忘れられた一票 2012 第22回最高裁判所裁判官の国民審査が世界一わかっちゃうサイト から 西川伸一教授(明治大学政治経済学部教授)へのインタビュー 『裁判のベテランがひとりもいない最高裁』
群馬のゆみこ(川端優美子)です。
今日は2012年12月16日(日)で、衆院選の投票に行きました。そうしたら、辞めさせたい最高裁判事に×をつける紙を渡されて、「あ、国民審査か、忘れてた」ということで、適当に×をつけて出しちゃおうかな、とか、真っ白で出しちゃおうかな、という考えも頭をよぎったのですが、比例代表と小選挙区だけ投票して、国民審査の紙を「誰がわりぃ判事か調べて、また来ます」と係りの人に預けて、いったん家に帰りました。
「ついに小沢・鳩山 民主党が政権を取るぞ」という2009年の衆院選では、日本中が改革の期待に燃えていて、わたしも国民審査のことまでネットで調べてから行ったものですが、今回はすっかり忘れていました。 それで、家に帰って、ネットで調べてみると、こんな素敵なサイトがあったので、皆さんにご紹介します。
「忘れられた一票 2012 第22回最高裁判所裁判官の国民審査が世界一わかっちゃうサイト」:http://miso.txt-nifty.com/shinsa/
ここに「国民審査の×ガイド 2012」というのがあって、5問の設問に答えていくと、どの判事が どれくらい自分の考えと離れているかが点数で分かる、というものです。このサイトを作った人(たぶん「長嶺超輝」(読めない)という人、九州出身の法律系ライター。NPO法人“企画のたまご屋さん”出版プロデューサー。『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)他 著者)は、8点以上の判事は×をつけることを提案しています。 わたしもやってみて、8点以上の判事三人に×をつけることにして、再び投票所へ行き、国民審査を済ませました。面倒だったけど、わたしなりにちゃんと出来て、晴れ晴れとした気持ちです。 また、個人でこのような啓発サイトを作ってくれた方に、大拍手をしたいと思います。“民間人”“普通の人々”の創造力というのは、すごいわぁ、と思います。判事たちの似顔絵まで、それぞれ描いてあるんですよ。どなたが描いたのかしら。ただ判事の名前が書いてあるだけでなく、この似顔絵があるお陰で、判事たちがぐっと具体的に感じます。こういうセンスは素晴らしいと思う。
それで、「気になる記事の転載」ですが、同サイトにあった西川伸一教授(明治大学政治経済学部教授)へのインタビュー 『裁判のベテランがひとりもいない最高裁』が面白かったので、転載します。 副島先生と山口宏さんの『裁判の秘密』という、とっても面白い本を思い出しました。 では、どうぞ。
取材日:2009年5月19日(東京・神田神保町 明治大学・駿河台キャンパス 西川伸一研究室)だそうです。インタビュアーは長嶺超輝さんと思います。
(はりつけ始め)
西川伸一教授 『裁判のベテランがひとりもいない最高裁』… 国民審査スペシャルインタビュー
日本の裁判所では、どういうわけか、あんまり裁判をしない裁判官のほうがエリート扱いされ、人一倍の出世を重ねていくとのこと。
すなわち、キャリアを重ねて最高裁判事に就任する裁判官というのは、裁判の現場から離れていた期間のほうが、むしろ長い、ということだ。
裁判をやらないからエリートなのか? エリートだから裁判をしないのか?
“裁判のベテラン”が、ひとりもいない最高裁判所の実態とは、どんなモノなのだろう。
私の愛読書である『日本司法の逆説』著者の、大学教授にお会いして、尋ねてきました。 いろいろと。
(以下、氏名表示につき敬称略)
西川伸一(にしかわ・しんいち)
1961年、新潟県生まれ。
1990年、明治大学大学院 政治経済学研究科 政治学専攻博士後期課程退学。
同年、明治大学政治経済学部 専任助手。
2005年、明治大学政治経済学部 教授。
著書に『官僚技官 ― 霞が関の隠れたパワー』(五月書房)、『立法の中枢 知られざる官庁・新内閣法制局』(五月書房)ほか多数
■ 政治学者が、法廷で見たモノ
――― 先生は国家論について研究されているということですが、
西川 「はい」
――― 裁判所について研究しようと考えた、キッカケを聞かせていただけますか。
西川 「これは……、私のまったく不徳の致すところで」
――― いえいえ。とんでもないです。
西川 「『官僚技官』という本を刊行した後にですね、ここにも紹介した農林水産省の元役人の方から手紙が来まして、『オマエの書いていることは間違っている』と。 もっといえば、名誉毀損であると」
――― は……はい。
西川 「でも、私のやったことは、新聞記事を引用して、典拠も示して。 それでも『オマエは全然、事実関係を確認しなかっただろう』と、そういう苦情をいただきまして。 でも、引用するとき、いちいち登場人物に確認するなんてことは、普通しませんし」
――― 普通しませんね。
西川 「記事書いている人も、一流のライターさんだし、信用して書いたんだと。 しかし、やっぱりお叱りをいただきまして、ついては、首都圏で出ている5紙に謝罪広告を出せと。 そういう手紙が舞い込みまして」
――― はい。
西川 「でも、私がでっちあげた記事じゃないわけですし、私としては、あれこれ言われる筋合いはないわけで、心外であると。 それで無視してたんですけど、数カ月ほど後に、東京地方裁判所から特別送達といういかめしい封書が届きまして」
――― そうですか。
西川 「それで私は民事裁判の被告になったことを知ったわけです。これは大変なことになったということで、弁護士の方を紹介していただいて、法廷闘争になったんです」
――― はい。
西川 「むしろ表現の自由や学問の自由の侵害だ、と言って争ったんですが、東京地裁の判決は、私の敗訴で、金100万円を払えということで、その後、高裁、最高裁まで争いましたが、結局そのまま確定しまして、法務局に供託をしたわけですが」
――― えぇ。
西川 「そのときに、いったい裁判というのは何なんだと。 裁判官と弁護士の方がやりとりしているのが、一切私にはわからなくて。 まるで外国語ですから」
――― はい。
西川 「後で弁護士の方に“通訳”してもらわないとわからないと。 あるいは、裁判官によるんでしょうが、法廷にパッと入ってきて、挨拶もせずに座ると。 でも、こちらは裁判官がお出ましになると『きりーつ!』という声がかかるので、反射的に立ってしまうのですが……」
――― そうですか(笑)
西川 「何なんだ、この権威主義はと(笑)。 非常に鼻につくというか。 もっといえば官僚的だなという印象を受けて」
――― はい。
西川 「要するに、裁判官を研究テーマにしたのは、私怨を晴らすためにですね(笑)」
――― いえいえ(笑)。 そうなんですね。
西川 「裁判官の、特に人事面で調べてみると、行政官僚と似たようなキャリアシステムで出世していくと。 “裁判官の独立”っていわれてるのに、まさか裁判官が出世なんて、それまで何も知りませんでしたから」
――― はい。
西川 「裁判官が官僚機構にガンジガラメにされていて、みんな“上”を見て仕事していると。 これはもしかしたら、裁判官も十分に国家論のテーマになりうるんじゃないかと思いまして、いろいろ調べて、『日本司法の逆説』という本を出したわけです」
――― はい。
西川 「だから今では、私、訴えてきた方に非常に感謝していますね。 あのとき訴えられなかったら、こういう研究もしなかったでしょうし。 非常に視野が大きく広がりました」
――― ちなみに、その慰謝料の100万円というご負担は、厳しかったのではないでしょうか。
西川 「何回分か忘れましたけど、6回分か10回分か忘れましたけど、分割して…… 法務局に供託するというかたちで」
――― そうなんですか?
西川 「大学から、普段とはまた違う給与明細が送られてきまして、大変屈辱的な思いをしました(笑)」
■ 優秀な裁判官には、なるべく裁判の現場を踏ませない
――― ところで、最高裁の裁判官になりうる資格といいますか、その日本に15人しかいない高みに登ることが許される人材というのは、どういった方々になるのでしょうか。
西川 「私は今まで、最高裁の裁判官というのは、一流の裁判官がいる。 現場でキャリアを踏んだプロの裁判官が、医者でいえば外科手術の優れた名医みたいな人たちが揃っているんだと、裁判所の研究を始める前は、誤解をしておりまして(笑)。 それが大きな間違いでして」
――― そうですよね。
西川 「裁判の現場を十分に踏んできた人は、ひとりもいないということに気づきまして。つまり、15人中の9人は、もともと裁判官でありませんから、裁判に関わった経験はあるにしても、法壇に座ったことはないと」
――― はい。
西川 「あと、残り6人の裁判官出身者、いわゆるプロパー裁判官も、裁判実務の現場を踏んできたというより、むしろ司法行政」
――― はい。
西川 「つまり、裁判所の組織を運営・維持する仕事を、キャリアの半分以上やってきた人、そういう人が、高等裁判所長官の次に最高裁判事、というステップを踏んできている、という事実が、経歴を調べるとよくわかって……、あんまり期待できないなと(笑)」
――― そのようですよね(笑) 私自身も、そのことはかなり疑問に思っていまして。 そういうふうに、裁判の現場から外れた人が偉くなっていくのは、どうしてなのでしょうか。
西川 「とにかく、出世の“あがり”として、最高裁の前は、東京か大阪の高裁長官をやってなきゃいけないと。 高裁長官の前は、首都圏の地裁所長をやってなきゃいけない。 さらにその前には、最高裁の事務総局の局長をやってなきゃいけない、というふうに、必要なキャリアというのが、あらかじめ事実上決まっていて、そこに乗らないと最高裁の裁判官になれないんだと……。 そういう不思議な出世の“オキテ”が見えるんですよね」
――― 不思議なんですよね。 なぜ、現場をあまり知らない人が偉くなれるんでしょう。
西川 「裁判官にとって、現場を踏むのは当たり前で、そのうえでプラスアルファの仕事ができて、一流の裁判官なのだ、という発想があるようなんですね」
――― なるほど。
西川 「最高裁の、矢口洪一元長官が、いみじくも言っているのは、“裁判ができるのは当たり前で、さらに司法行政ができて、初めて優秀な裁判官といえるのだ”と、そういう言い方ですから。 裁判所の外にいる人間には信じられないんですが、そういう“常識”があるようです」
――― 同じ裁判官として、新人のころに採用されて、ずっと現場の裁判官として仕事をしていく方が多数いらっしゃいますね。
西川 「はい。多数いますね」
――― でも、その一方で、現場を離れた司法行政が、いつの間にか仕事の主流になっていく、あるいは東京勤務が中心になっていく方がいる。 その分かれ目になる決め手というのは、なにかあるんでしょうか?
西川 「まぁ、原点的なことをいえば、出身大学ですよね。 東京大学か京都大学。 この2つの大学出身者は、司法試験に合格して、司法修習を受けるとき、すでに担当教官から目を付けられていて、その中で優秀なヤツを裁判官として引っぱってこようと」
――― はい。
西川 「それがまず第一の関門で、司法試験の成績、そして司法修習の成績が優秀で、しかも東大京大卒の人は、裁判官として任官すると、最高裁の覚えめでたく、首都圏とか大阪とか、そういった大都市に初めは赴任するわけです。
――― はい。
西川 「初任地での働きぶりから“こいつは大丈夫だな”と思ったなら、事務総局の局付判事補(きょくづきはんじほ)といって、司法行政の仕事をやらせて、 さらに“大丈夫だな”となると、また大都市の裁判所へ行かせたり、あるいは東京ばっかりじゃアレだからというので地方に。 さすがに周囲から妬まれますから (笑)」
――― そうですか(笑)
西川 「なので、たとえば北海道に飛ばすと。 そういう地方での仕事も やらせたりして。 逆に、司法試験や修習で超優秀でなくても、現場に出していくうちに“こいつデキルな”という評価を得ると、途中で司法行政にスカウトされたりするわけです。 その典型が、今の長官です。 竹崎さんですね」
――― あ、そうなんですか。
西川 「竹崎長官は、もともと若いころに局付判事補をやってないですから。 判事補に任官したあと10年くらいは全国異動をさせられますが、15年ぐらい経つと、全国に8つある、それぞれの高裁の管内に定着します。 この人は東京定着、この人は大阪とか。 異動は原則として管内に限られていきます。 そして、定着地が東京以外だと、最高裁への出世はあまり望めないです」
――― そういうふうに早いうちから振り分けられるというのは、やはり受験でのペーパーテストで得点を取る能力が高いという……。
西川 「それと、事務処理能力でしょうね」
――― ああ、たしかにそうですね。
西川 「仕事が早いとか。 いわゆる“能吏”ですよね。 能吏を選抜しているんじゃないかと」
――― それと、最高裁に楯つかないことですか。
西川 「そうです。 そして、言われたことを、スピーディに正確に、鮮やかにやってみせると」
――― なるほど、はい。
西川 「やはり、判決文を書くにもスピードが点検されてるんでしょうね。 判事補時代に。 まぁ、中身がどれだけ点検されているのかという問題もあるでしょうし」
――― それは、いちおう“裁判官の独立”というタテマエがありますので、あんまり他の人が、他人の判決、何を書いているのか点検するわけにはいかないと思いますけれども。
西川 「まぁ、でも、なんでも早く書けばいいってもんでもないので(笑)」
――― (笑)そうですね。 最低限のことはチェックしているのかもしれません。
■ 優秀な人材は、一度地方に飛ばされる
――― 裁判官の「3大エリートコース」というものがあるとのことですが。 最高裁事務総局の事務総長ライン……。
西川 「それから司法研修所の所長と、最高裁の首席調査官。 プロパー裁判官が最高裁判事になるには、そのいずれかを通っていると」
――― いずれも法廷の外の仕事ですね。
西川 「そうです。 今の最高裁判事も、プロパー裁判官出身の6人すべて、いずれかの経歴を経ているということになってます」
――― 3つとも通っている方もいますね。 涌井判事とか。
西川 「涌井さんは、事務総長にはなってませんね。事務総局では総務局長」
――― あ、そうですか。
西川 「総務局長と事務総長、どっちもやる人っていうのはいないんですよ。 今の6人中5人は、なにかしらの局長をやっているんですが、近藤さんは局長をやってないです」
――― 局長にはなってないんですね。民事局と行政局、2つも入っていますけれども。
西川 「それでも甲府地裁の所長になって、高裁の長官から最高裁判事になっていますね」
――― 涌井さんは、若いころに局付判事補として刑事局に配属された後、旭川に飛ばされてますね。
西川 「そうです。局付判事補の後は、だいたい地方に行かされますね」
――― そうなんですね。
西川 「後で東京に戻すための口実ですね」
――― (笑) 北海道は雪深くて、僻地だから、のちに東京に戻すという条件をつけて行かせるということになるんですか。
西川 「そうです。 局付の次は、皆さん札幌とかに行って、それから往復して東京管内に戻ってきてるんですね」
――― 竹崎長官は、若いころに司法研修所で勤めた後、鹿児島に赴任していますね。
西川 「あ、そうですね。 鹿児島の名瀬支部ですね」
――― 名瀬というと、奄美大島ですね。 あったかくて過ごしやすい感じですけれども。
西川 「この当時はですね、沖縄がまだアメリカに統治された時代だったんじゃないですか」
――― あっ! なるほど、そうですね。
西川 「だから、日本の北と南、どっちかの端に行くんでしょうね(笑)」
――― そうか、奄美が最南端だったんですね。 当時は。
■ 優秀な裁判官が、事務仕事をする必要性
――― 日本では、特に“小さな司法”ということがいわれます。 裁判官の人数が少なかったり、裁判所にあまり国家予算がまわらなかったりする現状があります。 全体の0.4%ですか。
西川 「はい」
――― なぜ、小さい司法のままで進んでいるのでしょうか。
西川 「予算という面で言いますと、予算を増やそうと思ったら、財務省と交渉しなきゃいけないですね」
――― そうですね。
西川 「その場合、事務次官クラス(※各省庁のトップ)の給与を取っている裁判官っていうのが、けっこういるわけです」
――― そのようですね。
西川 「財務省としても、なるべく予算は抑えたいので、もし、最高裁が“もっと裁判官を増やしたいので、予算を上げてほしい”という要望を出したとしたら、最高裁の事務総局には、裁判官としての給与を得ていながら、裁判の仕事から離れている人がいますよね。
――― はい。
西川 「財務省としては、そこに目を付けるわけです。 “それは何なんだ”と。 裁判官としての仕事をしているから、それだけの高い給与を保障してやってんだと。 裁判官が事務仕事をしてるんなら、たとえば(裁判所)事務官の給与体系で待遇をすべきじゃないか」
――― はい。
西川 「そしたら、そのぶんの浮いた税金で、裁判官を増やせるじゃないか。 だから、予算を上げる必要なしと、こう言われてしまうわけですね」
――― そうですね、鮮やかな論理ですね(笑)
西川 「しかし、そうしたら事務総局にいる優秀な裁判官のプライドや既得権益が削がれますから、あんまり予算の増額という要望を、財務省に言い出せないと。
――― だから、裁判所の予算も増やせないし、裁判官の人数も増やしにくいんですね。
西川 「そうですね。 “まずは自分の身を削ってから”…… 財務省はそう言うと思うんですね。 やっぱり、各省庁で事務次官1人しか得られない水準の待遇を、裁判所では何十人も得ているわけですから、財務省としては面白くないでしょうね」
――― はい。
西川 「しかも、裁判やってないわけですから」
――― 裁判官の好待遇を羨んで、検察庁でも、法務事務次官より上の肩書きとして、次席検事や検事長、検事総長などの地位を作って対応しているという話がありますね。
西川 「そうですね。 そういった話に連動してきますよね」
――― そもそも、事務仕事を裁判官がやるという、そこが、ちょっと理解しづらいところがあります。
西川 「おっしゃるとおりで、ひとつ言えるのは、戦前の司法省が同じことをやっていて、それがルーツだということ」
――― はい。
西川 「しかし、戦後、裁判所は行政から独立したわけですから、やり方は変えてしかるべきなんですが、いまだに昔からの慣例を引きずっているのかもしれません」
――― なるほど。
西川 「それと、全国の裁判官の人事を動かす立場としては、やはり事務官より裁判官のほうが、やりやすいんじゃないですかね。 司 法試験にも受かってない事務官の言うことだと納得しないけれども、同じ裁判官、しかも優秀だとされる裁判官に異動を命じられたら“しょうがないか”と思う ものかもしれません」
――― そういう側面もあるんでしょうね。
西川 「あとは、司法を代表する立場で、国会や財務省と折衝する場合も、事務官より“裁判官が来た!”っていうほうが、向こうも緊張して、いいのかもしれません」
――― 緊張して(笑) たしかにありそうですね。
西川 「もちろん、交渉技術に特化した事務官を養成してもいいんでしょうが…… どうなんでしょうかね」
――― 最高裁の人事局にいる優秀な裁判官が、ほかの裁判官を赴任地や待遇などでコントロールしているということなんですが、
西川 「はい」
――― いったい何をコントロールしようとしているんでしょうか。 ひとりひとりは独立しているタテマエの裁判官ですよね。
西川 「たまたま、去年卒業した学生がですね、裁判官に興味を持って、家裁所長までなって現在は弁護士をやっている元裁判官に会いに行って、取材したことがあるんですね」
――― おぉ、そうですか!
西川 「その彼女が、取材で聞いた話によると、“わからない”と。 いったい何を基準に自分たちが動かされているのか、現場の方はわからないらしいです」
――― わからないんですか……。
西川 「われわれは、何か論理性があって動かしてるんだろうと思ってしまいますが、だけど実際はたまたま(笑)、なんじゃないですかね」
――― “あの人が定年で抜けたから、この人に、あっちに行ってもらおう”とか、単にそういう発想なんでしょうか。
西川 「それをあえて整合的に見ようとすると、“国に有利な判決を出すといい”とか“無罪判決が多いから地方に飛ばされた”とか、そういう考えになりますけど、私は意外とそうじゃないのではないかと思ってます」
――― 無罪判決が割と多い川口政明さんとか、あんまり飛ばされている感じはしませんからね。 今は横浜にいらっしゃいますが。
西川 「最高裁の人事局と、高裁の事務局が話し合って決めているわけですが、全国に2千人、3千人いる裁判官を動かすんですか ら……。 まぁ、地裁の所長ぐらいになれば、部総括(裁判長)経験者でないと、とか、目に見える条件があるでしょうが、その他大勢になると、“地方と東京 ”ぐらいの大まかな分類がある程度じゃないでしょうか」
■ 裁判官の人材バリエーション
――― 最高裁が、究極的に価値判断をつかさどる機関である以上、社会の各方面から、いろんなジャンルの方が入ってきていいと思うのですが、私立大学の出身者で最高裁判事というのは、出にくいんでしょうか。 可能性としては。
西川 「最高裁の発足当時はゴロゴロいたんですが、もう、ほとんど皆さん、旧帝大ばっかりですよね。 少なくともプロパー裁判官は、東大京大で固まっていますね」
――― 人材を登用する先輩が東大だから…… 学閥の発想でしょうか。
西川 「そう見られても仕方ないですよね。 “そんなこと考えてないよ!”と言われるかもしれないけれども(笑)」
――― (笑)そうですね。
西川 「結果そうなってるんですから」
――― 情況証拠から有罪と。
西川 「そう言われても仕方ないですよ」
――― 女性の裁判官から、最高裁判事になったのは…… 野田愛子さんが、かなりイイところまで行かれたんですかね。
西川 「高裁長官ですね。 しかも札幌。これが女性のプロパー裁判官としては最高ですね。 あとは行政官出身の高橋久子さん、横尾和子さん、今の櫻井さん」
――― はい。
西川 「また、野田愛子さんは、家庭裁判所のエキスパートで来てまして、そういう象徴的な意味合いがあったのかもしれませんね」
――― 裁判官から最高裁に入った女性はいない、ということでは、まだまだ……。
西川 「まだまだですよね。 ジェンダーフリーということでいえば。 世の中、そういう流れですから。 もちろん“差別なんかしてないよ”と言われるかもしれないけれども」
――― そう見られても仕方ないと。
西川 「裁判官出身の最高裁判事が6人いるなら、2人ぐらい女性でもおかしくないんですよね」
――― はい。
西川 「大学の教員も、3割は女性にしようと、文部科学省から話が来てますからね」
――― 先生がお書きになっている冊子(明治大学『政経論叢』「全国地家裁所長の人事パターンの制度化に関する一考察(1)」)で、長官や所長クラスのベテラン裁判官のうち、女性の割合は数%、約3%とお書きですけど」
西川 「若い人も比べたら、今はもう少し高いですけどね」
――― 憲法上、内閣が任命することになっている最高裁判事ですが、その人材登用には、最高裁の意向がかなり入り込んでいる、という話も聞きます。
西川 「そうです。今はもう、ほぼ最高裁の意見を内閣がそのまま受け入れるラバースタンプでしょうけど、かつては佐藤栄作首相が、4代長官の横田正俊について、“あいつは酒飲みだから気をつけろ”とかですね」
――― 酒飲みだから(笑)
西川 「60年代、70年代の“荒れた司法”の時代には、政府としても若干モノを言ったんでしょうけど、今はもう、最高裁に言われたそのままでしょうね。 もちろん、事前に下交渉はあるんですが…… 首相と最高裁長官が会う場面というのは、けっこうあるんですよ。 戦没者追悼式とか」
――― ありますね。 お盆の。 あるいは、原爆の日のメモリアルとか。
西川 「そういう三権の長が会うときに、長官が首相に“こういう人間がいるんですが”という交渉をしているんじゃないかなと。 確証はないんですが」
――― それは、政府から積極的に把握しようというわけではなくて、最高裁からですか。
西川 「そうしてるんじゃないかなと思うんです。 官房長官が把握してたりとか。 まず、そういう話は官房長官に行くと思うんですね」
■ 欺瞞的な国民審査
――― 最後に、最高裁の国民審査についてお尋ねしたいんですが、どうやったらあの制度を活かせるのか、それとも活かすべきではないのか(笑)、ご意見をお聞かせ願えればと思うのですけれども、いかがでしょうか。
西川 「東京大学の、ダニエル・フット先生、『名もない顔もない司法』の」
――― はい、読みました。
西川 「あの方は、国民審査肯定派なんですが」
――― はい。
西川 「最高裁の裁判官なんて、国民はまるで知らないし、話題にすらのぼらないけれども、当の審査される最高裁判事にとっては、プレッシャーになるのかな と思います。 そういう形式的なものでも、置いておく価値はあるんじゃないかと、先生はおっしゃってまして、ですから、私も無駄だとは思っていません」
――― はい。
西川 「たしかに、今のやり方は、どうにかして改善しないといけませんけれども、長嶺さんも本でお書きになっているように、裁判官の氏名が審査用紙に書かれた順番によって、結果が違ってきちゃうんですよね(笑)」
――― そうなんです(笑) 心理学や統計学によると、一番右側に氏名が位置する裁判官に、われわれ有権者というのは、つい×をつけてしまうものだそうなんですが。
西川 「じつは私、ずっと棄権してるんですけれども。 国民審査は」
――― そうなんですか。
西川 「だって、国民審査公報を見ても、着任したばかりの裁判官は、判決実績ゼロですからね。 下級裁判所での判決見ても、それは違うし、何を見たらいいのかと。 趣味を見るのかと(笑)」
――― 趣味(笑)
西川 「趣味、囲碁です、とか言われても、何を見ればいいんだろうかと」
――― 趣味が囲碁だと、思慮深い人物像とか(笑)
西川 「(笑)非常に欺瞞的だなと思うんですが、かといって、国民審査を全部とっぱらっちゃうと、最高裁判事の任命に対してプロテストする手段がなくなってしまいますからね」
――― そうですね。 無いですね。
西川 「今でも、国民審査を経ているからこそ、最高裁の裁判官は、民意による正当性を万が一でも保てている側面もありますしね」
――― 正当性があるように見せる。 正当性のアリバイづくりを(笑)
西川 「ホント、アリバイづくりなんですよね」
――― 国民審査は、○×式にしたらいいんじゃないかと、本気で思うんですよ。 単純に、たくさん○をもらった裁判官はうれしいでしょうし。
西川 「そうですね。正当性も相当強まりますしね」
――― 今みたいに、ネガティブに×ばっかり付けられたら、裁判官だって落ち込むんじゃないかと。
西川 「(笑)……どうしたらいいのかなぁ、国民審査。 誰も疑問に思わないんだろうな」
――― それこそ、最高裁の思うツボなんでしょうけれども。
西川 「そうそう。 そうです。 最高裁の長官ぐらい、世間で知られていいんだけどなぁ」
――― 私だって、今の衆議院議長が誰なのか存じませんので、あんまり強く言えないですけれども。
西川 「でも、河野洋平はテレビで映りますよね。 最高裁の裁判官なんて、広島・長崎の、原爆の日の式典に出席はしてますけれども」
――― そうですね。 長官の名前で花輪を出したりしてるみたいですね。
西川 「でも、テレビ中継していても、首相までで映像は切れちゃうんです。 その後の衆参両院の議長とか、最高裁長官は、みんなカットされてるんです(笑)」
――― (笑) 首相以外は、テレビ的につまんないから、ってことですか?
西川 「(笑)ひどいよなぁ」
――― (笑)今年、チェックしてみます。
西川 「月に1回ぐらい、長官が会見開いてもいいと思うんだけど。 NHKでやってくれないかなぁ。 むかし『総理と語る』という番組があったんですが、『最高裁長官が語る』ってのがあってもいいと思うし(笑)。まだまだ時間はかかりそうですね」
――― 本日は、どうもありがとうございました。
(はりつけ終わり)