「2211」 ヤニス・バルファキス著『テクノ封建制』を読む。元ギリシャ財務大臣が暴いたポスト資本主義は封建制への回帰でありすでに現実化しつつある。 吉田祐二(よしだゆうじ)筆 2025年7月27日

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 SNSI・副島隆彦の学問道場研究員の吉田祐二(よしだゆうじ)です。今日は2025年7月27日です。

 ヤニス・バルファキス著『テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。』(斎藤幸平・解説、関美和・翻訳、集英社、2025年)を読んだ。世界の構造はいつの間にか変わっていたのか、と驚かされたのが感想だ。

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 教科書的にいえば、古代の王政・奴隷制の次に中世の封建制があり、近代になり資本主義体制になったというのが大枠での世界史ということなる。バルファキスが主張しているのは、このレベルでの変動が現在起きているということだ。そして、資本主義の次に来るのがハイパー資本主義でも社会主義でもなく、封建制なのだという。

 封建制(feudalism、フューダリズム)と聞いてわれわれが思い描くのは、経済成長が無く、身分が固定化され、格差が拡大する社会だ。つまり、今現在、金持ち階級でない者はどんどん貧しくなるということだ。そうした陰鬱な未来がやがて来る。いや、すでに来ているという。

●ギリシャ財務大臣 バルファキス

 ヤニス・バルファキス(Yanis Varoufakis、1961年-、64歳 )は、ギリシャの経済学者、政治家である。ウィキペディアでの経歴を見るかぎり、イギリスで数理経済学の学位を取ったあと、シドニー大学で長年教鞭をとり、2002年に母国のアテネ大学に奉職している。

ヤニス・バルファキス

 2008年にアメリカでリーマン・ショックが発生すると、金融危機はヨーロッパにも波及し、2010年欧州ソブリン危機(通称:ユーロ危機)が発生した。ユーロ圏のなかでも「弱い環」であるギリシャが財政危機に陥(おちい)り、ユーロ離脱を余儀なくされ、ユーロ体制が瓦解する可能性が高まった。欧州各国は渋々ながらギリシャへの経済支援を行ったが、火種は消えず、ギリシャが定常的な債務超過となった。2015年、反緊縮を掲げる左派政党から選挙に出馬したバルファキスは選挙で勝利し、財務大臣となり、デフォルト(債務帳消し)を示唆しながら各国と交渉したが、敗れて議員を辞職している。バルファキスは、欧州の銀行家に対して激しい怒りをぶつけている。

 とんでもなかったのは、彼らが破綻した銀行を救済するだけでなく、破綻を招いた張本人である犯罪者すれすれの銀行家と、その犯罪的な行為までも免罪したことだ。最悪なことに、中央銀行は銀行家に対して社会主義を適用して救済した一方で、労働者と中産階級に悪しき緊縮財政を押しつけた。大不況の真っ只中で公共支出を削るなんて、いつの時代でもとんでもないことだ。しかも支出を削りながら、同時に金融機関には大量のカネをばらまくなど、愚の骨頂と言っていい。この破廉恥なダブル・スタンダードは、多くの人々に政治不信を植えつけたばかりか、経済にも致命的な打撃を与えた。(『テクノ封建制』、132ページ)

 ここから、バルファキスは正真正銘のポピュリスト(Populist)であったことが分かる。EUの高級官僚や銀行家(バンカー)達から、ギリシャの庶民を救おうとして敗れたのがバルファキスである。

●グローバル・ミノタウロス

 バルファキスにとって、母国を債務危機に陥らせた張本人、根本原因は、2008年アメリカ発の金融危機であり、この危機がなぜ起きたのかを解明することが経済学者としてのバルファキスの使命となった。

 そのことを、バルファキスはギリシャの知識人らしく、「グローバル・ミノタウロス(Global Minotaur)」と名付けた。ミノタウロスはギリシャ神話に登場する、牛の頭を持つ巨人、怪物(モンスター)である。ミノタウロスの現代版は、アメリカ経済の中心部の迷宮に住み、世界中から、特にアジアから流れてくる輸入品を食い尽くし、支払うべきドルはアメリカに留まり投資へと向かった。この世界の構造は、2000年代の初めまではうまくいったシステムであったが、どうしてこのようなシステムになったのか?それは第二次大戦後のブレトンウッズ体制(Bretton Woods System)にさかのぼる。

ミノタウロス

世界牛魔人ーグローバル・ミノタウロス: 米国、欧州、そして世界経済のゆくえ←青い部分をクリックするとアマゾンのページに進みます

 ブレトンウッズ体制はアメリカのニューディール派によるグローバルな金融システムで、欧州通貨と日本円を固定相場によってドルと固定し、欧州通貨と日本円を「ドル化(dollarization)」することであった。巨大なドル市場が形成され、アメリカ工業製品が世界中を席巻した。アメリカが貿易黒字を続けている間はよかったが、やがてベトナム戦争の影響や工業力を強めたドイツや日本による輸出攻勢によりドルがもたなくなり、1971年ニクソン・ショックにより通貨は固定相場から変動相場になった。しかし、ドルはアメリカの覇権(hegemony、ヘゲモニー)を背景にしているので、ドルは下落するどころか安定した通貨となり、世界中のモノと資本がアメリカに集中した。ミノタウロスは、グローバルな資金還流システムは、この時に生まれたという。

(引用はじめ)
 ニクソンがブレトンウッズ体制を終わらせたあとに、別のなにかが起きたのだ。ギャンブラーの正気を失わせるなにかがウォール街で感染を広げ、その過程で欲望が増幅され、あの異常な金額を生み出した。それがなんであったとしても、世界の終わりをもたらしかねなかったという結果から判断すると、巨大な力だったことは間違いない。それが資本主義の権力を経済圏から金融圏へと、つまり工業や商業の分野から投資銀行家の世界へと移行させたのだ。(『テクノ封建制』、65ページ)
(引用終わり)

 金融化したアメリカによる末路は皆知っての通りだ。コンピューターも発達し、複雑な金融商品(derivative、デリバティブ)により金融化は加速し、誰も止められないままバブルが破裂したのが2008年だ。

●クラウド資本

 2008年以後の世界をバルファキスは「テクノ封建制(Techno Feudalism)」と名付けている。

 「テクノ」はテクノストラクチャー(technostructure)の略で、20世紀アメリカを代表する経済学者ガルブレイス(John Kenneth Galbraith、1908-2006年、97歳で死)が複合大企業(Conglomerate、コングロマリット)と政府の官民一体のエリート体制をそう呼んだことに由来する。ジョンソン大統領の「軍産複合体」や、「エスタブリッシュメント(支配階級)」と同じと思ってよい。

 そうした支配階級による封建制が2008年以後、現在における世界体制であるとバルファキスは述べる。では、支配階級とは何かというと、それが「クラウド資本(Cloud Capital)」である。

 アマゾンに代表される、クラウド資本は単なる資本主義における大企業なのではない。これはバルファキスの直観である。

(引用はじめ)
 「アマゾンが資本主義でないとしたら、アマゾン・ドットコムという場所はいったいなんなのか?」と、数年前、テキサス大学の学生に聞かれた。
 「デジタル版の封建領地のようなものだ」。私は直感的にそう答えた。「ポスト資本主義の時代のね。その歴史的なルーツは封建時代のヨーロッパにあるけれど、未来型のディストピア的なクラウド資本がそのルーツを決めている封建領地だ」。それ以来、このときの発言は難しい問いへのそれなりに正しい答えだったと確信するようになった。(『テクノ封建制』、119ページ)
(引用終わり)

 経済学者としてのバルファキスの直感、それは、アマゾンに代表されるクラウド資本は従来型の企業ではなく、地代(レント、rent)で稼ぐ企業である点で大きく異なるのである。

 古典派経済学の完成者、デヴィッド・リカード(David Ricardo、1772-1823年、51歳で死)は『経済学および課税の原理』を著わした。そこで論じられていたのは、封建制を代表する地主階級による「地代」と、産業資本家による「利潤」の相克である。当時、勃興した産業資本家階級は、地代を上回る利潤を得て資本主義の世界を切り開いた。

デヴィッド・リカード

 その資本主義から、その内部から、資本主義に取って代わる者たちが現れた。それがクラウド資本家たちで、その儲けは「利潤(profit、プロフィット)」ではなく、「地代」なのである。ここで、経済システムは資本主義から封建制へと逆流する。

テクノ封建制

●クラウド領主

 クラウド領主(Cloud Lord)たちのもとでは、従来型の企業は封建領主のもとでの「クラウド封臣(Cloud Vassal)」となる。例えば、ソニーは製品をアマゾンで売る場合、地代をアマゾンに納める必要がある。従来型の企業をその上から治めているのがクラウド領主だ。

 さらに、モノを売るサイトではなく、フェイスブックやツイッター(現 エックスX)などのSNSのクラウド領主たちのもとには、自発的に、タダ働きで領土を耕す「クラウド農奴(Cloud Serf)」の群れがいる。 クラウド農奴たちの日々の労働が、クラウド領主たちをますます富ませているのだ。

 このように、モノと情報はクラウド領主たちによって押さえられている。しかもほとんどの人はそれに気づいていない。便利だなあ、といって自分たちは賢く利用していると思っている。ところが、実際に利用されていることに気づいた時にはもう手遅れになっている。

●クラウド資本の闘争

 このような視点でみると、現代の動きが分かるようになる。その一例がイーロン・マスク(Elon Musk、1971年-、54歳)によるツイッター社の買収問題だ。当時、なぜマスクがあれほどツイッター社の買収にこだわったのか憶測が流れたが、クラウド資本を手に入れることが目的だったのだと分かる。電気自動車テスラはいくら売れてもクラウド領主にはなれない。マスクの目的はクラウド領主の仲間入りをすることだったのだ。

イーロン・マスク

 もうひとつの重要な点は、アメリカのクラウド資本を脅かすのは、もはや中国だけだということだ。ヨーロッパにはクラウド領主はいない。つまりヨーロッパはこの新しい経済戦争からは完全に脱落している。そして、アメリカのクラウド資本を脅かすのは、百度(バイドウ)やアリババ、テンセント、平安(ピンアン)、京東(ジンドン)商城らを擁する中国だ。これらの企業は日本では知られていないが、その規模はアメリカのクラウド資本を凌駕する。

 クラウド資本はいまや「経済安全保障」の最重要課題だ。もっとも有名な例がティックトック(TikTok)のアメリカ国内での禁止措置だ。あの若者向けのバカ動画サイトがなぜ問題になるのか、みな疑問に思ったはずだ。新聞報道では、情報セキュリティ上の問題があると報道されたが、本当の理由は経済問題だとバルファキスは述べる。

(引用はじめ)
 ティックトック(TikTok)は、アメリカ市場向けのプロダクトを新たに製造するためにアメリカの顧客からドルを支払ってもらう必要はない。サーバー、アルゴリズム、光ファイバーはすでにそこにあり、中国国内の資金によって維持管理され、アメリカの顧客に向けて人気動画を投稿しても追加コスト(限界費用)は一切発生しない。これが決定的な違いだ。だからTikTokはアメリカの貿易赤字にもドルの覇権にも頼らずに、アメリカ市場から中国へとクラウド・レントを吸い上げることができる。(『テクノ封建制』、198ページ)
(引用終わり)

 前段で説明した通り、第二次大戦後の世界はグローバル・ミノタウロス、グローバルな資金還流システムに沿って運営されていた。中国製品がアメリカを席巻するのは良い。その資金はアメリカ国内に還流するからだ。しかし、クラウド資本はそうではない。クラウド資本によって稼いだカネはそのまま中国本土に流れる。これはアメリカとしては 経済安全保障上の大問題だ。だからTikTokを禁止したのだ。

 そうみると、2018年にアメリカが華為(ファーウェイ、Huawei)に対して禁輸措置を講じたことも分かる。アメリカは、中国とのクラウド資本戦争の真っ最中なのだ。

●クラウド資本と銀行

 以上、バルファキスによる、クラウド資本の解説をみてきた。しかしながら、クラウド資本がいくら巨大だといっても、数ある産業分野のなかの一角に過ぎないと思うかもしれない。しかし、クラウド資本はもはや全産業の中枢となっている。

 バルファキスによれば、2008年の金融恐慌以来、破綻危機に瀕した銀行を救うため、中央銀行は民間銀行に対して融資を行った。銀行はお仲間である大企業に対して気前よく融資を行った。しかしそれ以外の企業に対しては貸出をしなかった。大企業は投資をする訳ではなく、自社株や不動産に投資した。そして、巡り巡ってクラウド資本に資金が流れたのである。

(引用はじめ)
 もちろん、中央銀行からのタダのカネが直接クラウド領主に流れ込んだのではない。最も通りやすい道を流れただけだ。まずは銀行を通じて伝統的なコングロマリットの経営陣にお金が流れた。一般大衆が貧困にあえぐ中で、大企業は投資には目もくれず、自社株買いに其のお金を使った。その総量は莫大で、ものすごい勢いで流れ込んだため、周辺のありとあらゆる資産価格が上がった。株も、債券も、デリバティブも、金融屋が売りに出すすべての紙きれが値上がりした。(『テクノ封建制』、142ページ)
(引用終わり)

 筆者(吉田)は経済景気の問題に対しては信用創造論者であるから、景気が悪いのは銀行が企業に対して貸し出しを行わないからと考える。上のバルファキスの分析から、中央銀行が民間銀行に対して金利をゼロにしてまで融資しているのに景気が良くならないのは、銀行が一般企業にまで融資をしていないからであることが分かる。

 クラウド資本に回った資金によって、クラウド資本やインフラへの投資をさらに行い企業規模を拡大している。それによってますますクラウド資本の支配力は強まる。そして、さらなる大不況が起きるだろう。

 中央銀行の腐ったカネで行われた投資は、クラウド資本の蓄積に回った。2020年までにクラウド資本に蓄積されたクラウド・レントは、先進国の純所得の多くの部分を占めるまでになっていた。このことが、利潤が後退してクラウド・レントが優位に立ったことを端的に表している。左派寄りの人でなくとも、レントの大復活によって不況がさらに深まり、より被害が広がっていくことは分かるはずだ。(『テクノ封建制』176ページ)

 まさに、利潤よりも地代(レント)が大きくなる時代がもう来ている。封建制の復活である。

●現在のアメリカを支配する者たち

 最後に、クラウド資本と結託(けったく)する金融業界についてもみてみよう。

 金融屋のための社会主義は、クラウド領主と肩を並べる別の種類の金融界の超支配者の一群を生み出した。それは、プライベート・エクイティ(private equity)とすべての伝統的資本家を合わせた以上の力を持つアメリカ企業3社、ブラックロック(BlackRock)、バンガード(The Vanguard Group)、ステート・ストリート(State Street Corporation)だ。金融業界でビッグ・スリーとして知られるこの三社が、アメリカ資本主義の実質的な所有者だ。言い過ぎだと思うかもしれないが、これは誇張ではない。

(引用はじめ)
 ほとんどの人はこの3社の名前を聞いたことがないかもしれないが、ビッグ・スリーが所有する会社は知っているはずだ。たとえば、アメリカの主要航空会社(アメリカン航空、デルタ航空、ユナイテッド航空)、ウォール街のほとんど(JPモルガン・チェース、ウェルズ・ファーゴ、バンク・オブ・アメリカ、シティグループ)、そしてフォードやゼネラルモーターズなどの自動車メーカーもそうだ。さらにこの三社はアップル、マイクロソフト、エクソンモービル、GE、コカ・コーラなどニューヨーク証券取引所上場企業の約九割を保有する最大の株主なのだ。(『テクノ封建制』、147ページ)
(引用終わり)

 なんと、アメリカの金融業界は、2008年の金融危機のあと、20年近くの間にすっかり様(さま)変わりしていたようだ。かつて筆者(吉田)が調べたことのある、チェース銀行やシティ銀行は名前こそ残っているものの、新興の金融企業3社に支配されている状態だという。ここには、もうロックフェラー一族の影響力もなさそうだ。

 この3社のうち最も規模の大きいブラックロック社からは、バイデン政権で2名を閣僚に送り込んでいる(国家経済会議委員長ブライアン・ディーズと財務副長官アデワレ・アデエモがブラックロック社出身だった)。

 今後のアメリカ政治分析では、上記3社の動向とクラウド資本の動向をそれぞれ注意していく必要がある。

(以上)

参考文献

ヤニス・バルファキス (著)、斎藤 幸平 (解説), 関 美和 (翻訳)『テクノ封建制』(集英社、2025年)
ヤニス・バルファキス (著)、早川健治 (翻訳)『世界牛魔人-グローバル・ミノタウロス: 米国、欧州、そして世界経済のゆくえ』(那須里山舎、2021年)
リカードウ (著), 羽鳥 卓也 (翻訳), 吉澤 芳樹 (翻訳)『経済学および課税の原理』(岩波文庫、1987年)

(終わり)

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