明るい問題作を語る(ロックギター馬鹿一代)後編

相田英男 投稿日:2019/11/20 18:59

相田です。

本タイトルは、これで終わりです。長文ご容赦のほどを。
中年のダメダメな洋楽リスナーが正直に綴った、ロックの手引書の一つとして眺めて下さい。

(前回より続き)

4. 恐れていた大ミスマッチ

(相田)それでだな、「ブロウ・バイ・ブロウ」で、遂にインスト路線に開眼したジェフは、同じような歌無しのアルバムを2枚続けてヒットさせる。しかし、このままスムーズに進まないのが、ジェフの哀しくも可笑しな運命だよな。

「ブロウ・バイ・ブロウ」の直後から、イギリスのロック界全体が大きく変わり始めた。セックス・ピストルズを始めとするパンク・ロックの台頭だ。貧乏なニイちゃん達が、「何であんなに、チマチマと長いことギターの練習をしないと、デビューできないんだ。ヘタクソでもいいじゃねえか?もう、あんな変な、長たらしいプログレの曲なんか、ダサくて聴きたくもないぜ!!」と訴え始めた。

今にして思えば、確かにわからなくもない主張だ。だけど、その当時は子供だった俺には、パンクロックは、汚さとだらし無さの印象が強烈すぎて、付いて行けなかった。まあ子供には、そこまで理解出来なくても当たり前なんだけど。

これでイギリスのロックシーンが、ガラリと変わった。それまで活躍したベテランのバンドは、次々と解散した。まともな形で80年以降も残ったのは、クイーンとストーンズくらいだろう。ツェッペリンも解散して、イエスとかクリムゾンは、名前は同じでも全然別のスタイルに変わったしな。

そんな時代の「重厚長大ロック」を否定する流れに合わせて、ジェフもインスト路線から、再度、軽い歌モノ曲への変更に迫られた訳だ。

ーで、組まされた相手がナイル・ロジャースだったと。

(相田)「フラッシュ」と同じ時期にナイルは、デビット・ボウイの「レッツ・ダンス」や、マドンナの「ライク・ア・バージン」をプロデュースして、大ヒットを飛ばしてる。デュラン・デュランなんかのアルバムも手掛けてたりして、80年代の代表的なヒットメイカーだった。レコード会社の奴らも、小難しいジェフの曲を流行りの聴きやすいアレンジに変えて、一発当ててやれ、と狙ってたんだろう。

でも、結果は散々な出来だった。ナイルが連れて来た、ボーカルのジミー・ホールが、ジェフと全く釣り合わない。ナイルの曲のアレンジも、ジョージ・マーティンに比べたらあまりにも単純過ぎた。だから、蓋を開けてみると、ジェフの派手なギターが、地味な歌の後ろで空回りし続ける曲ばかりになった。ジミー・ホールも決して歌が下手ではないけど、あまりにも普通過ぎて、ジェフとのバランスが全く取れないんだよな。

A面2曲目の「ゲッツ・アス・オール・イン・ジ・エンド」なんか、典型的なダメ曲だ。まるで、近藤マッチの後ろで野村義男がギターを弾いてるみたいな、安っぽい雰囲気になってる。聴いてるこっちの方が、顔から火が出るくらいに恥ずかしくて、いたたまれない気持ちにさせられたよ。「何で、こんなダセエ曲のバックで、ジェフがギターを弾かされてるんだ?」と、当時は聴きながら、怒りと理不尽さが増すばかりだった。

ビジュアル系のデビット・ボウイとかマドンナには、この程度のアレンジで丁度いいんだろう。けれど、ジェフの場合は、彼らとは音楽家としての能力の次元が違いすぎた。結果、ナイルの曲ではジェフの持っている、フレーズの斬新さ、とか、ダイナミックさ、とかの長所が完全に消されている。本場ニューヨークで有名なアレンジャーでも、音楽センスが無い奴も居るんだな、と、俺も聴きながら勉強になったよ。ジョージ・マーティンとは正反対の野郎だよ、ナイルは。

アルバムのB面でナイルは、ジェフ本人に2曲も歌わせている。これがまた、期待にたがわない情けない出来でさ・・・やる前からこうなるって、わかってるだろうに。ジェフ本人が乗り気でないのに、アルバムの穴埋めで、ナイルがおだてて無理矢理に歌わせたみたいだ。

ここまで、ジェフのファンの神経を逆撫でする曲ばかりを、アルバムにずらりと並べるのも、大したもんだよ、ナイル・ロジャースは。喧嘩売ってるのか、全くよ?

ーでもこのアルバムには、ロッド・スチュアートが歌っている「ピープル・ゲット・レディ」が、入っていますよね?

(相田)そうなんだよ。この曲だけは唯一の例外で、もの凄い出来ばえなんだ。スローなバラード曲としては ー 歌詞はゴスペルなんだけど ー ジェフの作品では最高作だろう。おそらく、全てのロックシーンのバラード曲の中でも、ベスト3に入ると俺は思う。「イエスタデイ」にだって負けない格調の高さが、「ピープル・ゲット・レディ」にはある。100人が聴いたら、100人全員が感動する名曲なのは間違いない。

ソロになってからのロッドの曲でも、おそらくこれが最高作品だろ?「セイリング」や「アイム・セクシー」なんかより、こっちの方が遙かにいい曲だよ。

ーギターも、繊細、且つ大胆なテクニックを駆使した名演だと、僕も思います。この頃から、ジェフがピック無しの指弾きにした事もあり、ギターが凄くいい音で鳴ってます。

(相田)この一曲だけが抜群の、歴史に残る程の名曲で、残りのほとんどが大駄作というアルバムも、なんか珍しいよな。アルバム全体で曲の出来がいいとか、全体がイマイチ、というのはあるけどさ。その意味では、やはり、ロック史に残る珠玉の「問題作品」だよな、「フラッシュ」は。

でも、今になって考えると、「フラッシュ」がこうなった理由もわからなくもない。この時が、30代半ばだったジェフにとっては、キャリアとして最高の時期だったのよ、おそらくは。ギターのテクニックと音楽センスの両方が、最高のバランスでこの時のジェフには備わってたんだ。だから、ごくごく普通の実力のジミー・ホールの歌と併せると、ギターの音とのギャップが大き過ぎて、滑っちゃったんだ。

逆に言えばだな、当時の絶頂期のジェフが、同じレベルの高い実力を持つボーカルと組んでいたら、自然と名曲が出来てしまう、という事なんだ。

ロッドが歌う「ピープル・ゲット・レディ」が、唯一、名曲に仕上がっているのがその証拠だ。この時期にジェフは、ミック・ジャガーやティナ・ターナーとかの、実力のある歌手のアルバムにゲストで参加して、ギターソロを弾いている。その中に、名演が結構あるんだよ。並べるとこんな感じだ。

ティナ・ターナー:アルバム「プライベート・ダンサー(1984年)」から
・プライベート・ダンサー
・スティール・クロー

ミック・ジャガー:アルバム「シーズ・ザ・ボス(1985年)」から
・ロンリー・アット・ザ・トップ
・ラッキー・イン・ラブ
・シーズ・ザ・ボス

この5曲は、全てが、強力なボーカルにトリッキーなジェフのソロが組みあわさった、名曲ばかりだ。これに、「ピープル・ゲット・レディ」を加えると、「フラッシュ」とは打って変わった、物凄い傑作が6曲並んだ作品集が出来る。このレベルの曲があと3曲くらいあったら、それこそが、ロック史に永遠に残る、超名作アルバムになっただろう。本当は、そんな名作を作れた筈なんだ、当時のジェフの実力ならば、自然とな。

それが、どういう訳だか「フラッシュ」なんていう、ダサ過ぎるアルバムになっちゃったんだよ、全く・・・なあ。

これ以降のアルバムでは、ジェフは懲りて、再び歌無しのインスト路線に戻る。そして今に至る訳だ。でも、そこでは、「フラッシュ」の時期には無意識にスパークしていた、迸るような音楽センスの発露(暴走)が、もう聴けなくなっている。周りの楽器とバランスを取るような冷静な演奏に、ジェフは変化してしまった。年取って落ち着いたせいだろうけど。

やっぱりあの時期に、音楽センスに欠けたナイル・ロジャースに、ジェフをプロデュースさせたのは、大間違いだった。あまりにも罪深いとしか言いようが無い。

5. ライトハンド奏法 vs ハーモニクス指弾き奏法

ー「プライベート・ダンサー」は、名ギタリストのマーク・ノップラーの作詞、作曲です。けれども、彼は自分でギターを弾かずに、ジェフを呼んでるんですよね。

(相田)ノップラーも相当にギターが上手いのに、自分じゃなくて、ジェフにソロ任せるとはな。あいつも、よくわかってるよな。そして、一緒にサックスを吹いてるのがあの・・・

ー「アースバウンド」のメル・コリンズですよね。クリムゾンの後で、こんなのやってたんですね。

(相田)夢の共演、て訳じゃないけど、二人揃うと、俺たちには味わい深いものがあるよな。

ところで、同じティナのアルバムで、もう一曲ジェフが演奏しているのが「スティール・クロー」だ。あまり知られてないが、この曲のジェフのソロも、物凄い演奏だ。アップテンポの、シンプルな8ビートロックだけど、ギターのテンションが物凄く高い。甲高いハーモニクス(倍音)気味に音を調整して、どうやってあんな音を出せるのか不思議なくらいだ。アップテンポの歌もの曲では、これがジェフの最高作品だと、俺は思う。

で、最後に、だ。どれくらいこの曲でのジェフが凄いかを、同じ時期にヒットした、マイケル・ジャクソンの「ビート・イット(1983年)」と、比較してみよう。ティナとマイケルの歌の実力が同じと仮定すると、ギターの違いがわかりやすいだろう?

ー「ビート・イット」って、日本人なら誰でも知ってる、マイケルの大ヒット曲じゃないですか。有名なリフをスティーブ・ルカサーが担当して、サビのギターソロをバン・ヘイレンが飛び入りで弾いているという。あのギターソロは、それまで聞いたことないような、物凄い高速のタッピングですよ。テクニックでは、ジェフは全く敵わないでしょう?

(相田)昔はタッピングじゃなくて、ライトハンド奏法って言ったんだよ。確かに「ビート・イット」のあのソロは、人間が可能な限りの大量の音符を叩き込んだ、という凄いテクニックだ。流石はバン・ヘイレン、という感じの、32分音符か64分音符なのか、ようわからん、という位の荒技だよ。

片や「スティール・クロー」のジェフのソロだけど、驚くべきことに、全部8分音符なんだ。バン・ヘイレンのソロに比べると、音符の数が桁違いに少ない。ジェフはピック無しの指弾きだから、早弾きを追求しても限界があるからな。けれども、そこでのジェフのソロは、ゆるい雰囲気には全くならずに、「ビート・イット」に負けない位の緊張感を醸し出している。

あの不可思議なまでに甲高いハーモニクスの響きと、指で弦を弾く時の微妙なタッチの違いを駆使して、絶妙な緊張感とテンポのノリを、ジェフは曲に与えている。調子が良い時のジェフは、こんな感じで、早弾きに頼らなくても、緊張感のあるフレーズを作れるんだ。「スティール・クロー」では、このことを証明している。

ーリフの方も、スティーブ・ルカサーは、手の込んだ凝ったフレーズを使ってます。けれど、ジェフのリフは、長いコードを「ジャーン」と幾つか鳴らすだけの、単純なものですね。でも、その単純なリフが、物凄く曲にフィットしてます。トレモロアームの効果音を「ウィーン」とか入れたりして。それがまたカッコイイですね。

(相田)あの長いコードの最後に合いの手で入れる、トレモロアームも、あまりに絶妙だよな。ことギターに関する限りジェフは、ノイズを含めて、どういう音を使えばカッコよく聴こえるかを、知り尽くしてるんだよな。テクニックを超えたレベルの、耳の良さというか、音感の良さでフレーズを作ることが出来る。こんな演奏家は、ジェフしかいないよ。「一生懸命に早弾きを練習しました。どうぞ練習の成果を聴いてください」てな奴等は、大勢いるけどな。

6. やっぱり歌モノの方が、俺は好きだった

ーなんか無事に対談がまとまりそうで、安心しました。ブロウ・バイ・ブロウのあたりでは、この先大丈夫かと心配しましたけど。

(相田)対談しながら少しずつ思い出したけど、俺は本当は、ジェフに、歌モノの曲で勝負して欲しいと、ずっと期待してたんだよな。ジェフといえば、フュージョン系の偏屈なギター職人だと、みんな思ってる。所詮はインストだろう、てさ。けれども、本当は歌モノを弾かせても、ジェフは物凄くハマるんだよ。相手のボーカルが物凄く上手くないとダメだ、という条件が付くんだけど。

ジェフの音に魅せられるとさ、テレビの音楽番組を見る時に、ギタリストのレベルをジェフの水準で見てしまうんだ。「何でコイツはこんなにギターがダサいんだ、ジェフが代わりに弾いてたらな」、とかいう風に、ついつい思う。自分が弾けないのは棚に上げてだけど。

だから、1度でいいからベストな条件で、歌モノのアルバムをジェフは出して欲しい、と、俺は願っていた。それが叶うかどうかの別れ道が、「フラッシュ」だったんだ。「フラッシュ」が上手く仕上がっていたら、ジェフの評価も今とは相当違っていただろうけどな。

でも、「タラレバ」を今更言っても仕方ない。それだったら、ジミヘンが死ななかったら、とか、ジョン・レノンがあの時に撃たれなかったら、とか、ポールが羽田空港に大麻を持ち込んで逮捕されなかったら、とか、キリがないからな。

あの時にポールが強制送還されなかったら、リード・ギターにジミー・マックローチを入れた、最強編成のウィングスが、日本で観れた訳だろう?当時のLP三枚組のライブ盤を聴くと、マックローチのギターの上手さが際立っているよな。あのライブを聴くと、彼はテクニックと歌心を併せ持った、ギターの名手だったのがよくわかる。けれども彼は、数年後に麻薬中毒で死んじゃった。だから、あれが最後のチャンスだった。つくづく残念だ。

でも、終わった事はしょうがない。しばらくブランクはあったけど、ここ20年くらいは、ジェフもコンスタントにアルバムを出して、日本でしょっちゅうコンサートをしてくれてる。俺も何回もジェフのライブを直接観れたから、有難い事だと素直に思うよ。

ーそういえば、久米宏のニュースステーションに、ジェフが1回だけ、ゲストで生出演した事がありますよね。

(相田)俺もあの時に慌てて、時代遅れのVHSビデオで番組を録画したから、よく覚えている。ジェフは最後にスタジオで、新曲の「ナディア」を演奏した。発売されたばかりのCDでは、アームのビブラートをふんだんに使った、綺麗な曲だと思っていた。ところがテレビでジェフは、左手の指にスライドバーを嵌めたまま、ストラトキャスターのアームを使わずに、曲を弾き切ったんだ。観ていた俺は驚いた。スライドバーとアームでは、ビブラートの掛かり方がかなり違う。スライドバーでは、ハワイアンみたいな感じになるんだ。ジェフはスライドを使って、あたかもアームのようなビブラートにワザと響きを変えて、演奏した事になる。

スライド奏法でも、アームの音をそっくり真似たビブラート演奏が出来るのか?本当なら、気の遠くなるような練習が必要だろう。そんな神業のようなテクニックを、ジェフは使えるのか?その日は、ネットでもかなり話題になった。「流石にあれは無理だ」というのと、「いや、ジェフなら間違いなくあそこまで弾ける」というのと、意見が拮抗していた。

俺も遊びで、ジェフのギターをタブ譜見ながら弾いてたから、あれが常識外れなのはわかった。俺自身は、ギターであれを真似するのは不可能だけど、あれを見た後で「人間は何でも努力を続ければ、あのレベルまで上達するものなのか。俺も仕事でもっと精進しないといけないな」とか、真剣に考えたよ。

翌日俺たちは疑心暗鬼を抱えたまま、国際フォーラムでの、来日初回のジェフの公演に行った。そのステージで「ナディア」を演奏し始めたジェフは、イントロを弾いた後すぐに、スライドバーを指から外して、横に放り投げたんだ。それから後は、アームを使って普通に曲を弾いていた。観ていた俺たちは、脱力して「ああ、やっぱりテレビでは弾き真似をしてたのか」と呆れた。思い返すと、懐かしい事件だ。

ーTV局から、生演奏じゃなくてテープの弾き真似(エアギター)をやらされたので、ふてくされたジェフが茶目っ気を出した、という話ですね。

(相田)俺はまんまと騙された。全く人騒がせなイタズラだったぜ。

あと、散々ケナしたけれど、ジミー・ホールもジェフと一緒に、何回もツアーに来てるんだよな。ステージでの彼の歌の出番は半分以下だけど、ジェフが頼んだら、心良く一緒に来てくれるらしい。いい人なんだよ、ジミー・ホールは。「ピープル・ゲット・レディ」も、ライブでジミーの歌で聴いたたけど、あんまり違和感はなかったな。本人の歌が前より上手くなったのと、ジェフがテンションを落として、ジミーに合わせてるんだろう。

ー「ライブ+(プラス)」という最近のジェフのアルバムを、輸入盤で聴きましたけど、ジミヘンの「リトル・ウイング」を、2人でやってるんですよ。なかなか感動的でいいですよ、歌もギターも。僕は聴いていて涙が出そうになります。

(相田)そうなんだ。最近になってようやく、「ジミーも意外と歌が上手い」と、俺も思えるようになったよ。ただライブでジミーを見るとさ、体格のいい土建屋みたいな中年がステージの袖から出てきて、マイク持って熱唱するだけで、全く華が無いんだよ。あれはちょっとなあ。場末のスナックで、酔っ払ったサラリーマンのカラオケを聴いてるような雰囲気になるのは、何とかして欲しいぜ。

ーそれなら、目をつぶってジミーの歌だけ聴いてれば、いんじゃないですか?バーブ佐竹って、顔が不細工だけど、歌がとても上手い人が、昔いましたよね。彼がテレビでに出た時に、「目をつぶって歌だけ聴きなさい」って、親からみんな言われていたという。あんな感じでいいんじゃないですか?

(相田)君は俺より年下なのに、何でバーブ佐竹を知ってるんだ?

(終わり)

相田英男 拝