「官僚主導に、いかなる政治思想的根拠があるかと、全日本人は問え」他

投稿日:2010/07/03 06:11

2010年 7月 2日(金)12時30分9秒
「官僚主導に、いかなる政治思想的根拠があるかと、全日本人は問え」

こんにちは、皆さん、植田です。

 学校教育を終えると、日本の若者たちは、それぞれに希望を抱いて社会に入っていきます。
 若き官僚たちも、そのようにして霞が関官庁街に入っていきます。
 では、なぜそれが数年もすると、省庁益を最優先する律令官僚になってしまうのか。

 自身、外務省職員として官僚の生態の一部を体験した佐藤優氏が、その理由を次のように述べています。

 「官僚は、国家公務員試験、司法試験などの難しい国家試験に合格した偏差値エリートによって日本国家が支配されるべきと考える。そうでないと、≪食うか食われるか≫の激しい競争が展開される国際社会で日本が生き残っていくことはできない。結果として、偏差値エリートによる支配の方が下々の国民にとっても幸せなのだと考える。」『小沢革命政権で日本を救え』p.3

 これは佐藤氏の体験談です。
 その意見が正しいかどうかではなく、佐藤氏は、体験したままを述べています。
 さらに官僚は次のように考えます。

 「国家公務員試験や司法試験で測ることが出来るのは、人間の能力のごく一部分にすぎない。この種の試験に合格するためには、まず真理を追及するという発想を捨てなくてはいけない。」p.3

 まったくその通り。
 佐藤氏は、なぜ自分が外務省から追放されたのかわからず、それを知るために退職という形を取らずに、起訴休職外務事務官の肩書を今でも名乗り、自分の立場を理解しようとしています。
 その自己認識の成果として、以上のような指摘が出てきました。
 さらに次のように述べてます。

 「彼らの理解からすると、〈国家の主人というのは、難しい国家試験に合格した、もしくは司法試験に合格したエリート〉なのです。・・
 彼らは頭がよいのではなく、頭が強いのです。長時間の受験勉強に耐えられるような、耐性が強い頭を持っています。これは本来の頭の良し悪しとは関係ありません。それゆえ、自分たちがほんとうにただしいことをしていると思い込み、舞い上がっているのです。」p.32

 日本社会が官僚主導になるのは、官僚たちが以上のように考えているだけではありません。
 公務員試験が日本人の全員に公開されているためです。
 日本人であれば、誰にも霞が関官僚の一員になる道が開けています。
 つまり、試験制度的に、官僚たちは、自分たちが日本人の中で一番頭がいいと自認できる、制度的根拠があるわけです。

 佐藤氏が言います、

 「『官僚になるための国家試験は日本国民なら誰だって受けることが出来る。だから国民のものである。そうすると国民意思の代表は官僚である』。このようなインチキ議論にごまかされてはいけない。官僚は国家支配の道具であって国民の意思に制約されずに動く本性があります。これをどうやって押さえるかが政治家の仕事です。」p.168

 ペリー・グッド。
 そして、そのための思想的根拠を提供するのが、私たちの律令理性論です。

 日本の官僚が自分たちこそが国を動かす原動力であると考え、そのように動く、というのは、官僚の本性なのではなく、不比等が構築した日本・律令システムがそのように出来ているからです。
 そこでは、官僚が主導者です。
 官僚にそのように動ける根拠を与えるのが天皇です。

 だから、官僚が政治を主導できるというのは、彼らが国家公務員試験を通過したからではなく、日本社会が律令システムだからです。試験制度の効用を律令システムが保証しているわけです。

 だから、官僚主導の根拠は、試験頭脳の性能の問題ではなく、この国の統治権者は誰か、という政治思想の問題です。
 ここのところが、日本語言論上では、まだ誰によっても明示されていません。
 佐藤氏と副島氏の対談にも、まだ出てきません。しかし、素晴らしいことに、ついに疑問だけでも、出てきました。

 しかし、「脱官僚」が最終的に成功するかどうかの真髄は、ここです。
 私は最終的には官僚が負けると思っていますが、それには、政治家・有権者の側に、今の戦後のデモクラシー制度の中では、なぜ自分たちに権力があるかを、試験合格頭脳による説得をはねかえすだけの納得をもって理解してもらう必要があります。残念なことに、大卒の大メディアの優秀な記者たちも、ここがさっぱりわかっていまん。つまり、試験優秀組の官僚の説得を跳ね返す学力がありません。うーむ、余談ですが、学力という言葉、本来、こういう場合に使うべきものでしょうねえ。

 日本国憲法は、さっさとこのことを宣言しているわけですが、学校の教師たちも含めて、まだ日本人の誰もが自力でこのことを説得できる段階に来ていません。
 もちろん、日本国憲法を起草したのはアメリカ占領軍でした。「近代」という時代の申し子たちです。

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2010年 7月 2日(金)08時30分34秒
「「管首相の消費税選挙は、マニフェスト違反だ」 by 小沢一郎 」 編集済
おはようございます、皆さん、植田です。

 2010年夏の参院選挙戦に入り、管直人首相が消費税を争点にしています。
 私は、これぞ、民主党による政権交代が、政権を交代することがその目的の70%だったことを示すものだと考えます。
 この人が、消費税増税問題の旗振り役になるとは!!
 民主党が政権交代のあとの政策のことを綿密に計算していなかった証拠です。

 で、永田町での前面に立つ政治活動を自粛中であるはずの小沢一郎氏が、管首相の馬鹿さ加減に黙っていられなくなり、いや、その変身ぶりに呆れて、みずから自粛をやめました。いや、まあ、ここは自粛というのは自分でするものですから、外から誰かが何かを指図するということもないわけですが。

 小沢氏いわくー管首相の消費税発言は、昨年のマニフェストに反する、と。

 その通り。
 したがって、私は、管首相は、鳩山前首相が普天間基地移設を政権の最優先課題にしたことで墓穴を掘ったように、消費税問題で墓穴を掘ると予想します。
 しかし、これがかえって小沢一郎という政治家の政治生命を延命することになるでしょう。

 政局の動きとは皮肉なものです。
 小沢一郎氏の退場を暗に勧告した管直人氏ですが、その管氏が小沢氏の再浮上のお膳立てをするわけですから。

 さて、『小沢革命政権で日本を救え』から、今度は副島氏の素晴らしい洞察です。
 なぜ郵政社長に元大蔵官僚が就任したか。
 副島氏が画期的な説明を提示しています。

 「私は、西川善文は自らが悪人の役目を演じることで郵政・簡保を最後まで守り抜いた立派な財界人であると評価しています。・・
 だからこの後、西川泰三が次の郵貯・簡保の社長に座ることを撃退して、小沢一郎直径の旧大蔵官僚のドンの一人斎藤次郎が立派にこの職に就いた。実に素晴らしい小沢一郎による最高の人事ドラマでありました。・・
 元大蔵省事務次官であるデンスケ(斎藤次郎)を日本郵政社長にしたから、元官僚ではいけないというが、こういう特殊かつ超重要人事では、いいではないですか。≪あなたたちの同族だから、弱みもすべて握っています≫と開き直ったら、官僚たちは『はい』というしかないわけです。一部は味方に取り込まなければならない。」p.147,149

 副島氏の説では、佐藤氏の郵政社長の就任は、郵貯・簡保資金をアメリカに流れないようにするため、ということです。
 前任者の西川氏はこれをしっかりとやった、と。

 で、西室泰三氏が社長になっていたら、アメリカに流れていた、と。
 なぜなら、若き日にアメリカで薫陶を受けた西室氏は、ロックフェラー陣営のエージェントであるから。日本国の国益よりも、アメリカの国益を重視する政策をとることになる、と。

 私は副島氏の見方は極端なところがあると思いますが、なぜ斎藤氏がここで郵政社長に出てきたのか、その説明としては、一つの納得できる説であると思います。

 真相は当事者たちしか知らないわけですから、外野にいる人たちは、大いに「説明」の競争をするべきです。
 それによって、当事者たちが青ざめるような真相に迫る説明が浮上するでしょう。
 つまり、亀井氏だって、どんな利権で動いているか、わかったものではないぞ、などと。

 権力の座についた政治家は、常に有権者によって監視される必要があります。
 その政策が正しければ、次の選挙で再当選されます。
 そうでなければ、落選です。

 この自浄機能がまったく働かないのが官僚です。
 それでいて、官僚主導でよし、としてきたのが昨年の政権交代までの戦後の日本の政治史でした。
 有権者がこのことにちっとも疑問を持たなかったのは、もちろん、不比等戦略による洗脳のせいです。

 官僚との闘いを巻き込んでの民主党政権での内部抗争、どんどんやってください。
 それによって有権者が、日本の政治構造がいかなるものだったのかが、よくわかるようになります。

(転載貼り付け終了)