原発を再稼働させないのは反対派ではない

相田英男 投稿日:2019/01/25 12:26

相田です。

日立の原発建設中断の発表と同時期に、経団連の中西会長の原発再稼働を訴える発言が、ニュースに出ていた。日立の現会長でもある中西氏は、今回の英国原発の建設を強引に進めた張本人として、評論家から叩かれている。それ以外にも、大学生の就活ルールを撤廃しろとか、経団連会長の部屋で初めてパソコンを使った、とかの、ユニークなネタを色々と提供する人物である。しかし、これくらい間抜けっぽく見える人物がトップにいる方が、海外の経済ヤクザ集団も油断して、日本への厳しい攻撃が和らぐのでは、とも思える。

(引用始め)

「原子力を人類のために」経団連会長、原発再稼働を訴え
朝日新聞デジタル、2019年1月16日13時32

経団連の中西宏明会長(日立製作所会長)は15日、原発の再稼働が進まない状況について、「私はどんどん進めるべきだと思っている。原子力というエネルギーを人類のために使うべきだ」との見解を示した。そのうえで「原子力に関する議論が不足している」と述べ、政界や学界などを巻き込んだ討論会の開催を訴えた。

同日の定例会見で記者の質問に答えた。中西会長は「安全性の議論を尽くした原発も多いが、自治体が同意しないので動かせない。次のステップにどうやって進めるのか。電力会社だけの責任では済まされない」と語った。

エネルギーのあり方について中西会長は「長期的にみた場合、再生可能エネルギーでまかなえるとは思っていない。現在、電力源の8割を化石燃料に頼っていることも問題だ」と訴えた。新増設についても「私の世代はいいが、次の世代では原発がなくなってしまう。そのとき日本の電力事情がどうなるのか。大変危ない橋を渡っている」と述べた。

(引用終わり)

さて、日立は原発を作る会社なので、中西氏が原発再稼働を訴えるのは、立場としてはおかしな話では無い。しかし、中西氏の上の発言には、ひとつだけ大きな事実の誤認があると、私には思える。中西氏はコンピュータ事業の担当だったらしいので、重電部門の状況にはあまり詳しくないようだ。

(引用始め)

中西会長は「安全性の議論を尽くした原発も多いが、自治体が同意しないので動かせない。次のステップにどうやって進めるのか。電力会社だけの責任では済まされない」と語った。

(引用終わり)

現在停止している日本の原発が動かせないのは、地元の自治体が反対しているから、というのが中西氏の主張である。原発反対派の琴線に触れる微妙な発言だ。しかし本当は違う、と私は最近思うようになった。

私は福島原発事故の後で、日本で原子力技術が導入される歴史について、多くの資料を読みながら紐解いている。その結果の一部をまとめて、一昨年に出した東芝本の後半に入れた。その過程で、まだ納得出来ない事も多いのだが、頭の中に浮かんだ仮説が一つある。

今の日本で、原発が再稼働できない大きな理由は、原発の地元の自治体や、一般市民による反対運動では無い。原発再稼働に反対するのは、実は日本政府である。具体的には、経済産業省の役人達が、原発の再稼働に密かに強く反対してるのだ、と、私は考えている。

私の考えは、一般のニュースや評論家達の主張と真逆である。他の方の主張では、安倍総理を影で支える経済産業省の役人達は、原発再稼働と外国への原発の輸出を、国策として推進している。それが上手くゆかずに、東芝は破綻し、東京電力の幹部達は裁判にかけられ、日立の英国での原発建設は中断の憂き目にあった。この一連のストーリーが、繰り返し述べられる。

しかし、その話は事実ではない。フェイクである。

経済産業省の役人達は、本当は、原発の再稼働を出来るだけやりたくないのだ。何故なら、それが彼らに、大きな利益をもたらすからだ。

そもそも、経済産業省とは、日本の経済活動が活発になり、国民全体が豊かになる事を目指すための組織であろう。しかし、彼らは実際には、そのための努力を全く怠っている。

今の日本では、原発が動いた方が、電力が安定供給され、電力会社の抱える負債は低下する。結果、電気料金は値下がりし、市民の生活は楽になるのは明白だ。工場が使う電気代も下がるので、いい事尽くめである。でも、現状では国民に原発の安全性について、納得してもらえない、というのが、通説だ。

でも、納得させたいならば、単純に、国民に対して繰り返し説明をすれば良いではないか。説明すべき主なものは、次の三点だろう。

①原発を安全に動かせるか
②福島事故で放出された放射線の生活への影響(要するに、年間100mSv以下の低線量放射線の被曝により、癌になり得るのか)
③放射性廃棄物(核のゴミ)の保管と処理の方法

この三点は全て、専門的には大きな問題は無いと、説明出来る筈だ。色々と批判もあろうが、大学の専門家達に声を掛けて、繰り返し説明する場を作るべきでは無いだろうか。既にリタイアされているが、湯川秀樹の後期の弟子である、元物理学会会長の坂東昌子氏のように、原子力業界に好意的な学者も数多くいる。専門家として理詰めに考えると、原発反対派の主張には、おかしな事が沢山ある。専門家の誰もが、武田邦彦のような、売名が目的のインチキ学者ばかりではない。彼ら(彼女ら)の、真当な専門家達の意見を集める努力を、経済産業省はすべきであろう。役人達が原発の再稼働を本当に望むのであれば。

しかし、役人達は、国民を説得しようとする努力を何もしない。私は、これは、何らかの目的を持った、意図的な役人達のサボタージュだと思っている。

話が長くなるので、結論を書く。

経済産業省の役人達の目的は、電力会社が持っている、発電、送電事業の主導権を奪うことにある。原発の殆どが再稼働できない今の状況では、電力会社には大きな赤字が積み上がって行く。この動きを役人達は、意図的に加速させている。

最終的には役人達は、「電力自由化」の美しい掛け声の下で、発電、送電共に、今の電力会社とは別の、数十の新しい民間企業に細かく分散させるつもりだろう。アメリカやイギリスのように。そうすると、当然ながら、今よりも停電が頻繁するようになる。そのため、多数の企業間を規制、調整するための、新しいルールが必要となる。天下りの為の、新たな調整組織も多数作られるだろう。役人達が口出しする機会が、当然ながら、今よりも増す事になる。

現在の国内九電力会社を潰してその利権を奪う、そのためのレバレッジとして、原発の再稼働を意図的に遅らせている、と私は考えている。福島事故の責任の全てを電力会社に被せて、その隙に全てを奪うつもりなのだ。流石は東大卒のエリート達が考える作戦だ。あまりにもスマート、かつ、悪どすぎるやり口である。

本当は、今の国内の九電力会社と経済産業省(旧通産省)は、物凄く仲が悪いのだ。電力会社は、政府に可能な限り口出ししないで欲しいと、強く望んでいる。だから原発導入時に電力会社は、政府が主導する国産原発技術の開発を断って、アメリカからの軽水炉の導入を進めたのだ、という事に、ようやく私は気づいた処である。

経済産業省と電力会社の仲が悪いと明言した資料は、殆どない。しかし私はこの事を、森一久(もりかずひさ)という人物の、インタビューの発言から気づいた。森一久は、京都大学の湯川秀樹の弟子であり、卒業後に出版社に勤めたのちに、原子力産業会議(原産)という組織の重鎮として活動した。原産とは原子力開発をPRするために、正力松太郎初代原子力委員長が作った、体制側のプロパガンダ組織である。森は体制側の人物であるが、湯川仕込みの、真っ当な理科系の技術センスを持っていたため、原子力開発の経緯について、批判的な意見を数多く残している。

森の残したコメントの中で、戦後の電力会社には「国管アレルギー」の雰囲気が強く残っていた、という内容が、繰り返し出てくる。「国管アレルギー」とは、電力会社が政府に色々と口出しされたくない、介入されたくない、という拒否反応である。このような雰囲気が、戦後の電力会社と政府の間に強く存在し、原子力事業にも影響した、と森は語っている。

日本の電力産業の歴史については、数多くの文献がある。明治以降に外国の技術を受け入れて、百社を超える売電会社が国内に作られた。しかし、日中戦争が勃発し翼賛体制が強まる中で、電力会社は政府により日本発送電という一社に、強引に集約されてしまう。戦後になり、松永安左エ門(まつながやすざえもん)の活躍などで、地域ごとの9つに分割された体制が作られて今に至る。戦後の電力会社には、国により強引に体制を引き回された記憶が、強烈に残っており、国の事業への介入を可能な限り拒絶したい、と内心で思い続けているのだという。これが「国管アレルギー」の概要だ。

私は「国管アレルギー」という言葉を見た時、その意味がよくわからなかった。しかし、森の話を繰り返し読むことで気づいたのが、要するに、電力会社は政府を非常に嫌っており、お互いの仲が悪い、という事だった。森によると、「国管アレルギー」とは当時の「雰囲気」であり、関係者達はお互いを嫌いだ、などという発言など、当然ながら全くしていない。しかし、そのような「雰囲気」は確かにあったのであり、私は記録として残すべきと思う、と語っている。

森一久の残した記録の中で、「国管アレルギー」は最も重要な内容だと私は考える。この考えに従うと、今の原子力の状況が、良く理解出来る。経済産業省の役人達には、電力会社から発電事業の主導権を奪う事が、半世紀以上の時間を経て引き継がれた組織の悲願なのだ。原発が再稼働できない今の状況は、組織の悲願を達成するための絶好のチャンスである。そのため、電力会社の力が衰えるのを、彼らは、ただ傍観しているのだ。

原発が停止したことで、日本は化石燃料を海外から、年間3兆円くらい買わざるを得ないという。年間3兆円のムダ金がただ飛んで行くのを、経済産業省の連中は傍観している。3兆円の損失よりも、自分達の組織の悲願が成就する事が、経済産業省には優先らしい。

経済産業省とは、一体何のための役所であるのか?胸に手を当てて考えてみれば良い。

相田英男 拝

追伸

森一久のインタビューは、私の尊敬するフェレイラ氏という技術者の方のブログで取り上げられ、初めて知った。興味ある方は御参照されたい。
ferreira.exblog.jp