『「金・ドル体制」の終わり』に触発されて

清野 眞一 投稿日:2011/11/26 09:46

『「金・ドル体制」の終わり』、とくに「欧州債務危機に臆されていた『爆弾』」に触発されたので書いてみました。

(貼り付け開始)

いよいよ濃くなる一方のEU諸国を覆う黒雲
―ユーロ危機を深化させる核心となるCDS

ドイツ国債の入札不調

 11月23日、ドイツ政府が実施した10年物国債の入札が当初の予想に反して大変な不調となった。募集額は60億ユーロだったのに落札額は約36億5千万ユーロにすぎない。このためユーロ圏諸国の政府首脳等にEUの未来に対する危機感が高まっている。
 今年のドイツ財政の赤字幅は、国内総生産(GDP)比で前年の3・3%から大幅に圧縮された1%になるとの見通しの中でのこの事態である。「このほどの不足額は珍しい」と驚いた独銀筋には、平均利回りが2%にならない低金利のために嫌われたのだとの依然強気の読みがあるものの、現実にはドイツ国債が「安全資産」との位置付けから滑り落ちつつあると見事に証明された形である。
 実際、11月23日ユーロの対ドル相場下落は7週間ぶりの安値となり、資金がユーロ圏外に流出しているとの見方を裏付けている。最近まで「安全資産」を求める資金流出の多くは、ユーロ圏内のリスクの高い国から安全な国への逃避を反映していたのに。
 確かにドイツ国債の発行の仕組みも入札結果に影響したようだ。同国は伝統的にプライマリーディーラー制度ではなく入札を行っている。この制度は、応札しなければにらまれるという圧力が銀行にかからない事を意味する。しかし今や欧州の銀行は出来るだけ国債保有を減らそうとしているか、少なくとも追加的な投融資を避けようとしているからだ。

入札不調の持つ意味

 これを受けて、11月23日のニューヨーク株式市場は大幅に下落し、翌日の東京株式市場も連日の年初来安値を更新し続けている。日経平均株価は、2009年3月31日の8109円18銭以来、2年8ヶ月ぶりの8千円台、8965円18銭で引けた。
 オーストリア通信(APA)は、欧州中央銀行(ECB)理事を務めるオーストリア中央銀行のノボトニー総裁はドイツ国債入札の結果を「警鐘」と呼んだと伝えた。またカナダのフラアティ財務相は、結果について「非常に重大な懸念」を抱いていると述べた。
 現実の判断として重要な点は、欧州委員会が「ユーロ共同債」の発行を提案した時期にドイツ国債の入札が重なった事に注目しなければならない。これまでドイツ政府は一貫して「ユーロ共同債」の導入に反対してきた。なぜならこれを認めれば、他のユーロ加盟国のデフォルトのリスクを共有する事を強いられ、自国の借り入れコストが上昇するからだ。つまり今回は、事実上ドイツが他のユーロ加盟国の総債務の一部に責任を持つと実質的に約束した事になり、ユーロ経済危機の全体の構造が大幅に変わる現実性が高いのである。
 この事について、ヘッジファンドのSLJマクロ・パートナーズ(ロンドン)創設者のスティーブン・ジェン氏は「ドイツが南欧あて請求書の支払いを始める事を欧州委員会が提案したその日に同国国債の入札が失敗した事は、偶然とは思えない」と述べた。またロイヤル・バンク・オブ・スコットランド欧州金利戦略部門を率いるアンドリュー・ロバーツ氏も「市場はドイツの信用の質が悪化したと受け止めている」との考えを示した。英国債を推奨する同氏は「危機が悪化すると、食事が終わった時に誰が勘定を払うのかという疑問が出始めるだろう。すべての道はドイツに通ず、だ」と譬えた。
 こうして、スペインやポルトガルなど一部ユーロ圏周辺国の10年物国債の従来は存在したドイツ国債に対するプレミアムは大きく縮小したし、英国債に対するプレミアムも0・26ポイントから約4分の1の0・06ポイントにまで縮小したのである。
 このようにユーロ圏の債務危機の黒雲は、ポルトガル・スペイン・イタリア等やフランスだけでなく、今や守護神のドイツを巻き込むまでに拡大しつつあり、ユーロ圏の政策担当者が早急な抜本的な解決策を打ち出す必要性がますます強まったのである。

クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のワナ

 ところでこの日、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)市場では欧州の各国債の保証料が上昇する。ドイツなど中核国の国債でさえ保証料は上がった。イタリア、スペイン、フランスの国債保証コストは過去最高水準に上昇した。この点が重要なのだ。
 今年密かにドイツ銀行は、イタリア国債に対する投融資残高を減らす事にした。だがこれは単に国債を売って減らしたのではない。国債だけでなく部分的には金融派生商品に関する信用契約で国債債務の債務不履行(デフォルト)に対する保護を買う事で投融資残高を減らした。こうしてドイツ銀行はイタリア国債への投融資残高を今年上半期に(少なくともネットベースで見た場合には)80億ユーロから10億ユーロ程にと、88%も減らせたと報告する事ができたのである。
 しかしここに極めて重大なワナがある。最近、こうした国債のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)契約が本当に債務不履行(デフォルト)に対する効果的な「保険」となるのかどうかが不確かになってきた。そしてこの事が、さらに不安をかき立てる根本的な問題提起となる。まさに今までの狐と狸の化かし合いが見事に露呈したのである。
 欧州の大手銀行の債務不履行をネットではなく総量ベースで測ったら、各大手銀行はどれ位国債債務の不履行に耐えられるのか。言い換えれば、国債CDS市場の状況のせいで、ユーロ圏の銀行と債券市場を覆っている問題が悪化するのではないか、という疑問である。
 この議論に火をつけたのは、言うまでもなくギリシャだ。ユーロ圏の指導者たちは10月、既存のギリシャ国債の保有高に50%の債務減免を適用した上で新しい国債と交換するよう投資家に要請すると発表した。論理的に考えれば、これらの損失は債務不履行と見なすべきである。とすれば、やはりこれはCDS契約の支払いに値する事を意味する。
 金融派生商品に関する信用契約の本質は(少なくとも、近年、銀行の営業部隊が多くの投資家にCDSを売り込んだ際の謳い文句では)、投資家に債券の債務不履行のリスクに対する保険を与える事だからだ。そしてこうした契約の支払いが円滑に行われるように国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)が設けた充実したメカニズムが存在する。
 このメカニズムは既に、社債のCDSでは70回以上発動されてきた。例えば11月11日には、先に破産申請した企業ダイナジー・ホールディングスに関して、このプロセスが発動したばかりだ。しかし国家・ギリシャと1企業・ダイナジーとは全く異なる。少なくとも、ISDAのルールの下では異なっていた。ここにワナがあったのである。

国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)の居直り

 ユーロ圏の指導者たちがギリシャ国債の再編計画を発表した時、彼らはISDAのルールが定めた「債務不履行」の細かい基準を満していなかった(もっと正確に言えば、ISDAは意図的に基準に当てはまらないようにしていた)。特に注目すべきは、標準的なISDAの国債CDS契約の支払いが行われるのは、債務再編が強制的であるか、集団行動条項(CAC)が行使された場合に限ると定めている点にある。
 だがギリシャ国債の90%にはCACが盛り込まれていない。10月26日の発表は債務減免を「自発的」としていた。このため、ISDAは「すべての債務保有者が債務交換を強要されるわけではない」、ゆえにCDSは発動しないと結論づけた。ギリシャ国債で生じる損失が、当然にもダイナジーを上回る可能性が十分あるにもかかわらずにである。
 デリバティブコンサルタントのジャネット・タバコリ氏らは、この一件はCDS市場がインチキで、ISDAが不誠実な行為を働いている事を暴露したとの結論づけた。しかしISDA関係者はこの見解を猛烈に否定し、責任はすべとてユーロ圏の指導者たちにあるとした。さらに彼らは次のように付け加えた。結局のところ、ギリシャ国債のCDS残高(正味の想定元本)は「たったの」37億ドルで、その一部は担保で保証されているため、(皮肉なことに)仮に10月26日の発表が実際にCDSを発動させたとしても市場にはほとんど影響しなかっただろう、と。

EU経済危機をさらに増幅させるCDS

 確かにユーロ圏の金融システムに広がる混乱の規模からすれば、37億ドルは単なる誤差の範囲程度にすぎない。しかしここで極めて重大な問題は、国債CDS市場全体、そして銀行の債務がどの位のものという点にある。ユーロ圏の銀行が圏内の債務に対する債務不履行を担保するのにどれ位CDSを利用したかは全く明らかになっていない。
 しかしイタリアとフランスの国債CDSの残高は400億ドルをすでに超えており、国際決済銀行(BIS)は最近、米国の銀行が取引先のユーロ圏の銀行に対し、イタリア、フランス、アイルランド、ギリシャ、ポルトガルの国債と社債について5000億ドル超に相当する保護証券を売ったと述べているのである。
 今のところ、社債のリスクに対する保険の価値を疑っている人はいない。そして社債のCDSは今も比較的うまく機能しているように見える。だがギリシャの再建策を巡る論争が長引けば長引く程、各銀行が加入する国債CDSが担保となるかは大いに疑問である。
 そうだとすれば、ドイツ銀行などの銀行が手持ちのユーロ圏の債券を売る努力を一層増すと見てまず間違いないところだろう。従来は各国債の債務不履行を担保する保険とされてきたCDSが、今まさにEU経済危機をさらに増幅させる契機となってきたのである。
 まさに万物は移ろうのであり、ここでも弁証法が貫かれているのである。  

(貼り付け終了)