Re : エミー・ネーター

宮林謙吉 投稿日:2020/05/07 11:24

ネーターの定理、すなわち「対称性があるとき、保存する量が出現する」という知見は、現在の物理学の理論体系を構築する過程のあらゆる場面で指導原理になっていると言っても過言ではありません。
昨日と今日で、運動方程式の立て方や解き方が変わることはありません。これは時間の原点t=0をいつにしても自然界の法則は不変であるということです。逆に言うと、時間の原点t=0をいつと決めるかは、方程式を立てる、あるいは観測や実験を行なってデータ収集をする人間の側の都合であって、自然の法則はそうした人間の都合によって変化するものではない、と言う世界観の現れと見ることができます。時間の原点t=0をずらしても物理法則が変化しないことを、時間の並進について対称性がある、と言います。この時間の並進についての対称性と結びついているのがエネルギー保存則です。
ネーターの定理によって、物理学の世界では、ある量が保存するとき、「実験で確かめる限り成り立っているから受け入れる」と言う知見のスタイルから、「背後にある対称性やその対称性に意味をもたらす自然観と結びつけて考え、それが自然なことか不自然なことかを論じる」と言うスタイルへの変化が起きたことは間違いありません。ノーベル物理学賞を受けたグラショウ、サラム、ワインバーグ、グロス、ウイルチェック、ポリッツアー、南部、小林、益川のいずれの仕事も、ネーターの定理を通して対称性や保存則に注意を払うことなしに成し遂げることはできなかったでしょう。