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[59]ボヘミアン・ラプソディー
投稿者:相田英男
投稿日:2018-12-06 17:59:32

相田英男です。

映画を見たので、書きたくなったのですが、以下の堀井氏の感想と殆ど同じなので、引用させて頂きます。

私は堀井氏よりやや年下ですが、ほぼ同じ洋楽体験をしています。歳の離れた姉が、家の中で映画タイトル曲や、「キラー・クイーン」とか、「マイ・ベストフレンド」とかを、毎日カセットテープで流すので、変わった曲だけどカッコいいなあ、と何気に感じていました。

でも、クイーンはアイドルぽかったのと、姉がいつも聞いていたので、反発心から、ハードロックとプログレッシブロックに、私は興味が向かったのです。ただ、レコードはほとんど買えなくて、人からLPを借りて、カセットテープにダビングさせてもらうか、FMラジオを録音するか、でしたけど。当時は、深夜のNHKのFMで、レッド・ツェッぺリンやイエスのアルバムの、全曲を流したりする太っ腹の番組があり、重宝させてもらいました。

今回の映画は賛否両論あるみたいですが、日本でも30億円以上売り上げたようで、大ヒットになりました。50代後半から60代の女性、70年代にティーンエイジだった方が、繰り返し観られているそうです。ミュージック・ライフを片手に、羽田空港に集まって「キャー、フレディー‼︎」と絶叫していた、かつての女の子達ですね。今回の映画は、彼女達のものですから。日本の場合は。

私はクイーンのアルバムは、「オペラ座の夜」しか、自分で買ってません。が、クイーンは見かけ倒しではなく、本物のロックバンドだと、今更ですが、私は思うようになりました。演奏も上手いのですが、何といっても、フレディー・マーキュリーの「やり過ぎ感」が素晴らしい。普通にピアノを弾いて歌うだけでも十分に上手いのに、あの怪しさ満点の衣装とアクションで、ブチかます。

今でこそLGBTやマイノリティーとか、気を遣って大事にされていますが、当時は単なる「変態」でした。その「変態感」をフレディーは敢えて逆手に取り、過剰にステージで打ち出しています。フレディーの「やり過ぎ感」は、キング・クリムゾンのロバート・フリップのギターの「やり過ぎ感」に、相通じるものがあります。片や極めてわかりやすく、片や難解と、音楽のタイプは全く違いますが、どちらも本物のロック・アーティストです。

私がクイーンを避けていたのは、フレディーの醸し出すあまりの怪しい雰囲気に、ついていけなかったような気がしています。でも、70年代のティーンの女性ファン達は、そんな「怪しさ」を含むクイーンを全て受け止めて、一生懸命に応援していたんですよね。

フレディーが死んだ時には、彼女達は全員が涙したと思います。あれから二十数年が経って、年齢を重ねた彼女達が再びフレディーと出会えた。そして、彼からエネルギーをもう一度もらうことが出来た。それだけで、もう十分なのではないでしょうか、今回の映画は。

(引用始め)
男子高校生にとって、Queenは「憧れのロックスター」だったか
堀井 憲一郎
12/5(水) 11:00配信、現代ビジネス

クイーンのフレディ・マーキュリーを描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』が人気である。

クイーンのレコードデビューは1973年、日本で売られたのは1974年だった。その年から翌年にかけて、ヒット曲を出し始める。

私は高校生だった。ヒット曲はだいたい聞いていたことになる。でもあまり関心を抱いていなかった。当時の“洋楽”は好きだったのだが、クイーンはあまり積極的に聞かなかった。

これは私個人だけではなく、当時のロック好き十代「男子」のふつうの動向だったようにおもう。理由のひとつは「先に女子が熱狂したから」ということにある。

クイーンに飛びついたのは、まず日本の十代の女性だった。世界的にもかなり先駆けだったらしいのだが、その現象を受けてぼくたちは「クイーンは女子のもの」と強くおもいこんでしまったのだ。

高校の同級生女子が騒ぎ、その前後世代の女性が熱狂していた。なんだかおもしろくない。とてもつまらない感情だけれど、高校生だからしかたない。先に見つけたなら、それは任せた、というような気分である。

また、女子が熱狂したから、アイドルなんだろうとおもってしまった。

ちょうど同じ時期、ベイ・シティ・ローラーズというアイドル的なポップグループが人気で、そちらにも女子は熱狂していたから(たぶん棲み分けていたんだろうけれど細かくは知らない)、それと同じタイプのミュージシャンだとおもってしまった。アイドルだとするとそれは歌謡曲に近く、いっときの徒花のような人気しかないはずで、豊川誕、伊丹幸雄、城みちるらと似たようなグループだと考えればいいのだな、と判断したのだ。

そのころ小遣いを何とかやりくりして買っていたレコードは、たとえば、ローリングストーンズ、ボブ・ディランやビートルズ、サイモン&ガーファンクル、レッド・ツェッペリン、シカゴ、アリス・クーパー、あたりである(アリス・クーパーにやたら固執していた記憶がある)。

ディープ・パープルやピンクフロイド、イエスも買いたかったが買えず、友だちのを借りて、録音していた。レコードプレイヤーのスピーカーの前にテープレコーダーを置いて直接録音していた。ときどき弟や母の声が入ってしまった。レッド・ツェッペリンも、4枚目のアルバムを買ったけれど、その前3作がなかなか買えずにもどかしかった。

まだ当時はロックミュージックの歴史が浅く、ここは男の世界だ、という意識が強かった。よくわからないけれど、でもそうだったとしか説明のしようがない。だから女性が先に熱狂してしまったクイーンを、男の世界で認めるわけにはいかなかった。つまらないところでつまずいていたのだとおもうが、でも十代の当時、この事態に巻き込まれるのは避けられなかった。

(中略)

なぜ、ここまできれいにクイーンを避けていたのかは、よくわからない。そもそも「曲はほとんど知っているのに、クイーンについては何も知らなかった」という事実も、今年、映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見てやっと気がついたくらいである。

やはり1970年代当時から、少し特異なグループだったということだろう。

フレディ・マーキュリーが、何だかずっと不思議であった。特に髪を短くしてゲイぽいキャラになってからは、よくわからなかった。少なくとも若い男子が、ああいうふうになりたいとおもう「憧れのロックミュージシャン」ではなかった。

いまあらためて見ると、まだ長髪だったころ、1970年代のロックミュージシャンらしいフレディには、えもいわれぬ色気がある。女性の感覚でいえば「かわいい」と言うしかない魅力だ。

彼の歌唱を見ていると、発声しようとするときのタメというかごくわずかな間合いがあって、そこに「がんばる」という意気込みが少しあり、ためらいと自負が垣間見えて、いまの私は、その若さに惹かれてしまう。若いころだと絶対に気がつかないポイントだ。そういう魅力をわかれって言われても、男子高校生には無理である。

そして彼らの楽曲はやはり美しい。耳に残る。あまり真剣に聞かなかったくせに、だいたいのヒット曲は覚えている、やはり彼らの楽曲が強く刺さってくるものだからだろう。

中学・高校の友人で、音楽をよく聞いていて、いつもギターばっかり弾いていた友人に、あらためてクイーンのことを聞くと、やはり高校時代はきれいに無視していたと答えてくれた。

彼は少しあと、おそらく1980年代だとおもわれるが、クイーンのベストアルバムを買い、それをクルマの中で流していたところ、同乗していた彼の母に「あなたのいつも聞いている音楽はよくわからないけど、この音楽は素敵ね」と言われたそうである(いつも聞く音楽はおそらくローリングストーンズやフランク・ザッパだったのではないかとおもう)。

おそらくこれがクイーンに対する正しい評価なのだ。

ただうるさく叫び続ける音楽ではなく、大人の耳にもきちんと届く音を彼らは作っていた。だから、これほど無視しているぼくたちにもその音楽はきちんと刻まれている。

そのことに、2018年になるまで気づいてなかった。映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見るまで、きちんと正面から向き合ってクイーンを聞いたことがなかったからだ。

自分でレコードを買ったことも友人から借りたこともなく、レンタルレコード店でレンタルしたこともなく、カセットに落としたこともなければ、CDもMDも持っておらず、DVDを借りたこともなかった。自分から初めてクイーンの音楽を探して聞いたのは、先だって映画を見たあと、ユーチューブでだった(ユーチューブは偉大である)。

1970年代から1980年代にかけて、ぼくも何とか生きていたころ、彼らも彼らなりに懸命に音楽を作り、提供していた。そしてそれはいつもどこかでクロスしていたのだ。それに気づいた。クイーンとぼくらは、一緒に生きていたのだ。

映画を見たあとには、クイーンの曲がすべて胸に迫ってくる。そこには懸命に生きていた若者の声がある。いまここに、彼らの存在とあの時代が強くよみがえってくる。

あまりに単純な反応で申し訳ないが、しかたがない。映画が素晴らしいということであり、クイーンの楽曲の力があまりにも突き抜けているということなのだろう。

映画のクライマックスは1985年のライブエイドで、これも当時の空気をおもいだした。日本での中継は、とにかくコマーシャルが多かったことばかり覚えている。ボブ・ディランを見たくて録画していたのだが、全体の印象としては(中途半端な中継だったこともあって)かなり散漫なものだった。もう一度見返したいとはおもわなかった。映画を見て、33年前のビデオテープを探している。どっかにあるとおもう。

2018年に映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見たとたんに、かつての音楽的な記憶が一挙につながって、よみがえってきた。クイーンだけに限らず、あのころ聞いていた音楽とそれにまつわる風景がリアルにおもいだされたのだ。不思議な映画体験である。

映画に触発され、自分のなかにあったクイーン音楽の欠片がすべて掻き集められ、ばらばらだった1970年代の記憶がまとまっていく体験だ。自分の内側で、勝手に物語の生成されていくようであった。異様に興奮した。

二度目に『ボヘミアン・ラプソディ』を見に行ったときには、クイーンをまったく知らない21歳の男子学生と行ったのだけれど、彼も深く感銘を受けていた。それぞれの音楽記憶とは関係なく、強く訴えてくる映画のようだ。フレディと家族の姿を見ているだけで、胸に迫ってくる。ママーという叫びがずっと頭の中で鳴り続けている。

(引用終わり)

結局、映画とあまり関係ない話ですみません。

相田英男 拝



[58]「1987、ある闘いの真実」を観て
投稿者:森本達樹
投稿日:2018-10-30 21:15:38

会員番号8177番の、森本達樹です。

重掲[2361]で、ピンクの龍さま、が紹介されている「1987、ある闘いの真実」を観た、私の思うところを投稿させていただきます。

この映画は、ハッピーエンドでない。全斗煥(チョン・ドファン)大統領の、国民向けの声明を「永久独裁宣言だ!」と、憤って終わる。

ついでに言うと、ヒロインの女子大生が、街宣車に仁王立ちし、大統領の直接選挙制が実現するまで、まだまだ闘いが続く、と、暗示している。

実際に、大統領の直接選挙制が復活したのは、全斗煥の次の、第十三代大統領の盧泰愚(ノ・テウ)の時だ。

とにもかくにも、この映画の、最大のキーパーソンは、公安(?)の、パク所長だ。

彼は、脱北者で、北朝鮮で家族を殺された、という、設定である。

脱北者で、韓国の公務員の要職に就いたり、幹部になれた者がいたのだろうか?

本当にいたのなら、きっと、背後に大きな組織がついている。

世界反共同盟(WACL)のメンバーであるのは、もちろんだが、旧称 統一教会の幹部なのだろう。

1980年代は、統一教会の活動の様子が、日本でもTVを通じて騒がれていた頃でもある。

統一教会とは 1/2
https://www.youtube.com/watch?v=q710za-HEwo

統一教会とは 2/2
https://www.youtube.com/watch?v=nhw-kTyjN8M

統一教会は、ソ連が崩壊して、北朝鮮が存続の危機に瀕した時に、文鮮明(ムン・サンミョン)が訪朝して、金日成と義兄弟の契りを交わすまでは、世界でも指折りの反共組織であった。今でもそうらしいが、現在、共産主義国家は存在しているのだろうか?

映画では、デモ隊は、デモクラシーを渇望し、不審死した大学生の真相を公表するよう要求しているように描かれている。

しかし、パク所長は、反政府分子を、共産主義者とレッテル貼りをして、弾圧を加え続ける。

その、パク所長の思想も分からなくはない。思想を弾圧するにも思想が必要だからだ。

こと、最近の、韓国のデモ隊は、親北勢力だと思われる。

彼らは、反日勢力でもあるだろう。

呉 善花(オ・ソンファ)女史の言うところの、韓国人のイデオロギー「親北=反日=民族主義」である。

1980年代から、デモ隊は、北朝鮮シンパだったのだろうか?

資金の出処は、どこだろうか?

そのような事を、考えさせられた映画であった。

一度見ただけでは、味わい深さが分からない。

もう少し、朝鮮半島の事がわかれば、その映画で新たな発見もできるだろうが、そうするつもりは無い。

ただ、韓国の民主化までのプロセスが、良くまとめられている動画を見つけたので、そのURLを貼らせていただいて終わります。

韓国民主化運動歴史
https://www.youtube.com/watch?v=eVd6XJlNnw8









[57]あまりにレトロな日英最強バンド対決
投稿者:相田英男
投稿日:2018-06-28 22:27:35

相田英男です。
掟破りの投稿ですが、何卒ご容赦下さい。

副島系掲示板は、自分が真剣に向き合った内容について書くべきと思ってます。
今回の内容は、かなり真剣に考えました。

ロックの固有名詞が頻出しますが、いちいち解説すると、文章量が3倍くらいに増えそうなので、わからない用語は、ウィキペディアでとりあえず御参照下さい。機会があればアルバムを聴かれて、こんな世界があるのか、と体験されるのも良いかと思います。ただし、万人受けする音楽ではない事だけ、ご承知下さい。

*********************************
題目:あまりにレトロな日英最強バンド対決
⒈ 伝説の邦楽ロックバンド、その名はジャックス

(相田)よう、今度もすまないねえ。

ー別にいいですけど、ここ掲示板が違いやしませんか?

(相田)いいんだよ。今回は技術じゃなくて音楽の話だから。毎日、仕事に行く途中で、i−Pod でロックをいつも聴いてるんだ。それで、最近あっと気付くことがあってさ。どうしても話したいんだけど・・・

ー相田さんはガラケー持ちだから、スマホじゃなくて未だにi−Podなんですね。そもそもここは、音楽掲示板ですらないんですけど。

(相田)前のグレッグ・レイクの投稿では、今回限りとか言ったけどやっぱりさ・・・

ーしょうがないですね。それで話したいロックのネタは何なんですか?

(相田)ジャックス、って知っているか?

ー ・・・・・・・

(相田)絶句してるけど、どうやら知ってそうだな。

ーまた、よりによって・・・。山下達郎でも、桑田佳祐でも、忌野清志郎でもなく、ジャックスですか?

(相田)あの早川義男が、ボーカルで歌ってたジャックスだよ。

ーでもジャックスの活動期間て、1967年から68年ですよ。相田さんの年代で、ジャックスなんか知る訳ないでしょう?

(相田)俺が産まれて物心つく頃には、もう解散してたバンドだからな。でも出したアルバムも、たったの2枚だけだから、すぐに聴き終わるし、話もしやすいんだよな。

ー・・・それで、なんで今頃ジャックスなんか持ち出すんです?

(相田)音楽評論家で、松村雄策(まつむらゆうさく)さんているだろう?ビートルズのファンで、渋谷陽一と雑誌(ロッキングオン)で長年対談してた人でさ。

ー僕等の対談もあれのパクリですからね。あちらは二人で、こっちは一人でやってますが。

(相田)その松村さんがエッセイで、ジャックスについて書いてたのを、大学時代に読んだんだ。そこで松村さんは「ジャックスは、オリジナリティーに溢れた、日本のロックバンドの草分けだ。特に早川義男の歌がすごい」と書いていた。それを読んでずっと気になったんだ。

それから数年後に、廃盤になってたアルバム「ジャックスの世界(1968年)」、「ジャックスの奇跡(1969年)」の2枚が、CDで再発されたんだ。で、早速俺はCDを買って聞いたんだよ。会社の独身寮で、音楽好きな同期入社の友達と二人でさ。

ーで、どうだったんです?

(相田)どうしたもこうしたも、最初の一曲目に流れてきたのが、あの「マリアンヌ」だろ。想像を超えた異様な歌と伴奏が、あまりに衝撃的でさ。寮の狭い部屋で、友達と二人で顔を見合わせながら、「ちょっと、これ、すごすぎるよな」と、呆れたことを思い出すよ。それ以来、二度と聴くことは無かった。早川の怨念の世界に引きずり込まれそうで、正直怖かった。

俺も買ったアルバムを、中身がしょうもないから聴かない事は何度かあった。けど、恐怖を感じて聴くのをやめたのは、ジャックスだけだったよ。

ー「ジャックスの世界」を最初に聞いて、衝撃を受ける人って、多いみたいですね。ハマる人と、二度と聞かない人と、パターンが別れるみたいですけど。

(相田)俺の場合は後者だな。「こんなの勘弁してよ」て、流石に思った。それで、そのまま20年以上経ったんだけど、この間ネットで「ジャックスの世界」のレビューを偶然見かけたんだ。「時代を超えた傑作だ」とか、そこには書かれていた。「やっぱりそうなのかな?」と、俺も思い直したんだ。

それで、しまっていた棚の奥から、CDを2枚引っ張り出して、聞いてみたんだよ。20何年ぶりに、清水の舞台から飛び降りる気持ちでさ。

ー今度も、やっぱりオカルトの世界でしたか?

(相田)それが、思っていたよりも、聴きやすい曲ばかりだったよ。早川の怨念に満ちた歌の迫力は、やっぱり凄まじい。だけど、楽器の演奏がとても上手いと思った。以前は、早川の声に圧倒されて、伴奏の良さに気付かなかったんだ。

50年前のアルバムだから、演奏技術は今のバンドの方が格段に上だよ。でもジャックスは、楽器の出す音が上品で、とても気が利いた演奏だと思った。特に、木田高介(きだたかすけ)のドラムは上手いよな。

それに楽器が、きちんとした旋律に従う演奏じゃなくて、アドリブ(即興)をかなり入れてるんだ。早川の歌は迫力は抜群だけど、旋律があるような無いような、ヘタウマ系の歌だろう?そのヘタウマの早川の歌を引き立てるのに、アドリブの伴奏がすごく機能していると感じた。演奏も歌も不安定だけど、全ての曲がバランスの取れた上品な音楽に仕上がっている。あの早川の歌の伴奏で、アドリブ演奏でここまで曲をまとめるのは、演奏者が相当に上手くないと出来ないと、俺は思う。

ーへえ、今度はベタぼめなんですね。

⒉ キング・クリムゾン ー 最強のアドリブ集団

(相田)それで気がついたのは、俺がよく知っている、有名な洋楽バンドの演奏に、ジャックスは似ているんだよな。

ー当時流行っていた、サイケデリック系のバンドの先駆けだって、よく言われるみたいですね。ベルベット・アンダーグラウンドやドアーズとかの。

(相田)俺はベルベットもルー・リードも聞いたこと無いんで、よくわからないんだ。情け無いけど。ドアーズも曲は聴いてない。バル・キルマーが主役してた映画(1991年)をテレビで観ただけだよ。映画はとても良かった。オリバー・ストーン監督だったよな。

ーメグ・ライアンのヌードが見れますからね。

(相田)そっちの話じゃ無いよ。それで、サイケデリックバンドとは、ちょっと違う有名なバンドに、ジャックスは近いと俺は思った。それはズバリ、英国がビートルズ、レッド・ツェッペリンと並び誇るバンドの、キング・クリムゾンだ。

ーえええ〜〜〜?あの、プログレッシブ・ロックの頂点に君臨する、キング・クリムゾンですか?そもそも、グレッグ・レイクと早川の歌って、全然似てないでしょう?

(相田)そりゃあたりまえだ。グレッグ・レイクと早川じゃ、歌の上手さは月とスッポンだ。でも、クリムゾンのスタジオアルバム(全部で7枚、ここでは1970年代前半まで)の中で、グレッグ・レイクが歌っていたのは、最初の2枚だけだ。仕方ないから3枚目からは、リーダーのロバート・フリップ(ギタリスト)が、ベースを弾く奴に取り敢えず歌わせて、しのぐ。けどそのベースも、アルバム毎にコロコロ変わるから、歌唱力には最早こだわらなくなるんだよな。後半のクリムゾンは。当時の日本で知られていた、メジャーな洋楽バンドで、一番歌がヘタなのが後期のクリムゾンじゃないか?あ、ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズの、歌のヘタさもいい勝負かもしれない。

その代わりに3枚目からのクリムゾンは、純粋に楽器の演奏力で勝負する。それも普通に弾かないで、楽器間のアドリブ合戦の様相を呈するようになる。俺がジャックスと似ていると思うのは、こっちの方のクリムゾンだ。グレッグ・レイクが抜けた後の。

ークリムゾンといえば、何と言っても、ファーストアルバム(クリムゾン・キングの宮殿、1969年)が大傑作として、あまりに有名ですよね。華麗なストリングス (本当はメロトロンというテープ装置)を使った、クラッシックの様式美で完成されたイメージがあります。この間亡くなった西城秀樹が、ライブで歌っていたとかで話題になった「エピタフ」も入ってます。

(相田)俺が中学生の頃に、テレビで西城秀樹のツアー特集をやってて、「ヤングマン」なんかと一緒に、「コンフュージョン ウィル ビイ マイ エピタフ」て歌ってるのを、見た記憶がある。「こんなのやるんだ」と感心したのを覚えてるな。

まあ、クリムゾンを聴く人間が100人いたとすると、ファーストアルバムしか聞かないのが、およそ90人だよな。その次のセカンドアルバム「ポセイドンのめざめ(1970年)」まで聴くのが、あと8人、残りの3枚目以降のアルバムまで聴くのは、100人のうちの2人くらいじゃないか?後半の方が、本当のクリムゾンなんだけどさ。

かくいう俺も20代までは、クリムゾンはファーストアルバムしか、ちゃんと聴いた事なかった。クリムゾンのラストアルバムは「レッド(1974年)」だ。評論家の渋谷陽一が、昔ロッキング・オンで「レッド」を、「親の薬代を削ってでも買って聴くべき、傑作アルバムだ」と、書いてたんだ。高校生だった純朴な俺は、渋谷の話を真に受けて、「レッド」のLPレコードをわざわざ買って、家で聴いた。貧乏高校生で金も無いのにさ。そしたら、単調な演奏が延々と45分間続くだけの、全然盛り上がらない内容で、がっくし来た記憶がある。せっかく買ったから、我慢して何回かは聴いた。けども、お経を聴いてるような気分から、どうしても抜け出せなかった。そのまま実家にレコードを置きっ放しにしてたら、どっかに行っちゃった。

「ファーストアルバムは凄いけど、後期のクリムゾンって、クソしょーもないバンドだな」としか、当時の俺には思えなかった。歌もヘタだったし。それでも30歳を過ぎてから、CDで「レッド」を聞き直すと、「ああ、そうか」と、良さがわかって来たよ。後期のクリムゾンの良さは、わかりやすい旋律や強烈なリフレインじゃないんだ。楽器のアドリブの細かな音の掛け合いと、重なりの変化を地味に楽しむんだよな。俺も20代になって、ジェフ・ベック(ギタリスト)の「ブロウ・バイ・ブロウ(1975年)」とかの、歌のない、楽器だけのアルバムを聴くようになったから、わかったと思う。

やっぱり「親の薬代を削ってでも聴け」と言った、渋谷陽一は偉かったと、後から思ったよ。中学生にELPの「展覧会の絵」は聴けても、高校生が「レッド」を聴くのは、さすが無理があったな。

⒊ 木田高介 ー 神業のマルチタスク

ーそれでジャックスに話を戻しますが、そんなにクリムゾンと似てますか?

(相田)アマゾンの「ジャックスの世界」のレビューにも、「演奏がクリムゾンを思わせる」という指摘があったから、俺だけの思い込みじゃないと思う。まずは、どっちのバンドもドラムが上手い。マイケル・ジャイルズ、イアン・ウォーレス、ビル・ブラフォードと、太鼓の達人が続くクリムゾンは別格だけど、音のセンスの良さなら、木田高介も引けを取らないレベルだ。木田高介は、東京芸大の打楽器課を卒業してるんだよな。そりゃ上手い筈だわ。

ーでもドラムが上手いのは、プロだから当たり前ではないかと思いますが?

(相田)その木田高介だけど、ドラムだけじゃなくで、フルートやサックスとかの管楽器や、ビブラフォンなんかの鍵盤楽器も弾くんだ。2枚目の「ジャックスの奇跡」になると、木田はドラムを後から入った角田(つのだ)ひろに任せて、自分は管楽器と鍵盤楽器だけの専門になる。この木田の管楽器がまた上手い。この時の木田は、何とまだ10代だった。メンバー全員が未成年の、才気溢れる若者達だったんだな。

早川義男の歌は、旋律らしきものがほとんどない、情念だけの唱法だろう?ある意味、詩の朗読というか、よく言えばボブ・ディラン的な、単調な歌い方だよな。日本人なら中島みゆき系か?その単調な早川の歌に、木田の管楽器やビブラフォンが華やかさを加えるんだ。それも単純なリフレインの繰り返しじゃなくで、木田はアドリブで音をコロコロ変える。そのアドリブが、すごくセンスがいい。バンドの音に木田のアドリブが、深みを与えてるんだ。

一歩間違えると、中島みゆきのダサイ世界に落ちそうな早川の歌が、オシャレで洗練されて聴こえるのは、木田のアドリブ演奏とアレンジの見事さだと思う。

それでクリムゾンの方も、専門の管楽器奏者が、いつもメンバーにいたじゃないか?

ーああ、そうですね。イアン・マクドナルドとメル・コリンズが、サックスとかフルートとかやってましたね。バイオリンしか弾かないデビッド・クロスもいましたよね。

(相田)バイオリンしか弾かないレギュラーメンバーがいるロックバンドなんて、前代未聞だよな。彼等の、ロックでは普通使わない、特殊楽器を演奏するプレーヤーを入れるのが、クリムゾンのスタイルだ。特殊楽器のアドリブを入れて、演奏の深みを増すんだよ。クリムゾンは最初からそうだった。そうすると、ジャックスでの木田高介の役割は、イアン・マクドナルドやメル・コリンズと同じなんだと、俺は思う訳よ。

早川義男の強烈な歌に最初はビビらされるけど、よくよく聴くと、ジャックスのスタイルは、キング・クリムゾンの演奏と同じなんだ。しかも、クリムゾンのデビューは、ジャックスが解散した1969年だからな。クリムゾンの前に、同じスタイルのバンドが日本にいたんだ、と思うと感慨深くてな。別にクリムゾンが、ジャックスの真似した訳じゃないだろうけどさ。

ー確かに、「堕天使ロック」の後半にある木田のサックスを聴くと、「アイランズ」(クリムゾンの4枚目のアルバム、1971年)でメル・コリンズが吹くサックスに、似ている気がします。

⒋ 変な邦題はさっさと直せ

(相田)そうすると「マリアンヌ」の異様な演奏も、クリムゾンのファーストアルバムの、「21世紀の精神異常者」みたいなもんかな、とか、今になって思えるんだよな。

ーもう今は「21世紀の精神異常者」って、書いたらダメなんですよ。「21世紀のスキッツォイド・マン」て言うんだそうです。怒られちゃいますよ、相田さん。

(相田)一体なんで、そんなツマラン事を気にして、あの名曲の邦題を変えるんだ?何が「スキッツォイド・マン」だよ。精神異常者を精神異常者だと、はっきり書いてどこが問題なんだ?

そんなの考える前に、アルバムの邦題の方を何とかしろよ。何が「ポセイドンのめざめ」だよ。wake を「目が覚めた」とか訳しやがって。本当の意味は「航跡」だから、「ポセイドンの航跡」が正解なんだろう?

5枚目の「太陽と戦慄(1973年)」も、さっさと変えるべきだ。英題直訳の「ひばりの舌」の語感が悪いなら、そのままカタカナの「ラークス タングス」で、いいじゃないか。ジャケットの絵が太陽だからとはいえ、いくらなんでも「太陽と戦慄」という、英題と全く違う名前はやめろ。クリムゾンのリーダーのロバート・フリップが来日した時に、渋谷陽一のライバルだった評論家の今野雄二(こんのゆうじ)が、邦題の意味をフリップに告げ口した。そしたらフリップが、呆れて絶句したらしいじゃないか。全く恥ずかしいぜ。

ーその次のアルバムの「暗黒の世界(1974年)」も、凄い邦題ですよね。英題は「スターレス アンド バイブル ブラック」ですけどね。

(相田)「暗黒の世界」て、またおどろおどろしい語感だよな。まるで、早川義男が10人集まって、アカペラで歌うような内容を想像するな。でも意外に、キャッチーで聴きやすい曲が多いんだよな。曲の構成もクリムゾンにしてはゆるいし。後期のクリムゾンでは俺は、この「暗黒の世界」が一番好きだな。「太陽と戦慄」と「レッド」の方が完成度は高いけど、この2枚は何回も聴くと疲れるからな。

こっちもせめて英題を直訳した、「星無き聖書の闇」とか、気の利いた邦題に、早く変えて欲しいぜ。「暗黒の世界」はあんまりだ。悲しいけど、クリムゾンのアルバムの邦題は、ほとんどが外れだ。

ー僕は、ピンク・フロイドのリーダーだった、ロジャー・ウォーターズのソロアルバムの「死滅遊戯(1992年)」の邦題を変えて欲しいです。英題ままの「アミューズド トゥ デス」でいいじゃないですか。せっかくジェフ・ベックがギターを弾く、カッコいい曲も入ってるのに、あの邦題だと・・・

(相田)ロジャー・ウォーターズが、黄色のボディスーツを着て、ヌンチャクを振り回す姿が目に浮かぶよな。「ロジャーの長いアゴに、ヌンチャクが当たると痛いだろうな」とか想像すると、曲に入り込めないよ。「曲の途中で、ボーカルが「アチョー」とか叫んだら、どうしよう」とか、気になって仕方ないぜ。俺たちはあの映画を、水野晴郎の水曜ロードショーで繰り返し見てるから、黄色のスーツが一生目に焼き付いてるもんな。映画を知らない若い世代の人達は、関係ないだろうけど。

⒌ 最強の邦楽ロックバンドはこう作れ

ーで、話が長くなりましたが、結局何言いたいんですか、相田さん?

(相田)要するに、今回ジャックスを聴いて改めて感じたのは、日本語でロックを歌う可能性だよ。

ジョン・レノンが撃たれる少し前から、洋楽ロックにハマった俺には、日本人がまともなロックをやれるなんて、不可能としか思えなかった。だって、郷ひろみや西城秀樹とか、ジャニーズならあの頃はフォーリーブスか、彼等アイドルがテレビで歌う海の向こうで、レッド・ツェッペリンやら、ディープ・パープルやら、ELPが演奏してるんだぜ。こっちでかかる曲は天地真理(あまちまり)で、向こうはピンク・フロイドの「原子心母(1970年)」とかさ。あの頃の、70年代の英米と日本のロック、ポップスのレベルの、彼岸の差は、どうしようもないと思えた。

今、邦楽ポップスをやってる若い音楽家達は、洋楽より自分達の曲が劣っているとか、あまり思わないだろう。邦楽のレベルが上がったんじゃなくて、洋楽のレベルが前より下がったんだけど。

それでも、邦楽の歌手達が歌う詞は、今でも俺には意味がさっぱりわからない。日本語の歌詞なんだから、ちゃんと意味があるんだろうと思う。でも、個々の単語は聞き取れても、全体の詞の内容が全く頭に入らない。

俺が単に、流行りの歌について行けないだけかもしれない。けど、昔の忌野清志郎の歌詞は非常によくわかるよな。「雨上がりの夜空に」とか「ボスしけてるぜ」とかさ。あまりに歌詞がわかりやすかったせいで、原発反対ソングが社会問題にまでなっちゃったけど。

その清志郎が、以前にタイマーズで「今の連中は、英語だかなんだか、さっぱり意味がわからない曲ばっかり歌いやがる」と訴えたことがある。今でも状況は全く変わらない。誰も変えようとしないんだよな。

ーあれは、自分じゃなくでゼリーという別人だと、清志郎が言ってましたよ。

(相田)清志郎によく似たやつが、タイマーズで歌ってるんだよな。

それはともかく、日本人がロックを歌うなら、日本語のわかりやすい言葉でメッセージを発するべきだと、俺はずっと思う訳よ。歌詞の内容に意味が無いなら、所詮は洋楽の劣化コピーにしか過ぎないじゃん。

しかし、俺も今になって気付いたのが情けないけど、日本語でロックを歌うバンドの、理想の一つと思える形が、実は50年前に既に存在してたんだ。早川義男という、清志郎を上回る情念とメッセージを発する歌い手と、一人でキング・クリムゾンをやってしまう木田高介の音楽センスが併さった、ジャックスというバンドが。

清志郎の唱法は、黒人歌手の歌い方を日本語に置き換えたもので、リズミカルで軽快だ。対して早川の歌は、東アジア土着系の、どす黒い、重い情念に満ちている。演歌系と言ってもいい。どちらかというと早川の方が、日本人には訴える力が強いと思う。その早川の強烈な情念を、高度なセンスの演奏で美しい曲にまとめるのが、ジャックスだ。彼等が伝説のバンドといわれる理由も、わかるよ。

清志郎以降の歌い手で、歌に力があると俺が思えるのは、ブルーハーツの甲本ヒロトくらいだよな。ただ、ブルーハーツは演奏があまりに単調すぎる。「トレイン・トレイン」が入ったアルバムは、最初の何回かは楽しく聴けるけど、回数を重ねると飽きるのが早いんだよな。甲本のバックの演奏が、ジャックスくらい気が利いていたら、曲の深みが全然違うだろうけどな。

だから話は簡単で、まずは、強烈な日本語のメッセージを歌えるボーカルを見つけることだ。清志郎みたいに作曲は別に出来なくてもいい。早川は作詞さえも、他の女性にやってもらってたらしいから。次に、音大出てるけど、イマイチ芽が出ずにくすぶってる、腕の立つ演奏者達を集めて、バックに付ける。そして、歌に併せてアドリブで演奏をやらせれば、凄いバンドになるんだ。このわかりやすい(!!!)方法論を提示したのが、ジャックスの偉大な功績だよ。

今だったら、例えば椎名林檎の歌い方を過激にさせて、バックにジャズミュージシャンのアドリブを入れたら、面白くなりそうな気がするな。彼女は、ジャックスを相当聴いてるだろうし。当然だけど。

ー・・・・なんか最後の方は、話がだんだんテキトーなりましたね。でも、音楽性は高度かもしれないけど、そんなバンド、果たして売れますかね?相田さんみたいな偏屈なリスナーしか、レコード買いませんよ。今は配信だっけか?

(相田)確かにそれは大問題だ・・・・・。どんなに屁理屈をこねた処で、ポップスは売れなきゃおしまいだからな。ジャックスがアルバム2枚で解散したのも、全く売れなかったからだもんな。レコードの枚数自体が少ないから、凄いプレミアがついたんだよな、ジャックスは。

ーあと、あんまり尖った奴ばかりバンドに集めても、仲悪くなるんじゃないですか?人間関係最悪で、すぐに解散しそうですけど。

(相田)だからクリムゾンは、アルバム一枚作る度に、フリップ以外のメンバーを総取っ替えしてたんだろう?「レッド」になると、フリップも流石に疲れてきて、一回クリムゾンを解散しちゃうけど。まあいいじゃん。いまのバンドみたいに、女性タレントと不倫して話題になるより、真面目に音楽やって歴史に名が残れば。花の命は短くとも、さ。

ー・・・・最後にまだ何か言うことあります?

(相田)ロックを聴く奴はリベラル系の左翼と相場が決まってるけど、「右の方にも真面目に音楽を聴くのが居るぜ」、てのを言いたかったのかな、俺は結局は。

ーそれなら前に、黛敏朗(まゆずみとしろう)さんという、偉大な右翼の音楽家がいらっしゃったじゃないですか。

(相田)いいや、あいつと一緒に扱われるのは、やっぱり俺は嫌だな。

ー向こうも墓の下で、同じように思ってますよ。

相田英男 拝



[55]日本最大のスクリーン静かに消える。
投稿者:5980
投稿日:2018-01-12 18:15:59

第一章 映画館の終わりの終わり

ひっそりと、日本最大のIMAX(70mmフィルム上映が、できる)スクリーン映画館(スペースワールド・ギャラクシーシアター)が、終わりを迎えた。
第二章 映画館の終わりの始まり

シドニーIMAXシアター 2019年
https://www.imax.com.au/ 

東池袋一丁目シネマコンプレックスプロジェクト2019年

IMAXシアターが、続々開館するとなると。映画館に行かずには折れないのではなかろうか。
最終章 
70mmフィルムを上映(商用上映)する 日本の映画館は、できないと思う。タダでさえ日本のシネコンは、2K(ブルーレー画質)だからまず無い。最低でも4K(35mmフィルム画質)にしてほしい。コダック復活か?

Changes at IMAX Melbourne and the re-installation of the IMAX 1570 GT projector
https://www.youtube.com/watch?v=3uYhUOUHVfQ



[53]ELP
投稿者:7721 中西
投稿日:2016-12-24 10:15:20

シン・ゴジラに続いてのレスです。相田さんとは趣味が合うみたいです。

そうですか、グレッグ・レイクもキース・エマーソンも死んだんですか。僕も大ファンだった
んで残念です。
僕は、高2まではビートルズ聞いてましたけど、高3~浪人の時はELPばっかり聞いてましたね。
ELPのLPは全部持ってます。後年、電化マイルスの方をよく聞くようになったけど、圧倒的に
よく聞いたのは、ELPでしたね。
展覧会の絵は、当時NHKでも放送されて格好良かった、3人とも。やっぱ僕はキースが一番好き
だったけど。

渋谷陽一さんも、今はそんなことやってるんですね。まあ今では化石のような活動っぽいです
が、彼も知的でちょっとすねてて格好良かったなあ。

※相田さん、本業の原発論文、非常に面白いです。いつも良く読んでます。特に、12月17日の
 重掲の書き込みはすばらしかったと思います。是非続編をお願いいたします。



[52]グレッグ・レイクの死と私の青春の終わり
投稿者:相田英夫
投稿日:2016-12-11 17:55:50

相田です。以下は映画の話では無いのですが、サブカル投稿のついでに今回に限り御容赦ください。

+++++++++++++++++++++++++++

グレッグ・レイクが死んだ。エマーソン・レイク&パーマー(ELP)というロックバンドが昔のイギリスにあり、そこでボーカルとベースをやってた人だ。音楽に興味がない方にはどうでも良いことだが、ELPは日本でも人気が高かった。72年位に当時の洋楽雑誌の代表だったミュージック・ライフの年間人気投票で、レッド・ツェッペリンを抑えて1位になったこともある。

ELPというバンドは、キーボード、ベース、ドラムの3人で、メイン楽器のギターがいないという変則的な編成だ。何でギターが無くてロックがやれるかというと、キーボードプレーヤーが、ロック史上No.1のテクニックを持つキース・エマーソンだからだ。彼は指が速いだけでは無く、オルガンの音を意図的に歪ませて「バリバリ」と弾くことで、エレキギターのリフよりも荒々しく分厚い音を鳴らしていた。

キースの凄さは音だけではなく、演奏中にオルガンを倒したり、上に乗ったり 、ナイフで刺して鍵盤を壊したりするという、過激なパフォーマンスも有名だった。ジミヘンやリッチー・ブラックモア(古い!!)がギターを壊すように、ステージでキーボードをバラバラにするのだ。エンターテイメントに徹する処もELPの魅力だった。

シンセサイザーを全面的に使い始めたのもキースだ。開発当初のシンセサイザーは、一つの部屋を丸々占領する馬鹿でかい実験装置だった。そのシンセサイザーをライブで使い始めたキースが、音を安定して出せるようにできないかと、発明者のムーグ博士に相談した処、シンセをステージで使うことなどあり得ないと、最初は相手にされなかったらしい。しかし、ELPのライブでキースの凄まじい演奏を見て感動したムーグ博士は、彼の全面的なアドバイザーとなり、シンセの能力が大きく向上したそうである。

ELPでのキースの狂気のキーボード・プレイに対して、優しく穏やかで、しかし力強い響きでバランスを取ったのが、グレッグ・レイクのボーカルだった。グレッグ・レイクはものすごく歌がうまい。彼の歌の上手さは、エルトン・ジョンと同等かそれ以上だと思う。グレッグは超名作として知られる、キング・クリムゾンのファースト・アルバムでもリード・ ボーカルを務めている。次の2枚目のアルバムの製作途中で、グレッグはクリムゾンを脱退してELPに加入するのだが、代わりのボーカルとして当時は無名のエルトン・ジョンが、候補に挙げられていたという。エルトン・ジョンがグレッグの代役だったのだ。凄い話である。

私が中学生の時に、最初に自分でお金を出して買ったレコード(LP)は、ELPの「展覧会の絵」だった。かのクラッシックの名組曲から数曲を選んで、間をアドリブ演奏で埋める単純な構成だが 、内容は凄まじい。何とライブ演奏であって、レコード化する際には後から音を全く加えていないという。

今、聴き返してみると「キエフの大門」でのグレッグの歌が凄い。あの有名すぎる旋律に歌詞を付けて歌うのだが、原曲の格調の高さにグレッグの歌は全く負けていない。何という歌声だろうか。比べて悪いが平原綾香の「ジュピター」とは、レベルの差が月とスッポンである。

私が買った時のLPレコードの値段は2500円で、中学生には結構な大金だったが、迷いは無かった。ちなみに私の家にはステレオセットが無く、姉が友達からダビングして来た、90分カセットテープの「展覧会の絵」を繰り返して聞くうちに、どうしてもレコードが欲しくなったのだ。(ちなみに裏面にダビングしていたのは、ピンク・フロイドの「狂気」だった)それで私は、買ってきたLPレコードのジャケットを眺めながら、カセットテープの録音を聴いて悦に耽っていたのだった。思い返せばアホであるが、それでも楽しかった。昔のLPレコードはジャケットも味があるんだよね。親に頼みこんで安いステレオセットを買ってもらったのは、1年以上後だった。

私の友達が、当時の最新のパイオニア製のステレオセット(私のやつの2倍以上高価なヤツ)を買っていたので、何回か「展覧会の絵」のLPを持って行ったことがある。ジャケットが綺麗なので、最初は期待した友達だったが、かかった演奏は暗く妖しい内容だったので、聴いた後は落ち込んでいた。もう持って来るなと友達に言われたものの、しつこく何回か持って行ったと思う。3年くらい経った後でその友達から、「実は自分でも 展覧会の絵 を買ってしまった」と聞いた時には笑ってしまった。何回か聴かされるうちに、友達もはまったのだった。

ちなみに、私の洋楽ロックの聴き方は、評論家の渋谷陽一の影響を強く受けている。私は今でも渋谷陽一のファンである。「ロックとは白人が黒人音楽を批評的に分解して作った音楽だ」と、日本で広めたのが渋谷陽一の最大の功績だ。ロッキング・オンを最初に読んだ中学生の時には、何のことかよくわからなかったが、音楽を聞くうちになるほどと思うようになった。宇多田ヒカルがデビューした時に私が直感で思ったのは、「女子高生にブラックミュージックを歌わせる」というコンセプトが新しいのだ、ということだが、これに気付いたのも渋谷の影響だ。今では宇多田もオバサンになってしまったが・・・・

今回のアメリカの大統領選挙の時には、マドンナやらスプリングスティーンやらレディ・ガガなどの、ポップスターのほとんどがヒラリーを応援したにもかかわらず、軒並み討ち死にしたのは大変可笑しかった。彼らは音楽のルーツに黒人音楽を持っているため、リベラルに傾き易いのだろうか。それに対して、テイラー・スウィフトというカントリー系の美人歌手だけは、ヒラリー支持を表明せず、政治的に中立を保ったため評価が上がった、そうである。カントリーは田舎で暮らす白人達に愛される音楽なので、ヒラリーを支持できなかったのだろう。私はテイラー・スウィフトの歌を未だに聴いたことがない(!!)が、写真で見ると確かに美人である。彼女は今のアメリカの女の子達のあこがれの的らしい。

渋谷陽一は、音楽や映画雑誌の出版以外に、政治を議論する「Sight」という雑誌を出版していることを、私が知ったのは最近である。雑誌の論者をながめると、古賀茂明、内田樹、飯田哲也、宮崎駿 などの反安部政権、反原発を訴えるバリバリの左派が並んでいる。渋谷陽一の政治主張が今の私の考えとは間逆であることに 、最初は複雑な心境だったが、私の渋谷に対する見方が変わることは無かった。音楽についてはいざ知らず、政治思想の理解に関しては、渋谷よりも私の方が遥かに上を行く自負がある。前にも書いたが、「覇権アメ」「日本永久占領」「歴史の終わり」を熟読した後では、ちまたに横行する左翼論者の主張など、アホらしくて聞いてられないレベルになってしまった。渋谷は上の3冊のどれも読んだことは無いだろう。

私は忌野清志郎の大ファンでもある。渋谷の今の活動は、清志郎の思いを受け継ぐことは明らかだ。原発推進論者の私が清志郎を聞くのはおかしいのだろうか、と今でも時々自問することがある。清志郎が死んだ時には私も凄く悲しかったが、その後の3.11の騒動に巻き込まれずに済んだことは、清志郎には幸いだったろうと思う。

渋谷陽一のELPの評価は「マジメさと娯楽性を追求しする素晴らしいバンドだ」と肯定的である。今年は先にキース・エマーソンも銃で自殺していたのだった。キースの自殺を知った時には、自分は特に何も感じることは無かった。多分、実感が湧かなかったのだと思うが、グレッグの死を知った今では、流石に切ない気持ちが湧いて来るのがわかる。ああ、もうELPは存在しないのだ。残ったカール・パーマーには悪いが、太鼓だけいてもしょうがないよな、それにもう、展覧会の絵 の時のような太鼓も叩けないだろう、と思う。ストーンズのチャーリー・ワッツはあれでもいいんだろうけどさ。

グレッグ・レイクの死によって、ELPが終わったこと、そして心の中に残っていた青春の欠けらが無くなったことに、自分が気付いたのは昨日だった。

相田英夫 拝



[49]実は今日でまだ2回目…
投稿者:相田英男
投稿日:2016-10-10 21:56:11

相田です。
しつこいですがシン・ゴジラです。

今日ようやくTOHOシネマズで観直すことができました。
偉そうなことばかり書いていますが、実は今日が2回目でした。

前に重掲で書いた自分のコメントが、あれでよかったのか少し不安だったのてですが、観終わった後の感想は最初時と全く変わらず、むしろ政治的メッセージが前回より強く感じられました。

何といっても2度目の今回の方が、前半の「蒲田くん」が暴れるシーンの恐怖感が増していました。あれは別に単なる特撮シーン過ぎないのですが、記憶の中にすり込まれた3.11の状況が重なってしまうため、「所詮作り物だ」と突き放して観ることがどうしてもできないのですね。制作者達の造った映像以外の「モノ」が、画面の裏側から強烈な圧力を観る者に与えるのを感じました。普通の映画は見直す度に、印象が薄くなって行くものですが、この映画だけは繰り返すと インパクトがより強烈なります。

なんか70年代のプログレッシブ・ロックの名盤を、初めて中学時代に聴いた時の印象が、イエスの「こわれもの」や、キング・クリムゾンのファースト・アルバムや、ELPの「展覧会の絵」なんかを、繰り返して聴いた時の感じが、観終わった後で久々に思い出されました。映像の裏にいろんな「モノ」が取り憑いているんですよね、この映画。

藤森先生が「君の名は」が仕掛ける「陰謀」についてブログで書かれていますが、僕も全く同感です。あのアニメ映画は、シン・ゴジラが発する毒々しい影響を中和するために、体制側が一大キャンペーンを打っているとしか思えません。今回わかったのは、小林よしのり氏が体制側を攻める振りをしつつも、シン・ゴジラのネガティヴ・キャンペーンに加担して、毒を打ち消す側で尽力していることです。

「ゴジラに政治的メッセージを加えることなど許さん」と怒りながらも、自分はこれまでにマンガを使って、政治主張をさんざん繰り広げて来たのではないのですかね?サブカルを散々政治主張に利用しながら、他人が同じことをやるとボロクソに貶すとは、いったいどういうことか?島本和彦 みたいに「俺より面白いモノ作るんじゃネエ!」と叫ぶ方が、まだ正直で許されると思える。単に自分の作品を越えた物が出て来てしまったので、焦っているのか、はたまた体制側の別働隊で毒消しに奔走しているかのどちらかでないのか?あの人は。

ちなみに場末の映画館ではあったが、今日も3/4以上の座席が埋まってたよ。怪しげなオタクリピーターなど誰もおらず、落ち着いた大人の客ばかりに見えたけどね。私は別かもしれんが・・・

相田英男 拝



[48]元ネタはウルトラマン
投稿者:相田英男
投稿日:2016-09-26 00:16:53

相田です。
中西さん、どうもです。

さて以下は、炎上必至でしょうが、小林よしのりのシン・ゴジラ評への私の反論です。
http://yoshinori-kobayashi.com/11382/

小林よしのりの「ゴジラは神の化身であり、生物として扱うなどもっての他だ」という批判については、自分にもわからないでもない。しかし、物心ついた時に観に行った「対ガイガン」の中で、ゴジラとアンギラスが吹き出しを使って会話するという衝撃的(笑劇的)な場面を見せられた、我々アラフィフ世代には、ゴジラが神格化した存在であるなどの認識は、ハナから頭の中にはないのだ。

ゴジラに怖さがあったのは、ザ・ピーナッツが歌を披露した「モスラ対ゴジラ」までで、それ以降は間の抜けた情け無い顔付きとなり、しょうもない怪獣達とプロレスを繰り広げるだけだったではないか。平成シリーズになって以降も、沢口靖子、釈由美子、阿部寛、といった錚々たる役者達が主演するも、次々と討死にする情け無い内容だったろう。(金子修介監督のやつは見ていないが、「平成ガメラ」と同じレベルならば、これだけはまともな怪獣映画なのだろう)

そんな中で登場した「シン・ゴジラ」は、映画としてもう十分すぎるレベルの内容ではないか。これに文句をつけるならば、今迄のは一体何だ、ということになる。シン・ゴジラを海外上映しても受けないだろう、とはいうが、それならば「メカゴジラの逆襲」をグローバル展開したら(してたら)、大ヒットしたりするのかね?

オタクが集まって盛り上がってるだけに見えるかもしれない。確かに映画の中には、サービスのためのオタクネタは多々入れてあるものの(ゴジラが「イデオン」の技を使うみたいに)、一番の核心は、「属国日本がアメリカからの独立するための処方箋」について、分かり易く解説している処にあるのは、明らかではないのか?

「反米」では無くて「属国らの脱却」が本当のテーマではないのか。

「こうやれば日本がアメリカから独立できますよ」、なんて映画を外国に持ってっても、別に誰も見たくないよね。 ノンポリの日本人は絶対に見るべきであっても。

さて、ネットを見て知ったのだが、ゴジラに熱核兵器を使うという今回の展開は、この映画のオリジナルでは無くて、「帰ってきたウルトラマン」の序盤のハイライトだった、グドンとツインテールの話に由来するそうである。私はリアルタイムに近い時にあれをテレビで観ており、ストーリーを空で辿ることが出来る。

2大怪獣の挟み討ちによりウルトラマンが敗北したため、東京は壊滅的な被害を受けてしまう。怪獣を殲滅する最後の手段として、小型水爆と同じ威力を持つスパイナーと呼ばれる強力爆薬の使用が決定されるが、東京が廃墟と化すことも必然となる。MAT(怪獣攻撃隊)はスパイナー使用前に、怪獣の弱点への至近距離からの攻撃を主張し、火器を携帯したMAT隊員達がJEEPに乗って怪獣へ接近して攻撃を試みる、という話だった。

振り返るとこれは、シン・ゴジラの終盤の展開とそっくりではないか⁈ 核攻撃を指示するのが、日本政府上層部か、アメリカ(国連軍)かどうかの違いでしかない。

ウルトラマンのこの回のシナリオを書いたのは、上原正三さんという沖縄出身の脚本家だった。大平戦争で故郷を焼かれた上原氏は、その怒りと怨みをぶつけるために、ウルトラマンの中で怪獣達に東京を何度も蹂躙させた、という話を読んだことがある。

40年の時間を経ることで、戦争で故郷を焼かれた怒りが、属国からの独立を目指す決意として、受け継がれていったということだろうか?シン・ゴジラはオタクの内向きの盛り上がりだけの映画ではないよ。

相田英男 拝



[46]Re: またもやシン・ゴジラ
投稿者:7721 中西
投稿日:2016-09-24 10:24:17

皆さん
相田さん

昨日、4回目見ましたよ、シン・ゴジラ。藤森先生よりは少ないです。

なんで4回も見るのか?
尾頭さんをまた見たいからという訳ではない。(少しはあるが)

この映画、メッセージ性で見たい訳ではなく、見ると脳が凝縮されるような感覚になるんで
見たいようだ。

俳優たちがアップで次々と変わって早口でしゃべりまくる。しかもあの長い肩書の字幕付き。
あのセリフと字を同時に一生懸命頭に入れようとしている感覚が、本当に脳が凝縮されている
みたいなのだ。(副島先生の本を読んだ時にそういう感じになったことがある)
ついてこれない奴はついてこなくてよい、という潔い感じが非常に良い。

すみません、藤森先生と同じようなコメントで。


そろそろ上映している映画館も減ってきているみたいなので、見てない人は是非。



[45]またもやシン・ゴジラ
投稿者:相田英男
投稿日:2016-09-22 20:29:46

相田です。
見つけましたよ、中西さん。

コメント頂きありたいです。
TOHOシネマズでは、まだやってるんですよね、シン・ゴジラ。
ここのみなさん、あまり見てないのかな?来るものありますよね、あの映画。

石破茂や田原総一郎までコメントし出したシン・ゴジラですが、評価の内容が見た人の踏み絵みたいになってるのが可笑しいですよね。怪獣映画なのにさ(なんてね)

結局あれの一番のキモは後半部のストーリーで、危機に陥った属国日本 に対して、宗主国のアメリカ様は迷うこと無く原爆を落として、東京を焼き尽くそうとする。それに対して属国(植民地)の原住人達が、無い知恵を振り絞って自分達の国土を守ろうとする。その駆け引きと、宗主国様を出し抜く過程を寓話として描いてる処ですよね。

こんな話をよくも入れ込めたもんだと。

小林よしのりは、体制側がこの映画を政治利用してるとか批判してるけど、「どうぞ、バンバンやって下さい」だよね。心配御無用だって。ハッキシ言ってゴジラなんか別にどうでもいいんだよね、実の処は。日本がアメリカ様から自立する方法を子供達に分かり易く説明するのが、この映画の本当の狙いなんだから。自衛隊がやたらと活躍するのも、本当の狙いをゴマかすための煙幕にしかすぎない。わかっとるんかね、アホ左翼達よ。

とはいえ、監督は別に、政治的主張を狙って入れた訳じゃないんだろうなあ。映像作家としてゴジラを追求したら、結果としてこんなになっちゃったんだよね、多分。それも凄い話だけど・・・。

この映画の続編はもういいよ。次は単なるゴジラが出るだけの映画になっちゃうもん。こんな突き詰めたストーリーは、2度はないよ。

相田英男 拝






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