【503】捨て置かれている晋書(【409】への返信:その2)について(ちょっと、照れますが・・・)
伊藤睦月です。2054様、素敵なレス、ありがとうございます。私も勉強してみます。
(1) ところで、私のことを、評価していただき、大変恐縮しております。実は、私の投稿の元ネタはすべて、今年4月以降のものです。すでに他の掲示板(医療掲示板)等にも書き始めていますが、入退院騒ぎで、職場を休んでいる間に、守谷健二氏の投稿を見つけ、それを追いかける形で文献を入手し、読み、考え、投稿し、現在に至っております。だから、「精通している」と言われると、正直戸惑います。私は日本古代史に関しては、「ほんのニワカ」です。この分野をライフワークにしている研究者や歴史マニアの方々に申し訳ないです。
(2)そして、多少とも生意気な投稿ができているのは、副島隆彦先生、小室直樹博士、山本七平などの読書体験と、「ユダヤ本」の執筆経験が自分の教養、思考の基礎として、残っているからだと思います。そういう意味では、守谷氏も、2054さんも私の「先達」であると、考えています。(これ本当)
(3)さて、小林恵子氏ですが、以前少し、ディすりましたが、撤回します。小林氏の「古代倭王の正体」や「聖徳太子の真相」を入手し、ざっと流し読みした程度の感想ですが、彼女は、江上波夫の系譜を継ぐ、「忠実な史料読み」だと思います。
(4)魏志倭人伝を、何も改変せずに、すなおにたどっていけば、邪馬台国は奄美大島にしかありえないし、江上説を忠実に追っていけば、歴代の倭王たちは、同時代の「騎馬民族の王たち」に比定(ひてい)せざるを得なくなります。私は小林説を支持するものではありませんが、その学問態度には、敬意をもたざるをえません。
(5)但し、江上は本来は、考古学がホームグランドです。その業績に対し、文化勲章をもらっています。彼の一見、「トンデモ」な見解も、当時の考古学の成果を踏まえた、誠実な思考の帰結だとみるべきでしょう。江上説への賛否は別として。また、後輩とも「ため口」を許す議論を好んだそうで、学会内にも賛否は別として、個人的なファンがかなりいたようです。それがかえって、この学説が生き残った原因の一つかとも思われます。
(6)小林恵子氏は「文献学」つまり「史料読み」が本職のようです。だからなんだと言われそうだが、小林説に接すると、江上説が大変堅実な学説に思えてしまいます。(あくまで個人の感想)
(7)と、ここで、「晋書」について、私の持っている知識を備忘録として記します。ここから私の探求が始まります。
(引用開始)『晋書(しんじょ)』は、帝紀10巻、志20巻、列伝70巻、載記30巻、合計130巻からなり、西晋4代・54年、東晋11代、120年間のほか、載記として5胡16国に関しても記している。
編集の期間は唐の貞観20年(646年)から同22年(648)のわずか3年に倒らず、房玄齢、褚遂良、許敬宗、の3人が監修にあたり、そのほか18人が参画して執筆した。多くの人の手によることで、前後の矛盾や錯誤をはじめ、手落ちも指摘されているが、唐代以前に晋書20余種が消失・散逸しているだけに、貴重な文献である。
しかも、西晋末から北方民族が中原に侵入して戦乱となり、五胡(匈奴、羯、鮮卑、氐、姜)16国につぐ、南朝・北朝の130余年にわたる、対立の時期だけに、その史料的価値は高い。なお、西晋初代の武帝の即位に対する邪馬台国からの遣使を最後に約百五十年間、中国と交流が絶えていたのは、中国の政情にもよったといえよう。
(引用終わり:鳥越憲三郎『倭人・倭国伝全釈 東アジアの中の古代日本』142頁、角川ソフィア文庫2020年、初出2004年中央公論社)
(8) 伊藤睦月です。鳥越憲三郎(1914-2007)は、学会主流かどうかはわかりませんが、岡田英弘博士の「古事記偽書説」や「吉備王国」(『倭国』中公新書)に関する見解は、鳥越の著作に全面的に依拠していることから、無視してよい存在ではないと、考えています。
2054さん、また、切磋琢磨していきましょう。
伊藤睦月拝