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[2453]副島先生は元気でした。
投稿者:某会員
投稿日:2019-10-12 20:26:38

台風19号がもの凄いので静岡県在住の副島先生に安否確認をしました。
架電したところ暴風で窓を必死で押さえていたら意外にあっさりと過ぎ去ったとのこと。
「雨にも負けず・風にも負けず」状況だったのでしょうか。
ご無事で何よりです。大変失礼しました。



[2452]ドイツ銀行が潰れる。ヨーロッパ発の金融危機が、世界に広がる。事態は、切迫している。
投稿者:副島隆彦
投稿日:2019-10-08 01:30:22

副島隆彦です。今日は、2019年10月8日です。

 緊急で書きます。私は、ハッキリ書く。この10月末に、ドイツ銀行が潰れる。破綻する。ヨーロッパに金融危機(ファイナンシャル・クライシス)が起きる。その破綻処理が、すぐに始まる。負債総額は、2兆ユーロ(230兆円)ぐらいのようだ。

 私は、ヨーロッパから、この情報を9月30日にもらった。ヨーロッパ最大の銀行である名門のドイツ銀行が、潰れると、世界の金融・経済が、一気に、急激にかなり切迫した事態になる。

 EU閣僚たちの切迫した、秘密の会合が開かれている。IMFと世界銀行による、緊急の支援体制も、もう作られた。アメリカのトランプ政権は、「アメリカは、カネを出さない」と言い切った。 マリオ・ドラギECB総裁は、先日、辞任を表明して逃げる準備に入った。11月1日から、クリスティーヌ・ラガルド世界銀行総裁が、ECB総裁に鞍替えする。

 来る10月20日、すなわち、再来週の日曜日に、東京のイイノホールで私の金融セミナーがあります。この金融セミナーでは、緊急で、このことも話す。私の金融経済についての予言に注目してくれる人は集まってください。詳細は、以下に載せる。

 あまり書き過ぎるといけないので、これぐらいにしておくが、「日本は貯蓄率が高い、信用がある」ので、ヨーロッパと中東(ミドル・イースト)から、一斉に、日本国債に資金が逃げてくる。激しい、円買いが起きる。ということは、1ドル=100円をすぐに割って、90円、80円と落ちていく。大きな急激な変動が起きる。

 その証拠のひとつは、日本は、2011年「3.11」の大地震、大津波、福島第1原発の放射能漏れの爆発事故のあとだった。それなのに、そのわずか半年後の10月末(10月30日)に、超(ちょう)円高のⅠドル=75円が出現した。世界から円買い、日本国債買いが、殺到した。そのあとも、80円ぐらいが2年続いた。この世界の金融の奇妙さを、私たちは知らなければいけない。あれから、8年が経(た)った。

 私の金融セミナーの要領は以下の通りです。
===============================
「副島隆彦(そえじまたかひこ)の“予言者”金融セミナー 第18回」
*会場:イイノホール&カンファレンスセンター 東京都千代田区内幸町2-1-1
*日時:2019年10月20日(日) 
 開場・受付/11:00~ 終了/17:30 (予定)
*受講料:15,000円(税込)/指定席
===============================

申し込みは以下のページから ↓↓↓
https://kokucheese.com/event/index/579054/

 そして、明後日、10日(木)には、「今日のぼやき」に、私の新しい金融本の発売の宣伝をします。この新刊本 『 米中(べいちゅう)激突 恐慌 』は、11月1日の発売であるが、その「まえがき」と「あとがき」などを、急いで載せる。そこにやや詳しく「ドイツ銀行が破綻する」も 書いてある。この確実な情報は、まだ、日本には伝わっていない。金融業界の噂話(うわさばなし)だけだ。私は、人から知識や情報を、無断で泥棒をして、後出(あとだ)しジャンケンをする人間ではない。

 私は、2017年10月に出した、『銀行消滅(ぎんこうしょうめつ)』(祥伝社刊)に、そして、『ユーロ恐慌』(2016年、祥伝社刊)にも、ドイツ銀行が潰れる論 を書いている。事態は、切迫している。

 自分の金融資産を、守りたい人は、10月20日の私の金融講演会に来てください。
申し込みは以下のページから ↓↓↓
https://kokucheese.com/event/index/579054/

 副島隆彦です。世界の金融、経済を、頂点で管理している 権力者たちしか、「ドイツ銀行の、一気の破綻処理の計画」は、まだ知らない。私が、このように書くことで、日本でも一斉に、メディアが騒ぎ出すだろう。

 ほんの微(かす)かに、日本に出ている公開情報は、以下の記事たちぐらいのものだ。

(転載貼り付けはじめ)

●「ドイツ銀行、1.8万人整理へ 第2四半期は赤字に」

2019年7月8日  BBC
https://www.bbc.com/japanese/48904906

 ドイツ銀行は経営建て直しに向け、向こう3年で1万8000人を整理すると発表した。併せて、第2四半期(2019年4~9月)は28億ユーロ(約3400億円)の赤字になると明らかにした。

 再建計画では投資銀行部門を大きく縮小するもよう。また、どの部門で人員整理に踏み切るかは明らかにしていないが、ロンドンとニューヨークで主に行っている株式取引事業から完全に撤退する予定だとしている。

 ロンドンでは現在8000人が働いており、同行最大の取引事業拠点となっている。さらに、2022年までに全世界の従業員を7万4000人にまで削減する。全体のリストラ費用は向こう3年で74億ユーロとなる見通しだ。クリスティアン・ゼーヴィング最高経営責任者(CEO)は、「私たちはきょう、ここ数十年で最大の根本的な改革を発表する」と述べた。

「これはドイツ銀行の再出発だ。(中略)顧客に焦点を当て直すことで原点に、私たちを世界をリードする銀行にしてくれた場所に立ち返る」
再建計画により、ドイツ銀は2022年までに170億円のコスト削減を達成できるとしている。また、切り離す事業が持つ740億ユーロ相当の資産を管理する新たな部門を設置するという。 (以下、省略)


●「ECB:マイナス金利深掘り、QEも再開-ドラギ総裁が押し切る」

2019年9月12日 ブルームバーグ
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-09-12/PXPWOT6KLVR401

 欧州中央銀行(ECB)は12日、中銀預金金利をさらに深くマイナスとし、債券購入を再開すると発表した。ドラギ総裁は最後から2回目の政策決定で、自身の景気刺激策に対する批判を抑えユーロ圏経済活性化への仕上げを断行した。

 ECBは中銀預金金利を0.1ポイント引き下げマイナス0.5%とした。債券購入は11月1日から月額200億ユーロ(約2兆3500億円)で、インフレ目標の達成に必要な限り行う。一部の超過準備についてマイナス金利を免除する措置も導入する。

(転載貼り付けおわり)

副島隆彦です。 金融セミナーの 申し込みは以下のページから
 ↓↓↓
https://kokucheese.com/event/index/579054/

副島隆彦拝  



[2451]今日のぼやき「1848」映画「レ・ミゼラブル」解説、最終回が掲載されています
投稿者:須藤よしなお
投稿日:2019-09-25 12:14:48

今日のぼやき「1848」
・映画「レ・ミゼラブル」とフランス革命の歴史について論じます(第2回・全2回) 2019年9月23日
http://www.snsi.jp/tops/boyaki/2146

「1847」
・映画「レ・ミゼラブル」とフランス革命の歴史について論じます(第1回・全2回)2019年9月16日
http://www.snsi.jp/tops/boyaki/2145

が掲載されました。
副島先生の「レミゼ」論は全二回です。今回の「1848」番で完結です。
1815年から始まる古い時代を描いた作品が
現代まで続く根強い人気をなぜ集めたのか、よく分かると思います。ご一読下さい。

ところで映画版の「レ・ミゼラブル」は
冒頭の凄まじい「囚人の歌(Work Song)」の奴隷労働のシーンや、
「民衆の歌(Do You Hear The People Sing?)」の場面や、
特に歌唱力が要求される悲恋の歌「オン・マイ・オウン(On my own)」など


映画ならではの見ごたえのある場面もありますが
人によっては、
本来役者達なので声が細いと感じられ、歌に魅力を感じなかったり
顔をアップにする画面が多めに続くために
退屈してしまうかもしれません。

そんな場合は、
・「レ・ミゼラブル25周年記念コンサート (字幕版) 」
https://www.amazon.co.jp/gp/video/
detail/B00I8YEJU2/ref
=cm_sw_tw_r_pv_wb_wrfcnGThG7vDB

をお勧めします。
こちらも、大抵のレンタル店に在庫がありますし
アマゾンのサービスでも200円で見れます。

本物のテノール歌手達の高い歌唱力で歌われたときに
はじめて良さが分かる曲もきっとあるでしょう。
様々な欠点があっても、私個人は映画版も大好きなのですが。

映画版では退屈に感じられた場面でも
プロの歌手による歌の連続として見た場合、
2時間20分の長丁場にもかかわらず、意外と無駄な曲が無く
展開が早すぎるほど早い脚本であることに気付かされます。

演出の違いとして、たとえば
「宿屋の主人の歌(Master of the House)」は、
映画版では「ボラット」などのコメディの名優サシャ・バロン・コーエンと
「ヘイトフル・エイト」で悪魔的な女囚を演じたヘレナ・ボナム=カーターが
悪役のテナルディエ夫妻を演じています。
映画版では原作に近い、まるでホラーのように暗く怖い調子に演出されている曲ですが、
コンサート版では「俺たちは悪いことをするんだぞ」と
愛嬌たっぷりのパフォーマンスをする明るい演出になっています。
子供を働かせてぼったくり宿を経営する悪の生活の中に
世の裏側の真実も含まれているような、一筋縄ではいかない歌詞であり、
客席からは夫妻の登場で笑いと拍手が起きる、
コメディのパートとして人気の曲であるようです。

「ワン・デイ・モア(One Day More)」は
主人公や警部や若者たちやヒロインが勢揃いして
四重奏(カルテット、Quartet)、五重奏(クインテット、Quintet)にもなる、
聞く人によっては最も感銘を受ける曲の一つです。
この曲も、学生たちが狭い部屋の中で歌う映画版よりも
広いステージで開放感のあるコンサート版のほうを見ると
こんな曲だったのかと驚かれるかもしれません。

「革命の芽を摘み取ってやる」「奴らは所詮甘い学生」「殺してやる(They will wet themselves with blood!)」という警部(何と男前な黒人が演じている)のスリリングなメッセージと、
「あと一日」と意気上がる若者達と、
「戦闘の混乱で火事場泥棒をするぞ。盗み放題だ」と企む悪役夫妻と
主人公達との思惑が重なり
登場人物達の個別の意志が「明日」に一旦統合される技巧的な曲です。
「国王はいらない。誰もが王様(Every man will be a king!)」という
ポピュリズム思想的に重要なフレーズが登場するのもこの歌です。


2019年現在の、香港の動乱でも
「民衆の歌(Do You Hear The People Sing?)」が歌われる局面が多くあったそうです。
しかしその歌詞は、デモ側が戦っている相手である
中国の国歌「義勇軍進行曲(ぎゆうぐんしんこうきょく)」と
奇妙なことに殆ど同じ内容です。
このことは大衆運動の普遍性に関わるようで興味深いと思いましたが
またそれだけではなく他国の国歌も、よく見てみると同じような好戦的な内容でした。
比較として下記に抜き出して並べてみます。

特にやはりフランスの国歌が血生臭いことに改めて驚きます。
どれほど没落しても「フランス人には頭が上がらない」と
他国に畏怖される理由の一つでありましょうし、
そうしたフランスの根本を形作る歴史を理解する上でも
「レ・ミゼラブル」を見て解説文を読むことは、間違いなく有益な体験です。

・フランス共和国 国歌「ラ・マルセイエーズ」(La Marseillaise)日本語訳/National anthem of France

(フランス国歌、歌詞の一部ここから)
(1番)
我らに向かって 暴君の
血まみれの旗が 掲げられた

聞こえるか 戦場の
残忍な敵兵の咆哮を

奴らは汝らの元に来て
汝らの子と妻の 喉をかき切る

武器を取れ 市民らよ
隊列を組め
進もう 進もう

汚れた血が
我らの畑を満たすまで

(2番)
奴らは我らに対して企んでいる
昔のような奴隷に戻そうと

(3番)
外国の軍勢が
我らの故郷に来て法を定める

金目当ての傭兵の集団が
我らの気高き戦士を打ち倒す

(5番)
心ならずも我らに武器をとった私達
しかしあの血に飢えた暴君どもには
あの虎狼どもには 情けは無用
その母の胸を引き裂け

(7番)
生き長らえるよりは
先人と棺を共にすること欲する

僕らは気高い誇りを胸に
先人の仇を討つか 後を追って死ぬのみ
(フランス国歌、歌詞の一部ここまで)


(アメリカ国歌「星条旗」、歌詞の一部ここから)

(3番)
戦争による破壊と混乱を
自慢げに断言した奴等は何処へ
家も国もこれ以上我々を見捨てはしない

彼等の邪悪な足跡は
彼等自らの血で贖(あがな)われた

敗走の恐怖と死の闇の前では
どんな慰めも傭兵や奴隷達の救いたりえず
勝利の歓喜の中、星条旗は翻る
(アメリカ国歌「星条旗」、歌詞の一部ここまで)


(イタリア国歌、歌詞の一部ここから)

皆、隊列を組め
死の覚悟はできている
イタリアが呼んでいる

我ら、何世紀もの間
虐げられ、嘲られた、
一つの民族でないゆえに
分裂していたゆえに
一つの旗、一つの希望よ
我らを糾合したまえ
(イタリア国歌、歌詞の一部ここまで)


(ドイツ国歌、歌詞の一部ここから)

ドイツよ、ドイツよ、すべてのものの上にあれ
この世のすべてのものの上にあれ
攻むるにあたりて、護るにあたりて
兄弟のような団結があるならば
(ドイツ国歌、歌詞の一部ここまで)


以上、今日のぼやきの「レ・ミゼラブル論」はオススメです。

「1848」
・映画「レ・ミゼラブル」とフランス革命の歴史について論じます(第2回・全2回) 2019年9月23日
http://www.snsi.jp/tops/boyaki/2146

「1847」
・映画「レ・ミゼラブル」とフランス革命の歴史について論じます(第1回・全2回)2019年9月16日
http://www.snsi.jp/tops/boyaki/2145



[2450]六城雅敦著『隠された十字架ー江戸の数学者たち』を読む(2)
投稿者:田中進二郎
投稿日:2019-09-22 05:45:16


●隠れユダヤ教徒のフェレイラ(沢野忠庵)にはマイモニデスの影響がみられる

六城さんが、↓で引用された数学史の研究家、鈴木武雄氏とユダヤ思想研究家の小岸昭氏の論考は非常に正しいと思われます。以下でも、小岸昭氏の『隠れユダヤ教徒と隠れキリシタン』(人文書院刊)に依拠しながら、イエズス会のユダヤ人迫害と、1609年に日本に来た、クリストヴァン・フェレイラ(1580-1650 イエズス会日本管区長代理)がどう関係するのか、を述べよう。


フェレイラが、長崎奉行(竹中重義は同年に割腹自殺、後任の今村伝四郎と曽我又左衛門)による拷問(穴吊り)に耐えられず、五時間で棄教した(1633年)。このことは、映画「サイレンス」の原作である遠藤周作の『沈黙』でも書かれているが、それを「神の不在」という信仰の問題として使っている。しかし、フェレイラの棄教後の活動を見ると、「殉教せずに生きる」という合理的な選択をすることによって、イエズス会のキリスト教に対し反逆した、という方がやっぱり真実だろう。

フェレイラは隠れユダヤ教徒であり、ルネサンスの時代精神を生きた人物であったことを、小岸昭氏が論証している。

フェレイラは、1609年に日本に来るまでの前半生については、詳しいことがほとんど分からない人物だ。ポルトガルの小さな村で生まれたこと。1596年にコインブラ大学で二年間アリストテレスの哲学を学び、この大学でイエズス会に入会した。
(コインブラ大学はリスボンに1290年に創設された、ヨーロッパ最古の総合大学の一つ。パリ、オックスフォード、サレルノなどの大学に匹敵する。)
グレゴリオ暦(1582年)を作った、当時最高の数学知識をもっていたクリストファー・クラヴィウスからも学んだ。クラヴィウスはイエズス会士であったが、ガリレオ・ガリレイをパドヴァ大学教授に推薦したことでも知られる。

だが、フェレイラについては、当時ヨーロッパ最高(世界最高)の学問を学んだこと以上には、よく分かっていない。↓の六城さんの投稿にもあるように、改宗ユダヤ人の家系であったことが分かるのは、フェレイラよりもむしろ、イエズス会士ルイス・デ・アルメイダ(1525-1583)である。このことは、イエズス会インド巡察視のヴァリニャーノ(1539-1606)の記述にあるようだ。

●『顕偽録(けんぎろく)』でフェレイラ(沢野忠庵)が表明していること

新キリスト教徒(転向したユダヤ教徒)の家系であることは確かめられないものの、フェレイラには、同時代の重要なユダヤ人思想家たちーバルーフ・スピノザ(1632-1677)、 ウリエル・ダ・コスタ、 サバタイ・ツヴィら -との大きな共通点がある。それは、迫害に遭って、信仰を捨てたとしても、それは神(God)を捨てたことにならない、という論理だ。むしろ、自己の生に執着することによって、その人特有の能力(potencia)と、徳(virtus)は高められてゆく(スピノザ『エチカ』)というのが、改宗ユダヤ人思想家たちが考え、唱えたことである。フェレイラが、棄教した3年後の1636(寛永十三年)に、日本の儒学者たちと著した『顕偽録』(キリスト教の教理批判書)
にもその考えがみられる、と小岸昭氏は指摘する。

日本名・沢野忠庵の名で刊行された『顕偽録』の冒頭を引用する。

「それおもんみるに、天地の間、物おのおの情あり、禽獣、蟲魚、草木、風水、土石、風水、その徳を備えざるものなし。獣は走らんことをのみ思ひ、鳥は飛揚することを思ひ、魚は水に泳ぐことを思ひ、虫は鳴かんことを思ふ。木は欲す、高く長ぜんことを、草は欲す、横に伸びんことを、土は物を生じ、石は火を生じ、水は湿を生じ、風は涼を生ず。一つとしてその徳あらずということなし。これ皆造化の所為(せい)なり。」


と、万物にはそれ固有の価値や目的がある、とする汎神論(pantheism パンテイズムのパンが「汎」になった)的な自然観を最初に表明している。
それから、アリストテレスの哲学とキリスト教を対置させ、アリストテレスの優位性を説く。

「その上(ゼスキリスト)出生以前、南蛮にアリストウテレスと云える大学匠、天地の初(はじまり)を論じるに、『天地その初(はじまり)なし』と正しく書き記せり。
・・・然(しかる)を天地の作者、万事の主(しゅ)一體(いったい)ありと教ふるところ、偏(ひとえ)に切支丹の宗旨を立つる謀(はかりごと)なり。」

と、アリストテレスの万物に始まりもなく終わりもない、という哲学の後に、キリスト教徒たちが、デウス一神による天地創造をねつ造したのだ、と説く。


ここでフェレイラが、アリストテレスの名を持ちだしていることに重要な意味がある。フェレイラが学んだコインブラ大学(リスボン近郊の町)では、中世にイスラム圏(北アフリカ)から流入したアリストテレスの哲学が、盛んに翻訳研究されていたからである。スペインのコルドバが翻訳の拠点だった。

●マイモニデスの思想はユダヤ人ネットワークを通じて世界に伝わっていた

この研究を行っていたのは、マラーノ「豚」と呼ばれた改宗ユダヤ人たちであり、その源流にマイモニデス(1135-1204)がいる。フェレイラもマイモニデスを大いに学んだはずだ、ということである。この巨人については、SNSI論文集『金儲けの精神をユダヤ思想に学ぶ』の祥伝社新書版(2018年度版)で副島隆彦先生が『ユダヤ思想の中心、マイモニデス』をお書きになっている。

この副島先生のマイモニデスの思想の、度肝を抜く解説に、日本の若手の哲学研究者たちは、発狂しているらしい。それは、ユダヤ思想といえば神秘主義-カバラ思想ーと考える大方の理解を、副島先生が合理(合利 レイシオratio)主義の立場から一刀両断してしまったからだ。カバラとは貧乏なユダヤ人たちの思想だったのだ。それで、若手のユダヤ思想研究者たちが、
「副島隆彦ごときがマイモニデスを理解できるわけないだろー!」とわめきながら、苦しがっているらしい。その噂をききながら、思わず私田中は笑ってしまった。

副島先生の「ユダヤ思想の中心、マイモニデス』から引用する。

「マイモニデスはユダヤ人であったが、表面上はイスラム教徒に改宗しているイスラム学者だった。真実の姿は、当時のユダヤ人(ユダヤ教徒)たちが中東全体に張り巡らした、情報と知識の秘密ネットワークの大組織者であったらしい。このことは鈴木規夫愛知大学教授が私に教えてくれた。(中略)

イスラム学者たちが研究して理解したアリストテレスの思想の中心、根幹が、まさしく合理(レイシオ、ラチオ)の思想である。エクイリブリウムequilibrium といって、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』の中に出現した。その実態は、合理的な生き方をしなさい、金儲けをしてもいい、利益行動をしてもいいという思想である。

(中略)
『迷える者たちへの導きの書』(1190年)の中で、マイモニデスは貸付や贈与、債権、財産権の
掟を規定して、詐欺を禁じている。公平で公正な規則、すなわちこれがアリストテレスの平衡(エクイリブリウム)であり、この規則に基づいての金儲けを認め、人間の諸欲望の追求を肯定したのだ。

(中略)
アリストテレスの思想は、地中海を北アフリカの方からぐるっと回って、1200年代にスペインのコルドバで初めてヘブライ語やラテン語に翻訳された。そして新約聖書は、1517年のマルティン・ルターのプロテスタント運動の、その直後にようやくドイツ語版の『イエスの物語』、すなわち新約聖書が出されたのだ。

だから、ユダヤ教だけが、資本主義(キャピタリズム)をもともと全面肯定している宗教であり、思想なのだ。近代資本主義の精神を作ったのはプロテスタンティズム(キリスト教の新版)ではない。ユダヤ教である。

(『金儲けの精神をユダヤ思想に学ぶ』より引用終わり)

田中進二郎です。
マイモニデスの時代のユダヤ人共同体は、ヨーロッパだけで数十万人のネットワークを作っていた、という。中東地域はその十倍だ。マイモニデスの書物は、商人たちによって、イスラム教やキリスト教世界に運ばれた。イスラム教、キリスト教とユダヤ教の信仰の相克に迷える者たちに世俗主義を教えた。

マイモニデス死後、一族がエジプトに王朝をたてる。隠れユダヤ人の商人の王国である。これは1517年にオスマントルコ帝国に滅ぼされるまで、三百年間続いた。そして、この間、ヨーロッパとアジアの絹・胡椒貿易を、インドのコーチンのユダヤ共同体と連携して、ほぼ独占的に(全体の5割)取り扱った。(ジャック・アタリ著 的場昭弘訳『ユダヤ人、世界と貨幣』 作品社2015年刊より)

前回の投稿で触れた、イエズス会のザビエルがインドのゴアにまで異端審問所を作ろうとしたのも、改宗ユダヤ人のみならず、中世から続いてきた強大なユダヤ・ネットワークを、滅ぼそう。キリスト教会とポルトガル王国で横取りしよう、とする運動の一部であったことが分かる。

現在の高校の日本史の教科書にも、ザビエルの正体は書かれていないし、世界史の教科書にも、香辛料貿易はポルトガルが大航海時代を迎えるまで、イスラム商人が独占した、としか書かれていない。イスラム教のふりをした隠れユダヤ教徒(商人)が、ヨーロッパから地中海、インド洋を経て中国にまたがる商業圏を作り上げていたことが、隠されている。
真実はじわじわとしか広がらない。

しかし、このようにしてみていくと、イエズス会日本管区長のクリストヴァン・フェレイラが、マラーノの一人であるとして、当時ユダヤ思想を体現するかたちで強大になってきた新教国オランダ側に寝返ることは、必然の成り行きだろう、と思える。1609年に来日してからのフェレイラは、イエズス会の日本宣教活動を克明に記録し、本部に連絡を続けていた。1623年の元和の大殉教の際には、一人ずつどのように殉教したかを、報告し続けていた。フェレイラの心の中にだんだん虚しさが広がっていっただろう。殉教した人間の「霊魂は不滅」などとは信じられない。ただの犬死にだ。さらに、自国ポルトガルで行われているマラーノの迫害と、日本人キリシタンたちの迫害がだぶって見えただろう。自分たちの布教はただこうした迫害者を増やしているだけではないのか?という疑念は大きくなる一方だった。荒木トマスや千々石(ちぢわ)ミゲルといった日本人のキリシタンも離れていった。ファビアン不干斎が、キリスト教は邪教だと論じた本『破提宇子(はだいうす)』を著した(1620)。その書の中で、「キリスト教会は日本占領を企てている」と攻撃した。
フェレイラは「不干斎が述べていることは事実だ」、と認める手紙をローマに送っている。

1623年、幕府はオランダと手を結んで、スペイン船の来航を禁じた。1615年には、マラッカ(インドネシア)はオランダの艦隊に攻撃されている。やがてここも陥落するだろう(1641年マラッカから、ポルトガル軍撤退)。
こうした逡巡(しゅんじゅん)がフェレイラの中で長く繰り返されたのちに、棄教、転向となったのだ。
そして江戸に連れていかれた彼が対面したのは、幕府が秘密裏に育てていたスパイマスターの井上政重だった。「イノウエ」と話したフェレイラは、幕府の情報収集能力の高さに驚嘆したと思われる。

フェレイラについて、私田中が考えたことはここまでだ。切支丹屋敷をつくり、そこにフェレイラの弟子の「ルビノ第二団」カルロ・スピノラを住まわせ、高度な数学を学ばせた。関孝和はここに連れてこられて、そこで高等数学を秘密に伝授された。と六城さんの新刊『隠された十字架』に書かれている。


●関孝和は群馬県藤岡市の「関東の隠れキリシタン」だったか?

最後に。関孝和の出生の謎について。群馬県の藤岡市が生まれたところだ、と一般には言われている。六城さんは、静岡県の三島市だろう、とお書きになっている。藤岡市と切支丹屋敷とをつなぐ一つの歴史があるので、それを紹介したい。

1658年に宗門改役の井上政重が群馬の藤岡市南部の鬼石にやってきて、キリシタンを一斉に摘発し、切支丹屋敷に連れていった、ということです。この中に16歳の関孝和(1642-1708)が混じっていたとすれば、つじつまが合いませんか?どうでしょう。

(↓の記事より引用)

「 北関東の渡瀬・鬼石キリシタン殉教者顕彰祭」
2017年5月12日06時51分 記者 : 守田早生里
https://www.christiantoday.co.jp/articles/23739/20170512/silence-movie-catholic-hidden-christian.htm

隠れキリシタン」と聞いてまず思い浮かぶのは、映画「沈黙」の舞台にもなった長崎県の五島列島だろう。多くのバテレンやキリシタンたちが迫害を受け、拷問の末に殉教した地として有名だ。しかし、北関東のこの小さな集落にもかつてキリシタンが実在していた。このことは、1658(明暦4)年に編集された『契利斬督記(きりすとき)』にも次のように記されている。

「伊奈半左衛門御代官所。三波川(さんばがわ)村、渡瀬村、鬼名村、中カツ原村、コノ四ヶ所ヨリ、明暦二申年五月マデ、宗門一四、五人モ出デ申シ候」

この史料は当時、キリシタン弾圧の指揮をとっていた井上筑後守政重(『沈黙』にも登場する)の手記など、禁教の記録をまとめたもので、捕らえられたキリシタンを出身地別に整理した「吉利支丹出デ申ス国所ノ覚」の中に記されている。
(中略)
この地には14、5人のキリシタンがいたと先の史料には書かれていたが、その多くは、現在の東京都文京区にあったとされる「切支丹屋敷」に幽閉され、牢死(ろうし)したとされている。
(引用終わり)

田中進二郎拝



[2449]フェレイラ(沢野忠庵)はユダヤ教改宗者であったのだろうか
投稿者:六城雅敦
投稿日:2019-09-20 14:59:12

田中さん、書評ありがとうございます。

フェレイラはなぜ棄教したのか?という疑問に対して、大研究者の鈴木武雄氏から論文集を頂いております。

初期の書物「割算書」(京都の毛利重能著 1622頃)は聖書のアダムとイヴの話から始まっているということは知られています。なので初期の和算はキリスト教宣教師により伝わったとされています。ただ、どうもそれほど単純な背景ではない。田中進次郎さんの指摘通りユダヤ教徒の改宗者も渡来した宣教師にも多く混ざっていたということです。

鈴木武雄先生の論文
数学教育研究第43号(2014別冊) 大阪教育大学数学教室刊
によると


(p136より引用)

『割算書』の序文の知識を毛利重能に与えた者は、「壽天屋邊連(注:ユダ族の地、ダビデ王の生誕地)」を最初に書かせるなどユダヤ教からの改宗したキリスト教徒コンベルソであった可能性があります。
~中略~

旧約聖書の文言が読者を惹きつけたのでしょうか。むしろ元和8年(1622年9月10日)元和の大殉教(カルロ・スピノラを含む55人が殉教)が行われた同年初春に旧約聖書の序文を引用した『割算書』を刊行するという行為は、あまりにも危険です。
~中略~

当時日本へ渡来した宣教師達はユダヤ人改宗者達も含まれていたことが非常に重要です。たとえばルイス・デ・アルメイダ(1525年頃-1583年)はキリスト教に改宗したユダヤ人の家系(コンベルソ)でした。彼は西洋医術を日本に伝え病院を作った人です。現在でも大分市立医師会立アルメイダ病院があるほど有名です。キリスト教徒といっても一括りできない深い歴史的な背景がありました。
(引用終り)


(つづいてp137より引用)
何故『割算書』では新約聖書の一部ではなく、旧約聖書の一部が引用されたのでしょうか。そこに当時日本へ渡来した複雑な状況がありました。日本へ渡来した宣教師たちには、もともとユダヤ教徒であった人もいました。ユダヤ教徒であったがキリスト教徒へと強制的に改宗された人達も少なくなかったのです。彼らは新キリスト教徒、あるいはコンベルソ(改宗者)あるいはマラーノ(豚)と蔑称されていました。彼らは差別されていたのです。イベリア半島がイスラム教徒に支配されていたとき、その政治行政経済や知識を支えているのはユダヤ教徒でした。レコンキスタ(国土回復運動)は1492年にグラナダが陥落することによって達成されました。ユダヤ教への迫害が行われ、スペインで1492年、ポルトガルで1497年にイベリア半島からユダヤ教徒の追放が行われました。この時以降公式的にはイベリア半島にはユダヤ教徒はいなかったのですが、キリスト教へ改宗させられたユダヤ人達は隠れユダヤ教徒であったのです。転び伴天連として有名なクリストヴァン・フェレイラは改宗者ではないかと云われています。
フェレイラが転び伴天連となり得たのか信仰心から見ると難しいことでした。フェレイラがもともとユダヤ教徒であって強制的にキリスト教へ改宗された者かその子孫であったなばら、反キリスト教徒になっても不思議ではありません。
新キリスト教徒が海外布教に出たのは、イベリア半島での差別にあったとも云われています。これも納得できることです。そうしますと日本へ渡来した宣教師の中にはフェレイラ以外にも隠れユダヤ教徒がいたとしてもふしぎではありません。
旧約聖書はもともとユダヤ教徒の聖典です。ユダヤ教徒は旧約聖書などと云いません。キリスト教徒が聖書として使うのは主として新約聖書の方です。新約聖書はイエス・キリストの言行録ですから当然なことです。隠れユダヤ教徒が新約聖書ではなく旧約聖書を引用するのは当然のことです。
(*『16-17世紀ヨーロッパ像 -日本というプリズムを通してみる』(ジャック・ブルースト/山本淳一訳岩波書店1999)『スペインのユダヤ人』(関哲行、山川出版社2002)『マラーノの系譜』(小岸昭みすず書房1994)『隠れユダヤ教徒と隠れキリシタン』(小岸昭人文書院2002)『十字架とダビデの星-隠れユダヤ教徒の500年』(小岸昭、NHKブックス1999)
(引用終り)

このように、江戸初期ではキリスト教徒というよりも隠れユダヤ教徒により海外知識がもたらされたという現実もあるということです。

フェレイラが澤野忠庵という目明かしとして日本で生涯を閉じた訳は、コンベルソ、マラーノといった蔑称で迫害されてきた現実を身に沁みていたからだということ。キリスト教布教の歴史の闇の部分ですね。

ユダヤ教徒への迫害への恐怖はいまでも根深い。
喩えるなら韓国人の歴史観のようです。

イスラム教のコーランとおなじくタルムードの絶対視は、日本人には理解できない。

若い世代は柔軟ですが、その親の世代は頑なです。

世界史から一層深くみる必要性も痛感します。




[2448]六城雅敦著『隠された十字架ー江戸の数学者たち』を読む(1)
投稿者:田中進二郎
投稿日:2019-09-19 16:08:18

副島隆彦監修 六城雅敦著 最新刊『隠された十字架・江戸の数学者たち』を読む(1)

六城雅敦さんの初の単著となる『隠された十字架・江戸の数学者たちー関孝和はキリシタン宣教師に育てられた』(秀和システム刊)を読みました。
SNSI論文集の『フリーメイソン=ユニテリアン教会が明治日本を動かした』、『蕃書調所の研究ー明治を創った幕府の天才たち』など、副島学問道場の歴史研究を数学史から深めた一冊です。

『蕃書調所の研究』(成甲書房 2016年刊)の第二章『明治の国家運営を担った旧幕臣の数学者たち』の六城氏の論文を大きくふくらませた内容になっている。
蕃書調所(ばんしょしらべしょ 1856年設立)が、幕末に蘭学者たちを集めた江戸幕府の諜報機関(スパイ、インテリジェンス機関)だった。が、その二百年前に、幕府は潜伏してきたキリシタン宣教師たちを棄教(ききょう)させ、西洋科学(数学・天文学・測量学など)を日本人に教えさせていた、という秘密が明らかにされている。日本人由来のものと思われてきた和算は、幕府が隠密活動の一分野として、キリシタン宣教師からひそかに学ばせてきたものだった。数学は忍術の一つでもあったのだ。

キリシタン禁制を敷いていた幕府にとって、このことは絶対にもらしてはならない国家機密だった。だから、幕府の公設の施設で、宣教師を囲うことはできなかった。目付、大目付の(スパイマスター)の井上政重(1585-1661)の私邸があてられた。この屋敷は切支丹屋敷と呼ばれた。

六城雅敦さんは、この井上政重こそが、キリシタン屋敷で西洋科学を宣教師から学ばせて、日本に輸入した大思想家だ、と『隠された十字架』の中でお書きになっている。私田中進二郎
は、井上政重とコンビで宣教師の改宗を行っていた、クリストヴァン・フェレイラ(1580-1650)こそがルネサンス知識人であり、大思想家である、ということを、ここで論じようと思う。

●切支丹屋敷で何が行われていたのか?

窪田明治著『切支丹屋敷物語』(1970年刊)によると、
江戸時代の初期には、切支丹には拷問を加え、改宗しないものは、見せしめに磔(はりつけ)の刑に処していた。が、磔にすると、見物人たちが寄り集まってくる。殉教者の姿を見て、逆にキリスト教に接近することも考えられる。江戸の切支丹ははじめは、浅草牢、小伝馬(こてんま)牢に収監され、打ち首となっていた。1623年には、家康の直臣(じきしん)で、家光の縁者でもあった原主水(はら・もんど)がバテレンたちと布教していたことが、発覚し、五十人が江戸の芝口で処刑されている(元和の大殉教)。この翌年に、切支丹屋敷が設けられている(完成は1646年)。


窪田明治氏によると、関ヶ原の戦い(1600年時点)で、キリシタン大名だけでは全国に二千名にのぼった。彼らキリシタン大名は徳川家康方についたものが多かった。西軍側(石田三成、豊臣方)についた大名のうち、キリシタン大名は小西行長、島津義弘、織田秀信、毛利秀包、宇喜多秀家ぐらいなもので、有馬、大村、寺沢、五島、伊東などの九州のキリシタン大名や、筒井、蒲生、津軽などは東軍についていた。関ヶ原の戦いを全国規模の戦いで見ると、違った様相が現れる。

キリシタン勢力は、バテレン追放令(1587年)を出した豊臣秀吉に対し、激しい恨みを抱いていた。これが秀吉死後の、徳川家康の天下獲りに大いに利していたのである。
徳川政権がキリシタンに厳しくなるのは、1612年に天領に禁教令が出されてからである(翌13年に全国にだされる)。当時の日本にキリシタンは75万人いたとされる。
それが、1630年代には表面上キリシタンはいない、ということになったのであるから、幕府の弾圧は、やはり苛酷を極めた、ということが言えるだろう。

江戸小石川(小日向町)の私邸で、大目付 兼 宗門改役(しゅうもんあらためやく)となった井上政重はかなりの時間をかけて、キリシタンの改宗の方法を練ったようである。
公式に幕府のキリシタンの収容所となるまでに、20年以上もかかっているのだ。

その間に、イエズス会宣教師クリストヴァン・フェレイラが、長崎で奉行・竹中采女正重義(たけなか うねめのかみ しげよし)の拷問にあって、棄教(1633年)。以後、沢野忠庵「目明かし忠庵」との呼び名で、キリシタンを摘発する側に回った。この時まで、長崎奉行だった竹中重義は苛烈な拷問で知られていたが、翌年に密貿易の罪を着せられて、死罪となっている。竹中重義は、踏み絵や、映画『サイレンス』にも出てくる「穴吊り」といった拷問方法の考案者と言われている。

おそらく、幕府の大老・老中は井上政重を重視して、竹中采女をもはや不要と考えて、切って捨てたのであろう。。

フェレイラ(沢野忠庵)はこの穴吊り(逆さ吊り)に耐えられず、わずか五時間で棄教した、とされている。
そして、これに対して、イエズス会はフィリピンのマニラから、宣教師9人からなる決死隊を2回に分けて送り込んで、転向者フェレイラを説得しようとした。1643年(寛永二十年)。スコセッシ監督の映画『サイレンス』はここから話が始まっている。副島隆彦先生の『歴史再発掘』(ビジネス社2019年刊)の第3章「映画『沈黙ーサイレンス』が投げかけるもの」には、次のように書かれている。

「イエズス会にとっては、一般信徒の棄教はありえても、宣教師の棄教はあり得ない。死ぬしかない。だから、イエズス会が決死隊(ルビノ隊)に出した本当の命令は、「フェレイラが説得に応じない場合は、殺害せよ」だったと思う」

イエズス会にとって、一度恐ろしいことは、転びバテレンのフェレイラが、幕府にイエズス会の秘密を話してしまうことだっただろう。それは、たとえば20世紀のスターリン体制のソ連の「収容所群島」(ソルジェニーチンの長編小説)の実情を、亡命先の国でペラペラとしゃべってしまうことにも相当することだろう。

●本当は恐ろしいフランシスコ・ザビエルの正体

フェレイラが新たに宗門改役に就任した井上政重ら、幕府の最高幹部たちに語った秘密とは、どういうものだったのだろうか?

小岸昭・徳永恂著『インド・ユダヤ人の光と闇ーザビエルと異端審問・離散とカースト』(新曜社2005年刊)を参考にして、述べてみたい。この本には、日本人が全く知らないイエズス会宣教師ザビエルの正体が描かれているからである。ほとんどの日本のキリシタン研究本は、1549年にザビエルが布教のために来日するまで、何をしていたのか、を明らかにしていない。

16世紀中ごろのイエズス会のアジア宣教の本拠地はインドのゴアである。本国ポルトガルを出発したザビエルは1542年にここに到達する。ザビエルは、ゴアを拠点として、インドの海岸部で布教している。
『インド・ユダヤ人の光と闇』より引用する。


(引用開始)

(ザビエルが1543年に漁夫海岸から帰ったあと)ゴアで最初に訪れたのは、司教アルブケルケのところだった。新キリスト教徒(キリスト教に改宗したユダヤ人)に有罪判決を下したあと、司教は自ら次の日曜日に大聖堂で説教した。説教壇から司教は聖なる異端審問の大勅書を読み、カトリック信仰に反対する異端者側についた者を告発する責務が、キリスト教徒全員に課せられていることを、聴衆に訴えた。ザビエルがインドで最初の異端者(ユダヤ人)の処刑を目撃していたことは間違いない。

またザビエルは1546年にポルトガル国王ジョアン三世宛の書簡に次のように書いている。

「インドで必要とすることは、こちらで生活している人たちが、善良な信者となるために、陛下(ジョアン三世)が宗教裁判所を設置して下さることです。こちらではモーゼの立法に従って生活するユダヤ教徒またイスラム教の宗派に属しているものたちが、神への恐れや世間への恥じらいなしに平然と生活しております。彼らは、インドのすべての要塞に散らばっておりますので、宗教裁判所や多くの説教者が必要です。」

このザビエルの提言から14年後の1560年、ゴアに異端審問所が設置される。
このゴアの異端審問所の建物の中には、200もの独房があり、密かにユダヤ教や新教を奉じていた異端者ばかりでなく、重婚者や男色者や魔術師などがここで裁判にかけられた。1814年に勅令により廃止されるまで、ほぼ250年も設置されていた。この異端審問所で、4046人が有罪を宣告され、121人が火あぶりの刑に処せられている。火あぶりの刑を免れた者たちも、奴隷の身分に落とされたり、船の漕ぎ手のような重労働を強いられた。

(ちなみにポルトガル本国の異端審問時代1540年ー1756年の処刑者数は1175名。スペインのレコンキスタ以降の異端審問によって処刑者された人の数は1200~2000名と推定されている。)

(引用終わり)

田中進二郎です。ザビエルはポルトガル出国の直前に、本国で始まったユダヤ人(キリスト教に改宗したユダヤ教徒ーコンベルソ、 「マラーノ」(豚)と呼ばれたーの大量虐殺を見ていた。毎日のように、異端審問で有罪とされた人間たちを牢に訪れ、懺悔させるのが彼の日課だった。もちろん、彼の説教に応じたからといって、刑が軽くなることはなかった。その後、死刑囚たちは火あぶりの刑にされた。改宗ユダヤ人の財産は、異端審問裁判所によって、ことごとく没収された。

(小岸昭氏は、ザビエルはこのスペイン・ポルトガルの官僚組織の「犯罪」に加担した、と結論付けている。)

その後、ザビエルがインド宣教で目撃したのは、離散ユダヤ人がインドまで逃げてきて、安寧に(?)暮らしている姿だった。彼らを撲滅することが、キリスト教の神の栄光にかなう、とザビエルは狂信的に考えたのだ。1492年にスペインで、セファルディ系ユダヤ人の大迫害が始まり、彼らは世界各地に離散(ディアスポラ)していた。
それを地の果てまで追って、イエズス会はインドにまで異端審問所を作らせたのである。ザビエルはまさに、ヨーロッパの思想警察の尖兵だったのである。

またザビエルがインドの海岸都市で見たのは、本国ポルトガルがゴアを1510年に武力で占領したものの、その後も、胡椒貿易が伸び悩み、思うほど利益が上がらない。その理由として、ユダヤ人商人がインドの胡椒をほぼ独占的に扱っている、という実態があることを、知ったのであろう。
インドから離散ユダヤ人を絶滅させることは、ポルトガル王国の国益にも叶う、と考えたのであろう。ユダヤ人はインドのカースト制度の最下層であるシュードラ階級に組み込まれながらも、商魂たくましく、根を張っていたのである。彼らはイスラム商人と同様に、航海術にも長じていた。ユダヤ人が世界の商業ネットワークの中心だった。
(以下次回に続きます。)
田中進二郎拝



[2447]今日のぼやき「1847」映画「レ・ミゼラブル」解説
投稿者:須藤よしなお
投稿日:2019-09-17 08:06:49

今日のぼやき「1847」
・映画「レ・ミゼラブル」とフランス革命の歴史について論じます(第1回・全2回)2019年9月16日
http://www.snsi.jp/tops/boyaki/2145

が更新されました。
今回のテーマは2012年にアカデミー賞・ゴールデングローブ賞で
多くの賞を受賞し大ヒットした映画「レ・ミゼラブル」です。

原作の歴史的位置づけ、1832年パリの「六月暴動」に至るまでの時代背景等が深く掘り下げて語られています。是非ご一読下さい。

「レ・ミゼラブル」の作中の歌「民衆の歌(Do You Hear The People Sing?)」は
オーストラリアや香港などで、
特に香港では2014年の「雨傘運動」以来、
抗議行動の際に歌われる歌として時折登場しているようです。

・参考記事
How a song from Les Miserables became Hong Kong’s protest anthem
https://www.telegraph.co.uk
/news/worldnews/asia/hongkong/11130092/
How-a-song-from-Les-Miserables
-became-Hong-Kongs-
protest-anthem.html


2019年現在の政治状況にも関係する作品として
これがどのような映画で「民衆の歌」はどのような歌なのか
理解しておくことは大変有益だと思います。

1860年代に原作小説が発表されてから現代まで、
舞台や映画になるほどの人気を、この作品は
なぜ得ることになったのか。
「レ・ミゼラブル」という題名の真の意味も含めて
「今日のぼやき」の解説で理解できます。
オススメの記事です。







補足。2019/9/4に香港の学校行事で中国国歌が歌われるべき場面で
それを打ち消すように「レ・ミゼラブル」の歌が歌われた様子が報じられた。

中国国歌「義勇軍進行曲」も「レ・ミゼラブル」と同じ
「いざ立ち上がれ 隷属を望まぬ人々よ
我等の血と肉をもって
我等の新しき長城を築かん

万人が心を一つにし
敵の砲火に立ち向かえ
進め 進め 進め」
という、隷属を拒否し
圧政への抵抗を呼びかける内容。




[2446]香港の現状をご報告します。
投稿者:一会員
投稿日:2019-09-14 15:06:58

学問道場の一会員です。現在の、香港の状態は、以下の記事のとおりです。

香港の学生たちは、ヒラリー・クリントン、ジョージ・ソロスの国際資金など、
グローバリスト(地球支配主義者)たちの支援と指導を受け「洗脳」されています。
香港そのものを破壊する工作、ゲリラ暴動を、ズルズルと続けています。

そして、ゲリラ暴力学生たちが、香港の経済活動を、傷(いた)め始めています。
観光客が減って、飛行機のチケット代も、ホテル代も、今なら通常の3割引きから半額近くで、予約できます。皮肉な状況です。実際、香港内の企業や銀行、学校などは、通常どおり運営されています。香港人たちは、こうした状況でもめげずに、元気に経済活動を続けています。

香港の学生たちは、自分でもよく分からないまま、誰かに吹き込まれた
「香港を中共から守れ、香港の民主化、香港の独立」という政治スローガン(イデオロギー、政治思想=宗教の教義、お題目)を、口先で繰り返しているだけです。香港のテレビ局で報道された、以下の、学生リーダーへのインタビュー番組からも、そのことがよく分かります。

前半はコマーシャル等で長いので、後半、18分30秒から後ろだけ、ご覧ください。

<参考動画>

香港の報道番組 “Straight Talk” から
https://youtu.be/xKVa0naB2xo

洗脳された学生たちは、このインタビューにあるとおり、「香港の自由を守るため」、「香港独立のため」という理由で、暴力行為も「理解できる行動だ(can understand )」と言って正当化しています。

「逃亡犯条例」を撤回させる話からは、ずっと飛躍して、ズレてしまっています。自己矛盾ですが、本人たちは、気づいていません。「暴力行為を正当化する理屈」です。

12歳の中学生まで、9月の新学期の授業をボイコットして、学生デモに駆り出されています。中東のISの、少年兵たちと同じです。デモの発端であった「逃亡犯条例」は、平和な香港市民による要求通り、完全に撤回されました。

ここで一旦終わりにして、行政長官(香港政府)と香港市民による、民主的な話し合いのステップが進むはずでした。しかしいまでは、硬直状態です。香港の警察官を個人的に襲ったり、公共の交通機関などを狙った破壊を行うという、あからさまな、ゲリラのテロ行為が、しつこく続けられています。

それでも中国政府は「静観」をつらぬいて、「米中の覇権争い」という文脈では、中国の勝ちです。香港は、歴史的にも特別な都市国家で、副島先生もおっしゃっていた、イギリス政府と中国政府の、両方によって守られている、特殊な金融特区です。

「ブレグジット」を控えたイギリスには、国際資金をアジアへ動かすための「窓口」として、香港の機能が不可欠です。中国政府も、目指しているのは「香港の中国化」ではなく、「中国の香港化(シンガポール化)」です。

(転載貼り付け始め)

●「香港デモの若者を市民は見放しつつある」 By 高橋 政陽(著述業)

東洋経済オンライン 2019年9月13日
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190913-00302613-toyo-bus_all&p=1

中国への犯罪者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改定に端を発した香港の騒乱は大詰めを迎えつつある。香港特別行政区の林鄭月娥(キャリー・ラム)長官は9月4日、逃犯条例改定を完全撤回すると表明した。しかし、デモ側は「撤回はあまりにも遅すぎた」として受け入れず、デモ中に新たに付け加えられた完全な普通選挙や逮捕者の釈放などの「5大要求」がすべて受け入れられるまで徹底抗戦すると、対決姿勢をさらに強めている。

■香港競馬の売り上げ、入場者は前年割れ
「キャリーはなぜ来ない!」 沙田(シャティン)競馬場でオープニングデーを待ちに待った香港の競馬ファンは9月1日、天にとどろくような怒声を発した。

香港版のJRA(日本中央競馬会)にあたる「香港ジョッキークラブ」(HKJC)は、中国への返還前、香港政庁、ジャーディン・マセソン商会、香港上海銀行を財力と実力で上回る「影の大班(トップ)」と呼ばれた。HKJCは古くから行政長官を名誉主席に迎えてきた。オープニングデーには「香港特区行政長官盃」がメインレースに組まれ、行政長官がトロフィーのプレゼンターとして来場する慣例が続いてきた。しかし、今夏の混乱を受けて、行政長官は来場できなくなった。

「長官が来場すれば、競馬場で暴動が起きかねない。前任の梁振英は2014年の雨傘運動の勃発直後、厳戒態勢のなか来場したが、今回の混乱は当時とは比べものにならない」とHKJCの理事は言う。オープニングデーで毎年、売り上げと入場者の記録を更新し続けてきたHKJCは今年、売上、入場者とも前年割れの不名誉な数字を記録した。

「舞照跳、馬照?(ダンスホールも競馬もそのまま)」 香港返還をめぐる英中交渉で鄧小平は中国への返還を危惧する香港市民にこう呼びかけた。返還から22年たった今、「馬照?」の公約を破ったのは中国でも人民解放軍でもなく、逃犯条例改定への抗議活動を続ける過激派の黒シャツ隊、自称「勇武派」であることは言うまでもない。

その勇武派は、日本でも著名となった黄之鋒(ジョシア・ウォン)、周庭(アグネス・チョウ)に率いられる「香港衆志」(デモシスト)の若者らが中心となり、抗議活動を過激化させている。8月12日には香港空港を占拠。キャセイパシフィック航空を中心に数百便以上が欠航となった。空港占拠は2日で幕を下ろしたが、香港空港には厳重な警備態勢がとられ、空港への出入りにはパスポートとチケットの提示が必要となった。

■デモ隊が線路内に侵入、地下鉄の運行停止に
勇武派は9月にも空港占拠を再び計画した。警察当局によって空港占拠に失敗した勇武隊は、空港と市内を結ぶエアポート・エクスプレス線路内に投石、線路内に侵入して運行を停止させた。

「俺のハネムーンをどうしてくれるんだ!」 スーツケースを押して駆け足で空港へと急ぐ外国人の姿が、テレビ各局で繰り返し放送された。警察当局は膨れ上がる勇武隊に加勢しようと空港周辺に向かう若者の足を止めるため、エアポート・エクスプレスの運行停止を指令。さらにエアポート・エクスプレスに接続する地下鉄の運行を取りやめさせた。

「先週は隣の太子(プリンス・エドワード)駅構内、地下鉄車内で黒シャツ隊と警察が衝突して負傷者を出した。運行停止命令はありがたい。もうあんな衝突に巻き込まれるのは真っ平御免だよ!」
九龍一の繁華街で香港の歌舞伎町との異名をとる旺角駅の駅員は怒りがおさまらない。

普段なら人でごったがえす日曜夜であるのにもかかわらず、香港の銀座通りともいえる彌敦道(ネーザン・ロード)には人影もまばら。ひっきりなしに行き来するはずの2階建てバスも間引き運転されている。「あと一時間で閉店なんだけど、よろしいですか?」 香港夏の美味、黄油蟹(バター・クラブ)で有名なレストランSは、100人以上が入れるお店にもかかわらず、ガラガラだった。中年の女性店員はいきなりため息交じり。黒シャツ隊が抗議活動を過激化させてから、1カ月以上、週末は閑古鳥が鳴いているという。

「こんな状態が続けば、(店は)やっていけなくなる。103万人、200万人デモには自分も参加したが、今はもう平和的なデモではない。地下鉄駅の券売機、自動改札を破壊し、警察に対して消火器を放ち、火炎瓶を投げる。これは暴動ではないのか。それよいも何よりも地下鉄が止まっていては仕事が終わってから何時に帰宅できるのか」

週末の夜になると繁華街で黒シャツ隊が暴れまわる結果、外食中心で週末は家族、友人と団欒の食卓を囲む香港人は繁華街に足を運ぶことができなくなっている。

■これ以上の妥協が許されないラム長官
デモ側が掲げる5大要求のうち、完全な普通選挙は2014年の雨傘運動時に掲げられた要求だった。しかし、結果は敗北に終わり、この最大目標を手にすることはできなかった。それを新たに要求に付け加えたのだ。

しかし、香港の「土共」元幹部は「ラム長官はこれ以上妥協できない。行政長官は北京の下の中間管理職そのもの。これまで水面下で何度も辞任を(北京政府に)申し入れたが、認められていない。そんな彼女にどれだけの権限があろうか。今回の撤回も北京に散々お伺いを立ててようやく許されたものだ」と、今後を展望する。

土共とは、香港、マカオで中国共産党によって教育を支援された貧困家庭子女。共産党は彼らによって構成される集団を香港、澳門の各界に配備してきた。香港、澳門で最も最も中国情報に通じ、中国の怖さを身を以て知る集団である。8月の香港来訪者数は前年同月比約40%減、そのうち年間延べ5000万人以上の中国観光客は約90%も減少している。ホテルの稼働率は50%となり、中国人観光客を最大の顧客にしていた飲食店、薬品店、高級衣料品店などの打撃は想像に難くない。

3カ月以上にわたっている抗議活動は市民生活を破壊、香港経済に深刻な影響を与えている。あるレストラン経営者は「6月の大規模デモには自分も参加した。しかし、事ここに至ればもはや参加する気もなければ同情する気持ちもない。(デモ隊を)一網打尽にして、奴らが反対していた中国へ移送してもらいたい気分だよ!」と天を仰ぐ。

■香港の現状に絶望、自暴自棄になるエリートたち
デモで大暴れする若者たちの中には香港大学、香港中文大学など名門を出たエリートも少なくない。その彼らですら香港の現状に絶望し、自暴自棄になっている。

大企業に入社し、一生飲まず食わずで働いても、地価世界一の香港ではマンション一つに手も届かない。また、香港の大企業はそのほとんどが中国とのビジネスを有利に運ぶために共産党幹部子弟を役員などに招き入れている。香港のエリートが粒粒辛苦の末に目指していたポストも占領され、「こんな香港ならぶっ壊してやる」と大暴れしているのだ。

前出の土共元幹部は「これまでにない規模の軍事パレードが予定されている建国70年の栄光ある国慶節の際に、香港で反中暴動があっては習近平の顔に泥を塗られることになる。その前に強硬策に出る可能性が最も高いが、10月1日前後の混乱を抑え込める自信があれば、国慶節後でもおかしくない。デモ側が息切れしない限り、鎮圧は必ずある」

100万人単位のデモ参加者を一網打尽にすることは現実的ではないが、香港警察が一部の先鋭化した集団を逮捕、拘束することはたやすい。それでも足りなければ隣接する深センに結集した武装警察隊、人民解放軍に応援を求めればいいだけだ。香港の一般市民の間にいま、中国政府の軍事介入を非難せず、歓迎する雰囲気が徐々に醸成されている。

(転載貼り付け終わり)



[2445]ジェフリー・エプスタインのスキャンダルは米トップ大学にも
投稿者:宮林(会員番号7327)
投稿日:2019-09-14 06:51:30

"[2435]殺されたジェフリー・エプスタインが、アメリカの超財界人の 恐ろしい秘密の儀式の主催者だった。"に記述されているジェフリー・エプスタインから提供された研究資金を受け入れていたことが明るみに出て、マサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学で騒ぎになっています。
AFP通信は、8月23日にMITメディアラボと所長の伊藤穣一氏がエプスタインから資金援助を受けていたことを報じました。この時点でメディアラボ傘下のMITシビックメディアセンターのイーサン・ザッカーマン(Ethan Zuckerman)所長は、エプスタインから援助された資金で研究するのは、彼の研究チームが目指す、社会正義や、社会の主流から置き去りにされた人々や考え方を包摂する価値観を、損なうものだとして抗議の辞任を表明しています。
https://www.afpbb.com/articles/-/3241081?cx_part=p1link
その後、伊藤穰一氏もMITメディアラボ所長を辞任しました。
https://www.businessinsider.jp/post-198351
さらに、MIT理事長もエプスタインからの資金提供を容認していたことを認めました。エプスタインとの関係が大学ぐるみだったということになります。
https://www.afpbb.com/articles/-/3244333

MITのみならず、ハーバード大学もエプスタインから900万ドルの寄付を受けていたと発表しました。
https://www.bostonglobe.com/metro/2019/09/12/harvard-says-received-million-from-epstein/aPYi4VffmSqnXRSWO2jKtI/story.html?camp=bg%3Abrief%3Arss%3Afeedly&rss_id=feedly_rss_brief&s_campaign=bostonglobe%3Asocialflow%3Atwitter

学問が支配層の権力にからめとられている実態が明らかになったと言えるでしょう。
これを見ると、学問分野や研究プロジェクトの「選択と集中」とは、実は支配層が都合の良いものだけを優遇して他をふるい落とすための合言葉なのかも知れない、などということも考えてしまいます。本来は福沢諭吉が「天は人のうえに人を作らず」と言ったように「学問の上に学問を作らず」という態度が正しいのではないかと思い至ります。そう考えると、やはり福沢諭吉は偉いですね。



[2444]千葉県の災害復旧は遅すぎる
投稿者:大川晴美
投稿日:2019-09-11 19:45:49

朝日新聞デジタル2019.9.11より引用

れいわ新撰組の山本太郎代表(発言録、冒頭省略)
でがらしお友達内閣に関してのコメントは特にございません。
そんなことより、千葉の復旧に政府として全力を注いでください。
(引用終わり)

全く同感。政府はやるべき仕事を早くやってください。
大川晴美






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