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[74]書評「革命とサブカル」 安彦良和 著
投稿者:相田英男
投稿日:2020-01-20 18:32:29

相田です。とある本の書評を書きました。

書評「革命とサブカル」 安彦良和 著、2018年、言視社 出版

安彦良和(やすひこよしかず)という人物の名を聞いた時の印象は、年齢により相当に違うだろう。60歳以上の多くは、おそらくは「誰それ?」だ。30歳代より下の世代になると「年寄りのイラスト書く人だよな」という感想だろう。しかし、私を含める40〜50歳代は違う。「おお、あのアニメのカリスマではないか!!」と、誰もがすぐに気付く。

彼の名前を知らずとも、彼が描いたイラストなら、日本人のほぼ全てが目にしている筈だ。テレビアニメ「機動戦士ガンダム」の、登場人物を手掛けたアニメ画家(イラストレーター)だ。今では缶コーヒーのイラストにも、安彦氏の描くガンダムのキャラが印刷されている程である。

安彦良和は、日本のアニメ業界の作画家として、文句無しに、歴代トップに挙げられる人物だ。安彦氏の描くアニメキャラクターには、他の画家の追付いを許さない気品と力強さがある。

アニメ作家として、誰もが真先に思い浮かぶのは、かの宮崎駿(みやざきはやお)だろう。が、人物画を描くならば、宮崎駿の腕前は、安彦氏の足元にも及ばない。アニメ評論家の岡田斗司夫(おかだとしお)が書いていたが、有名な宮崎キャラの、クラリスやナウシカのイラストを止め絵で見ると、あまりにも単純で貧相な絵だと気付く。宮崎キャラの魅力は、動画で見た際の動きや、きめ細やかな演出で支えられているのだ。キャラ自体の絵の魅力は、安彦氏や、彼と同時代の作画家の湖川友謙(こがわとものり)の方が、宮崎氏よりも遥かに優れていると、私は思う。

安彦氏はガンダム以前にも、「宇宙戦艦ヤマト」の初期シリーズ、「ゼロテスター」、「ライディーン」、「コンバトラーV」といった、当時の子供の記憶に残るSFアニメの、主力画家として参加している。これらのアニメを私は、子供時代に、再放送を含めて全話見ている。これらの作品に登場する、安彦氏の描く人物達には、他のアニメと違った、気品と人間味が感じられて、続きをついつい見たくなってしまうのだ。

「ガンダム」(第1作目)についての思い入れは、皆々にそれぞれあると思う。私の場合は、本放送を途中まで見ていなかった。その内に、クラスの友人達の間で、「何やらトンデモないロボットのアニメが、テレビで放映されてるぜ」という話題が広がった。それで私はある日、自宅のテレビのチャンネルを、番組に合わせてみた。

そこでテレビに出てきた、ロボット同士の戦闘場面はこんな感じだった。ガンダムが敵のロボットに向けて、離れた距離からビーム砲を何発も撃つ。しかし、相手は足を止めたまま、上体だけを前後左右に揺らして(スウェーさせて)そのビームを躱す(かわす)。ガンダムのパイロット(実は14歳の少年)は、操縦者としての適性を味方に疑われていたため、「避け(よけ)もしないのか?この野郎」と逆上する。一方の敵は、経験豊富な傭兵パイロットだった。彼はロボットの操縦席で冷や汗をかきつつも、「正確過ぎる射撃だ。それゆえに(ビームの軌道を)コンピュータにも予測しやすい」と、うそぶくのだ。(ファンならここまでで、どの話数なのかすぐにわかるだろう)

それまでのロボットアニメの戦闘シーンは、例えば神谷明(かみやあきら、当時の代表的な声優さん)が、ロボットの持つ武器の名前を連呼しながら、最後に必殺技を繰り出して怪物を倒すという、水戸黄門的なワンパターンが定番だった。しかしガンダムのドラマは、そんなパターンとは、異次元のレベル差なのが瞬時にわかった。子供の私でも「凄い、アニメでこんな、人間臭いリアルな芝居が出来るのか」と、観ながら息を呑んだ。ついでにその時に、「ライディーンで見た絵柄の主役が、「巨人の星」の声で喋っているじゃん」と、私は気づいた。

「ガンダム」の爆発的なヒットにより、アニメ界での輝かしい前途が、安彦氏の前には開かれていた。前にも後にも、安彦氏よりも上手く人物キャラを描けるアニメーターは、日本には存在しない。しかし、ガンダム以降の安彦氏は、アニメの仕事を徐々にフェードアウトさせ、1990年代以降には、アニメの仕事を完全にやめてしまう。以降は専業のマンガ家として、歴史を題材にした作品を単発的に発表するだけだった。

私は安彦氏の描く歴史マンガには、あまり魅力を感じなかった。安彦氏が去った後の、無味乾燥なアニメの世界を眺めながら、寂しさと煮え切らなさを感じつつ、その後の30年近くの年月を私は過ごした。

この本は2年前に出版されているが、私が書店で見かけたのは、今年の正月明けだった。この分厚い本を棚から取って、開いた私はギョッとした。その内容が、安彦氏の描くイラストのイメージから、あまりにも掛け離れていたからだ。

本書は、前半が安彦氏の大学時代(青森県の弘前大学)の友人達との対談、後半が自身で書かれた、(アニメでなく)政治に関する論考という構成だ。その前半で対談する、安彦氏の友人達の顔ぶれが凄い。元連合赤軍のメンバーで、「あさま山荘事件」の直前に、逃亡中の軽井沢で逮捕されて、20年以上の懲役刑に服した後に、出所した人物が2名。68,69年の東大紛争の際に、青森から上京して、安田講堂の占拠、封鎖に参加して、逮捕された人物が3名。その他の元劇団員、精神科医、等のメンバーも、全員が、大学時代に全共闘(全学共同会議)の活動家だった方々だ。

60年代後半に全国の大学で広がった大学紛争の最盛期に、安彦氏は弘前大学の学生だった。弘前大学での安彦氏は、全共闘の熱心な活動家だったのだ。安田講堂の紛争が鎮圧された直後に、弘前大学でのバリケード封鎖の際に、安彦氏は首謀者の一人として逮捕され、そのまま大学を退学となる。逃げるように青森から東京に出て来た安彦氏は、たまたま募集中だった、手塚治虫の虫プロ(当時は既に倒産寸前だったが)の従業員に採用された。最初は演出等のドラマ作りを担当していたが、元々趣味だったイラストの、尋常ではないレベルの上手さが、次第に周囲に認められ、作画家として引っ張りダコとなったらしい。

ガンダムの監督の富野喜幸(とみのよしゆき)氏が、最初に安彦氏を見たときに、「何と仕事が遅い、不器用な演出家だろうか」と、仕事振りにあきれたいう。「どうせ彼はすぐに、虫プロを辞めて、アニメ業界から居なくなるだろう」と、思っていた富野氏は、しばらく経ってから「ライディーン」の企画会議で、安彦氏のイラストを初めて見た。そのクオリティの高さに、富野氏は驚いたという。その時の印象を「学生時代に、手塚治虫のマンガを初めて読んだ時と同じ衝撃を、安彦氏の絵から感じた」と、富野氏は自伝で語っている。

以来、富野氏は安彦氏と一緒に作品を作ることを願っていた。ガンダムでそれは達成されたのだが、それ以降、安彦氏はアニメを止めてしまう。富野氏は仕方なく、代わりに湖川友謙に頼らざるを得なかった、という。だから湖川氏も、安彦氏に並ぶ程の超一流の作画家なのだ。ちょっとくらい性格が悪いからと、「イデオン」を見もしないで、湖川氏の悪口を流布するな、と、私は怒りを感じる。

この本を読んだ私は、安彦氏がアニメをやめた理由が、ようやく腑におちた。私の言葉で、大きく意訳すればこうなる。かつての自分達の、全共闘の学生達の主張、それは、「自分の目の前に見える理想を、手っ取り早く、最初に実現しさえすれば、世界全体への革命につなげることが出来る、そして良い世界が作れる筈だ」だった。その全共闘の主張と、アニメで繰り返し描かれる思いと願い 、それは、「主人公の身近に起こる出来事や、友人達の超常の力を使うことで、世界を変えられる(所謂セカイ系に通じる思い)」が、同じである事に、安彦氏は気付いたからだった。

全共闘の主張が先鋭化して連合赤軍となり、「よど号ハイジャック事件」や資金調達のための銀行襲撃、そして「総括」と呼ばれる集団リンチ殺人に至って、最後は瓦解する、その破滅までの道のりと同じ景色が、アニメの仕事をやりつつ、安彦氏は見えてしまった。だから安彦氏は、アニメから離れたのだ。私はそのように理解した。

サブカルには巨大な闇がある。その闇に無自覚なままで、サブカルに耽溺する事は危険だ、と、全共闘を経験した安彦氏は直感で感じた。その危機感を、わかりやすく紐解くために、かつての友人達を招き、あるいは自ら彼らの元を訪れて、消えそうな記憶を再度重ねてゆく過程が、この本の骨子となっている。私にはそう思える。

安彦氏の主張は、実は私にも無関係ではない。元連合赤軍の友人との対談の中で、シールズの国会前のデモ活動の話がある。「シールズのデモに集まった半分が、60歳以上の高齢者達で、残りは30歳代以下の若者達が主体だった」という友人の話に対し、安彦氏は「その間の年齢層が、スッポリ抜けてるだろう。それがサブカル世代だ。俺たち全共闘世代の後に出現した、政治を論ずる事なく、代わりに、サブカルを選んだ連中だ」と、断言する。それに対して、友人曰く「お前がサブカルにこだわる理由が、ようやくわかったよ」だ、そうだ。

私も、この安彦氏のコメントには「ああそうか、俺もサブカルにドップリ浸かってる世代なんだ」と、大いに納得した。サブカル世代の一員として、安彦氏の問いかけに応える義務がある、と私は思う。

かつての宮崎勤による幼児誘拐連続殺人を始め、オウム事件や、最近では京都アニメ放火殺人事件、元エリート官僚による息子の刺殺、等、現実社会に向き合わず、サブカルに耽溺する人物の存在が引き金となった悲劇が、幾度となく繰り返されている。それは、今に始まった構図では決してない。大学紛争を経験した世代が、自らの行いに対して、正しく向き合わずに「総括」しないままだ。だからではないのか?と、安彦氏は繰り返し訴える。画家としての感性が強いだけでなく、あまりにも真面目過ぎる性格なのだ。

私がこの本を買った理由は、単に安彦氏のサブカル論に共感しただけではない。私の上の世代の学生運動の様子を、肌感覚で知るためのテキストとして、この本が最適だからだ。私は原発問題を調べるうちに、左翼研究者達の政治活動が大きな力を持っていた事実を知った。しかし、政治的無関心の最右翼であるサブカル世代の私は、学生運動を含む昔の左翼運動について、全くの無知であった。全共闘と民生派と中核派の違いもピンとこないのは、流石にマズイと私は思った。それで私は、東大全共闘議長だった山本義隆氏の自伝等を読み始めた。が、内容がハイブロウ過ぎて、初心者の私には取っ付きにくかった。

しかし、幼少の頃から安彦アニメを見続けた私には、本書は打ってつけである。私は読み進めながら、「こういう考え方の方が、あのアニメを作っていたのか」と、目から数多くの鱗を落としつつ、本書から深く学んでいる最中である。

この本は著者が有名人であるにもかかわらず、ほとんど話題になっていない。あたり前だが、アニメを見ない人には、文筆家でも学者ではない安彦氏について、関心など持てない。一方で、ガンダムに詳しいサブカル世代の中年には、政治的知識や関心が乏し過ぎて、安彦氏が何を言っているか理解出来ないし、興味もないだろう。

本書の内容にも、読むのにかなりきつい所がある。元連合赤軍の二人からは、「総括」に立ち会った際の状況と、その後の心境の変化について、安彦氏は詳細に訊きだそうとする。容赦がない。単なるアニメファンには、ちょっとついて行けないと思う。

これらの事を十分理解しつつ、安彦氏はこの本を出した。彼の英断に私は感謝する。

最近の私は、ここで、サブカル関係の投稿を繰り返して来た。無自覚ではあったが、その理由が、この本により、なんとなくわかった気がする。

私も運命にそれとなく導かれているように感じている。

この本については、あと何回か私は感想を書くだろう。

相田英男 拝



[72]明るい問題作を語る(ロックギター馬鹿一代)後編
投稿者:相田英男
投稿日:2019-11-20 18:59:26

相田です。

本タイトルは、これで終わりです。長文ご容赦のほどを。
中年のダメダメな洋楽リスナーが正直に綴った、ロックの手引書の一つとして眺めて下さい。

(前回より続き)

4. 恐れていた大ミスマッチ

(相田)それでだな、「ブロウ・バイ・ブロウ」で、遂にインスト路線に開眼したジェフは、同じような歌無しのアルバムを2枚続けてヒットさせる。しかし、このままスムーズに進まないのが、ジェフの哀しくも可笑しな運命だよな。

「ブロウ・バイ・ブロウ」の直後から、イギリスのロック界全体が大きく変わり始めた。セックス・ピストルズを始めとするパンク・ロックの台頭だ。貧乏なニイちゃん達が、「何であんなに、チマチマと長いことギターの練習をしないと、デビューできないんだ。ヘタクソでもいいじゃねえか?もう、あんな変な、長たらしいプログレの曲なんか、ダサくて聴きたくもないぜ!!」と訴え始めた。

今にして思えば、確かにわからなくもない主張だ。だけど、その当時は子供だった俺には、パンクロックは、汚さとだらし無さの印象が強烈すぎて、付いて行けなかった。まあ子供には、そこまで理解出来なくても当たり前なんだけど。

これでイギリスのロックシーンが、ガラリと変わった。それまで活躍したベテランのバンドは、次々と解散した。まともな形で80年以降も残ったのは、クイーンとストーンズくらいだろう。ツェッペリンも解散して、イエスとかクリムゾンは、名前は同じでも全然別のスタイルに変わったしな。

そんな時代の「重厚長大ロック」を否定する流れに合わせて、ジェフもインスト路線から、再度、軽い歌モノ曲への変更に迫られた訳だ。

ーで、組まされた相手がナイル・ロジャースだったと。

(相田)「フラッシュ」と同じ時期にナイルは、デビット・ボウイの「レッツ・ダンス」や、マドンナの「ライク・ア・バージン」をプロデュースして、大ヒットを飛ばしてる。デュラン・デュランなんかのアルバムも手掛けてたりして、80年代の代表的なヒットメイカーだった。レコード会社の奴らも、小難しいジェフの曲を流行りの聴きやすいアレンジに変えて、一発当ててやれ、と狙ってたんだろう。

でも、結果は散々な出来だった。ナイルが連れて来た、ボーカルのジミー・ホールが、ジェフと全く釣り合わない。ナイルの曲のアレンジも、ジョージ・マーティンに比べたらあまりにも単純過ぎた。だから、蓋を開けてみると、ジェフの派手なギターが、地味な歌の後ろで空回りし続ける曲ばかりになった。ジミー・ホールも決して歌が下手ではないけど、あまりにも普通過ぎて、ジェフとのバランスが全く取れないんだよな。

A面2曲目の「ゲッツ・アス・オール・イン・ジ・エンド」なんか、典型的なダメ曲だ。まるで、近藤マッチの後ろで野村義男がギターを弾いてるみたいな、安っぽい雰囲気になってる。聴いてるこっちの方が、顔から火が出るくらいに恥ずかしくて、いたたまれない気持ちにさせられたよ。「何で、こんなダセエ曲のバックで、ジェフがギターを弾かされてるんだ?」と、当時は聴きながら、怒りと理不尽さが増すばかりだった。

ビジュアル系のデビット・ボウイとかマドンナには、この程度のアレンジで丁度いいんだろう。けれど、ジェフの場合は、彼らとは音楽家としての能力の次元が違いすぎた。結果、ナイルの曲ではジェフの持っている、フレーズの斬新さ、とか、ダイナミックさ、とかの長所が完全に消されている。本場ニューヨークで有名なアレンジャーでも、音楽センスが無い奴も居るんだな、と、俺も聴きながら勉強になったよ。ジョージ・マーティンとは正反対の野郎だよ、ナイルは。

アルバムのB面でナイルは、ジェフ本人に2曲も歌わせている。これがまた、期待にたがわない情けない出来でさ・・・やる前からこうなるって、わかってるだろうに。ジェフ本人が乗り気でないのに、アルバムの穴埋めで、ナイルがおだてて無理矢理に歌わせたみたいだ。

ここまで、ジェフのファンの神経を逆撫でする曲ばかりを、アルバムにずらりと並べるのも、大したもんだよ、ナイル・ロジャースは。喧嘩売ってるのか、全くよ?

ーでもこのアルバムには、ロッド・スチュアートが歌っている「ピープル・ゲット・レディ」が、入っていますよね?

(相田)そうなんだよ。この曲だけは唯一の例外で、もの凄い出来ばえなんだ。スローなバラード曲としては ー 歌詞はゴスペルなんだけど ー ジェフの作品では最高作だろう。おそらく、全てのロックシーンのバラード曲の中でも、ベスト3に入ると俺は思う。「イエスタデイ」にだって負けない格調の高さが、「ピープル・ゲット・レディ」にはある。100人が聴いたら、100人全員が感動する名曲なのは間違いない。

ソロになってからのロッドの曲でも、おそらくこれが最高作品だろ?「セイリング」や「アイム・セクシー」なんかより、こっちの方が遙かにいい曲だよ。

ーギターも、繊細、且つ大胆なテクニックを駆使した名演だと、僕も思います。この頃から、ジェフがピック無しの指弾きにした事もあり、ギターが凄くいい音で鳴ってます。

(相田)この一曲だけが抜群の、歴史に残る程の名曲で、残りのほとんどが大駄作というアルバムも、なんか珍しいよな。アルバム全体で曲の出来がいいとか、全体がイマイチ、というのはあるけどさ。その意味では、やはり、ロック史に残る珠玉の「問題作品」だよな、「フラッシュ」は。

でも、今になって考えると、「フラッシュ」がこうなった理由もわからなくもない。この時が、30代半ばだったジェフにとっては、キャリアとして最高の時期だったのよ、おそらくは。ギターのテクニックと音楽センスの両方が、最高のバランスでこの時のジェフには備わってたんだ。だから、ごくごく普通の実力のジミー・ホールの歌と併せると、ギターの音とのギャップが大き過ぎて、滑っちゃったんだ。

逆に言えばだな、当時の絶頂期のジェフが、同じレベルの高い実力を持つボーカルと組んでいたら、自然と名曲が出来てしまう、という事なんだ。

ロッドが歌う「ピープル・ゲット・レディ」が、唯一、名曲に仕上がっているのがその証拠だ。この時期にジェフは、ミック・ジャガーやティナ・ターナーとかの、実力のある歌手のアルバムにゲストで参加して、ギターソロを弾いている。その中に、名演が結構あるんだよ。並べるとこんな感じだ。

ティナ・ターナー:アルバム「プライベート・ダンサー(1984年)」から
・プライベート・ダンサー
・スティール・クロー

ミック・ジャガー:アルバム「シーズ・ザ・ボス(1985年)」から
・ロンリー・アット・ザ・トップ
・ラッキー・イン・ラブ
・シーズ・ザ・ボス

この5曲は、全てが、強力なボーカルにトリッキーなジェフのソロが組みあわさった、名曲ばかりだ。これに、「ピープル・ゲット・レディ」を加えると、「フラッシュ」とは打って変わった、物凄い傑作が6曲並んだ作品集が出来る。このレベルの曲があと3曲くらいあったら、それこそが、ロック史に永遠に残る、超名作アルバムになっただろう。本当は、そんな名作を作れた筈なんだ、当時のジェフの実力ならば、自然とな。

それが、どういう訳だか「フラッシュ」なんていう、ダサ過ぎるアルバムになっちゃったんだよ、全く・・・なあ。

これ以降のアルバムでは、ジェフは懲りて、再び歌無しのインスト路線に戻る。そして今に至る訳だ。でも、そこでは、「フラッシュ」の時期には無意識にスパークしていた、迸るような音楽センスの発露(暴走)が、もう聴けなくなっている。周りの楽器とバランスを取るような冷静な演奏に、ジェフは変化してしまった。年取って落ち着いたせいだろうけど。

やっぱりあの時期に、音楽センスに欠けたナイル・ロジャースに、ジェフをプロデュースさせたのは、大間違いだった。あまりにも罪深いとしか言いようが無い。

5. ライトハンド奏法 vs ハーモニクス指弾き奏法

ー「プライベート・ダンサー」は、名ギタリストのマーク・ノップラーの作詞、作曲です。けれども、彼は自分でギターを弾かずに、ジェフを呼んでるんですよね。

(相田)ノップラーも相当にギターが上手いのに、自分じゃなくて、ジェフにソロ任せるとはな。あいつも、よくわかってるよな。そして、一緒にサックスを吹いてるのがあの・・・

ー「アースバウンド」のメル・コリンズですよね。クリムゾンの後で、こんなのやってたんですね。

(相田)夢の共演、て訳じゃないけど、二人揃うと、俺たちには味わい深いものがあるよな。

ところで、同じティナのアルバムで、もう一曲ジェフが演奏しているのが「スティール・クロー」だ。あまり知られてないが、この曲のジェフのソロも、物凄い演奏だ。アップテンポの、シンプルな8ビートロックだけど、ギターのテンションが物凄く高い。甲高いハーモニクス(倍音)気味に音を調整して、どうやってあんな音を出せるのか不思議なくらいだ。アップテンポの歌もの曲では、これがジェフの最高作品だと、俺は思う。

で、最後に、だ。どれくらいこの曲でのジェフが凄いかを、同じ時期にヒットした、マイケル・ジャクソンの「ビート・イット(1983年)」と、比較してみよう。ティナとマイケルの歌の実力が同じと仮定すると、ギターの違いがわかりやすいだろう?

ー「ビート・イット」って、日本人なら誰でも知ってる、マイケルの大ヒット曲じゃないですか。有名なリフをスティーブ・ルカサーが担当して、サビのギターソロをバン・ヘイレンが飛び入りで弾いているという。あのギターソロは、それまで聞いたことないような、物凄い高速のタッピングですよ。テクニックでは、ジェフは全く敵わないでしょう?

(相田)昔はタッピングじゃなくて、ライトハンド奏法って言ったんだよ。確かに「ビート・イット」のあのソロは、人間が可能な限りの大量の音符を叩き込んだ、という凄いテクニックだ。流石はバン・ヘイレン、という感じの、32分音符か64分音符なのか、ようわからん、という位の荒技だよ。

片や「スティール・クロー」のジェフのソロだけど、驚くべきことに、全部8分音符なんだ。バン・ヘイレンのソロに比べると、音符の数が桁違いに少ない。ジェフはピック無しの指弾きだから、早弾きを追求しても限界があるからな。けれども、そこでのジェフのソロは、ゆるい雰囲気には全くならずに、「ビート・イット」に負けない位の緊張感を醸し出している。

あの不可思議なまでに甲高いハーモニクスの響きと、指で弦を弾く時の微妙なタッチの違いを駆使して、絶妙な緊張感とテンポのノリを、ジェフは曲に与えている。調子が良い時のジェフは、こんな感じで、早弾きに頼らなくても、緊張感のあるフレーズを作れるんだ。「スティール・クロー」では、このことを証明している。

ーリフの方も、スティーブ・ルカサーは、手の込んだ凝ったフレーズを使ってます。けれど、ジェフのリフは、長いコードを「ジャーン」と幾つか鳴らすだけの、単純なものですね。でも、その単純なリフが、物凄く曲にフィットしてます。トレモロアームの効果音を「ウィーン」とか入れたりして。それがまたカッコイイですね。

(相田)あの長いコードの最後に合いの手で入れる、トレモロアームも、あまりに絶妙だよな。ことギターに関する限りジェフは、ノイズを含めて、どういう音を使えばカッコよく聴こえるかを、知り尽くしてるんだよな。テクニックを超えたレベルの、耳の良さというか、音感の良さでフレーズを作ることが出来る。こんな演奏家は、ジェフしかいないよ。「一生懸命に早弾きを練習しました。どうぞ練習の成果を聴いてください」てな奴等は、大勢いるけどな。

6. やっぱり歌モノの方が、俺は好きだった

ーなんか無事に対談がまとまりそうで、安心しました。ブロウ・バイ・ブロウのあたりでは、この先大丈夫かと心配しましたけど。

(相田)対談しながら少しずつ思い出したけど、俺は本当は、ジェフに、歌モノの曲で勝負して欲しいと、ずっと期待してたんだよな。ジェフといえば、フュージョン系の偏屈なギター職人だと、みんな思ってる。所詮はインストだろう、てさ。けれども、本当は歌モノを弾かせても、ジェフは物凄くハマるんだよ。相手のボーカルが物凄く上手くないとダメだ、という条件が付くんだけど。

ジェフの音に魅せられるとさ、テレビの音楽番組を見る時に、ギタリストのレベルをジェフの水準で見てしまうんだ。「何でコイツはこんなにギターがダサいんだ、ジェフが代わりに弾いてたらな」、とかいう風に、ついつい思う。自分が弾けないのは棚に上げてだけど。

だから、1度でいいからベストな条件で、歌モノのアルバムをジェフは出して欲しい、と、俺は願っていた。それが叶うかどうかの別れ道が、「フラッシュ」だったんだ。「フラッシュ」が上手く仕上がっていたら、ジェフの評価も今とは相当違っていただろうけどな。

でも、「タラレバ」を今更言っても仕方ない。それだったら、ジミヘンが死ななかったら、とか、ジョン・レノンがあの時に撃たれなかったら、とか、ポールが羽田空港に大麻を持ち込んで逮捕されなかったら、とか、キリがないからな。

あの時にポールが強制送還されなかったら、リード・ギターにジミー・マックローチを入れた、最強編成のウィングスが、日本で観れた訳だろう?当時のLP三枚組のライブ盤を聴くと、マックローチのギターの上手さが際立っているよな。あのライブを聴くと、彼はテクニックと歌心を併せ持った、ギターの名手だったのがよくわかる。けれども彼は、数年後に麻薬中毒で死んじゃった。だから、あれが最後のチャンスだった。つくづく残念だ。

でも、終わった事はしょうがない。しばらくブランクはあったけど、ここ20年くらいは、ジェフもコンスタントにアルバムを出して、日本でしょっちゅうコンサートをしてくれてる。俺も何回もジェフのライブを直接観れたから、有難い事だと素直に思うよ。

ーそういえば、久米宏のニュースステーションに、ジェフが1回だけ、ゲストで生出演した事がありますよね。

(相田)俺もあの時に慌てて、時代遅れのVHSビデオで番組を録画したから、よく覚えている。ジェフは最後にスタジオで、新曲の「ナディア」を演奏した。発売されたばかりのCDでは、アームのビブラートをふんだんに使った、綺麗な曲だと思っていた。ところがテレビでジェフは、左手の指にスライドバーを嵌めたまま、ストラトキャスターのアームを使わずに、曲を弾き切ったんだ。観ていた俺は驚いた。スライドバーとアームでは、ビブラートの掛かり方がかなり違う。スライドバーでは、ハワイアンみたいな感じになるんだ。ジェフはスライドを使って、あたかもアームのようなビブラートにワザと響きを変えて、演奏した事になる。

スライド奏法でも、アームの音をそっくり真似たビブラート演奏が出来るのか?本当なら、気の遠くなるような練習が必要だろう。そんな神業のようなテクニックを、ジェフは使えるのか?その日は、ネットでもかなり話題になった。「流石にあれは無理だ」というのと、「いや、ジェフなら間違いなくあそこまで弾ける」というのと、意見が拮抗していた。

俺も遊びで、ジェフのギターをタブ譜見ながら弾いてたから、あれが常識外れなのはわかった。俺自身は、ギターであれを真似するのは不可能だけど、あれを見た後で「人間は何でも努力を続ければ、あのレベルまで上達するものなのか。俺も仕事でもっと精進しないといけないな」とか、真剣に考えたよ。

翌日俺たちは疑心暗鬼を抱えたまま、国際フォーラムでの、来日初回のジェフの公演に行った。そのステージで「ナディア」を演奏し始めたジェフは、イントロを弾いた後すぐに、スライドバーを指から外して、横に放り投げたんだ。それから後は、アームを使って普通に曲を弾いていた。観ていた俺たちは、脱力して「ああ、やっぱりテレビでは弾き真似をしてたのか」と呆れた。思い返すと、懐かしい事件だ。

ーTV局から、生演奏じゃなくてテープの弾き真似(エアギター)をやらされたので、ふてくされたジェフが茶目っ気を出した、という話ですね。

(相田)俺はまんまと騙された。全く人騒がせなイタズラだったぜ。

あと、散々ケナしたけれど、ジミー・ホールもジェフと一緒に、何回もツアーに来てるんだよな。ステージでの彼の歌の出番は半分以下だけど、ジェフが頼んだら、心良く一緒に来てくれるらしい。いい人なんだよ、ジミー・ホールは。「ピープル・ゲット・レディ」も、ライブでジミーの歌で聴いたたけど、あんまり違和感はなかったな。本人の歌が前より上手くなったのと、ジェフがテンションを落として、ジミーに合わせてるんだろう。

ー「ライブ+(プラス)」という最近のジェフのアルバムを、輸入盤で聴きましたけど、ジミヘンの「リトル・ウイング」を、2人でやってるんですよ。なかなか感動的でいいですよ、歌もギターも。僕は聴いていて涙が出そうになります。

(相田)そうなんだ。最近になってようやく、「ジミーも意外と歌が上手い」と、俺も思えるようになったよ。ただライブでジミーを見るとさ、体格のいい土建屋みたいな中年がステージの袖から出てきて、マイク持って熱唱するだけで、全く華が無いんだよ。あれはちょっとなあ。場末のスナックで、酔っ払ったサラリーマンのカラオケを聴いてるような雰囲気になるのは、何とかして欲しいぜ。

ーそれなら、目をつぶってジミーの歌だけ聴いてれば、いんじゃないですか?バーブ佐竹って、顔が不細工だけど、歌がとても上手い人が、昔いましたよね。彼がテレビでに出た時に、「目をつぶって歌だけ聴きなさい」って、親からみんな言われていたという。あんな感じでいいんじゃないですか?

(相田)君は俺より年下なのに、何でバーブ佐竹を知ってるんだ?

(終わり)

相田英男 拝



[70]明るい問題作を語る(ロックギター馬鹿一代)中編
投稿者:相田英男
投稿日:2019-11-15 18:24:31

(前回より続き)

ーでも、自分の演奏スタイルを見出したジェフに、試練がやって来ます。あまりにもギターが上手すぎる、という試練が。

(相田)70年代の半ばになると、ジェフと一緒に歌ってくれるボーカルが、誰も居なくなるんだな。「ラフ」が出来た後で、おそらくジェフは、この路線でパワーのあるボーカルを入れて、バンドをレベルアップしようとした。けれども、できないんだ。ジェフのギターのテンションが、あまりに高すぎるレベルに到達してるから、普通に上手いだけのボーカルだと、バランスが釣り合わないんだな。

それこそ、ロッドとか、ロバート・プラントとか、ミック・ジャガーのような、超一流の存在感を持つ歌い手じゃないと、あのギターに張り合えなくたったんだ。でも、そんな超一流の歌い手は、みんな自己主張が激しい奴等だから、ジェフのようなコミュ障人間とは、バンドの中で上手く演れる筈が無い。

まあ、一つの道を追求し過ぎると、周りの誰からも理解されなくなるという、求道者にとって皮肉な現実が、ジェフを待ち受けていたんだよな。

ージェフは一時期は、自分でも歌ってましたよね。ギター弾きながら。

(相田)そうだけどさ・・・、あれはやっぱりいかんよ。自分で歌うのはダメだな。

俺も別にジェフの歌が、言われるほど下手だとは思わない。だけども、妙に甲高いハスキー気味の、薄っぺらい声質だからさ。あのハイテンションのギターをバックに、自分で歌うと、コミカルさが倍増するだよな。どうにも笑いが堪え切れなくて、腰を据えて真面目に曲が聴けなくなる。

クラプトンやジミヘンが弾きながら歌うと、あんなに渋く決まるのになあ。あの違いは、一体何が原因なんだか・・・

⒊ 開き直って出来た傑作

ーそんな悩めるジェフが、助けを求めた人物というのが・・・

(相田)音楽プロデューサーのジョージ・マーティンだ。ビートルズの一連の曲のアレンジを手掛けた、あまりにも有名な音楽家だ。

ー元はというと、ジョン・マクラフリンという、物凄く上手いジャズのギタリストがいて、彼のアルバムをジョージ・マーティンがプロデュースしてたんですよね。で、マクラフリンのファンだったジェフが、そのアルバムを聴いて、ジョージにアレンジを頼んだんらしいです。

(相田)ビートルズの曲を改めて聴き返すと、殆どの曲の骨格は、ジョージ・マーティンが作ってるのがわかる。あの「イエスタデイ」にしてからがそうだろう?。ジョージが途中から入れている弦楽アンサンブルの美しさが、曲の品位を高めてるもんな。あのアレンジが、ポップスとして相応しいかどうか、という異論はあるだろうけど。

それこそ1966〜68年のビートルズの曲は全て、「ストロベリー・フィールズ」とか「ザ・フール・オン・ザ・ヒル」とかを始めとして、ジョージのアレンジが無ければ、成立しない曲ばかりだ。

ーでも、あんまりマーティンに頼ってばかりじゃ面白くない、とかメンバーが思って、「俺達だけで、シンプルにアルバムを作ろうぜ」と、録音してみたんですよね。そしたら、全然ダメな駄作で、録音テープがお蔵入りになってしまった、と。後から「レット・イット・ビー」として発表されますけど

(相田)あの時期は、毎日スタジオに小野洋子が来ては、ずっと録音風景を見てたそうだから、ジョン以外のメンバーは気が散って、演奏に集中できなかったのかもな。それで、仕方なくポールがマーティンのところに来て、「最後にもう一度だけ一緒に録音させてくれ」と、頼んだ。そうして出来たアルバムが、あの「アビー・ロード」なんだよな。

ーそこら辺の話は、だいぶ前の「ゴールデン・スランバー」という映画の中で、半沢直樹、じゃなくて、その主役をやってた役者の人が語ってましたよね。サスペンス映画なのに、半沢直樹の主役と悪役の両方が登場して、ビートルズについて語るという、なんか変わった映画でした。

(相田)悪役の方は、別にビートルズの話はしてなかったぜ。NHK教育テレビでは、昆虫について熱く語ってるみたいだけど。

ーそんな細かい、どうでもいい処を突っ込まないでください。

(相田)ビートルズ解散後のジョンとポールのソロ曲を聴いて、「何かビートルズと雰囲気違うな」と、違和感を持つのは、ジョージ・マーティンのアレンジが、加わっていないからなんだよな。ポールの場合はソロでも ”Live and Let Die”で、またジョージと一緒にやってるけど。あれを聴くと「ああ、ジョージ・マーティンだな・・・」と、しみじみ思うよ。

ー「007死ぬのは奴等だ」のテーマ曲ですね。単純な曲ですけど、わかりやすいメロディーの名曲ですね。以前はテレビ番組のBGMでよく使われてましたよね。最近は流石に聴かないですけど。

(相田)ジョージ・マーティンが自分で曲を作るだけだと、単なるその辺の映画のBGMになっちゃう。けども、優れたミュージシャンと彼が組むと、その才能を極限まで引き出せるんだよな。それで、悩めるジェフが、ジョージの協力を受けて出来たのが・・・

ー「ブロウ・バイ・ブロウ(1975年)」ですね。遂に出ました、ジェフ最大のヒット作が。

(相田)初の、というか唯一の(笑)、アメリカでゴールドディスクを獲得したジェフのアルバムだ。簡単に言うと、「歌ってくれるやつが誰もいないなら、ギターだけで全部やってやれ」と、開き直って作った作品だな。メジャーなロックアーティストが出した、初めての歌無しの、完全インストアルバムだ。

それまではインスト系のロックといえば、プログレとかの難解で怪しげな、「一見(いちげん)さんお断りです」みたいな曲ばかりだった。それこそ、クリムゾンの「フラクチャー」みたいな。そうでなければ、ポール・モーリアとかの、軽めの映画音楽風の、お気楽系ポップスBGMしか無かった。

けれども「ブロウ・バイ・ブロウ」は、どちらでも無い。ロックギターの頂点とも言える技術レベルを縦横に繰り出して、緊張感を保ちつつ、なおかつ、素人さんにも聞き易いように短く、手堅く曲に纏めるという、誰もやれなかった路線に成功したんだな、遂に。天才的な演奏者と編曲者がタッグを組んで、成し遂げた。

基本的には「ラフ・アンド・レディ」の16ビート路線をベースに、マーティンが多彩なアレンジを加えて曲を作っている。「エア・ブロワー」とか、わかり易いよな。

でも、このアルバムで凄いのは、当時のLPのB面に並んだ4曲だ。驚くべきことに、アルバム後半のこの4曲は、それぞれが、あるテーマを持って作られている。「悲しみの恋人達」は、スローな泣きのバラード。「セロニアス」は、エフェクター(ワウワウ、オクターバー、トーキング・モジュレーター)を使った多重録音。「フリーウェイ・ジャム」は、ストラトキャスターのトレモロアーム奏法。「ダイヤモンド・ダスト」は、難解な変拍子。という具合に、それぞれ明確なテーマを設定している。

それを「テーマに合わせて、ただ弾きました」と、いうだけでなくて、ジェフのトリッキー且つ情感溢れるギターが、見事な音楽にまとめているんだ。これはあまりにも凄い。

ー確かに、それまでのジェフのとっ散らかった作品と違って、「ブロウ・バイ・ブロウ」はとても「完成度の高い」アルバムですよね。ジミー・ペイジが、このアルバムを聴いて「これはロックギターの教科書だ」と、唸ったらしいですけど、そうとしか言えない内容の奥深さと、多彩さがあります。

(相田)このアルバムの影響力は、デカかったよな。この頃からラリー・カールトン、リー・リトナー、ジョージ・ベンソンとかの、ジャズ系ギタリストが、ポップス路線に沢山進出して、フュージョンブームを作った。それを後押ししたのが、このアルバムのヒットだ。日本でも、高中正義や渡辺香津美とかの、フォロワーが続出したもんな。楽器はサックスだけど、スクエアの伊東たけし とかも、元を辿ればこの路線だよな。

ースクエアって、あのフジの、F1中継が始まる時に掛かってた曲ですね。セナとかマンセルがいて、古舘伊知郎がアナウンスしてた時代の。懐かしいですね。そう言えば、柳ジョージは違うんですか?

(相田)あっちはクラプトンの方だろ?見かけからしてほとんど、そっくりさんだったな。あそこまでクラプトンに似せなくても、という気が、テレビで柳ジョージを見る度に、いつも俺はしてた。まあ、浜田省吾も、佐野元春も、尾崎豊も、ついでに一時期の長渕剛も、当時の俺にはまとめて、ブルース・スプリングスティーンのそっくりさんにしか見えなかったな。みんなでGパン履いて、アコギ抱えて、カントリー・ブルース風の弾き語りしてさ。

ー佐野元春は、エレキを持ってませんでしたっけ?

(相田)どっちでもいいよ。俺の頭の中では、もはや誰が誰だか区別が付かない。最近は、福山雅治の弾き語りをテレビで見ても、同じように思えてきた。俺も末期症状に近いのかもしれん。

ーあの、それで未だに、本題に入っていないんですが・・・

(相田)だから、長くなるって最初に言っただろう。次回を期待してくれ。

ー誰も期待してないでしょうけど。

(さらに続く)

相田英男 拝



[69]明るい問題作を語る(ロックギター馬鹿一代)前編
投稿者:相田英男
投稿日:2019-11-14 12:39:53

〔前編〕
1. 最後くらいは明るく行こう

(相田)どうしたんだ、ここで君の方から俺を対談に誘うなんて?悪い病気か、何かか?

ーいやまあ、ここらでもう一回くらい、音楽の対談をやってもいいかな、と、僕も思い直しまして・・・

(相田)君はいつも「素人が音楽の話をするのはやめろ」と、文句言うじゃないか?俺も毎日ロック聴いてるだけじゃないから、もう話すネタもないぜ。今更、ツェッペリンの「聖なる館」とか、ピンク・フロイドの「おせっかい」とかの、名盤について俺が話す必要も無いだろう。

ーそんな、妙なひねりを入れずに、素直に「4枚目」とか、「狂気」とかの定番を、出してくれませんかね?

(相田)でも俺は、ピンク・フロイドのアルバムでは、「おせっかい」がやっぱり一番だと思うな。アルバムの最初がなんといっても、全日本プロレス中継で、あのアブドラー・ザ・ブッチャーが、リングサイドから入場する時のテーマ曲だからな。馬場&鶴田とかファンクスとかとの試合の前にさ。満員のプロレス会場に響き渡る、ロジャー・ウォーターズの怪しげなベースの音が、子供心にも忘れられないぜ。

ー空中戦に強かったミル・マスカラスは、入場曲が「スカイ・ハイ」でしたよね。ジグソーとかいうバンドの曲で、日本で大ヒットしました。映画の方はしょうもない内容でしたが。「エーゲ海に捧ぐ」とか、「稲村ジェーン」と同じパターンですね。

・・・・あの相田さん、こんなネタはどうでもいいんですけど、僕もですね、今までのここでの解説が、「ジャックスの世界」と「アースバウンド」の2枚で終わるのは、さすがにどうかと思うんです。ロックを知らない人が、相田さんの話を真に受けて、この2枚ばかり繰り返して聴いたりしたら、自殺しちゃうんじゃないかと、心配になって・・・

(相田)いくら非常識人の俺でも、そんな奇特な人が世の中にいるとは、想像出来ないけどな。そもそも、この2枚に匹敵するような「ロックの問題作品」なんか、もう残ってないと思うぜ。というか、胃の中がキリキリする神経質な曲を聴きながら、これ以上は話をしたくないんだけど・・・

ーそうだと思って今回は、気楽に聴けるようなアルバムを一つ、僕が選んだんですよ。

(相田)イージーリスニングな「問題作品」が、まだあるっていうのか?そんなの知らないぜ。

ーあるじゃないですか、相田さんがいつも聴いてるiPodの中に、ちゃんと。「フラッシュ」が。

(相田)「フラッシュ」って、あのジェフ・ベックのアルバムか?・・・・・・う〜ん、確かに、あれは問題作と言えばそうだけど。でも、いいのか?俺がジェフ・ベックの話をすると、長くなるぜ?

ーまあ、いいんじゃないですか?どうせネタ切れで、これが最後でしょ。

(相田)それなら、やらせてもらうけど。まずは、ジェフ・ベックについて簡単に説明すると、歴代ロックギタリストのランキングで、No.2に位置する人物だと、俺は思う。

ジェフを上回る能力を持つのは、文句無しに、伝説の黒人ギタリストの、ジミ・ヘンドリックスただ一人だ。ジミヘンだけには、ジェフも勝てない。誰もが知るように、ジミの演奏と曲の出来栄えは、どれも文句の付けようがない、あまりに完璧な内容だからな。

ーでも、演奏テクニックだけなら、エディ・バン・ヘイレン、スティーブ・ルカサー、マルムスティーンとかの、明らかにジェフを上回るギタリストが、後から登場しましたよね?速弾きや運指の正確さでは、ジェフよりも上手い若い人が大勢いますよ。

(相田)確かに歴代ギタリストの中で、ジェフが2番目にギターが上手い、という訳じゃない。でも、ギターを奏でることで繰り出す音楽の奥深さ、フレーズのオリジナルの度合い、そして後世への影響度の点では、ジェフ以降には、上回る人物は出ていない、と断言出来る。「演奏家」ではなくて「音楽家」としての能力が、どのギタリストよりも、ジェフは抜きん出て高い。齢70才を過ぎた現時点での実力も、そうだと思う。

付け加えると、ジェフが上手いのは、エレキギター限定だ。アコギはジェフの管轄外だから。アコギを弾くジェフは、クラプトン以下の、単なる普通の人になっちゃう。要するに、アンプを通すことで出てくるノイズや、電気的にエフェクト処理された音を、音楽的に使うセンスが、ジェフは非凡なんだな。ギターの上手さだけじゃなくて、非常に耳がいい、とでも言うのかな?

実は、エレキギターのノイズを音楽的に使うセンスも、ジェフよりジミヘンの方が圧倒的に上手い。とはいえ、ジミヘンのアルバムだけをずっと聴き続ければ良いのか、となると、それも辛いものがあるんだよな。ジミの演奏はあまりにも完璧すぎるから、聴くのに相当な緊張感を強いられるだろう?。なんか、田舎の実家で法事がある時に、仏壇前の畳に正座して、坊さんの有難いお経と説教を聴いてるような気分がして、どうにも落ち着かないんだよな、俺にはジミの演奏は。

片やジェフの曲は、居間の床に寝っ転がって、酒を飲みながら聴くのに、丁度いいユルさがあるからな。

ーそうなんですか・・・・で、「フラッシュ」というのは、ジェフが1984年に出したアルバムです。玄人好みのインスト(ボーカルなし)のアルバムを3枚出して、ヒットさせたジェフが、久しぶりに作ったボーカル入りの作品集です。プロデューサーに、マドンナの出世作「ライク・ア・バージン」を手掛けて名を挙げた、注目の黒人プロデューサーのナイル・ロジャースを起用した、期待作でした。

その内容ですが、ジェフを知らない人が、偏見無しで聴く限りでは、80年代のダンサブルなポップス曲が並んだ、明るい、とても聴きやすいアルバムなんですね。あのロッド・スチュアートが1曲歌ってまして、これがまた稀に見る名曲に仕上がっているという、おまけも付いています。パッと聴くだけだと、ドライブのBGMに流すには、最適な曲ばかりのように思えるんですが、その実は・・・

(相田)実は、俺たち筋金入りのジェフのファンにとって、「フラッシュ」は聴いた瞬間に、絶望の谷底へガケから突き落とされる、大問題作だったんだ。「もうダメだ。あのジェフも、これで遂に、終わってしまったアアアアア〜〜〜〜」てな感じでさ。少し前に、レッド・ツェッペリンも「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」っていう駄作を出してから、解散しちゃった。けれども、駄作のインパクトは「フラッシュ」の方が、遥かにデカかった。

ーと、いう事なんですよね。それではいきましょう。

⒉ 結成してはすぐ解散するバンド時代

(相田)さて、ジェフ・ベックのキャリアは長いけど、60年代中期から70年代前半のバンド時代と、それ以降のギター・ソロ時代に、大きく分けられる。

ー前半が歌がある曲の時代で、後半が歌無しの楽器演奏だけ(インスト)ということですね。

(相田)最初は、ヤードバーズから行くのかな?長くなるから端折ってやろう。今の60歳以上の、俺たちより上の世代では、ヤードバーズは神格化された、伝説のバンドになっちゃってる。けれど、ギター以外は取り立てて特徴の無い、地味なバンドだったんだよな。ただライブの時は、ギターのアドリブのテンションが凄く高かったらしい。まあ、日本人で現地に行って、生でヤードバーズの演奏を聴いた奴は、殆ど(誰も?)いないからな。

その時代でも、ジェフには可笑しな話が結構ある。ある曲のレコードディングの時に「数十秒時間をやるから、ギターソロを好きに弾いてみろ」って言われたんだ。「スタジオではギターをちゃんと弾かせてくれない」って、ジェフが不満を言ってたから。周りは「ほら、せっかくだから弾かせてやるよ」てな感じだったらしい。

それでジェフが、録音でどんな早弾きソロをやるか、周りが期待して見守っていた。すると、最初に「ガーン」とでかくコードを一回鳴らした後は、ギターをハウリングさせて「フォーン」と音を長く伸ばして、そのままソロの時間が終わったんだよな。所謂フィードバック奏法で、ジェフの得意技の一つなんだけど。

それを聴いていた連中は、「こいつふざけんじゃねえ!!」って怒ったらしいけど、その曲がアルバムのハイライトになった、とかさ。あと、ヤードバーズに入ってすぐの頃に、マネージャーから頼まれて、前任ギタリストだったクラプトンのブルース速弾きソロを、そっくりモノ真似してライブで弾いたとか。

いくらギターが上手くても、普通そんなことまでしないよな。余裕があるというか、遊び心に溢れてるよな、若い時から。

ーヤードバーズを脱退したジェフは、若き頃の、あのロッド・スチュワートと、バンドを組みます。強力なギターとボーカルの二人が、フロントに並んでプレイする、現代ロックバンドの基本形を、レッド・ツェッペリンより早くやっていたと、今でも伝説のバンドです。でも、2年でこのコンビは解散して、その後のジェフは、バンドのメンバーを取っ替え引っ換えする事になります。

(相田)あまりにもすぐに、バンドを解散し過ぎだろうと、非難されてた時期だよな。真面目にバンドを続ければ、レッド・ツェッペリンにも勝てるハード・ロック・バンドになるのに。何とも勿体ない、とか言われてた。

でも、ジェフのファンなら誰でも気づくけど、あれだけの情熱をギターの音に注ぎ込みながら、リーダーとしてバンドを纏めるのは、人間の能力として不可能なんだ。ジミー・ペイジは、意図的に自分のギターの演奏を抑えて、曲のアレンジを纏める方に力を入れたから、上手くバンドが続けられた。けれど、そのせいでペイジはギターが下手だと、日本では、ヘビメタ連中から散々バカにされ続けた。片やジェフの場合は、最初から、人間関係に気を遣う気なんか、さらさらないからな。そもそもが、発達障害とコミュ障の気があるジェフには、そんなの不可能だ。

でもこの時期は、バンドを次々に解散させるというよりも、ジェフを中心に、他のメンバーが離散集合を繰り返す、キング・クリムゾンと同じパターンをやってるんだよな。同じメンバー編成でアルバムを録音しても、毎回、音楽の方向が違うからな。だから俺は、ロッドの頃からBBA(ベック・ボガート&アピス)まで含めて、一つのジェフ・ベック・グループだと考えてる。ロバート・フリップの話をしながら、そう思ったよ。

ーそれで、この時期のジェフのアルバムで、相田さんが一番良いと思うのは、どれですか?

(相田)それは、なんといっても、「ラフ・アンド・レディ」(1970年)だよ。これに尽きる。ロッドの時代には彼の渋い歌声に合わせて、ジェフはギターの音を抑え気味だった。けれども、メンバーを一新したこのアルバムでは、存分に能力を出し切っている。ギターも初めて、全曲でストラトキャスターを使って、アーミングやスライド奏法とかの、トリッキーな技巧を沢山繰り出している。今につながるジェフのギター奏法が、この段階でほぼ完成してるんだよな。これ以降ジェフは、特に大きく弾き方を変えていない。80年以降に、ピックを捨てて、指弾きに変える以外は。

実は俺が始めて聴いたジェフのアルバムが、「ラフ・アンド・レディ」なんだ。大学生だったけど、なんてカッコ良すぎるギターの音だ、と、聴きながら素直に感動した。俺が求めていたギターの音がここにある、と思ったよ。ギターが全く上手くない俺でも、衝撃的な音だった。未だに聴き返すけど、その考えは変わらない。

ベースとボーカルに、黒人ミュージシャンを入れたのが、とても効いてる。それまでのロックでは殆どやられてなかった、16ビートのアップテンポのリズムに乗せて、ハードロック気味に縦横にストラトを弾きまくるのは、ただただ凄い。明らかに、当時のレッド・ツェッペリンを超えたレベルに到達してる。よくこんなアルバムが、あの時代に作れたと思うよ。

ーでも「ラフ・アンド・レディ」は、評価の別れるアルバムですよね。相田さんがみたいに絶賛する人もいますが、どっちかというと、同じメンバーの次作の「オレンジ・アルバム」の方が出来が良い、って言うファンが多いですよね。

(相田)確かにそうだよな。「オレンジ」の方がいい、と褒める人が結構いるんだよな。海外で出たジェフの伝記でも、「ラフ・アンド・レディ」は良くない、と書かれてた。でも、正直俺には、「ラフ」をけなす連中のセンスは、よくわからないな。曲のドライブ感や、演奏への気合の込めかたのレベルが、「オレンジ」よりも遥かに「ラフ」の方が高いと、俺には聴こえる。

「オレンジ」はスティーブ・クロッパーっていう、ソウル系の有名ギタリストにプロデュースを頼んでる。だから、「ラフ」よりも聴きやすいのかもしれない。けど俺には、カントリーっぽさが充満してダサく聴こえるんだよな、「オレンジ」は。「ラフ」に比べると、弛緩した雰囲気がどうにも拭えない。クロッパーのファンだった忌野清志郎には悪いけど、彼のアレンジはジェフのセンスに合ってないよ。でも「オレンジ」をあまり貶すつもりはない。「ラフ」を悪くいう連中は、単に聴き方のセンスが俺とは違うんだろうな。

ーあの、長くなったんで、ここらで休みません?

(相田)まだ半分も進んで無いけど、仕方がないか。

(続く)

相田英男 拝



[68]問題作を語る:番外ロボットアニメ編
投稿者:相田英男
投稿日:2019-08-04 13:27:32

ーまた唐突に呼ばれましたけど、何ですか?今回はアニメの話とか?

(相田)最近京都のスタジオで痛ましい事件があったから、大した話でもないかもしれない。けれど、50歳以上の元アニメオタクからすると、看過できないニュースが出てる。以下に引用するよ。

(引用始め)

「メーテル」のイラストをヤフオクに無断出品 「銀河鉄道999」アニメーターの強欲ぶり
7/30(火) 5:57配信

 原作の連載から40年余りを経て、まさかのトラブルだ。テレビ版「銀河鉄道999」にも参加したアニメーターがメーテルのイラストを勝手にオークションサイトに出品。原作の漫画家・松本零士氏(81)が嘆くことしきりなのである。

 アニメーターの名は湖川友謙(こがわとものり)(69)。「巨人の星」などに関わった後、1978年の「宇宙戦艦ヤマト」の劇場版や、同年のテレビ版「銀河鉄道999」で作画監督を務めた。アニメ業界ではちょっとした有名人なのである。業界関係者が言う。

「70年代に活躍された方で、実は未だにファンクラブが存在しています。所属しているのは80人ほど。本人を交えて飲み会をやったり交流を深めているのですが、最近の湖川さんの行動には眉を顰めるファンも少なくないと聞いています」

 元ファンの男性に聞くと、「湖川先生は最近はあまりアニメの仕事はしておらず、実は3年ほど前から直筆のイラストを『ヤフオク!』に出品して荒稼ぎしているのです」

 実際にサイトを見ると、彼がキャラクターデザインを手がけたアニメ「聖戦士ダンバイン」のイラストなどが、毎月20点近く出品されている。

「1作品、3万円から5万円ほどで落札されています。デザインを手がけたとはいえ、著作権を持つはずのアニメの制作会社から、許可は得ていません。何より『銀河鉄道999』のメーテルなども彼の直筆で出品されているのです。価格は20万円がつくこともあります」

 数年前までは飲み会の代金すら払えないこともあった湖川氏は、急に羽振りが良くなったのだという。

「これまでに1千万円以上は稼いだのではないでしょうか。旅行に出たり、ブランドものの服も着るようになりました」

(引用終わり)

(相田)今回のニュースを見ながら、といっても、週間新潮の一つの記事が拡散しただけなんだけど、俺は静かに怒っている。「何だよ、みんな思い込みで無責任なコメントばかりしやがって」てさ。

湖川友謙ていえば、50代以上のアニメファンだった連中にとっては、宮崎駿に並ぶアニメの巨匠だ。アニメ界が誇るべき、数少ないレジェンドの一人だぜ。「アニメ業界ではちょっとした有名人」なんかじゃない。人物画だけ書かせるなら、宮崎駿よりも湖川の方が今でも遥かにうまいぜ。その湖川が、何でこんな不名誉な報道をされることになったんだ?

ーそりゃメーテルの絵を描いた色紙を、ヤフオクで売ったからでしょ?飲み代に困ってたのが、急に羽振りが良くなった、とかいう話ですよね。

(相田)確かに湖川が、松本零士に無断でメーテルを描いて、色紙を売るのは問題だぜ。そこは非難されても仕方ないだろう。でも、素行の悪いゴロツキの元アニメ画家が、松本キャラの色紙をネットでこっそり売って荒稼ぎしている、ていう記事の書き方は、あまりに無知すぎる。

メーテルの色紙が20万円で売れたのも、湖川の直筆画だからだろう。なんぼメーテルの絵だからといっても、無名の素人の上手な色紙を20万円で買う奴がいるか?単に絵が上手くて色紙を描いて売るだけで、一千万円稼げるなら、ちょっと絵が上手いなら誰だって売り出すだろう。

そうじゃなくて、湖川という巨匠の絵だから、一千万円も稼げるんじゃないかね?要するに、湖川氏のやった事は悪いんだけど、彼のアニメ界での業績に対する理解と尊敬が全く感じられないよな。湖川を非難する連中は。

俺が怒っているのはもう一つある。それは、湖川を非難する連中は、おそらく誰も「イデオン」を見ていない事だ。断言できる。

ーイデオンて、1970年代末にテレビ放映されたロボットアニメですね。映画も作られてますけど。

(相田)湖川が人物デザインして、作画監督としてリーダーだったアニメ作品だ。そして日本の全アニメ作品の中でも、最大の問題作でもある。俺は子供の時に本放映でずっと見ていた。そして未だにトラウマになって心に残ってるアニメだよ。庵野秀明もそうらしいけど。

ー僕は、相田さんより世代が後なんで良く知りませんが、何でも、「イデ」という名前の無限大の力で動くロボットがいて、地球くらいの惑星を最後の方でレーザー剣で、真っ二つにぶった斬ったとかで、有名ですよね。でも、最終回の前にテレビ放送が打ち切られて、中途半端で放送が終わったんですよね。

(相田)最初は、かの有名なリアルロボットアニメが人気になって、同じ感じのアニメが新しく始まる、とかいう噂で見始めたんだ。前半は意味不明なセリフがやたらと飛び交うだけの地味な話で、何話か飛ばしたけど、中盤から俄然盛り上がって来て見逃せなくなったんだ。後半になると登場人物がどんどん死んでいくし、それにつれてイデオンのパワーが際限なく上がって、遂には惑星をぶった切るんだよ。その時に、イデオンの主要パイロットが一人死んじゃうんだ。

この後どうなるんだ、と期待して次週見たら、その回はロボット戦はほとんどなくて、敵と味方の地味な話し合いが続くだけだった。その最後に、唐突に「今週でイデオンは終わりです。どうもありがとうございました」とかの、テロップが出てきて、それが最終回だったんだ。

「ええ〜〜、そんなのあるかよ!?」って、信じられなかったけど、本当にそれで放送は終わりだった。次週からは続きが見れないんだ。こんだけ話を盛り上げて、途中で終わるなんて、あまりに無茶苦茶だ、と、子供ながらに理不尽さが込み上げてさ。そのショックが大きくて、それからはアニメを見るのが辛くなって、俺は洋楽を聴くようになったんだ。

打ち切り後の最終回までの話は、その後に映画化されてオチが着いたらしかった。けど、俺的には脱力感が大きくて、映画は見れなかったよ。テレビ放映よりも、映画は作画のレベルが格段に良くなった、とは、雑誌で読んだ。その映画の原画を、一人でほとんど書いたのが湖川氏なんだよな。

ーイデオンの映画では、登場人物達が敵も味方も全員死んじゃうですよね。

(相田)登場人物達だけじゃなくて、地球人と敵側宇宙人の民族全てが滅亡するんだよ。イデの力で惑星ごと破壊されて。無茶苦茶なんだけど。

そもそも、どうして全員死ぬ羽目になるかというと、実は特に理由がないんだよ。驚くべきことに。イデオンというのは、謎の惑星の古代遺跡から発掘されたロボットで、よくわからない不可思議な力で動くんだ。その発掘現場に異星人の旅行者みたいなのが、たまたま通り掛かって、偶然に銃で撃っちゃってお互い数人死ぬんだ。

それがきっかけで、戦闘になって、主人公達地球人はイデオンを持って逃げる。でも敵側宇宙人の方が強力な武器を持ってるので、やられそうになると、その度にイデオンがパワーアップして、敵を倒すんだ。そんな感じで戦いがエスカレートしながら、敵も味方もどんどん人が死んでいく。遂には敵側が、惑星一つを破壊する最終兵器を持ち出すけど、イデオンも惑星をぶった切るから、最後は相打ちで全員死ぬんだな。

ーでも、そんな事になる前に、お互いに話あって和平交渉とかしないんですか?

(相田)何回も和平交渉をするんだけど、その度に交渉は決裂する。お互いに話を全く聞かないんだよな、これがまた。

テレビ放映の時は、お互いによく話をすれば、それで和解できる話じゃないのかな、と俺も思ってた。それで就職してから、映画版でどんな風に終わったのかを知りたくて、テレビ放映全話と映画まで、レンタルビデオで見直したんだ。でも、ビデオで見直した後で、子供の頃よりも、更に憂鬱な気持ちが込み上げて来たよ。

イデオンを見直してわかったのは、登場人物達の死に方があまりに悲惨なんだ。ただやられるだけじゃなくて、生き残った人物達を凄く後悔させるような死に方が、ひたすら続くのよ、敵も味方もだけど。テレビアニメだから、残酷なシーンは直接は出てこない。けれど、普通の大人向けのアクションドラマでも見られないくらい悲惨な、見ていて「うっ」と来るような、後まで尾を引く死に方ばかりだ。

悲惨な死の描写が続くのには理由があって、「イデ」というのが、無限の力を持つ神のような意思体なんだよな。それで、地球人と異星人のイザコザを見ながら、こいつらは両方とも宇宙の調和を乱す悪しき生き物だ、とイデが考えた。それでお互いを、恨みつらみが後まで続くような悲惨な殺し合いをさせて、怨念をどんどん積み上げて、自分達で絶滅させようとしていたんだ。

主人公達は、そんなイデの目論見に後半気が付いて、争いを避けようとするんだけど、既に遅く、怨念のぶつかり合いの中で、結局は全員が死んでしまう、というのがオチだったのよ。

ーう〜ん、そんな身もふたもない悲惨な話だったんですね。子供向け作品としては、ちょっと有り得ない、救いようのない設定ですね。

(相田)今のテレビアニメだと、絶対に許されない内容だよ。放映が打ち切られたから、全員死ぬ場面がテレビに出てこなくて、丸く収まったんだろう、と、今では俺も思える。けれども、本放送を期待しながら見続けた小さな子供には、あんまりな内容だったよ。

イデオンていうのは、哲学的とか宗教的とか当時は言われた。けど、俺がビデオを見直して思ったのは、人間がお互いに、自分の言いたい事だけ主張して、相手の立場や考えを全く受け入れようとしないから、結局はみんなでドツボにはまっていく、という話だったんだよな。端的に言えば。

でもさ、50歳を過ぎた今になってしみじみ思うけど、イデオンで語られた人間のあり方は、残酷な迄に事実だった。大人の人間は、お互いに、他人の話は誰も聞かないし、関心も無いよ。ただただ自分の立場を、ひたすらに、相手に押し付けるだけだ。ニュースを見てもわかるだろう?安倍首相と山本太郎は、お互いを理解しようとしないし、電力会社と反原発派は相容れないし、百田尚樹と内田樹は意見が反対だし、日本政府と韓国政府はお互いの主張を譲らないだろう?絶対に。

その結果として、数え切れない悲劇が周りで生まれているんだけど、「そんな事は誰も知った事ではありません」なんだよな。そういった世の中の真実が、イデオンにはあからさまに描かれている。だから、見ると憂鬱になるんだと思う。

そんな問題作に、湖川氏が作画リーダーとしてコミットしていたなんて、今ではほとんど誰も覚えていなくて、最早どうでもいい事みたいだ。この夏も、所謂セカイ系のアニメ映画の話題作品が、大ヒットしてる一方でさ。セカイ系の元祖も、エヴァンゲリオンじゃなくて、どう考えてもイデオンだぜ。だって、ちょっとしたボタンのかけ違いで、最後は人類が滅亡しちゃうんだから。

宮崎駿の一連のアニメ作品は、何十回も繰り返して地上波放送されるけど、イデオンの映画は、ほとんど地上波では見ないよな。作画、音楽、ストーリー全部が見事な出来栄えの感動作なんだけどな。

ーでもあの映画は、最終回を含めたテレビシリーズ最後の数回を纏めた話だから、誰も話についていけませんよ。テレビダイジェストの「接触編」まで含めたら、3時間を超えちゃうし。地上波でイデオンを、CM入れて4時間見続けるのは、やっぱり苦痛ですよ。

(相田)そしたら「NHKでイデオンを放送させる会」とかで、俺が参院選に立候補すればいいのか?

話を湖川氏に戻すと、俺が一番怒りを感じるのは、今ではアニメを「クールジャパン」とかの風潮で、世界に発信しようとかしてるんだろう?それなら、湖川氏のような大功労者を、何故もっと大事に扱わないんだよ。

本人は隠居して、単に昔の名声だけで生きてます、てな訳でなくて、未だにイラストをどんどん描いて、そのクオリティも以前とそんなに落ちてなくて、売ってお金も稼ぎたいと考えてるんだろう?それなら周りの連中が、何で、湖川氏を「マトモな形」で、世に出す事を考えないのかね。ちょっとイラスト描いてネットに出すだけで、一千万円稼げる位の市場価値が、湖川氏には今でもある訳だろう?

別に松本キャラじゃなくても、湖川直筆なら買うファンは大勢いるよ。俺もイデオンの直筆イラストなら、5万円くらいで是非色紙を買いたいぜ。

今の政府は、クールジャパンとかぶち上げて、税金を何百億円も使うみたいだ。けれども、あの湖川氏が生活に困って、ネットで色紙を売る状況まで追い込まれるなら、そんなのは全くの無駄金というしか無い。自民党代議士達の取り巻き連中に、税金を合法的にバラまくための新たなスキームに、アニメが使われてるだけだ。今回の湖川氏の報道から改めてわかったよ。

アニメ業界には、クリエイター以外は、マトモに商売出来る人材が未だにいない。湖川氏も性格に色々問題があるみたいだけど、アートセンスが高い人物なら、周りのマトモな連中が性格の悪さをカバーして、上手く商売に結びつけてやるべきだろう?「クールジャパン」なんだから。何の為に税金を何百億円も投入するんだ?吉本興業の上役達を通して、悪どいメディア業界連中の懐に大金を回して、最後は賄賂で受け取ろうという魂胆が、ミエミエなんだよ。

ー相田さん、珍しく熱いですね。

(相田)当たり前だ。イデオンが打ち切られた時の怒りを思い出すと、未だに熱くなるんだよ。

ーそれは、怒る相手が違うでしょう?

相田英男 拝



[65]英国ロック最大の問題作を素人目線で解説する
投稿者:相田英男
投稿日:2019-06-19 07:08:14

1 . あまりに衝撃な初ライブ盤

ーここで僕が呼ばれるのは、相田さん、もしかして・・・

(相田)恒例の音楽の話題だよな。

ーもう、たいがいにしましょうよ、音楽評論はプロに任せましょう。ここは場所も違う事だし。

(相田)いやいや、世の中には埋もれたロックの名曲や名盤がまだあるからな。一見して近寄り難いけど、聴いてみたらなかなか良かったりするアルバムを、素人目線でわかりやすく説明しよう、というのが、今回の趣旨だ。

ちなみに今回取り上げるアルバムは、前回の対談に続いてキング・クリムゾンだ。彼らの70年代の作品から、俺が一枚選んでみた。

ーまたまたクリムゾンですか・・・・そうすると選ぶなら「ファースト」とか「レッド」ですか?それとも、相田さん一押しの「スターレス(暗黒の世界)」とか?

(相田)残念だが全部外れだ。今回解説するのは、あの「アースバウンド」だ。1972年に出たクリムゾン初のライブ盤だ。

ー・・・・・・・・

(相田)何で絶句してるんだ?

ーこれだけ名盤揃いの、クリムゾンのアルバムの中から、どうしてあんな海賊盤を選ぶんです?あのレコードは音があまりにも悪すぎるって、有名じゃないですか。

(相田)海賊盤とは失礼な。数は少ないけど、昔は正規のLPレコードで店で売られたんだぜ。俺の近所のレコード屋には、置いてなかったけどさ。姉ちゃんが持ってた、雑誌のミュージックライフのクリムゾン特集でも、アルバムリストの中で紹介されてたよ。

ー僕は聴いたことないですけど、「アースバウンド」は、4枚目のアルバムの「アイランズ」を録音したメンバーでのライブ盤ですよね。ギターがロバート・フリップで、ドラムがイアン・ウォーレス、ベースとボーカルが後からバッド・カンパニーに加わったボズ・バレル、そして、お決まりの管楽器にメル・コリンズがサックスでいる、という布陣です。

でもLPレコードの発売時には、音があまりに悪いのと、演奏の内容がアイランズとあまりにも違いすぎて、物議を呼んだんですよね。他のアルバムは80年代にはCDが出たのに、このアルバムのCDは、2000年を過ぎるまで出ませんでした。

(相田)本当は、ピート・シンフィールドっていう、楽曲アレンジと歌詞を担当するメンバーが、「アイランズ」の録音時にもう一人いたんだ。彼はフリップと同じ、クリムゾン結成以来のオリジナルメンバーだった。ライブの時には、扱いが面倒なメロトロンの操作も、ピートがやってたみたいだ。けれど、このライブツアーの前に彼は脱退した。新しいメンバーとの間で、意見が合わなくなったらしい。

このアルバムの音は確かに悪い。何といっても、音源がカセットテープの録音だからな。再発されたCDを聴いても、ギリギリ鑑賞に耐えられるかどうかのレベルだ。これ以上悪くなると、もはや聴くに耐えない、というくらい悪い。録音のやり方は確かに海賊盤だ(笑)。

ーカセットテープって、今の人たち見た事ないでしょう。カセットデッキも、でっかい家電量販店の隅の方に置いてあるかどうか、ですよね。マニア向けに。

2 . 意外すぎる演奏の中身

(相田)でも音は悪くても、演奏は凄い迫力があるぜ。試しに一曲目の「21世紀の精神異常者」(以下は 21’st)から、まずは聴いてみようじゃないか。CDは2002年のリマスター版だ。

〔二人でCDを聴く〕

(相田)どうだ、感想は?

ーやっぱりこれ、音が悪すぎますよ。クリムゾンの曲の持つ、美しさのかけらも無いじゃないですか。それに、あのボーカルは一体何ですか?ただ叫ぶだけで、真面目に歌う気が全く無いですよね?でも、演奏は凄く上手いとは思います。半ばヤケみたいですけど。

(相田)21’st はファーストアルバム以外にも、後に出たライブ音源でも沢山演奏されてる。けども、この「アースバウンド」の演奏は、別格のど迫力だよな。最初のフレーズの「タメ」の長さからが絶妙だ。それにボズ・バレルのボーカルが、また無茶苦茶で・・・。「アイランズ」では、ウイーン少年合唱団みたいな美声を聴かせるのに、このライブでは、打って変わった捨てバチな唱法だよな。

ーそもそも、アルバムの長さは46分あるのに、ボズの歌の部分は全部合わせても5分位じゃないですか?それも真面目に歌わなくて、ひたすら叫ぶか、「アーアー」とか、流してるだけですよね。あの人バンドにいる意味あるんですか?

(相田)そうはいえど、短くてもインパクトあるぜ、ボズの歌は。ディープ・パープルの「ライブ・イン・ジャパン」のイアン・ギランに匹敵するな、インパクトだけなら。

ーそれはほめすぎです、流石に。投げやりの度合いがすごいだけです。

(相田)この時のライブツアーは、アメリカ南部のフロリダ辺りを回っている。「アイランズ」を録音した後の音楽の方針で、リーダーのフリップと、他のメンバーが対立しちゃったらしい。それで、本当は誰もライブなんてやりたくなかったけど、バンドの契約上仕方なくアメリカまでツアーに行った。そこで2か月くらいライブを回って、そのまま現地で解散したんだと。

そのバンドの仲の悪さが、そのまま音に出ている。演奏が投げやりなのはそのせいだ。ただし、演奏技術だけはみんな抜群だから、曲としてまとまってはいるんだよな。特に最初の21’st の演奏の、緊張感の高さは異常だ。本来のクリムゾンにある筈の、理性のタガが完全に外れて、素の「狂気」の部分が露わになっている印象だ。

ーでも、2曲めの「ペオリア」になると、一気に緊張感が無くなってイージーリスニング風の演奏になりますよね。これ何なんですか、一体?

(相田)そうなんだよ。最初の 21’st の無茶苦茶な勢いで、アルバム全部押し通すのかと思いきや、その後はマッタリ気味になるんだよな。そこがこのアルバムの一番の問題だ、と、俺は思う。「ペオリア」、「アースバウンド」そして「グルーン」の3曲は、クリムゾンにしては、何とも、らしくない雰囲気だ。

この3曲に限っては、演奏がブラックミュージック風なんだよな。ファンクとかブルースとかの。ただブルース・ロックなら、普通はギターが前に出てアドリブをやる筈だ。けれども、この3曲ではフリップのギターは、全然目立たない。結果として殆どが、メル・コリンズが吹くサックスの独壇場になってる。管楽器が目立つから、クリムゾンらしいといえば、そうかもしれないけどさ。

サックスばかり聞こえるから、一見ジャズのようにも思えるけど、雰囲気はもっとブラックだ。フリップがサックスの旋律に合わせて、ギターにワウワウ(音色を変えるエフェクターの一つ)を掛けて、リズムを刻んだりしてる。もろにファンクのリズムの取り方だよな。

クリムゾンのアルバムで、ここまでブラックミュージックに寄せた演奏が聴けるのは、「アースバウンド」だけだと思う。その意味でこのアルバムは、クリムゾンとしてはあまりに異質だ。単に音が悪いだけじゃ無くて。

3 . フリップの敗北宣言

ーでもクリムゾンといえば、プログレバンドの頂点ですよね。本来なら黒人音楽から最も遠い筈のクリムゾンが、ブルースをやるなんて、一体どういうことでしょう?

(相田)もしかしてフリップが、エリック・クラプトンに対抗したかったのかもな。曲の雰囲気から、クリーム(クラプトンがギターで在籍していた、3人組のバンド。ビートルズに次いで英国に現れたスーパー・ロック・バンド。クリームのスタイルを発展、完成させたバンドがレッド・ツェッぺリンである)の、未発表ライブ音源だって聴かせると、信じる人が結構いそうだよな。フリップのギターも、クリーム時代のクラプトンと同じレス・ポールだし、音も似てる。「このクラプトンと一緒にサックス吹いているの、一体誰かしら?とても上手だわね」とか、思うんじゃないか?ちょっと聴いただけだと。

ーそんな間抜けなリスナーはいません。

(相田)冗談は置いとくとして、評論家の渋谷陽一の 、あの共産党員の、彼風に言うならさ、アメリカの黒人達が歌っていたブルースを白人達がアレンジした音楽がロックな訳だ。ビートルズ、クリーム、レッド・ツェッペリンと続く、王道路線がこれだ。対して、そのロックから、黒人音楽の要素を極力薄めたらどうなるか、という実験が、ヨーロッパで広まったプログレッシブ・ロックと言える。黒人の要素をゼロにしたらロックじゃ無くなるから、少しは残すけど。黒人音楽からどれだけ離れるかで、音楽的な可能性を拡げていたんだよな、プログレバンドの連中は。

その中心にいたバンドがクリムゾンで、フリップはそのリーダーだ。ところが、このアルバムでフリップは、あろうことかもろに黒人風の、ブルースやファンクの乗りで演奏してるじゃないか。本人がソロで前に出ないのは、やりにくさと後ろめたさがあったからだろう。

これって、ある意味、フリップの敗北宣言だと俺は思う。プログレバンドで、ここまで黒人音楽に寄せるのは、まず有り得ないよな。今まで俺は、クリムゾン以外にも、ELP、イエス、ピンク・フロイド、あとムーディ・ブルースとかの、メジャーなプログレバンドのアルバムを聴いたけど、ここまでもろにブラックな演奏は無かったよ。正直、俺にはかなりショックだ。

フリップと、バンドの他のメンバーが仲たがいしたせいで、こんなになったんだろう。フリップも内心は忸怩(じくじ)たる物があったと、俺は思う。この後フリップは、バンドを解散して直ぐに、イエスから、どうやってもブルースには転びそうにない、才人ドラマーのビル・ブラフォードを引き抜いて、一連の傑作の、あの後期三部作(ラークス、スターレス、レッド)を完成させる。迷いが吹っ切れたんだろうな。

ーそれならフリップは、どうして、この不本意なアルバムを出したんでしょう?こんなに音も悪いのに。

(相田)やってる音楽の方向には疑問を感じつつも、バンドの演奏自体には、フリップは自信があったんだろう。クリムゾン風の味付けでブルース・ロックをやるなんて、なかなか味があるじゃないか。投げやりな雰囲気でも演奏は上手いから、聴きごたえあるよな。それに、なんと言っても、一曲目の 21’st の凄まじさときたら・・・。ほとんどパンクの出鱈目さだぜ。

この後数年後に吹き荒れる、パンクロックの嵐のせいで、栄光のブリティッシュ・ロックの全ては瓦解する。その運命を予兆するかのような、怖さを感じてしまうな、どうにも俺は。パンクバンドにしては、演奏はちゃんとしてるけどさ。

ー演奏が上手いパンクロックですか。ポリスみたいなもんですかね?

(相田)でもパンクとはいえ上品なポリスの演奏よりも、こっちの方がキレっぷりはもっとパンクだぜ。だから、改めて聴き直すと、60年代後半から70年代末までの、英国ロックの流れを、その後の未来さえも、総括するような内容なんだよな、この「アースバウンド」は。何とも贅沢で、聞き応えのあるアルバムじゃないか。

ーこんなに音が悪いのに、ですね。

4 . 実は性格のいい人だったフリップ

(相田)それで、このアルバムを聴きながら思い出したんだけど、俺の大学時代に、年上のとある女性の先輩と、一度話したんだよ。酒の席で。洋楽好きで、福岡出身の人だった。その人から聞いたんだけど、80年代になってクリムゾンが再結成して、来日ツアーをやったんだ。それで福岡でも公演したんだけど、会場が確か九電記念体育館とかいう、数千人は入る場所だった。そしたら、公演当日になっても客がほとんど集まらずに、会場がガラガラだったらしい。

当時は、マイケル・ジャクソンやマドンナの全盛期で、プログレなんか廃(すた)れて、誰も聴かなかった。あと再結成したクリムゾンも、曲調がパンクっぽくなってた。昔の曲もコンサートでやらないと言われてたから、以前のファンもチケットを買わなかったんだな。場所が地方だったせいもあるけど。

その女の先輩によると、その福岡の、客がほとんどいないガラガラの会場なのに、クリムゾンはライブをやったんだと。それがまた予想を超えた、ど迫力の熱気溢れる演奏で、会場の ー 無茶苦茶数が少ないけど ー 観客の全員が、大感激して帰って行ったんだってさ。

この「アースバウンド」を聴きながら、そのガラガラの会場でのライブも、こんな鬼気迫る感じだったのかな、と思えてさ。聴いた人がほとんどいないから、確認のしようがないけど。

ーへえ〜、そんな事があったんですね。でも、あのあともフリップは何回も、クリムゾンで来日して、日本でコンサートをやってますよね。去年も日本で全国ツアーやってるでしょう?そんな事があったら「日本なんて2度と来るかい!?」って、怒っても仕方ないでしょうけど。

フリップって、凄くいい人なんですね。変人ですけど。

(相田)全く沢田研二のセコさとは大違いだよな。ジュリーにフリップの爪の垢を煎じて飲ませたいぜ。この「アースバウンド」を聴くと、メンバーと喧嘩しながらも、正直に自分を語る事で、時代に残る作品になっている。紆余曲折しながらも、やってることに強い確信があったんだろうな。誰からも理解されずとも。やっぱりフリップは、変人のスケールが段違いだぜ。

ーそういえば、相田さん、「アースバウンド」と一緒に、もう一枚CDを輸入盤で買ったんですよね。何を買ったんです?

(相田)ああ、もう一つもライブ盤で、ウィングスの「オーバー・アメリカ」だよ。元々はLP3枚組だったのが、2枚組のCDで出たんだよな。国内盤は三千円以上するんだけど、輸入盤だと送料込で2千円以下で買えたから、得した気分だよな。

ああ〜、やっぱりポールの歌を聴くと、心が洗われるよな。録音も綺麗な音だし、変な屁理屈も考えないで気楽に聴けるから楽しいぜ。洋楽はやっぱりこれだよな。

ー・・・・・・・

相田英男 拝

*相田追記
⒈ アースバウンドのLPレコードは、英国では発売されたが、実験盤の意味合いが強かったため、米国と日本では発売されなかった、とのこと。日本では輸入レコード屋でないと買えなかった。どうりで田舎のレコード屋で、私が見なかった筈である。ただ、あの「ミュージック・ライフ」が、本作についてコメント記事を載せていたので、本作のユニークさは当時から業界で広く認知されていたと思う。

⒉ 80年代に渋谷陽一が、自分のFMラジオ番組でアースバウンドの 21’st を、ノーカットで流したのを以前に聴いた。この世の音とは思えない凄さを感じた記憶がある。曲の後半から番組デレクターが、すごい目つきで渋谷をずっと睨んでいたと、かけた後で語っていた。



[62]「黒人侍」の映画
投稿者:1018
投稿日:2019-05-12 22:19:31

あの「弥助」の映画化が進行中だそうです。2本も。
ファンタジーになるのかな。

https://www.cinemacafe.net/article/2019/05/08/61441.html



[61]外人相手だと話がはずむのでしょうね
投稿者:相田英男
投稿日:2019-04-12 23:45:00

相田英男です。

またもやどうでもいい話なのですが、アメリカのフォーブスという有名な経済誌に、下記のインタビューが載ったそうです。

https://www.forbes.com/sites/olliebarder/2019/04/04/mamoru-nagano-on-l-gaim-gundam-and-the-fractal-nature-of-the-five-star-stories/#687b8d226733

こいつ一体誰やねん?と、多くの方がが思うでしょう。でも、その道の人は誰もが知るだろう、私もよく知っている、とある漫画家です。

数年前にアニメ映画を作って上映していたので、ここに載せても良いかと。

東京近辺の方は、JR線の駅内に少しの間ですが、彼の書いたロボットや女の子の奇天烈なイラストが、デカく貼ってあったので、目にされた方も多いかもしれません。

ちょこっとした紹介のエッセイなのかしら、と、上の記事を読み始めたら、文章がいや長いこと長いこと。しかも、その内容がまたアレで・・・

こんな酔狂な内容の、長い文章を、読み続けるアメリカ人が大勢いるとは、何ともはや・・・日本のソフトパワーの力は、実に偉大だと感心しました。

彼は、日本の漫画とアニメで登場する、メカやロボットのデザインを、彼一人のセンスの力で、ほぼ完成させた人物です。この記事の中で自分で、私のロボットのデザインはビートルズみたいなものだから、と言い切っています。正確な自己認識だと私は思います。(私的には、ビートルズではなくて、レッド・ツェッペリンに相当するような気がしますが・・・)

彼の描いたメカデザインと、アル中でノイローゼになってしまった漫画家の吾妻ひでおが描く、ロリコン美少女が組みあわさったのが、世界に通じるクール・ジャパンの骨格だと、私は言い切れます。

記事にも登場しますが、彼は、有名なロボットアニメの監督さんが、見出して育てた「作品」でもあります。その監督さんは、彼に、例のシリーズの続編を作らせるつもりだったのが、周りの猛反対でボツにされたため、精神を病んでしまったみたいです。日本語だとオブラートに包んで言いにくい話でも、英語だとハッキリと断言してくれるのでありがたいですね。南部陽一郎の、英語のインタビュー記事を読んだ時にも思いましたが。

日本人のポップカルチャー分野で、唯一、世界に出て真っ向勝負出来る人物が、彼です。村上隆のような胡散臭いインチキ人物など、彼の足元にも及びません。村上隆の事は、細野不二彦が前に漫画で描いてましたが。

でも、アメリカ人の方が良く分かってるみたいですね。絵を見たら一発で凄さがわかりますからね。

一応、時代の最先端を行く日本人の一人として、ここで紹介しました。若作りですが、もう60歳近いんですね。60のジジイが描くロボットが一番カッコイイという、凄い真実が、密かにあるのです。

英語の記事だから、彼もこんなに沢山話せるんでしょうね。日本の雑誌だと、色々物議を醸して、また漫画の連載を休む羽目になるでしょうから。

相田英男 拝



[59]ボヘミアン・ラプソディー
投稿者:相田英男
投稿日:2018-12-06 17:59:32

相田英男です。

映画を見たので、書きたくなったのですが、以下の堀井氏の感想と殆ど同じなので、引用させて頂きます。

私は堀井氏よりやや年下ですが、ほぼ同じ洋楽体験をしています。歳の離れた姉が、家の中で映画タイトル曲や、「キラー・クイーン」とか、「マイ・ベストフレンド」とかを、毎日カセットテープで流すので、変わった曲だけどカッコいいなあ、と何気に感じていました。

でも、クイーンはアイドルぽかったのと、姉がいつも聞いていたので、反発心から、ハードロックとプログレッシブロックに、私は興味が向かったのです。ただ、レコードはほとんど買えなくて、人からLPを借りて、カセットテープにダビングさせてもらうか、FMラジオを録音するか、でしたけど。当時は、深夜のNHKのFMで、レッド・ツェッぺリンやイエスのアルバムの、全曲を流したりする太っ腹の番組があり、重宝させてもらいました。

今回の映画は賛否両論あるみたいですが、日本でも30億円以上売り上げたようで、大ヒットになりました。50代後半から60代の女性、70年代にティーンエイジだった方が、繰り返し観られているそうです。ミュージック・ライフを片手に、羽田空港に集まって「キャー、フレディー‼︎」と絶叫していた、かつての女の子達ですね。今回の映画は、彼女達のものですから。日本の場合は。

私はクイーンのアルバムは、「オペラ座の夜」しか、自分で買ってません。が、クイーンは見かけ倒しではなく、本物のロックバンドだと、今更ですが、私は思うようになりました。演奏も上手いのですが、何といっても、フレディー・マーキュリーの「やり過ぎ感」が素晴らしい。普通にピアノを弾いて歌うだけでも十分に上手いのに、あの怪しさ満点の衣装とアクションで、ブチかます。

今でこそLGBTやマイノリティーとか、気を遣って大事にされていますが、当時は単なる「変態」でした。その「変態感」をフレディーは敢えて逆手に取り、過剰にステージで打ち出しています。フレディーの「やり過ぎ感」は、キング・クリムゾンのロバート・フリップのギターの「やり過ぎ感」に、相通じるものがあります。片や極めてわかりやすく、片や難解と、音楽のタイプは全く違いますが、どちらも本物のロック・アーティストです。

私がクイーンを避けていたのは、フレディーの醸し出すあまりの怪しい雰囲気に、ついていけなかったような気がしています。でも、70年代のティーンの女性ファン達は、そんな「怪しさ」を含むクイーンを全て受け止めて、一生懸命に応援していたんですよね。

フレディーが死んだ時には、彼女達は全員が涙したと思います。あれから二十数年が経って、年齢を重ねた彼女達が再びフレディーと出会えた。そして、彼からエネルギーをもう一度もらうことが出来た。それだけで、もう十分なのではないでしょうか、今回の映画は。

(引用始め)
男子高校生にとって、Queenは「憧れのロックスター」だったか
堀井 憲一郎
12/5(水) 11:00配信、現代ビジネス

クイーンのフレディ・マーキュリーを描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』が人気である。

クイーンのレコードデビューは1973年、日本で売られたのは1974年だった。その年から翌年にかけて、ヒット曲を出し始める。

私は高校生だった。ヒット曲はだいたい聞いていたことになる。でもあまり関心を抱いていなかった。当時の“洋楽”は好きだったのだが、クイーンはあまり積極的に聞かなかった。

これは私個人だけではなく、当時のロック好き十代「男子」のふつうの動向だったようにおもう。理由のひとつは「先に女子が熱狂したから」ということにある。

クイーンに飛びついたのは、まず日本の十代の女性だった。世界的にもかなり先駆けだったらしいのだが、その現象を受けてぼくたちは「クイーンは女子のもの」と強くおもいこんでしまったのだ。

高校の同級生女子が騒ぎ、その前後世代の女性が熱狂していた。なんだかおもしろくない。とてもつまらない感情だけれど、高校生だからしかたない。先に見つけたなら、それは任せた、というような気分である。

また、女子が熱狂したから、アイドルなんだろうとおもってしまった。

ちょうど同じ時期、ベイ・シティ・ローラーズというアイドル的なポップグループが人気で、そちらにも女子は熱狂していたから(たぶん棲み分けていたんだろうけれど細かくは知らない)、それと同じタイプのミュージシャンだとおもってしまった。アイドルだとするとそれは歌謡曲に近く、いっときの徒花のような人気しかないはずで、豊川誕、伊丹幸雄、城みちるらと似たようなグループだと考えればいいのだな、と判断したのだ。

そのころ小遣いを何とかやりくりして買っていたレコードは、たとえば、ローリングストーンズ、ボブ・ディランやビートルズ、サイモン&ガーファンクル、レッド・ツェッペリン、シカゴ、アリス・クーパー、あたりである(アリス・クーパーにやたら固執していた記憶がある)。

ディープ・パープルやピンクフロイド、イエスも買いたかったが買えず、友だちのを借りて、録音していた。レコードプレイヤーのスピーカーの前にテープレコーダーを置いて直接録音していた。ときどき弟や母の声が入ってしまった。レッド・ツェッペリンも、4枚目のアルバムを買ったけれど、その前3作がなかなか買えずにもどかしかった。

まだ当時はロックミュージックの歴史が浅く、ここは男の世界だ、という意識が強かった。よくわからないけれど、でもそうだったとしか説明のしようがない。だから女性が先に熱狂してしまったクイーンを、男の世界で認めるわけにはいかなかった。つまらないところでつまずいていたのだとおもうが、でも十代の当時、この事態に巻き込まれるのは避けられなかった。

(中略)

なぜ、ここまできれいにクイーンを避けていたのかは、よくわからない。そもそも「曲はほとんど知っているのに、クイーンについては何も知らなかった」という事実も、今年、映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見てやっと気がついたくらいである。

やはり1970年代当時から、少し特異なグループだったということだろう。

フレディ・マーキュリーが、何だかずっと不思議であった。特に髪を短くしてゲイぽいキャラになってからは、よくわからなかった。少なくとも若い男子が、ああいうふうになりたいとおもう「憧れのロックミュージシャン」ではなかった。

いまあらためて見ると、まだ長髪だったころ、1970年代のロックミュージシャンらしいフレディには、えもいわれぬ色気がある。女性の感覚でいえば「かわいい」と言うしかない魅力だ。

彼の歌唱を見ていると、発声しようとするときのタメというかごくわずかな間合いがあって、そこに「がんばる」という意気込みが少しあり、ためらいと自負が垣間見えて、いまの私は、その若さに惹かれてしまう。若いころだと絶対に気がつかないポイントだ。そういう魅力をわかれって言われても、男子高校生には無理である。

そして彼らの楽曲はやはり美しい。耳に残る。あまり真剣に聞かなかったくせに、だいたいのヒット曲は覚えている、やはり彼らの楽曲が強く刺さってくるものだからだろう。

中学・高校の友人で、音楽をよく聞いていて、いつもギターばっかり弾いていた友人に、あらためてクイーンのことを聞くと、やはり高校時代はきれいに無視していたと答えてくれた。

彼は少しあと、おそらく1980年代だとおもわれるが、クイーンのベストアルバムを買い、それをクルマの中で流していたところ、同乗していた彼の母に「あなたのいつも聞いている音楽はよくわからないけど、この音楽は素敵ね」と言われたそうである(いつも聞く音楽はおそらくローリングストーンズやフランク・ザッパだったのではないかとおもう)。

おそらくこれがクイーンに対する正しい評価なのだ。

ただうるさく叫び続ける音楽ではなく、大人の耳にもきちんと届く音を彼らは作っていた。だから、これほど無視しているぼくたちにもその音楽はきちんと刻まれている。

そのことに、2018年になるまで気づいてなかった。映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見るまで、きちんと正面から向き合ってクイーンを聞いたことがなかったからだ。

自分でレコードを買ったことも友人から借りたこともなく、レンタルレコード店でレンタルしたこともなく、カセットに落としたこともなければ、CDもMDも持っておらず、DVDを借りたこともなかった。自分から初めてクイーンの音楽を探して聞いたのは、先だって映画を見たあと、ユーチューブでだった(ユーチューブは偉大である)。

1970年代から1980年代にかけて、ぼくも何とか生きていたころ、彼らも彼らなりに懸命に音楽を作り、提供していた。そしてそれはいつもどこかでクロスしていたのだ。それに気づいた。クイーンとぼくらは、一緒に生きていたのだ。

映画を見たあとには、クイーンの曲がすべて胸に迫ってくる。そこには懸命に生きていた若者の声がある。いまここに、彼らの存在とあの時代が強くよみがえってくる。

あまりに単純な反応で申し訳ないが、しかたがない。映画が素晴らしいということであり、クイーンの楽曲の力があまりにも突き抜けているということなのだろう。

映画のクライマックスは1985年のライブエイドで、これも当時の空気をおもいだした。日本での中継は、とにかくコマーシャルが多かったことばかり覚えている。ボブ・ディランを見たくて録画していたのだが、全体の印象としては(中途半端な中継だったこともあって)かなり散漫なものだった。もう一度見返したいとはおもわなかった。映画を見て、33年前のビデオテープを探している。どっかにあるとおもう。

2018年に映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見たとたんに、かつての音楽的な記憶が一挙につながって、よみがえってきた。クイーンだけに限らず、あのころ聞いていた音楽とそれにまつわる風景がリアルにおもいだされたのだ。不思議な映画体験である。

映画に触発され、自分のなかにあったクイーン音楽の欠片がすべて掻き集められ、ばらばらだった1970年代の記憶がまとまっていく体験だ。自分の内側で、勝手に物語の生成されていくようであった。異様に興奮した。

二度目に『ボヘミアン・ラプソディ』を見に行ったときには、クイーンをまったく知らない21歳の男子学生と行ったのだけれど、彼も深く感銘を受けていた。それぞれの音楽記憶とは関係なく、強く訴えてくる映画のようだ。フレディと家族の姿を見ているだけで、胸に迫ってくる。ママーという叫びがずっと頭の中で鳴り続けている。

(引用終わり)

結局、映画とあまり関係ない話ですみません。

相田英男 拝



[58]「1987、ある闘いの真実」を観て
投稿者:森本達樹
投稿日:2018-10-30 21:15:38

会員番号8177番の、森本達樹です。

重掲[2361]で、ピンクの龍さま、が紹介されている「1987、ある闘いの真実」を観た、私の思うところを投稿させていただきます。

この映画は、ハッピーエンドでない。全斗煥(チョン・ドファン)大統領の、国民向けの声明を「永久独裁宣言だ!」と、憤って終わる。

ついでに言うと、ヒロインの女子大生が、街宣車に仁王立ちし、大統領の直接選挙制が実現するまで、まだまだ闘いが続く、と、暗示している。

実際に、大統領の直接選挙制が復活したのは、全斗煥の次の、第十三代大統領の盧泰愚(ノ・テウ)の時だ。

とにもかくにも、この映画の、最大のキーパーソンは、公安(?)の、パク所長だ。

彼は、脱北者で、北朝鮮で家族を殺された、という、設定である。

脱北者で、韓国の公務員の要職に就いたり、幹部になれた者がいたのだろうか?

本当にいたのなら、きっと、背後に大きな組織がついている。

世界反共同盟(WACL)のメンバーであるのは、もちろんだが、旧称 統一教会の幹部なのだろう。

1980年代は、統一教会の活動の様子が、日本でもTVを通じて騒がれていた頃でもある。

統一教会とは 1/2
https://www.youtube.com/watch?v=q710za-HEwo

統一教会とは 2/2
https://www.youtube.com/watch?v=nhw-kTyjN8M

統一教会は、ソ連が崩壊して、北朝鮮が存続の危機に瀕した時に、文鮮明(ムン・サンミョン)が訪朝して、金日成と義兄弟の契りを交わすまでは、世界でも指折りの反共組織であった。今でもそうらしいが、現在、共産主義国家は存在しているのだろうか?

映画では、デモ隊は、デモクラシーを渇望し、不審死した大学生の真相を公表するよう要求しているように描かれている。

しかし、パク所長は、反政府分子を、共産主義者とレッテル貼りをして、弾圧を加え続ける。

その、パク所長の思想も分からなくはない。思想を弾圧するにも思想が必要だからだ。

こと、最近の、韓国のデモ隊は、親北勢力だと思われる。

彼らは、反日勢力でもあるだろう。

呉 善花(オ・ソンファ)女史の言うところの、韓国人のイデオロギー「親北=反日=民族主義」である。

1980年代から、デモ隊は、北朝鮮シンパだったのだろうか?

資金の出処は、どこだろうか?

そのような事を、考えさせられた映画であった。

一度見ただけでは、味わい深さが分からない。

もう少し、朝鮮半島の事がわかれば、その映画で新たな発見もできるだろうが、そうするつもりは無い。

ただ、韓国の民主化までのプロセスが、良くまとめられている動画を見つけたので、そのURLを貼らせていただいて終わります。

韓国民主化運動歴史
https://www.youtube.com/watch?v=eVd6XJlNnw8












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