六城ラヂウムのラヂウム鉱石5kg(浴槽用)とセラミックボール「源き珠」500g2袋を購入した7ヵ月後のホルミシス効果(1)

柳澤 節子 投稿日:2011/12/24 23:39

 会員番号2988の柳澤です。

 『放射能のタブー』に執筆してらっしゃる六城雅敦氏の

 微量の放射線は生命の必須栄養素だ (P112~P125)の内容を体験した結果

 を報告します。

 現在59歳の主婦です。私を含め三人兄弟の弟を両親は一番かわいがっていたため

内科医になった息子を信じて積極的に薬を飲むようになりました。弟は現在地方の

国立病院の院長をしています。両親はいつのまにか薬漬けであらゆる病気をする

ようになり惨めに亡くなっていきました。私が医者嫌いと不信感と恐怖心をもつよ

うになったのは当然です。弟は数学はゲームを解くようで面白かったと言っていた

けれど人に興味がなく、何故医者に?

兄は商社マンで北京駐在所を1970年代初めて開いたグループの一員でした。

美食家で30代前半で痛風をわずらい、とうとうすい臓を摘出する手術を東京女子

医大で受けました。熊の手やつばめの巣等毎日接待でご馳走三昧だったそうです。

そんな身内故反面教師で私は薬アレルギーだったことが幸いして、中学1年の時の

盲腸の手術以来からだがだるくなったため、自分で自律神経失調症と勝手に決め、

医者にかからず食生活とサプリメントで何とか乗り切ってきました。

 子供はいらないと言う言葉を信じて結婚に踏み切ったのに、後継ぎ、後継ぎと

うるさく2年間迷った挙句男女産み分け法で長男を出産しました。

そのために初めて玄米食中心の粗食に食生活を180度変えました。結果からだの

だるさやジンマシンが消えていました。

 全身全霊で出産した長男、母が教育ママだったのでよく兄に勉強を強要している

姿を見てこれも反面教師、よし健脳食で頭のよい子に育てようと母乳はもちろん

でしたが離乳食から玄米と完全無添加、無農薬の食品、甘いものは一切与えない。

又0歳から3歳までの間にグレーン・ドーマン博士のドーマン法、つまり算数に強く

なる子供に育てるために実行しました。

 ロイヤルゼリーを飲み始めたのはこの頃です。元気になるのですが、食の細い

私には空元気が出て結局働きすぎてダウンしてしまうの繰り返しでした。

 幼稚園に通いだした長男が弟がほしいと言い出し、よし又産み分け法で確実と

内心ほくそえんで6歳離れて次男をやっと出産しました。

 この時すでに体力が消耗して母乳は出ず、粉ミルクで育ててしまったため、今で

も軽いアトピーに苦しんでる次男、母乳と粉ミルクではこれほど違います。

 次男にももちろん算数が強くなるようにドーマン法を適当にやった記憶がありま

す。次男の出産後私自身も二人の息子達もほとんど医者にかからず、食生活に気を

つけて育てました。

 これだけ食生活に気を使っていても55歳頃から今年の夏は乗り切れるだろうか、

この冬は大丈夫かしらと、取り越し苦労ばかり。冷え性はますますひどくなり、

とにかく元気になりたいと健康食品には常にアンテナを張っていました。

 六城氏のブログはほとんど読んでいましたし、健康に関する書籍は興味津々、

でも商品を試す気持ちは、、、、でした。

 きっかけは3.11の大震災後の福島に副島先生が六城氏と出かけたときに確か

ラジウム鉱石を抱いて休まれていると言う文章を読んだ時なぜかこれだとひらめい

たのです。お風呂の長湯でのぼせ風邪気味になるので温泉が自分に向いてるとは

今まで一度も考えたことがなかったのです。

5月中旬にラジウム鉱石入りの浴槽に20分漬かって出たときの体験は忘れられませ

ん。今までは長湯でなくても入浴後は疲れがどっと出ていました。

それが、あれ、身体が軽い、入浴する前より元気なんです。

 六ヶ月後位から朝起きてからの倦怠感は完全になくなり、健康の人の身体という

のはこういう状態なんだと初めてわかりました。

 神経質で寝つきが悪く、不眠症でしたがこの六ヶ月源き珠を肌身離さずもち、

寝る時は両肩において休みました。毎晩ぐっすり眠れるようになり、軽い更年期

障害のめまいや頭痛が消えました。

 庭の草取り後の腰痛もなくなり、出かけるときはハイヒールで、冬はブーツ、

かかとが高いのでこの2~3年都内に出かけ帰宅すると身体は疲れるし、膝が

痛くなっていたのですが、膝にしばらく源き珠を当てるだけで痛みが消えます。

 運動も大切ですから20代から水泳、体操教室、ヨガやジム通いもして筋肉の

老化を防いだりしてきましたが、去年11月ジムに一ヶ月通った後体調崩して

約2ヶ月ひどい状態でした。

 
  今新発売のラヂウムスーパーメッシュシート「気傳効」をして、メイルです。

来年すぐに60歳で、こんなに元気になるとは夢にも思いませんでした。

副島先生の御著書に出会い精神的に救われました。

そして 六城ラヂウムで体力的に救われました。

(2)は六城氏のブログで知った千島喜久男博士の千島学説の要点を抜粋します。

その中に私が実行した男女生み分けの原理が詳しく記述してあります。

柳澤節子 拝