「2135」 映画「オッペンハイマー」を見た(第3回・全3回) 2024年6月4日

副島隆彦です。今日は2024年6月4日です。

映画「オッペンハイマー」の感想の3回目です。

この映画にも出てきたけど、アーネスト・ローレンス(Ernest Orlando Lawrence、1901-1958年、57歳で死)という若い物理学者がいた。彼が一番優秀だったらしい。彼がカリフォルニア大学バークレー校の代表教授です。最後までオッペンハイマーを支援して、「何も間違ったことをしていない。正しい人だ」と議会でも証言した。アーネスト・ローレンスは人格者だ。それでも彼はその後の水爆推進派だ。穏やかな人で、エドワード・テラーと喧嘩(けんか)をしなかったみたい。

アーネスト・ローレンス

だから、ローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)は今もバークレー校のそばにある。リバモアという場所は、バークレー校のそばです。サンフランシスコから60キロくらい東だ。アーネスト・ローレンスという学者は、自分の名前が研究所の名前として残ったぐらいだから優秀だったのだろう。彼もオッペンハイマーの同僚ですね。

ローレンス・リバモア国立研究所

もう1人、ハーコン・シュヴァリエ(Haakon Chevalier、1901-1985年、83歳で死)というのは文科系の作家で、ロマンス語の大学教授が出て来た。カリフォルニア大学バークレー校でオッペンハイマーと仲がよかったみたいだ。彼が何か教えていたかというと、「バガヴァッド・ギーター」を教えた。古代インド思想で、『マハーバーラタ』の中の「バガヴァッド・ギーター」 Bhagavad Gita という大(だい)叙事詩があって、その中でヴィシュヌ神(Vishnu)という女の一番美人の女神がいるんですが、それがクリシュナ(Krishna)というちょっと魔女みたいなのに変わるんです。

ハーコン・シュヴァリエ

そのクリシュナが、” Now  I  Am  Become  Death .  ”「 私は死神(しにがみ)である」、そして” The  Destroyer  of  Worlds ” 「私は、この世界の破壊者である」という言葉を言った。この映画の中で、サンスクリット語で書かれた文献を、オッペンハイマーが、愛人の女と寝ている横で読んでいた。この愛人は後に自殺した。

https://www.youtube.com/watch?v=WQLtnBMOSe4

オッペンハイマーには、ジーン・タトロック(Jean Tatlock、1914-1944年、29歳で死)という愛人がいた。ジーンは学生時代からの愛人だ。精神科の医者になったが、自分が精神病患者でもあって、自殺した。映画の途中で、「1936年から知り合っていた」というから、オッペンハイマーの奧さんとも同じぐらい長い知り合いだ。奧さんは キャサリン・“キティ”・オッペンハイマー(Katherine Vissering “Kitty” Oppenheimer、1910-1972年、62歳で死)で、キティは美人じゃなかった、ブスだったんだそうです。何で結婚したか分かりません。とにかく最後までキティは奥さんとずっと一緒に居ました。オッペンハイマーを育児ノイローゼでひっぱたいたりした。赤ちゃんがぎゃあぎゃあ泣いていた。

実物のジーン・タトロック(左) と タットロックを演じたフローレンス・ピュー(右)

オッペンハイマーと妻キャサリン (実物)

「 私はずっと赤ちゃんの面倒を見ているのよ」と言ってね。あれを言われると男はほんとに嫌だ。ほんと女というのは悪い生き物だと私は思う。ぎゃあぎゃあ赤ちゃんを泣きっ放しにしておいて、男がそれに屈服するのを待っている。私もやられたから分かる。少しアル中だったかもしれません。女というのは悪い生き物だ。男を脅す。愛人のジーン・タトロックが一番良い役を演じている。

オッペンハイマー家族の写真 (実物)

この映画で、みんなが印象深いのは、核爆弾が破裂したときの、ドカーン、ドカーンと、すさまじい音を映画の前半で20回ぐらいやった。見た人は、あれをがんがんやられた。あれは、私、副島隆彦が、講演会のときに時々大きな声を出して寝ているやつを、脅かして起こすのと全く同じ効果だ。監督のクリストファー・ノーランは偉いですね。観客を起こすんです、あの激しい音で。映画が3時間もあって長いから。

最初の2時間だけで大きな音をやったようだ、計画的に、ドカーン、ドカーンと。あれをIMAX(アイマックス)という特別な映画館で観ると、うちの息子が言っていたけど、65ミリプラス何とかで、すさまじい画面だそうだ。音量もさらにすごい。池袋のサンシャインビルの地下に大きいのが日本にあると。あの激しい音と、ぴかぴか稲光と、あれでびっくりさせておいて、ジーン・タトロックと、何とこの映画の一番大事なところで、ノーラン監督がすぐれているのは、オッペンハイマーの頭の中を描くのだそうだ。その頭の中を描くというところに意味がある。

1956年のリンチ(私刑)に等しい査問(さもん)委員会にかけられて証言しているシーンの中で、2人で裸で抱き合っているシーンに置きかえた。オッペンハイマーとジーン・タトロックが。この映画を観たアメリカ大衆はこのシーンだけを覚えているだろう。そういうもんだよ。それを斜め後ろの1メートルぐらいの後ろで、奧さんが座ってじっと見ている。

女2人で睨み合いをする。だがジーン・タトロックのほうが奥さんをにらみつける。奥さんはオッペンハイマーの証言を見てる。この人たちは長年の友人ですからね。だからといって、それ以上、つかみ合いのけんかをするとか、そういうことはしない。ここが大事なところでね。

オッペンハイマーはウーマナイザー(womanizer)、女たらしだ。ケンブリッジ大学にいたころから、そしてドイツの ゲッティンゲン大学とか、フランクフルト大学とか、ハイデルベルク大学とかにも行っている。1、2年でどんどん大学教授の職を別の大学に異動する。優秀な学者は次々と招かれて雇われく。行った先の大学教授の奧様たちと寝ちゃうんですよ。とにかく有名な大学教授の奥様と寝ちゃう。それがオッペンハイマーの真実で、そのことは割とみんな知られているよ。

しかし、このことを、さらに私、副島隆彦が、深く解説すると、本当のことを言うと、優秀な大学教授たちは仲間内で、フリーセックスをやっていた。今もそうだ。これは秘密結社の儀式の一種です。ハーヴァード大学の教授たちも、進歩的人間たちだから、奧さんたちも進歩的人間たちだから、乱交パーティーをやっている。ディオニュソスの祭り(Dionysiaques)をね。これはギリシャ語。ローマ語ではバッコスの祭り(The Bacchanal バカナール )と言う。古代も中世もヨーロッパの貴族たちは乱交パーティーをやっていい。今もやる。私の知っているある東大教授が、ハーヴァード大学のパーティの後、「君はいいから、先に帰りなさい」と言われたんです(笑)。

ディオニュソスの祭り

ハーヴァード大学で、パーティで、日本からの客としてスピーチした。その後で、一緒に彼らについていこうとしたら、「君は帰りなさい」と言われた。みんな奧さんたちを連れて、そういうパーティーの後は乱交パーティーの夜会に行く。この欧米の貴族と学者たちの、文化、伝統のことを日本では誰もしゃべらない。だいたい日本人はその夜会に入れてもらえない。

欧米の白人の大学教授たちは、そろってユニテリアン(Uniterian)だ。彼らは、一応教会に通うんだけど、どこの大学も、ヨーロッパ、アメリカで、理科系の大学教授たちでも、一応クリスチャンですというふりをする。そして、大学のそばにあるユニテリアンの教会にゆく。そこは裏側は、フリーメイソンの儀式を行う部屋が有る。この話はもうしません。裏側は秘密結社でもある。この映画の中で、オッペンハイマーは、「ロスアラモスにもすぐに教会をつくれ」と言っていた。

ハーバード大学ユニテリアン・ユニーヴァサリスト教会

ユニテリアンの教会です。そして子供たちがぼこぼこ生まれる。ロスアラモスに、家族を連れて来ていますからね。だから男と女の恋愛は自由だ。これがプロテスタント運動の思想の根幹だ。このことは、この間私が書いた『教養としての ヨーロッパの王 と 大思想家たちの真実』(秀和システム刊) にたくさん書いた。

プロテスタント運動というのは、男女の愛を認めよ、性欲の解放をせよということです。あとは金儲けの自由を認めろ。と金貸し業のユダヤ人まで全部集めて人間を楽しませろ、という思想。このことを私は書いて本にした。

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頭の中を描くというのがクリストファー・ノーラン監督の偉さだそうだ。「バットマン」の映画の「ダークナイト」というシリーズだ。3つか4つの作品のシリーズだ。バットマンという人間がどのように出来ていったかを描いていた。その前の「バットマン」シリーズとは全然、違う。それでノーランの評価が高くなった。 あと1作、高い評価の映画がある。何とかというの。それを私は見なければいけないのだが。ノーランのすぐれた映画と言われている。

頭の中を描く。メタファーということだと思う。メタファーこそが映画の魂で、事実、真実を描くといいながら、簡単に言えば人間の脳の中の真実を描くのだ、という考え方だ。それが新しい映画作りだ。事実に即していなくていい。それは当たり前だ。映画がある場面を強調したりするのは当然だ。

だから、オッペンハイマーが、ロスアラモス研究所を閉めろと言って、自分としては最後の幹部たちへの演説のシーンで、その集会所から出ていくときに、広島の原爆で炭(すみ)になった赤ちゃんをぐしゃっと踏み潰すシーンが出てくる。ああいうのが頭の中なんでしょうね、きっと。あれだけでいい訳ですよ。日本に対する、何というか、オマージュとは言わないけど、広島・長崎問題はね。あの程度できちんと扱っていましたということになる。あとは、人類に核戦争、核兵器が必要かどうかが問題だ、という形で、これからもずっと残っていく。これは止めるに止められない問題で、今につながっている。

最後に、これだけは話しておきますが、重要なのはニールス・ボーア(Niels Bohr、1885-1962年、77歳で死)とオッペンハイマーの会話だ。あとヴェルナー・ハイゼンベルク(Werner Heisenberg、1901-1976年、74歳で死)だ。彼が本当は原爆をつくった。ただしドイツ製の原爆は、アメリカ側に持ち去られたときに、まだ重水(じゅうすい。heavy water)が足りない。

ニールス・ボーア

ヴェルナー・ハイゼンベルク

これは「テレマルクの要塞」(1965年作 )という映画になっている。テレマークというノルウェーの山奥の貯水池の発電所が舞台だ。世界中で、ここでしか重水は取れなかった。だから、ドイツ軍と、それと戦うレジスタンス及び米軍の兵士たちが命がけの戦闘を行って、そこで重水を取り合いをする。こういう極めて重要な映画がある。

テレマルク水力発電所

重水が手に入らなかったから、ドイツは原爆の最後の仕上げができなかった。ハイゼンベルクたちの負けだ。それがロスアラモスには有った。それを使って核分裂を起こさせた。

ただ、広島も長崎も地上に落ちる瞬間のところで爆発した。地上1キロもないところだと思う。地上500メートルかな。そこで爆発しないと駄目なのだ。それがうまくできた。このことを今も私は少し疑問に思っている。落ちる途中で気圧が、がーっと下がっていくから圧縮されるわけなのか。ぎゅーっと圧縮されるから爆発する、という理論らしい。詳しいことはわかりません。

真実というのは剥がれ落ちるように、のちの時代に明らかにされる。オッペンハイマーは62歳まで生きている。1967年まで生きている。1956年に赤狩り旋風でぼこぼこにひどい目に遭って、名誉剥奪された。査問委員会にかけられた後の議会の聴聞会でも。1954年からずっと嫌われている。

休職処分ということで、追い出された。どこかに住んでいたんだろうけども。それから、9年後の1963年に。これが大事だ。ニクソンも議員で出てきている、あのシーンに一瞬。1963年に、上院も民主党のほうが強くなっていた。それでオッペンハイマーを名誉回復させろということで、彼は、エンリコ・フェルミ賞をもらった。それはプレジデンシャルメダル、大統領勲章でもあるようだ。 1963年に、もうジョン・F・ケネディ(John Fitzgerald Kennedy、1917-1963年、46歳で死)が大統領として署名した。

ところが、その11月22日にケネディがダラスで殺された。だから、そのすぐその後、ジョンソン副大統領、こいつは悪(わる)ですけどね。デヴィッド・ロックフェラーの忠実な子分のリンドン・ジョンソン(Lyndon Johnson、1908-1973年、64歳で死)が副大統領から大統領になって、オッペンハイマーにメダルをあげた。そのシーンが映画に、一瞬、出てきた。ジョンソンの顔は出てこなかった。そこで名誉回復した。そのときオッペンハイマーは、エドワード・テラーと握手した。しかし奧さんのキティは握手しなかった。そこを違いとしてきちんと描いてあった。その後、オッペンハイマーは、さらに4年生きて62歳で死んでいる。これで終わります。

授賞式の様子  (実物)

(終わり)

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