子宮ガンワクチンと癌スクリーニング

「もう」 投稿日:2010/12/02 19:13

重たい掲示板で子宮頚ガンワクチンの有用性(危険性?)に疑問を呈する投稿がありました。本掲示板でも「おじいさん先生」がコメントをしておられます。私は泌尿器科の医師で、このワクチンについては殆ど知識がなく、コメントできなかったので、自分なりに調べまた同僚の産婦人科医の意見なども参考に考えをまとめて見ました。

このワクチンは、子宮頸癌の原因とされるヒトパピローマウイルスの一部が感染しないように数年間守ってくれるといわれています。HPV(ヒト・パピローマウイルス)16と18型の感染を防ぐことで、約半分の癌の原因ウイルス型とされるこの二つの型の感染を防ぐ効果で子宮頸癌の発生の何割かを防ぐ事が目的のようです。年3回接種(筋肉注射)で5万円の費用がかかるということで、各市町村は公費の補助を考えているようです。接種対象は「小中学生の女児」で性交渉前でまだウイルスに感染していないことが必要ということです。栃木県では小学6年生の希望者全員に公費で接種する自治体が出たというニュースもありました。

私が自分の子供(娘)にこれを受けさせたいか、と問われたら「否」と答えるでしょう。日本の子宮頸癌の死亡者が年間2,500人位、発生が7,000-8,000人位と言われていますから(学会の発癌統計から)、ある年齢の女子(階級別人口表から計算して)60万人全員に接種して、子宮頸癌の発生を50%抑えたとすると恩恵を受けるのは発生者のうち4,000人、つまり投与者の0.7%に過ぎない事になります。残り99.3%の女性は無駄なワクチン接種を受けることになる上、ワクチン接種をしてもなお0.7%は子宮頸癌を発症する運命にあります。公費負担という観点から考えると、接種に5万円かかるとして300億円かけて4,000人の癌の発症を抑えるというのはあまりに無駄が多くないでしょうか。数多ある癌の種類のうちのたった一種類の中の一人の癌患者発生予防に税金が750万円かかるということですよ。しかもワクチンというからには何らかの副作用が出る可能性もありますし(アジュバントによる不妊の可能性は重金属による妊孕性の実験をラットで実際に行なっていた小生としてはないと考えます)、接種にあたってそれなりに人的医療資源もかかる訳です。私が厚労省の責任者ならば子宮ガンの検診をより充実させて二次的予防である早期発見早期治療の充実を目指します。

海外では既にこのワクチン接種が一般的になりつつある国もあるようで、果たして費用対効果(Cost-Effective Analysis)の面で検証されているのかいくつかの文献を当たって見ました。

Journal of Managed care Pharmacyの2010年16巻217ページにある総説は11個のCEAについての論文をまとめたものですが、これによるとワクチン接種によって若い時から受ける子宮ガンのスクリーニング検査費用が浮くので数千ドルから二十万ドル単位で個人的に節約になる(life year saved或いは医療費だけでなく、病気になった場合に稼ぐことができないことを加算してquality-adjusted life year<QALY>という言い方をしている)から費用対効果が優れている(一応十万ドル以上を優れていると判定)としています。これは私費負担の観点から個人の費用対効果を見ていると思われます。しかしワクチンを接種しても100%癌にならない訳ではないからスクリーニングは受けないといけないはずですし、効果も良い方に仮定して計算している上、医療費も最大で計算しているようで「初めに接種ありき」で計算しているようにしか見えませんでした。このQALYというのはほとんどサギに近いように思えるのですが、生命保険などの保険料計算などに用いられるヒトの値段から考えて病気にならなかった場合の効果に加えようという趣旨のようです(Eur,J,Health Econ.2010,597-598)。

予防医療全盛の時代に病気にならないように金を使わせるために「病気になるよりこんなにお得」みたいな手練手管が発達しつつあるように見えます。

子宮頸癌ワクチン接種の普及について、天地神明に誓って薬剤会社との利害関係がないと言うならば、医療費の費用対効果の効率や安全性について政府自治体は納得の行く分りやすい説明を国民全員にしないといけません。公費負担を税金として払わされる我々が良い面の皮です。

2006年に成立した癌対策基本法は癌の早期発見早期治療(2次的予防)も強調されています。私は健康診断における癌の早期発見を無意味であるとは思いませんが、いくら癌を早期発見して5年生存率が上昇しても癌で死亡する患者が減らないことも事実です(JAMA.Welchらの論文2000年)。それは癌の早期発見が病悩期間がのびるだけの場合(或いは死に結びつかない非臨床的な癌が見つかるだけの場合stage migrationム乳癌のDuctal carcinoma in situや早期前立腺癌)と一つの癌を治癒させても同じ個体が別の癌に次々となる結果である(寿命は延びても結局何らかの癌で死ぬ)と考えます。

ここで癌などの早期発見のスクリーニングにおいて注意しないといけないバイアス(修飾因子)について参考までに示します。

1) Selection bias(健常者ボランティアによるバイアス):スクリーニングを進んで受けようという人達は健康に無頓着な人達よりも基本的には健康的であり、現実の集団よりもサンプルとして病気が少ないという結果が出やすい。

2) Compliance bias:病気の治療に積極的で与えられた薬をきちんと飲む(Complianceが良いと言う)人はそれが偽薬(Placebo)であっても治療効果が出てしまう。

3) Lead time bias:病気が症状が出て明らかになる前に見つかることで病悩期間が延びて生存率が良くなるように見えること。先の乳がんや前立腺癌の例。治療においても例えば日本人は腎癌の肺転移に対してインターフェロンなどのサイトカインが効きやすいと言われていますが、日本は諸外国に比べて転移癌に対する治療開始が明らかに早いのが実情で、単に早めに治療しているから長く薬が効いているように見えるだけだ、という説もある。

4) Length-bias sampling:進行の早い癌は病悩期間が短いからスクリーニングで見つかる率は少ないが、進行の遅い癌は見つかり易いということ。例えば発病から3ヶ月で死亡してしまうような癌は年1回の健康診断が病悩期間の3ヶ月の中になければ病気は発見できないが、10年かかって癌になるような前立腺癌などは何回かの健康診断で必ずどこかで引っ掛かる。

5) Over diagnosis bias:3と4の混合型のようなものですが、例えば死に至る癌に発展するのに50年かかる癌に70歳の老人がなったとしてもその癌で亡くなる確率はほぼ0%に近いことになります。つまり癌の診断は正しくても見つけなくて良い場合(高齢者の早期前立腺癌など)が当てはまります。逆にほぼ自然治癒する新生児の神経芽腫なども見つけなくて良い病気と言えます(日本では意味がないので2003年にスクリーニングが中止になりました)。

医療、医学においてやたらと他国と比較して進んでいるとか遅れているとかの批難がよく行われますが、統計を検討するときにはよほど注意しないとこれらのバイアスを見落として騙されることになります。

以上、子宮頸癌ワクチンについての私見と癌スクリーニングについて述べました。何かの参考になれば幸いです。