「1596」 副島隆彦先生の新著『日本が中国の属国にさせられる日』(ベストセラーズ社)が発刊。日本が中国の影響下に呑み込まれるとき、私たちはどのような態度をとるべきか。20世紀の右翼・左翼の両翼思想のタブーを、反権力の思想家である副島隆彦が抉り出す大著です。2016年3月28日

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 副島隆彦の学問道場の中田安彦(アルルの男・ヒロシ)です。今日は、2016年3月28日です。

 副島隆彦先生の新著『日本が中国の属国にさせられる日 迫り来る恐怖のシナリオ』(ベストセラーズ)がこのほど発売されました。書店にすでに並んでいると思います、是非お読みください。まず、まえがき と あとがきを転載します。

アマゾンなどのネット書店サイトでもお求めいただけます

(転載開始)

   まえがき

「中国が日本に攻めて来たら、(私たちは)どうするのか」

 この決定的なコトバに、私は、この本のゲラ(ガリープルーフ。校正刷り)が出たあとにようやく行き着いた。それまではモヤモヤとしながらずっとこの本を書いていた。
 だから本当は、この本の書名は正直にそのまま、『中国が攻めて来たら日本はどうする』にすべきだったのだ。
 だが、これではちょっと品がない。あまりにあからさま(露骨)だということで、それでやっぱり、元のまま『日本が中国の属国にさせられる日』に収まった。これでいい。

 私がこの本を書くに至った動機は一冊の本である。ずっと気になっていた本だ。それは、谷沢永一(たにざわ・えいいち)氏の『こんな日本に誰がした』(17頁にその表紙あり)である。私は谷沢永一先生(2011年3月8日、81歳で逝去。3・11大地震・大津波の直前)といろいろ話したかった。それはもう叶(かな)わない。

 谷沢永一の、この本のサブタイトルは、『戦後民主主義の代表者・大江健三郎への告発状』である。この本は1995年の発売時に大変よく売れた(ベストセラー・リスト入り)。

 谷沢永一(たにざわえいいち)がこの本でやったことは、日本で跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する「進歩的文化人」すなわち左翼リベラル派の人々への激しい糾弾、論難であった。が、私がずっと注目していたのは、それよりもまさしく「中国が日本に攻めてきたら」という重要な課題である。この問題は今もものすごく重要である。

 ただ、敢(あ)えてこのことを問題視しないで、無視するというのならばそれでもいい。人それぞれだ。現に日本の左翼、リベラル派の人々は、無視することになっている。
 私は、無視できなくなったので無視しない。正面からこの問題を取り上げることにした。

 谷沢永一は、この本のP20で書いている。

   天和(てんな)二年に亡くなった山崎闇斎(あんさい)は門弟数千人の豪傑学者、厳粛をもって鳴る在野の独  立独歩型である。このこわい先生をなんとか困らせてやろうと企んだいたずら好きの弟子が、こういう難問をも  ちかけた。
  「われわれ孔・孟を聖人と尊敬して、その学問に忠実であろうといそしんでおります。ところで、もし、です    が、もし孔子を総大将とし、孟子を参謀長とするシナの大軍が我が国に攻めよせてきたら、われわれはいった   い、どうしたらよいでしょうか」
   闇斎(あんさい)先生はじろりと睨んで即座に答えた。
  「日本国民の総力をあげてその軍勢をこっぱみじんに撃退し、孔子と孟子とを捕虜にして本国に送還すべきであ   る」
   日本人として、これ以上の模範解答は想定できないであろう。日本人、ここにありき、と銘記すべきである。
  
  (谷沢永一『こんな日本に誰がした』クレスト社、1995年刊、19-20頁、太字は引用者)

 このように谷沢(たにざわ)は、山崎闇斎(1619-1682)という江戸時代初期の大知識人( 門弟数千人である)が打ち立てた激しい日本中心主義思想に感動しながら、私たちに教えてくれている。
 まさしく「中国が日本に攻めてきたら、そのときどうするのだ」の、今の私たちの脳の裏側というか、腹(肚)の底というか、無意識の意識の中に潜むようにして有るこの疑念、心配、憂慮に対して、すでに1660年頃に答えてくれていた。

 山崎闇斎は、次のように言った。
  私たち日本の儒学者(朱子学者)は、孔子さま、孟子さまの教え(理論、学問、教典)に大変お世話になってきた。しかしそれでも、もし、「シナの大軍が孔子を総大将、孟子を参謀長にして攻めよせてきたら」。それに答えて、「日本国民の総力をあげて、天子さま(天皇)を中心にして、撃退する」。そして、「孔子と孟子を捕虜にして中国に送り返す」と。
 おそらく、これ以上のすばらしい回答は、350年後の今の私たちにもないだろう。

 私は谷沢永一氏を生前にお住まいの兵庫県川西市に訪ねて親しく教えを乞いたかった。が、もうそれはできない。

 まだ生きている私は私なりに精一杯、今の時代の今の日本人に、正直に、率直に、一切の気取りと構え(自分の党派性)を捨てて「さあ、私たちはどうしましょうか」と訴えかけなければ済まない。

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   『日本が中国の属国にさせられる日』◆ 目 次

まえがき

第1章 日本が中国の属国にさせられる日
 「ロスケ・チャンコロ問題」に本気で立ち向かう
 「日本が中国の属国になる」問題は「中国が日本に攻めてきたらどうするか」問題
 私たちは中国に騙された
 「反共の信念」

第2章 反共〔はんきょう〕主義という信念
 共産主義がなぜ邪悪か、を誰も切開しなかった
 人類史は『戦艦ポチョムキン』の後の話をするべきだ
 自分の財産を守るのは資本家の本性
 共産主義という黴〔ばい〕菌
 社会主義思想をもつことは許された
 日本は反共の防波堤になった
 能力のない経営者は経営者をやめなさい
 キッシンジャーは世界基準では中国の手先
 仕事のできない従業員はクビを切られても仕方がない
 待遇改善と賃上げの闘いは認めねばならない

第3章  中国がつくった新しい経済学
 米、日、加以外はみんな中国になびいている
 中国は新しい経済学をすでにつくった
 マルクスの剰余価値説のどこが間違いか
 日本がアメリカから離れて中国の言うことをきかなければならなくなる
 私、副島隆彦はイデオロギーでは動きません

第4章 社会主義、共産主義は何を間違ったのか
 ロシア革命の何が間違っていたのか
理想社会ができると思うな
 「副島君、革命は起きないんだよ」
 ヨーロッパも貧民救済を言わなくなった
 革命が起きないから待遇改善運動しか残らない
 レーニンもトロツキーも大バカ野郎

第5章 暴力革命を否定したマルクス
 マックス・ウェーバーの間違い
 それでもマックス・ウェーバーが正しかったこと
 ロックフェラーたちがソビエトをつくった
 マルクスは暴力革命路線を否定した
 マルクスの教えを守ったヴェラ・ザスーリチ

第6章 中国共産党も確かにこんなにヒドいことをしてきた
中国共産党は残虐なことをたくさんした
 国民党の歴史
 コミンテルンの資金が中国国民党に大量に流れた
 中国共産党はいかにしてコミンテルンの軛〔くびき〕から逃れたか
 「毛沢東に天命が下った」
中国共産党「腐敗」の始まり
 悲惨な大躍進運動、地獄の文化大革命
 中国も間違った革命をした

あとがき

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 あとがき

 この本を書き上げてから、思ったのだが、ひとつ書き忘れたことがある。
 それは、今の世界の中心課題であるIS(アイエス)「イスラム国」の狂信的な過激派のこと、と、それが生んだシリア、北イラクからの難民(レフュジー、refugees )のことだ。日本の保守の責任ある立場の人々は、この難民問題を真剣に考えている。

「他人事ではない。もし中国や朝鮮半島で動乱が起きたら。そのとき日本に中国人や朝鮮人の難民が押し寄せる。そのときどうするか。今のうちから政府は対策を立てるべきだ」と。この保守派の人々の憂慮には十分な根拠がある。

 そんなことは起きるはずがない、と考えるのは物事への配慮が足りない人々だ。おそらく政府はすでに、そのときは、日本海側のなんとか島に1万人か2万人用の収容施設を作る準備をしている、と思う。だが、それでは足りないときに、どうするか、だ。

 ドイツのメルケル首相のように「(今は100万人だが)あと100万人のアラブ世界からの難民が来ても受け入れるだけの準備がドイツにはある」と大きな度量を構えるだけの政治家(指導者)が日本にいるか。

 私は、「中国が日本に攻めてきたらどうするか」について、この本で精一杯自分の考えを書いた。「共産主義の何が、どこがどう間違いか」についても論究した。今のところ自分にできる公共言論としての提出はここまでである。

 KKベストセラーズ社、小笠原豊樹編集長と、夜も寝ないで(ということはなかったが)駆け足でこの本を作った。優れた編集者の支援を受けながら自分の脳(思考力、知恵)の限界を試したかった。記して感謝します。

                       2016年3月   副島隆彦

(貼り付け終わり)

 中田安彦です。今回の本はタイトルは、「日本が中国の属国にさせられる日」ですが、内容は政治思想についての本です。この本の帯(おび)には、おおきく「共産主義の何が悪(あく)で、どこがどう間違っていたのか」とあり、さらにその下には「右翼の恥部=「反共」主義」。「リベラル派の恥部=共産主義」と図式が書かれています。

 さらに表紙をめくると「日本人が、今も共産主義を恐がり、イヤがるのには深い理由がある。中国とロシアの、血塗られた残虐な革命の歴史を肯定することはできない。あれらは、やってはいけない人類史上の大実験だったのだ。

 案の定、大失敗した。今、アラブ世界で起きているIS「イスラム国」という過激派たちの出現の問題も良く似ている。私たちは、それでもなお、日本に迫り来る共産・中国の巨大の力を、正確に測定して感情に走ることなく、冷静に対策を立てなければならない」

 と書かれています。この本は前世紀の思想的大失敗だった共産主義(コミュニズム)に対する明確な否定です。

 ただ、「共産主義によってひどい数の犠牲者が生まれた」という、それだけであれば、これまでも世界的に多くの本が書かれてきました。例えば日本でも翻訳が出ている『共産主義黒色』(ちくま文庫)や、日本の作家では稲垣武氏が書いた『悪魔祓いの戦後史』(文芸春秋)と言った本がそれです。

 しかし、この本がさらに一歩先を行っているのは、「共産主義に反対する運動である反共主義(はんきょうしゅぎ)こそが右翼(保守派)の恥部」であるという判定を明確に下している事です。この点において、副島隆彦という思想家は、右からも左からもイデオロギー的に独立している、同時に反権力(はんけんりょく)の思想家である。そのため、副島先生は「この本は右の人からも左の人からも嫌われるだろう」と言っています。

 私はそんなことはないだろうと思いますが、確かに「南京大虐殺はなかった」とか「中国は今にも崩壊する」と言っている反共主義の産経新聞に出てくるような「自称保守派の言論人」たちはこの本を見て見ぬふりをするでしょう。

 しかし、この本はさらに両勢力の「恥部」を抉(えぐ)り出すだけでは終わらない。それが重要な事だと思います。右側の保守思想は、個人経営者と資産家たちの思想である。その一方で、過去に共産主義を支持したという大きな「恥部」を持つ20世紀のリベラル派の人々の思想は、保守である経営者に対する「労働環境の待遇改善の思想」として生き残っている、と述べている。この経営者の保守思想、と、対決する 労働者の待遇改善の思想というそれぞれの部分については、副島先生は大きく両者を肯定しています。

 だから、この本は「共産主義の何が悪(あく)で、どこがどう間違っていたのか」という大きなクエスチョン(疑問)に対して答えを出している。国内外の思想書でも、ここまで大きな疑問をドカンと提示して、それに対して一定の回答を示している本を私は知りません。海外の思想家たちも、どこかで保守かリベラルかという党派性によりそって言論をしており、この点が大きな盲点になっている。

 私は共産主義にシンパシーを感じる知識人が日本でも論壇の主流であった時代(1970年代まで)を、知りません。ソビエト帝国が崩壊した時(1991年)に、私は高校生でした。だから、私の中では共産主義のソ連や中国による大虐殺というのは、過去の出来事です。ただ、共産主義国家として、今も化石のように生き残っている北朝鮮だけは批判される対象であるとずっと思ってきました。だから、私は高校生の時から産経新聞を読んでいたということこともあり、副島先生の言う「共産主義を恐がり、イヤがる人々の感情」というのは私の中にあります。

 ただ、それでも日本の保守の人々の実態が、「反共主義」によってしか定義づけられないのではないか、と私もずっと思ってきました。やがて、国際勝共連合(統一教会)などが、日本における反共(はんきょう)政治団体として、自民党の清和会(安倍晋三たち)とべったりくっつきながら国民政治をやってきたと知ったので、更にその印象は強まりました。ですから、この『日本が中国の属国にさせられる日』という副島本は、政治思想について真正面から扱った、副島本の中では、昔の『政治を哲学する本』(1995年刊。のちに『決然たる政治学への道』(PHP研究所刊)に改題して出版)と同じくらいの強いインパクトを与えられました。

 読書好きの日本人であればだれでも恐らく、共産主義と反共主義の、いずれかの思想にかかわる体験を持っているのではないかと思います。人によっては、学生時代にその両極の思想にかかわる政治運動に参加した人もいるでしょう。この本はその読書人階級の読み手に訴えている本だと思います。自分の思想的な古傷(ふるきず)に塩をぬりたくられて抉(えぐ)り出される気分になると思いますが、それこそが得難い読書体験なるものでしょう。

 リベラル派にとっての共産主義という恥部のことと同時に、反共(はんきょう)政治運動と自民党の深いかかわりについて、近年になって、安倍政権の誕生後に統一教会、生長の家、日本会議の研究が、ジャーナリズムと言論界でなされてきており、細かい部分はかなり表に出てきています。しかし、それぞれが別々に研究されており、思想の全体像として明らかにされてきたとはいえません。

 保守派もリベラル派もタブーばかりを作ってしまった、もっとはっきりと自分たちの恥部を見つめたうえで、そのうえでその残骸の山が消えてなくなって生き残った今の保守派とリベラル派の両方の思想を正直に肯定していくべきだ、という、この本はそういう本です。

 副島先生がかつて薫陶を受けた柔(やわ)らかい左翼知識人だった久野収(くのおさむ。戦前からの反戦知識人。岩波文化人の代表のひとり。「べ平連」の生みの親。今の週刊「金曜日」の名付け親)という人は、「 副島君、革命は起きないんだよ。革命を起こすことは無理なんだよ。だから、どうするか、なんだよ」と語った、とこの本の中で書かれています。

 どこの国でもかつての左翼政党は、この「革命は起きない、ではどうするか」という問題に答えを出すために活動するようになって、社会民主主義(しゃかいみんしゅしゅぎ)の政党になったということです。トマ・ピケティのようなフランスの新しい経済学者が取り組んでいるのも、この問題です。アメリカのバーニー・サンダース上院議員のやっていることもこの流れに位置付けられているでしょう。サンダースの支持者の老人たちは、かつて暴力革命の思想にかぶれたことがあったかもしれない。ただ、今やそういう思想に政治的には居場所はないわけです。

 そうすることで、世界秩序の変動によって、いよいよ中国が日本を属国にしようとしてきている今、その対応も自(おの)ずと決まってくる、という主張で、ここは「国家戦略家」としての副島隆彦の考えの率直な表明だと思います。

 「日本の右翼の恥部が反共思想だ」という点に関連すれば、最近、次のような政治ニュースが報道されました。

(貼り付け開始)

 「 共産党の「暴力革命」不変 「破防法の対象」と政府答弁書 」
 
  産経新聞 2016年3月22日

  政府は22日の閣議で、共産党に関し「警察庁としては現在も『暴力革命の方針』に変更はないと認識してい   る」とした答弁書を決定した。
  同時に、暴力主義的破壊活動をした団体の活動制限などを定めた破防法との関係では「現在も同法に基づく調査  対象団体だ」と指摘した。鈴木貴子衆院議員(無所属)の質問主意書に答えた。

(貼り付け終わり)

 中田安彦です。 安倍政権がこのように閣議決定までして、日本共産党は今も「暴力革命の方針を変更していない」と政府答弁書を出したというニュースです。私は日本共産党は支持していませんが、このニュースが選挙前の今になって出てきたことに不快感を覚えました。

 保守政党である自民党は「反共の防波堤としてアメリカに育てられて操られてきた」という自分たちの恥部を解決できていないことを良くあらわしているニュースだと思いました。同時に日本共産党も、とっくにただの社会民主主義政党(貧困層への福祉の上乗せと労働者の待遇改善を求める政党)になってしまっている、のに今もこの名前を捨てられない。これは共産主義に対する反省(総括)がまだできていない、ということだと思います。

 この『日本が中国の属国にさせられる日』という本は、日本における思想史の枠組みを大きく規定し直すきっかけを作った本として、今後、高く評価されていくのではないかと思います。  中田安彦 記

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3月31日注記:副島先生がこの本についてのコメントを書きました

[1896]私の最新刊の 『日本が中国の属国にさせられる日』 のことを書きます。
投稿者:副島隆彦
投稿日:2016-03-29 14:34:45

副島隆彦です。 続けて、あと一本書きます。

 私の新刊本が26日発売で、今書店に並んでいます。 政治の本だからあまり売れないだろうと、出版社が判断して、たいして発売部数がありませんから、大手の書店でしか手に入らないと思います。  

 書名は、『日本が中国の 属国にさせられる日』(ベストセラーズ 刊)です。こんな書名にしたから、あまり売れないかなあ、と自分では心配しています。

 アルルくんが、昨日、「今日のぼやき」の方に、さっさと、この本の紹介の宣伝の批評をしてくれました。皆さん読んでください。私よりも 20歳若いアルル君から見たら、私の今度の本は、このように 見えるのか、と私なりに感慨深いです。「やがて中国の属国になるんだよ」と言われて、気分がいい日本人はいないだろうから、あまり良い書名ではなかったかな、と 何度も思います。

「そんなはずはない。中国はもうすぐ崩壊する(共産主義体制だから崩れ落ちる)」と今でも堅く信じて疑わない人も 多い。 それでも、実際には、そんな気配はない。今も強大になりつつある。 中国崩壊論を書き続けている人たちは、内心、肝が冷えているのではないか。 

「 副島隆彦の中国認識は、根本から間違っている」と、私に対して、上から目線で、余裕をもって笑っている人も、この本を読めるように工夫して書いた。

 私自身は、こういう本を今のうちに書いて出しておかなければいけないと、思って急いで書いた。

 この本の帯(おび)には、「共産主義(きょうさんしゅぎ)の何が悪(あく)で、どこがどう間違っていたのか」と 書いてあります。 この本は、共産主義国である中国の日本支配が起きるだろう、という本ですが、私が書いているうちに、

「共産主義という政治思想が、生まれて130年ぐらいだ。 そして、ちょうど100年前のロシア革命(1917年)から、いったい、人類は、どういう悲惨なことをたくさん作りだして、残虐な何百万人もの 政治犯の 大量虐殺を起こして、ここまでやってきた」ということの、私なりの究明、探求の本になった。

 私が、この本を書こうと思った動因のひとつは、私たちの研究員である、藤森かよこさんが、私の講演しているときの、演台のすぐ下の、客席から、質問者として質問したことだ。それは、「副島先生は、中国が日本に攻めてくることに対して、どう考えますか」というものだった。

 私は、面食らって、「あなたのような(高学歴の女性で、見識のある)人でも、そのような心配をするのですか」と、答えた。それは去年の9月の講演会でのことだった。

 藤森さんは、アメリカ文学研究が専門で、女性学(じょせいがく)もなさっていて、そして、何よりもアイン・ランド(Ayn Rand )女史という傑出した、アメリカの政治思想の、リバータリアン思想の生みの親のひとりである文学者の日本における研究者の草分け(先駆者)である。 

 その 藤森さんに、私は、「あなたでも中国が怖(こわ)いのですか」と壇上から問いかけたら、「怖いです」と返ってきた。 だから、私は、この本を書いた。

 読んでみてください。 ただしこの本は、これまで副島隆彦の本も読ます、じっくりと物事を考えたことのない、普通の知能をしている程度の人では、どうせ理解できません。

 このように断っておきます。 本物の読書人(どくしょじん)であり、深く自分の頭で思考できる人しか、受け付けないでしょう。 だから対して、読書体験のない、20台の若者では無理だろう。若者は、自分が生きることで精いっぱいだ。40代、50代の人でも、サラリーマンをやっていたら、仕事が忙し過ぎて、本なんか買って読んでいられない。

 それでも、私、副島隆彦の本に出合って、何か大きなこの世の真実とか、隠されている真実とかに気づいて、自分の人生の意義を見つけた人たちには、分かってもらえる本です。私自身が、自己評価で見ても奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な本です。これまでのような、食い付きの良さはこの本にはありません。 私は、ついに読者(読み手)に迎合(げいごう)することをやめました。

 「共産主義の何が悪(あく)で、どこがどう間違っていたのか」と書くと、これは、世にいわゆる、反共(はんきょう)本、ということになります。そんな 時代遅れの、反共右翼や公安警察の手先(全貌社 )が書くような本を誰が読むか、と 吐き捨てられそうな本でしょう。  だが、アルル君は、そこのところのむずかしさを、的確に見破ってくれました。ありがとう。

 私は、安倍晋三首相 という明らかに、反共産主義=反共(はんきょう)で、頭のてっぺんから体の芯(しん)まで反共主義者である人物に体現される人が首相である間に、この本を書いておこうと思った。

 そして、「安倍ちゃん。頑張ってくれよ。あの態度の悪い チャンコロ、チョーセン人、ついでもロスケ(ロシア人への蔑称)を ちょっと痛めつけてくれよ」 と 安倍晋三を強く支持している 人々に向けて、彼らに読んでもらえるように、と思って、この本を書いた。

 私なりに、彼らの懐(ふところ)の中に、飛び込んで、彼らと対話をできるようにと、彼らの世界(土俵)に入り込んでゆく積(つも)りで、書いた。

安倍晋三が、国会答弁で、急に、「おい、日教組(にっきょうそ の アカ 野郎)。早く質問しろよ」と、首相らしからぬ忍耐の無さで、旧社会党系の 民主党の議員に、歯をむき出してケンカを売るごとく、言ったときのあの態度に、反共主義の堅い信念を見た。 自分が反共(はんきょう)主義者(=勝共(しょうきょう)主義者。共産主義に勝つ主義) であることに、強い誇りを持っていることがよく分かる。 だから、安倍晋三に向かって、私は、それでは、「安倍さん。あなたは、その反共主義の信念のほかに、何を持っているのか」と聞きたい、と思ってる。

 こういう私の問題意識を、副島隆彦の本読みの皆さんに、何とか分かって貰(もら)いたい。みんな自分のことで忙しくて、大変でしょうが、またしても、副島隆彦に脳天を叩かれた、という気になりたい人は、どうぞ読んでみてください。

 それから、この本を書こうと思ったのは、「いまのうちに書いておかなければ、時代に遅れてしまう。先へ先へと、世の中の流れを、ほかの人たちよりも、先へ読んでゆく予言者型(がた)言論人としての、自分の能力の欠如になる」 と考えたからです。

 どうせ、中国がアメリカに勝つ。それには、あと5年もかからない。アメリカの国力の衰退と、帝国(世界覇権国、ヘジョモニック・ステイト)としての世界管理能力が、どんどん減退している。それなのに、「アメリカは強い。アメリカはいつまでも永遠に、世界一だ。アメリカにしっかりしがみ付いてゆくのが日本の道だ」と考えている愚か者たちが、内心でボロボロになって、崩れ果てて、それで、どうするか、というと、ペロリを舌を出して、恥知らずに態度を変えて「アメリカはもうもたないと僕も思っていたよ」と言い出す前に。  私は、書いておかなければいけないのだ。

 私が、この本で書き忘れたことは、次のことだ。 「中国は、今は、まだアメリカよりも、弱い国だ。 金融・経済力でも、軍事力でもアメリカよりも弱い。だから正義がある。中国はチャレンジャー(挑戦者)だから、下から這い上がって来るものの、泥だらけの穢(きたな)さがあるから、だから正しいのだ。 それに対して、今の支配者であるアメリカは、尊大に構えて、まわりを見下(みくだ)して威張っている。だからアメリアは悪(あく)なのだ」 と、 考えていい。

 ところが、である。その今は正義である中国が、本当に、アメリカを追い抜いて、GDP(経済力)でも軍事力でもアメリカと拮抗(きっこう)するようになり、そして、アメリカの金融市場が崩れて、自壊を始めたときに、中国との関係で、逆転が起きる。

 その時である。中国は、じっと耐えてアメリカの衰退を、狙ってきた。そして、アメリカが自分のせいで内部からガラガラと崩れる時に、中国が、日本に対して、どういう態度を取るか、である。

 そのとき中国は甘い態度を、日本に対して取らないだろう。よくも、これまで、さんざん敵対してくれたな、という横柄な態度になるだろう。 今から2000年前の、漢(かん)の帝国に、日本(倭国、わこく)が朝貢(ちょうこう)していた頃と、同じような感じになるだろう。日本は、中国の歴代王朝(歴代の中華帝国)の、朝貢国=周辺属国のひとつ、だったのである。この大きな世界史規模での、歴史の事実を無視して、なにごとか、虚勢(きょせい)を張ってみても、つまらない話だ。 真に知識と教養のある者は、歴史に学ぶ。

 だから、中国が世界一の国になったら、中国は権力者だから、悪(あく)になる。それが冷酷な政治学からの目だ。悪(あく)になった中国が、日本にどういう仕返し、報復をしてくるか、を、今のうちから、考えておくことが必要だ。そのときに震えあがっても遅い。 このように考えて、副島隆彦は、この本を書いたのだ。  中国が本当に世界で一番強い国(次の世界覇権国)になったとき、日本は、どうするのだ。 

 このことを いまのうちから、先へ先へと、予言者の知識人として、考えて書いておかないといけない、と 私は思って、この本を書いた。 

 だから、安倍晋三以下の、日本の反共(はんきょう)思想の燃えるような堅い信念の人々に、このことの備えをそろそろ始めるように、と促(うなが)そうと思ってこの本を書いた。

読んだら、頭が腸捻転(ちょうねんてん)を起こすような奇妙な感じになるでしょう。 読んでみてください。

副島隆彦 記 

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