映画『爆弾』感想 ー諦めのその先へー

かたせ2号 タゴサク 投稿日:2026/01/08 09:31

件名_映画『爆弾』感想 ー諦めのその先へー

かたせ2号です。2026年1月8日(木)の投稿。

「残酷からも綺麗事(キレイゴト)からも、逃げない」。
一点に集約させると、この類家のセリフになります。
映画『爆弾』
オススメします。

「残酷からもキレイゴトからも逃げない」。
このセリフに、わたしは感銘したので、わたしなりに、関連する、先人の座右の銘を集めてみました。

なお、「残酷から逃げない」ことの大切さを、わたしは、主に副島隆彦先生の著作から教えてもらいました。西森マリーさんの著書「闇の支配層≪カバール≫を殲滅する人類覚醒革命」の最後にある対談編でも、副島隆彦先生が縷縷(「るる」、ことこまかく)述べておられる通りです。
そして、その著作群の中で、これはあまり言いたくはないんだけど、と前置きし、残酷な現実を直視することから逃げなければ、「強くなれる」、という内容のことを書いておられました。
副島隆彦先生からいただいた学恩に、この場を借りて、深く感謝いたします。

以下の4つが、すべて借り物で恐縮ですが、わたしの座右の銘となります。ご参考まで。わたくし、かたせ2号は、こんな人間です。
これから、最低でも約15年、キレイゴトからも残酷からも逃げません。

<キレイゴト>
(1)人に悪意を抱かず (リンカーン)
(2)「善意志(Gute Wille)」(カント、道徳形而上学原論)
カント哲学における「善意志(Gute Wille)」とは、条件なしに、それ自体で善である唯一のものを指し、才能や財産といった他の善いものが善となるためには善意志によって用いられる必要があるとされます。これは、損得の計算や結果の良し悪しで判断するのではなく、「道徳法則だから」という理由で、理性に基づいて「義務として」行動しようとする意志です。

<残酷(な現実の中での生きるすべ)>
(3)耐えて勝つ (広島東洋カープ監督 古葉竹識)
(4)「大人たちに褒められる(はずだ、これだけ頑張ったんだから、と期待する)ような(おめでたい)バカにはなりたくない」 (甲本ヒロト 、「少年の詩(うた)」の歌詞から)

かたせ2号です。
以下、ぱんぱんという方の映画感想を引用します。
わたしの映画感想もほぼほぼ下の内容です。
過不足なく述べてくださっています。

なお、「※以下ネタバレ有り」となるので、ご注意ください。

<引用開始>
https://note.com/ponkumaru09/n/n4faa13fa4d43

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映画『爆弾』感想 ー諦めのその先へー

ぱんぱん
2025年11月11日 15:34

衝撃作。こんなにものめり込んで映画を見たのはいつぶりだろう。息を止めてしまうほどの緊迫感、臨場感。これが130分近く持続するんだからえげつない。社会派でありながらとてつもないエンタメ超大作でもある。去年の『正体』といいやっぱり私はこのバランスが良い作品が好きだ。
観終わってすぐ原作を買いに行って一気読みした。それくらい鑑賞時の熱が引かない。

※以下ネタバレ有り

目次
(1)差別、偏見、無関心
(2)人間味のある天才たち
(3)「類家」という希望
(4)天才的キャスティング
(5)おわりに

以下、本文
(1)差別、偏見、無関心

いや〜こんなにも人間の、というか自分の嫌な部分を映してくるとは…という驚き。
見たくない、知りたくない、気づきたくないと思っていること、そう思っていることにさえ無自覚だということをこんな形で目の前に突きつけられるとは、、、

やっぱり代々木公園爆発の威力が凄まじい。ここで一気にこの作品の方向性が明確に提示されたように感じる。子供とホームレス。自分でも気づけていない差別、というよりもっと根本的なバイアス?を実際の被害をもって認識させてくるのは本当に痺れたし鳥肌が立ったし恐ろしかった。

さらにあの動画。これは原作も、それを映像化した本作も思い切ったことしたな〜と思ったな…この世にあるヘイト集大成のような動画。それなのにどこか共感できてしまう。一度は考えたことがある気がしてしまう。自分の心の隅に巣食うドス黒い靄を見つけてしまったようで背筋が凍った。

次々と起こる爆発。不謹慎だと思いながらもどこかワクワクしている。非日常を楽しんでいる。隣町で起こっていても、いつも使う駅で起こっていても、実際に自分が体験しなければ他人事。対岸の火事。一瞬のネタになればそれで終わり。自分には当てはまらないと言い切れるだろか。

(2)人間味のある天才たち

類家とタゴサク、どちらも人間離れした天才/化け物として描かれているけれど人間であることに変わりはない。物語が進むにつれて初めは分からなかった彼らの弱さ、人間味が垣間見えてくるところがこの作品の醍醐味の一つでもあるのかな、と。

まず類家。
類家の「この仕事が片づいたらポークステーキ丼を食う。死ぬほど眠る。それで充分やっていける」というセリフ、めちゃくちゃ「人間であること」を感じて涙が溢れてしまい…とにかくずっと刺さっているこのシーン。
そして、クイズが進んでいく中で悩み、憤り、悔しがる類家の姿が見られる。冷静沈着でいついかなる時も取り乱さないといういわゆる天才像とは少し異なる姿を見せてくれるのだ。どんなに頭が良くても人間である以上自分の感情からは逃げられない、ということが伝わってきて非常に良かった。

そしてタゴサク。狂気。化け物。頭の回転の速さと話術を序盤から存分に発揮し、この男只者じゃない…という印象を抱かせる。そして何を言っても響いてなさそうな姿。そんなタゴサクも結局は明日香に「利用された」と感じたその時に「もういいや」と思い、一線を越えてしまうのだ。最後の一歩を踏み出させたのは人間らしい寂しさ、切なさ、悲しさ、そして自分を見てほしいという欲求だった。人間らしさの残るタゴサクは化け物にはなりきれない。そこが彼の弱点なのだろう。
そしてまた、自分が利用される人間であると思ってしまうその弱さ。最後に類家が言ったように、明日香のことを止める存在だとは自分のことを考えられなかった。自分を信じられない。

タゴサクの過去、背景があまり描かれていないことが彼をより普遍的な存在、鑑賞者自身を投影できる存在にしているようでかなり好き。

(3)「類家」という希望

この作品、予告編から想像される天才同士の知能戦!心理戦!的エンタメ性だけでは語れない重苦しさがあるじゃないですか…自分が目を逸らしてきた負の感情、社会の陰を目の前に突きつけられているようでずっと苦しい。そして、爆弾が意外にもガンガン爆発する笑 (これがかなり衝撃だった。観る前は天才刑事がクイズを解いて爆弾止めるぜ的な流れかと思っていたので笑) めっちゃ被害出てるし、特に自販機に仕掛けられているのが分かったのにギリギリ間に合わない、とかかなり大鬱。最後の爆弾はどこにあるか分からないし。
そんな全体的におも〜い雰囲気なのに、観た後どこか「まあ、明日からもちょっと頑張って生きてみようかな」という気分になる。それはやっぱり「類家」という救いがいるからだと思う。

タゴサクは類家に対して何度も何度も「お前も俺と同じだろ」ということを言う。(原作では「タゴサクが次のタゴサクを生み出そうとしている」というようなことが書いてあったが) まさに類家に一線を超えさせているようだ。このクソみたいな世界に飽き飽きしているし、やろうと思えばこんな事件軽々と起こせる。私たちにもタゴサクの気持ちが分かってしまうところはあるが、天才類家と天才タゴサクはより通ずる部分があるのだろう。

それでも、類家は「俺はお前とは違う」と言う。やれるけどやらない。やるわけない、と言う。この世界を壊すよりもそれを食い止める方が面白い、と言う。このクソみたいな世界もまんざら捨てたもんじゃない、と言う。ポークステーキ丼を食って死ぬほど眠る、その楽しみでやっていける、と言う。これこそがこの作品の救いであり希望なんだと思う。「自分がどう思うか、どうするか、どんな人間でいるかは自分で決める」というその姿が。そしてそれでいい、ということが。「世の中を壊したりしない、簡単すぎてつまらないから」ただそれだけでいいのだ。自分が信じていられればそれでいい。そしてその強い意志こそが、一見すると非常に似ている類家とタゴサクを大きく分かつものなのだろう。他の刑事とは違って類家だけがここまでタゴサクと渡り合えたのも、彼の中に「自分を失わない」という揺らがない意志があったからではないか。
それもまた闇雲にそう思っているというよりは自分の中の黒い部分も全部理解した上で、たとえこの世界、そしてそこで生きる人間なんてクソくらえだと思っていても、それでも、少しでも良くなるように、保てるように生きていく。
そういう意味では、類家はタゴサクの持つ諦念の一歩先にいる人間なのでは…と思った。この世界や人間に対するどうしようもない諦め。そこで終わるのではなく、それを抱えて生きていく。「残酷からも綺麗事からも逃げない」。

そしてこれは最後に等々力がたどり着いた場所でもあるのだろう。(原作だと等々力の心情がより詳細に描かれていてこれがまためちゃくちゃ良いんですけど) 等々力は「爆弾なんて爆発してしまえばいい、この世界なんて壊れてしまえばいい」という欲望を持っている自分に気づき、戸惑い、苦しむ。それは慕っていた長谷部のあの場面を見てしまい「正義とは何か」という定義が揺らいでいた等々力に追い打ちをかけるようなものだ。まるで深い霧の中を歩いているような等々力。
しかし、最終的には彼も類家のように「我慢を続ける人生をふしあわせとは思わない」と言ってくれるのが救い。類家VSタゴサクがメインなのはもちろんだけど、等々力もタゴサクにかなり近い場所にいる人間だったのだと思う。それでも彼も諦めのその先に行くことを選ぶ。

そんな彼らの姿こそがこの作品の「光」なのだ。

(4)天才的キャスティング

佐藤二朗の怪演ぶりはもうみんな言ってるので 笑
山田裕貴!!!!類家がすぎる!!!!!
めちゃくちゃ「山田裕貴」を感じるんですよ、それなのにめちゃくちゃ「類家」!!!!本人も言っていたように、やっぱり山田裕貴と類家に通ずるものがあるからこそこういう現象が起きるんだろうね…
というか類家と通ずるものがあるってカッコよすぎるだろ、なんだそれは。
マジでホントにずっとかっこよかった。ありがとう。

こんなに役者にピッタリ、かつそのものに深みのあるキャラクターを演じてくれるなんて役者ファン究極の望みじゃんね。
山田裕貴のファンが心から羨ましいよ…

そしてメインの二人以外も、全員素晴らしすぎて実写化における本気を感じた…
最初からタゴサクを見下し、真っ先に喰われる伊勢。
自らの愚かさに絶望し、それでも折れない清宮。
迷い、悩み、最終的には希望となる等々力。
現場の人間として、一番近くで事件に巻き込まれていく倖田。
などなど…そりゃあキャスティングも力入れるわ、と思うほどここまで全員が重要な意味を持つ作品も珍しいのでは?
本当に全員に対して「この役者以外考えられない」と思えた。

(5)おわりに
素晴らしい原作に素晴らしい監督、脚本家、役者が集結するとこんなにも威力のある映画を作れるのか、と衝撃を受けた一作。
社会そして人間の真理に迫ると同時に、先の読めない展開と緊迫感という突き抜けたエンタメ的面白さも持ち合わせた最強の映画なのでは…!?
―――――
<引用終わり>

以上