気になる記事の転載掲示板

◆巻頭言◆

新設されたこの掲示板(BBS)は、私、副島隆彦宛ての読者からの個人メールの転載サイトです。私の「今日のぼやき」ではとても対応できない状態になりましたので、このように拡張しました。

学問道場への入門許可の意味も含みます。別に自分は入門したい訳ではないという人もいるでしょうが。私宛てに挨拶を兼ねた簡略な自己紹介文を寄せてくれた人々と、ここの先進生たちとの情報共有の意味と更なる情報開示方針決定に従う趣旨もあります。以後は積極的に各掲示板の方へ書き込み投稿して下さい。(2001年4月1日記)
黒須 裕子 投稿日:2023/09/18 13:39

【305】中国では「九・一八事変」という「満州事変(まんしゅうじへん)」。明仁天皇は、「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」と、2015年の年頭挨拶で述べた。

昭和6年(1931)9月18日、柳条湖(りゅうじょうこ)で日本の関東軍が南満州鉄道の線路を爆破した。関東軍はこれを中国軍の行為として出兵し、満州事変の口火を切った。

 満州事変(まんしゅうじへん)は1931年9月に起きた柳条湖 (りゆうじようこ) 事件に始まる日本の満州侵略戦争。かねてから満州占領の機会をねらっていた日本軍は,奉天近郊の柳条湖で鉄道爆破事件を起こして軍事行動を全満州に広げ,翌1932年満州国を成立させた。1933年には熱河省を占領して塘沽 (タンクー) 停戦協定を結び,満州国に編入した。中国の提訴を受けた国際連盟は,リットン調査団を派遣し,この事実を日本の侵略と判断した。そのため,日本は1933年国際連盟を脱退。(出典 旺文社世界史事典 三訂版)

 日本国内では,満州事変がファシズム体制成立への端緒となり,若槻礼次郎内閣が倒れて犬養毅内閣が成立したが,五・一五事件によって斎藤実内閣に取って代られ,政党内閣に終止符が打たれた。こうして日本のファッショ化と国際的孤立が急速に進み,満州事変は日中戦争へ,さらに太平洋戦争へと拡大されていった。(出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

 太平洋戦争は1941年12月から 1945年8月までの間,アメリカ合衆国,イギリスを中心とする連合国と日本との間で戦われた戦争をさし,広義には第2次世界大戦に含まれる。太平洋戦争という呼称はアメリカにとって太平洋での戦いであったために名づけられたもので,戦時中の日本では大東亜戦争と呼ばれていた。日本の敗戦後,連合国の占領を受けてからは日本でも太平洋戦争と呼ばれるようになった。(出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

 太平洋戦争は日本が日中戦争を行いながら武力南進策をとったことに起因する,米・英・中・ソ・英連邦諸国など連合国との戦争。当時の日本での呼称は大東亜戦争。日本は,中国の抗戦意思を挫折させるため,1940年(昭和15)援蒋ルート遮断を目的に仏印進駐を実行。さらに,フランスの降伏に代表されるドイツ勝利の報で南方植民地へ侵攻を始めた。
 同年9月27日の日独伊三国同盟締結はアメリカとの対立を深め,アメリカは,41年7月25日の在米日本資産凍結,8月1日の石油の全面禁輸によって南進阻止をはかった。41年12月8日,宣戦布告の手交前になされた真珠湾攻撃によって戦争勃発。日本とアメリカは,反対の陣営に立って第2次大戦にも参入することになった。
 緒戦は日本が優勢で42年半ばには支配領域が最大になったが,ミッドウェー海戦での敗北後,補給線が続かず制空権・制海権維持のための地上基地の不足によって連合国軍の反攻にあった。米海軍は中部太平洋から島づたいに北上し,米陸軍はニューギニア・フィリピンから進攻した。
 この間,日本は汪兆銘(おうちょうめい)政権や,連合国の植民地だった地域を大東亜共栄圏とよんだが,実態は日本への資源供給地としての位置づけにすぎなかった。輸送船団の崩壊,本土空襲,国民の戦意低下,原爆投下,ソ連参戦がポツダム宣言受諾を決意させた。45年9月2日降伏文書調印。(出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」)

 そして日本降伏から70年後の2015年(平成27)年、明仁天皇(当時)は1月1日の年頭挨拶で満州事変に言及した。その一節は下記のとおり。

「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」。

 天皇陛下のご感想(新年に当たり)平成27年 より
https://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gokanso/shinnen-h27.html

 この年頭所感をうけて、矢部宏治氏は、今上天皇の「おことば」を収録した『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(小学館刊)を2015年6月30日に出版した。

 以下、同書の紹介記事、目次などを貼り付けます。

●明仁天皇と昭和天皇の最大の違い おことば収録本の著者考察
https://www.news-postseven.com/archives/20150630_332536.html?DETAIL
2015.06.30 07:00 週刊ポスト

(貼り付け始め)

今年1月1日の年頭挨拶、天皇はこう述べた。

「本年は終戦から70年という節目の年に当たります」

「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」

「象徴天皇」という制約のもと、政治的言動の許されない天皇が、「満州事変」という具体的な外交事変の名を口にしたのは異例である。1931年、本国の指令を聞かずに暴走した関東軍は南満州鉄道を爆破、中国側の破壊工作だと発表して軍事行動に移った。

「この事変をきっかけに日本は戦争への道を進みはじめる。軍部の暴走に、政府は、そして憲法はいかにストップをかけられるか──国の“ありかた”を考える上で、満州事変は戦前の大きな反省であり、戦後乗り越えるべき課題でもある。わざわざ具体名まで口にしたのは、日本がいま危険な方向に向かいつつある、との警鐘だと私は思いました」

そう語るのは、今上天皇の「おことば」を収録した『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(小学館刊)を6月30日に上梓する矢部宏治氏である。

「私は天皇という立場にある方の言葉だから、『聞いてほしい』というわけではありません。ひとりの知識人、思索と行動を兼ね備えた尊敬できる方の言葉だから、もっと知ってほしい、と思ってこの本を書きました」

同書は、“声なき人々”の苦しみに寄り添いながら、天皇が折々に発した29のおことばを、写真家・須田慎太郎氏の写真とともに紹介している。須田氏は、天皇の訪れたサイパン、パラオ、沖縄、広島、福島に赴き、その足跡を辿った。そこから浮かび上がってきたのは平和への切なる思いを抱きながら、象徴天皇のあるべき姿を体現しようと努める天皇の固い意思だった。冒頭に紹介した年頭挨拶も、その思いが貫かれた言葉の一つだ。

「日本はなぜ、戦争を止められなかったのか。この究極の問いに対して、もっとも深く、強く思いを巡らしてこられたのが明仁天皇ではないでしょうか。明仁皇太子が天皇に即位するため、考え続けた最大の問題は、前の時代に起きた大きな過ちをどうすれば自分の時代に繰り返さないで済むか──だったと私は思うからです」(矢部氏)

2013年12月18日、天皇は80歳の誕生日に際して、先の戦争を思いつつ、こんな言葉を発している。

「この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行なって、今日の日本を築きました」

その日本は現在、大きな曲がり角にある。安保法制を巡って安倍政権が「解釈」ひとつで憲法を変えようとし、憲法の意義が大きく揺らぎつつあることは誰しも感じるところだろう。矢部氏はこう語った。

「戦前を憂え、その過ちを決して繰り返さないことを誓った明仁天皇が最終的に辿り着いた立脚点──それが日本国憲法です。ここが明仁天皇と昭和天皇の最大の違いだと私は考えます」

昭和天皇も立憲君主制のもと、憲法を守るという意識があったのは間違いない。決して「国民の生活」をないがしろにしたわけではない、と矢部氏はいう。

「その一方、戦前の憲法の法的枠組みのなか、国家の非常事態に際しては、あらゆる制約を超えて行動することが許されるのだという意識を、昭和天皇が持っていたこともまた事実です。それを感じている明仁天皇は、自分は現憲法を徹底して守っていくのだという強い決意を折々に示されているのだと思います」

※週刊ポスト2015年7月10日号

(貼り付け終わり)

●戦争をしない国 明仁天皇メッセージ(小学館サイト 矢部宏治氏の動画あり 2015年6月制作
著/矢部宏治 撮/須田慎太郎
https://www.shogakukan.co.jp/pr/90th/389757.html

衝撃のベストセラー『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』の著者・矢部宏治は、なぜいま、明仁天皇の言葉に注目したのか。
戦後日本最大の矛盾である「沖縄問題」と真正面から向かい合い、その苦闘のなかから「声なき人びとの苦しみに寄り添う」という、象徴天皇のあるべき姿を築きあげていった明仁天皇。その平和への思いと重要なメッセージの数々を、写真家・須田慎太郎の美しい写真とともに紹介します。
サイパン、パラオ、韓国、中国、沖縄、広島、長崎、福島…。単行本としては空前の海外&国内ロケを敢行! 

●戦争をしない国 明仁天皇メッセージ
著/矢部宏治 撮/須田慎太郎

【編集担当からのおすすめ情報】
戦後70年がたち、いま日本は大きな曲がり角に立っています。

そうした時代のただなかにあって、折にふれて発信される明仁天皇の考え抜かれたメッセージ。

その根底にあるのは、「平和国家・日本」への強い思いです。

本書は、天皇という地位ではなく、ひとりの人間としての明仁天皇にスポットライトを当て、大きな苦悩と長い苦闘の中からつむぎだされた、その珠玉の言葉を美しい写真とともに紹介します。

目次
1章 I shall be Emperor.
2章 慰霊の旅・沖縄
3章 国民の苦しみと共に
4章 近隣諸国へのメッセージ
5章 戦争をしない国
6章 美智子皇后と共に
あとがき

【付録】世界はなぜ、戦争を止められないのか――国連憲章と集団的自衛権

著者等紹介
矢部宏治[ヤベコウジ]
1960年、兵庫県生まれ。慶応大学文学部卒業後、(株)博報堂マーケティング部を経て、1987年より書籍情報社代表

須田慎太郎[スダシンタロウ]
1957年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。在学中から日本報道写真の先駆・三木淳氏に師事。86年日本写真協会新人賞受賞。05年~07年、『ZOOM Japan』編集長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社 ‏ : ‎ 小学館 (2015/7/1)
発売日 ‏ : ‎ 2015/7/1
言語 ‏ : ‎ 日本語
単行本 ‏ : ‎ 128ページ

●Amazonサイト
戦争をしない国 明仁天皇メッセージ
著/矢部宏治 撮/須田慎太郎

●柳条湖事件(りゅうじょうこじけん)について 「コトバンク」
https://kotobank.jp/word/柳条湖事件-149668

●満州事変(まんしゅうじへん)について 「コトバンク」
https://kotobank.jp/word/満州事変-137958

●太平洋戦争(たいへいようせんそう)(英語表記)Pacific War 「コトバンク」
https://kotobank.jp/word/太平洋戦争-91982

会員 投稿日:2023/08/14 19:23

【304】知らないうちに始まっていた太平洋戦争に、多くの国民、知識人は感動した。 書籍『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』方丈社(ほうじょうしゃ)編集部・編

1945年8月15日を「終戦の日」とする太平洋戦争は、1941年12月8日に始まった。

 副島隆彦先生がこの戦争について、「戦前の左翼だった人たちのほとんどすべてが翼賛政治の中に流れ込んでいった」、「本当に最後まで戦争に反対し続け、弱々しい声ながら、抵抗したのは、詩人の秋山清(あきやまきよし)と、金子光晴(かねこみつはる)」、「清沢洌(しぶさわきよし)が、『暗黒日記』を書いて、戦争中もブツブツと戦争への抵抗を書いた」と、学問道場で書いて教えてくださった。初めて読んだときの驚きを今でも覚えている。

 書籍『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』は、出版社の方丈社(ほうじょうしゃ)編集部が、戦争を体験したことのない世代が、ほとんどとなりつつある現在、日本が体験した直近の戦争を振り返り、「あの日、日本人は戦争をどう感じ、何を考えたのか?」を追体験するという意図のもとに編集し、2018年に刊行したアンソロジー集である。

 昭和16年12月8日太平洋戦争が勃発した日、当時の知識人や著名人、政治家が何を考え、どう感じたのかを、それぞれの日記や回想録などから抜粋し掲載している。

 書評2つと書籍の目次を以下、紹介します。

奈良県立図書情報館Web掲載の「図書館員の気になる一冊」
https://www.library.pref.nara.jp/reference/kininaru/2991 より

(転載始め)

『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』

 街頭で微笑みながら「米英に宣戦布告」の新聞に見入る一組の男女の姿。この印象的な写真を表紙に使用している本書は、知識人・著名人の日記や回想録から太平洋戦争勃発時の状況や心情を抜粋し紹介するという他に類を見ない本です。

 昭和16(1941)年12月8日午前7時のラジオが国民に開戦を知らせました。以降同日午後9時までのラジオニュースを時系列で挿入しながら、思想家・作家・詩人・評論家など54名の開戦に対する反応と、太宰治の短編小説『十二月八日』、武田砂鉄氏による解説が収録されています。

 喜びや興奮を爆発させた人、解放感や期待感を覚えた人、死を思った人、自責の念に駆られた人・・・残された言葉から当時の人々の様々な心象や感情、空気感を読み取ることができます。開戦を歓迎し、期待と興奮で高揚する言葉が多く綴られていることに驚かされます。そして、作家の野口冨士男がアメリカと戦闘状態になればアメリカ映画は見られなくなるとの理由で妻子をともなって映画鑑賞に出かけたというエピソードに顕著なように、どこか対岸の火事とでもいうような切迫感や緊張感がそれほど感じられないのは、その後の激戦や夥しい犠牲者数、原爆投下や敗戦を知るよしもないからでしょうか。

私たちは12月8日というある1日が、敗戦への道筋へと進む1日となったという歴史的結果を知っています。何気ない日常から非日常へと大転換した1日。本書を一読して、今という時がどういう道筋へと繋がるのか、今日という日、明日という日が本当に日常の1日なのか、未来の結果を知らない私の頭にそんな疑いがふとよぎるのでした。

(転載終わり)

【書評】朝、目覚めて、戦争が始まっていたら何を思うか……。70年前の著名人が残した衝撃的な言葉
https://ddnavi.com/review/485826/a/
文=碓氷 連太郎 公開日:2018/9/10

(転載始め)

 1941年12月8日、午前7時にラジオから臨時ニュースが伝えられた。
「帝国陸海軍ハ今8日未明西太平洋ニオイテ米英軍ト戦闘状態ニ入レリ」
 太平洋戦争が始まったことを、国民に伝える内容だった。

『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』(方丈社編集部:編集、武田砂鉄:他/方丈社)は、当時活躍していた知識人や著名人がこの12月8日をどう受けとめていたのか、彼らが遺した日記や回想録から読み解いていく本だ。とはいえそれまで何もなかったのに、いきなり真珠湾を目指したわけではない。日本は1931年の満州事変以降、10年もの間中華民国(当時)に攻撃を仕掛けていた。いわば日本人は、その頃すでに戦争的な空気に慣れていたと思われる。だから意外と、驚きは少なかったのではないだろうか?

 読む前からそう予測していたものの、たとえば17歳だった吉本隆明の、

「ものすごく解放感がありました。パーッと天地が開けたほどの解放感でした。」

 という無邪気な言葉や、22歳だった詩人の黒田三郎の、

「今日みたいにうれしい日はまたとない。嬉しいというか何というかとにかく胸の清々しい気持だ。」

 という言葉を目にして、正直面くらった。

「いよいよはじまったかと思つた。なぜか體ががくがく慄へた。ばんざあいと大聲で叫びながら駆け出したいやうな衝動も受けた。」

 と書き遺したのは、児童文学作家で当時28歳の新見南吉だ。新見の『ごんぎつね』は小学校の教科書にも載っているので、親しんだ人も多いだろう。哀しさが漂う児童文学を書いた作者は、開戦を「ばんざあい」と思っていたのだ(しかし彼は終戦を見届けることなく、1943年に結核で亡くなっている)。

 権力や体制に反抗的というイメージを持ってしまいがちな作家や思想家が、軒並み開戦を肯定的に受けとめる言葉を遺している。それは彼らがまだ若く、また時代の空気もあって戦争がどんな悲惨を招くかに、思いをはせられなかったことによるものかもしれない。しかし51歳のジャーナリストの清沢洌こそ、

「けさ開戦の知らせを聞いた時に、僕は自分達の責任を感じた。こういう事にならぬように僕達が努力しなかったのが悪かった」

 と言っているものの、やはりジャーナリストで73歳だった鶯亭金升ときたら、

「明治の日清、日露、両戦役と異りて、我が大日本国空前の戦いなるかな、老の身も若やぐ心地して心神爽快、旭日輝く空を見上げて拳を握る」

 の有様だ。

 彼らの真意がどこにあるかはもはや確かめようがないが、多くが反骨どころか概ねイケイケで捉えている。太平洋戦争は軍部が暴走したから始まったのではなく、知識人はじめ市井の人たちも、ある意味で後押ししていたことがよくわかった。

 解説を担当した武田砂鉄さんも、巻末で、

「この企画を聞かされた段階では、さぞかし重々しい絶望が個々人を襲ったのだろうと推測したが、いざ、読み進めると、そこには、日常を揺さぶられまいと力む言葉があれば、むしろ歓待し、テレビゲームのリセットボタンを押すような快感を覚えている言葉すら見受けられた。それこそ正常性バイアス、これから起きようとしていることは、私たちの日常にとって必要なことなのだと、どこか清々しく受け止められていた。

ええ、そうなると思ってましたよ、こうなるべきだったんですよ、とそのまんま受け止める。泥沼に足を突っ込むのではなく、リセットボタン。あえて俗っぽくいえば、ワクワクしてすらしていたのだ。」

 と書いている。武田さんの言葉を借りれば正常性バイアスとは、有事に直面した人間がこんなことはあり得ないという先入観や偏見を強めることで、眼前の物事を、あくまでも正常の範囲であると認識する心のメカニズムのことだそうだ。その正常性バイアスの極みともいえるのが、同書に付記されている太宰治の『十二月八日』だろう。

「おひる近くなって重大なニュウスが次々と聞こえて来る」ようになったこの日、主婦の私は100年後にどこかの土蔵の隅からこの日記が発見されるかもしれないと思い、とくべつ丁寧に日記を書くことにする。

 その内容は終始妙なテンションとなっているものの、特段変わったことも起きない。娘の園子をお湯に入れるのが「私の生活で一ばん一ばん楽しい時だ」と言っているように、「ぶんまわしで画いたように真んまるで、ゴム鞠のように白く柔い」園子のお腹をいつくしみながら入浴するシーンなどは、幸せに溢れるばかりで戦争の影などみじんも感じられない。まさにこれが正常性バイアスなのだと、強く感じさせる短編だ。(なお『十二月八日』は、青空文庫でも読める https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/253_20056.html

 彼らが遺した言葉を「70年以上前のものだから」と切り捨てることはたやすい。しかし考えてほしい。日本以外の国では、今でも紛争が起きている。そして日本では、毎年のようにどこかで大災害が起きている。それを知りながらもいつもと変わらない日常を過ごしている私たちはすでに、70年以上前の彼らと同じ正常性バイアスに取り込まれてしまっているのではないだろうか。

 まずは知識人たちの言葉に衝撃を受け、次に周囲を改めて見まわし、自分自身の鈍感さに再度衝撃を受ける。この先もし、朝、目覚めると、戦争が始まっていたら自分はどう思うのか。おそらく「戦争に反対し続けた最後の1人」ではないだろうという絶望を存分に味わえる、今読むべき一冊と言えるだろう。

(転載終わり)

『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』
方丈社(ほうじょうしゃ)編集部・編
2018年8月14日第1版第1刷
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784908925344

[出版社内容情報]
昭和16年12月8日、太平洋戦争勃発。あの日、日本人は戦争をどう感じ、何を考えたのか? 当日の知識人・著名人の日記、回想録から偽らざる戦争の実感を甦らせる。
解説:武田砂鉄 特別収録:太宰治短編小説『12月8日』。

[目次]
ラジオニュース(午前七時)
吉本隆明/鶴見俊輔/黒田三郎/加藤周一/ピストン堀口/新美南吉/岡本太郎
ラジオニュース(午前十二時・東條英機首相演説)
野口冨士男/保田與重郎/竹内 好/埴谷雄高/中島敦/火野葦平/高見順
ラジオニュース(午前十二時三十分?)
亀井勝一郎/坂口安吾/伊藤整/神山茂夫/木山捷平/阿部六郎/山本周五郎
ラジオニュース(午前十二時三十分?)
古川ロッパ/島木健作/今日出海/中野重治/上林暁/矢部貞治/尾崎士郎
ラジオニュース(午後三時)
井伏鱒二/横光利一/金子光晴/獅子文六/河合栄治郎/近衛文麿/清沢洌
ラジオニュース(午後五時)
青野季吉/木戸幸一/室生犀星/中江丑吉/長與善郎/折口信夫/木下杢太郎
ラジオニュース(午後七時)
東條英機/秋田雨雀/高村光太郎/斎藤茂吉/松岡洋右/正宗白鳥
ラジオニュース(午後九時)
永井荷風/真崎甚三郎/徳田秋声/鶯亭金升/幸田露伴/徳富蘇峰
「十二月八日」太宰 治
略歴
解説 武田砂鉄

会員 投稿日:2023/06/10 10:21

【303】東京にNATO事務所を作ってNATOと日本に中国敵視を強めさせようとする米国の案は、フランスのマクロン大統領が反対したので潰れた

フリーの国際情勢解説者、田中 宇(たなか・さかい)が、独自の視点で世界を斬る時事問題の分析記事を載せるウェブサイト「田中宇の国際ニュース解説 世界はどう動いているか」掲載の記事に、表題の内容がありました。その部分を転載します。

■世界の運営を米国でなく中露に任せる 2023年6月7日 田中 宇
https://tanakanews.com/230607armenia.htm  より

(引用始め)

欧州や日本は米国傀儡から足抜けを許されない。しかし、東京にNATO事務所を作ってNATOと日本に中国敵視を強めさせようとする米国の案は、フランスのマクロン大統領が反対したので潰れた。NATOの決定は全会一致が必要なので、仏大統領の表明は拒否権の発動を意味する。
日本政府は内心ほっとしているだろう。そういう機微がわからない、わかっていても伝えないマスコミは日本を自滅させる。早く潰れた方が良い。
(France Objects to NATO Opening Liaison Office in Japan)
https://news.antiwar.com/2023/06/05/france-objects-to-nato-opening-liaison-office-in-japan/

(引用終わり)

関連する英文記事の機械翻訳の日本語分は以下です。

■フランス、NATO日本連絡事務所開設に反対 マクロン氏、NATOは北大西洋に留まるべきだと考えている
デイブ・デキャンプ著  2023 年 6 月 5日
https://news.antiwar.com/2023/06/05/france-objects-to-nato-opening-liaison-office-in-japan/

(日本語翻訳文貼り付け始め)

フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、日本に連絡事務所を開設するというNATOの計画に反対しており、同盟は北大西洋に留まるべきだと考えているとフィナンシャル・タイムズ紙が月曜日に報じた。https://archive.is/EeJY6

NATOがアジア太平洋地域に初の事務所開設を推進しているのは、西側同盟国をこの地域での対中国戦略にさらに関与させるという米国の計画の一環である。NATOの日本事務所開設計画は5月初旬に日経アジア紙で初めて報じられ、中国政府の非難を受けた。

この問題に詳しい関係者らはフィナンシャル・タイムズに対し、フランスの立場が数ヶ月にわたって続いている日本事務所に関するNATO交渉を複雑にしていると語った。フランス当局者は、パリ政府はNATO憲章が同盟の地理的範囲を北大西洋に制限していると考えていると述べた。

マクロン大統領は、NATOが北大西洋を超えて拡大すべきではないと考えていると公に述べている。フランスの指導者は先週、「もし我々がNATOにスペクトルと地理の拡大を強要すれば、我々は大きな間違いを犯すことになるだろう」と語った。

新たな連絡事務所の開設にはNATO加盟国31カ国全員が同意する必要があり、フランスがこの動きを阻止する可能性がある。フランスの立場に関するニュースは、マクロン大統領が、欧州は米国に追随して台湾をめぐって中国と紛争を起こすべきではないと述べてからほぼ2カ月後に発表された。

NATOは数年前から中国に注目しており、中国政府はNATOに対し、この地域に参加しないよう繰り返し警告してきた。「NATOのアジア太平洋への東方進出の継続と地域問題への干渉は、必然的に地域の平和と安定を損ない、陣営の対立を引き起こすだろう。これには地域諸国に厳重な警戒が必要だ」と中国外務省の毛寧報道官は先月述べた。

(日本語翻訳文貼り付け終わり)

引用元英語サイト
France Objects to NATO Opening Liaison Office in Japan
Macron thinks NATO should stay in the North Atlantic
by Dave DeCamp Posted onJune 5, 2023CategoriesNewsTagsChina, France, Japan, NATO
https://news.antiwar.com/2023/06/05/france-objects-to-nato-opening-liaison-office-in-japan/

著者:デイブ・デキャンプ
Dave DeCamp は Antiwar.com のニュース編集者です。Twitter @decampdave

■Antiwar.com とは
https://www.antiwar.com/who.php

(日本語翻訳文貼り付け始め)

私たちに関しては

ミッション

このサイトは不介入主義の大義に特化しており、自由主義者、平和主義者、左派、「緑の党」、無党派層だけでなく、帝国主義に対する我々の反対に同意する多くの右派にも読まれています。私たちの最初のプロジェクトは、クリントン大統領時代のバルカン半島への介入に反対することでした。私たちは同じ原則をハイチとコソボでのクリントンの選挙運動とスーダンとアフガニスタンの爆撃に適用しました。私たちの政治は自由主義です。戦争に対する私たちの反対はランドルフ・ボーンの思想に根ざしています。 「戦争は国家の健康である」という考え方。戦争の度に、アメリカは国家主義へと「大きな飛躍」を遂げており、ボーンが強調したように、「その制度(国家)の性質を最もよく理解できるのは戦時中である」。その本質の中核には、個人の自由と政治権力の集中に対するますます増大する脅威が含まれています。

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「共和制の意味での政府、つまり立憲的、代表的、限定的政府と、他方で帝国との間には致命的な敵意がある。どちらかが他方を禁止しなければ、一方が他方を破壊しなければならない。」

これは私たちの活動に情報を与え、私たちの献身を鼓舞する認識です。海外での不干渉主義は、国内での不干渉主義の当然の帰結である。ランドルフ・ボーンもこの意見に同調し、「国家に対する暗黙の運動なしに戦争反対運動はできない」と述べた。戦争反対が私たちの哲学の中心であり、単一問題の政治が私たちに開かれた唯一の道であるため、Antiwar.com は可能性の政治を体現しています。

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「市民専門家」の緊急の必要性が、私たちが Antiwar.com を設立した理由です。この過程で、このサイトは、アメリカ政府の海外計画についてアメリカ国民と世界に情報を提供し続けることを目的としたオンライン マガジンおよび調査ツールへと急速に進化しました。私たちのサイトとアメリカの外交政策の歴史は、そのような専門家が求められていることを示しています。

Antiwar.com の創設者は 1970 年代にリバタリアン党で活動していました。1983年、私たちは共和党内でリバタリアン議員団として活動するリバタリアン共和党組織委員会を設立しました。今日、私たちは「左派」と「右派」の伝統的な政治に挑戦しようとしています。現在のところ、既存の政党や活動家グループのどれも、原則に基づいたリバタリアン政治の効果的な手段を提供していない。しかし、たとえ自由の党が存在しないとしても、私たちは闘争を放棄することはできません。私たちは、多くの尊敬される組織が忘れ去った非介入主義の大義と平和運動を主導するよう努めています。

第一次バルカン戦争の経験をもとに作られた Antiwar.com は、拡大する国際運動の記録的なインターネット新聞となり、「人権」「人道主義」という美辞麗句で野心を覆い隠す新たな帝国主義に対する反対の中心的拠点となった。 、「テロからの自由」、そして「世界民主主義」。西側の全体主義的自由主義者と社会民主主義者は、一方的かつ傲慢にも国家主権を廃止し、世界覇権を目指す彼らの企てに反対するすべての者を公然と打倒しようとしている。彼らはあらゆる国の愛国者を敵に回しており、今こそそれらの敵が団結するか、さもなければ単独で滅びる時が来た。

Antiwar.com は、外交政策論争における真の親米側を代表しています。中央集権性の低い政府と国内の自由に焦点を当てているため、私たちは自分たちを真のアメリカの愛国者であると考えています。「アメリカファースト!」は、共和制政府の伝統と不干渉主義を自由にとって最重要視しており、この概念はこの国の基礎を築くのに役立っています。

未来
Antiwar.com はすでに次の情報戦争と戦っています。私たちは、戦争タカ派とその指導者が反対も反論もされずに情報戦争をやり過ごすことを許されないという命題に専念しています。戦争党はよく組織され、資金も豊富で、非常に集中しています。彼らは自分たちが何を望んでいるのかを知っている:冷戦の復活、軍事費の増大、そして中東から朝鮮半島、そしてその間のすべての地点にアメリカの力を投影するグローバリズムの使命だ。そして、彼らはそれを手に入れる方法を知っています。特別利益団体と主要な企業同盟を結集して、アメリカ国民の心を掴むことを目的としたプロパガンダ戦争に参加させるのです。一方、反戦勢力はそれほど有利な立場にあるわけではない。

中央で調整された指導力がなく、重要な財源もなく、信じられないほど多様だったため、第一次バルカン戦争に対する組織的な反対運動は焦点が絞られておらず、効果も限られていました。現在、イラク戦争に反対する反戦運動は反米・左翼とみなされている。しかし、私たちは戦争の真のコストを理解する愛国的平和運動の大義を主導することによって、この認識を変えています。残念ながら、アフガニスタン、イラク、その他世界中の地域で行動を推進している組織は、より強力でより集中力を持っています。Antiwar.com は、正確なニュースと解説を広めることにより、これらのグループに対抗し、平和を求める運動に不可欠な部分となっています。

Antiwar.com は、太陽が沈むことのない新世界秩序で私たち全員を奴隷にしようとするグローバリスト勢力と介入主義勢力に対する意識を高めることに専念しています。しかし、私たちはあなたなしではそれを行うことはできません。Antiwar.com についてお友達に知らせてください。また、アイテムを私たちの注意を引くことで私たちの仕事に協力してください。私たちは常に資料を探しており、リンクであれ、編集者に送信されたオリジナル記事の形式であれ、あなたの提案を歓迎します。

Antiwar.com は、非営利ランドルフ ボーン研究所の 1 つです。Antiwar.com への寄付は税控除の対象となります。1 回限りの寄付であろうと毎月の誓約であろうと、あなたの寄付が成功と失敗の違いを生み出します。戦争党のプロパガンダ機関には十分な資金が潤沢にあるが、Antiwar.com は事実を明らかにするための知的資源を除いて、ほとんど資源を持たずに戦いを続けている。しかし、皆さんの物質的な支援がなければそれを行うことはできません。その方法を確認するには、このページの下部にある安全なクレジット カード フォームをクリックしてください。今すぐ寄付をすることで、戦争党に打撃を与え、平和のために一票を投じることができます。

Antiwar.com の歴史と最近のメディア報道をご覧ください。

(日本語翻訳文貼り付け終わり)

会員 投稿日:2023/04/15 16:31

【302】NATO加盟目指すウクライナ、ポーランドとの国家統合を検討

副島隆彦先生のウクライナ情勢の見通しで、ポーランドがウクライナ西部を統合するという予言がありました。
ロシアの通信社「スプートニク 日本」の記事が同じ内容を伝えました。 

NATO加盟目指すウクライナ、ポーランドとの国家統合を検討
https://sputniknews.jp/20230406/nato-15575903.html
2023年4月6日, 11:28 (更新: 2023年4月6日, 13:46) より

(転載はじめ)

ウクライナ大統領府の側近らはポーランドとの国家統合を検討している。
ウクライナ・メディア「ストラナ.ua」が報じた。

現地メディアはウクライナ大統領府側近の発言を次のように伝えている。

“この考えは今のところ、一種のエキゾチックに見える。
しかし、それは重要な、いわゆる戦略的問題に対する回答の一つのバリエーションとして浮上したのである。
その問題とは、仮にNATOが我々の国を拒否する場合、いかにしてウクライナの安全を保障するかというものだ。”

このように側近は発言し、ポーランドとの国家統合によりNATOに加盟する策を検討していることを明かした。

6世紀から18世紀にかけて存在した東欧最大の国家、ポーランド・リトアニア共和国は今日のウクライナ領ほぼ全域をその一部としており、ウクライナではこの共和国再建を目指す声が浮上している模様。

先にウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はポーランドの首都ワルシャワを訪問し、将来的にウクライナとポーランドの間ではいかなる政治的、経済的境界も存在しなくなると表明し、EU、NATOへの加盟を目指す姿勢を強調していた。

(転載おわり)

会員 投稿日:2023/04/15 16:27

【301】ロシアの通信社 スプートニク(SPUTNIK、ロシア語: Спутник)

●Wikipediaによる紹介

スプートニク (通信社)
https://ja.wikipedia.org/wiki/スプートニク_(通信社)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 より

(引用はじめ)

スプートニク(SPUTNIK、ロシア語: Спутник)は、ロシアの通信社。
2014年11月10日に設立され、RIAノーボスチとロシアの声に代わってロシア国外での展開を担っている[1][2][3]。
ロシア政府系メディアであるロシアの今日の傘下にある。
編集長はA.S.アニーシモフ[4]。
日本語版は、2015年3月20日に開設された[5]。

 (中略)

出典
[1] “Sputnik launched to news orbit: Russia’s new intl media to offer alternative standpoint”. ロシア・トゥデイ (2014年11月11日). 2015年4月21日閲覧。https://www.rt.com/news/204231-sputnik-news-agency-launched/
[2] ガリヤ・イブラギモワ (2014年11月17日). “ロシアの新メディア「スプートニク」”. ロシア新聞. 2015年4月23日閲覧。
[3] Gabrielle Tétrault-Farber (2014年11月11日). “Launch of Sputnik Comes Amid High Stakes in Media War”. ザ・モスクワ・タイムズ. 2015年4月23日閲覧。
[4] a b c “プロジェクトについて”. スプートニク. 2015年4月21日閲覧。
[5] “スプートニクが日本語で語り始めた”. スプートニク (2015年3月20日). 2015年4月23日閲覧。https://sputniknews.jp/20150320/56748.html

(引用おわり)

●「スプートニク 日本」による紹介

スプートニクが日本語で語り始めた
2015年3月20日, 20:20 (更新: 2019年6月10日, 18:10)
https://sputniknews.jp/20150320/56748.html

(転載はじめ)
ニュース・マスメディア通信「スプートニク」は日本語による情報ポータルのスタートを発表。新たなアドレスはjp.sputniknews.com ポータルの狙いは最新の国際情報に対する多様な見解をあまねく紹介することを狙う。新ポータルではニュースフォーマットの他にもラジオ・チャンネル「スプートニク日本」の聴取が可能。日本語のポータルはすでに開始の英語、フランス語、セルビア語、ポルトガル語、アラブ語、ヒンディー語、ベトナム語、ポーランド語、イタリア語、チェコ語、ドイツ語、スペイン語、中国語、トルコ語、キルギス語、アプハジア語のラインアップに加わる。
「スプートニクは最新のマスコミです。他のマスコミと第一に異なる点は、テーマの選択、世界の理解という点です。」マルガリータ・シモニャン編集長はニュース通信社「スプートニク」の作業内容について、こうコメントした。

多極化世界を反映するスプートニクのサイトは、多くのオータナティブな見解の対比を求めるオーディエンスに的を絞る。その質を支えているのはジャーナリストらの高い専門性、そしてマルチメディア・フォーマットだ。サイトはインフォグラフィック、ビデオ、フォトレポルタージュ、生放送、インターネット投票と多様なコンテンツを提供。スプートニクはニュース速報の他、分析資料、特別インタビュー、鑑定評価等も提供。
スプートニクhttp://sputniknews.com はニュース通信社とラジオ局、そして世界数十カ国にあるマルチメディア情報ハブの総体であり、サイト、アナログ放送、デジタル放送、携帯アプリ、ソーシャルネットを網羅。英語、アラブ語、スペイン語、中国語では24時間でニュース発信を行なっている。

(転載おわり)

スプートニク 日本 
プロジェクトについて
https://sputniknews.jp/docs/index.html

(転載はじめ)

スプートニクは現代のニュース通信社で、ニュースワイヤによるニュース提供、自社ニュースサイトの運営、ソーシャルネットワーキング、携帯アプリ、ラジオ放送、マルチメディアセンターといった多岐にわたる活動を行っています。
スプートニクのヘッドオフィスはモスクワにあります。アメリカ(ワシントン)、中国(北京)、フランス(パリ)、ドイツ(ベルリン)、エジプト(カイロ)、イギリス(ロンドン)といった世界各地の主要都市に支局を構えています。
スプートニクは世界の政治や経済のニュースを世界中の読者に向けて報道しています。

「スプートニク」ブランドは、2014年11月10日に、ロシア国営メディアグループ「ロシア・セヴォードニャ」によってリリースされました。現在、スプートニクには、英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、アラビア語、中国語などを含む30か国語以上の編集部があります。
スプートニクのラジオ放送のボリュームは、オンラインやFMやDAB/DAB を通して、一日に800時間以上にものぼります。
スプートニクニュースワイヤは、英語、スペイン語、アラビア語、中国語で24時間休みなくニュースを提供しています。
スプートニクのカメラマンは全世界で活動しており、「ワールド・プレス・フォト」や「マグナム・フォトグラフィー・アワーズ」といった、世界的に権威ある報道写真分野の賞を幾度となく受賞しています。スプートニクは自社のフォトバンク「スプートニク・イメージズ」を有しており、写真や映像、インフォグラフィックといった素材を販売しています。
スプートニクは世論調査も行い、結果を発表しています。
スプートニクの前身はロシア国営の国際情報通信社「リア・ノーヴォスチ」と、ラジオ局「ロシアの声」です。両社は2013年に解体され、その後スプートニクへと再編成されました。

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(転載おわり)

会員 投稿日:2023/04/15 16:24

【300】欧州連合(EU)は2022年3月、ロシアのニュースサイト Sputnik のEU域内での提供を全面禁止する法律を制定した。

「ロシアによる偽情報を用いたプロパガンダを防ぐため」現在も禁止措置は継続中。

なお、Sputnikの日本語による情報ポータル「スプートニク 日本」 https://sputniknews.jp/ は閲覧できます。

●EU,ロシア国営のRTとSputnikを禁止
『放送研究と調査』2022年5月号掲載
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/focus/f20220501_12.html

(転載はじめ)

欧州連合(EU)は3月1日,ロシアによるウクライナへの軍事侵攻に関する偽情報を用いたプロパガンダを防ぐため,ロシアの国営テレビRTのヨーロッパ各国向け計5チャンネルと,国営ラジオ・ニュースサイトSputnikのEU域内での提供を全面禁止する法律を制定した。

同法は,EU理事会がEU法の一種である「規則」として制定したもので,加盟国が国内法化しなくても各国で効力を持つ。EU加盟国ではRTとSputnikの放送免許がはく奪され,衛星放送,ケーブルテレビ,IPTV,動画共有サイト,インターネット接続などのサービス提供事業者は,RTとSputnikの放送や送信を禁じられた。禁止措置は「ロシアによるウクライナへの侵略とEU加盟国に対するプロパガンダが終息するまで」継続するとしている。

3月2日の発効後,EU加盟国では,RTとSputnikのサービスにアクセスできなくなり,YouTube,Facebook,Twitterや,Googleの検索結果からも除外されている。これに対し,RTのフランス法人RT Franceは3月8日,措置は不当だとして欧州裁判所に提訴した。

EUがメディアの全面的な禁止措置をとることには前例がなく,懸念の声も上がっている。欧州ジャーナリスト連盟(EFJ)や国際新聞編集者協会(IPI)は,放送やメディアを禁止する権限はEUにはなく,各国の独立規制機関にあると指摘。さらに,禁止措置はロシアの報復措置を招いて状況を悪化させるおそれがあるとしたうえで,プロパガンダに対抗する最良の方法は,多元的なメディア環境を促進し,独立したジャーナリズムが情報の真偽の検証を行い市民に示すことだとした。

杉内有介

(転載おわり)

会員 投稿日:2023/04/01 13:41

【299】4月9日の 私たちの定例会(自力の講演会)に、参加して集まってください。

副島隆彦先生の投稿2023年3月31日(金)から転載します。

(転載はじめ)

 今の日本で、私たちぐらい、本気で、この世界そして、私たちの日本のことを、真剣に考えている者は、他にはいない、と自信をもって言えます。

 学問道場に集まっている、皆さん。 皆さんが、日本国の、アンカー(おもし、錘)なのです。 私たちが、しっかりして、動揺することが無ければ、この国は、大丈夫です。それぐらいの明るい信念を、皆で、持ちましょう。

 私、副島隆彦は、これからの世界の動きについて、一切の、不安、逡巡(しゅんじゅん)、懊悩(おうのう)は、有りません。私が、自分の堅い信念をもって、皆さんと共に、突き進めば、日本は、大丈夫です。 それぐらいの 高度の知性を、今の私たちは、持っている。

 それでは、4月9日に、学問道場の定例会でお会いしましょう。

(転載おわり)

投稿日:2023/02/18 21:20

【298】藤井風cut|死ぬのがいいわ (不如死去)|2022紅白歌会

藤井風cut|死ぬのがいいわ (不如死去)|2022紅白歌会

https://www.bilibili.com/video/BV1ge4y1F7sR/?spm_id_from=333.337.search-card.all.click

会員 投稿日:2023/01/04 18:34

【297】ウクライナ戦争特需 米軍事企業 

副島先生のいうアメリカの「公共破壊事業」、軍需産業が、ウクライナ戦争特需に湧いているという記事を2本転載します。

●ウクライナ危機に色めき立つ世界の巨大軍需産業
 戦況長期化で利益を得るものは誰か
長周新聞 2022年4月9日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/23227

(以下貼り付け開始)

 アメリカのバイデン政府はウクライナに「米軍を派遣しない」といって、大量の武器や弾薬による軍事支援を重ねている。マスコミを動員してウクライナの民衆の悲惨を叫ぶが、その実、「人道的支援」には冷淡である。そして、この戦争でも巨大な富を得てにんまりとしている者がいるのだ。

 英エセックス大学の『コンバセーション』誌は3月9日、ピーター・ブルーム経営学教授の「世界の巨大軍需産業は静かに、戦争から数十億ドルを稼いでいる」と題する文章を掲載した。同教授はそのなかで次のようにのべている。

 巨大軍需産業はすでに約5000億ドル(約60兆円)の武器を両陣営に供給し、かなりの利益を得ようとしている。アメリカはウクライナに90トン以上の軍事物資と、昨年だけでも6億5000万ドル(約780億円)の援助をしたが、さらに3億5000万ドル(その後5億ドルと発表)の軍事支援を約束した。EUは4億5000万ユーロの武器を購入し、ウクライナに輸送している。

 アメリカとNATOはウクライナに1万7000発の対戦車兵器と、2000発の対空ミサイル「スティンガー」を供給している。イギリス、オーストラリア、トルコ、カナダを含め、世界的な国家連合もまた、ウクライナに積極的に武器を供給している。これが世界最大級の防衛関連企業に多大な恩恵を与えているのだ。レイセオン社はスティンガー・ミサイルを製造し、さらにロッキード・マーティン社と共同でジャベリン対戦車ミサイルを製造している。これらはアメリカやエストニアなどから供給されている。

 西側諸国のトップ兵器企業はこの戦争に先駆け、利益が増大しそうであることを投資家たちに報告していた。アメリカの巨大防衛関連企業、レイセオン社の最高経営責任者であるグレゴリー・J・ハイエスは、1月25日、以下のように業績発表をおこなっている。

 「先週UAEで起きたドローン攻撃に注目する必要がある……そしてもちろん、東ヨーロッパの緊張、南シナ海の緊張、こういったことはすべて、現地における軍事費増額への圧力となっている。だからそれによる利益を獲得できると期待している」

 ブルーム教授はそこから、次のように結論づけている。

 「この戦争の余波で、私たちはこの産業の力と影響力を制限する方法を探求する必要がある。これには、特定の武器の売却を制限する国際協定、防衛産業の削減にとりくむ国々への多国間支援、軍事費の増加のロビー活動をおこなうような兵器企業への制裁などが考えられる。より根本的には軍事力のさらなる拡張に挑戦する運動を支援することである」と。

 報道によれば、ロッキード・マーティン社の株価はウクライナ危機が発生してから16%、イギリスのBAEシステムズ社の株価は26%の上昇を見せている。レイセオン、ロッキード・マーティン、ジェネラル・ダイナミクスの社長たちは、株主に対して「ウクライナ情勢の緊迫化はわが社の利益を押し上げる効果が抜群だ」と、意気揚々としている。

 アメリカの経済がベトナム戦争を期して失速するなかで、国家予算の半分を占める国防費を奪い合う巨大軍需企業のロビー活動がしのぎを削ってきた。それは武器の消費(戦争特需)による景気刺激を求める軍産複合体を巨大化させ、その利益を代表するネオコン(新保守主義者)が引き起こしたイラクやアフガニスタンなどの戦争で巨額の利益を得た。

しかしアフガン撤退後、軍事的緊張を欠いた状態が続いては身が持たぬのが死の商人たちだ。彼らにとって、ウクライナは米軍が直接武力を使って手を汚さなくても同様の暴利をむさぼる場として、格好のターゲットとなっていた。事実、アメリカはウクライナに対して、これまでもパトリオットミサイルや戦車、重火器などの新旧武器を供給し新たな戦争特需を求めてきた。

 アメリカはこれら兵器の操作を教えるために、ウクライナに軍事顧問団を常駐させ、この8年間ドンバス地域での実戦を通して1万人以上のウクライナ軍兵士を訓練し、使用させてきたのである。これは最近のウクライナ報道でも、メディアに出演する「軍事専門家」や元外交官などがアメリカを擁護する側から明らかにしていることである。

(貼り付け終わり)

●ウクライナ戦争特需で笑いが止まらない米軍事企業
増産に次ぐ増産、雇用増に加え、待望の法案まで通過
2022.12.31(土)
堀田 佳男
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73342

(以下貼り付け開始)

 2023年を迎える今、古典的といえる「マネー・メイキング」の方策が、世界では生きている――。

 戦争が武器メーカーを潤すという図式はいまに始まったことではない。

 過去から現在、今後に及んでも、軍事衝突が勃発することで、戦争当事国と支援国は武器を調達することで武器メーカーに利益をもたらす。

 捉え方を変えれば、人を殺害し、都市を破壊することで特定企業は儲かるのだ。

 2022年12月初旬、米首都ワシントンにあるウクライナ大使館で、あるレセプションが開かれた。

 招待客は米政府関係者、外交官、ジャーナリストなどで、マーク・ミリー統合参謀本部議長の姿もあった。

 ここまではワシントンではよくある大使館レセプションの光景である。

 少しばかり様子が違ったのは、レセプションの招待状の下段にイベントのスポンサーとして、大手軍事企業のロゴが描かれていたことだ。

 その企業とはロッキード・マーティン、レイセオン、ノースロップ・グラマン、プラット&ホイットニーといった世界に名を馳せた兵器メーカーである。

 さらに招待状には、ウクライナ大使の言葉として、軍事企業の関係者と「ご一緒できることを楽しみにしています」という文字も記されていた。

 招待客の中には、軍事企業のロゴが招待状に記されていることに違和感を抱いた人もいた。

 だが、そのレセプションは参加者の顔ぶれから、現在進行中のウクライナ戦争で、ウクライナ政府と米政府、さらに米軍事企業がいかに親密な関係であるかを如実に示すものとなった。

 ロッキード・マーティンの年間売上高の半分は今、米国防総省(ペンタゴン)からの受注である。

 同社を含めた前述の4社は、米国がウクライナに送った対戦車ミサイルやミサイル防衛システムなどを製造している企業である。

 ジョー・バイデン大統領はこれまで、ウクライナに軍事支援として約193億ドル(約2兆5600億円)という巨費を約束している。

 こうした米政府による支出は武器メーカーにとっては何よりの「ボーナス」である。

 ロッキード・マーティンが製造する携帯型対戦車ミサイル「ジャベリン」の生産台数は、年間2100発から、今年4000発へと拡大された。

 バイデン大統領は今年、アラバマ州にある同社工場に足を運び、社員に向けてこう述べている。

「米国産の兵器をウクライナに送り込むことで、第3次世界大戦に巻き込まれる危険を回避し、ウクライナの人々が自衛できるようにしているのです」

「この施設で働くすべての人たちが自由のために貢献しています」

 さらに同社は今年、6000万ドル(約80億円)をかけて高機動ロケット砲システム(HIMARS)を増産した。

 ハイマースと呼ばれる同ロケット砲システムは、約90キロの弾薬を積載した誘導ロケットを約80キロ離れた目標に命中させることができる車両で、ロシア軍に壊滅的な打撃を与えられる。

 ロッキード・マーティンはこれまでハイマースを年間60台製造してきたが、現在は週7日、24時間の生産シフトに移行し、年間96台の製造を目指している。

 そうしたこともあり、同社は今年、株価が38%も上昇した。

 レイセオンも受注が増大している。

 同社の経営最高責任者(CEO)のグレゴリー・ヘイズ氏は12月初旬、米メディアとのインタビューで、次のように自慢げに語った。

「米政府がウクライナに送った携行地対空ミサイル『FIM-92スティンガー』は、本来であれば6年で使用する数量の1600発を、10カ月で使い切った」

 こうした需要の急増は何をもたらしているのか。

 数年分のミサイルを数カ月で使い果たすことは、もちろん製造側にも大きな変化をもたらす。

 約18万人の従業員を抱えるレイセオンは今年、11月初旬までに2万7000人を新規採用した。それでも人員が足らず、今後さらに1万人を追加雇用する予定でいる。

 それでもなお、同社幹部は労働力不足と入手可能な部品の調達に間に合わない事態に陥ると述べているほどだ。

 それほど戦争特需は軍事企業に大きなプラスに働いている。

 ワシントンでもこれまでとは違った動きが出ている。

 12月初旬、米上院はある法案を通過させた。

 年次軍事許可法案というもので、空軍と海軍が退役させたいと考えている「C-130」輸送機や「F-22」戦闘機などを温存させるだけでなく、新しい船舶や航空機を建造するために数十億ドルの追加予算を計上する内容である。

 さらに米政府は米東部ペンシルバニア州北東部のスクラントン市にある弾薬工場と中西部アイオワ州東部のミドルタウン市にある弾薬工場、さらに南部テネシー州北東部キングスポート市にある弾薬工場を拡張するために6億7800万ドル(約900億円)の予算を割く。

 上記3工場はいずれも陸軍と契約しているところで、すでに話は進められている。

 こうした動きは単年度ではなく、今後複数年で支出を増やす予定だ。

 これは軍事産業のロビイストたちが長年求めてきたもので、ウクライナ戦争によって法案が通り、予算がつき、新たな軍事産業の扉が開かれたことを意味する。

 上院軍事委員会のメンバーであるデブ・フィッシャー上院議員(ネブラスカ州)は「政治家は軍事産業と前向きに契約を結ばなくてはいけない。そうすれば軍事産業は生産ラインの再開や拡大に踏み切ることができる」と述べている。

 業界では、こうした動きだけでも今後3年で730億ドル(約9兆7600億円)もの追加受注が見込まれ、ロッキード・マーティンやレイセオンといった大手軍事企業に大きな利益をもたらすと見られている。

 前出のレイセオンCEOのグレゴリー・ヘイズ氏は直近の決算説明会で、「ウクライナでの紛争が『残念ながら』続いているため、特に東欧で先進的な防空システムの世界的な需要が高まっている」と述べた。

「残念ながら」という言葉は、一般的には戦争が継続されていることへの憂慮と解釈される。

 しかし、軍事企業のトップとしてはこれほど「おいしい」話はないのであって、本音としてはとことんやってくださいという思いのはずである。

 これが今の戦争特需の核心と言えるかもしれない。

(貼り付け終わり)

会員 投稿日:2023/01/04 17:59

【296】矢野 義昭と連載媒体のJBpressについてについて

副島先生が紹介された下記の記事を読みました。

本格攻勢に出始めたロシア軍と崩壊寸前のウクライナ軍
 損耗著しいウクライナ兵に代わりNATO軍兵士も戦闘参加
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73184
2022.12.21 JB press

筆者の 矢野 義昭 氏と、Web媒体 JB press(日本ビジネスプレス)についての記事を貼り付けます。

●矢野 義昭(やの よしあき)のプロフィール
https://jbpress.ismedia.jp/search/author/矢野 義昭

(以下貼り付け開始)

昭和25(1950)年大阪生。昭和40(1965)年、大阪市立堀江中学校卒。昭和43(1968)年、大阪府立大手前高校卒。昭和47(1972)年京都大学工学部機械工学科卒。同年同文学部中国哲学史科に学士入学。同昭和49(1974)年卒。同年4月、久留米陸上自衛隊幹部候補生学校に入校、以降普通科(歩兵)幹部として勤務。美幌第6普通科連隊長兼美幌駐屯地司令、兵庫地方連絡部長(現兵庫地方連絡本部長)、第一師団副師団長兼練馬駐屯地司令などを歴任。平成18(2006)年小平学校副校長をもって退官(陸将補)。核・ミサイル問題、対テロ、情報戦などについて在職間から研究。拓殖大学客員教授、日本経済大学大学院特任教授、岐阜女子大学客員教授。著書『核の脅威と無防備国家日本』(光人社)、『日本はすでに北朝鮮核ミサイル200基の射程下にある』(光人社)、『あるべき日本の国防体制』(内外出版)、『日本の領土があぶない』(ぎょうせい)、その他論文多数

(貼り付け終わり)

●既存メディアの“脱藩者”が作る新メディアとは――JBpressの勝算
2009年07月28日
https://www.itmedia.co.jp/makoto/articles/0907/28/news002.html

(以下貼り付け開始)

 2008年3月、元日経ビジネスオンライン編集長・発行人の川嶋諭(かわしま・さとし)氏は、仲間とともに日本ビジネスプレス(JBpress)を立ち上げた。
日経BPや時事通信ら既存メディアからの“脱藩者”が集まり、日本再生、国際、地方、多様性といったキーワードを軸にしたWebメディアの「JBpress」と、メディアネットワーク「isMedia」を運営する。

 同社の戦略は、メディアを作るだけでなくプラットフォームを狙うことにある。メディア不況と言われる中、JBpressはどこまで既存メディアを脅かすことができるのだろうか。川嶋氏らに話を聞いた。

■大衆化して、似たような記事が並ぶ
 「ネットメディアのロールモデルを確立したい」「コンテンツで切磋琢磨する仕組みを作っている」「記者の働き方も変わる」――。JBpress編集長の川嶋氏からは、機関銃のように次々と言葉が飛び出す。

 「日本メディアのワイドショー化が進むのは規模が大き過ぎるから。メディアはどこも苦しいが、規模が最大の問題。だから大衆化して、似たような記事が並ぶ。昔の日本は300諸侯がいて、それぞれの地域で独自の文化が養われていた。逆戻りというわけではないが、新たなメディアを作って多様性を確保したい」。川嶋編集長が狙うのは小さく、とがったメディアを作ることだ。

 日本のマスメディアは、市場に比べて規模が大きいとされる。例えば新聞。発行部数は中国、インドに続き、米国より多い。世界新聞協会(World Association of Newspapers)によると、世界の新聞発行部数の5位までを日本の新聞が占め、米国の経済紙ウォールストリートジャーナルは200万部で14位。ニューヨークタイムズは110万部で37位、北海道新聞や静岡新聞より部数は少ない。

 電波の許認可や記者クラブなどの取材網が参入障壁となる一方で、中産階級がこのような巨大なマスメディアを支えてきた。しかしインターネットなどメディアが増えていく中で、消費者の興味も多様化、マス広告が効かない、マスプロダクトが売れないという指摘がされるようになっている。

 川嶋編集長は、同社のパンフレットで「地方がミニ東京化してしまったのは、政治の責任だけではなくメディアの責任も重い」と訴える。JBpressがフォーカスするのは、最大公約数的になりがちな日本の新聞やビジネス誌が薄くなりがちな国際情報と地方発の情報。主なターゲットは国際情報などに敏感なビジネスパーソン、40代を中心にミドルマネジャーからマネジメントを狙う人たちだ。

 海外コンテンツは、フィナンシャルタイムズやエコノミストなどを邦訳しているが、地方発は簡単ではないようだ。当初は地方紙の記者などを書き手として想定し、提携も模索したが「新聞で短い記事を書くのに慣れている記者では難しいと感じ始めている。Webメディアでは人間関係や成功要因、失敗、エピソードを交えないと読まれない。地方には日本を支える元気な中小企業があるが、なかなかいい記者がいない……」と悩みを打ち明ける。

■新しい文化圏の創出を狙う
 同社の体制は、編集7人、システム・デザイン5人、営業7人。編集は中央公論、時事通信からベテラン記者が集まった。創業メンバーの1人で営業チームを率いる菅原聡社長は、日経BPで長らく広告営業やWebのビジネスモデル開発を担当。チーフアーキテクトの井上望氏は、ITProのサイトマネジャーや日経ビジネスオンラインの開発を担当し経験が豊富だ。

 校閲担当者が1人いるのも特徴で「ネットだからゆるい記事を出してもいいわけじゃない。紙より厳しくチェックしていく。変えるのは手法。紙の世界で理由もなくやってはいけないとされていることは破る。従来の手法にしばられてやっていたらつまらない」

 壊すのは長い伝統を持つ新聞や雑誌の紙メディアの決まりごとだ。経験に基づき、積み上げられてきたナレッジでもあるが、時代に合わなくなってきている部分もある。特にネットという新たなメディアでは、紙の「常識」がチャレンジを妨げ、失敗の原因にもなってきた。

 川嶋編集長のネット経験は数年しかないため「分からないことは社内の詳しい人に聞けばいい」と割り切る。ただ、いわゆる“炎上”も経験している。日経ビジネスオンライン時代に、あるコラムニストの記事に書き込みが殺到、結局連載がストップしてしまった。ネットカルチャーの洗礼も受け、ビジネスモデルだけでなく、記事のスタイル、読まれ方の違いも体感している。

 編集担当者もそれほどネットカルチャーに精通しているわけではないが、ターゲットとする読者層に必要な人材という。JBpressはこれまでのネットメディアとは異なり、ほとんどネットに入ってきていないリーダー層を狙い、新しい文化圏の創出を狙う。

 「若い記者に、人生の機微や琴線に触れる記事を書け、というのには無理がある。それにネットだからといって、安っぽく、パッと集められるコンテンツをそろえてもダメになる。ただ、ネットのおかげでニュースはコモディティになった。ちょっと味を加えたぐらいで付加価値は付かない。徹底的にやらないとダメ。多くの情報の中から、必要なものを見つけて、組み合わせて、そこに歴史観が加わらなければいい記事にならない」

■記者は媒体に属さず「個」として活躍する
 なぜ川嶋氏は起業したのか。それは、1999年から2年半務めたシリコンバレー支局長の体験にある。「ITバブルの時代にちょうど重なってシリコンバレーには熱気があった。目の前で次々と起業しているのを見て、勘違いしちゃったんだろうね。あの時、あそこにいなかったら、ネットとの出会いも起業もなかったかもしれない」。メディア逆風下での船出となったが、どのようなビジネスモデルを描いているのか。

 同社はWebサイトの広告収入だけでなく、セミナーといったメディア事業、ビジネスモデルの立案やサイト構築に関するコンサルティング、メディアネットワークの運営、パートナーメディアの広告販売代行などを収益として想定する。そのコアとなるのがメディアネットワークisMediaだ。

■ メディア企業向けに特化したCMS(Content Management System)で、今風の言葉で言えば「クラウド」だ。システムは、記事の投入や掲載といったコンテンツ管理だけでなく、会員の管理機能、メールマガジンの配信や小口課金もあり、広告の効果測定もできる。読者のプロフィールや記事の閲覧状況に応じた付加価値の高い広告を配信することも可能。開発を担当する井上氏は「これまでのWebメディアの運営経験を生かし、使い勝手にこだわった」と自信を見せる。

 グーグルのアドセンスやヤフーのアドネットワークは単価が安いが、同社はisMediaに高品質なメディアを集め、共同で特集記事やタイアップ広告を横展開することで収益力向上を支援する。「システム、人的サービス、ビジネススキームの3つがそろっているのがポイント。メディアは利用することで開発やランニングコストを削減できる」と菅原社長。

 ネット事業は決して「安く」ない。システム構築には資金も専門的な知識も必要だが、既存メディアにはノウハウはほとんどないため、システム会社に多額の費用を支払ったり、担当者の知識が古くなり市場環境に対応できなくなったりすることもある。「Webだけ自前でやるのは媒体ごとに印刷会社を持つようなもの。これはムダでしょう。雑誌がどこに印刷しているか気にならないように、Webシステムが自前かどうかも読者は気にしていない。それよりも、メディアのブランドが大事なのではないか」と菅原社長はネットワークへの加入を呼びかける。現在、isMediaを利用しているのは月刊誌「WEDGE」のウェブ版、近く数社加わるという。

 川嶋編集長は、メディアネットワークの登場によって記者の働き方の変化も予想する。インフラではなく、ネットメディアがコンテンツで切磋琢磨できるような環境を作れば、記者は媒体に属さず「個」として活躍するようになるのではないだろうか。「バラエティ番組を作っている場合じゃない。技術が進歩して、ネットにはさまざまな『知』が集積されるようになっている。日本だけ置いてけぼりというわけにいかない。メディアを改革して日本を元気にしたい」と、川嶋氏は抱負を語った。

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