チェルノブイリ膀胱炎は低線量放射線被曝による発癌のモデルとなるか(2)

もう 投稿日:2012/12/10 17:41

みなさんこんにちは「もう」でございます。以前(132)の投稿でチェルノブイリ膀胱炎が低線量放射線被曝による発癌モデルになるかを文献的考察の形で投稿させていただきましたが、先日研究者の一人である日本バイオアッセイ研究センター長、福島昭治氏の講演を聴き、直接ディスカッションする機会がありましたので、その後の経過報告として続報を投稿させていただきます。

まず氏はチェルノブイリ膀胱炎を現在どう捉えているか、つまり低線量被曝から癌に至るモデルとして確立したものと考えるかについてですが、現在の段階では「長期低線量被曝の影響か?」とクエスチョンを付けざるを得ないと自ら話していました。その理由として、1)疫学的調査ではなく、病理組織学的報告である事、2)患者尿中から測定されたセシウム量からは、放射線医学総合研究所からのコメントにあるように、自然界にある放射性カリウムからのβ線放射よりも被曝線量が少ないという意見に反論できないこと、3)検査を行ったのが前立腺肥大症の手術を受けた患者であり、被験者に偏りがある事を上げていました。但し、チェルノブイリ原発事故の結果、何らかの放射能汚染によって体内被曝が起こり、このような組織学的変化が事実として起こったのであろうことは間違いないと確信しているという事でした。

講演後、私が前の投稿で疑問を呈した「チェルノブイリ膀胱炎が全癌状態であるならば、近年増加しているウクライナ地方の膀胱癌患者に腫瘍の近傍に同じ所見が多発しているのでは」という問題については、「膀胱癌患者の癌以外の部分にチェルノブイリ膀胱炎の所見は見られていない」と明確に答えていました。つまり「チェルノブイリ膀胱炎は癌に直線的に進む病変とは言いがたい」という結論になります。また膀胱癌が増えている最近、肥大症など他の患者さんから得られた膀胱粘膜に同膀胱炎所見は殆ど見られなくなっている、という短信がロマネンコ氏から来ているそうです。

福島氏にはもともと原発の賛否などの政治的主張をする目的はなく、チェルノブイリ事故後10年頃に増加していた膀胱粘膜の病変について病理学者であるウクライナのロマネンコ氏(女性)から相談され、十分な研究施設がないウクライナから氏を毎年研究のために福島氏が教授をしていた日本の大学に毎年数ヶ月間招いて一緒に研究をしたことからこの結果が得られたということであり、研究結果についての科学的ディスカッションには極めて率直に応じてくれました。「チェルノブイリ膀胱炎が組織学的所見として現在の膀胱癌増加に結びついていない」という結論など私が少々あっけに取られる位あっさりと話してくれました。

他の医師からの質問で、「今後日本の被災地域でチェルノブイリ膀胱炎が増加すると思われるか。」という問題については、氏は「明確な予測はできないが、そのような変化が出現しないかは今後10年くらい注意深く見てゆく必要がある。」という答えでした。しかし日本にも居住してウクライナとの社会環境の違いを良く理解しているロマネンコ氏の意見として「福島の事故後、日本は水や食料の放射能汚染の管理が当時のウクライナに比べて格段にしっかりしているから、ウクライナと同じレベルの体内被曝を一般の国民が受けることは考えられず、チェルノブイリ膀胱炎は起こらないのではないか。」という答えでした。現在ウクライナでは体内被曝は既に減少しており、チェルノブイリ膀胱炎はもう起こっていないという事とも符合することです。

ウクライナ地区で80年代に10万人あたりの膀胱癌罹患率が20人代だったものが2005年に50人代に増加したというのは他地域(日本は10人位、東ロシアのアルハンゲリスクで13人位)と比べて明らかに多いと言えます。ただ80年代の時点で日本などより倍の数値であったことは、もともと膀胱癌が多い地域であった可能性もあります。膀胱癌の発癌リスクに喫煙があることは明確ですが、では喫煙者の膀胱粘膜には前癌病変や炎症が出やすいか(上皮内癌など)というと必ずしもそうとは限りません。チェルノブイリ膀胱炎は、事故後に高濃度の体内被曝を受けた人(生物学的体内半減期はセシウムの場合3ヶ月くらいなので論文の調査の時には既に低濃度になっていたと思われる)が、セシウムなどを含む核汚染物質(測定していない物も沢山ある)が尿で濃縮され、膀胱粘膜に対する長期の酸化ストレス(分子生物学的検討から)となった結果起こった組織変化であって、直接発癌へのトリガーにはなっていないが、暴露後20年くらいして統計的に増加してくる癌患者と何らかの関係(発癌が増加した核汚染地域と罹患率が一致するなど)があるのではないかというのが現在の研究者らの見解と思われます。

私も現在明らかになっている科学的エビデンスからはこのような結論が妥当ではないかと思いました。