音楽対談おまけ(こんな時期に・・・)

相田英男 投稿日:2020/10/16 07:40

(相田) あのさ、アラン・ホールズワースって知ってるか?

ーそれって、速弾きで有名なギタリストの名前ですよね?曲は聞いた事ないですけど、名前だけなら・・・・でも、しばらく前に亡くなりましたよね、70歳になる少し前位でしたっけ?

・・・・って言うか、何で僕が、またよばれたんです?ここでの音楽談義は、この間終わったんじゃないんですか。ブレイディみかこさんの解説が途中なんじゃないですか?

(相田)いやまあ、何というか・・・・・70年代後半に、UKってバンドがあっただろう?そこでアランが、ギターを弾いてたのを思い出してさ。で、この間、輸入盤CDを買って聴いたんだ。いつもの如くさ。

ー UKって、1975年にキング・クリムゾンが一旦解散した後で、ドラムのビル・ブラフォードと、ベースのジョン・ウェットンが作ったバンドですよね。クリムゾンのリズム隊に、当時のロック界最速と言われたアランのギターが加わった、スーパーバンドだと評判だったと聞いています。でも、あっという間に解散したんでしょう?

(相田)そうなんだよ。ロバート・フリップが抜けた代わりに、アランの高速ギターが穴埋めするという、期待度Maxのバンドだったんだ。なのに、アルバムを1枚出したら、すぐにドラムとギターが脱退してさ。「なんじゃそりゃあ!?」って誰もが呆れたという・・・・

 それで、実情はどうだったのか、聴かなきゃわからんわな、てな事で、UKのファースト・アルバムをようやく聴いたんだ。そしたら、やっぱり微妙な内容で・・・・・・・何というかさ、期待したアランのギターの速弾きが、あんまりよく聴こえないんだよ。

ー そりゃ、歳のせいで相田さんの耳が衰えて、音が聞こえにくくなっただけじゃ、ないんですか?

(相田)・・・俺も最初は「そうなのかな?」って、不安になったけれど、そういう訳ではないみたいだ。そもそもこのUKってバンドは、ギターじゃなくて、キーボードが主旋律を作るんだな。何回も聴いて気付いたけど。エディ・ジョブスンていう、当時は若手のイケメンだった鍵盤演奏家を、ロキシー・ミュージック(ブライアン・フェリーがボーカルだった、スタイリッシュ系のバンド)から、引張って来たんだ。彼のキーボードがバンドのリード楽器で、ギターは付け足しで、サビの処でソロを取るだけなんだ。ギターがメインリフを刻むのも殆ど無い。

 そもそも最初は、イエスのキーボード奏者だった、リック・ウェイクマンに声を掛けて、ギター無しのELPみたいなバンドを考えてたらしい。それがダメで、代わりにエディを連れて来て、3人で録音を始めた。けれど、途中から「やっぱし、ギターもいるわな」て、なってさ。それでビルが、知り合いのアランを誘ったらしい。

ー それはまた、なんとも・・・・安易すぎる流れですね。

(相田)だから、そもそもUKは、ギターの出番自体が少ないんだよ、普通のバンドに比べて。そのエディのキーボードも、テクニックは十分だけど、キース・エマーソンみたいなアクの強さも無い、あっさりした演奏なんだ。だからどうにも、アルバムの雰囲気が派手さに欠けるんだよな。

 でも、それよりも問題なのは、ギターの音自体なんだわ。

ー ちゃんと速弾きしてるんでしょう、アランは?

(相田)確かに、速いことは速い。速弾きだけならアランは、ジミヘンを遥かに上回るのは間違いない。たださ音がさ、どうにもロックギターぽくないんだよ。ピッキングした時の「ガーン」という、アタック音が全くなくて、「ホワー」とした入りの音なんだ。音符を滑らかに繋ぐ「レガート奏法」って言うらしい(レガートとは、二つの音符が途切れないように、音の間をつなぐこと)。

 で、その結果どうなるかと言うとだな、ギターの音がキーボードとそっくりになるんだ。音の出だしのアタックが弱いからさ。俺が最初にUKのアルバムを聴いた時には、ギターの音に全く気づかなかった。「これ全部キーボードの演奏じゃん、どこでギターを弾いてるんだ?」って、不安に駆られたよ。何回か聴くと耳が慣れて来て、「ああ、ここはギターの音だな」と、段々わかってきたけれど。

ー 音を滑らかにつなぎながら、ギターを速弾きするとか、ちょっと想像つきませんけど、そんなの出来るんですか?

(相田)出来るんだよ、これが。そこがアランの天才たる所以でさ。ピックを右手で弱くつまんだり、柔らかい材質のピックを使うとか、色々と工夫してるらしい。ただな、ロックギターで、そんな弾き方する意味が、はたしてあるのか・・・・俺にはどうにも疑問だよ。

 ギターとキーボードが競演するロックのアルバムには、他に有名な作品が幾つもある。ジェフ・ベックの「ワイアード」(ジョージ・マーティンがプロデュースした「ブロウ・バイ・ブロウ」の姉妹作。日本ではこっちの方がヒットした)では、ヤン・ハマーのシンセとジェフのギターが合わせてる。もっとベタだと、ディープ・パープルの、ジョン・ロードのオルガンと、リッチー・ブラックモアのストラトキャスターの掛け合いが、日本人にはお馴染みだ(アルバム「ライブ・イン・ジャパン」を参照、などと、今さら私が書くまでもない)。

 これらのアルバムでは、どれも、キーボードの音にディストーションを掛けて(注1)、ギターの音に併せてるだろう?普通のロックの演奏ではそうするよ。ところが何と、UKのアランは、逆に、ギターのアタック音を消してキーボードの音に近づけてるんだよ。キーボードの速弾きに似せてギターを弾くなんて曲芸は、アラン以外には誰にも出来ないだろうけどさ。

(注1:ディストーションとは、直訳すると“ひずみ”であるが、ロックの場合は、ギターを繫いだアンプ(昔は真空管を使用)の音量を過度に上げて、意図的にギターの音を歪ませる奏法のことを指す。オーバードライブとも言う。所謂“ガギューン”という、典型的なロックギターの音が出せる。英国にいたエリック・クラプトンが、58年型ギブソン・レス・ポールとマーシャル・アンプの組合せで、この音を見出して演奏を始めた。以来、クラプトンは“ギターの神様”と呼ばれるようになる。

 その少し後に、アメリカからジミ・ヘンドリックスという黒人青年が、英国にやって来た。彼は、レス・ポールよりもパワーは小さいが、表現力が豊かなフェンダー・ストラキャスターというギターを使って、クラプトン以上の、強烈なディストーション音を鳴らしながら演奏する事が出来た。ジミの演奏を聴いたジェフ・ベックは、「ギタリストを廃業したくなった」と語ったらしい)

 俺が「ワイアード」を聴いた時も、最初はギターかシンセの音か、「あれっ、どっちだ?」て迷うところがあった。けれども「ワイアード」では3回位聴くと、聞き分ける事が出来たよ。でもUKでは、十回以上アルバムを聴いた今でも、キーボードとギターの区別が付かない演奏がある。確かにアランは、凄いギター・テクニックの持ち主なのは間違いない。けども、こんなんで良いのか、俺にはどうにも・・・疑問だよ・・・

 本人がリーダーのソロアルバムなら、もっと普通に弾いてるのかな、と期待して、最近出たアランの2枚組ベストアルバムを、買って聴いてみた。でも、やっぱりキーボードの音と区別が付きにくい、紛らわしい演奏だった。シンタックスという、ギター形状の特殊なシンセを、一時期アランは愛用してるけど、それだと完全にキーボードの音そのものなんだわ。ロックファンが、超絶速弾きギターを期待してアルバムを聴き始めると、キーボードの音で、不思議な感じの高速のスケール(音階)練習が、繰り返し耳に入って来るだけだ、という・・・・

 アマゾンのアルバムレビューでは、「蛇が曲がりくねって進むような、高速スケールの繰り返し」と、書き込みされていたけど、言い得て妙の説明だわ。

「それなら最初から、キーボード奏者に全部弾いてもらえばいいんじゃねえか?別に、苦労してギターの練習なんかしなくても」と、リスナーの誰もが、一度は疑問に思うみたいだ。それ乗り越えてから、晴れて、真のアランのフアンに解脱できるらしい・・・・けれども・・・・何だかなあ。

ーアランは左手がすごく大きくて、普通の演奏家よりも沢山のフレットを押さえられるそうですね。その押さえ方も、常識外れの、変則的なコードの押さえ方を多用するので、変わった雰囲気の音階になると聞きました。手の小さな日本人には、真似できない弾き方が出来るとか。

 エディ・バン・ヘイレンがアランの速弾きギターをコピーしていた時に、指が届かなくて、どうしてもコードが左手で抑えられないので、右手の指でフレットを叩き始めた、というのが、ライトハンド奏法の始まりだそうですが?

(相田)といった、まことしやかなデマが作られるほど、アランのギター・テクニックは凄い訳だ。アランは手だけじゃなくて、身長が190cm以上の大柄で、全身がでかいんだ。ギターを始めたのは、17歳位と遅かったけど、父親がピアノとかの楽器を弾ける人だった。彼は、親から習ったピアノの鍵盤の押さえ方を参考にして、自己流の勝手なやり方でフレットを押さえて、ギターを練習してたらしい。ギターの音も変わっているけど、性格も相当な変人だぜ。

 レコード会社からは、どっかのバンドに入ってレコード出すように、何度も声を掛けられたらしい。けど、断り続けてさ。そのうちに金が無くなって、ギターや録音機材を全て売り払う羽目になって、録音もできなくなった。その窮乏ぶりを見かねたバン・ヘイレンが、アランに金を援助して、80年代半ばにソロレコードを録音させてリリースした。それから、少し持ち直したんだよな。それでもあんな感じの、弾いているのかどうか、素人にはさっぱりわからない音だから、ギターの玄人以外には全くアピールしない。そんなんで年が経って行って、この間死んじゃったんだ。

 中島敦(なかじまあつし)の短編小説に、弓の名人の話があってさ。弓道を極めたいと思う男が、山にこもって修行する。厳しい修行の成果で、遂には弓を持たずに手で弾く真似をするだけで、鳥を落とせるようになる。でも修行をやり過ぎて、最後は外でただボーッと座っているだけで、弓に触りもしなくなり、名人であることすら誰も覚えていない、ていう内容だけど。

 その弓の名人みたいな雰囲気を、俺はアランに感じるよ。弾いているのかよくわからないけど上手い、という。「小説の中だけの話じゃ無かったんだ」と、なんか感銘を受けたぜ。

 たださ、アランの演奏の毒気に当たると、ギターの聴き方が変わるよな。ワイアードの頃にジェフ・ベックが、凄腕のジャズ・ベーシストだったスタンリー・クラークと、共演してただろう?あのジェフのソロは、以前は「凄い最先端のテクを使った、難解な演奏だな」とか思ってた。けれど、アランのギターの後で聴き直したら、「何と単純で、健全過ぎるハードロックのフレーズだ」と、目から鱗が落ちたよ。あと、ロバート・フリップのクリムゾンのギターソロも、それまでやたら難解な気がしてたけど、アランに比べると、普通のブルースギターにしか聴こえなくなった。「クラプトンと変わらないじゃん、これ。えらい単純だよな」てな感じで。

 やっぱりさ、名人の醸し出す、怪しげな雰囲気には、侮れないものがあると思ったよ。

ー・・・・それで、ごたくは散々聞きましたけど、他にも何か言いたい事が、あるんじゃないですか、相田さん?

(相田)・・・それが君と最後に対談した時さ、「ポールが羽田空港に大麻を持ち込んで掴まらなかったら、ジミー・マックローチがギターを弾く、最強のウイングスが日本で聴けたのに、残念だ」とか言っただろう?あの後で、本屋でポールの本を立ち読みしてたらさ、ポールが逮捕されたのは、1980年の年始だったと書かれてた。でさ、ジミーはその前の年の1979年に、麻薬のやり過ぎで既に死んじゃってたんだ、これが・・・・

ーあっちゃー、やっちゃいましたね、相田さん。死んじゃった人が来日して、コンサートでギターを弾くのは、ちょっと難しそうですねえ。

(相田)参ったよ、全く。ポールが逮捕されたのと、ジョンが年末に撃たれて死んだのは、同じ年だったんだよな。すっかり忘れててさ。ポールが捕まったのは、もっと前だとばかり思ってた。ダメだな俺も。で、これだけはさすがに懺悔しとかんといけんな、と、また君に来てもらったのよ。

 あとさ、ジェフ・ベックを褒めてもさ、「もっと上手くギタリストが大勢いるから、あんなのダメだ」とか、ウルサいマニアからケチがつけられないかと、ちと不安になってさ。昔はヘビメタの伊藤政則とかが、「ジミー・ペイジはギターが下手だ」と散々ケナしてただろう?。それなら最後に、アラン・ホールズワースを出しとくか、となったのよ。流石にアランより早弾きのギタリストは、そうはいないだろうからな。そこまで行くと、もはや人間の耳には聞きとれない世界になっちゃうぜ。

 あの年(1980年)は、テレビで「イデオン」を放映してて、訳のわからん話に子供ながらに、必死でついて行ってた時期なんだよな。色んなイベントが重なって、サブカル的にカオスの時代だったよ。

ー何言ってるんですか。それなら、10年以上前の60年代末期の方が、もっとカオスでしょう?何せ、あのジャックスの演奏が、テレビで生放送されてたんですから。

 ジャックスのギタリストだった水橋春夫(故人)が、前に話してましたけど、彼は当時、自分のギターを持って無かったんですって。それで友達からギターを借りて、電車に乗ってテレビ局まで行って、そのまま生演奏して帰ってたそうですよ。

(相田)今では女子高生でも、平気で自分のギターを持って、その辺を歩いてるのにな。人から借りたギターを担いでテレビ曲に出向くとか、プロらしからぬ有様だ。ちなみにあいつらが演奏してたのは、「マリアンヌ」とか「からっぽの世界」だろう?あんな曲が今時テレビで流れていたら、苦情が殺到する事請け合いだ。全く、今では考えられない非常識さだよな。

ーあの頃は、大学紛争の真っ最中ですからね、時代そのものがカオスだったんでしょうけど。

(相田)まあ昔は色々あったよ。実家に置いてあったミュージック・ライフにさ、丁度結成したばかりのUKのメンバー4人の、インタビューが載ってたんだ。そこでビル・ブラフォードがさ、「パンクの理念なんて、僕からすれば、隣の男の子でもギターを弾ける、というものだった。けれどもUKの哲学はパンクの反対だ。誰もアランのようにはギターを弾けない、というのがUKの自慢だ」てな話を、自信満々にしてたのよ。「これから期待しててくれ」てな感じでさ。読みながら「おお、カッコいいなぁ」と、俺は思ったよ。

 それからしばらく情報が入らなくて、UKはどうなったんだろう、と思ってた。そしたら、「アルバム一枚限りで、ビルとアランが脱退したんだぜ」と、誰かが言っててさ。あの時に初めて俺は、「大人は自信満々に、平気で嘘をつくものだ」というのを学んだよ。

 その後はビルも、アランをなんとかメジャーな場所に出してやろうと、2人で幾つかアルバムを出したらしい。けど、結局パッとしないで、再結成したクリムゾンに出戻りで加わるんだよな。そしたら福岡の、誰も客がほとんどいないガラガラのホールで、ドラムを叩く羽目になったという。

 まあ、ブラフォードも苦労人だよ、今思えば。渡辺加津美と一緒にやった時に、コンサートに行ったよ。上手いドラムだった、流石に。一回観といて良かったよ。もう本人は、外国にツアーに出てコンサートをやるのがきつい、って言ってるからさ。

ーやっぱり、外国の誰もいない会場でドラム叩いたのが、トラウマになったんですかね?

(相田)・・・・別に、そのせいで来日しない訳じゃないみたいだけどな。

(エディ・バン・ヘイレンの逝去を悼みつつ)

相田英男 拝