実は勝ったのは日本だ

相田英男 投稿日:2019/01/19 19:53

相田英男です。

日立が英国で計画を進めていた、原発の建設を取りやめて、三千億円の損失を計上すると、経営陣が会見で語ったという。私が以前に出した本の中で、日立は原発を必ず作るだろうと断言したが、私の予想は外れた。

しかし今回の原発建設の中止の、本当の意味は、日本の原子力村の敗北や打撃では無いと、私は考える。

今回の、英国での原発中止の発表は、日立の、いや、日本の全部の重電機メーカーの − ただし東芝だけ除く − 勝利宣言である。

一体、何に対しての勝利なのか?

それは決まっているではないか。アメリカへの、ゼネラルエレクトリック(GE)に対しての、高らかな勝利宣言である。かつての太平洋戦争では日本は大負けしたが、重電機技術の競争では、遂にアメリカを打ち破った、という事だ。

ただし、圧倒的な派手な勝利ではなかった。ベトナム戦争で、B52爆撃機から大量の爆弾を落とされながらも、ベトコンが竹槍でアメリカ軍を敗走させたような、壮絶な、長いゲリラ戦だった。犠牲も多かった。東芝はボロボロになって一流メーカーから転落した。その前に、GEの設計基準に従ったまま、安全対策を疎かにした福島第一原発は、震災でメルトダウンした。それでも、最後の、この土壇場になって、GEの方があっけなく自壊してしまった。そして、今回の勝利宣言に至ったのだ。

表では失望した表情で記者会見するものの、裏では、日立と三菱の上層部役員達は、それぞれか、はたまた一緒にか、祝杯を交わしながら歓声を、遠慮がちではあろうが、あげている筈だ。東芝の幹部達とそのOBだけは、苦虫を噛み潰しているだろう。「ああ、俺たちは、やっぱりGEに、騙されて終わったんだ」と。

一連のニュースでは全くコメントされないが、今回の英国での原発建設事業は、日立とGEとの合弁会社で進められている。英語表記では “GE−Hitachi Nuclear Energy”と、呼ばれており、GEの方が日立よりも先に来る。海外のネームバリューは、日立よりもGEの方が、当然ながら上だ。だから今回の建設中止は、GEの国際プロジェクトの破綻の一つでもある。

このプロジェクトが持ち上がった時には、イメルトCEOの時代で、まだまだGEの力は強かった。リーマン危機で損失も出したが、GEはまだ金を相当に持っていた。それで、米国側はベクテルが、日本側は日揮がプラント建設を請け負うことで、計画が進んでいた。しかし、昨年になりGEが3兆円もの巨額の赤字を計上し、GEの株価は一気に下落した。GEの金が期待できなくなったベクテルは、真っ先にプロジェクトから足抜けした。

以前の日立ならば、GEに遠慮して、中止の決断を自ら言い出せなかっただろう。しかし、情勢は大きく変わったのだ。日立はGEの目を気にすることなく、経済的合理性のみを考慮して、建設中止を決めた。日本の重電メーカーが、遂にアメリカの束縛を気にせずに、自由に事業の決断が出来る時代になったのだ。

今となっては原発の建設よりも、GEの崩壊の方が日本のメーカーには重要事項だ。これからは、GEの影響の無い新たなスキームでの事業展開を、早急に構築しなかればならない。具体的には、中国メーカーとの対応方法が重要だ。日本が原発の輸出をやめても、中国とロシアはドンドン原発を外国に売る。日本の左翼は「原発を輸出するな」と怒るのだが、何と、共産主義を掲げる2大超大国が、日本の代わりに原発を作り続ける、皮肉な状況になる。日本では原発全部をパッケージで作る事は出来なくとも、大型の蒸気タービンや、高精度の部品や、日本製鋼所の圧力容器等は、これからも必要とされるだろう。

BWR型軽水炉など、東芝も日立も、本当は作りたくなかったのだ。アメリカ様から脅されて、渋々作り始めた原発だった。戦後の平和憲法と同じような、アメリカからの「押し付け原発」だ。これを機に日本は、BWR の建設からきっぱり足を洗って、GEのしがらみを断ち切れる。なんともありがたいことである。

日本がGEに勝てたのは、発電用ガスタービンの開発競争で、三菱重工が一歩も引かなかった事が大きい。三菱にガスタービンの開発をやらせたのは、東北電力だった。東北電力はガスタービンの技術を、GEに全て握られるのは危険だと考えて、三菱を応援した。それで、三菱が最初に開発した高性能ガスタービン(G型)を、東北電力は新潟の発電所に、世界で初めて導入した。東京電力は別にGEのガスタービンだけでいいじゃん、というスタンスだった。東京電力が富津の火力発電所で、GEのH型ガスタービンを動かしたのは、新潟の後だった。

東北電力のアシストで勢いを得た三菱重工は、GEのH型ガスタービンを超える性能の、J型ガスタービンの実用化に成功した。焦ったGEは、同等性能のHA(アドバンスドH型)ガスタービンを、三菱に遅れて製品化する。しかし、その頼りとするHA型ガスタービンが、ブレードのトラブルにより、世界中のプラントで次々と運転停止に追い込まれているのは、周知の事実だ。HA型ガスタービンには欠陥がある。慢心したGEが技術開発を怠ったツケが巡ってきたのだ。日本のメーカーと電力会社の連携が、GEを打ち倒したといえる。

しかし、勝ったからとはいえ、あからさまに喜びを見せないところが肝心だ。調子に乗ると、アメリカがすぐに叩きに来る。当面は死んだふり作戦でやり過ごすのだ。「いやあ、うちも三千億円も赤字で大変なんです」とか、「MRJが、なかなか売れませんでねえ」とか、記者会見の度に、しかめ面しながら謝り続ければよい。いずれGEはもっと崩れる。東芝も、GEがこれから切り離す事業を、安値買いできる機会をじっくりと見極めることだ。

流れは完全に変わったのだ。

相田英男 拝