人間にとって不足すると本当に困るものとは何か

会員番号4655 佐藤裕一 投稿日:2010/08/25 06:00

 会員番号4655の佐藤裕一です。

 投稿[7]の、阿修羅掲示板から転載「「菅さんじゃ無理」 田中真紀子が 小沢総理を推す理由」は、リニューアル後でどのくらいの分量が実際に投稿可能か確認したいこともあって実験してみたものです。限度エラーが出ることなく、大量の文章が書き込めるようで安心しました。それでも上限はあると思いますので、今後はコメント等は転載が必要かどうか判断して貼り付けるように致します。

 以後の文章も「です・ます」口調の文体で統一してみます。私は「です・ます」調を読むのはあまり苦になりませんが、書くのが嫌いかつ苦手でして、以前から「だ・である」調が好きです。ですが学問道場において「だ・である」調は、その次々と断定していく調子がすぐに先生と似通ってしまうという苦痛を伴います。なので今回は先生気取り・猿真似の感覚をなくすために、混じりなし「です・ます」調でいってみます。

 さて、天気の話です。

 私の住む地方は、昨年の夏は梅雨明けせず悲惨でした。それが4、5年も似たような天候の夏が続いたのです。小学生くらいの頃に、雨だらけの夏は本当にひどすぎます。健全な精神の育成に悪影響を及ぼします。家庭の経済的理由で、遠くに旅行に行くことの少ない子達は、きっとつまらなかったでしょう。
 
 それが今年の夏は、かなり夏らしいですね。昨日は暑すぎて一日中部屋でぐったりしていまして、危うく熱中症にかかるところでした。シベリアの永久凍土が溶け出して、閉じ込められていた危険な微生物が放出されそうなくらい夏らしいので、大人には少々辛いです。

 多少下火になったかなと思った地球温暖化論者の活動がまたぞろ活気付いてくると考えると、更に勝手に不愉快になってしまいます。異常気象、異常気象と騒ぎますが、一年を通して異常気象が発生しなかった年を私は経験したことがないのです。世界のどこかでは何らかの異常があります。正常気象って一体何でしょう。平均値で判明するのでしょうか。

 それで、ロシア穀物不作の苦境を尻目にしてなんですが、日本は多少暖かくなった方がかえって有利なのではと、環境「問題」批判本などで唱えられていたりします。農業において、特に米は日照時間も含めて、確かにそうでしょうね。

 米どころと呼ばれる北日本は昔から気候が寒過ぎて、元々水田作りに向いていないくらいなのですから。東南アジア辺りが一番の環境なのでしょうね。稲作は南の方から徐々に伝播してきたのでしょう。といっても温暖化はむしろ歓迎、とまで言い切るのはさすがに抵抗があります。水産業などは気候変動による害の方が明らかに大きいですね。

 どうせ、いずれは氷河期が来るのですし(間氷期から、氷期に移っていく?)、来たる地球寒冷化に備えて、今のうちに準備や対処方法を考えていた方がいいでしょう。温暖化が寒冷化を呼び込むとか、太陽黒点の移動など、専門家ではないので詳しいことは分かりませんが、人間の活動の影響があったとしても、地球全体の気象の移り加減には勝てないのは明らかです。温室効果ガスにどのぐらいの効果があるというのでしょうか。

 それにしてもオゾン層破壊の話はどこに行ったのやらと思います。紫外線とか地球温暖化や、台風やその他ゲリラ豪雨などといった局地的かつ一時的な天災による被害よりも、これからの日本にとって怖いのは寒冷化と、慢性的な日照不足、そして降水量の低下による水不足でしょう。

 人間の生存環境(これこそが環境)の継続にとって、不足したら根本的に本当に困るものは何でしょうか。最低条件は、水と空気が得られることですね。

 空気といっても空気の中身が問題です。大気中の酸素が不足したら欠乏状態に陥って、呼吸が困難になりますから困りますからね。といっても酸素100パーセントでは死に至りますでしょうから、窒素や二酸化炭素が必要です。酸素ボンベには酸素だけが入っているわけではないでしょう。酸素を吸って、一部二酸化炭素を吐き出すことを動物は行います。そして多くの植物は呼吸については動物と同様ですが、光合成する際に結果として二酸化炭素を酸素にしてくれます。

 ところが光合成については、どうも誤解とか理解程度の低さといった問題だけではない疑問があります。森林が出す酸素というのはプラスマイナスゼロで、動物が吸って吐く酸素を供給しているわけではない、といった例の議論です。ここでもう私は「?????」となってしまいます。ということは、例えば地球上の森林という森林をことごとく伐採しつくして、植物という植物を全部絶滅させても、人間は酸素に困らないのでしょうか。大気は宇宙に少しずつ放出されていきますから、それでも火山から空気が出てくるから大丈夫なのでしょうか。ここのところ、空気の仕組みがもっと知りたいですね。

 どちらにしろ空気には当分困らないとして、後は水不足です。水不足と、それから衣食住の食、食糧不足ですね。衣服は先生の言うように入手しやすい時代になりました。服は様々なものから作ることが出来ます。住居不足についてはハッキリ言って日本の土地住宅問題という特殊事情ですね。

 地球環境の、見えない大気中の、二酸化炭素の話や、温室効果ガスやら海水面上昇が云々の話より、やはり水と食料に対する実害が人間にとって切実です。本当に自分自身の喉が渇いて、本当に自分自身が餓えるのですから。

 なかでも水不足は本当に困ります。「食料」というのは水と塩以外は元々生物ですから、根本的に水が得られなければ生物も死に絶えるので食料も何もなくなります。なので最低条件には挙げませんでした。同じく「光」も、完全に絶たれた暗闇でも生きてはいける、らしいですね。嫌ですが。

 でも水は必須です。生命線としての飲料水や農業用水だけの話ではありません。水は社会の潤滑油、というと変ですが、日本社会は最初から水が豊富に入手出来ることを前提に成立しています。全国的な水不足などという恐ろしい事態は水大国の日本には訪れないと信じたいのですが……。先生が著書でよくイスラエル等の話が出るときに言及する日本の水関連企業の真水化技術がもっと進歩して、海水を効率よく大量に真水に出来ればとは思いますが。

 それで水不足ということは旱(ひでり)や旱魃(かんばつ)が発生し食料生産に悪影響があります。食糧不足がやがて食料危機になり、酷いと飢餓の大量発生という事態が訪れます。当然ながら国内においては水と食料の値段が跳ね上がります。ですが輸出入はどうでしょうか。

 ロシアは穀物の流通規制で禁輸をおこなっているけれども、あれは自由主義国際貿易経済体制に違反するのではないでしょうか。もっとも日本も小麦粉とかを国家が独占して調整してるらしいですから、偉そうなことは言えませんけれども。人間は、自分が飢えていても手元の食料を売ることが出来る生き物です。禁輸や国家による貿易独占は自由を侵害していませんでしょうか。食料自給率がどうこう言いますけれど、各人がどんな職業を選択しようが本人の自由なわけですから、国家が産業政策などで個人に対して口やかましい干渉や制限はしないでいただきたいものです。

 さて、現代の社会を生きる人間としては生存条件として、水と空気などは横に置いておき、エネルギーを挙げる人が多いことでしょう。これは資源エネルギーのことであり、社会的活動の条件に本来挙げるべき事項ですね。

 日本語の「エネルギー」は、英語のenergyを安直にそのまま読んだものだと推察しますが、英語では「エナヂィ」と発声するでしょうから、日本語表記でいえば「エナジー」でしょう。あまりにも「エネルギー」が定着しているので、これは今後直っていくかどうか分かりません。

 余談ですが、私は「エナジー」と聞くと、子供の頃にテレビアニメで何故かシリーズ通して見ていた『美少女戦士セーラームーン』の気色悪い敵の女王が「人間どもから生命エナジーを吸い取り集めてナントカ水晶を作るのだ」とかいう妙な印象が拭いきれないので、どうしても「エナジー」の語感が不気味に感じてしまいます。なのでやっぱり「エナジー」表記は止めて「エネルギー」でいきたいと思います。「エナジー」はなんか怖い。

 現代におけるエネルギーの代表格といえば石油を差し置いて他にありません。

 環境汚染の元凶である石油だって、実は枯渇しない可能性もあります。学問上だと石油の正体とは一体何なのか、本当は何の成分で出来ているのか、実用面ではどこからどうやってどのくらいの量で出てくるのか、何らかの人為的手段で簡単に弊害少なく作り出すことは可能なのか、生物の死骸が長い年月をかけて圧縮されて出来るというのは間違いではないのか、もしくはそういうことがあったとしても全体量の中の僅かではないのか、実はほとんどの石油は地球の底から滲み出てくるのではないのか、地球という星が活動している証ではないのか、「石の油」という名前が示す通り、無機成因説が正しいのではないか、というように疑問はつきません。一旦取り尽くして閉鎖され放っておかれた後で、また石油が出てくるということがあるそうですね。

 天然ダイヤモンドも炭素ですがその成因はについて、隕石が衝突した時の圧力で出来た、地球のマントルからザクザク湧いてくる、などといった石油と似たような疑問があります。ただダイヤはその硬度から工業の用途があるとはいえ、燃料にはなりません。むしろ力が加わった結果がダイヤです。対して石油は燃料になりますから人類にとって死活問題、死命を制する重大問題です。

 ネット上ではまことしやかに語られて、既にそんなことわれわれの間では常識だよ、いまさら何を分かりきったことを、などと言っている状態も結構ですし、ネット言論が有効であることも分かりますが、いつまでも公然の秘密のままでいては進歩がありません。本当のところがどうなのかを、そろそろ知りたいものです。おそらく今日まで、真実が判明しては都合が悪い勢力が多すぎて、しかも強すぎたのでしょう。不都合な真実です。

 産油国もメジャーも世界の支配者一族にとっても。石油が枯渇しないと知れ渡れば安心で値段が下がりますから、いつもいつも枯渇の危機を喧伝しなければならなかったのです。産油国と国際石油資本の歴史については明るくありませんが、アメリカにとってはサウジアラビアの王族達を抑え込むのが肝心なのだという先生の理解を支持します。

 そして代替エネルギー推進派の主張にとっても、石油が枯渇しないことは目障りでしかありません。エコ(つまりエゴ)の論客ときたら自分達の目先の都合しか考えません。

 石油が本当に枯渇されては困る勢力と、いつか枯渇してくれなきゃ困る勢力に挟み撃ちにされているのが、石油無機成因説なのでしょう。優先されるのは政治とカネです。学問よりも上に、きれいごとでは済まない政治とカネがあるのです。

 それでも先生のおっしゃる通り、原子力発電のほうがキレイだなんて到底思えませんけれども。なーんだ、世界の左翼だって十分なこっそり宗旨替えの変節漢だらけだったんですね。日本の原発反対運動の、土着民族派立て篭もりの意固地左翼の連中を応援したくなりますから不思議です。私は学生闘争と内ゲバ闘争を知りませんが、もうあいつらも現実に対して敗北して、転向組以外は散り散りになってますから、再び団結して結集した運動を組織・展開することは出来ないでしょう。あの醜態、体たらくは実にいい気味ですね。そして私は断固原発反対派です。

 それにしても、そろそろ時代が移ってきました。原油生産量と備蓄、生成、使用のペース配分さえ適切に調整出来れば、石油ドル世界支配体制が瓦解していくとしても、今後もその他の不安定な代替エネルギーと併用していけるでしょう。安定した供給と需要が必要です。それが出来れば「石油が無用になってしまい荒廃が進む中東」の未来イメージはそれこそ無用です。確かに油田も世界各地で発見されていますし、今まで以上に値段は下がりますが、そもそもが石油に依存しすぎなのです。中東の悩みは石油以外に世界に通用する産業が何もないことと、宗教の阻害要因で近代に入れないこと、宗派対立と民族紛争、イスラエルとパレスチナの独立と聖地の帰属問題、つまり今まで通りです。

 曲学阿世は人文学者の専売特許ではありません。本当は何一つ分かっていないのに、分かったことにしている、判明して学説が確定したことにされている、そういうことがあまりにも多すぎます。天気のことしかり、地面の中のことしかり、さも全て分かったようなことを言います。定説はいつか覆されるという学問の精神の原点に立ち返るべきでしょう。自然学問の学者達は今こそ政治の不当圧力によって捻じ曲げられることなく、真実を世界に公言して発信してほしいものです。

 なんとも散漫ですが、これ以上書いてもとりとめなさそうなので、今回の投稿はこれにて終了します。