[957]福島ツアーに行って思考したこと

加地龍太 投稿日:2012/05/09 22:15

会員番号7416番 加地龍太(かじ りょうた)です。
少し遅くなりましたが、福島難民キャンプツアーに参加して思考したことを記載します。

私は4月28日、29日、30日の3日間「福島難民キャンプツアー」に参加した。私は金銭のない学生ゆえ、寝袋持参組として都路の福島復興活動本部に泊まった。
私は、放射線量が高いという理由で住人が去って行った町々を見た。
磐城(いわき)、南相馬、飯舘、浪江などの現状をこの眼で見た。

バスツアー中、ガイガーカウンターを使って放射線量を測定したが、いずれも0.5マイクロシーベルト~0.8マイクロシーベルトくらいの微量の放射線しか出回っていなかった。
最も高い数値でも1.2マイクロシーベルトほどであり、その数値の周辺を上下するばかりであった。1.2マイクロシーベルト/時の放射線を1年間浴びた場合に身体が浴びる放射線の総量は10’512’000マイクロシーベルト/年である。これは人体には悪影響を及ぼさないようである。
人間は、1シーベルト/時までなら身体に悪影響は出ないということが過去のデータで示されているようだ。

しかし、ショック・ドクトリン(恐怖による国民洗脳・煽動)によって福島の放射線に対する恐怖を脳髄に植え付けられた人々は、福島の真実に目を向けずに体制側の煽動に乗せられている。
私は、知り合いたちに福島で撮って来た写真を見せながら、津波で壊滅した町の現状を語った。放射線は人体に悪影響を及ぼさない量しか出回っていないのだが、放射能コワイコワイ派の学者たちとマスコミが作り上げた社会の
ニューマは「福島にはなるべく近寄らず、関わらず」である。

聡明な人々は、アメリカの環境マフィア(ジョン・ホルドレンなど)の存在や、ショック・ドクトリンという権力者側の謀略、IAEAによる実質上の占領行為、などの話を客観的に理解する反応を示す。
念仏授業が大好きな人々は最初から関心を示さないことが判り切っているゆえ、私は話していない。

副島隆彦先生と私とで撮影させていただいた写真を知り合いたちに見せたら、「もの凄く厳格そうな人。」「まさに先生、という感じがする。」「侵し難い貫禄を感じる。」などの感想だった。
私は知り合いたちに「副島先生は、世界次元での諸真実を知り抜いた上での本物の日本の愛国者だと思っている。」と言った。

福島の状態は、この先 5年、10年、15年と殆ど何も変わらずに真実はうやむやにされてゆくのかもしれない。だが、今回の原発事故からの一連の流れを見て、体制側が行う政治的謀略の手口の一部を実感を持って知れたことは、将来的に自分の頭脳の財産になると思えば、いたずらに落胆するよりもマシな対処であろうと考える。

「俺は落胆する前に、次の策を考えるほうの人間だ。」と坂本龍馬は言ったという。
私は、司馬史観によって謀略的に作られた幕末史観の主人公である司馬竜馬と坂本龍馬は割り切って考えることにしているが、グレート・ゲームを観点に入れても龍馬は私の英雄である。
「竜馬がゆく」のような爽やかで清々しい流れで現実の世界が動いてゆく訳はない。坂本龍馬もあのような清々しい性格ではなく、実際は右翼的な人間であったのではないかと思う。
武力倒幕路線(これが後に戊辰戦争となる)という大英帝国の世界戦略に龍馬が刃向かった理由は、愛国心によるものだけではないということも判る。
龍馬は海援隊を経営していた実業家である。海援隊の実益を薩摩と長州に取られたくない、という理由でイギリスに刃向かったという理解の方がより現実的であり、人間的である。

もし龍馬が薩摩か長州の生まれであったならば、イギリスの世界戦略に沿い
、後の世でジャーディン・マセソン商会の系列の貿易会社「世界の海援隊」
の隊長として権力者になっていたかもしれない。
尤も、世界を経営する世界権力者の家来としての権力者だが。
こう考えると、孫正義氏の姿が頭を過ぎるのは私だけではないと思われるが、どうなのだろう。

最後の方は福島とは何の関係もない内容になってしまいましたが、これにて終わりです。

加地 龍太 拝