明るい問題作を語る(ロックギター馬鹿一代)中編
(前回より続き)
ーでも、自分の演奏スタイルを見出したジェフに、試練がやって来ます。あまりにもギターが上手すぎる、という試練が。
(相田)70年代の半ばになると、ジェフと一緒に歌ってくれるボーカルが、誰も居なくなるんだな。「ラフ」が出来た後で、おそらくジェフは、この路線でパワーのあるボーカルを入れて、バンドをレベルアップしようとした。けれども、できないんだ。ジェフのギターのテンションが、あまりに高すぎるレベルに到達してるから、普通に上手いだけのボーカルだと、バランスが釣り合わないんだな。
それこそ、ロッドとか、ロバート・プラントとか、ミック・ジャガーのような、超一流の存在感を持つ歌い手じゃないと、あのギターに張り合えなくたったんだ。でも、そんな超一流の歌い手は、みんな自己主張が激しい奴等だから、ジェフのようなコミュ障人間とは、バンドの中で上手く演れる筈が無い。
まあ、一つの道を追求し過ぎると、周りの誰からも理解されなくなるという、求道者にとって皮肉な現実が、ジェフを待ち受けていたんだよな。
ージェフは一時期は、自分でも歌ってましたよね。ギター弾きながら。
(相田)そうだけどさ・・・、あれはやっぱりいかんよ。自分で歌うのはダメだな。
俺も別にジェフの歌が、言われるほど下手だとは思わない。だけども、妙に甲高いハスキー気味の、薄っぺらい声質だからさ。あのハイテンションのギターをバックに、自分で歌うと、コミカルさが倍増するだよな。どうにも笑いが堪え切れなくて、腰を据えて真面目に曲が聴けなくなる。
クラプトンやジミヘンが弾きながら歌うと、あんなに渋く決まるのになあ。あの違いは、一体何が原因なんだか・・・
3. 開き直って出来た傑作
ーそんな悩めるジェフが、助けを求めた人物というのが・・・
(相田)音楽プロデューサーのジョージ・マーティンだ。ビートルズの一連の曲のアレンジを手掛けた、あまりにも有名な音楽家だ。
ー元はというと、ジョン・マクラフリンという、物凄く上手いジャズのギタリストがいて、彼のアルバムをジョージ・マーティンがプロデュースしてたんですよね。で、マクラフリンのファンだったジェフが、そのアルバムを聴いて、ジョージにアレンジを頼んだんらしいです。
(相田)ビートルズの曲を改めて聴き返すと、殆どの曲の骨格は、ジョージ・マーティンが作ってるのがわかる。あの「イエスタデイ」にしてからがそうだろう?。ジョージが途中から入れている弦楽アンサンブルの美しさが、曲の品位を高めてるもんな。あのアレンジが、ポップスとして相応しいかどうか、という異論はあるだろうけど。
それこそ1966〜68年のビートルズの曲は全て、「ストロベリー・フィールズ」とか「ザ・フール・オン・ザ・ヒル」とかを始めとして、ジョージのアレンジが無ければ、成立しない曲ばかりだ。
ーでも、あんまりマーティンに頼ってばかりじゃ面白くない、とかメンバーが思って、「俺達だけで、シンプルにアルバムを作ろうぜ」と、録音してみたんですよね。そしたら、全然ダメな駄作で、録音テープがお蔵入りになってしまった、と。後から「レット・イット・ビー」として発表されますけど
(相田)あの時期は、毎日スタジオに小野洋子が来ては、ずっと録音風景を見てたそうだから、ジョン以外のメンバーは気が散って、演奏に集中できなかったのかもな。それで、仕方なくポールがマーティンのところに来て、「最後にもう一度だけ一緒に録音させてくれ」と、頼んだ。そうして出来たアルバムが、あの「アビー・ロード」なんだよな。
ーそこら辺の話は、だいぶ前の「ゴールデン・スランバー」という映画の中で、半沢直樹、じゃなくて、その主役をやってた役者の人が語ってましたよね。サスペンス映画なのに、半沢直樹の主役と悪役の両方が登場して、ビートルズについて語るという、なんか変わった映画でした。
(相田)悪役の方は、別にビートルズの話はしてなかったぜ。NHK教育テレビでは、昆虫について熱く語ってるみたいだけど。
ーそんな細かい、どうでもいい処を突っ込まないでください。
(相田)ビートルズ解散後のジョンとポールのソロ曲を聴いて、「何かビートルズと雰囲気違うな」と、違和感を持つのは、ジョージ・マーティンのアレンジが、加わっていないからなんだよな。ポールの場合はソロでも ”Live and Let Die”で、またジョージと一緒にやってるけど。あれを聴くと「ああ、ジョージ・マーティンだな・・・」と、しみじみ思うよ。
ー「007死ぬのは奴等だ」のテーマ曲ですね。単純な曲ですけど、わかりやすいメロディーの名曲ですね。以前はテレビ番組のBGMでよく使われてましたよね。最近は流石に聴かないですけど。
(相田)ジョージ・マーティンが自分で曲を作るだけだと、単なるその辺の映画のBGMになっちゃう。けども、優れたミュージシャンと彼が組むと、その才能を極限まで引き出せるんだよな。それで、悩めるジェフが、ジョージの協力を受けて出来たのが・・・
ー「ブロウ・バイ・ブロウ(1975年)」ですね。遂に出ました、ジェフ最大のヒット作が。
(相田)初の、というか唯一の(笑)、アメリカでゴールドディスクを獲得したジェフのアルバムだ。簡単に言うと、「歌ってくれるやつが誰もいないなら、ギターだけで全部やってやれ」と、開き直って作った作品だな。メジャーなロックアーティストが出した、初めての歌無しの、完全インストアルバムだ。
それまではインスト系のロックといえば、プログレとかの難解で怪しげな、「一見(いちげん)さんお断りです」みたいな曲ばかりだった。それこそ、クリムゾンの「フラクチャー」みたいな。そうでなければ、ポール・モーリアとかの、軽めの映画音楽風の、お気楽系ポップスBGMしか無かった。
けれども「ブロウ・バイ・ブロウ」は、どちらでも無い。ロックギターの頂点とも言える技術レベルを縦横に繰り出して、緊張感を保ちつつ、なおかつ、素人さんにも聞き易いように短く、手堅く曲に纏めるという、誰もやれなかった路線に成功したんだな、遂に。天才的な演奏者と編曲者がタッグを組んで、成し遂げた。
基本的には「ラフ・アンド・レディ」の16ビート路線をベースに、マーティンが多彩なアレンジを加えて曲を作っている。「エア・ブロワー」とか、わかり易いよな。
でも、このアルバムで凄いのは、当時のLPのB面に並んだ4曲だ。驚くべきことに、アルバム後半のこの4曲は、それぞれが、あるテーマを持って作られている。「悲しみの恋人達」は、スローな泣きのバラード。「セロニアス」は、エフェクター(ワウワウ、オクターバー、トーキング・モジュレーター)を使った多重録音。「フリーウェイ・ジャム」は、ストラトキャスターのトレモロアーム奏法。「ダイヤモンド・ダスト」は、難解な変拍子。という具合に、それぞれ明確なテーマを設定している。
それを「テーマに合わせて、ただ弾きました」と、いうだけでなくて、ジェフのトリッキー且つ情感溢れるギターが、見事な音楽にまとめているんだ。これはあまりにも凄い。
ー確かに、それまでのジェフのとっ散らかった作品と違って、「ブロウ・バイ・ブロウ」はとても「完成度の高い」アルバムですよね。ジミー・ペイジが、このアルバムを聴いて「これはロックギターの教科書だ」と、唸ったらしいですけど、そうとしか言えない内容の奥深さと、多彩さがあります。
(相田)このアルバムの影響力は、デカかったよな。この頃からラリー・カールトン、リー・リトナー、ジョージ・ベンソンとかの、ジャズ系ギタリストが、ポップス路線に沢山進出して、フュージョンブームを作った。それを後押ししたのが、このアルバムのヒットだ。日本でも、高中正義や渡辺香津美とかの、フォロワーが続出したもんな。楽器はサックスだけど、スクエアの伊東たけし とかも、元を辿ればこの路線だよな。
ースクエアって、あのフジの、F1中継が始まる時に掛かってた曲ですね。セナとかマンセルがいて、古舘伊知郎がアナウンスしてた時代の。懐かしいですね。そう言えば、柳ジョージは違うんですか?
(相田)あっちはクラプトンの方だろ?見かけからしてほとんど、そっくりさんだったな。あそこまでクラプトンに似せなくても、という気が、テレビで柳ジョージを見る度に、いつも俺はしてた。まあ、浜田省吾も、佐野元春も、尾崎豊も、ついでに一時期の長渕剛も、当時の俺にはまとめて、ブルース・スプリングスティーンのそっくりさんにしか見えなかったな。みんなでGパン履いて、アコギ抱えて、カントリー・ブルース風の弾き語りしてさ。
ー佐野元春は、エレキを持ってませんでしたっけ?
(相田)どっちでもいいよ。俺の頭の中では、もはや誰が誰だか区別が付かない。最近は、福山雅治の弾き語りをテレビで見ても、同じように思えてきた。俺も末期症状に近いのかもしれん。
ーあの、それで未だに、本題に入っていないんですが・・・
(相田)だから、長くなるって最初に言っただろう。次回を期待してくれ。
ー誰も期待してないでしょうけど。
(さらに続く)
相田英男 拝