「小沢一郎を襲う、「見えざる手勢力」の姿なきクーデター」
「世相を斬る あいば達也」から貼り付けます。
(転載貼り付け開始)
2010年07月13日
「小沢一郎を襲う、「見えざる手勢力」の姿なきクーデター」
『小沢一郎に次々襲いかかる妖怪たち・その正体は?』このような見出しは、今更陳腐な言い回しかもしれない。しかし、今後の小沢一郎の政治活動を応援し、その政治理念・哲学をベースに「国民生活第一」の政治を推進して貰うためには、何度でも確認しなければならない作業だと考えている。
実は今夜は以上のような書き出しで、小沢一郎支持の方向性などを考える積りでいたのだが、急遽筆者の鈍った「第六感」が久々目覚めた為に、このような見出しのコラムを書くことになってしまった。不愉快極まりない推測記事になるのだが、臭いものに蓋をして、怖いものを見ないというわけにもいかない。
菅民主党政権はこれだけの大惨敗の醜態を演じたにも関わらず、お茶濁しのような反省の弁を語っただけで、責任論封じ込めに出ている。多くのマスメディアの社説における論調も、総じて菅直人とその執行部に優しく問いかけ、「反省を生かし、腰を据えて国会運営を行え」と全面的に支援している。THE JOURNALの高野孟と意思統一が出来ている?星浩、田崎史郎の論調も同じだ。
ヤバイ!!これは完全なる「小沢・鳩山民主党政権」の完全抹殺のクーデターがいま起きようとしているのではないのだろうか。昨年の3月以降、常にそうなのだから、何を今さらと云う考えもあるが、今度のは違う。
仙谷官房長官が似非メディア・ジャーナリストに数億の機密費をばら撒いたかどうかと云うレベルでは済まない力の意志が貫かれている予感がある。 おそらく政治家や政党が蚊帳の外に置かれ、モノも言わぬ、姿も見えぬ「見えざる手」で日本を支配する勢力によって、姿なきクーデターが始動したと考えるべきである。
その主体は世界金融資本勢力・市場原理主義勢力である。これらの勢力と財務省を通じて「菅・仙谷民主党政権」は「小泉・竹中自民党政権」のクローンとして生まれ変わったのである。
昨年3月以降の鳩山民主党政権へのバッシングは日本の既存の組織を利用した霞が関(検察)、マスメディアの露骨な攻撃であった。しかし、鳩山・小沢が去った後の菅・仙谷民主党へのマスメディアや評論家の論調や扱いが妙に優しくなっている。支持率のV字回復もその一つだが、菅直人の不用意な消費税発言も「何らかの約束事」と云う契約を結んだ安心感から出た「ボロ」の一つなのではないだろうか。
この菅の消費税発言は「見えざる手勢力」にとって予測不可能な出来事であったが、「菅・仙谷民主党」が参議院選で勝とうが負けようが、そんなことはどちらでも良い事になっていたと考えるのが自然だ。
それはそうだ。「菅・仙谷民主党」は「小泉・竹中自民党」のクローンなのだから、民主が勝とうが、自民が勝とうが、みんなの党が勝とうが、「見えざる手勢力」にとって結果は同じである。自民党、民主党、みんなの党の3政党を抑え込んだのだから、もう政治家も政党も日本国民も存在しないのと同じ事である。
正直、選挙直前に「消費税値上げは公約の一種」と政権与党の総理が平気で発言した事実を深く読むべきだったかもしれない。しかし、菅直人と云う男の下劣無能変節の所為だと思いこんだ点は間違いだった。仙谷が言ったら疑う余地があったのだが、菅直人の発言だけに馬鹿の戯言扱いしたのが、少々失敗である。(笑)
日本国民の民意は今後完全に無視されるだろう。一見選挙で意志表示できるように思えるが、民主・自民・みんなの党が同じ「見えざる手勢力」の支配下なのだから、選ぶこと事態無意味になるのだ。
沖縄県民の悲劇も何度でも繰り返されるだろう。貧富の差はますます広がる。ワーキングプアーの是正などする訳がない。団塊世代が後期高齢世代にかかる頃には医療費の自己負担が5割近くなるのかもしれない。それを補うために、米国資本の様々な医療保険の加入は必須となるだろう。
しかし、安心してくれ。これからは庶民だけが痛い目に遭う訳ではない。資産家や高額所得者にも税は重くのしかかる。早い話、日本国民の富の全てを、米国本土と日本と云う支配国家との間で還流させ、両国が見せかけの経済成長を構築しようとしているのである。
米国は日本の富を自国に再配分せよと要求しているのだ。国内の貧乏人に再配分できるなら、我が国に再配分せよと言いだした訳である。 この基本的政治ポジションを呑めば、長期政権を約束すると言われれば、菅直人のような政治家は二つ返事だったに違いない。時には、どえらいスキャンダルを突きつけられ徹底的に脅かされたのかもしれない。まぁその辺の経緯は妄想の域だが、菅直人の選択を見る限り、そのようなことが起きていても不思議ではない。
仮に、上記のような「見えざる手勢力」の勝利が確実になっているのなら、実は小沢一郎と云う政治家も蚊帳の外ということになる。ところが、どうも小沢一郎と云う存在だけが、「見えざる手勢力」にとって目障り、気に障るモノのようである。ここに日本の唯一の灯りが燈っている。
その炎の勢いはけっして強くない。時に風に煽られゆらゆらと揺れ、消え去る危険すら感じられる。 さぁ小沢一郎はどうするのだろう。
9月の代表選まで菅直人に好き勝手をさせるのだろうか、それとも揺さぶりを掛けるのだろうか?そして、日本の唯一の灯の火を再び燃え上がらせるのか。それとも「見えざる手勢力」の魂を売った民主党を捨て「日本改造計画」「日本一新11基本法案」を旗印に「国民生活第一」の理念の気高き野党として存在感を示すのか?
筆者はどちらでも良いと思っている。政治哲学や理念に拘る小沢一郎と云う政治家が居て、その考えに賛同する国民が居る事だけでも潔しとする。小沢一郎がどのような選択をしようと、日本の政治史に残る政治家であれば、かたちに拘るつもりはない。出来ることなら、首相になって夜叉の如く日本や世界に「小沢旋風」を竜巻のように起こして欲しいものだが、あまり贅沢を言うつもりもない。
(転載貼り付け終了)