評伝 小室直樹 上・下 村上篤直

1094 投稿日:2018/11/07 13:32

読書日記
著者のことば 村上篤直さん 型破りの学者の生涯

毎日新聞2018年11月6日 東京夕刊

 ■評伝 小室直樹 上・下 村上篤直(むらかみ・あつなお)さん ミネルヴァ書房・各2592円

 昭和・平成を駆け抜けた破天荒な天才学者の生涯を関係者のインタビューや資料などを通して丹念に描いた。弁護士業務の傍らで本書の取材活動を続け、4年をかけて書き終えた。

 なぜ、小室直樹にひかれたのか。「先生は私の命の恩人だからです」。東大大学院で政治学を専攻し、学者を目指したが、学問に挫折し、夢が絶たれて自殺を考えるまでに落ち込んだ。「死ぬ前に学ぶべき学者はいないか。最後に確認してから死のう」と思い図書館などで本を片っ端から読んだ。その時に小室直樹の「田中角栄の呪い」を読み、自殺を思いとどまった。「マンガのようにわかりやすい本だが論理的に政治学を解ききっている。この人はすごい。そこで先生の本を全て読破した」

 小室は1932年に東京で生まれ、第二次世界大戦が始まると母とともに福島県の会津に疎開する。中学1年の時に皇国と信じていた日本は敗戦。圧倒的な軍事力、経済力で負けたと考えた少年は、徹底的に勉学に励む。

 京大理学部数学科を経て、大阪大大学院で経済学を学び、アメリカに留学し、サミュエルソン博士(ノーベル経済学賞)などに師事。帰国後、東大大学院で政治学を専攻し、丸山真男、大塚久雄などの下で学び、同大で博士号を取得。しかし、ポストに恵まれず、質素な生活から「ルンペン学者」などと呼ばれた。

 その後、ソ連崩壊を11年前に予測した「ソビエト帝国の崩壊」を出版するなど、多種多彩なテーマでベストセラーを連発した。田中角栄元首相の裁判についてテレビ番組に出演し、「田中を起訴した検察官が憎い!」と絶叫するなど型破りの学者として世間の注目を集めた。2010年没。

 「小室先生の発言の背景には必ず理論があった。社会学の基礎的な概念を使い現在の社会を論じていた。基礎がしっかりしていたから論理をいかようにも組み立てられた」

 初の著書だが、ミネルヴァ書房の70周年記念企画に選ばれた。「私には小室先生しかないので、20年後くらいに今回未収録の取材を加えた決定版を出したい」と語る。<文と写真・山口敦雄>