「お役所仕事」は中国伝統の政治・行政スキルだ(1)
伊藤睦月です。前回までに紹介した、文書、自己申請、査定、の「お役所仕事」3点セットは、中国伝来のスキルです。少なくとも紀元前2世紀、秦の始皇帝のころまで遡れます。今回はそのことについて、投稿します。なお、私、伊藤にとって「お役所仕事」というのは、「価値中立的」な概念です。善悪好悪是非の要素はありません。
(1)お役所仕事の由来は、法家思想、老荘思想の法家的理解、儒教ファッション、のミックス、です。
(2)法家思想は、「韓非子」に書かれています。ケーススタディ付きですべて書いてあります。私は30代に金谷治訳の岩波文庫版を読んで、なんだ、ここに全部書いてあるじゃん、と思いました。
(3)法家思想のエッセンスは、商鞅の「法」、申不害の「術」、慎倒の「勢」、です。それに、思考の前提としての「老子」の韓非子的解釈、です。
(4)それぞれの詳しい解説はここではしませんが、岩波文庫版第1巻の金谷解説で十分です。
(5)そして、儒教ファッションです。論語は、「役人の出処進退是非判断の書」です。安岡正篤という、終戦の詔勅の起草者の一人と言われ、のちに保守系政治家のブレーンともいわれた儒学者の言葉だそうです。
(6)君子は立派な人、小人はそれほどでもない人、といった定義は、被支配者階級(小人)に対する、支配者階級(君子、つまりは役人)の騙し、マインドコントロールです。
(7)法家思想を露骨に出すと、各方面から嫌われますし、命の危険もある(司馬遷の「史記」は、そんな例として、「商鞅、呉起、韓非、李斯などを紹介しています)
(8)だからその言動を儒教の言葉や振る舞い(礼儀作法)、儀式のオブラートでくるむ必要がありました。
(9)なお、後年、儒教が哲学化(朱子学や陽明学といったいわゆる「儒学」化)しますと、本物の政治思想ですから、これに殉じる人たちが出てきます。(文天祥など)日本の幕末の「尊王攘夷」に殉じた人たちもその流れです。
(10)一方で、いわゆる処世術として、これらを上手く使う人たちも大勢います。いわゆる世俗の成功者、たちです。こちらの方が多数派だとおもいます。
(11)また、成功しなかった人たちの嘆きと諦観の書が「菜根譚(さいこんたん)とか「呻吟語(しんぎんご)」です。(私見)
小休止。次回又投稿します。
(以上、伊藤拝)