思いて学ばざればすなわちあやうし(3)古事記偽書論争を概観する。
伊藤睦月です。今回は、古事記偽書論争を概観します。この論争は江戸時代(17世紀)から歴史上の有名人も巻き込んだ大論争ですから、ある程度詳細は知っておくべきと考えます。まず、偽書説の概要について、本物説の代表的論者である、倉野憲司(1902~1991、福岡女子大学名誉教授)の説明を引用します。
(岩波文庫解説文1963年から引用はじめ)
古事記は、8世紀初頭に成立した我が国最古の転籍である。ところが、古事記(序文、または序文も本文も)和銅(711年)成立に疑いを抱き、これを後の偽作であるとする説をなす者がある。それを列挙すると次の通りである。
①賀茂真淵(1697~1769)(宣長宛書簡)
②沼田順義(ぬまたゆきよし1792~1850)(「級長戸風」の端書)
③中沢見明(「古事記論」(1929年))
④筏勲(いかだいさむ「上代日本文学論集」(1955年)
⑤松本雅明(史学雑誌第64編第8、9号)1953年
これらの説は、その論旨や論拠は必ずしも一様ではないが、一応もっともな疑問と思われる点を含んでいる反面、明らかに誤りと認められる点や論拠の薄弱な点も多く、今日これらの偽書説を(学会内で)是認する人はほとんどないといってよい。殊に上代特殊仮名遣からすれば、古事記が奈良時代の初期に成立したことは疑いないところである。但し偽書説が提示した正当と思われる疑義については、これを十分に取り上げて解明する努力が必要であろう。
(以上、引用終わり)伊藤睦月です。以下コメントします。
(1)古事記偽書説には、「序文のみ偽書」、「序文、本文とも偽書」の2パターンがあることに注意。
(2)倉野があげた1700年代から1950年代までの「偽書説」は中沢見明を除き、すべて「序文のみ偽書説」である。
(3)しかし古事記の成立事情や稗田阿礼の存在を示す史料が、「序文」しかないものだから、もし序文が偽書とすれば、本文も偽書である可能性が高くなる。
(4)そうなれば、いわゆる「古事記」研究村(伊藤の造語)が崩壊するため、学会主流は、「序文偽書説論者」も併せて、敵視した。それでも、1950年代はまだ余裕かましている。また倉野校注の岩波文庫は100万部のベストセラーとなり、一般読者にも「本物説」が普及した。
(5)なお、「偽書説」が提示した「正当な疑義」についてはその後、学会主流で検討されたかどうか不明です。
(6)さて、(1)にもどります。
小休止
以上、伊藤睦月筆