明るい問題作を語る(ロックギター馬鹿一代)前編

相田英男 投稿日:2019/11/14 12:39

〔前編〕
1. 最後くらいは明るく行こう

(相田)どうしたんだ、ここで君の方から俺を対談に誘うなんて?悪い病気か、何かか?

ーいやまあ、ここらでもう一回くらい、音楽の対談をやってもいいかな、と、僕も思い直しまして・・・

(相田)君はいつも「素人が音楽の話をするのはやめろ」と、文句言うじゃないか?俺も毎日ロック聴いてるだけじゃないから、もう話すネタもないぜ。今更、ツェッペリンの「聖なる館」とか、ピンク・フロイドの「おせっかい」とかの、名盤について俺が話す必要も無いだろう。

ーそんな、妙なひねりを入れずに、素直に「4枚目」とか、「狂気」とかの定番を、出してくれませんかね?

(相田)でも俺は、ピンク・フロイドのアルバムでは、「おせっかい」がやっぱり一番だと思うな。アルバムの最初がなんといっても、全日本プロレス中継で、あのアブドラー・ザ・ブッチャーが、リングサイドから入場する時のテーマ曲だからな。馬場&鶴田とかファンクスとかとの試合の前にさ。満員のプロレス会場に響き渡る、ロジャー・ウォーターズの怪しげなベースの音が、子供心にも忘れられないぜ。

ー空中戦に強かったミル・マスカラスは、入場曲が「スカイ・ハイ」でしたよね。ジグソーとかいうバンドの曲で、日本で大ヒットしました。映画の方はしょうもない内容でしたが。「エーゲ海に捧ぐ」とか、「稲村ジェーン」と同じパターンですね。

・・・・あの相田さん、こんなネタはどうでもいいんですけど、僕もですね、今までのここでの解説が、「ジャックスの世界」と「アースバウンド」の2枚で終わるのは、さすがにどうかと思うんです。ロックを知らない人が、相田さんの話を真に受けて、この2枚ばかり繰り返して聴いたりしたら、自殺しちゃうんじゃないかと、心配になって・・・

(相田)いくら非常識人の俺でも、そんな奇特な人が世の中にいるとは、想像出来ないけどな。そもそも、この2枚に匹敵するような「ロックの問題作品」なんか、もう残ってないと思うぜ。というか、胃の中がキリキリする神経質な曲を聴きながら、これ以上は話をしたくないんだけど・・・

ーそうだと思って今回は、気楽に聴けるようなアルバムを一つ、僕が選んだんですよ。

(相田)イージーリスニングな「問題作品」が、まだあるっていうのか?そんなの知らないぜ。

ーあるじゃないですか、相田さんがいつも聴いてるiPodの中に、ちゃんと。「フラッシュ」が。

(相田)「フラッシュ」って、あのジェフ・ベックのアルバムか?・・・・・・う〜ん、確かに、あれは問題作と言えばそうだけど。でも、いいのか?俺がジェフ・ベックの話をすると、長くなるぜ?

ーまあ、いいんじゃないですか?どうせネタ切れで、これが最後でしょ。

(相田)それなら、やらせてもらうけど。まずは、ジェフ・ベックについて簡単に説明すると、歴代ロックギタリストのランキングで、No.2に位置する人物だと、俺は思う。

ジェフを上回る能力を持つのは、文句無しに、伝説の黒人ギタリストの、ジミ・ヘンドリックスただ一人だ。ジミヘンだけには、ジェフも勝てない。誰もが知るように、ジミの演奏と曲の出来栄えは、どれも文句の付けようがない、あまりに完璧な内容だからな。

ーでも、演奏テクニックだけなら、エディ・バン・ヘイレン、スティーブ・ルカサー、マルムスティーンとかの、明らかにジェフを上回るギタリストが、後から登場しましたよね?速弾きや運指の正確さでは、ジェフよりも上手い若い人が大勢いますよ。

(相田)確かに歴代ギタリストの中で、ジェフが2番目にギターが上手い、という訳じゃない。でも、ギターを奏でることで繰り出す音楽の奥深さ、フレーズのオリジナルの度合い、そして後世への影響度の点では、ジェフ以降には、上回る人物は出ていない、と断言出来る。「演奏家」ではなくて「音楽家」としての能力が、どのギタリストよりも、ジェフは抜きん出て高い。齢70才を過ぎた現時点での実力も、そうだと思う。

付け加えると、ジェフが上手いのは、エレキギター限定だ。アコギはジェフの管轄外だから。アコギを弾くジェフは、クラプトン以下の、単なる普通の人になっちゃう。要するに、アンプを通すことで出てくるノイズや、電気的にエフェクト処理された音を、音楽的に使うセンスが、ジェフは非凡なんだな。ギターの上手さだけじゃなくて、非常に耳がいい、とでも言うのかな?

実は、エレキギターのノイズを音楽的に使うセンスも、ジェフよりジミヘンの方が圧倒的に上手い。とはいえ、ジミヘンのアルバムだけをずっと聴き続ければ良いのか、となると、それも辛いものがあるんだよな。ジミの演奏はあまりにも完璧すぎるから、聴くのに相当な緊張感を強いられるだろう?。なんか、田舎の実家で法事がある時に、仏壇前の畳に正座して、坊さんの有難いお経と説教を聴いてるような気分がして、どうにも落ち着かないんだよな、俺にはジミの演奏は。

片やジェフの曲は、居間の床に寝っ転がって、酒を飲みながら聴くのに、丁度いいユルさがあるからな。

ーそうなんですか・・・・で、「フラッシュ」というのは、ジェフが1984年に出したアルバムです。玄人好みのインスト(ボーカルなし)のアルバムを3枚出して、ヒットさせたジェフが、久しぶりに作ったボーカル入りの作品集です。プロデューサーに、マドンナの出世作「ライク・ア・バージン」を手掛けて名を挙げた、注目の黒人プロデューサーのナイル・ロジャースを起用した、期待作でした。

その内容ですが、ジェフを知らない人が、偏見無しで聴く限りでは、80年代のダンサブルなポップス曲が並んだ、明るい、とても聴きやすいアルバムなんですね。あのロッド・スチュアートが1曲歌ってまして、これがまた稀に見る名曲に仕上がっているという、おまけも付いています。パッと聴くだけだと、ドライブのBGMに流すには、最適な曲ばかりのように思えるんですが、その実は・・・

(相田)実は、俺たち筋金入りのジェフのファンにとって、「フラッシュ」は聴いた瞬間に、絶望の谷底へガケから突き落とされる、大問題作だったんだ。「もうダメだ。あのジェフも、これで遂に、終わってしまったアアアアア〜〜〜〜」てな感じでさ。少し前に、レッド・ツェッペリンも「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」っていう駄作を出してから、解散しちゃった。けれども、駄作のインパクトは「フラッシュ」の方が、遥かにデカかった。

ーと、いう事なんですよね。それではいきましょう。

2. 結成してはすぐ解散するバンド時代

(相田)さて、ジェフ・ベックのキャリアは長いけど、60年代中期から70年代前半のバンド時代と、それ以降のギター・ソロ時代に、大きく分けられる。

ー前半が歌がある曲の時代で、後半が歌無しの楽器演奏だけ(インスト)ということですね。

(相田)最初は、ヤードバーズから行くのかな?長くなるから端折ってやろう。今の60歳以上の、俺たちより上の世代では、ヤードバーズは神格化された、伝説のバンドになっちゃってる。けれど、ギター以外は取り立てて特徴の無い、地味なバンドだったんだよな。ただライブの時は、ギターのアドリブのテンションが凄く高かったらしい。まあ、日本人で現地に行って、生でヤードバーズの演奏を聴いた奴は、殆ど(誰も?)いないからな。

その時代でも、ジェフには可笑しな話が結構ある。ある曲のレコードディングの時に「数十秒時間をやるから、ギターソロを好きに弾いてみろ」って言われたんだ。「スタジオではギターをちゃんと弾かせてくれない」って、ジェフが不満を言ってたから。周りは「ほら、せっかくだから弾かせてやるよ」てな感じだったらしい。

それでジェフが、録音でどんな早弾きソロをやるか、周りが期待して見守っていた。すると、最初に「ガーン」とでかくコードを一回鳴らした後は、ギターをハウリングさせて「フォーン」と音を長く伸ばして、そのままソロの時間が終わったんだよな。所謂フィードバック奏法で、ジェフの得意技の一つなんだけど。

それを聴いていた連中は、「こいつふざけんじゃねえ!!」って怒ったらしいけど、その曲がアルバムのハイライトになった、とかさ。あと、ヤードバーズに入ってすぐの頃に、マネージャーから頼まれて、前任ギタリストだったクラプトンのブルース速弾きソロを、そっくりモノ真似してライブで弾いたとか。

いくらギターが上手くても、普通そんなことまでしないよな。余裕があるというか、遊び心に溢れてるよな、若い時から。

ーヤードバーズを脱退したジェフは、若き頃の、あのロッド・スチュワートと、バンドを組みます。強力なギターとボーカルの二人が、フロントに並んでプレイする、現代ロックバンドの基本形を、レッド・ツェッペリンより早くやっていたと、今でも伝説のバンドです。でも、2年でこのコンビは解散して、その後のジェフは、バンドのメンバーを取っ替え引っ換えする事になります。

(相田)あまりにもすぐに、バンドを解散し過ぎだろうと、非難されてた時期だよな。真面目にバンドを続ければ、レッド・ツェッペリンにも勝てるハード・ロック・バンドになるのに。何とも勿体ない、とか言われてた。

でも、ジェフのファンなら誰でも気づくけど、あれだけの情熱をギターの音に注ぎ込みながら、リーダーとしてバンドを纏めるのは、人間の能力として不可能なんだ。ジミー・ペイジは、意図的に自分のギターの演奏を抑えて、曲のアレンジを纏める方に力を入れたから、上手くバンドが続けられた。けれど、そのせいでペイジはギターが下手だと、日本では、ヘビメタ連中から散々バカにされ続けた。片やジェフの場合は、最初から、人間関係に気を遣う気なんか、さらさらないからな。そもそもが、発達障害とコミュ障の気があるジェフには、そんなの不可能だ。

でもこの時期は、バンドを次々に解散させるというよりも、ジェフを中心に、他のメンバーが離散集合を繰り返す、キング・クリムゾンと同じパターンをやってるんだよな。同じメンバー編成でアルバムを録音しても、毎回、音楽の方向が違うからな。だから俺は、ロッドの頃からBBA(ベック・ボガート&アピス)まで含めて、一つのジェフ・ベック・グループだと考えてる。ロバート・フリップの話をしながら、そう思ったよ。

ーそれで、この時期のジェフのアルバムで、相田さんが一番良いと思うのは、どれですか?

(相田)それは、なんといっても、「ラフ・アンド・レディ」(1970年)だよ。これに尽きる。ロッドの時代には彼の渋い歌声に合わせて、ジェフはギターの音を抑え気味だった。けれども、メンバーを一新したこのアルバムでは、存分に能力を出し切っている。ギターも初めて、全曲でストラトキャスターを使って、アーミングやスライド奏法とかの、トリッキーな技巧を沢山繰り出している。今につながるジェフのギター奏法が、この段階でほぼ完成してるんだよな。これ以降ジェフは、特に大きく弾き方を変えていない。80年以降に、ピックを捨てて、指弾きに変える以外は。

実は俺が始めて聴いたジェフのアルバムが、「ラフ・アンド・レディ」なんだ。大学生だったけど、なんてカッコ良すぎるギターの音だ、と、聴きながら素直に感動した。俺が求めていたギターの音がここにある、と思ったよ。ギターが全く上手くない俺でも、衝撃的な音だった。未だに聴き返すけど、その考えは変わらない。

ベースとボーカルに、黒人ミュージシャンを入れたのが、とても効いてる。それまでのロックでは殆どやられてなかった、16ビートのアップテンポのリズムに乗せて、ハードロック気味に縦横にストラトを弾きまくるのは、ただただ凄い。明らかに、当時のレッド・ツェッペリンを超えたレベルに到達してる。よくこんなアルバムが、あの時代に作れたと思うよ。

ーでも「ラフ・アンド・レディ」は、評価の別れるアルバムですよね。相田さんがみたいに絶賛する人もいますが、どっちかというと、同じメンバーの次作の「オレンジ・アルバム」の方が出来が良い、って言うファンが多いですよね。

(相田)確かにそうだよな。「オレンジ」の方がいい、と褒める人が結構いるんだよな。海外で出たジェフの伝記でも、「ラフ・アンド・レディ」は良くない、と書かれてた。でも、正直俺には、「ラフ」をけなす連中のセンスは、よくわからないな。曲のドライブ感や、演奏への気合の込めかたのレベルが、「オレンジ」よりも遥かに「ラフ」の方が高いと、俺には聴こえる。

「オレンジ」はスティーブ・クロッパーっていう、ソウル系の有名ギタリストにプロデュースを頼んでる。だから、「ラフ」よりも聴きやすいのかもしれない。けど俺には、カントリーっぽさが充満してダサく聴こえるんだよな、「オレンジ」は。「ラフ」に比べると、弛緩した雰囲気がどうにも拭えない。クロッパーのファンだった忌野清志郎には悪いけど、彼のアレンジはジェフのセンスに合ってないよ。でも「オレンジ」をあまり貶すつもりはない。「ラフ」を悪くいう連中は、単に聴き方のセンスが俺とは違うんだろうな。

ーあの、長くなったんで、ここらで休みません?

(相田)まだ半分も進んで無いけど、仕方がないか。

(続く)

相田英男 拝