副島先生、私の胃袋は、いまだ健在です!(4)嵐の前の静けさ
伊藤睦月です。
(1)私の糖尿病が重症化し、インスリン注射を始めたのが、53歳の秋。さすがに本庁勤務は無理、と観念して、人事当局に、持病をカミングアウト。翌年度から出先事務所勤務を希望し、出先事務所長として転出しました。
(2)自ら希望して本庁を出たということは、自分で自分の出世を断念したと同じこと。遺留なんて当然ありません。私の異動が判明した時の周囲の反応は、最初の1日目はお通夜でしたが、翌日から、もう私は事実上存在していませんでした。
(3)当時の私は、自分の命優先、家族最優先、とにかく定年まで頑張る(居座る)と決め、出世は考えない、という構えでしたが、出先に出て数か月後、用事で、本庁の古巣に行ったとき、見知らぬ新人から「どちら様ですか」と言われたときは苦笑いするしかありませんでした。私に気づいた元同僚たちが慌てていたのがおかしかった。
(3)とにもかくにも、出先事務所を3か所勤め、60歳で定年。65歳までの約束で、公益法人の役員に就任。役員といっても、後年の年金相当をいただくという程度でしたが、それでも定収入があるのはありがたい。定年迎えてまもなく「熟年離婚」して、退職金の大半を献上して、独居生活にはいるという、おまけつきでしたが(大汗)
(4)糖尿病の方は、出先に出て1年後には、ヘモグロビンA1Cが、7台にもどり、インスリン(トレシーバ)の注射をやめ、投薬(メトグルコ、ジャヌビア)治療に移行し、服用量は変わりませんでした。
(5)ほかに60歳になってから、不眠がちになったので、ゾビクロンを処方され、逆流性食道炎の症状が出たので、ランソプラゾールを、63歳ごろから、血圧が130から下がらなくなったので、グラクティブを処方されました。
(6)私の糖尿病の特徴は「合併症の兆候」がないこと。これには、歴代(今3人目)の主治医がみな首をかしげていました。血糖値だけが上昇し、他の合併症関連の数値は、全く正常。血圧だって特別高いわけではありません。「伊藤さん、あんたおかしいよ」と言われてもねえ。そんなに異常がないのが「異常なのか」
(7)そういうわけで、63歳の時から、脳ドック、頸部、腹部エコー検査を年1回することにしました。毎年1回の職場健康診断(一日人間ドッグ)は、いつものとおり。
(8)それでも、血糖値以外の数値、検査所見は「正常」が続いたのですが、65歳を目前にした、昨年12月に、「待望の?」異変が現れました。
小休止。以上、伊藤睦月筆