伊藤さん体験記の感想
医師のもう(青柳)です。伊藤さんの治療体験記を興味深く拝読しました。病気に関する事を直接診ていない状況で軽々に発言することは本来控えるべきなのですが、医師の忌憚ない意見も聞いてみたいと記しておられることに免じて頂いて医師の立場から感想を述べたいと思います。
先ずは命に係わる状況を宣告されて、真剣に思い悩まれた心情をお察しします。そして結果的に命に係わる「がん」ではなかった事、率直にお喜び申し上げます。医師の立場では毎日このような患者さんに接していながら、自分の事ではない(失礼ながら他人事)として対応してしまうので、どうしても事務的、冷淡という印象を持たれてしまいます。限られた時間で多くの患者さんに接する医師としては、あくまで医学的論理的な思考に終始して全ての患者さんに対応しないと大きな過ちを犯す事を経験的に身に染みて理解しているのでこのような対応になってしまうことを言い訳として申し上げておきます。
詳細に報告していただいた内容を拝見する限りでは、伊藤さんの病状に対して行われた医師達の対応は極めてプロフェッショナルで医学的論理的に適切であったと言う印象を受けます。スキルスの胃がんは画像診断が難しく、胃周囲リンパ節腫大があって、原発が明確でなければまずそれを疑うでしょう。またスキルス胃がんでリンパ節転移があれば余命は厳しい事も医学的には常識です。確定診断として胃とリンパ節の組織検査を行った事も組織診断なしでの治療はあり得ないので医学的に正しいと考えます。リンパ節に癌が見られなかった事、診断に時間がかかった事も病理医とのやり取りや、病理医が誤診がない様、種々の特殊染色を追加して慎重に診断した経過が推察されるので納得が行きます。私もそのようなディスカッションを病理医と良くしていました。
これは進行癌では?と初診時に疑ったけれど結果的にがんではなかった事は私も何人か経験があります。逆にもう助かりそうにない患者さんを初診時に受け持って、最終的に最期までしっかりとお付き合いする結果になることの方が圧倒的に多いので、がんでなかった患者さんを、自信を持ってリリースできるのは医師としては嬉しい瞬間ではあります。
がんを含む病気は個々の患者さんで全て異なります。近藤医師の様に十羽ひとからげに「がんはこうだ!」的な言質で決めつけるのは宗教家が「私を信ずれば全て救われます」と言っているのと同じで臨床家がやることではありません。森永さんについては原発不明癌に免疫治療を行っていて予後がかなり伸びた経過と思いますので、治療としてはうまく行っていた様に思います。私も泌尿器科医として、大学病院では進行癌の患者さんに免疫チェックポイント阻害剤をかなり使いましたが、多発したリンパ節転移が消失して年単位で元気に過ごしている人も複数経験しました。森永さんも書いておられましたが、当分生きながらえる事を神から許されたと考えてより有意義に好きな事をして生きる事が大事かと感想を持ちました。勝手な感想で恐縮です。いくらかでも参考になれば幸いです。