科系の技術者や研究者たちであるジョー君、横山君、PBS(ピービ―エス)君たちが、私のこの本に続いて、「人類月面着陸問題」について、学術的かつ厳密な専門的な本を次々に書いて出版してくれることを心から希望する。そのために私が全力で応援する。彼らは私がインターネット上で主宰する「副島隆彦の学問道場」http://soejima.to/ (現在は、https://snsi.jp/)で育った私の優秀な弟子たちである。
最後に、本書の出版を決断してくださった担当編集者の石井健資氏にお礼を申しあげる。編集プロダクション、トライ・プランニングの守屋汎氏と小暮周吾君にお世話になった。そして、徳間書店出版局編集長の力石幸一氏にも暖かく見守っていただいた。重ねてお礼を言います。
2004年5月31日
副島隆彦(そえじまたかひこ)
(貼り付け終わり)
(終わり)
