英国ロック最大の問題作を素人目線で解説する

相田英男 投稿日:2019/06/19 07:08

1 . あまりに衝撃な初ライブ盤

ーここで僕が呼ばれるのは、相田さん、もしかして・・・

(相田)恒例の音楽の話題だよな。

ーもう、たいがいにしましょうよ、音楽評論はプロに任せましょう。ここは場所も違う事だし。

(相田)いやいや、世の中には埋もれたロックの名曲や名盤がまだあるからな。一見して近寄り難いけど、聴いてみたらなかなか良かったりするアルバムを、素人目線でわかりやすく説明しよう、というのが、今回の趣旨だ。

ちなみに今回取り上げるアルバムは、前回の対談に続いてキング・クリムゾンだ。彼らの70年代の作品から、俺が一枚選んでみた。

ーまたまたクリムゾンですか・・・・そうすると選ぶなら「ファースト」とか「レッド」ですか?それとも、相田さん一押しの「スターレス(暗黒の世界)」とか?

(相田)残念だが全部外れだ。今回解説するのは、あの「アースバウンド」だ。1972年に出たクリムゾン初のライブ盤だ。

ー・・・・・・・・

(相田)何で絶句してるんだ?

ーこれだけ名盤揃いの、クリムゾンのアルバムの中から、どうしてあんな海賊盤を選ぶんです?あのレコードは音があまりにも悪すぎるって、有名じゃないですか。

(相田)海賊盤とは失礼な。数は少ないけど、昔は正規のLPレコードで店で売られたんだぜ。俺の近所のレコード屋には、置いてなかったけどさ。姉ちゃんが持ってた、雑誌のミュージックライフのクリムゾン特集でも、アルバムリストの中で紹介されてたよ。

ー僕は聴いたことないですけど、「アースバウンド」は、4枚目のアルバムの「アイランズ」を録音したメンバーでのライブ盤ですよね。ギターがロバート・フリップで、ドラムがイアン・ウォーレス、ベースとボーカルが後からバッド・カンパニーに加わったボズ・バレル、そして、お決まりの管楽器にメル・コリンズがサックスでいる、という布陣です。

でもLPレコードの発売時には、音があまりに悪いのと、演奏の内容がアイランズとあまりにも違いすぎて、物議を呼んだんですよね。他のアルバムは80年代にはCDが出たのに、このアルバムのCDは、2000年を過ぎるまで出ませんでした。

(相田)本当は、ピート・シンフィールドっていう、楽曲アレンジと歌詞を担当するメンバーが、「アイランズ」の録音時にもう一人いたんだ。彼はフリップと同じ、クリムゾン結成以来のオリジナルメンバーだった。ライブの時には、扱いが面倒なメロトロンの操作も、ピートがやってたみたいだ。けれど、このライブツアーの前に彼は脱退した。新しいメンバーとの間で、意見が合わなくなったらしい。

このアルバムの音は確かに悪い。何といっても、音源がカセットテープの録音だからな。再発されたCDを聴いても、ギリギリ鑑賞に耐えられるかどうかのレベルだ。これ以上悪くなると、もはや聴くに耐えない、というくらい悪い。録音のやり方は確かに海賊盤だ(笑)。

ーカセットテープって、今の人たち見た事ないでしょう。カセットデッキも、でっかい家電量販店の隅の方に置いてあるかどうか、ですよね。マニア向けに。

2 . 意外すぎる演奏の中身

(相田)でも音は悪くても、演奏は凄い迫力があるぜ。試しに一曲目の「21世紀の精神異常者」(以下は 21’st)から、まずは聴いてみようじゃないか。CDは2002年のリマスター版だ。

〔二人でCDを聴く〕

(相田)どうだ、感想は?

ーやっぱりこれ、音が悪すぎますよ。クリムゾンの曲の持つ、美しさのかけらも無いじゃないですか。それに、あのボーカルは一体何ですか?ただ叫ぶだけで、真面目に歌う気が全く無いですよね?でも、演奏は凄く上手いとは思います。半ばヤケみたいですけど。

(相田)21’st はファーストアルバム以外にも、後に出たライブ音源でも沢山演奏されてる。けども、この「アースバウンド」の演奏は、別格のど迫力だよな。最初のフレーズの「タメ」の長さからが絶妙だ。それにボズ・バレルのボーカルが、また無茶苦茶で・・・。「アイランズ」では、ウイーン少年合唱団みたいな美声を聴かせるのに、このライブでは、打って変わった捨てバチな唱法だよな。

ーそもそも、アルバムの長さは46分あるのに、ボズの歌の部分は全部合わせても5分位じゃないですか?それも真面目に歌わなくて、ひたすら叫ぶか、「アーアー」とか、流してるだけですよね。あの人バンドにいる意味あるんですか?

(相田)そうはいえど、短くてもインパクトあるぜ、ボズの歌は。ディープ・パープルの「ライブ・イン・ジャパン」のイアン・ギランに匹敵するな、インパクトだけなら。

ーそれはほめすぎです、流石に。投げやりの度合いがすごいだけです。

(相田)この時のライブツアーは、アメリカ南部のフロリダ辺りを回っている。「アイランズ」を録音した後の音楽の方針で、リーダーのフリップと、他のメンバーが対立しちゃったらしい。それで、本当は誰もライブなんてやりたくなかったけど、バンドの契約上仕方なくアメリカまでツアーに行った。そこで2か月くらいライブを回って、そのまま現地で解散したんだと。

そのバンドの仲の悪さが、そのまま音に出ている。演奏が投げやりなのはそのせいだ。ただし、演奏技術だけはみんな抜群だから、曲としてまとまってはいるんだよな。特に最初の21’st の演奏の、緊張感の高さは異常だ。本来のクリムゾンにある筈の、理性のタガが完全に外れて、素の「狂気」の部分が露わになっている印象だ。

ーでも、2曲めの「ペオリア」になると、一気に緊張感が無くなってイージーリスニング風の演奏になりますよね。これ何なんですか、一体?

(相田)そうなんだよ。最初の 21’st の無茶苦茶な勢いで、アルバム全部押し通すのかと思いきや、その後はマッタリ気味になるんだよな。そこがこのアルバムの一番の問題だ、と、俺は思う。「ペオリア」、「アースバウンド」そして「グルーン」の3曲は、クリムゾンにしては、何とも、らしくない雰囲気だ。

この3曲に限っては、演奏がブラックミュージック風なんだよな。ファンクとかブルースとかの。ただブルース・ロックなら、普通はギターが前に出てアドリブをやる筈だ。けれども、この3曲ではフリップのギターは、全然目立たない。結果として殆どが、メル・コリンズが吹くサックスの独壇場になってる。管楽器が目立つから、クリムゾンらしいといえば、そうかもしれないけどさ。

サックスばかり聞こえるから、一見ジャズのようにも思えるけど、雰囲気はもっとブラックだ。フリップがサックスの旋律に合わせて、ギターにワウワウ(音色を変えるエフェクターの一つ)を掛けて、リズムを刻んだりしてる。もろにファンクのリズムの取り方だよな。

クリムゾンのアルバムで、ここまでブラックミュージックに寄せた演奏が聴けるのは、「アースバウンド」だけだと思う。その意味でこのアルバムは、クリムゾンとしてはあまりに異質だ。単に音が悪いだけじゃ無くて。

3 . フリップの敗北宣言

ーでもクリムゾンといえば、プログレバンドの頂点ですよね。本来なら黒人音楽から最も遠い筈のクリムゾンが、ブルースをやるなんて、一体どういうことでしょう?

(相田)もしかしてフリップが、エリック・クラプトンに対抗したかったのかもな。曲の雰囲気から、クリーム(クラプトンがギターで在籍していた、3人組のバンド。ビートルズに次いで英国に現れたスーパー・ロック・バンド。クリームのスタイルを発展、完成させたバンドがレッド・ツェッぺリンである)の、未発表ライブ音源だって聴かせると、信じる人が結構いそうだよな。フリップのギターも、クリーム時代のクラプトンと同じレス・ポールだし、音も似てる。「このクラプトンと一緒にサックス吹いているの、一体誰かしら?とても上手だわね」とか、思うんじゃないか?ちょっと聴いただけだと。

ーそんな間抜けなリスナーはいません。

(相田)冗談は置いとくとして、評論家の渋谷陽一の 、あの共産党員の、彼風に言うならさ、アメリカの黒人達が歌っていたブルースを白人達がアレンジした音楽がロックな訳だ。ビートルズ、クリーム、レッド・ツェッペリンと続く、王道路線がこれだ。対して、そのロックから、黒人音楽の要素を極力薄めたらどうなるか、という実験が、ヨーロッパで広まったプログレッシブ・ロックと言える。黒人の要素をゼロにしたらロックじゃ無くなるから、少しは残すけど。黒人音楽からどれだけ離れるかで、音楽的な可能性を拡げていたんだよな、プログレバンドの連中は。

その中心にいたバンドがクリムゾンで、フリップはそのリーダーだ。ところが、このアルバムでフリップは、あろうことかもろに黒人風の、ブルースやファンクの乗りで演奏してるじゃないか。本人がソロで前に出ないのは、やりにくさと後ろめたさがあったからだろう。

これって、ある意味、フリップの敗北宣言だと俺は思う。プログレバンドで、ここまで黒人音楽に寄せるのは、まず有り得ないよな。今まで俺は、クリムゾン以外にも、ELP、イエス、ピンク・フロイド、あとムーディ・ブルースとかの、メジャーなプログレバンドのアルバムを聴いたけど、ここまでもろにブラックな演奏は無かったよ。正直、俺にはかなりショックだ。

フリップと、バンドの他のメンバーが仲たがいしたせいで、こんなになったんだろう。フリップも内心は忸怩(じくじ)たる物があったと、俺は思う。この後フリップは、バンドを解散して直ぐに、イエスから、どうやってもブルースには転びそうにない、才人ドラマーのビル・ブラフォードを引き抜いて、一連の傑作の、あの後期三部作(ラークス、スターレス、レッド)を完成させる。迷いが吹っ切れたんだろうな。

ーそれならフリップは、どうして、この不本意なアルバムを出したんでしょう?こんなに音も悪いのに。

(相田)やってる音楽の方向には疑問を感じつつも、バンドの演奏自体には、フリップは自信があったんだろう。クリムゾン風の味付けでブルース・ロックをやるなんて、なかなか味があるじゃないか。投げやりな雰囲気でも演奏は上手いから、聴きごたえあるよな。それに、なんと言っても、一曲目の 21’st の凄まじさときたら・・・。ほとんどパンクの出鱈目さだぜ。

この後数年後に吹き荒れる、パンクロックの嵐のせいで、栄光のブリティッシュ・ロックの全ては瓦解する。その運命を予兆するかのような、怖さを感じてしまうな、どうにも俺は。パンクバンドにしては、演奏はちゃんとしてるけどさ。

ー演奏が上手いパンクロックですか。ポリスみたいなもんですかね?

(相田)でもパンクとはいえ上品なポリスの演奏よりも、こっちの方がキレっぷりはもっとパンクだぜ。だから、改めて聴き直すと、60年代後半から70年代末までの、英国ロックの流れを、その後の未来さえも、総括するような内容なんだよな、この「アースバウンド」は。何とも贅沢で、聞き応えのあるアルバムじゃないか。

ーこんなに音が悪いのに、ですね。

4 . 実は性格のいい人だったフリップ

(相田)それで、このアルバムを聴きながら思い出したんだけど、俺の大学時代に、年上のとある女性の先輩と、一度話したんだよ。酒の席で。洋楽好きで、福岡出身の人だった。その人から聞いたんだけど、80年代になってクリムゾンが再結成して、来日ツアーをやったんだ。それで福岡でも公演したんだけど、会場が確か九電記念体育館とかいう、数千人は入る場所だった。そしたら、公演当日になっても客がほとんど集まらずに、会場がガラガラだったらしい。

当時は、マイケル・ジャクソンやマドンナの全盛期で、プログレなんか廃(すた)れて、誰も聴かなかった。あと再結成したクリムゾンも、曲調がパンクっぽくなってた。昔の曲もコンサートでやらないと言われてたから、以前のファンもチケットを買わなかったんだな。場所が地方だったせいもあるけど。

その女の先輩によると、その福岡の、客がほとんどいないガラガラの会場なのに、クリムゾンはライブをやったんだと。それがまた予想を超えた、ど迫力の熱気溢れる演奏で、会場の ー 無茶苦茶数が少ないけど ー 観客の全員が、大感激して帰って行ったんだってさ。

この「アースバウンド」を聴きながら、そのガラガラの会場でのライブも、こんな鬼気迫る感じだったのかな、と思えてさ。聴いた人がほとんどいないから、確認のしようがないけど。

ーへえ~、そんな事があったんですね。でも、あのあともフリップは何回も、クリムゾンで来日して、日本でコンサートをやってますよね。去年も日本で全国ツアーやってるでしょう?そんな事があったら「日本なんて2度と来るかい!?」って、怒っても仕方ないでしょうけど。

フリップって、凄くいい人なんですね。変人ですけど。

(相田)全く沢田研二のセコさとは大違いだよな。ジュリーにフリップの爪の垢を煎じて飲ませたいぜ。この「アースバウンド」を聴くと、メンバーと喧嘩しながらも、正直に自分を語る事で、時代に残る作品になっている。紆余曲折しながらも、やってることに強い確信があったんだろうな。誰からも理解されずとも。やっぱりフリップは、変人のスケールが段違いだぜ。

ーそういえば、相田さん、「アースバウンド」と一緒に、もう一枚CDを輸入盤で買ったんですよね。何を買ったんです?

(相田)ああ、もう一つもライブ盤で、ウィングスの「オーバー・アメリカ」だよ。元々はLP3枚組だったのが、2枚組のCDで出たんだよな。国内盤は三千円以上するんだけど、輸入盤だと送料込で2千円以下で買えたから、得した気分だよな。

ああ~、やっぱりポールの歌を聴くと、心が洗われるよな。録音も綺麗な音だし、変な屁理屈も考えないで気楽に聴けるから楽しいぜ。洋楽はやっぱりこれだよな。

ー・・・・・・・

相田英男 拝

*相田追記
1. アースバウンドのLPレコードは、英国では発売されたが、実験盤の意味合いが強かったため、米国と日本では発売されなかった、とのこと。日本では輸入レコード屋でないと買えなかった。どうりで田舎のレコード屋で、私が見なかった筈である。ただ、あの「ミュージック・ライフ」が、本作についてコメント記事を載せていたので、本作のユニークさは当時から業界で広く認知されていたと思う。

2. 80年代に渋谷陽一が、自分のFMラジオ番組でアースバウンドの 21’st を、ノーカットで流したのを以前に聴いた。この世の音とは思えない凄さを感じた記憶がある。曲の後半から番組デレクターが、すごい目つきで渋谷をずっと睨んでいたと、かけた後で語っていた。