エジプト革命とイタリア政治

会員番号4655 佐藤裕一 投稿日:2011/03/07 09:01

 会員番号4655の佐藤裕一です。

 李さん、映画『摩天楼』のDVDを注文されたとのこと、行動の迅速さに驚きました。私はタイトルを知っているだけで鑑賞したことはありません。通常の店舗では流通していないのか、見かけたことがないため、入手困難です。

 ブログ掲載文章「★★ 捨てる癖」にも反省させられるところ多々有りまして、勉強させられます。取捨選択が大切なのですね。

 

異端医師の独り言
http://blog.livedoor.jp/leeshounann/

 

 それでは以下、基本「だ・である」口調の文体でいきます。

 

 ● エジプト憲法の欠陥と改正

 チュニジアで起きたジャスミン革命によるベン・アリー大統領失脚からはじまって、中東・アラブ・北アフリカ・イスラム教圏で起きている現象が、果たして民主化ドミノ(反米化ドミノ?)に当てはまるかどうかは議論があるだろう。

 ジャスミン革命に触発されたエジプト革命(2011)では、ムバラク(写真を見るとベン・アリーと顔も似ている)政権が崩壊して大統領を辞任したが、任命されたばかりのスレイマン副大統領までが一緒に辞任してしまった(真偽不明だが辞任前に暗殺未遂に遭っていたという報道有り)。

 今はタンタウィとかいう、そのまんま東氏に顔が似ている人が、国防・軍需生産相兼副首相兼国軍総司令官兼軍最高評議会議長で、エジプト国家元首代行となっているらしい。今後の民主化を確約しているというが、空手形じゃないのかと疑われるのも当然だ。

 肩書きにある国防相といっても現役のエジプト陸軍元帥であり、文民ではない人物が全権掌握しているということだ。即ちエジプトが旧・大日本帝国と同じ様に、シヴィリアン・コントロール(日本語訳で文民統制。文官統制ではない。だが定義は近い)が出来ていないことを示す。中東アラブ各国にはベン・アリー(大将)にしてもムバラク(空軍元帥)にしても、軍人政治家や軍人出身政治家が非常に多い。

 やはりエジプトは、現行憲法の規定に欠陥が多いようだ。今度国民投票にかけて、大統領の任期や三選禁止規定、副大統領を必ず任命することなど含めて条文を改正するという。

 何らかの原因で大統領が任期途中で公職を去った場合に、現職副大統領に在籍する者が次の選挙までに臨時でも大統領を代行するのでなければ、副大統領職が何のためにあるのか分からない。

 直接正式な大統領に昇格・継承するかどうかは各共和国の憲法でそれぞれだろうが、昇格しないとしても臨時代行は健在ならば副大統領がすべきなのだ。ところがスレイマンにしてからが現役の陸軍中将だそうで、情報将校の高官であるも同然だったわけだ。

 立法における議会の議員だけでなく、行法における大統領も副大統領も首相も副首相もその他閣僚・長官、全て在任時は文民でなければならない。就任時点で既に非軍人、非武官ということである。軍にいた人間は一度退役しなければ就任やら立候補自体、法的に最初から出来てはならない。

 そもそもこれらは最初から憲法規定でガッチリと制限を定めていなければならないことだ。下位法だけでは弱い。完全には予備役やら後備役(なんじゃこれ)でも不可とすべきだ。ただし職業軍人の話であって、徴兵云々は別の話である。

 エジプトはピラミッドがあるから普通に観光立国であったのに、ましてや戦時やら内乱でもないのに、非常事態宣言なるものがズルズルと30年以上も出続けてしまった。騒動により治安が悪化してムバラクが退陣すると、今度はかえって非常事態令の解除を検討しているという。やることなすこと、まるで転倒している。

 だいたいにして憲法停止と議会解散をしている時点で、夜間外出禁止令どころか実質的に「戒厳令」を布告・発令している状態なわけだから、「非常事態令」ぐらい今更なんだという話なのだが、あまりに長い「非常事態」のせいで感覚が麻痺しているのだろう。

 旧・日本軍で、支那事変(日中戦争)が長く続き過ぎて常態化していったの似たようなものだろう。おかしいことをおかしいと考えられなくなり、やがて当たり前になってしまう。こういう状態を正常化出来るかどうかが正念場であり難しいところである。一旦軍政が始まってしまうと、そこから脱却するというのはどこの国でも至難の業だ。

 

 ● イスラム教と民主政治の衝突

 さらには国民の9割がイスラム教徒であるエジプトの国民民主革命が成就するかどうか。

 だが今回のエジプト革命の国内要因としての発端である、ハーリド・サイード(ザイード?)という青年が2010年に殺された事件だが、なんと彼はイスラム教からコプト正教会(キリスト教の範疇に入るといえば入る)に改宗していたらしい。

 そのコプト教徒が革命のシンボルの1つとなり、「我々はみんなハーリド・サイードだ」という掛け声が起こった。日本人である私からすると、どうしてイスラム教徒は衝突すれども他教徒と共存出来ているのか不思議だ。

 現在のコプト教皇はシェヌーダ3世という人物で、ウィキペディアによると教皇就任が1971年11月14日だというから、もう40年近く宗教指導者の地位にあるのでカダフィ大佐クラスの長さである。彼は中国の地下教会のように、現行の国家体制から殺されるでも投獄されるでもなく、潜伏活動しているわけでもないだろう。

 イスラム教徒といっても世界の巨大な三大普遍宗教だから、一様ではないのだろう。イスラム教が他宗教に排他的で、攻撃・弾圧・迫害、改宗しなければ殺戮しつくすという固定観念があるが、実際そういった歴史もあっただろうし、現在も一部にはそういう主張の人達がいるというだけのことだろう(エジプトでいえばジハード団など)。

 エジプトはイスラム教が国教であると同時に、各個人の信教の自由も認めている。法的政治的自由を抜きにすれば、国教があることと信教の自由があることは、両立が完全に不可能というわけではない。片方は国家という共同体の話であり、片方は個人の話だからだ。

 それでも他宗教からイスラム教に改宗するのが簡単なだけで、イスラム教から他宗教への改宗は相当困難であり実際妨害されるという。ここに女性問題、即ち結婚という社会観念と法制度が、宗教と深く関わっている。

 カトリック以上に教義に厳格なのか、コプト教は基本的に離婚が禁止され再婚も認めないことが、エジプト社会で問題視されて宗教衝突と殺傷事件に発展しているとのこと。これじゃ一体どっちの方が寛容なのか分からない。イスラム教は教義で離婚の方法が予め決まっているとのことだ。

 それから、これまでエジプトは特定の宗派を奉ずる宗教政党を禁止していた。国教を定めていることと、宗教政党を禁止していることもまた、必ずしも矛盾しない。政党政治においては政教分離体制であるエジプトの世俗色が強いのは、与党である国民民主党と大統領がずっと親米、親イスラエル政権であったことから繋がるのは世間で言われる通りだろう。アメリカとイスラエルのご都合主義外交戦略はここでもいかんなく発揮されている。

 問題は政治的結社の自由を認める場合に、宗教政党も法で公式に認めるかどうかということがある。イスラム色濃厚であるムスリム同胞団がどうなるのか。世俗主義が親米と表裏一体であることに悲劇がある。だからイスラム法を、という主張が出てくる。

 建国の父ケマル・アタチュルク初代大統領※以来、世俗主義を国家の根幹として標榜、維持するトルコ共和国が民主国として同様の問題を常に抱えていることで有名だが、トルコはエジプト以上にもっと軍の世俗派の発言権が強いのだろう。

 ※ 関係ないが、かつて日本に寄贈されたケマル・アタチュルクの銅像が、野晒しで放置されているという事件があったらしい。さっきネット検索で始めて知った。既に移設して解決している。エルトゥールル号遭難事件とか日露戦争の影響などでトルコは親日的だと聞くが、実際のところ現在はどうなのだろうか。日本人はほとんど多神教及び無信仰者だから、友好的といっても限定的なのではなかろうか。

 

 ● 独裁政治の度合いの差

 さて、独裁というのは、内政外交その他あらゆる課題に蓋をしてしまって、無理矢理抑えつけて隠すことに長けている政治体制である。どうせ独裁者がそうするのだからということで、国民は政治的な事柄を一切考えなくて済む。しぶといカダフィ大佐がいまだに君臨統治する(投稿時点で)リビアもそういう国である。

 賢者の独裁を賛美して衆愚政治を批判する人は、概して自分自身がデモクラシーの恩恵を十分に享受している民主国の国民であることが多い。「独裁体制という、各国の実情と国民性に合ったあり方もあるんだよ。民主的であることが国家の全てじゃないし、無条件に素晴らしいことでもない」というのが彼等の口癖である。

 ある国で独裁体制から解放されると、隠していたあらゆる政治問題が表面に噴出してくるのは錯覚ではないし、むしろ当たり前のことなのだ。独裁であれば何も問題なかったのにと言ってどうする。

 リビアではすっかり内戦に発展してしまった。前にも書いたがチュニジアやエジプトとは比較にならないほど、リビアは元から異常過ぎる政治体制だから、国民運動すらまともに展開することがかなわない。そうすると反対勢力の反抗や、既存体制である政府や軍内部からの反乱、つまりカダフィからするとクーデターということに、どうしてもなってしまう。

 革命(レボリューション)とクーデターの違いはこれも前に書いたが、細かい定義論争や変遷の歴史にはあれこれ言及しない。国民自身は基本的にクーデターを起こすことが出来ない。国民が総意で変革を求めるならば国は全て従わなければならないし、それは全て革命である。クーデターは軍部がほとんどだが、一部では王族、政治家や軍人以外の官僚も引き起こすことがある。つまり現代でいえば既存権力体制内部にいるはずの公務員が主導で起こすのがクーデターだ。

 基本理解はこれでいいのだが、リビアのように最初から酷過ぎる国家だと、平和裏な国民運動の展開は絶望的である。民衆暴動すら鎮圧され、徹底的に弾圧、投獄、虐殺されつくす。だからリビアで軍人その他公的職務にある人々が反体制派に転じて参加するというのは、仕方ない側面が大きい。こうなると革命とクーデターの区別もつきにくい。ポピュリズムと扇動者、禅譲と簒奪が整然と切り分けられないことと同じである。

 エジプトも革命について軍の支持不支持、政治的影響があることは否めない。タンタウィ国防相ら軍最高評議会が民主化を凍結してしまって反動勢力が軍政を継続する恐れもあるし、まだまだ事態の推移を注視せねばならまい。あのエルバラダイが出馬するのかどうか。

 あるいはミャンマー軍事政権の、平和発展評議会議長であるタン・シュエ上級大将の側近で、ティン・セイン初代大統領(陸軍大将、一応退役している模様)のような軍主導の傀儡政権のような、見せ掛けだけの民主国にならないといいのだが、心配である。

 当時のビルマ建国の英雄アウンサン将軍の長女で民主化運動の指導的な象徴、アウンサンスーチーが大統領に立候補出来ない時点でおかしい。この点では、よく指摘される彼女への批判やアメリカの背後とで後ろ暗い繋がりがあろうがなかろうが関係ない。国民から公平公正な選挙での判断機会を奪うことが一番悪い。

 ただイスラム教国は民主的になればなるほどイスラムが前面に出てきてしまうし、政教一致体制を目指すということになってしまう可能性は依然としてある。そして民主的に反米、反イスラエルになる。それもまた国民の判断だ。他にも女性の参政権のこともありエジプト革命は課題山積、前途多難だ。

 女性といえばFIFIさんのブログ最新掲載文章「女性の強さとは?」は秀逸である。少々手厳し過ぎるのではという印象も受けたが、やはり彼女の意見は正論です。

 

フィフィ オフィシャルブログ「All about FIFI」by Ameba
http://ameblo.jp/fifi2121/

 

 ● 大嫌いなベルルスコーニを極めて消極的に応援する

 しぶといカダフィ大佐と仲がいいというイタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ首相だが、この人自身がマフィアの真の親玉そのものなのだという。そうすると自民党政治家の最高幹部こそがそのまま暴力団の総元締めであり、その方面からの解釈ではベルルスコーニは日本の歴代首相でいうところの森喜朗元首相に相当する人物だろう。ベルルスコーニは国際政治規模での政治指導者だから褒め言葉ととっていただきたい。マフィア政治が骨がらみの問題になっているイタリア人を日本人が馬鹿にして笑うことは出来ないのである。

 イタリアは共和制だから元首は大統領であり、現在はジョルジョ・ナポリターノという人であるが、首相の権限が強いので大統領は儀礼的であまり目立たない。

 さて、そのベルルスコーニに少女売春疑惑が持ち上がり、未成年者買春罪で起訴されている。相手はカリマ・エル・マフルーグという人で、モロッコ人とのこと。

 私は森喜朗元が大嫌いであるのと同じで、ベルルスコーニも大嫌いである。マフィアや暴力団の頭目にあたるような人間が政治指導者の頂点であることへの嫌悪感は、本来国とというものの出自は暴力から始まったのであり、統治者は元々そういうものであったという性質をもってしても、除去されるものではない。

 だが今回のことで、私はベルルスコーニに少し頑張ってほしい気持ちが生まれた。

 何故、自分自身が今も全く好意など抱かないベルルスコーニをちょっと応援するのかといえば、検察が政治に介入することが許せないからである。他所の国のことだが、ベルルスコーニはまだ続投すべきだ。むしろ今回のことが直接の原因で中途辞任をしないことを支持する。任期を全うしてほしい。

 私は今回の騒動の経緯や事実関係について詳しく知らないが、少女売春など政治と何の関係もないことだ。こんな話題で盛り上がるのは芸能界だけにしてくれ。私は自分が嫌いな政治家の誰に対してもプライベートの下半身スキャンダルで辞職要求などしない。

 アメリカでは民主党のビル・クリントン大統領(当時)もモニカ・ルインスキーで不倫スキャンダルがあって、【下院】で訴追され【上院】で弾劾裁判にかけられて、無罪判決となった。公務中の大統領に相応しい行為かどうかということがアメリカ政治では重要だからであるが、本来こんなことは政治の良し悪しと関わりがない。

 ただしきっと、プロテスタントとカトリックではものの見方が違うのであろう。保守派かリベラル派かということもある。こういうとき、いわゆる保守派と呼ばれる人々は大抵、普段から隠していた頭の悪さを露呈して感情的になる。

 それでも大統領の弾劾は、議会で行われたということが重要であるし、基本的に弾劾裁判というのは公職を罷免するかどうかという裁判であり、刑事罰を課すかどうかという普通の司法で行われる裁判とは違う性質のものである(また、そうであるべき)。日本では現行憲法の規定により国会が行うのは、裁判官弾劾裁判だけだ。

 日本で女性スキャンダルといえば自民党の宇野宗佑首相(当時)が参院選に惨敗して退陣した。私には宮澤喜一以前の首相の記憶がないので経緯や詳細は知らないし、宇野の印象も薄い。選挙に敗北したのが辞任の理由だからそれはそれでいいのだが、女性スキャンダルがどうのこうので選挙に影響するようでは日本人の政治意識もまだまだ駄目だろうなと思うだけである。だからイタリアはやっぱり日本と政治状況が似ている部分がある。

 もう金輪際、性スキャンダル報道がどうだ不倫がこうだ売春だ何だといって、政治の世界を掻き回すのは止めてもらいたい。はっきり言って、どうでもいいのである。そんなことは。イタリアでマフィアを摘発している検察官達には危機意識があるだろうし、真面目な正義感の検事もいることだろう。

 その頭の中身が正義でいっぱいのつもりの検事達を、今回私は支持しない。応援しない。民主国において政権を倒し、政治を刷新させるのは、その国の国民自身であるべきだからだ。その判断に検察が口を挟んではならないし、影響を与えてもいけない。政治家失脚目的の後ろ暗い背後が往々にしてある。

 そして国民は、下劣な政治目的の性スキャンダルなどに政治意識を左右されてはならない。……のだが、こればかりは、その国民の政治意識の問題であるから、国民が正式に選挙で示した当落などの判断には必ず従わなければならない。政治には他の諸問題もあり、判断は一様ではないからだ。

 ベルルスコーニ退陣要求のデモが100万人規模で発生している。これが難点だ。検察によって不当に動かされてしまったとはいえ、既に国民感情が刺激され、国民運動が発動してしまっている。

 私個人としては、性スキャンダルが報道された際に民意が簡単に動かされるようだと、均衡をとる為に平素から政治姿勢を支持してもいない政治家を擁護しなければならない羽目に陥ってしまうので、もっと国民自体が大人になって、政治意識が向上してほしいと願っている。

 イタリアの実情に精通しているわけでもなし、私はてんで疎いが、それでもベルルスコーニをカダフィと一緒くたにして「独裁者」などと言ってはならないと思う。あまりに括りが大雑把すぎる。カダフィは真の独裁者だ。ベルルスコーニは強権政治的だが独裁体制を敷いているわけではない。

 民主国であれば政治刷新は国民自らの政治運動によって政権打倒すべきだ。軍人や検察官僚ごときが勝手に政治判断をして口を挟んではならない。

 ベルルスコーニ首相よ、検察の不当政治介入に屈しないために、まぁ任期満了まで頑張って。その後引退しないなら選挙で落とされろ。イタリア国民よ、マフィア政治からの脱却・浄化を心から応援するが、検察の動きを利用しようとするな。民主国において野党がやってはならないのが官僚に利用され乗せられながら政敵を攻撃する政治戦略である。イタリア検察よ、本当に自分達が正義なのかどうか頭の中身を総点検してから自問自答するがいい。

 政治家の免責特権、不逮捕特権というのは本当に大事だなとあらためて感じる。日本のはまだまだ不完全だ。憲法や下位法の条文規定を改正して、もっともっと強化せねばならない。官僚に政治介入として一部の隙も与えてはならない。政治に口を出すことは一切許されない。

 

ザイン・アル=アービディーン・ベン=アリー
http://ja.wikipedia.org/wiki/ザイン・アル=アービディーン・ベン=アリー

ホスニー・ムバーラク – Wikipedia
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オマル・マフムド・スレイマン・アル=リファイ – Wikipedia
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ムハンマド・フセイン・タンタウィ – Wikipedia
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東国原英夫 – Wikipedia
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シェヌーダ3世 (コプト教会アレクサンドリア総主教) – Wikipedia
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ケマル・アタテュルク – Wikipedia
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ムアンマル・アル=カッザーフィー – Wikipedia
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モハメド・エルバラダイ – Wikipedia
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タン・シュエ – Wikipedia
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テイン・セイン – Wikipedia
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アウンサンスーチー – Wikipedia
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フィフィ – Wikipedia
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シルヴィオ・ベルルスコーニ – Wikipedia
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森喜朗 – Wikipedia
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ジョルジョ・ナポリターノ – Wikipedia
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ビル・クリントン – Wikipedia
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モニカ・ルインスキー – Wikipedia
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宇野宗佑 – Wikipedia
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宮澤喜一 – Wikipedia
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