原民喜の小説「夏の花」三部作について

かたせ2号 投稿日:2025/07/23 09:47

原民喜の小説「夏の花」三部作について

かたせ2号です。
本日は、2025年7月23日の水曜日(日本時間)です。

まだ、2025年7月25日金曜日の午前0時58分2秒(日本時間)には到達していませんが、
投稿いたします。
(なお上の、金曜日の時刻自体にはとくに意味はありません)

さて、原民喜の小説「夏の花」三部作のうちの、ある作品を、昔に読んだことがあります。
その後に何が起きるのか知ってしまったものの身としては、
1945年8月6日の数日前、いろんなごたごたに翻弄されながら、変わらぬ「日常生活」を送っている、
広島の郊外での様子に慄然といたしました。そのことを思い出します。
「暑い陽光(ひざし)が、百日紅(さるすべり)の上の、静かな空に漲(みなぎ)っていた。」

三部作の一つの短編「壊滅の序曲」の最後の文章を引用します。

(引用開始)
「さっき大川がやって来て、そう云ったのですよ、三日以内に立退かねばすぐにこの家とり壊されてしまいます」
「ふーん」と清二は呻(うめ)いたが、「それで、おまえは承諾したのか」
「だからそう云っているのじゃありませんか。何とかしなきゃ大変ですよ。この前、大川に逢(あ)った時にはお宅はこの計画の区域に這入(はい)りませんと、
ちゃんと図面みせながら説明してくれた癖に、こんどは藪(やぶ)から棒に、二〇メートルごとの規定ですと来るのです」
「満洲ゴロに一杯喰(く)わされたか」
「口惜(くや)しいではありませんか。何とかしなきゃ大変ですよ」と、光子は苛々(いらいら)しだす。
「おまえ行ってきめてこい」そう清二は嘯(うそぶ)いたが、ぐずぐずしている場合でもなかった。
「本家へ行こう」と、二人はそれから間もなく順一の家を訪れた。
しかし、順一はその晩も既に五日市町の方へ出かけたあとであった。市外電話で順一を呼出そうとすると、どうしたものか、その夜は一向、電話が通じない。
光子は康子をとらえて、また大川のやり口をだらだらと罵(ののし)りだす。それをきいていると、清二は三日後にとり壊される家の姿が胸につまり、今はもう絶体絶命の気持だった。
「どうか神様、三日以内にこの広島が大空襲をうけますように」
 若い頃クリスチャンであった清二は、ふと口をひらくとこんな祈をささげたのであった。
 その翌朝、清二の妻は事務室に順一を訪れて、疎開のことをだらだらと訴え、建物疎開のことは市会議員の田崎が本家本元らしいのだから、
田崎の方へ何とか頼んでもらいたいというのであった。
 フン、フンと順一は聴いていたが、やがて、五日市へ電話をかけると、高子にすぐ帰ってこいと命じた。それから、清二を顧みて、
「何て有様だ。お宅は建物疎開ですといわれて、ハイそうですか、と、なすがままにされているのか。空襲で焼かれた分なら、保険がもらえるが、
疎開でとりはらわれた家は、保険金だってつかないじゃないか」と、苦情云うのであった。
 そのうち暫くすると、高子がやって来た。高子はことのなりゆきを一とおり聴いてから、「じゃあ、ちょっと田崎さんのところへ行って来ましょう」と、
気軽に出かけて行った。一時間もたたぬうちに、高子は晴れ晴れした顔で戻って来た。
「あの辺の建物疎開はあれで打切ることにさせると、田崎さんは約束してくれました」
 こうして、清二の家の難題もすらすら解決した。と、その時、恰度(ちょうど)、警戒警報が解除になった。
「さあ、また警報が出るとうるさいから今のうちに帰りましょう」と高子は急いで外に出て行くのであった。
 暫くすると、土蔵脇わきの鶏小屋で、二羽の雛(ひな)がてんでに時を告げだした。その調子はまだ整っていないので、時に順一たちを興がらせるのであったが、
今は誰も鶏の啼声に耳を傾けているものもなかった。
暑い陽光(ひざし)が、百日紅(さるすべり)の上の、静かな空に漲(みなぎ)っていた。

……原子爆弾がこの街を訪れるまでには、まだ四十時間あまりあった。

(昭和二十四年一月号『近代文学』)
(引用終わり)

かたせ2号です。
わたしも、上の登場人物たちと変わらぬ「日常生活」を送っていく所存です。
ですので、おそらく、信じてはもらえないのでしょうが、
今月、2025年7の月での、今後の、この、「ふじむら掲示板」への新たな投稿や、「ふじむら掲示板」のこれまでの投稿への追記・改変は、一切いたしません。

以上