[885]食品に含まれる放射性セシウムの新たな基準値
会員の大川です。食品に含まれる放射性セシウムについて、厚生労働省は、現在の暫定規制値をより厳しい基準値(低い数値)に変更し、今年4月から適用する方針を示しました(一部経過措置あり)。昨年12月に薬事・食品衛生審議会の担当部会で審議され、ここで出された案が放射線審議会で審議されています。これらと並行して、厚生労働省はパブリックコメントを募集しました。(2月4日募集締切)
私は2週間前に福島の農業関係者から、「政府はなぜ、規制値を500ベクレル/kgから100ベクレル/kgに変更するのか。農家は500ベクレル以下を目指して頑張ってきたのに、これではいつまでたっても福島の農産物は安全なものにならない。」という話を聞きました。何のことだろうと思って放射線審議会の議事録を調べてみると、委員から新基準値に対する反対意見や疑問が噴出していることがわかりました。
平成24年2月2日開催の放射線審議会の議事録
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/gijiroku/1316571.htm
パブリックコメント: 乳及び乳製品の成分規格等に関する省令の一部を改正する省令及び食品、添加物等の規格基準の一部を改正する件(食品中の放射性物質に係る基準値の設定)(案)等に関する御意見の募集について
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495110333&Mode=1
放射性セシウムの新たな基準値(案)を要約すると、次のようになります。(左側は現在の暫定規制値)
飲料水(ミネラルウォーターなど) 200→10ベクレル/kg
牛乳 200→50ベクレル/kg
乳児用食品(*新たなカテゴリー) 50ベクレル/kg
一般食品(上記以外) 500→100ベクレル/kg
なぜこれほど低い数値になるかと言うと、食品から摂取する被ばく量上限を5mSv/年から1mSv/年に変更することと、基準値の計算において過度に安全側の仮定にたっていることが主な理由のようです。しかし、平常時であれば妥当かもしれませんが、放射能汚染がすでに起こってしまった現在では、消費者の安全を確保するだけでなく、生産者を支援して復興の展望が開けるような基準でなければなりません。福島の農林漁業者は放射能汚染の加害者でないことはもちろん、今も多くの人たちが避難生活を強いられ、雇用が激減し、復興の見通しもたたない厳しい状況に置かれています。現在の暫定規制値は消費者の安全を十分確保できる数値であり、生産者の努力によって規制値を超える農林水産物も少なくなっています。それなのに、なぜ今、これほど厳しい数値に変更しなければならないのでしょうか。今春の米の作付けにも大きな影響を与え、作付け制限が広がれば、農家の意欲低下と農地の荒廃につながることが心配です。
放射線審議会の議事録によれば、委員は次の点に懸念を示しています。
・生産者を含めた関係者との対話を十分に行っていない。
・厳しい基準に変更しても技術的に守れないことを危惧する。低い数値を検出できる検査機器は高価で数も少ない。検査体制もできていない。
・現状の暫定規制値はすでに乳幼児や子供にも十分配慮した数値であり、さらに配慮する意味がわからない。
・1mSv/年に異存はないが、数値の算出における汚染割合の仮定と子供への配慮は、過度に安全側に立っている。
・基準値を超えると出荷停止となり、違反すると罰則がある。単なる目標値ではないことに留意すべき。
・原発事故で被害を被っている福島の人々にとって厳しい数値であり、生活を脅かす基準となりかねない。
・基準値以下の食品であっても、消費者は限りなくゼロを求めるだろう。売れなければ意味がない。現実にこのようなことが起こっているので、そのための措置を考えるべきだ。
・数値は安全と危険との境ではない。数値が独り歩きして、安全、安全でないという議論になることが一番恐い。
・基準値の意味が誤解されないように、政府は適切にリスクコミュニケーションできるのか。
・結論が先にあって放射線審議会の意見が考慮されないなら、何のための審議会なのか。
パブリックコメントでは、残念ながら「基準を厳しく」という意見が圧倒的なようですが、新たな基準が本当は何を意味するものなのか、より多くの方々に考えていただければ幸いです。
大川晴美