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[68]問題作を語る:番外ロボットアニメ編
投稿者:相田英男
投稿日:2019-08-04 13:27:32

ーまた唐突に呼ばれましたけど、何ですか?今回はアニメの話とか?

(相田)最近京都のスタジオで痛ましい事件があったから、大した話でもないかもしれない。けれど、50歳以上の元アニメオタクからすると、看過できないニュースが出てる。以下に引用するよ。

(引用始め)

「メーテル」のイラストをヤフオクに無断出品 「銀河鉄道999」アニメーターの強欲ぶり
7/30(火) 5:57配信

 原作の連載から40年余りを経て、まさかのトラブルだ。テレビ版「銀河鉄道999」にも参加したアニメーターがメーテルのイラストを勝手にオークションサイトに出品。原作の漫画家・松本零士氏(81)が嘆くことしきりなのである。

 アニメーターの名は湖川友謙(こがわとものり)(69)。「巨人の星」などに関わった後、1978年の「宇宙戦艦ヤマト」の劇場版や、同年のテレビ版「銀河鉄道999」で作画監督を務めた。アニメ業界ではちょっとした有名人なのである。業界関係者が言う。

「70年代に活躍された方で、実は未だにファンクラブが存在しています。所属しているのは80人ほど。本人を交えて飲み会をやったり交流を深めているのですが、最近の湖川さんの行動には眉を顰めるファンも少なくないと聞いています」

 元ファンの男性に聞くと、「湖川先生は最近はあまりアニメの仕事はしておらず、実は3年ほど前から直筆のイラストを『ヤフオク!』に出品して荒稼ぎしているのです」

 実際にサイトを見ると、彼がキャラクターデザインを手がけたアニメ「聖戦士ダンバイン」のイラストなどが、毎月20点近く出品されている。

「1作品、3万円から5万円ほどで落札されています。デザインを手がけたとはいえ、著作権を持つはずのアニメの制作会社から、許可は得ていません。何より『銀河鉄道999』のメーテルなども彼の直筆で出品されているのです。価格は20万円がつくこともあります」

 数年前までは飲み会の代金すら払えないこともあった湖川氏は、急に羽振りが良くなったのだという。

「これまでに1千万円以上は稼いだのではないでしょうか。旅行に出たり、ブランドものの服も着るようになりました」

(引用終わり)

(相田)今回のニュースを見ながら、といっても、週間新潮の一つの記事が拡散しただけなんだけど、俺は静かに怒っている。「何だよ、みんな思い込みで無責任なコメントばかりしやがって」てさ。

湖川友謙ていえば、50代以上のアニメファンだった連中にとっては、宮崎駿に並ぶアニメの巨匠だ。アニメ界が誇るべき、数少ないレジェンドの一人だぜ。「アニメ業界ではちょっとした有名人」なんかじゃない。人物画だけ書かせるなら、宮崎駿よりも湖川の方が今でも遥かにうまいぜ。その湖川が、何でこんな不名誉な報道をされることになったんだ?

ーそりゃメーテルの絵を描いた色紙を、ヤフオクで売ったからでしょ?飲み代に困ってたのが、急に羽振りが良くなった、とかいう話ですよね。

(相田)確かに湖川が、松本零士に無断でメーテルを描いて、色紙を売るのは問題だぜ。そこは非難されても仕方ないだろう。でも、素行の悪いゴロツキの元アニメ画家が、松本キャラの色紙をネットでこっそり売って荒稼ぎしている、ていう記事の書き方は、あまりに無知すぎる。

メーテルの色紙が20万円で売れたのも、湖川の直筆画だからだろう。なんぼメーテルの絵だからといっても、無名の素人の上手な色紙を20万円で買う奴がいるか?単に絵が上手くて色紙を描いて売るだけで、一千万円稼げるなら、ちょっと絵が上手いなら誰だって売り出すだろう。

そうじゃなくて、湖川という巨匠の絵だから、一千万円も稼げるんじゃないかね?要するに、湖川氏のやった事は悪いんだけど、彼のアニメ界での業績に対する理解と尊敬が全く感じられないよな。湖川を非難する連中は。

俺が怒っているのはもう一つある。それは、湖川を非難する連中は、おそらく誰も「イデオン」を見ていない事だ。断言できる。

ーイデオンて、1970年代末にテレビ放映されたロボットアニメですね。映画も作られてますけど。

(相田)湖川が人物デザインして、作画監督としてリーダーだったアニメ作品だ。そして日本の全アニメ作品の中でも、最大の問題作でもある。俺は子供の時に本放映でずっと見ていた。そして未だにトラウマになって心に残ってるアニメだよ。庵野秀明もそうらしいけど。

ー僕は、相田さんより世代が後なんで良く知りませんが、何でも、「イデ」という名前の無限大の力で動くロボットがいて、地球くらいの惑星を最後の方でレーザー剣で、真っ二つにぶった斬ったとかで、有名ですよね。でも、最終回の前にテレビ放送が打ち切られて、中途半端で放送が終わったんですよね。

(相田)最初は、かの有名なリアルロボットアニメが人気になって、同じ感じのアニメが新しく始まる、とかいう噂で見始めたんだ。前半は意味不明なセリフがやたらと飛び交うだけの地味な話で、何話か飛ばしたけど、中盤から俄然盛り上がって来て見逃せなくなったんだ。後半になると登場人物がどんどん死んでいくし、それにつれてイデオンのパワーが際限なく上がって、遂には惑星をぶった切るんだよ。その時に、イデオンの主要パイロットが一人死んじゃうんだ。

この後どうなるんだ、と期待して次週見たら、その回はロボット戦はほとんどなくて、敵と味方の地味な話し合いが続くだけだった。その最後に、唐突に「今週でイデオンは終わりです。どうもありがとうございました」とかの、テロップが出てきて、それが最終回だったんだ。

「ええ〜〜、そんなのあるかよ!?」って、信じられなかったけど、本当にそれで放送は終わりだった。次週からは続きが見れないんだ。こんだけ話を盛り上げて、途中で終わるなんて、あまりに無茶苦茶だ、と、子供ながらに理不尽さが込み上げてさ。そのショックが大きくて、それからはアニメを見るのが辛くなって、俺は洋楽を聴くようになったんだ。

打ち切り後の最終回までの話は、その後に映画化されてオチが着いたらしかった。けど、俺的には脱力感が大きくて、映画は見れなかったよ。テレビ放映よりも、映画は作画のレベルが格段に良くなった、とは、雑誌で読んだ。その映画の原画を、一人でほとんど書いたのが湖川氏なんだよな。

ーイデオンの映画では、登場人物達が敵も味方も全員死んじゃうですよね。

(相田)登場人物達だけじゃなくて、地球人と敵側宇宙人の民族全てが滅亡するんだよ。イデの力で惑星ごと破壊されて。無茶苦茶なんだけど。

そもそも、どうして全員死ぬ羽目になるかというと、実は特に理由がないんだよ。驚くべきことに。イデオンというのは、謎の惑星の古代遺跡から発掘されたロボットで、よくわからない不可思議な力で動くんだ。その発掘現場に異星人の旅行者みたいなのが、たまたま通り掛かって、偶然に銃で撃っちゃってお互い数人死ぬんだ。

それがきっかけで、戦闘になって、主人公達地球人はイデオンを持って逃げる。でも敵側宇宙人の方が強力な武器を持ってるので、やられそうになると、その度にイデオンがパワーアップして、敵を倒すんだ。そんな感じで戦いがエスカレートしながら、敵も味方もどんどん人が死んでいく。遂には敵側が、惑星一つを破壊する最終兵器を持ち出すけど、イデオンも惑星をぶった切るから、最後は相打ちで全員死ぬんだな。

ーでも、そんな事になる前に、お互いに話あって和平交渉とかしないんですか?

(相田)何回も和平交渉をするんだけど、その度に交渉は決裂する。お互いに話を全く聞かないんだよな、これがまた。

テレビ放映の時は、お互いによく話をすれば、それで和解できる話じゃないのかな、と俺も思ってた。それで就職してから、映画版でどんな風に終わったのかを知りたくて、テレビ放映全話と映画まで、レンタルビデオで見直したんだ。でも、ビデオで見直した後で、子供の頃よりも、更に憂鬱な気持ちが込み上げて来たよ。

イデオンを見直してわかったのは、登場人物達の死に方があまりに悲惨なんだ。ただやられるだけじゃなくて、生き残った人物達を凄く後悔させるような死に方が、ひたすら続くのよ、敵も味方もだけど。テレビアニメだから、残酷なシーンは直接は出てこない。けれど、普通の大人向けのアクションドラマでも見られないくらい悲惨な、見ていて「うっ」と来るような、後まで尾を引く死に方ばかりだ。

悲惨な死の描写が続くのには理由があって、「イデ」というのが、無限の力を持つ神のような意思体なんだよな。それで、地球人と異星人のイザコザを見ながら、こいつらは両方とも宇宙の調和を乱す悪しき生き物だ、とイデが考えた。それでお互いを、恨みつらみが後まで続くような悲惨な殺し合いをさせて、怨念をどんどん積み上げて、自分達で絶滅させようとしていたんだ。

主人公達は、そんなイデの目論見に後半気が付いて、争いを避けようとするんだけど、既に遅く、怨念のぶつかり合いの中で、結局は全員が死んでしまう、というのがオチだったのよ。

ーう〜ん、そんな身もふたもない悲惨な話だったんですね。子供向け作品としては、ちょっと有り得ない、救いようのない設定ですね。

(相田)今のテレビアニメだと、絶対に許されない内容だよ。放映が打ち切られたから、全員死ぬ場面がテレビに出てこなくて、丸く収まったんだろう、と、今では俺も思える。けれども、本放送を期待しながら見続けた小さな子供には、あんまりな内容だったよ。

イデオンていうのは、哲学的とか宗教的とか当時は言われた。けど、俺がビデオを見直して思ったのは、人間がお互いに、自分の言いたい事だけ主張して、相手の立場や考えを全く受け入れようとしないから、結局はみんなでドツボにはまっていく、という話だったんだよな。端的に言えば。

でもさ、50歳を過ぎた今になってしみじみ思うけど、イデオンで語られた人間のあり方は、残酷な迄に事実だった。大人の人間は、お互いに、他人の話は誰も聞かないし、関心も無いよ。ただただ自分の立場を、ひたすらに、相手に押し付けるだけだ。ニュースを見てもわかるだろう?安倍首相と山本太郎は、お互いを理解しようとしないし、電力会社と反原発派は相容れないし、百田尚樹と内田樹は意見が反対だし、日本政府と韓国政府はお互いの主張を譲らないだろう?絶対に。

その結果として、数え切れない悲劇が周りで生まれているんだけど、「そんな事は誰も知った事ではありません」なんだよな。そういった世の中の真実が、イデオンにはあからさまに描かれている。だから、見ると憂鬱になるんだと思う。

そんな問題作に、湖川氏が作画リーダーとしてコミットしていたなんて、今ではほとんど誰も覚えていなくて、最早どうでもいい事みたいだ。この夏も、所謂セカイ系のアニメ映画の話題作品が、大ヒットしてる一方でさ。セカイ系の元祖も、エヴァンゲリオンじゃなくて、どう考えてもイデオンだぜ。だって、ちょっとしたボタンのかけ違いで、最後は人類が滅亡しちゃうんだから。

宮崎駿の一連のアニメ作品は、何十回も繰り返して地上波放送されるけど、イデオンの映画は、ほとんど地上波では見ないよな。作画、音楽、ストーリー全部が見事な出来栄えの感動作なんだけどな。

ーでもあの映画は、最終回を含めたテレビシリーズ最後の数回を纏めた話だから、誰も話についていけませんよ。テレビダイジェストの「接触編」まで含めたら、3時間を超えちゃうし。地上波でイデオンを、CM入れて4時間見続けるのは、やっぱり苦痛ですよ。

(相田)そしたら「NHKでイデオンを放送させる会」とかで、俺が参院選に立候補すればいいのか?

話を湖川氏に戻すと、俺が一番怒りを感じるのは、今ではアニメを「クールジャパン」とかの風潮で、世界に発信しようとかしてるんだろう?それなら、湖川氏のような大功労者を、何故もっと大事に扱わないんだよ。

本人は隠居して、単に昔の名声だけで生きてます、てな訳でなくて、未だにイラストをどんどん描いて、そのクオリティも以前とそんなに落ちてなくて、売ってお金も稼ぎたいと考えてるんだろう?それなら周りの連中が、何で、湖川氏を「マトモな形」で、世に出す事を考えないのかね。ちょっとイラスト描いてネットに出すだけで、一千万円稼げる位の市場価値が、湖川氏には今でもある訳だろう?

別に松本キャラじゃなくても、湖川直筆なら買うファンは大勢いるよ。俺もイデオンの直筆イラストなら、5万円くらいで是非色紙を買いたいぜ。

今の政府は、クールジャパンとかぶち上げて、税金を何百億円も使うみたいだ。けれども、あの湖川氏が生活に困って、ネットで色紙を売る状況まで追い込まれるなら、そんなのは全くの無駄金というしか無い。自民党代議士達の取り巻き連中に、税金を合法的にバラまくための新たなスキームに、アニメが使われてるだけだ。今回の湖川氏の報道から改めてわかったよ。

アニメ業界には、クリエイター以外は、マトモに商売出来る人材が未だにいない。湖川氏も性格に色々問題があるみたいだけど、アートセンスが高い人物なら、周りのマトモな連中が性格の悪さをカバーして、上手く商売に結びつけてやるべきだろう?「クールジャパン」なんだから。何の為に税金を何百億円も投入するんだ?吉本興業の上役達を通して、悪どいメディア業界連中の懐に大金を回して、最後は賄賂で受け取ろうという魂胆が、ミエミエなんだよ。

ー相田さん、珍しく熱いですね。

(相田)当たり前だ。イデオンが打ち切られた時の怒りを思い出すと、未だに熱くなるんだよ。

ーそれは、怒る相手が違うでしょう?

相田英男 拝



[65]英国ロック最大の問題作を素人目線で解説する
投稿者:相田英男
投稿日:2019-06-19 07:08:14

1 . あまりに衝撃な初ライブ盤

ーここで僕が呼ばれるのは、相田さん、もしかして・・・

(相田)恒例の音楽の話題だよな。

ーもう、たいがいにしましょうよ、音楽評論はプロに任せましょう。ここは場所も違う事だし。

(相田)いやいや、世の中には埋もれたロックの名曲や名盤がまだあるからな。一見して近寄り難いけど、聴いてみたらなかなか良かったりするアルバムを、素人目線でわかりやすく説明しよう、というのが、今回の趣旨だ。

ちなみに今回取り上げるアルバムは、前回の対談に続いてキング・クリムゾンだ。彼らの70年代の作品から、俺が一枚選んでみた。

ーまたまたクリムゾンですか・・・・そうすると選ぶなら「ファースト」とか「レッド」ですか?それとも、相田さん一押しの「スターレス(暗黒の世界)」とか?

(相田)残念だが全部外れだ。今回解説するのは、あの「アースバウンド」だ。1972年に出たクリムゾン初のライブ盤だ。

ー・・・・・・・・

(相田)何で絶句してるんだ?

ーこれだけ名盤揃いの、クリムゾンのアルバムの中から、どうしてあんな海賊盤を選ぶんです?あのレコードは音があまりにも悪すぎるって、有名じゃないですか。

(相田)海賊盤とは失礼な。数は少ないけど、昔は正規のLPレコードで店で売られたんだぜ。俺の近所のレコード屋には、置いてなかったけどさ。姉ちゃんが持ってた、雑誌のミュージックライフのクリムゾン特集でも、アルバムリストの中で紹介されてたよ。

ー僕は聴いたことないですけど、「アースバウンド」は、4枚目のアルバムの「アイランズ」を録音したメンバーでのライブ盤ですよね。ギターがロバート・フリップで、ドラムがイアン・ウォーレス、ベースとボーカルが後からバッド・カンパニーに加わったボズ・バレル、そして、お決まりの管楽器にメル・コリンズがサックスでいる、という布陣です。

でもLPレコードの発売時には、音があまりに悪いのと、演奏の内容がアイランズとあまりにも違いすぎて、物議を呼んだんですよね。他のアルバムは80年代にはCDが出たのに、このアルバムのCDは、2000年を過ぎるまで出ませんでした。

(相田)本当は、ピート・シンフィールドっていう、楽曲アレンジと歌詞を担当するメンバーが、「アイランズ」の録音時にもう一人いたんだ。彼はフリップと同じ、クリムゾン結成以来のオリジナルメンバーだった。ライブの時には、扱いが面倒なメロトロンの操作も、ピートがやってたみたいだ。けれど、このライブツアーの前に彼は脱退した。新しいメンバーとの間で、意見が合わなくなったらしい。

このアルバムの音は確かに悪い。何といっても、音源がカセットテープの録音だからな。再発されたCDを聴いても、ギリギリ鑑賞に耐えられるかどうかのレベルだ。これ以上悪くなると、もはや聴くに耐えない、というくらい悪い。録音のやり方は確かに海賊盤だ(笑)。

ーカセットテープって、今の人たち見た事ないでしょう。カセットデッキも、でっかい家電量販店の隅の方に置いてあるかどうか、ですよね。マニア向けに。

2 . 意外すぎる演奏の中身

(相田)でも音は悪くても、演奏は凄い迫力があるぜ。試しに一曲目の「21世紀の精神異常者」(以下は 21’st)から、まずは聴いてみようじゃないか。CDは2002年のリマスター版だ。

〔二人でCDを聴く〕

(相田)どうだ、感想は?

ーやっぱりこれ、音が悪すぎますよ。クリムゾンの曲の持つ、美しさのかけらも無いじゃないですか。それに、あのボーカルは一体何ですか?ただ叫ぶだけで、真面目に歌う気が全く無いですよね?でも、演奏は凄く上手いとは思います。半ばヤケみたいですけど。

(相田)21’st はファーストアルバム以外にも、後に出たライブ音源でも沢山演奏されてる。けども、この「アースバウンド」の演奏は、別格のど迫力だよな。最初のフレーズの「タメ」の長さからが絶妙だ。それにボズ・バレルのボーカルが、また無茶苦茶で・・・。「アイランズ」では、ウイーン少年合唱団みたいな美声を聴かせるのに、このライブでは、打って変わった捨てバチな唱法だよな。

ーそもそも、アルバムの長さは46分あるのに、ボズの歌の部分は全部合わせても5分位じゃないですか?それも真面目に歌わなくて、ひたすら叫ぶか、「アーアー」とか、流してるだけですよね。あの人バンドにいる意味あるんですか?

(相田)そうはいえど、短くてもインパクトあるぜ、ボズの歌は。ディープ・パープルの「ライブ・イン・ジャパン」のイアン・ギランに匹敵するな、インパクトだけなら。

ーそれはほめすぎです、流石に。投げやりの度合いがすごいだけです。

(相田)この時のライブツアーは、アメリカ南部のフロリダ辺りを回っている。「アイランズ」を録音した後の音楽の方針で、リーダーのフリップと、他のメンバーが対立しちゃったらしい。それで、本当は誰もライブなんてやりたくなかったけど、バンドの契約上仕方なくアメリカまでツアーに行った。そこで2か月くらいライブを回って、そのまま現地で解散したんだと。

そのバンドの仲の悪さが、そのまま音に出ている。演奏が投げやりなのはそのせいだ。ただし、演奏技術だけはみんな抜群だから、曲としてまとまってはいるんだよな。特に最初の21’st の演奏の、緊張感の高さは異常だ。本来のクリムゾンにある筈の、理性のタガが完全に外れて、素の「狂気」の部分が露わになっている印象だ。

ーでも、2曲めの「ペオリア」になると、一気に緊張感が無くなってイージーリスニング風の演奏になりますよね。これ何なんですか、一体?

(相田)そうなんだよ。最初の 21’st の無茶苦茶な勢いで、アルバム全部押し通すのかと思いきや、その後はマッタリ気味になるんだよな。そこがこのアルバムの一番の問題だ、と、俺は思う。「ペオリア」、「アースバウンド」そして「グルーン」の3曲は、クリムゾンにしては、何とも、らしくない雰囲気だ。

この3曲に限っては、演奏がブラックミュージック風なんだよな。ファンクとかブルースとかの。ただブルース・ロックなら、普通はギターが前に出てアドリブをやる筈だ。けれども、この3曲ではフリップのギターは、全然目立たない。結果として殆どが、メル・コリンズが吹くサックスの独壇場になってる。管楽器が目立つから、クリムゾンらしいといえば、そうかもしれないけどさ。

サックスばかり聞こえるから、一見ジャズのようにも思えるけど、雰囲気はもっとブラックだ。フリップがサックスの旋律に合わせて、ギターにワウワウ(音色を変えるエフェクターの一つ)を掛けて、リズムを刻んだりしてる。もろにファンクのリズムの取り方だよな。

クリムゾンのアルバムで、ここまでブラックミュージックに寄せた演奏が聴けるのは、「アースバウンド」だけだと思う。その意味でこのアルバムは、クリムゾンとしてはあまりに異質だ。単に音が悪いだけじゃ無くて。

3 . フリップの敗北宣言

ーでもクリムゾンといえば、プログレバンドの頂点ですよね。本来なら黒人音楽から最も遠い筈のクリムゾンが、ブルースをやるなんて、一体どういうことでしょう?

(相田)もしかしてフリップが、エリック・クラプトンに対抗したかったのかもな。曲の雰囲気から、クリーム(クラプトンがギターで在籍していた、3人組のバンド。ビートルズに次いで英国に現れたスーパー・ロック・バンド。クリームのスタイルを発展、完成させたバンドがレッド・ツェッぺリンである)の、未発表ライブ音源だって聴かせると、信じる人が結構いそうだよな。フリップのギターも、クリーム時代のクラプトンと同じレス・ポールだし、音も似てる。「このクラプトンと一緒にサックス吹いているの、一体誰かしら?とても上手だわね」とか、思うんじゃないか?ちょっと聴いただけだと。

ーそんな間抜けなリスナーはいません。

(相田)冗談は置いとくとして、評論家の渋谷陽一の 、あの共産党員の、彼風に言うならさ、アメリカの黒人達が歌っていたブルースを白人達がアレンジした音楽がロックな訳だ。ビートルズ、クリーム、レッド・ツェッペリンと続く、王道路線がこれだ。対して、そのロックから、黒人音楽の要素を極力薄めたらどうなるか、という実験が、ヨーロッパで広まったプログレッシブ・ロックと言える。黒人の要素をゼロにしたらロックじゃ無くなるから、少しは残すけど。黒人音楽からどれだけ離れるかで、音楽的な可能性を拡げていたんだよな、プログレバンドの連中は。

その中心にいたバンドがクリムゾンで、フリップはそのリーダーだ。ところが、このアルバムでフリップは、あろうことかもろに黒人風の、ブルースやファンクの乗りで演奏してるじゃないか。本人がソロで前に出ないのは、やりにくさと後ろめたさがあったからだろう。

これって、ある意味、フリップの敗北宣言だと俺は思う。プログレバンドで、ここまで黒人音楽に寄せるのは、まず有り得ないよな。今まで俺は、クリムゾン以外にも、ELP、イエス、ピンク・フロイド、あとムーディ・ブルースとかの、メジャーなプログレバンドのアルバムを聴いたけど、ここまでもろにブラックな演奏は無かったよ。正直、俺にはかなりショックだ。

フリップと、バンドの他のメンバーが仲たがいしたせいで、こんなになったんだろう。フリップも内心は忸怩(じくじ)たる物があったと、俺は思う。この後フリップは、バンドを解散して直ぐに、イエスから、どうやってもブルースには転びそうにない、才人ドラマーのビル・ブラフォードを引き抜いて、一連の傑作の、あの後期三部作(ラークス、スターレス、レッド)を完成させる。迷いが吹っ切れたんだろうな。

ーそれならフリップは、どうして、この不本意なアルバムを出したんでしょう?こんなに音も悪いのに。

(相田)やってる音楽の方向には疑問を感じつつも、バンドの演奏自体には、フリップは自信があったんだろう。クリムゾン風の味付けでブルース・ロックをやるなんて、なかなか味があるじゃないか。投げやりな雰囲気でも演奏は上手いから、聴きごたえあるよな。それに、なんと言っても、一曲目の 21’st の凄まじさときたら・・・。ほとんどパンクの出鱈目さだぜ。

この後数年後に吹き荒れる、パンクロックの嵐のせいで、栄光のブリティッシュ・ロックの全ては瓦解する。その運命を予兆するかのような、怖さを感じてしまうな、どうにも俺は。パンクバンドにしては、演奏はちゃんとしてるけどさ。

ー演奏が上手いパンクロックですか。ポリスみたいなもんですかね?

(相田)でもパンクとはいえ上品なポリスの演奏よりも、こっちの方がキレっぷりはもっとパンクだぜ。だから、改めて聴き直すと、60年代後半から70年代末までの、英国ロックの流れを、その後の未来さえも、総括するような内容なんだよな、この「アースバウンド」は。何とも贅沢で、聞き応えのあるアルバムじゃないか。

ーこんなに音が悪いのに、ですね。

4 . 実は性格のいい人だったフリップ

(相田)それで、このアルバムを聴きながら思い出したんだけど、俺の大学時代に、年上のとある女性の先輩と、一度話したんだよ。酒の席で。洋楽好きで、福岡出身の人だった。その人から聞いたんだけど、80年代になってクリムゾンが再結成して、来日ツアーをやったんだ。それで福岡でも公演したんだけど、会場が確か九電記念体育館とかいう、数千人は入る場所だった。そしたら、公演当日になっても客がほとんど集まらずに、会場がガラガラだったらしい。

当時は、マイケル・ジャクソンやマドンナの全盛期で、プログレなんか廃(すた)れて、誰も聴かなかった。あと再結成したクリムゾンも、曲調がパンクっぽくなってた。昔の曲もコンサートでやらないと言われてたから、以前のファンもチケットを買わなかったんだな。場所が地方だったせいもあるけど。

その女の先輩によると、その福岡の、客がほとんどいないガラガラの会場なのに、クリムゾンはライブをやったんだと。それがまた予想を超えた、ど迫力の熱気溢れる演奏で、会場の ー 無茶苦茶数が少ないけど ー 観客の全員が、大感激して帰って行ったんだってさ。

この「アースバウンド」を聴きながら、そのガラガラの会場でのライブも、こんな鬼気迫る感じだったのかな、と思えてさ。聴いた人がほとんどいないから、確認のしようがないけど。

ーへえ〜、そんな事があったんですね。でも、あのあともフリップは何回も、クリムゾンで来日して、日本でコンサートをやってますよね。去年も日本で全国ツアーやってるでしょう?そんな事があったら「日本なんて2度と来るかい!?」って、怒っても仕方ないでしょうけど。

フリップって、凄くいい人なんですね。変人ですけど。

(相田)全く沢田研二のセコさとは大違いだよな。ジュリーにフリップの爪の垢を煎じて飲ませたいぜ。この「アースバウンド」を聴くと、メンバーと喧嘩しながらも、正直に自分を語る事で、時代に残る作品になっている。紆余曲折しながらも、やってることに強い確信があったんだろうな。誰からも理解されずとも。やっぱりフリップは、変人のスケールが段違いだぜ。

ーそういえば、相田さん、「アースバウンド」と一緒に、もう一枚CDを輸入盤で買ったんですよね。何を買ったんです?

(相田)ああ、もう一つもライブ盤で、ウィングスの「オーバー・アメリカ」だよ。元々はLP3枚組だったのが、2枚組のCDで出たんだよな。国内盤は三千円以上するんだけど、輸入盤だと送料込で2千円以下で買えたから、得した気分だよな。

ああ〜、やっぱりポールの歌を聴くと、心が洗われるよな。録音も綺麗な音だし、変な屁理屈も考えないで気楽に聴けるから楽しいぜ。洋楽はやっぱりこれだよな。

ー・・・・・・・

相田英男 拝

*相田追記
⒈ アースバウンドのLPレコードは、英国では発売されたが、実験盤の意味合いが強かったため、米国と日本では発売されなかった、とのこと。日本では輸入レコード屋でないと買えなかった。どうりで田舎のレコード屋で、私が見なかった筈である。ただ、あの「ミュージック・ライフ」が、本作についてコメント記事を載せていたので、本作のユニークさは当時から業界で広く認知されていたと思う。

⒉ 80年代に渋谷陽一が、自分のFMラジオ番組でアースバウンドの 21’st を、ノーカットで流したのを以前に聴いた。この世の音とは思えない凄さを感じた記憶がある。曲の後半から番組デレクターが、すごい目つきで渋谷をずっと睨んでいたと、かけた後で語っていた。



[62]「黒人侍」の映画
投稿者:1018
投稿日:2019-05-12 22:19:31

あの「弥助」の映画化が進行中だそうです。2本も。
ファンタジーになるのかな。

https://www.cinemacafe.net/article/2019/05/08/61441.html



[61]外人相手だと話がはずむのでしょうね
投稿者:相田英男
投稿日:2019-04-12 23:45:00

相田英男です。

またもやどうでもいい話なのですが、アメリカのフォーブスという有名な経済誌に、下記のインタビューが載ったそうです。

https://www.forbes.com/sites/olliebarder/2019/04/04/mamoru-nagano-on-l-gaim-gundam-and-the-fractal-nature-of-the-five-star-stories/#687b8d226733

こいつ一体誰やねん?と、多くの方がが思うでしょう。でも、その道の人は誰もが知るだろう、私もよく知っている、とある漫画家です。

数年前にアニメ映画を作って上映していたので、ここに載せても良いかと。

東京近辺の方は、JR線の駅内に少しの間ですが、彼の書いたロボットや女の子の奇天烈なイラストが、デカく貼ってあったので、目にされた方も多いかもしれません。

ちょこっとした紹介のエッセイなのかしら、と、上の記事を読み始めたら、文章がいや長いこと長いこと。しかも、その内容がまたアレで・・・

こんな酔狂な内容の、長い文章を、読み続けるアメリカ人が大勢いるとは、何ともはや・・・日本のソフトパワーの力は、実に偉大だと感心しました。

彼は、日本の漫画とアニメで登場する、メカやロボットのデザインを、彼一人のセンスの力で、ほぼ完成させた人物です。この記事の中で自分で、私のロボットのデザインはビートルズみたいなものだから、と言い切っています。正確な自己認識だと私は思います。(私的には、ビートルズではなくて、レッド・ツェッペリンに相当するような気がしますが・・・)

彼の描いたメカデザインと、アル中でノイローゼになってしまった漫画家の吾妻ひでおが描く、ロリコン美少女が組みあわさったのが、世界に通じるクール・ジャパンの骨格だと、私は言い切れます。

記事にも登場しますが、彼は、有名なロボットアニメの監督さんが、見出して育てた「作品」でもあります。その監督さんは、彼に、例のシリーズの続編を作らせるつもりだったのが、周りの猛反対でボツにされたため、精神を病んでしまったみたいです。日本語だとオブラートに包んで言いにくい話でも、英語だとハッキリと断言してくれるのでありがたいですね。南部陽一郎の、英語のインタビュー記事を読んだ時にも思いましたが。

日本人のポップカルチャー分野で、唯一、世界に出て真っ向勝負出来る人物が、彼です。村上隆のような胡散臭いインチキ人物など、彼の足元にも及びません。村上隆の事は、細野不二彦が前に漫画で描いてましたが。

でも、アメリカ人の方が良く分かってるみたいですね。絵を見たら一発で凄さがわかりますからね。

一応、時代の最先端を行く日本人の一人として、ここで紹介しました。若作りですが、もう60歳近いんですね。60のジジイが描くロボットが一番カッコイイという、凄い真実が、密かにあるのです。

英語の記事だから、彼もこんなに沢山話せるんでしょうね。日本の雑誌だと、色々物議を醸して、また漫画の連載を休む羽目になるでしょうから。

相田英男 拝



[59]ボヘミアン・ラプソディー
投稿者:相田英男
投稿日:2018-12-06 17:59:32

相田英男です。

映画を見たので、書きたくなったのですが、以下の堀井氏の感想と殆ど同じなので、引用させて頂きます。

私は堀井氏よりやや年下ですが、ほぼ同じ洋楽体験をしています。歳の離れた姉が、家の中で映画タイトル曲や、「キラー・クイーン」とか、「マイ・ベストフレンド」とかを、毎日カセットテープで流すので、変わった曲だけどカッコいいなあ、と何気に感じていました。

でも、クイーンはアイドルぽかったのと、姉がいつも聞いていたので、反発心から、ハードロックとプログレッシブロックに、私は興味が向かったのです。ただ、レコードはほとんど買えなくて、人からLPを借りて、カセットテープにダビングさせてもらうか、FMラジオを録音するか、でしたけど。当時は、深夜のNHKのFMで、レッド・ツェッぺリンやイエスのアルバムの、全曲を流したりする太っ腹の番組があり、重宝させてもらいました。

今回の映画は賛否両論あるみたいですが、日本でも30億円以上売り上げたようで、大ヒットになりました。50代後半から60代の女性、70年代にティーンエイジだった方が、繰り返し観られているそうです。ミュージック・ライフを片手に、羽田空港に集まって「キャー、フレディー‼︎」と絶叫していた、かつての女の子達ですね。今回の映画は、彼女達のものですから。日本の場合は。

私はクイーンのアルバムは、「オペラ座の夜」しか、自分で買ってません。が、クイーンは見かけ倒しではなく、本物のロックバンドだと、今更ですが、私は思うようになりました。演奏も上手いのですが、何といっても、フレディー・マーキュリーの「やり過ぎ感」が素晴らしい。普通にピアノを弾いて歌うだけでも十分に上手いのに、あの怪しさ満点の衣装とアクションで、ブチかます。

今でこそLGBTやマイノリティーとか、気を遣って大事にされていますが、当時は単なる「変態」でした。その「変態感」をフレディーは敢えて逆手に取り、過剰にステージで打ち出しています。フレディーの「やり過ぎ感」は、キング・クリムゾンのロバート・フリップのギターの「やり過ぎ感」に、相通じるものがあります。片や極めてわかりやすく、片や難解と、音楽のタイプは全く違いますが、どちらも本物のロック・アーティストです。

私がクイーンを避けていたのは、フレディーの醸し出すあまりの怪しい雰囲気に、ついていけなかったような気がしています。でも、70年代のティーンの女性ファン達は、そんな「怪しさ」を含むクイーンを全て受け止めて、一生懸命に応援していたんですよね。

フレディーが死んだ時には、彼女達は全員が涙したと思います。あれから二十数年が経って、年齢を重ねた彼女達が再びフレディーと出会えた。そして、彼からエネルギーをもう一度もらうことが出来た。それだけで、もう十分なのではないでしょうか、今回の映画は。

(引用始め)
男子高校生にとって、Queenは「憧れのロックスター」だったか
堀井 憲一郎
12/5(水) 11:00配信、現代ビジネス

クイーンのフレディ・マーキュリーを描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』が人気である。

クイーンのレコードデビューは1973年、日本で売られたのは1974年だった。その年から翌年にかけて、ヒット曲を出し始める。

私は高校生だった。ヒット曲はだいたい聞いていたことになる。でもあまり関心を抱いていなかった。当時の“洋楽”は好きだったのだが、クイーンはあまり積極的に聞かなかった。

これは私個人だけではなく、当時のロック好き十代「男子」のふつうの動向だったようにおもう。理由のひとつは「先に女子が熱狂したから」ということにある。

クイーンに飛びついたのは、まず日本の十代の女性だった。世界的にもかなり先駆けだったらしいのだが、その現象を受けてぼくたちは「クイーンは女子のもの」と強くおもいこんでしまったのだ。

高校の同級生女子が騒ぎ、その前後世代の女性が熱狂していた。なんだかおもしろくない。とてもつまらない感情だけれど、高校生だからしかたない。先に見つけたなら、それは任せた、というような気分である。

また、女子が熱狂したから、アイドルなんだろうとおもってしまった。

ちょうど同じ時期、ベイ・シティ・ローラーズというアイドル的なポップグループが人気で、そちらにも女子は熱狂していたから(たぶん棲み分けていたんだろうけれど細かくは知らない)、それと同じタイプのミュージシャンだとおもってしまった。アイドルだとするとそれは歌謡曲に近く、いっときの徒花のような人気しかないはずで、豊川誕、伊丹幸雄、城みちるらと似たようなグループだと考えればいいのだな、と判断したのだ。

そのころ小遣いを何とかやりくりして買っていたレコードは、たとえば、ローリングストーンズ、ボブ・ディランやビートルズ、サイモン&ガーファンクル、レッド・ツェッペリン、シカゴ、アリス・クーパー、あたりである(アリス・クーパーにやたら固執していた記憶がある)。

ディープ・パープルやピンクフロイド、イエスも買いたかったが買えず、友だちのを借りて、録音していた。レコードプレイヤーのスピーカーの前にテープレコーダーを置いて直接録音していた。ときどき弟や母の声が入ってしまった。レッド・ツェッペリンも、4枚目のアルバムを買ったけれど、その前3作がなかなか買えずにもどかしかった。

まだ当時はロックミュージックの歴史が浅く、ここは男の世界だ、という意識が強かった。よくわからないけれど、でもそうだったとしか説明のしようがない。だから女性が先に熱狂してしまったクイーンを、男の世界で認めるわけにはいかなかった。つまらないところでつまずいていたのだとおもうが、でも十代の当時、この事態に巻き込まれるのは避けられなかった。

(中略)

なぜ、ここまできれいにクイーンを避けていたのかは、よくわからない。そもそも「曲はほとんど知っているのに、クイーンについては何も知らなかった」という事実も、今年、映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見てやっと気がついたくらいである。

やはり1970年代当時から、少し特異なグループだったということだろう。

フレディ・マーキュリーが、何だかずっと不思議であった。特に髪を短くしてゲイぽいキャラになってからは、よくわからなかった。少なくとも若い男子が、ああいうふうになりたいとおもう「憧れのロックミュージシャン」ではなかった。

いまあらためて見ると、まだ長髪だったころ、1970年代のロックミュージシャンらしいフレディには、えもいわれぬ色気がある。女性の感覚でいえば「かわいい」と言うしかない魅力だ。

彼の歌唱を見ていると、発声しようとするときのタメというかごくわずかな間合いがあって、そこに「がんばる」という意気込みが少しあり、ためらいと自負が垣間見えて、いまの私は、その若さに惹かれてしまう。若いころだと絶対に気がつかないポイントだ。そういう魅力をわかれって言われても、男子高校生には無理である。

そして彼らの楽曲はやはり美しい。耳に残る。あまり真剣に聞かなかったくせに、だいたいのヒット曲は覚えている、やはり彼らの楽曲が強く刺さってくるものだからだろう。

中学・高校の友人で、音楽をよく聞いていて、いつもギターばっかり弾いていた友人に、あらためてクイーンのことを聞くと、やはり高校時代はきれいに無視していたと答えてくれた。

彼は少しあと、おそらく1980年代だとおもわれるが、クイーンのベストアルバムを買い、それをクルマの中で流していたところ、同乗していた彼の母に「あなたのいつも聞いている音楽はよくわからないけど、この音楽は素敵ね」と言われたそうである(いつも聞く音楽はおそらくローリングストーンズやフランク・ザッパだったのではないかとおもう)。

おそらくこれがクイーンに対する正しい評価なのだ。

ただうるさく叫び続ける音楽ではなく、大人の耳にもきちんと届く音を彼らは作っていた。だから、これほど無視しているぼくたちにもその音楽はきちんと刻まれている。

そのことに、2018年になるまで気づいてなかった。映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見るまで、きちんと正面から向き合ってクイーンを聞いたことがなかったからだ。

自分でレコードを買ったことも友人から借りたこともなく、レンタルレコード店でレンタルしたこともなく、カセットに落としたこともなければ、CDもMDも持っておらず、DVDを借りたこともなかった。自分から初めてクイーンの音楽を探して聞いたのは、先だって映画を見たあと、ユーチューブでだった(ユーチューブは偉大である)。

1970年代から1980年代にかけて、ぼくも何とか生きていたころ、彼らも彼らなりに懸命に音楽を作り、提供していた。そしてそれはいつもどこかでクロスしていたのだ。それに気づいた。クイーンとぼくらは、一緒に生きていたのだ。

映画を見たあとには、クイーンの曲がすべて胸に迫ってくる。そこには懸命に生きていた若者の声がある。いまここに、彼らの存在とあの時代が強くよみがえってくる。

あまりに単純な反応で申し訳ないが、しかたがない。映画が素晴らしいということであり、クイーンの楽曲の力があまりにも突き抜けているということなのだろう。

映画のクライマックスは1985年のライブエイドで、これも当時の空気をおもいだした。日本での中継は、とにかくコマーシャルが多かったことばかり覚えている。ボブ・ディランを見たくて録画していたのだが、全体の印象としては(中途半端な中継だったこともあって)かなり散漫なものだった。もう一度見返したいとはおもわなかった。映画を見て、33年前のビデオテープを探している。どっかにあるとおもう。

2018年に映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見たとたんに、かつての音楽的な記憶が一挙につながって、よみがえってきた。クイーンだけに限らず、あのころ聞いていた音楽とそれにまつわる風景がリアルにおもいだされたのだ。不思議な映画体験である。

映画に触発され、自分のなかにあったクイーン音楽の欠片がすべて掻き集められ、ばらばらだった1970年代の記憶がまとまっていく体験だ。自分の内側で、勝手に物語の生成されていくようであった。異様に興奮した。

二度目に『ボヘミアン・ラプソディ』を見に行ったときには、クイーンをまったく知らない21歳の男子学生と行ったのだけれど、彼も深く感銘を受けていた。それぞれの音楽記憶とは関係なく、強く訴えてくる映画のようだ。フレディと家族の姿を見ているだけで、胸に迫ってくる。ママーという叫びがずっと頭の中で鳴り続けている。

(引用終わり)

結局、映画とあまり関係ない話ですみません。

相田英男 拝



[58]「1987、ある闘いの真実」を観て
投稿者:森本達樹
投稿日:2018-10-30 21:15:38

会員番号8177番の、森本達樹です。

重掲[2361]で、ピンクの龍さま、が紹介されている「1987、ある闘いの真実」を観た、私の思うところを投稿させていただきます。

この映画は、ハッピーエンドでない。全斗煥(チョン・ドファン)大統領の、国民向けの声明を「永久独裁宣言だ!」と、憤って終わる。

ついでに言うと、ヒロインの女子大生が、街宣車に仁王立ちし、大統領の直接選挙制が実現するまで、まだまだ闘いが続く、と、暗示している。

実際に、大統領の直接選挙制が復活したのは、全斗煥の次の、第十三代大統領の盧泰愚(ノ・テウ)の時だ。

とにもかくにも、この映画の、最大のキーパーソンは、公安(?)の、パク所長だ。

彼は、脱北者で、北朝鮮で家族を殺された、という、設定である。

脱北者で、韓国の公務員の要職に就いたり、幹部になれた者がいたのだろうか?

本当にいたのなら、きっと、背後に大きな組織がついている。

世界反共同盟(WACL)のメンバーであるのは、もちろんだが、旧称 統一教会の幹部なのだろう。

1980年代は、統一教会の活動の様子が、日本でもTVを通じて騒がれていた頃でもある。

統一教会とは 1/2
https://www.youtube.com/watch?v=q710za-HEwo

統一教会とは 2/2
https://www.youtube.com/watch?v=nhw-kTyjN8M

統一教会は、ソ連が崩壊して、北朝鮮が存続の危機に瀕した時に、文鮮明(ムン・サンミョン)が訪朝して、金日成と義兄弟の契りを交わすまでは、世界でも指折りの反共組織であった。今でもそうらしいが、現在、共産主義国家は存在しているのだろうか?

映画では、デモ隊は、デモクラシーを渇望し、不審死した大学生の真相を公表するよう要求しているように描かれている。

しかし、パク所長は、反政府分子を、共産主義者とレッテル貼りをして、弾圧を加え続ける。

その、パク所長の思想も分からなくはない。思想を弾圧するにも思想が必要だからだ。

こと、最近の、韓国のデモ隊は、親北勢力だと思われる。

彼らは、反日勢力でもあるだろう。

呉 善花(オ・ソンファ)女史の言うところの、韓国人のイデオロギー「親北=反日=民族主義」である。

1980年代から、デモ隊は、北朝鮮シンパだったのだろうか?

資金の出処は、どこだろうか?

そのような事を、考えさせられた映画であった。

一度見ただけでは、味わい深さが分からない。

もう少し、朝鮮半島の事がわかれば、その映画で新たな発見もできるだろうが、そうするつもりは無い。

ただ、韓国の民主化までのプロセスが、良くまとめられている動画を見つけたので、そのURLを貼らせていただいて終わります。

韓国民主化運動歴史
https://www.youtube.com/watch?v=eVd6XJlNnw8









[57]あまりにレトロな日英最強バンド対決
投稿者:相田英男
投稿日:2018-06-28 22:27:35

相田英男です。
掟破りの投稿ですが、何卒ご容赦下さい。

副島系掲示板は、自分が真剣に向き合った内容について書くべきと思ってます。
今回の内容は、かなり真剣に考えました。

ロックの固有名詞が頻出しますが、いちいち解説すると、文章量が3倍くらいに増えそうなので、わからない用語は、ウィキペディアでとりあえず御参照下さい。機会があればアルバムを聴かれて、こんな世界があるのか、と体験されるのも良いかと思います。ただし、万人受けする音楽ではない事だけ、ご承知下さい。

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題目:あまりにレトロな日英最強バンド対決
⒈ 伝説の邦楽ロックバンド、その名はジャックス

(相田)よう、今度もすまないねえ。

ー別にいいですけど、ここ掲示板が違いやしませんか?

(相田)いいんだよ。今回は技術じゃなくて音楽の話だから。毎日、仕事に行く途中で、i−Pod でロックをいつも聴いてるんだ。それで、最近あっと気付くことがあってさ。どうしても話したいんだけど・・・

ー相田さんはガラケー持ちだから、スマホじゃなくて未だにi−Podなんですね。そもそもここは、音楽掲示板ですらないんですけど。

(相田)前のグレッグ・レイクの投稿では、今回限りとか言ったけどやっぱりさ・・・

ーしょうがないですね。それで話したいロックのネタは何なんですか?

(相田)ジャックス、って知っているか?

ー ・・・・・・・

(相田)絶句してるけど、どうやら知ってそうだな。

ーまた、よりによって・・・。山下達郎でも、桑田佳祐でも、忌野清志郎でもなく、ジャックスですか?

(相田)あの早川義男が、ボーカルで歌ってたジャックスだよ。

ーでもジャックスの活動期間て、1967年から68年ですよ。相田さんの年代で、ジャックスなんか知る訳ないでしょう?

(相田)俺が産まれて物心つく頃には、もう解散してたバンドだからな。でも出したアルバムも、たったの2枚だけだから、すぐに聴き終わるし、話もしやすいんだよな。

ー・・・それで、なんで今頃ジャックスなんか持ち出すんです?

(相田)音楽評論家で、松村雄策(まつむらゆうさく)さんているだろう?ビートルズのファンで、渋谷陽一と雑誌(ロッキングオン)で長年対談してた人でさ。

ー僕等の対談もあれのパクリですからね。あちらは二人で、こっちは一人でやってますが。

(相田)その松村さんがエッセイで、ジャックスについて書いてたのを、大学時代に読んだんだ。そこで松村さんは「ジャックスは、オリジナリティーに溢れた、日本のロックバンドの草分けだ。特に早川義男の歌がすごい」と書いていた。それを読んでずっと気になったんだ。

それから数年後に、廃盤になってたアルバム「ジャックスの世界(1968年)」、「ジャックスの奇跡(1969年)」の2枚が、CDで再発されたんだ。で、早速俺はCDを買って聞いたんだよ。会社の独身寮で、音楽好きな同期入社の友達と二人でさ。

ーで、どうだったんです?

(相田)どうしたもこうしたも、最初の一曲目に流れてきたのが、あの「マリアンヌ」だろ。想像を超えた異様な歌と伴奏が、あまりに衝撃的でさ。寮の狭い部屋で、友達と二人で顔を見合わせながら、「ちょっと、これ、すごすぎるよな」と、呆れたことを思い出すよ。それ以来、二度と聴くことは無かった。早川の怨念の世界に引きずり込まれそうで、正直怖かった。

俺も買ったアルバムを、中身がしょうもないから聴かない事は何度かあった。けど、恐怖を感じて聴くのをやめたのは、ジャックスだけだったよ。

ー「ジャックスの世界」を最初に聞いて、衝撃を受ける人って、多いみたいですね。ハマる人と、二度と聞かない人と、パターンが別れるみたいですけど。

(相田)俺の場合は後者だな。「こんなの勘弁してよ」て、流石に思った。それで、そのまま20年以上経ったんだけど、この間ネットで「ジャックスの世界」のレビューを偶然見かけたんだ。「時代を超えた傑作だ」とか、そこには書かれていた。「やっぱりそうなのかな?」と、俺も思い直したんだ。

それで、しまっていた棚の奥から、CDを2枚引っ張り出して、聞いてみたんだよ。20何年ぶりに、清水の舞台から飛び降りる気持ちでさ。

ー今度も、やっぱりオカルトの世界でしたか?

(相田)それが、思っていたよりも、聴きやすい曲ばかりだったよ。早川の怨念に満ちた歌の迫力は、やっぱり凄まじい。だけど、楽器の演奏がとても上手いと思った。以前は、早川の声に圧倒されて、伴奏の良さに気付かなかったんだ。

50年前のアルバムだから、演奏技術は今のバンドの方が格段に上だよ。でもジャックスは、楽器の出す音が上品で、とても気が利いた演奏だと思った。特に、木田高介(きだたかすけ)のドラムは上手いよな。

それに楽器が、きちんとした旋律に従う演奏じゃなくて、アドリブ(即興)をかなり入れてるんだ。早川の歌は迫力は抜群だけど、旋律があるような無いような、ヘタウマ系の歌だろう?そのヘタウマの早川の歌を引き立てるのに、アドリブの伴奏がすごく機能していると感じた。演奏も歌も不安定だけど、全ての曲がバランスの取れた上品な音楽に仕上がっている。あの早川の歌の伴奏で、アドリブ演奏でここまで曲をまとめるのは、演奏者が相当に上手くないと出来ないと、俺は思う。

ーへえ、今度はベタぼめなんですね。

⒉ キング・クリムゾン ー 最強のアドリブ集団

(相田)それで気がついたのは、俺がよく知っている、有名な洋楽バンドの演奏に、ジャックスは似ているんだよな。

ー当時流行っていた、サイケデリック系のバンドの先駆けだって、よく言われるみたいですね。ベルベット・アンダーグラウンドやドアーズとかの。

(相田)俺はベルベットもルー・リードも聞いたこと無いんで、よくわからないんだ。情け無いけど。ドアーズも曲は聴いてない。バル・キルマーが主役してた映画(1991年)をテレビで観ただけだよ。映画はとても良かった。オリバー・ストーン監督だったよな。

ーメグ・ライアンのヌードが見れますからね。

(相田)そっちの話じゃ無いよ。それで、サイケデリックバンドとは、ちょっと違う有名なバンドに、ジャックスは近いと俺は思った。それはズバリ、英国がビートルズ、レッド・ツェッペリンと並び誇るバンドの、キング・クリムゾンだ。

ーえええ〜〜〜?あの、プログレッシブ・ロックの頂点に君臨する、キング・クリムゾンですか?そもそも、グレッグ・レイクと早川の歌って、全然似てないでしょう?

(相田)そりゃあたりまえだ。グレッグ・レイクと早川じゃ、歌の上手さは月とスッポンだ。でも、クリムゾンのスタジオアルバム(全部で7枚、ここでは1970年代前半まで)の中で、グレッグ・レイクが歌っていたのは、最初の2枚だけだ。仕方ないから3枚目からは、リーダーのロバート・フリップ(ギタリスト)が、ベースを弾く奴に取り敢えず歌わせて、しのぐ。けどそのベースも、アルバム毎にコロコロ変わるから、歌唱力には最早こだわらなくなるんだよな。後半のクリムゾンは。当時の日本で知られていた、メジャーな洋楽バンドで、一番歌がヘタなのが後期のクリムゾンじゃないか?あ、ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズの、歌のヘタさもいい勝負かもしれない。

その代わりに3枚目からのクリムゾンは、純粋に楽器の演奏力で勝負する。それも普通に弾かないで、楽器間のアドリブ合戦の様相を呈するようになる。俺がジャックスと似ていると思うのは、こっちの方のクリムゾンだ。グレッグ・レイクが抜けた後の。

ークリムゾンといえば、何と言っても、ファーストアルバム(クリムゾン・キングの宮殿、1969年)が大傑作として、あまりに有名ですよね。華麗なストリングス (本当はメロトロンというテープ装置)を使った、クラッシックの様式美で完成されたイメージがあります。この間亡くなった西城秀樹が、ライブで歌っていたとかで話題になった「エピタフ」も入ってます。

(相田)俺が中学生の頃に、テレビで西城秀樹のツアー特集をやってて、「ヤングマン」なんかと一緒に、「コンフュージョン ウィル ビイ マイ エピタフ」て歌ってるのを、見た記憶がある。「こんなのやるんだ」と感心したのを覚えてるな。

まあ、クリムゾンを聴く人間が100人いたとすると、ファーストアルバムしか聞かないのが、およそ90人だよな。その次のセカンドアルバム「ポセイドンのめざめ(1970年)」まで聴くのが、あと8人、残りの3枚目以降のアルバムまで聴くのは、100人のうちの2人くらいじゃないか?後半の方が、本当のクリムゾンなんだけどさ。

かくいう俺も20代までは、クリムゾンはファーストアルバムしか、ちゃんと聴いた事なかった。クリムゾンのラストアルバムは「レッド(1974年)」だ。評論家の渋谷陽一が、昔ロッキング・オンで「レッド」を、「親の薬代を削ってでも買って聴くべき、傑作アルバムだ」と、書いてたんだ。高校生だった純朴な俺は、渋谷の話を真に受けて、「レッド」のLPレコードをわざわざ買って、家で聴いた。貧乏高校生で金も無いのにさ。そしたら、単調な演奏が延々と45分間続くだけの、全然盛り上がらない内容で、がっくし来た記憶がある。せっかく買ったから、我慢して何回かは聴いた。けども、お経を聴いてるような気分から、どうしても抜け出せなかった。そのまま実家にレコードを置きっ放しにしてたら、どっかに行っちゃった。

「ファーストアルバムは凄いけど、後期のクリムゾンって、クソしょーもないバンドだな」としか、当時の俺には思えなかった。歌もヘタだったし。それでも30歳を過ぎてから、CDで「レッド」を聞き直すと、「ああ、そうか」と、良さがわかって来たよ。後期のクリムゾンの良さは、わかりやすい旋律や強烈なリフレインじゃないんだ。楽器のアドリブの細かな音の掛け合いと、重なりの変化を地味に楽しむんだよな。俺も20代になって、ジェフ・ベック(ギタリスト)の「ブロウ・バイ・ブロウ(1975年)」とかの、歌のない、楽器だけのアルバムを聴くようになったから、わかったと思う。

やっぱり「親の薬代を削ってでも聴け」と言った、渋谷陽一は偉かったと、後から思ったよ。中学生にELPの「展覧会の絵」は聴けても、高校生が「レッド」を聴くのは、さすが無理があったな。

⒊ 木田高介 ー 神業のマルチタスク

ーそれでジャックスに話を戻しますが、そんなにクリムゾンと似てますか?

(相田)アマゾンの「ジャックスの世界」のレビューにも、「演奏がクリムゾンを思わせる」という指摘があったから、俺だけの思い込みじゃないと思う。まずは、どっちのバンドもドラムが上手い。マイケル・ジャイルズ、イアン・ウォーレス、ビル・ブラフォードと、太鼓の達人が続くクリムゾンは別格だけど、音のセンスの良さなら、木田高介も引けを取らないレベルだ。木田高介は、東京芸大の打楽器課を卒業してるんだよな。そりゃ上手い筈だわ。

ーでもドラムが上手いのは、プロだから当たり前ではないかと思いますが?

(相田)その木田高介だけど、ドラムだけじゃなくで、フルートやサックスとかの管楽器や、ビブラフォンなんかの鍵盤楽器も弾くんだ。2枚目の「ジャックスの奇跡」になると、木田はドラムを後から入った角田(つのだ)ひろに任せて、自分は管楽器と鍵盤楽器だけの専門になる。この木田の管楽器がまた上手い。この時の木田は、何とまだ10代だった。メンバー全員が未成年の、才気溢れる若者達だったんだな。

早川義男の歌は、旋律らしきものがほとんどない、情念だけの唱法だろう?ある意味、詩の朗読というか、よく言えばボブ・ディラン的な、単調な歌い方だよな。日本人なら中島みゆき系か?その単調な早川の歌に、木田の管楽器やビブラフォンが華やかさを加えるんだ。それも単純なリフレインの繰り返しじゃなくで、木田はアドリブで音をコロコロ変える。そのアドリブが、すごくセンスがいい。バンドの音に木田のアドリブが、深みを与えてるんだ。

一歩間違えると、中島みゆきのダサイ世界に落ちそうな早川の歌が、オシャレで洗練されて聴こえるのは、木田のアドリブ演奏とアレンジの見事さだと思う。

それでクリムゾンの方も、専門の管楽器奏者が、いつもメンバーにいたじゃないか?

ーああ、そうですね。イアン・マクドナルドとメル・コリンズが、サックスとかフルートとかやってましたね。バイオリンしか弾かないデビッド・クロスもいましたよね。

(相田)バイオリンしか弾かないレギュラーメンバーがいるロックバンドなんて、前代未聞だよな。彼等の、ロックでは普通使わない、特殊楽器を演奏するプレーヤーを入れるのが、クリムゾンのスタイルだ。特殊楽器のアドリブを入れて、演奏の深みを増すんだよ。クリムゾンは最初からそうだった。そうすると、ジャックスでの木田高介の役割は、イアン・マクドナルドやメル・コリンズと同じなんだと、俺は思う訳よ。

早川義男の強烈な歌に最初はビビらされるけど、よくよく聴くと、ジャックスのスタイルは、キング・クリムゾンの演奏と同じなんだ。しかも、クリムゾンのデビューは、ジャックスが解散した1969年だからな。クリムゾンの前に、同じスタイルのバンドが日本にいたんだ、と思うと感慨深くてな。別にクリムゾンが、ジャックスの真似した訳じゃないだろうけどさ。

ー確かに、「堕天使ロック」の後半にある木田のサックスを聴くと、「アイランズ」(クリムゾンの4枚目のアルバム、1971年)でメル・コリンズが吹くサックスに、似ている気がします。

⒋ 変な邦題はさっさと直せ

(相田)そうすると「マリアンヌ」の異様な演奏も、クリムゾンのファーストアルバムの、「21世紀の精神異常者」みたいなもんかな、とか、今になって思えるんだよな。

ーもう今は「21世紀の精神異常者」って、書いたらダメなんですよ。「21世紀のスキッツォイド・マン」て言うんだそうです。怒られちゃいますよ、相田さん。

(相田)一体なんで、そんなツマラン事を気にして、あの名曲の邦題を変えるんだ?何が「スキッツォイド・マン」だよ。精神異常者を精神異常者だと、はっきり書いてどこが問題なんだ?

そんなの考える前に、アルバムの邦題の方を何とかしろよ。何が「ポセイドンのめざめ」だよ。wake を「目が覚めた」とか訳しやがって。本当の意味は「航跡」だから、「ポセイドンの航跡」が正解なんだろう?

5枚目の「太陽と戦慄(1973年)」も、さっさと変えるべきだ。英題直訳の「ひばりの舌」の語感が悪いなら、そのままカタカナの「ラークス タングス」で、いいじゃないか。ジャケットの絵が太陽だからとはいえ、いくらなんでも「太陽と戦慄」という、英題と全く違う名前はやめろ。クリムゾンのリーダーのロバート・フリップが来日した時に、渋谷陽一のライバルだった評論家の今野雄二(こんのゆうじ)が、邦題の意味をフリップに告げ口した。そしたらフリップが、呆れて絶句したらしいじゃないか。全く恥ずかしいぜ。

ーその次のアルバムの「暗黒の世界(1974年)」も、凄い邦題ですよね。英題は「スターレス アンド バイブル ブラック」ですけどね。

(相田)「暗黒の世界」て、またおどろおどろしい語感だよな。まるで、早川義男が10人集まって、アカペラで歌うような内容を想像するな。でも意外に、キャッチーで聴きやすい曲が多いんだよな。曲の構成もクリムゾンにしてはゆるいし。後期のクリムゾンでは俺は、この「暗黒の世界」が一番好きだな。「太陽と戦慄」と「レッド」の方が完成度は高いけど、この2枚は何回も聴くと疲れるからな。

こっちもせめて英題を直訳した、「星無き聖書の闇」とか、気の利いた邦題に、早く変えて欲しいぜ。「暗黒の世界」はあんまりだ。悲しいけど、クリムゾンのアルバムの邦題は、ほとんどが外れだ。

ー僕は、ピンク・フロイドのリーダーだった、ロジャー・ウォーターズのソロアルバムの「死滅遊戯(1992年)」の邦題を変えて欲しいです。英題ままの「アミューズド トゥ デス」でいいじゃないですか。せっかくジェフ・ベックがギターを弾く、カッコいい曲も入ってるのに、あの邦題だと・・・

(相田)ロジャー・ウォーターズが、黄色のボディスーツを着て、ヌンチャクを振り回す姿が目に浮かぶよな。「ロジャーの長いアゴに、ヌンチャクが当たると痛いだろうな」とか想像すると、曲に入り込めないよ。「曲の途中で、ボーカルが「アチョー」とか叫んだら、どうしよう」とか、気になって仕方ないぜ。俺たちはあの映画を、水野晴郎の水曜ロードショーで繰り返し見てるから、黄色のスーツが一生目に焼き付いてるもんな。映画を知らない若い世代の人達は、関係ないだろうけど。

⒌ 最強の邦楽ロックバンドはこう作れ

ーで、話が長くなりましたが、結局何言いたいんですか、相田さん?

(相田)要するに、今回ジャックスを聴いて改めて感じたのは、日本語でロックを歌う可能性だよ。

ジョン・レノンが撃たれる少し前から、洋楽ロックにハマった俺には、日本人がまともなロックをやれるなんて、不可能としか思えなかった。だって、郷ひろみや西城秀樹とか、ジャニーズならあの頃はフォーリーブスか、彼等アイドルがテレビで歌う海の向こうで、レッド・ツェッペリンやら、ディープ・パープルやら、ELPが演奏してるんだぜ。こっちでかかる曲は天地真理(あまちまり)で、向こうはピンク・フロイドの「原子心母(1970年)」とかさ。あの頃の、70年代の英米と日本のロック、ポップスのレベルの、彼岸の差は、どうしようもないと思えた。

今、邦楽ポップスをやってる若い音楽家達は、洋楽より自分達の曲が劣っているとか、あまり思わないだろう。邦楽のレベルが上がったんじゃなくて、洋楽のレベルが前より下がったんだけど。

それでも、邦楽の歌手達が歌う詞は、今でも俺には意味がさっぱりわからない。日本語の歌詞なんだから、ちゃんと意味があるんだろうと思う。でも、個々の単語は聞き取れても、全体の詞の内容が全く頭に入らない。

俺が単に、流行りの歌について行けないだけかもしれない。けど、昔の忌野清志郎の歌詞は非常によくわかるよな。「雨上がりの夜空に」とか「ボスしけてるぜ」とかさ。あまりに歌詞がわかりやすかったせいで、原発反対ソングが社会問題にまでなっちゃったけど。

その清志郎が、以前にタイマーズで「今の連中は、英語だかなんだか、さっぱり意味がわからない曲ばっかり歌いやがる」と訴えたことがある。今でも状況は全く変わらない。誰も変えようとしないんだよな。

ーあれは、自分じゃなくでゼリーという別人だと、清志郎が言ってましたよ。

(相田)清志郎によく似たやつが、タイマーズで歌ってるんだよな。

それはともかく、日本人がロックを歌うなら、日本語のわかりやすい言葉でメッセージを発するべきだと、俺はずっと思う訳よ。歌詞の内容に意味が無いなら、所詮は洋楽の劣化コピーにしか過ぎないじゃん。

しかし、俺も今になって気付いたのが情けないけど、日本語でロックを歌うバンドの、理想の一つと思える形が、実は50年前に既に存在してたんだ。早川義男という、清志郎を上回る情念とメッセージを発する歌い手と、一人でキング・クリムゾンをやってしまう木田高介の音楽センスが併さった、ジャックスというバンドが。

清志郎の唱法は、黒人歌手の歌い方を日本語に置き換えたもので、リズミカルで軽快だ。対して早川の歌は、東アジア土着系の、どす黒い、重い情念に満ちている。演歌系と言ってもいい。どちらかというと早川の方が、日本人には訴える力が強いと思う。その早川の強烈な情念を、高度なセンスの演奏で美しい曲にまとめるのが、ジャックスだ。彼等が伝説のバンドといわれる理由も、わかるよ。

清志郎以降の歌い手で、歌に力があると俺が思えるのは、ブルーハーツの甲本ヒロトくらいだよな。ただ、ブルーハーツは演奏があまりに単調すぎる。「トレイン・トレイン」が入ったアルバムは、最初の何回かは楽しく聴けるけど、回数を重ねると飽きるのが早いんだよな。甲本のバックの演奏が、ジャックスくらい気が利いていたら、曲の深みが全然違うだろうけどな。

だから話は簡単で、まずは、強烈な日本語のメッセージを歌えるボーカルを見つけることだ。清志郎みたいに作曲は別に出来なくてもいい。早川は作詞さえも、他の女性にやってもらってたらしいから。次に、音大出てるけど、イマイチ芽が出ずにくすぶってる、腕の立つ演奏者達を集めて、バックに付ける。そして、歌に併せてアドリブで演奏をやらせれば、凄いバンドになるんだ。このわかりやすい(!!!)方法論を提示したのが、ジャックスの偉大な功績だよ。

今だったら、例えば椎名林檎の歌い方を過激にさせて、バックにジャズミュージシャンのアドリブを入れたら、面白くなりそうな気がするな。彼女は、ジャックスを相当聴いてるだろうし。当然だけど。

ー・・・・なんか最後の方は、話がだんだんテキトーなりましたね。でも、音楽性は高度かもしれないけど、そんなバンド、果たして売れますかね?相田さんみたいな偏屈なリスナーしか、レコード買いませんよ。今は配信だっけか?

(相田)確かにそれは大問題だ・・・・・。どんなに屁理屈をこねた処で、ポップスは売れなきゃおしまいだからな。ジャックスがアルバム2枚で解散したのも、全く売れなかったからだもんな。レコードの枚数自体が少ないから、凄いプレミアがついたんだよな、ジャックスは。

ーあと、あんまり尖った奴ばかりバンドに集めても、仲悪くなるんじゃないですか?人間関係最悪で、すぐに解散しそうですけど。

(相田)だからクリムゾンは、アルバム一枚作る度に、フリップ以外のメンバーを総取っ替えしてたんだろう?「レッド」になると、フリップも流石に疲れてきて、一回クリムゾンを解散しちゃうけど。まあいいじゃん。いまのバンドみたいに、女性タレントと不倫して話題になるより、真面目に音楽やって歴史に名が残れば。花の命は短くとも、さ。

ー・・・・最後にまだ何か言うことあります?

(相田)ロックを聴く奴はリベラル系の左翼と相場が決まってるけど、「右の方にも真面目に音楽を聴くのが居るぜ」、てのを言いたかったのかな、俺は結局は。

ーそれなら前に、黛敏朗(まゆずみとしろう)さんという、偉大な右翼の音楽家がいらっしゃったじゃないですか。

(相田)いいや、あいつと一緒に扱われるのは、やっぱり俺は嫌だな。

ー向こうも墓の下で、同じように思ってますよ。

相田英男 拝



[55]日本最大のスクリーン静かに消える。
投稿者:5980
投稿日:2018-01-12 18:15:59

第一章 映画館の終わりの終わり

ひっそりと、日本最大のIMAX(70mmフィルム上映が、できる)スクリーン映画館(スペースワールド・ギャラクシーシアター)が、終わりを迎えた。
第二章 映画館の終わりの始まり

シドニーIMAXシアター 2019年
https://www.imax.com.au/ 

東池袋一丁目シネマコンプレックスプロジェクト2019年

IMAXシアターが、続々開館するとなると。映画館に行かずには折れないのではなかろうか。
最終章 
70mmフィルムを上映(商用上映)する 日本の映画館は、できないと思う。タダでさえ日本のシネコンは、2K(ブルーレー画質)だからまず無い。最低でも4K(35mmフィルム画質)にしてほしい。コダック復活か?

Changes at IMAX Melbourne and the re-installation of the IMAX 1570 GT projector
https://www.youtube.com/watch?v=3uYhUOUHVfQ



[53]ELP
投稿者:7721 中西
投稿日:2016-12-24 10:15:20

シン・ゴジラに続いてのレスです。相田さんとは趣味が合うみたいです。

そうですか、グレッグ・レイクもキース・エマーソンも死んだんですか。僕も大ファンだった
んで残念です。
僕は、高2まではビートルズ聞いてましたけど、高3~浪人の時はELPばっかり聞いてましたね。
ELPのLPは全部持ってます。後年、電化マイルスの方をよく聞くようになったけど、圧倒的に
よく聞いたのは、ELPでしたね。
展覧会の絵は、当時NHKでも放送されて格好良かった、3人とも。やっぱ僕はキースが一番好き
だったけど。

渋谷陽一さんも、今はそんなことやってるんですね。まあ今では化石のような活動っぽいです
が、彼も知的でちょっとすねてて格好良かったなあ。

※相田さん、本業の原発論文、非常に面白いです。いつも良く読んでます。特に、12月17日の
 重掲の書き込みはすばらしかったと思います。是非続編をお願いいたします。



[52]グレッグ・レイクの死と私の青春の終わり
投稿者:相田英夫
投稿日:2016-12-11 17:55:50

相田です。以下は映画の話では無いのですが、サブカル投稿のついでに今回に限り御容赦ください。

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グレッグ・レイクが死んだ。エマーソン・レイク&パーマー(ELP)というロックバンドが昔のイギリスにあり、そこでボーカルとベースをやってた人だ。音楽に興味がない方にはどうでも良いことだが、ELPは日本でも人気が高かった。72年位に当時の洋楽雑誌の代表だったミュージック・ライフの年間人気投票で、レッド・ツェッペリンを抑えて1位になったこともある。

ELPというバンドは、キーボード、ベース、ドラムの3人で、メイン楽器のギターがいないという変則的な編成だ。何でギターが無くてロックがやれるかというと、キーボードプレーヤーが、ロック史上No.1のテクニックを持つキース・エマーソンだからだ。彼は指が速いだけでは無く、オルガンの音を意図的に歪ませて「バリバリ」と弾くことで、エレキギターのリフよりも荒々しく分厚い音を鳴らしていた。

キースの凄さは音だけではなく、演奏中にオルガンを倒したり、上に乗ったり 、ナイフで刺して鍵盤を壊したりするという、過激なパフォーマンスも有名だった。ジミヘンやリッチー・ブラックモア(古い!!)がギターを壊すように、ステージでキーボードをバラバラにするのだ。エンターテイメントに徹する処もELPの魅力だった。

シンセサイザーを全面的に使い始めたのもキースだ。開発当初のシンセサイザーは、一つの部屋を丸々占領する馬鹿でかい実験装置だった。そのシンセサイザーをライブで使い始めたキースが、音を安定して出せるようにできないかと、発明者のムーグ博士に相談した処、シンセをステージで使うことなどあり得ないと、最初は相手にされなかったらしい。しかし、ELPのライブでキースの凄まじい演奏を見て感動したムーグ博士は、彼の全面的なアドバイザーとなり、シンセの能力が大きく向上したそうである。

ELPでのキースの狂気のキーボード・プレイに対して、優しく穏やかで、しかし力強い響きでバランスを取ったのが、グレッグ・レイクのボーカルだった。グレッグ・レイクはものすごく歌がうまい。彼の歌の上手さは、エルトン・ジョンと同等かそれ以上だと思う。グレッグは超名作として知られる、キング・クリムゾンのファースト・アルバムでもリード・ ボーカルを務めている。次の2枚目のアルバムの製作途中で、グレッグはクリムゾンを脱退してELPに加入するのだが、代わりのボーカルとして当時は無名のエルトン・ジョンが、候補に挙げられていたという。エルトン・ジョンがグレッグの代役だったのだ。凄い話である。

私が中学生の時に、最初に自分でお金を出して買ったレコード(LP)は、ELPの「展覧会の絵」だった。かのクラッシックの名組曲から数曲を選んで、間をアドリブ演奏で埋める単純な構成だが 、内容は凄まじい。何とライブ演奏であって、レコード化する際には後から音を全く加えていないという。

今、聴き返してみると「キエフの大門」でのグレッグの歌が凄い。あの有名すぎる旋律に歌詞を付けて歌うのだが、原曲の格調の高さにグレッグの歌は全く負けていない。何という歌声だろうか。比べて悪いが平原綾香の「ジュピター」とは、レベルの差が月とスッポンである。

私が買った時のLPレコードの値段は2500円で、中学生には結構な大金だったが、迷いは無かった。ちなみに私の家にはステレオセットが無く、姉が友達からダビングして来た、90分カセットテープの「展覧会の絵」を繰り返して聞くうちに、どうしてもレコードが欲しくなったのだ。(ちなみに裏面にダビングしていたのは、ピンク・フロイドの「狂気」だった)それで私は、買ってきたLPレコードのジャケットを眺めながら、カセットテープの録音を聴いて悦に耽っていたのだった。思い返せばアホであるが、それでも楽しかった。昔のLPレコードはジャケットも味があるんだよね。親に頼みこんで安いステレオセットを買ってもらったのは、1年以上後だった。

私の友達が、当時の最新のパイオニア製のステレオセット(私のやつの2倍以上高価なヤツ)を買っていたので、何回か「展覧会の絵」のLPを持って行ったことがある。ジャケットが綺麗なので、最初は期待した友達だったが、かかった演奏は暗く妖しい内容だったので、聴いた後は落ち込んでいた。もう持って来るなと友達に言われたものの、しつこく何回か持って行ったと思う。3年くらい経った後でその友達から、「実は自分でも 展覧会の絵 を買ってしまった」と聞いた時には笑ってしまった。何回か聴かされるうちに、友達もはまったのだった。

ちなみに、私の洋楽ロックの聴き方は、評論家の渋谷陽一の影響を強く受けている。私は今でも渋谷陽一のファンである。「ロックとは白人が黒人音楽を批評的に分解して作った音楽だ」と、日本で広めたのが渋谷陽一の最大の功績だ。ロッキング・オンを最初に読んだ中学生の時には、何のことかよくわからなかったが、音楽を聞くうちになるほどと思うようになった。宇多田ヒカルがデビューした時に私が直感で思ったのは、「女子高生にブラックミュージックを歌わせる」というコンセプトが新しいのだ、ということだが、これに気付いたのも渋谷の影響だ。今では宇多田もオバサンになってしまったが・・・・

今回のアメリカの大統領選挙の時には、マドンナやらスプリングスティーンやらレディ・ガガなどの、ポップスターのほとんどがヒラリーを応援したにもかかわらず、軒並み討ち死にしたのは大変可笑しかった。彼らは音楽のルーツに黒人音楽を持っているため、リベラルに傾き易いのだろうか。それに対して、テイラー・スウィフトというカントリー系の美人歌手だけは、ヒラリー支持を表明せず、政治的に中立を保ったため評価が上がった、そうである。カントリーは田舎で暮らす白人達に愛される音楽なので、ヒラリーを支持できなかったのだろう。私はテイラー・スウィフトの歌を未だに聴いたことがない(!!)が、写真で見ると確かに美人である。彼女は今のアメリカの女の子達のあこがれの的らしい。

渋谷陽一は、音楽や映画雑誌の出版以外に、政治を議論する「Sight」という雑誌を出版していることを、私が知ったのは最近である。雑誌の論者をながめると、古賀茂明、内田樹、飯田哲也、宮崎駿 などの反安部政権、反原発を訴えるバリバリの左派が並んでいる。渋谷陽一の政治主張が今の私の考えとは間逆であることに 、最初は複雑な心境だったが、私の渋谷に対する見方が変わることは無かった。音楽についてはいざ知らず、政治思想の理解に関しては、渋谷よりも私の方が遥かに上を行く自負がある。前にも書いたが、「覇権アメ」「日本永久占領」「歴史の終わり」を熟読した後では、ちまたに横行する左翼論者の主張など、アホらしくて聞いてられないレベルになってしまった。渋谷は上の3冊のどれも読んだことは無いだろう。

私は忌野清志郎の大ファンでもある。渋谷の今の活動は、清志郎の思いを受け継ぐことは明らかだ。原発推進論者の私が清志郎を聞くのはおかしいのだろうか、と今でも時々自問することがある。清志郎が死んだ時には私も凄く悲しかったが、その後の3.11の騒動に巻き込まれずに済んだことは、清志郎には幸いだったろうと思う。

渋谷陽一のELPの評価は「マジメさと娯楽性を追求しする素晴らしいバンドだ」と肯定的である。今年は先にキース・エマーソンも銃で自殺していたのだった。キースの自殺を知った時には、自分は特に何も感じることは無かった。多分、実感が湧かなかったのだと思うが、グレッグの死を知った今では、流石に切ない気持ちが湧いて来るのがわかる。ああ、もうELPは存在しないのだ。残ったカール・パーマーには悪いが、太鼓だけいてもしょうがないよな、それにもう、展覧会の絵 の時のような太鼓も叩けないだろう、と思う。ストーンズのチャーリー・ワッツはあれでもいいんだろうけどさ。

グレッグ・レイクの死によって、ELPが終わったこと、そして心の中に残っていた青春の欠けらが無くなったことに、自分が気付いたのは昨日だった。

相田英夫 拝






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