歴史から学ぼうとは誰も思わんよな(自戒を込めて言う)

相田英男 投稿日:2023/01/24 22:59

相田です。

以下に引用する文章の筆者は、原発を積極推進する体制派の技術評論家として、広く知られている。しかし引用文は、筆者の本業の原子力の評論ではない。筆者は東工大の先生なのだが、東工大と東京医科歯科大が合併する件について、考えを述べている。読んでいて私は思う処があった。申し訳ないが、全文引用させてもらう。

引用文には、「英語のサイエンス(science)の原語は、ギリシャ語のscientica で、知識の意味である。(中略)さらに広義には、体系化された知識(knowledge)の集まり全体を意味する。」と、ある。副島先生の読者には自明であるが、この内容は、副島先生が30年以上前から言っている「サイエンスとは学問のことである」の説明と、全く同じである。我々には「今さらなに言ってんの」という感じである。

筆者が文中で、坂田昌一を出して来たのも意外だった。筆者と同窓の京大出身とはいえ、坂田は、筆者達(私も含むのだが)の原子力推進派が忌み嫌う、左翼科学者の筆頭だ。赤色物理学のリーダーそのものだ。最も偉大な共産党員の自然科学者が、坂田だ。筆者は、その坂田を持ち出して、肯定的に持ち上げている。

以前に筆者は、旧日本原子力研究所の化学研究者で、共産党の活動家でもあった中島篤之介(なかじまとくのすけ、公安調査庁がマークしていた重要人物)の名を引用して、「彼ら左翼系活動家のせいで、原子力が推進できない」と批判していた。それを思い返すと、この筆者の文章は、私にはなかなか趣き深い内容である。

坂田、中島共に、かつては日本学術会議の議員であった。共に、学術会議員としての積極的な活動でも知られる。学術会議に関しては、先の菅総理時代の騒動の際には、保守派の論客は総じて、「左翼の巣窟となっている学術会議など即刻廃止せよ」と、息巻いていた。保守派の一人である筆者も、「学術会議など潰してしまえ」と、明言したかどうかは、私には不明だ。が、学術会議を擁護する姿勢では無かった、と、記憶する。

学術会議については、そもそもが、誰もが知らない、もしくは、忘れてしまった事実がある。戦後に日本学術会議が成立する過程で、積極的に設立を推進したのは、左翼ではなく、茅誠司、嵯峨根遼吉、兼重勘九郎などの、東大の体制派の科学者達だったのだ。戦前・戦中に軍部主導で推進された科学(技術)研究のあり方には、数々の問題があった。それが要因のひとつとなり、日本は戦争に負けた。東大の学者達は、皆そのように認識していた。なので、科学者自身の意向に沿った学術行政を行う場として、東大の学者達は、日本学術会議を作ったのだ。ケリーという、アメリカ人物理学者の後押しがあったにせよ、だ。

しかし、学者達自身の直接選挙による会員の選出という、「民主的」なルールが適用された結果、立ち上げに尽力した東大の学者の多くが落選し、左翼学者ばかりが当選する、皮肉な事態となった。そして、今に至っている。その事実を私は否定はしない。

さて、筆者は引用文の中で、文科省の方針が歪んでおり、勤務先の東工大が妙な名称に変わることを嘆いている。しかし、このような科学行政の歪みを正すための場とは、どのような組織であろうか?それこそが、日本学術会議に期待された、重要な役割ではなかったのだろうか?

先の学術会議の会員排除問題では、「政府の方針に逆らう左翼学者共はケシカラン」と、保守派は騒ぎ立てた。そのような風潮が続く結果、政府に従順な、日和見的な学者ばかりが重用される事態になったのではないのか?自身の論文数や給料の心配に汲々となり、「科学者の社会的役割」などについて、眼中にない学者ばかりが残ったのではないのか?

一般庶民に親しみ易い、軽い名前の大学で、何が問題だと言うのか?受験生が増えさえすれば、それで十分であろう。軽い名前の方が「政府にウケが良い」と、大学の幹部達が会議を重ねた末に出した結論だ。これこそが「最早、学術会議などは必要ない」と吹聴する、保守派連中の望んだ世の中だ。甘んじて受け入れるべきだろう。

遡ること80年前に、当時の科学者達は筆者と全く同じことを嘆いていた。それを正すために、学術会議は作られたのだ。その「本来の理念」から、皆が目をそらし続けるから、問題が解決しないのではないか?全く同じ様相が、繰り返して現れることに、何故気付かないのか?別に、科学者達だけの問題では無いのだが。

なので私は、歴史を学ぶことに価値がある、と、強く思う。しかし、「日本の科学が自然死する」などと、見当違いのボケた発言を振りまく「歴史学者」が、賞賛されてはびこっている。そんな世の中では、問題の解決からはホド遠い、と、私も嘆く。

(引用始め)

東工大と東京医科歯科大の統合:新名称「東京科学大」に思う
澤田 哲生
2023.01.21 06:40

キマイラ大学
もしかすると、そういう名称になるかもしれない。しかし、それだけはやめといたほうが良いと思ってきた。東京科学大学のことである。東京工業医科歯科大学の方が、よほどマシではないか。

そもそもが生い立ちの異なる大学を、無理やり繋ぎ合わせたキマイラなのであるから、キマイラらしく"工業"と"医科・歯科"を素直に接合したほうがマシだろう。キマイラとは、古代ギリシャ神話に登場する合成生物である。例えば、頭部はライオン、胴部は山羊、後尾は蛇というようなものである。"工業"と"医科・歯科"を併せて科学と称することで、却って矮小化したように感じる。

工業には、細分化された知を集約・統合して、実践的ものづくりによって人々のより良い生活に資するという、崇高な精神がある。医は、ヒトという小宇宙を相手に統合された知がなければ、成り立たない。しかるに"科学"とは単なる分科の学問にすぎない。科学という語彙は、西洋由来の概念であるscienceのとんでもない誤訳なのである。

科学とScience
まず日本語の"科学"は、分科の学問または科挙の学問の意味である。明治にサイエンス(science)という英語に出会った西周(江戸時代後期から明治時代初期の啓蒙思想家)が、これを"科学"と訳してしまったのである。もう取り返しはつかない。短慮という他ない。蒙を啓くべき思想家にあって、実に蒙昧たるべしという他ない。科学=分科の学問とscienceの間には致命的な違いがあるのである。

英語のサイエンス(science)の原語は、ギリシャ語のscientica で、知識の意味である。サイエンスは狭義には、観察や実験によって確かめられた事実であり、検証や追試が可能な自然科学を指すが、それを広げて、科学的方法論に基づいて得られたあらゆる知識を指す。そして、さらに広義には、体系化された知識(knowledge)の集まり全体を意味する。

つまりscienceにおいては、分科の学問を構成する○○科と□□科の境界領域にあって、相互を関係付けている何物かが、より重要な意味を持ってくる――それこそが、この宇宙の根本的な仕組みである、と言って良い。

科学は分科の学問であるから、専門知識を極めることを重視するが、専門知識間の関係性にはマインドが及ばない。当然ながら「理科」も「文科」も、ともにサイエンスの一部分に過ぎないが、本来両者は相補的関係をもって、知識間の関係性にもっと心血をそそぐべきであろう。しかし、「科学」と表意した途端に、そのマインドが致命的に欠落して行ってしまうのである。

明治の頃に『学問のすすめ』という書も出たが、これは分科の学問のすすめのことをいう。つまり、分化された分野に精通した専門家という人材が、当時は必要だったのである。いわゆる専門性を極めることが、善であったのである。近代化を急いだ当時の国情が、背景にあった。

専門バカ
私は約30年前、ドイツから帰国して東工大に職を得たが、当時の部門の長に「専門性を極めろ、さもなければ将来(職のステップアップ)はない」と、諭された。その時大いに違和感を感じた。大学の意義は、専門性を極めることはもちろんだが、むしろその統合がもっと重要なのではないか。オレに専門バカになれというのか・・・と。

2011年の東日本大震災・福島第一原子力発電所事故以降、私はTV新聞WEBなどのメディアに頻出してきた。その都度「専門は何ですか?」と聞かれる。「単なる専門家じゃあないんだけどなあ、そんなに狭い専門分野に閉じ込めたいのぉ?」と内心思いながらも、「原子核工学にでもし、といてください」と答えることにしてきた。

科学帝国主義時代
科学者といえば、まずは物理学者という時代があった。日本でいえば、日本人ノーベル賞第一号(物理学賞)の湯川秀樹。世界でいえば、アルバート・アインシュタイン。当時は万事が物理で解明されるべし、という幻想があった。

そのような風潮をして、哲学者オルテガは「物理帝国主義」と、1923年の彼の哲学講義の中で批判した。昨今の若者は、湯川秀樹といってもピンとこないらしいが、アインシュタインはお笑い芸人の名称でもあるので、その名前ぐらいは知れ渡っているのだろう。

湯川の愛弟子である坂田昌一は、仲間の一団と訪中し毛沢東に謁見した際に、「毛沢東主義(共産主義のひとつ)の理論的正当性は、素粒子物理学によって証明されるでしょう」と息巻いたという説がある――その真偽のほどは定かではないが、弁証法に精通していた坂田らしいエピソードだと思う。

近頃大学の文系の学問分野は、あまり役に立っていないのではないか――今後GX時代に向けて、IT人材が大いに不足するので、大学の文系を"理転"すべし、というような馬鹿げた論調が、政府筋から発信されるようになってきていた。

そしてついに先だって、『文部科学省は、デジタルや脱炭素など成長分野の人材を育成する理工農系の学部を増やすため、私立大と公立大を対象に約250学部の新設や理系への学部転換を支援する方針を固めた。今年度創設した3000億円の基金を活用し、今後10年かけ、文系学部の多い私大を理系に学部再編するよう促す構想だ』(読売新聞)と報じられた。気でも狂ったのか!?

これって、科学帝国主義時代の幕開け? 科学専門バカを量産するのか・・。東京科学大学がその急先鋒にならないことを、願うばかりである。

1970年に没した坂田昌一は、当時の明治生まれの知識人らしく、いわゆる文・理に精通していたので、以下の名言を遺している。

「イノベーションは必ず学問の境界領域で起こります」「創造の領域は境界にあることは間違いありません」

もって瞑すべし。東京科学大学は東京境界領域大学としたほうが、日本のみならず、世界の将来に貢献できるのではないか。

(引用終わり)

相田英男 拝